第322話 打ち上げパーティーだ(4)

「本当、俺って奴は・・・・・・仕事してくれよ、タイミングさんよ・・・・・・」

 ファレルナと光司にほとんど同時に会ってしまった影人は、自分の不幸さを呪った。別に先ほどの言葉はフラグではない。だというのにこれだ。影人は軽く頭を抱えた。

「あ、『騎士』さんに『守護者』さん。こんばんは」

「っ、ファレルナ様。御身もこのパーティーに出席していらっしゃいましたか。こんばんは。その姿、とてもお似合いです」

「これはこれは・・・・・・こんばんはファレルナ嬢。香乃宮くんに続いて失礼いたしますが、本当によくお似合いですね」

 光司とプロトを知っていたらしいファレルナが、2人にそう挨拶をした。ファレルナにそう声を掛けられた光司とプロトは、爽やかなイケメンスマイルを浮かべながら、そう言葉を返した。

「ありがとうございます。嬉しいです。ですが、私の事はどうかルーナとお呼びください」

「ははっ、敬愛するファレルナ嬢がそう言うなら呼びたいところではあるのですが・・・・・・すみません。僕にはあまりにも恐れ多い。申し訳ございません」

「すみませんファレルナ様。僕も同じです」

「そうですか・・・・・・」

 ファレルナの言葉にプロトが苦笑しそう言葉を述べる。光司もプロトに続きそう言った。2人の言葉を聞いたファレルナは残念そうな顔を浮かべた。

(よ、よし。今ならワンチャン逃げられる・・・・・・!)

 3人が言葉を交わしている間に、影人はそっと動いて人混みの中に紛れようとした。

 だが、

「ああ、帰城くん。ごめん、挨拶が遅れたね。こんばんは」

「っ・・・・・・!?」

 光司がニコリと笑いながら、影人に挨拶をして来た。その結果、逃げようとしていた影人はその動きを止めざるを得なかった。

(ちくしょう香乃宮てめえ!)

 内心でそう叫んだ影人は、面倒くさそうな顔を浮かべると光司に言葉を返した。

「・・・・・・ああ、こんばんはだ香乃宮。じゃあな」

「ちょっと待ってくれないかな帰城くん。せっかくこうして出会えたんだから、少し話そうよ」

 挨拶だけして逃げようとする影人に、光司が待ったの声を掛ける。光司にそう言われた影人は、首を横に振った。

「御免被る。せっかくだから、お前は聖女サマとその隣の人と話しとけよ。俺は飯を食うので忙しいんだ」

「お兄さんご飯を食べるのですか? でしたら、私も一緒にご一緒したいです」

「いや、あのな聖女サマ。話聞いてたか? だから俺抜きで――」

 言葉を挟んで来たファレルナに影人が呆れたような顔を浮かべる。影人が言葉を紡ごうとすると、光司が笑みを浮かべこんな言葉を放った。

「でしたら、ここにいるみんなで食卓を囲みましょう。僕もちょうどお腹が空いて来ましたし。どうでしょう、ファレルナ様、プロトさん?」

「私は大賛成です」

「僕ももちろん歓迎だよ」

 光司の提案にファレルナとプロトが頷く。2人の反応を見た光司は自身も頷いた。

「よし、決まりだね」

「決まってねえよ。俺の意見を無視するな」

 光司の言葉に影人が即座にツッコミを入れる。影人が不満丸出しな顔を浮かべていると、ファレルナが悲しげな顔を浮かべた。

「お兄さんは私たちと一緒は嫌でしょうか?」

「い、いやそのだな聖女サマ・・・・・・」

 ファレルナの顔を見た影人が言葉に詰まる。普段の前髪なら普通に嫌だと言っているだろうが、相手は一応歳下の、しかも全く裏表のない聖女である。流石の人外で有名な前髪も、ファレルナに即座に正面から嫌だとは中々言えなかった。

