第321話 打ち上げパーティーだ(3)
「・・・・・・言っただろう。少し話がしたいと。スプリガン・・・・・・いや、帰城影人」
影人にそう言われたアイティレは、ジッとその赤い瞳を影人に向けながらそう呟いた。
「お前が俺に話ね・・・・・・いいぜ、分かったよ。取り敢えず、座ってくれていいぜ」
軽く警戒感を抱きつつも、影人はアイティレに対面の席を勧めた。
「感謝する」
アイティレは一言そう言うと、影人の対面の席に腰を下ろした。
「で、話って?」
影人は早速アイティレにそう聞いた。アイティレが今の前髪を上げた自分を帰城影人だと認識できた事は、あまり気になっていなかった。影人の顔はスプリガン時と同じもので瞳の色が違うだけだ。既に影人の正体をスプリガンだと知っており、その認識阻害の力の外にいるアイティレならば、気づいてもおかしい話ではなかった。
「ああ、だがその前に・・・・・・普段の君はそういった話し方なのだな。以前にソニアの楽屋で会った時とは印象がガラリと違うから少し驚いた」
「別に初対面の奴とかにはもうちょっとマシな言葉で喋る。だけど、お前はもう俺がスプリガンだって知ってるし、何回も戦った奴だ。なら気遣いはいらねえだろ。というか、お前も今更俺が丁寧な言葉遣いしてたら気持ち悪いだろ」
「・・・・・・そうだな。確かに、今は君がスプリガンだと知っている私が、丁寧な君の言葉を聞けば違和感を抱くだろうな」
影人の言葉を聞いたアイティレは納得したように頷いた。ほとんど殺し合い(あくまでアイティレの認識。アイティレは殺意を持って影人と戦っていたが、影人はアイティレを殺す気はなかったので、影人からすればただの仕事、戦いという認識)に近い戦いをした相手が、取り繕ったような言い方をすれば必ず違和感が生じる。ゆえに、アイティレは納得したのだった。
「では、本題に入らせてもらおう。・・・・・・話というのは、私が過去に君を何度か攻撃し殺そうとした事。それに対する謝罪の話だ」
「ああ、それか・・・・・・」
アイティレが影人に本題を切り出す。アイティレにそう言われた影人は特段驚いた様子もなく、その言葉を受け止めた。
「・・・・・・別にもう気にしちゃいねえよ。終わった話だしな。お前もこうやってその事を話に来たって事は、俺を殺すつもりはないんだろ」
「ああ。もちろん、現在の私に殺意はない」
「なら話は終わりだ。謝罪は別にいらん。お前は俺と戦っていた時俺の正体を知らなかった。なら攻撃して来ても仕方ないだろ。それが殺意のあった攻撃だったとしてもな。それに、俺も必要だったとはいえ攻撃や反撃をした。だからチャラだ」
頷いたアイティレを見た影人はそう言葉を述べた。そもそも、後半影人は明確に光導姫と守護者の敵になっていた。殺す気で攻撃されても仕方がない。
「それでも無かった事には出来ない。これは明確に私の罪だ」
「はっ、そうかよ。真面目な奴だな」
だが、アイティレは今度は頷かなかった。その様子を見た影人は少し呆れたようにそう言った。
「それでお前の気持ちの整理がつくなら、分かった。謝罪ってやつをしろよ。・・・・・・だが、せっかくだ。1つ教えろよ『提督』。お前は何で俺を殺そうとしてたのかを。あくまで予想だが、お前は俺が狙いで日本に来たんだろ? なぜ日本にまで来て俺を狙った? 単純な正義感じゃないはずだ。その理由だけは分からないから興味がある」
影人はアイティレにそう問いかけた。影人とソレイユはアイティレがスプリガンを目的とし、日本に来たのだと考えていた。アイティレと初めて戦ったのは、アイティレがスプリガンを敵と考えているのか考えていないのか、本当にスプリガンが来日の目的なのか、その事を確かめるためだった。しかし、理由の方までは2人は深くは考えていなかった。
「そうだな・・・・・・君には知る権利がある。あまり気持ちのいい話ではないが、私が君を殺そうとしていた理由を話そう」
