第323話 打ち上げパーティーだ(5)

「「・・・・・・」」

 互いの顔を呆然とした様子で見つめながら、言葉を失っている影人と暁理。パーティーの喧騒に包まれた中、2人の時間はまるで止まったように静寂だった。

「な・・・・・・何で君がここにいるんだよ影人!? このパーティーは元光導姫とか元守護者・・・・・・特別な人しか来られないパーティーなんだぞ!?」

 静寂を破ったのは暁理だった。暁理はほとんどパニックに陥ったかのような様子で、そう言葉を述べた。

「それはこっちのセリフだ! 何でお前がここにいるんだよ!? ま、まさか・・・・・・お前元光導姫だったのか!?」

 暁理にそう言われた影人も暁理ほど深刻ではないが、驚いたようにそう言葉を返す。影人の口から光導姫という単語を聞いた暁理は、衝撃を受けたように更に目を見開く。

「っ!? そ、その言葉を知ってるって事は・・・・・・君は元守護者だったのか!? 僕と同じようにずっと闇奴や闇人たちと戦っていたのか!?」

「いや、俺は守護者じゃねえが・・・・・・僕と同じようにって事は、やっぱりお前光導姫だったのか・・・・・・おいおい、マジで言ってんのかよ・・・・・・」

 その暁理の言葉を聞き、暁理が元光導姫だと確信した影人は右手で軽く顔を覆った。まさか自分の身近にまだ光導姫がいたとは。自分の周りは本当にどうなっているのだ。

「・・・・・・暁理。取り敢えず、少し静かな場所に行くぞ。互いに話がしたいだろ」

「それは・・・・・・う、うん・・・・・・」

 ある程度衝撃から立ち直った影人は、暁理にそう声を掛けた。穂乃影やシェルディア、その他諸々の事などもあり、衝撃の事実というものにはある程度の耐性がある。本当に悲しい事だが。影人の言葉を受けた暁理は、未だに呆然としながらも気づけば頷いていた。

「よし、じゃあ場所を移すぜ。確かバルコニーが解放されてたな。そっちの端にでも行くか。暁理、ついて来い」

 一応、まだ光司とロゼを警戒しながらそう言うと、影人は暁理を伴ってバルコニーの方へと向かった。











 バルコニーは広く、パーティー会場内と同じように何台ものテーブルとイスが置かれていた。美しい月と春の夜風吹くバルコニーにはそれなりに人がおり、こちらも会場内と同じようにかなり賑わっている。だが、端の方となると人も少なく、ついでに暗かった。影人が予想したように、話し合いをするのには丁度いい場所だ。

「・・・・・・ここらでいいな。さて、何から話すか」

 バルコニーの柵に軽くもたれ掛かりながら、影人はそう呟いた。

「ちょ、ちょっと何もう普通に戻ってるのさ! 僕はまだ信じられないよ。君がここにいるなんて・・・・・・」

「別に普通には戻ってねえがな。ただ、悲しい事に耐性があるだけだ。・・・・・・俺もお前がここにいてこうやって話してるのは信じられない気分だぜ。だが、これは現実だ。なら受け入れるしかねえだろ」

 少し突っかかるような暁理の言葉に、影人はもうほとんどいつもと変わらぬ様子でそう言葉を返す。そして、影人は暁理にこう言葉を切り出した。

「・・・・・・なあ暁理。お前も光導姫だったんなら聞いた事ないか。・・・・・・スプリガンって名前を」

「え・・・・・・? た、確かにその名前を聞いた事はあるよ。光導姫や守護者が闇奴や闇人と戦っている戦場に現れる正体不明、謎の怪人・・・・・・彼がどうかしたの? って言うか、その名前を知ってるって事はやっぱり君は守護者だったんじゃ――」

「それ、俺だ」

 暁理が言葉を言い切る前に、影人はそう言葉を割り込ませた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

「スプリガンは俺だ」

 フリーズしたように動かなくなった暁理。そんな暁理に対して、影人はもう1度そう言葉を告げた。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・」