「帰城くん、ここは少し大人になるところじゃないかな? もし君が断れば聖女様が悲しむよ」

 そんなタイミングで、光司が笑みを浮かべながら影人にそんな事を言ってきた。こいつは悪魔かと影人は思った。

「・・・・・・おい香乃宮。お前、俺の正体知ってから露骨に態度変わってねえか? 積極さが前の比じゃねえというか、搦手使って来るっていうか・・・・・・」

「そうかな? 自分の事にはあまり興味はないから分からないかな。ただ、僕も人間だって事だよ。それでどうする帰城くん? さっきの君の指摘通り、君の意見を聞くのを忘れていたから、改めて君の意見を聞かせてほしい」

「このタイミングでそれ聞くかよ・・・・・・クソが、えげつねえ奴だぜ・・・・・・」

 どこかとぼけたようにそう言ってきた光司。そんな光司に、影人は思わずそう言葉を漏らした。例えるならば、狡猾、残忍。その俺が貴様を倒すぜ的な感じだ。まあ、影人は倒される側なのだが。

「・・・・・・・・・・・・はあー、分かったよ。俺の負けだ。付き合ってやるよ」

 そしてその結果、光司の問いに影人はそう答えた。不承不承という感じで。

「ありがとうございますお兄さん。とても嬉しいです!」

「ありがとう帰城くん。やっぱり君は優しいね」

「半ば脅すみたいな事したくせに・・・・・・どの口が言ってやがんだ。けっ」

 ファレルナと光司が嬉しそうにそう言葉を述べる。影人は光司に恨みがましい目を向けた。

「ふむ・・・・・・」

 その様子を見ていたプロトはどこか面白そうな顔を浮かべていた。













「なるほど・・・・・・君がスプリガン。帰城影人くんだったのか。いや、失礼。スプリガンの顔をじっくりと見る機会はあまりなかったものだし、2度ほど君の通常時を見た時は前髪が特徴的だったから、分からなかったんだ。失礼を詫びるよ」

 十数分後。各自料理を盛り付けた皿をテーブルに置きながら影人、光司、プロト、ファレルナの4人は席に着いていた。魚のムニエルを口に運んだプロトは、行儀がよさそうにナプキンで口を拭きそう呟くと、影人に頭を下げてきた。

「いや、謝られる事じゃないから顔あげてください。反応しづらいんで・・・・・・」

 プロトから謝罪された影人は少し慌てたようにそう言った。一応、プロトとしっかり話すのは(零無との戦いが終わった後に、一応影人は戦ってくれた光導姫や守護者、闇人などに謝罪していた)これが初めてなので影人も砕けた言葉ではなかった。

(それにしても・・・・・・こいつが守護者の元1位か。なんか香乃宮と同じような雰囲気だな)

 プロトを見つめながら影人は内心でそう思った。イケメンなのはもちろんだが、仕草や振る舞い、言葉遣いなどが光司と本当によく似ている。プロトの見た目と出身国も相まって、英国紳士という言葉がピッタリだ。

「帰城くん。1つ聞いてもいいかな? どうして今日は前髪を上げているんだい? いや、ごめん。スプリガン時以外の君の素顔の、その全貌を見るのは初めてだったから・・・・・・不思議に思って」

「・・・・・・気持ちは分からん事もないが今日はよくそれ聞かれるな。別に大した理由じゃねえ。気分だよ気分。・・・・・・色々と整理がついたからな」

 光司の質問に、影人は今日何度目かになる答えを述べる。恐らく、会いたくはないが普段の自分を知る者に出会えば、この答えをまた何度も述べる事になるのだろうなと思いながら。

「っ、そう・・・・・・ごめん。野暮な事を聞いたね」

 影人の答えを聞いた光司はそう言った。恐らく、零無関連の事だろうと思い至ったのだろう。そして光司は一転、明るい顔になるとこう言葉を続けた。

「だけど、今日の帰城くんの格好は凄く格好いいと思うよ。同性の僕から見てもそう思えるから、今日パーティーに参加している女性は、君のことを放っておかないんじゃないかな」