アイティレはそう前置きすると、その理由を話し始めた。
「一言で言うなら、君を殺そうとした理由は、私の観念と私の国の政府の利害が一致したからだ。私は政府からスプリガンを拘束、もしくは殺害してほしいという依頼を受けていた」
「っ・・・・・・」
全く予想外のその言葉を聞いた影人は驚いたようにその目を見開いた。そして、真剣な顔になるとこう聞き返した。
「・・・・・・どういう事だ。何でお前の国の政府がそんな依頼をお前にする? 奴らの目的は何だっんだ?」
「・・・・・・最初は教えてもらえなかったが、レイゼロールとの最終決戦が終わった翌日に教えてもらったよ。どうやら、スプリガンの力を利用しようと考えていたらしい。光導姫と守護者の力は闇奴や闇人以外の問題に用いてはならないという規則がある。それは全ての国に周知されている事だ」
「・・・・・・なるほどな。話が読めたぜ。あの時の俺は守護者でも闇人かも分からない文字通り怪人で、その規則外の人物だった。その怪人が持っていた超常の力・・・・お前の国の政府はそれを利用出来ればと考えたのか。兵力や軍事力なんかに。そして、もしかしたら他の国も同じような事を考えているかもしれない。もし他の国にその力を利用されたら面倒になる。他の国に利用されるリスクがあるなら殺す事もやむ無し。だから、拘束と抹殺指令が同時に出てたのか」
相変わらず無駄に勘がいい前髪は、それだけの情報で答えに辿り着いた。影人の答えを聞いたアイティレは少し驚いたように、その赤い目を見開いた。
「・・・・・・驚いたな。よくも今の言葉だけで答えが分かったものだ。
「別に切れ者なんかじゃない。ただ、それくらいしか理由はないなって思っただけだ。で、あの最終決戦で俺の立ち位置が実は光サイドだと分かったから、指令は取り消された。そんなところか」
「・・・・・・君には勝手にしか聞こえないだろうが、そういう事だ」
「そうだな。確かに勝手にしか聞こえねえ。・・・・・・だが、こんな事俺に話していいのかよ? 普通に言っちゃいけない系の話だろ、これは。しかも、それを本人に対して話すなんてのは余計に」
「当然、誰にも口外してはいけないと言われたよ。だが、それでもこの話は君にはしなければならなかった。それがせめてもの君に対する贖罪だ。私が出来るな」
影人の指摘を認めながらも、アイティレはそう言葉を紡いだ。そして、今度はこう言葉を述べた。
「もう1つ説明しなければならない事は、先ほど言った私の観念についてだ。私は過去の経験がきっかけで、闇の力を扱うモノ全てを敵と考えていた。私が光導姫になったのもその経験が原因だ。その観念から私は君を敵と、滅ぼさなければいけない者だと決定づけていた。・・・・・・独断と偏見でな」
「・・・・・・そのお前の観念と国の指示が重なった。それが、お前が俺を狙っていた理由の全貌か」
全ての理由を聞き終えた影人はその目でアイティレの赤い瞳を見つめながら、締めくくるようにそう言葉を吐いた。アイティレはその言葉に頷いた。
「ああ、そういう事だ。スプリガン、いや帰城影人殿。私と国の勝手極まりない考えのせいで、あなたに多大なる迷惑をおかけした。謝して許される事では決してないが・・・・・・ここに謝罪する。本当に申し訳ございませんでした」
「・・・・・・」
アイティレは座ったままではあるが、影人に向かって深々と頭を下げて来た。影人はしばらく何も言わなかった。
「・・・・・・多少は整理がつけられたか? さっきも言ったが、元々俺は全く気にしてない。だから、別にあんたに対して怒りの気持ちはねえよ」
沈黙を破った影人はどうでも良さそうな様子で、アイティレにそんな言葉を送った。影人の言葉を受けたアイティレはその顔をゆっくりと上げた。
