第324話 打ち上げパーティーだ(6)
「レイゼロールの奴がね・・・・・・ま、嬢ちゃんもあいつは参加してるって言ってたからな」
フェリートの言葉を聞いた影人はさしたる驚きもなくそう呟いた。そして、こう言葉を続けた。
「ま、いいぜ。断ったらあいつ怒るだろうしな。それに、ちょっと落ち着きたいところだったし・・・・・・あいつの周りにいれば、あの3人も寄ってはこないだろうし・・・・・・取り敢えずオーケーだ」
「理由は分かりませんが・・・・・・あなた、レイゼロール様を何かの避けに使う気ではないでしょうね?」
「まさか。ただのどうでもいい呟きさ。一々気にするなよ」
怪しいといった感じの目を向けてくるフェリートに、影人は首を横に振った。まあ嘘だが、本当の事を言うとどうせ面倒な事になるのが目に見えているので、影人はそう言ったのだった。
「そうですか・・・・・・まあ、いいでしょう。では、レイゼロール様の元に案内しますので、私に着いてきてください」
「オーライ」
フェリートは完全に納得してはいないような様子だったが、影人にそう言った。影人はフェリートの言葉に頷いた。
「そう言えば、お前よく俺を見つけられたな。こんだけ人いる中で」
「職業柄、観察眼は鍛えていますからね」
「職業柄? お前闇人だろ。職業なんかあるのかよ?」
「私は執事ですよ。人間時代も闇人である今も。常に主人に尽くすのが私の仕事です」
「ああ、そういやレイゼロールがお前は執事だって言ってたな」
レイゼロールの元へと案内されている道中、影人とフェリートはそんな言葉を交わした。
「着きましたよ。この扉の先にレイゼロール様がいらっしゃいます」
数分後。フェリートと影人は会場右奥にあったドアの前に立っていた。フェリートからそう言われた影人は軽く首を傾げた。
「ここだけじゃなくて、この扉の先もパーティー会場なのか?」
「いいえ。私たち闇サイドは一応は光サイドと和解したとはいえ、長年に渡る確執がありますからね。諍いが起こるのは面倒なので、別に部屋を用意してもらったのですよ」
「なるほど、そういう事か。でも、嬢ちゃんが言ってたが招待状にはお前らも参加するって書いてあったんだろ。ここにいる奴らはそれを承知済みって話なんじゃないのか?」
「それでも、ですよ。誰も彼もが割り切れる人間ではないですから。まあ、シェルディア様やキベリアさんは普通に会場におられますし、クラウンに至っては先ほど見た限り、曲芸をして観客を集めていましたが・・・・・・彼・彼女らは例外ですがね」
「・・・・・・そうか。悪い、野暮な事聞いたな」
「いいえ」
影人の言葉にフェリートが首を横に振る。そして、影人は扉を開けた。
扉を開けた先は広くはあったが、パーティー会場ほど広い場所ではなかった。それでも高級ホテルの部屋の1つだからだろう。その部屋は随分と華やかだった。
「お、来やがったぜ」
部屋の中央に置かれた大きなテーブル。その声はそこから聞こえて来た。そこには何人かの男女が座っていた。今言葉を発したのはその内の1人、十闇第6の闇『狂拳』の冥だ。冥は影人と同じように黒いスーツ姿だったが、赤のネクタイを緩めに緩め、ボタンも第2ボタンまで外しており、かなり着崩している様子だった。
「あ、本当だ」
「やあ、この前ぶり」
冥に続き2人の闇人、十闇第7の闇『剣鬼』の響斬と十闇第1の闇『破壊』のゼノがそう言葉を漏らした。響斬は真夏と同じように着物を(色は薄い青)を着ており、ゼノは黒いスーツを着ていた。冥同様にオレンジ色のネクタイは緩めていた。
「・・・・・・」
席に着いていた女性の闇人、十闇第9の闇『殺影』の殺花は軽く会釈をしてきた。殺花も服装は和装、美しい花の刺繍が入った黒色の着物を着ていた。
「・・・・・・ふん、ようやく来たか」
そして、もう1人。美しい白髪にアイスブルーの瞳が特徴的な女性、レイゼロールがそう言った。レイゼロールはいつもの西洋風の黒の喪服姿ではなく、シックな黒色のドレスを纏っていた。ついでに髪型もいつもはストレートだが、今日は1つに括った毛を左の肩口から垂らしていた。
「よう、レイゼロール。それに闇人ども。全員オシャレさんだな」