「はい、今日のお兄さんは凄く格好いいと思います。普段のお兄さんももちろん素敵ですけど、今日は一段と。特にお兄さんの目、とても綺麗です」

「僕もそう思いますよ。帰城さんの雰囲気と黒のスーツがとても似合っていると感じます」

 光司に続きファレルナとプロトも影人にそんな言葉を送って来た。

「・・・・・・頼むから勘弁してくれ。俺はそんな事言われたくはねえんだ。ていうか、それを言うならあんた達の方が似合ってるだろ」

 本当に嫌そうな顔を浮かべながら、影人は逆に3人に対してそう言った。光司とプロトは元がかなりイケメンであるのに、パーティー用に着飾っている。そのため、ただでさえイケメンなのに、輝くようなイケメンぶりだ。普通に100人単位で惚れられそうな感じである。

 ファレルナも、可愛さと綺麗さが両立しているような感じで、更にファレルナの雰囲気も相まって神々しいといった印象を抱かせる。影人とは月とスッポンだ。

「僕なんか帰城くんの格好よさには到底及ばないよ。それよりも、1枚だけ写真撮らせてもらえないかな? こんなに格好いい帰城くんが記憶だけに残るのはもったいないよ。だから、失礼だけどお願い出来ないかな?」

「は? 何言ってんだお前・・・・・・? 却下だ却下。意味の分からん事を言うな。何で俺の写真なんか撮りたいかは知らんが、絶対ダメだからな」

 急に光司にそんなお願いをされた影人は、訳が分からないといった顔を浮かべ、首を横に振った。光司は基本嫉妬すら起こらない完璧人間のくせに、たまによく分からない事を言い出す。しかも影人に対してだけ。そこだけが玉に瑕だ。

「そこをどうにかお願い出来ないかな。君の晴れ姿を記録しないなんて、それは一種世界の損失だよ。対価が必要なら払うよ。言い値で構わないから」

「何を急にイカれた事言ってるんだお前は? 俺はアイドルやモデルじゃねえ。おい止めろ! スマホとサイフを取り出すな! 俺に近づくな!」

「僕には義務があるんだよ! 世界の損失を防ぐ義務が!」

「それと俺には何の関係もねえだろうが!?」

 光司と影人が軽く取っ組み合いながらそんな言葉を交わし合う。どちらもある意味本気なので、言葉にも力が入っていた。

「ははっ、2人はとても仲がいいんだね。うん、とても微笑ましいね」

「ふふっ、お兄さんと『騎士』さんは親友なんですね」

 そんな2人の光景を見ていたプロトとファレルナは笑みを浮かべた。こいつらは目が腐っているのかと影人は内心で思った。

「――うん? 何か聞き覚えのある声が・・・・・・って、あ! 副会長と・・・・・・帰城くん!? え、ちょっと何で髪上げてるのよ!?」

「――おや、本当だ。しかもファレルナくんと『守護者』くんもいるじゃないか。これは中々珍しい組み合わせだね」

 2人がそんな感じで攻防を繰り広げていると、女性の声が聞こえて来た。すると、黒色の着物と空色のドレスに身を包んだ、元光導姫ランキング10位『呪術師』榊原真夏と、元光導姫ランキング7位『芸術家』ロゼ・ピュルセが4人の着くテーブルへと現れた。真夏は途中で影人の事に気がつくと、驚いた顔になった。

「げっ! 会長にピュルセさん・・・・・・!?」

 光司と攻防を繰り広げていた影人が真夏とロゼに気がつく。影人の言葉を聞いた真夏は不満げな顔を浮かべた。

「ちょっと帰城くんげって何よげって! 失礼でしょうが! 後何で髪上げてるのよ理由教えなさい!」

「気分ですよ気分! 本当にいつもハイテンションですね会長は!」

 半ばヤケクソ気味に影人はそう叫んだ。本当に勘弁してほしい。なぜどんどんと知人が集まってくるのだ。影人がそんな事を考えていると、ロゼが興味深そうに影人を見つめて来た。

「ふむ、素顔が露わになっている君とは珍しい。こう見てみると、確かにスプリガンの時と同じ顔なのだね。いいね、疼いてきた。湧き上がってきた。帰城くん、すまないが1枚描かせてもらってもいいかい? なに、こんな事もあろうかと紙とペンは常に持ち歩いているんだ。本当はしっかりとした道具で描きたいんだがね。それはまた後日に譲るよ」