 暁理は未だに衝撃を受けたままの顔で固まり、影人もそれ以上は言葉をかけなかった。

「え・・・・・・ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」

 そして、暁理は絶叫を上げた。

「っ・・・・・・?」

「な、なんだ・・・・・・?」

 暁理の絶叫にバルコニーに出ていた者たちが、不思議そうに或いは不審そうな顔を浮かべる。影人は思わず両手で耳を覆った。

「うるせえよ。ていうか驚きすぎだろ」

「そ、そりゃ驚くに決まってるだろ!? だって、だって・・・・・・!」

 暁理はそこで自分の声の大きさに気づいたのか、ハッとしたような顔になると、声を潜めてこう言葉を続けた。

「君がスプリガンだったなんて・・・・・・! た、確かに君の素顔は目の色を除けば彼とほとんど同じって今気づいたけど・・・・・・でも、だって・・・・・・」

「っ? おい待て暁理。お前何でスプリガンの顔知ってるんだよ。その言い方だとまるで・・・・・・」

 不思議に思った影人が暁理にそう質問を投げかける。すると、暁理はこう答えを返した。

「ああ、そうだよ・・・・・・! 僕はスプリガンを見た事がある・・・・・・! しかも何回か・・・・・・!」

「は、はあ? マジかよ・・・・・・」

 暁理の答えを聞いた影人が再び驚いた顔を浮かべる。まさか暁理がスプリガン時の自分を見ていたとは。

「って事は、俺とお前は会った事があるって事か・・・・・・? だが、俺はお前と会った記憶なんてないぞ?」

 影人は必死に自分の記憶を掘り起こしたが、やはり暁理と出会った記憶はない。というか、スプリガン時代に暁理と会っているならば絶対に覚えているはずだ。影人は暁理の言葉と自分の記憶が食い違っている事情がどうしても分からなかった。

「ああそれは・・・・・・多分、僕の光導姫形態のせいだろうね。僕は光導姫形態の時、ずっとフードで顔を隠してたから。エメラルドグリーンのフードで」

「エメラルドグリーンのフード・・・・・・っ、思い出した。確か風と剣を操る光導姫だ」

 暁理の口からエメラルドグリーンのフードという特定の単語を聞いた影人は、その光導姫の事を思い出した。確か、最初に見たのは河川敷。陽華や明夜、光司などもいた時だ。次に見たのは影人が初めてレイゼロールと戦った時。そして、その次に見たのはキベリア戦の時。4度目はキベリアを餌としてシェルディアに誘き寄せられた時だ。

「そう、それが僕だよ。光導姫名はアカツキだった。というか、今の言葉でその情報が出てくるって事は、君は本当にスプリガンなんだね・・・・・・」

「マジかよ・・・・・・って事は2回は至近距離で会ってたのか・・・・・・確かにキベリア戦の時、何か聞き覚えのある声だなとは思ったが・・・・・・」

 頷いた暁理を見た影人は未だに信じられないといった様子でそう言葉を漏らした。フードをしていて顔が分かりにくかったとはいえ、あの光導姫が暁理と気づかなかったとは。影人は自分の不注意さを呪った。

