第325話 打ち上げパーティーだ(7)
「ふぅ・・・・・・慣れねえ事しちまったな」
約10分後。レイゼロールとのダンスを終えた影人はパーティー会場に戻っていた。こちらはまだダンスタイム中らしく、ステージの上で楽団が奏でる音楽に乗って、所々で若者たちが踊っている。いかにもパーティーといった感じだ。
「そういやデザートがまだだったな。よし、デザート食うか」
確かデザートはビュッフェコーナーの一角、というか近くにあったはずだ。影人はデザートを目指して歩き始めた。
「影人」
デザートコーナーを目指している道中、影人は声をかけられた。影人が声のして来た方を見ると、そこにはシェルディアがいた。
「嬢ちゃんか。キベリアさんは一緒じゃないんだな」
「キベリアは人に酔ったとかで今バルコニーの方にいるはずよ。それよりも、ちょっと見ない間にすっかりいつものあなたに戻ったのね」
「ああ、ちょっと色々あってな」
影人の方に寄って来たシェルディアは少し不思議そうな顔でそう聞いて来た。影人は苦笑いを浮かべそう答えた。
「そう。でも、やはりそちらの方が何だかしっくり来るわね。姿形は関係ない事は分かっているけれど」
「レイゼロールにも似たような事言われたよ。ま、この髪型にしてもう7年くらいだからな。この髪型はもう俺のアイデンティティの一部になってるって、自分でも思うよ」
笑みを浮かべながらそう言ってきたシェルディアに、影人は自分の前髪を軽く弄る。最初はただの戒めであったこの前髪は、いつしかそれ以外の意味を持つようになっていた。
「そう言えば、嬢ちゃんは何で俺に声かけて来たんだ? 何か用があったのか?」
影人は軽く首を傾げシェルディアにそう質問した。影人の問いかけにシェルディアは頷いた。
「ええ、実はそうなの。ねえ、影人。よければ・・・・・・私と踊っていただけるかしら?」
そして、シェルディアはスッと自身の右手を差し出してきた。
「え・・・・・・?」
先ほどのレイゼロールとほとんど同じ事を言われた影人は、唖然としたようにそう声を漏らした。
「あら、嫌だったかしら?」
「い、いや別にそういう事じゃないんだ。ただ、ついさっきレイゼロールの奴にも同じ事言われて踊ってきた所だから、驚いただけで・・・・・・」
首を傾げるシェルディアに影人は少し慌てながら弁解の言葉を述べた。その言葉を聞いたシェルディアは「へえ、そうだったの」と少し驚いたような顔になった。
「ふふっ、だったら尚の事あなたと踊りたくなって来たわ。あの子だけ踊って、私は踊れないなんてそんなの許せないもの。ねえ、影人。私とも踊ってくれるわよね? ええ、是非に」
ニコリと笑みを浮かべるシェルディア。だが、その目は笑っていなかったし、全身からは何か重圧のようなものが放たれていた。少なくとも、影人はそう感じた。
「じょ、嬢ちゃん怖いって・・・・・・あと、それほとんど脅迫じゃ・・・・・・」
「何か言ったかしら?」
「いいえ、何でもないです・・・・・・」
生物としての本能で危機を感じ取った影人はそう言って体を縮こませる。怖い。すごく怖い。真祖シェルディア全開である。
「ったく、何でレイゼロールも嬢ちゃんも俺なんかと踊りたいんだか・・・・・・でも、俺本当に踊れないから、それだけは先に言っとくぜ」
「問題ないわ。踊るのは久しぶりだけど、これでも昔は随分と踊ったから。私がリードしてあげるわ」
そう言ってシェルディアは影人の手を操り踊る体勢を作ると、音楽に乗ってゆっくりと動き始めた。
「そう上手よ。私に全て任せて」
「あ、ああ」
シェルディアにリードされながら影人は頷いた。こう言っては失礼だろうが、先ほどのレイゼロールよりも圧倒的に上手い。体がスルスルと滑らかに動く。
「ふふっ、幸せだわ。影人、あなたを近くに感じる。ああ、この時間が愛しいわ。ずっと続けばいいと思うほどに」
「っ・・・・・・それは大袈裟だよ嬢ちゃん」
先ほどのレイゼロール同様、輝いたような笑みを浮かべるシェルディア。そんなシェルディアに美を感じつつも、影人はそう言葉を返した。