「あんたまで何を言ってるんですか!? 無理ですよ無理! 絶対ダメですから! というか後日に譲るって何ですか!?」

 どこからかメモ用紙とペンを取り出したロゼが、欲望やら何やらが滲んだ目で影人を見つめて来た。そんなロゼに軽い恐怖感を抱きながら、影人は悲鳴のような声を上げた。

「まあまあまあ、そう言わずに。減るものでもないだろう。是非に頼むよ。・・・・・・ああ、もう限界だ! 描かせてくれ!」

「だからダメって言ってんだろ!?」

 ロゼの様子が急変し、興奮したように影人にそう言ってきた。影人は変わらず悲鳴のような声を上げ、遂に席から立ち上がり、光司の手を振り解いた。

「帰城くん1枚でいいんだ! 世界のためにも君の晴れ姿を撮らせてくれ!」

「私の抑えられない衝動のために1枚描かせてくれたまえ!」

「何なんだよお前らは!? 無理だって言ってんだろうがこの狂人ども!」

 光司とロゼにそう迫られた影人は本能に従って逃げ出した。

「帰城くん!? 待ってくれどこに行く気だい!?」

「逃がさないよ! 既に君は私の獲物だ!」

 逃げ出した影人を見た光司とロゼは、当然のように影人を追い始めた。急に追う者と追われる者のハントが始まった。場所はパーティー会場で、追う者は何か色々暴走したイケメン御曹司と美人芸術家。追われる者は捻くれクズ厨二の前髪野郎。全く以て意味不明な状況だった。

「何かよく分からない事になったけど・・・・・・面白いからいいわ! あはははは!」

 そして、その様子を見ていた真夏は面白そうに笑い声を上げていた。













「はあ、はあ、はあ・・・・・・ま、撒いたか・・・・?」

 約10分後。光司とロゼに追いかけられていた影人は、人混みに紛れながらそう呟いた。まだまだ安心は出来ないが、取り敢えず2人の姿は見えないし声も聞こえない。ようやく軽く安心出来た影人は大きく息を吐いた。

「ふぅ・・・・・・ったく、本当になんて日だよ今日は・・・・・・ああ、不幸だ。終わってやがる・・・・・・」

 知人にはよく会うわ、よく分からない理由で追いかけられるわ。さっきまでの自分は食事を楽しんでいたはずなのに。どうしてこうなったと影人は心の底から思った。

「頼むからこれで不幸の連鎖終わってくれよ・・・・・・これ以上は流石に精神が持たん・・・・・・」

 影人が強くそう思いながら言葉を呟く。取り敢えず、ほとぼりが冷めるまではどこか目立たないような場所にいよう。そうだ確かバルコニーが解放されていた。そこに行こう。影人がそう考えたその瞬間、

「わっ!?」

「っ!?」

 影人に1人の女性がぶつかってきた。薄緑のドレスに身を包んだ女性が驚いたような声を上げ、ぶつかられた影人も、反射的に驚いたような表情を浮かべた。

「あ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「え、ええ。全然大丈夫――」

 女性の言葉に影人は言葉を返そうと、その目を女性の顔に向けた。そして、影人は呆然とした。

「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

 影人は言葉を失った。なぜならば、その女性に影人は見覚えがあったから。その女性の事を影人はよく知っていた。なぜなら、彼女は数少ない影人の悪友なのだから。

「な、なんで・・・・・・なんでお前がここに・・・・・・」

 影人は無意識に首を横に振った。なぜ、なぜ、なぜ。出てくるのは疑問ばかり。その衝撃は、シェルディアの正体を知った時と酷似していた。

「暁理・・・・・・」

 そして、影人は震える声で悪友の名前を呟いた。

「え・・・・・・? う、嘘・・・・・・ま、まさか・・・・・・」

 そして、影人に名を呼ばれた暁理も、その声からぶつかった男が誰なのか気づいたように、その目を大きく見開いた。

「え、影人・・・・・・・・・・・・?」

 やがて、暁理も掠れたような震えた声で悪友であり特別な人の名前を呟いた。影人と同じように呆然とした、信じられないといった顔を浮かべながら。


 ――どうやら、まだまだ騒ぎやイベントは起こり足りないようだ。

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