影人は軽く右手を上げてそう言うと、テーブルまで近づいた。空席が何席かあったので、レイゼロールの対面の席に座る。影人の右隣には殺花がおり、左隣は空席だった。
「おい、先ほどシェルディアが来た時に聞いたが、お前今日は前髪を上げているのではなかったのか?」
影人が席に着くとレイゼロールがそう聞いて来た。
「あー・・・・・・ちょっと逃げ回ってる内に髪下がって来てよ。1回目は大丈夫だったんだが、流石に2回となるとダメだったみたいだ」
「逃げ回る・・・・・・? お前はパーティーでいったい何をしているのだ・・・・・・」
影人の答えを聞いたレイゼロールは呆れたようにそう呟いた。何をどうすればパーティーで2回も逃げる事になるのだろうか。
「まあ色々あったんだよ。それより、お前髪上げてる俺見たかったのか? 別に今日は元々上げてたし、見たいなら見せてやってもいいが。って言っても、スプリガン時と目の色違うだけだがよ」
「・・・・・・ならば、一応見せろ。シェルディアが見て、我だけ見ていないというのは不快だからな」
「どういう理由だよ・・・・・・ま、いいけど」
レイゼロールの答えは影人には理解出来ないものだったが、影人は右手で自分の前髪を上げた。再び影人の素顔が露わになる。
「ふむ・・・・・・それがお前の素顔か・・・・・・」
影人の素顔を見たレイゼロールはポツリとそう言葉を漏らした。一応、レイゼロール以外の闇人たちも影人の素顔を見たが、彼・彼女からすれば影人はスプリガン時の方に馴染みがあるので、影人がスプリガンと分かった今、大して驚きも反応もしなかった。
「・・・・・・大した感想も出んな」
「そりゃ悪かったな。だから言っただろ。スプリガン時と変わらないって」
上げていた髪を下ろし、再び完全な前髪野郎に戻った影人がそう言葉を述べる。全く、これでは見せ損だ。
「・・・・・・勘違いするな。別にガッカリしたとかそういうのではない。ただ、我にとってはその状態のお前の方が馴染みがあるというだけだ」
「っ・・・・・・ははっ、そうかよ。まあ、過去でお前と会った時にはもう今の髪の長さだったからな。そんなもんか」
レイゼロールの言葉を聞いた影人は少し意外そうな顔を浮かべながらも、笑みを浮かべそう言った。レイゼロールと過ごしたあの1ヶ月ほどの記憶。それが自然と思い出された。
「ああ、そうだ。君がレールの約束の人って知ってから、ずっと聞いてみたい事があったんだ。確か、君は俺がレールと出会う前に会って一緒に暮らしてたんだよね。その時のレールはどんな感じだったの?」
「っ!? おい、ゼノ。余計な事を聞くな・・・・!」
影人にそう聞いて来たゼノに、レイゼロールは一瞬驚いたような顔を浮かべた。そして、レイゼロールは険しい顔でそう言葉を述べた。
「ああ、それは実に気になりますね。レイゼロール様が過去どのような方であったのか。ええ、執事としてぜひ知っておきたいところです」
「僕もそれは気になるなぁ」
「レイゼロールの過去か。まあ、多少は面白そうだな」
「・・・・・・己はレイゼロール様に仕える身。主人の過去を詮索したりなどは・・・・・・だが、気にならないといえば嘘に・・・・・・」
だが、ゼノに触発されたように、フェリート、響斬、冥、殺花などもそれぞれの言葉を述べた。概ね、ゼノと同様の意見だ。ちなみに、フェリートは席に座らずにレイゼロールの後ろに控えていた。
「っ、貴様ら・・・・・・!」
闇人たちの言葉を聞いたレイゼロールが珍しく感情を露わにし、闇人たちを睨み付ける。最初に出会った時と比べると、随分と人間らしく(正確にはレイゼロールは神であって人ではないが)なったものだと影人は思った。
「そうだな。過去での俺とこいつの出会いは、まあ色々大変でな。でも、何だかんだこいつは最初から優しくて、一緒に暮らしたいって俺の願いを最終的には聞いて――」
「おい黙れ影人! 言わなくていい!」
影人が軽く面白がりながらも言葉を紡ごうとすると、レイゼロールが耐えかねたように言葉を叫んだ。
「ま、レイゼロールの過去話はどうでもいいか。おいスプリガン。お前俺と戦えよ。そのために、わざわざパーティーなんかに参加してやったんだ。じゃなきゃ、俺もダークレイやゾルダートみたいに参加なんかしてねえからな」