「そんな事はないわ。大袈裟だなんて、そんな事は決して」
シェルディアが微笑みながら首を横に振る。黒の衣装を身に纏う影人と白の衣装を身に纏うシェルディア。黒と白が互いに絡み舞いながら、2人の時間は過ぎて行った。
「ありがとう影人。とても楽しかったわ。本当にいい思い出が出来たわ」
「どういたしまして。俺なんかと踊って、そう言ってくれるのは嬉しいよ。じゃ、また」
「ええ、また後で」
十数分後。ダンスを終えた2人はそう言葉を交わし合っていた。満足そうな顔のシェルディアに、影人は軽く手を振り、今度こそデザートコーナーを目指して歩き始めた。
「影人!」
すると、また影人はどこからか自分の名前を呼ばれた。声のした方、右斜め前方に顔を向けるとそこには暁理がいた。
「げっ、暁理・・・・・・」
「よくもまあ、友達の顔見てげって言えるね。本当終わってるよ君は。というか、さっきまでは髪上げてたのに、何でいつもの君に戻ってるのさ? まあ、そっちの方が君って感じだけど」
先ほど逃げた者の内の1人に見つかった影人がマズいといった顔を浮かべる。暁理は呆れたような憤慨したような顔で、影人との距離を詰めてきた。
「言っとくけど、もう逃がさないから。今から君には僕に付き合ってもらうよ。その用が済めば、解放してあげてもいい」
「よ、用? なんだよその用って・・・・・・」
嫌な予感を覚えながらも影人はそう聞き返した。
すると暁理は、
「き、君には今から僕と踊ってもらう! 言っとくけどこれは決定事項だから!」
顔を赤くさせながらそう言った。
「あー、ちきしょう・・・・・・いったい今日はどうなってんだよ・・・・・・」
その言葉を聞いた影人は疲れたようにそう呟いた。まさかの本日3回目のダンスのお誘いである。体力的にもパターン的にも疲れてきていた影人は、軽く右手で頭を抱えた。
「おい何だよその反応は! 相手がいないだろう君を見兼ねてわざわざ声をかけてやったのに失礼だぞ!」
そんな影人の事情など知らぬ暁理は怒ったようにそう言葉を放つ。暁理にそう言われた影人は軽くため息を吐いた。
「失礼なのは俺に相手がいないって決めつけてるお前もだろうが・・・・・・なあ暁理。俺もう2回も踊ってんだよ。慣れないダンスを2回も踊ったから疲れてんだ。だから、埋め合わせはなんかそれ以外の事に――」
してくれ。だが、影人がそう言い切る前に暁理は更に怒ったようにこう言って来た。
「は!? 何それ! 君が2回も誰かと踊った!? 誰と!? 吐け影人! 誰と踊ったんだよ!?」
「「「「「?」」」」」
今にも胸ぐらを掴みそうな勢いで、暁理が突っかかって来る。未だに優雅なダンスタイムという事もあって、周囲の者たちは不審そうに或いは不思議そうな顔を暁理と影人に向けた。
「きゅ、急に大きな声を出すな。落ち着けって」
「僕は落ち着いてるよ! だから早く吐け!」
影人は何とか暁理を宥めようとするが、暁理は興奮状態であるためかそう言って影人を睨んできた。どうでもいいが、至近距離から暁理の顔を見た影人はこいつやっぱ美少女の類いは類いだなと思った。
「はあー、ったく・・・・・・」
これは何を言っても意味がないと悟った影人は、右腕を暁理の腰に回し暁理を軽く抱き寄せた。
「っ!?!? え、えええ影人!? い、いいきなり何!?」
急に影人に抱き寄せられた暁理は顔を真っ赤にしながら、理解不能といった感じでそう言った。いったい何が起きたのか。
「何って踊るんだろ? これ以上お前にぎゃあぎゃあ言われるのは面倒だし、仕方ないが踊ってやるよ。文句あるか?」
暁理にそう聞かれた影人が答えを返す。影人にそう言われた暁理は少しいじけたような顔になった。
「し、仕方ないからって・・・・・・」
「別にそこ気にしなくてもいいだろ。だがまあ、分かったよ。・・・・・・暁理、俺と踊ってくれ」
「っ・・・・・・」
そう言い直した影人は、前髪の下の目でジッと暁理の目を見つめた。影人にそう言われた暁理は、驚いたようにその目を見開き、
「はい」
そう言った。満面の笑みを浮かべながら。
「や、やっぱり不幸な日だぜ今日は・・・・・・」