「ねえ、影人。君がスプリガンだったって事は、朝宮さんや月下さんの事とかも・・・・・・」

「ああ知ってるよ。もちろん香乃宮とか会長とか、ピュルセさんの事とかもな。ていうか、さっきまで香乃宮とピュルセさんに追いかけられてたし・・・・」

「お、追いかけられてた・・・・・・? その事はよく分からないけど・・・・・・って事は君がスプリガンだって事を、みんなはもう知ってるって事・・・・だよね?」

 前半は意味が分からないといった顔を浮かべながらも、暁理は真剣な顔で影人にそう聞いた。暁理の質問に影人は頷いた。

「お前の言うみんなっていう奴らの範囲は分からんが、まあ朝宮とか月下を含む一部の奴らは知ってるよ。それでも大多数の奴らは知らないがな」

「そっか・・・・・・」

 暁理はそう呟くと、しばらくの間言葉を発さなかった。

「ぷっ・・・・・・あはははははははははっ!」

 そして、暁理は唐突に笑い出した。まるで、可笑しくて仕方がないといった感じで。

「笑っちゃうよね! こんなに近くにいてお互いに気づかなかったなんて! 本当、冗談みたいな話だよ! 笑うしかない!」

「お前が俺の正体に気づかなかったのは一応理由があるんだが・・・・・・そうだな。笑い話だ」

 笑う暁理に、影人も軽く口角を上げながらそう言葉を返す。笑い話。そう言えて本当に良かった。口には出さなかったが、影人は心の底からそう思った。

「確かにスプリガンの言葉って今思えば君が好きそうな言葉ばっかりだったよね。正直、雰囲気に騙されてたよ」

「おい待て暁理。それはどういう意味だ」

「別に〜? 大した意味はないよ」

 ムッとする言葉を浮かべる影人に、暁理はどこか意地悪く笑った。

「ねえ影人。別に今日じゃなくてもいいからさ、またスプリガンだった時の君の話を聞かせてよ。君の話にしては珍しく面白そうだし」

「珍しくで悪かったな。・・・・・・ま、いいぜ。また今度聞かせてやるよ。この俺の暗躍譚をな」

「何かそう言われると一気に面白くなさそうに聞こえてきたよ。やっぱりいいかも」

「おいふざけんな暁理てめえ」

 すっかりいつものやり取りに戻った2人。すると暁理は改めて影人にこう聞いて来た。

「というか、聞くの忘れてたけど君なんで今日は前髪上げてるのさ? いっつも頑なに素顔を見せなかった君が今日に限って。いやでも、スプリガンの時も顔は出てたか・・・・・・? その辺りはよく分からないけど、とにかくどうして」

「別に気分だよ。それ以上もそれ以下も理由はない」

「嘘だあ。君みたいな奴が理由なく髪上げるはずないじゃん。偏屈で性格も終わってる君が」

「本当にしばくぞてめえ!? はあー・・・・・・お前が嘘だと思おうが、それが真実の理由だ。納得しろよ」

 止まらぬ誹謗中傷に影人が軽く叫ぶ。そして、影人はため息を吐きながらそう言葉を述べた。

「ふーん・・・・・・ま、分かった事にしといてあげるよ。うん、でもあれだね。スプリガン時は別として、君の素顔を見たのは今日初めてだけど・・・・・・そ、その・・・・か、格好いいね・・・・・・面だけはいいっていうか・・・・・・」

 顔を赤らめながらごにょごにょとした口調で暁理はそう言った。初めて見る影人の顔は、普通に整っており綺麗だった。それに加えてパーティー用に正装しているため、全体的にかなり格好いいと思えた。

「あ? ごにょごにょしてて何言ってるか分からんぞ。何だって?」

「だ、だからその・・・・・・! ぼ、僕が着飾ってるのに何の感想もないのかって話さ! ほ、ほら何か言えよ!」

 そう聞き返して来た影人に、暁理は誤魔化すようにそう言った。基本的に、前髪に弱みは見せたくない暁理である。

「お前の感想・・・・・・? 別にいいんじゃねえか。似合ってるよ。普段のお前とのギャップも相まってな。お前も女子ってわかる感じだ」

「最後の言葉だけ余計なんだけど。でも、ま、まあ君にしては及第点ってところかな! えへへ・・・・・・」

 前半はムスッとした顔、後半はニヤけたような顔になりながら、暁理はそう言った。一言二言でも、自分の晴れ姿を褒められるのは乙女的には非常に嬉しいものだ。

「そいつはどうも。・・・・・・さて、俺からの話はこれで終わりだ。呼び止めて悪かったな」

 影人はそう言うと、バルコニーから去ろうとした。そんな影人を暁理は呼び止めた。

「ちょ、ちょっとどこに行く気だよ?」

「どこって・・・・・・会場に戻ってパーティー楽しむんだよ。そろそろ香乃宮とピュルセさんのほとぼりも冷めてるだろうしな」

 暁理の言葉に影人はそう答えを返した。すると、暁理は呆れたような顔を浮かべた。

「だったら普通、僕も一緒にとか聞かない? 君、本当そういうところだよ」

「普通とかは知らん。俺は1人で十分にパーティーを楽しめるからな」

「相変わらず終わってるね君は・・・・・・」

 暁理がため息を吐く。すると暁理はこう言葉を続けた。

「・・・・・・仕方ないから、僕が君と一緒にパーティーを回ってあげるよ。僕は優しいからね」

「いやいい。悪いが遠慮させてもらうぜ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は? え、あの僕の聞き間違いかな? 君今断らなかった?」