「相変わらず狂犬みたいな奴だなあんたは・・・・・・」
急にそんな事を言ってきた冥に、影人は呆れたような顔を浮かべた。パーティーに参加した理由が戦闘民族のそれである。
「悪いが俺は戦闘狂じゃない。あんたと戦う気はねえよ」
「ああん? 何でだよ。シケた事言ってんじゃねえ。この前の零無とかいう奴との戦い助けてやったんだから、恩を返せよ」
「うっ、それを言われると弱いが・・・・・・俺、実は平和主義者なんだよ。理由もなく戦えないんだ。俺、平和愛してるから」
「嘘つけ。お前のどこが平和主義者だ。普通に戦えるタイプだろお前」
「嘘だな」
「嘘ですね」
適当に嘘をついて難を逃れようとした影人だったが、すぐさま冥に嘘だと看破されてしまった。冥に続いて、影人と何度も戦った事があるレイゼロールとフェリートも、影人の嘘を見破った。
「な・・・・・・!? う、嘘じゃねえよ! 俺はラブアンドピースがモットーの男だ!」
嘘を見破られた影人は焦ったようにそう反論した。3人の指摘の通り普通に嘘なのだが、影人はなぜ自分の嘘がバレたのか分からず動揺していた。
「ラブアンドピースが好きな男があんだけえげつない戦い方出来るかよ。普通に精神イカれてるだろ」
「平和好きな者なら、血みどろな暗躍なんて出来ませんよ」
「お前は自分を普通だと思っているのか知らんが、お前は普通ではない」
「なん・・・・・・だと・・・・・・」
冥、フェリート、レイゼロールは冷めた口調で更に言葉を述べた。3人にそう言われたエセ平和主義者は衝撃を受けた顔になった。
すると、ちょうどそんな時――
「〜〜♪ 〜〜♪ 〜〜♪」
「っ? なんだ・・・・・・?」
小さな音ではあるが、どこからか音楽のようなものが聞こえてきた。影人は不思議そうな顔を浮かべ、そう言葉を漏らした。
「隣のパーティー会場の演奏ですよ。扉が分厚いので小さく聞こえますが、実際は相当に大きな音です。どうやら、始まったようですね」
「始まった・・・・・・? 何がだよ?」
影人の呟きに答えたのはフェリートだった。言葉から察するに何かを知っているらしい。影人はフェリートにそう聞いた。
「何って決まっているでしょう。夜会には不可欠なものですよ」
「はあ? おい、ふざけてないで詳しい答えを――」
小さな笑みを浮かべながらそう言ったフェリートに、影人は意味が分からないといった顔を浮かべた。
「・・・・・・おい、影人」
「? 何だレイゼロール?」
レイゼロールが立ち上がり影人に声を掛けてくる。どこか真剣な表情で。レイゼロールに名を呼ばれた影人は少し訝しみながらもそう言葉を返した。
「立て。そ、その・・・・・・お、踊るぞ」
「は、はあ?」
何の脈絡もなく急にそんな事を言って来たレイゼロールに、影人はどこか素っ頓狂な声を上げた。
「な、何言ってんだお前? 頭がどうにかしちまったのか?」
状況が理解出来ない影人がレイゼロールにそう聞き返す。すると、レイゼロールの後ろに立っていたフェリートがどこか呆れたようにため息を吐いた。
「夜会で音楽が奏でられれば、それは舞踏の合図です。常識でしょう」
「そんな常識知らねえよ! というかお前それなんだよ!?」
「別に普通のバイオリンですが?」
気がつけば、フェリートの手には楽器が握られていた。影人の言葉に、フェリートは何でもないようにそう答えた。いったいどこから出したのか。本当に謎である。
「レイゼロール様は向こうの会場にはあまり行きたくないとの事ですから、踊るのならばこの部屋でという事です。ですが、音楽がないと舞踏はやり難いもの。ゆえに、僭越ながら私が曲を奏でます。バイオリンは嗜む程度ですが・・・・・・大体の曲は弾けるので問題はありません」
左手にバイオリンを右手に弓を持ちながら、フェリートはそう説明を続けた。
「いや問題しかねえだろ!? 俺ダンスなんか全く踊れんぞ!?」
「問題ありません。型など必要なく、ただ心のままに動けばいいのです。それに、初心者はあなただけではありません。レイゼロール様もです。ゆえに、気にせずに踊ってください」
「心のままにって・・・・・・だから、それが難しいんだろ・・・・・・」