再び十数分後。暁理とのダンスを終えた影人は、体力的にも精神的にも疲れ切ったような様子でそう言葉を漏らしていた。
自分からダンスに誘ったくせに暁理は全くダンスを踊れなかった。そのため、レイゼロールとシェルディアと踊った影人が記憶や感覚に頼りながら暁理をリードした。まあ、リードしたといっても影人もど素人には変わりないので、結局酷い目も当てられないダンスになってしまった。ステップを間違え暁理が影人に抱きついてしまったなどのアクシデントも起きた。暁理は恥ずかしがったが同時になぜか嬉しそうだった。そして、ダンスを踊って満足した暁理から解放されて今に至るというわけだ。
「糖分を補給して活力を得なければ・・・・・・じゃなきゃ色々もう限界だ・・・・・・」
3連続のダンスで心身ともに疲弊した影人は、ヨロヨロとゾンビのように歩いていた。行き先は未だに辿り着かぬ理想郷、桃源郷、シャンバラ、ニライカナイ、シャングリラ、もとい、デザートコーナーである。
「お、おお・・・・・・」
しばらくすると、影人の視界内にデザートコーナーが見えて来た。遠目ではあるが、ケーキやアイス、ワッフルやフルーツ、その他諸々のデザートがある。影人には色取り取りの、まるで宝石箱のように、或いは砂漠の中のオアシスのように見えた。
「今度こそ、今度こそだ・・・・・・俺は辿り着いたぜ・・・・・・!」
影人は堪え切れぬ笑みを浮かべ、一歩また一歩とデザートコーナーに近づいて行く。あと一歩という所で、影人は無意識に手を伸ばした。
だが、
「あ、いたいた! もうずっと探してたんだからね影くん!」
影人が伸ばしたその手首をガシリと掴んできた人物がいた。その人物の名はソニア・テレフレア。元光導姫ランキング2位『歌姫』にして、世界にその名を冠する歌姫である少女だ。ソニアは普段はストレートの長い髪を、オレンジ色のリボンを使ってサイドテールにしていた。ちなみに、衣装は鮮やかな赤色のドレスだった。
「なっ・・・・・・!? き、金髪・・・・・・!?」
ソニアに右手首を掴まれた影人は驚きと絶望が合わさったような顔を浮かべた。終わった。影人は反射的に心の中でそう思った。
しかし、前髪野郎の不幸(あくまで影人の主観)はそこで終わらず――
「帰城くん! ようやく見つけたよ!」
「おや、髪型がいつもの君に戻っているね。正直に言えば残念だが、それはそれとして、普段の君も描きたくなってきたよ」
「っ!? 香乃宮、ピュルセさん・・・・・・!?」
先ほど影人を追いかけていた光司とロゼも現れ、
「あ、影人! ここにいたんですか!」
「やあ、こんばんは」
「ソレイユ、ラルバ・・・・・・!?」
ソレイユとラルバ(白いスーツ姿)も現れ、
「あ、帰城くん! やっぱり来てたんだ!」
「こんばんは。スーツ決まってるわね」
「何やこの兄ちゃん2人の知り合いかいな。というか、えらい前髪長い兄ちゃんやな」
「わ、わっ・・・・・・顔の上半分が見えない・・・・・・」
「随分とお暗い・・・・・・いえ、個性的な見た目のお方ですわね」
「あ、朝宮に月下・・・・・・!?」
陽華と明夜(ブルーのドレス姿)、後は影人は知らないが火凛(黄色のドレス姿)、暗葉(若草色の着物姿)、典子(紫色のドレス姿)も現れ、
「あ、帰城さん・・・・・・」
「おや、お知り合いでありますか会長?」
「っ、『巫女』・・・・・・!?」
風音(白色に赤い花柄の着物姿)、そしてまた影人は知らないが芝居(水色のドレス姿)も現れ、
「帰城影人、少し話したい事があります」
「ああ影人! ただいま! やっとお前の元に帰ってこれたよ!」
「っ!?!?」
シトュウと零無までも現れた。同タイミングでそれだけの者たちに声を掛けられた影人は、もう何が何だか分からないといった感じで混乱していた。
「くくっ、おい見てみろよ。たまたま通りかかったら、アホが泡食ったような顔してやがるぜ。ざまあねえ」
「!」
そんな影人の様子を見ていたイヴは、笑いながら自分の隣にいたぬいぐるみにそう言った。ぬいぐるみは「何か面白そうだね!」といった感じに両手をパタパタと振った。イヴとぬいぐるみはこのパーティーでたまたま出会い仲良しになっていた。