 即答した影人に、暁理はどこか焦ったような笑みを浮かべた。そうだ。聞き間違いに決まっている。普通ここは泣いて頷く場面だ。でなければ、この世界はおかしい。

「聞き間違いじゃない。遠慮するって断ったんだ。今日もそうだが、ちょっと最近ロンリーウルフポイントが足りてないからな。だから、1人で回りたいんだよ」

 だが世界はどうやらおかしかったようだ。世界の歪みたる前髪野郎は意味不明な理由でその首を横に振った。

「は、はあ!? 君本当に人間なの!? 後、ロンリーウルフポイントって何なんだよ!? 意味分かんないし! というかダサい!」

「俺は人間だ。後ダサくはない。そういうわけでじゃあな暁理。暇なら朝宮とか月下も来てるから、あいつら探すんだな」

 あまりの理不尽に絶叫する暁理。そんな暁理に影人はそう言うと、パーティー会場の中に向かうべく歩き始めた。

「いや、あの2人は僕が光導姫だって事は・・・・・・ってそうじゃなくて! おい待て影人! 話はまだ終わってないぞ!」

「何でお前も追いかけて来るんだよ!? ああもう、今日は何なんだよ!」

 暁理は反射的に影人を追いかけ始めた。暁理に追いかけられた影人も反射的に逃げ始める。こうして、また追いかけっこが始まってしまったのだった。













「はあ、はあ、はあ・・・・・・おえっ、な、何とか撒けたか・・・・・・」

 数分後。ゲロを吐きそうになりながらも、暁理から逃げ切った影人は、会場の端で膝をガクガクと震わせながら、そう言葉を漏らした。視界に前髪が掛かっている。どうやら、度重なる激しい運動で前髪が落ちて来たらしい。まあ、軽くワックスをしただけなので仕方がないか。すっかりいつもの前髪野郎に戻った影人はそう思った。

「な、何で俺はパーティーに来てこんなに疲れてんだ・・・・・・意味が分からん・・・・・・」

 影人は自分の不幸を嘆いた。光司とロゼに関してはまあ不幸には違いないだろうが、暁理の件に関しては100パーセント自分が悪いという事をこの前髪は分かっていない。つまりアホである。

「流石に鬼が3人もいる中で飯とかデザート食うのは無理だよな・・・・・・仕方ねえ。またほとぼりが冷めるまで、会場の外にでも――」

 影人がガリガリと頭を掻きながらそう呟こうとしている時だった。突然、影人の右肩に誰かの手が触れた。

「っ!?」

 まさか奴ら(光司やロゼや暁理)かと思った影人が振り返る。すると、そこには――

「な、何ですか。そんなに驚きますか?」

 怜悧な顔に単眼鏡モノクルを掛けた長身の身綺麗な男性がいた。執事服に身を包んだ、いかにも執事といった感じのその男は少し驚いたようにそう呟いた。

「はあー、何だお前かよ。脅かしやがって・・・・・・で、俺に何か用かよ。フェリート」

 安心したようにため息を吐いた影人がその男の名を呼ぶ。十闇第2の闇『万能』のフェリート。何度か激闘を繰り広げたその闇人に、影人は何でもないようにそう聞いた。

「用があるのは私ではありませんよ。というか、あなた随分気安いですね。一応、先日の件も含めて私たち何度も殺し合いをした仲ですが」

「殺し合いをした奴らなんざ、悲しいが腐るほどいるんだよ。だから、いちいち気にしてねえ」

「そ、そうですか・・・・・・」

 影人の言葉を聞いたフェリートは若干引いたような顔を浮かべた。

「で、用は?」

 影人が再びフェリートにそう問いかける。すると、フェリートはこう答えた。

「レイゼロール様があなたをお待ちです。あなたを連れてくるように主人から仰せつかりましたので、どうか私に着いてきていただきたい。帰城影人殿」

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