影人がそう呟く。すると、レイゼロールが影人の所まで来て、スッと右手を差しだして来た。
「・・・・・・細かい事は気にするな。お前はただ、我のこの手を取ればいい」
「レイゼロール・・・・・・」
未だにどこか恥ずかしげな表情を浮かべながらも、レイゼロールがそう言って来た。影人は差し出された手を見つめながら、どこか驚いたような顔を浮かべた。
「・・・・・・レイゼロール様はこの夜会で舞踏があると知ってから、私に教えを請われました。時間もなかったため、完璧とは言えませんが・・・・・・それでも、練習の末に形にはなりました。帰城影人、あなたも1人の男ならば、淑女に恥をかかせてはならない。それくらいは分かりますね?」
「っ・・・・・・」
フェリートが静かに言葉を述べる。そう言われた影人は、その言葉の意味を重く受け止めた。
「適当に踊ってやれよ。それでその後に俺と戦え」
「僕からもお願いしたいな」
「・・・・・・己からもお願いしたい」
今まで様子を見守っていた冥、響斬、殺花も影人を後押しするような言葉を言ってくる。
「・・・・・・」
レイゼロールは変わらずに影人に右手を差しだしている。ジッと影人を見つめながら。
「・・・・・・はあー、分かったよ。でも、本当に踊れないからな。だから、文句は言うなよ」
「ふん、元から期待などしていない」
影人は覚悟を決めたように大きなため息を吐きそう言った。影人の言葉を聞いたレイゼロールは、小さく笑みを浮かべた。
影人が自分の右手でレイゼロールの右手を掴もうとする。それを見たフェリートがバイオリンを構える。小さな舞踏会が始まる。
「〜〜♪」
フェリートがバイオリンを奏で始める。曲名は影人には分からなかったが、どこか上品で夜会の雰囲気に合う曲だった。
「我の動きに合わせろ。最低限だがリードしてやる」
「わ、分かった」
レイゼロールに手を引かれテーブルから離れた影人はその言葉に頷いた。
レイゼロールの言葉に従い、影人は自分の右腕をレイゼロールの腰に回した。左手はレイゼロールの右手首に軽く添えるように掴む。レイゼロールは左手を影人の右肩辺りに触れさせた。影人とレイゼロールは、互いの体温を感じ合った。
「そうだ。そのまま我に合わせてステップを刻め。1、2・・・・・・」
「こ、こうか? 1、2と・・・・・・」
ぎこちなさは全開だが、影人はレイゼロールに動きを合わせる。最初は全く合わなかったが、2人の動きは徐々に合っていく。
「〜〜♪」
「1、2、1、2・・・・・・なるほど。こんな感じか」
「ああ、ようやく最低限の形にはなってきたな」
時間が経つと、だんだんとフェリートの奏でる音楽に乗れるようになってきた。影人の漏らした言葉に、レイゼロールは小さく頷いた。
「・・・・・・おい、影人。今更だが、お前何かを忘れてないか?」
「何か・・・・・・? いや、悪い。さっぱり分からねえ」
レイゼロールに合わせてステップを刻んでいると、レイゼロールが影人にそう聞いて来た。だが、影人はその首を横に振った。
「・・・・・・やはりお前はバカ者だな。まあいい。最初から期待はしていない」
「期待してないなら聞くなよ・・・・・・」
「うるさい。その・・・・・・まだお前から今日の我の格好についての言葉を聞いていない。お前はいつか言っただろう。違う我の姿も見てみたいと・・・・・・だ、だから今日はこういう格好をしてきたわけだ・・・・・・ゆ、ゆえにだな・・・・・・」
「っ・・・・・・」
顔を赤くさせながら、ゴニョゴニョとレイゼロールが口籠もる。その様子を見た影人は、レイゼロールの言わんとしている事を察した。
「そうか・・・・・・あんな他愛もない言葉をわざわざ覚えてくれてたのか。ありがとよ。ああ、似合ってるぜ。素直に・・・・・・素直に綺麗だ」
「っ・・・・・・ふっ、そうか」
影人のその言葉を聞いたレイゼロールが、笑みを浮かべる。その笑顔は、間違いなく今日1番に輝いていた。
――2人の舞踏者に1人の演奏者。観客は3人。小さな小さな夜の舞踏会はそのまま穏やかに過ぎて行った。
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