「さ、影くん! 私と踊ろう♪」
「帰城くん! どうか髪を上げて写真を!」
「さて、では今度こそ描かせてもらおうか」
「影人! せっかくだから私もあなたと踊ってあげます! ふふん、感謝するんですね!」
「え!? ソ、ソレイユ・・・・・・!?」
「ねえ帰城くん! 私たちと一緒に食事しない? きっと楽しいよ!」
「そうよハーレムよハーレム。男なら1度は夢見るでしょ」
「こんばんは帰城さん。先日はお疲れ様でした」
「帰城影人、聞いてください。先ほど零無から話を聞き全知の力を使ったところ――」
「影人、これからはずっと吾とパーティーを回ろうぜ。じゃなきゃ、気がおかしくなってしまうよ」
「・・・・・・」
ソニア、光司、ロゼ、ソレイユ、ラルバ、陽華、明夜、風音、シトュウ、零無それぞれの言葉を聞いた影人は、まるでフリーズしたかのように無表情、無言になった。
そして、
「は、ははっ・・・・・・どうなってやがるんだよ今日はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
影人は心の底からの叫びを上げた。ついでに、ソニアの右手を振り払うと、
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!! 俺は孤独のロンリーウルフだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
限界だったのかそう絶叫しながら、そのままどこかへと走り去った。その様子は、完全にヤバい奴のそれであった。
「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」
影人のそのあまりにもな勢いに、取り残された者たちは、いったい何が起きたのかも分からずに唖然と、或いは不思議そうな顔を浮かべていた。
「・・・・・・俺は呪われてる。はあー、ソレイユと出会う前はクールでイカした一匹狼で、ロンリーウルフポイントも凄かったのに・・・・・・どうしてこうなっちまったんだ・・・・・・」
数分後。意味の分からない言葉をブツブツと呟きながら頭を抱えていた不審者は、バルコニーにいた。先ほど暁理といたバルコニーではなく、パーティー会場を出た先にあったフリースペースと思われるバルコニーだ。そのため、周囲に人の姿は影人以外にはなかった。
「別に複数人で騒ぐ事が悪じゃないんだ・・・・・・別にたまにならいい。だが、常態化していくのはダメだ。頻度が高いのはダメだ・・・・・・それは格好良くない。俺は1人が好きなんだ・・・・・・」
前髪理論全開の言葉を呟きながら影人は顔を上げた。そして、今はそういえば何時だろうと思い、影人はズボンのポケットに入っていたスマホを取り出そうとした。
「――よう。お隣いいかい? 色男さん」
「っ?」
すると、突然後ろから声を掛けられた。男の声だ。影人が振り返ると、そこには1人の男がいた。見たところ影人と同年代。髪の色と瞳の色などからするにアジア人だ。会場の外に出ても影人に言葉が分かるという事は(会場には言語が通じるように結界が張られているとソレイユが挨拶の時に言っていた)、日本人。どこか軽薄な印象を受けるその男の事を、影人は知らなかった。いや、正確にはどこかで1度見た事があるかもしれないが、思い出せなかった。
「あの・・・・・・どちら様ですか?」
「ああ、まああの時はゴタゴタしてたから覚えてないか。俺はあんたの素の見た目が特徴的だったから覚えてたが・・・・・・そうさな、じゃあこう言えば分かるかい?」
影人が男にそう聞き返す。男はヘラリとした笑みを浮かべそう言うとこう名乗った。
「俺の名前は案山子野壮司。かつて、あんたやレイゼロールを『フェルフィズの大鎌』を使って何度も殺そうとした男さ」
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