「・・・・・・最初に出てくるのがそんな言葉だとはな。君は・・・・・・優しい人間なのだな」
「勘違いするな。本当にどうでもいいって思ってるだけなんだからよ。取り敢えず、形式的にはなるが言っとくぜ。お前の謝罪は受け取った。答えはここまでにしとくぜ、敢えてな」
アイティレの漏らした言葉を聞いた影人は、面白くなさそうな感じでそう言葉を放った。影人が明確にアイティレを許す許さないの答えを述べなかったのは、それが1番マシな答えだからだ。許すと言えばアイティレは納得しないだろうし、許さないといえば禍根が残る事になる。
「いや、やはり君は優しい人間だよ・・・・・・」
影人の意図を理解したアイティレは小さな笑みを浮かべた。アイティレに再びそう言われた影人は「だから違うって。分からねえ奴だな」と呆れていた。
「・・・・・・話はこれで終わりだ。聞いてくれて感謝する。では、私はこれで」
「ああ・・・・・・せいぜい、お前もパーティーを楽しめよ」
「私にこのパーティーを楽しむ資格はないが・・・・・・ありがとう。善処するよ」
アイティレはそう言うと席から立ち上がり、会場の喧騒の中へと姿を消して行った。
「・・・・・・あいつも色々大変な奴だな。まあ、同情はしねえけど」
アイティレが去った後、影人はそう呟くとテーブルのグラスに置いていた水を一口飲んだ。結果、グラスは空になる。そして、影人は気を取り直すように皿を持つと、自身も立ち上がった。
「さて、俺もパーティーを楽しむか」
そう言うと、影人はビュッフェコーナーに向けて歩き始めた。
「ん・・・・・・?」
影人がビュッフェコーナーに向かうと、ザワザワとコーナーが騒ついていた。パーティーなので、騒ついているのは全くおかしくはないのだが、少し雰囲気がおかしい。パーティーの楽しさから来る騒つきというよりかは、戸惑いや異常から来る騒つきに近い。いったい何だ。影人はそう思った。
「げっ・・・・・・」
果たしてその十数秒後。影人はビュッフェコーナーが騒ついている理由を理解した。その理由を悟った影人は思わずそんな声を漏らした。
「これも美味しそう! あ、これも! これもこれも!」
影人の視線の先には1人の少女がいた。鮮やかな赤色のドレスに身を包んだその少女は、お皿に次々と料理を盛り付けて行く。それも大量に。少女は大量に料理を盛り付けた皿を、どこから調達して来たのか次々とワゴン(食事を運ぶカートのような物)に置いていった。ワゴンは3層あったが、既にほとんど大量に料理が盛り付けられた皿で埋まっていた。
「あ、あれまさか全部1人で食う気か・・・・・・?」
「い、いや、それはないだろ。女の子だし、それに何十人前もあるぜ、あれ・・・・・・」
「凄え・・・・・・リアルギャル◯根かよ・・・・・・」
その光景を見ていた周囲の者たちがそんな感想を漏らす。みんな信じられないといった様子で。その気持ちは分かる。だが、奴は本当に全部1人で食うのだ。食に関しては、彼女は間違いなくモンスターである。その少女の事を知っていた影人は内心でそう思った。
「ちょっと陽華、どれだけ食べる気よ。もうワゴンにお皿乗らなくなってきたわよ」
その少女の隣にいた、青色のドレスを纏った少女が呆れたように件の少女に声を掛ける。パッと見クールそうな印象を抱くその少女が、実はかなり天然な事を影人は知っている。
「え、もう? うーん、だったら仕方ないか。1回食べてからまた来ようっと。私、今日は一杯食べるんだ! さ、テーブルに戻ろ明夜!」
「もう充分以上に一杯よ・・・・・・。絶対火凛と暗葉引くわよ」
その2人の少女、朝宮陽華と月下明夜はそう言葉を交わし合うと、たくさんの料理を乗せたワゴンを押しながら、どこかへと消えて行った。2人の姿を人に紛れて見ていた影人は軽くため息を吐いた。
「やっぱりいやがったかあいつら・・・・・・見つかったら面倒だな。顔合わせないように気をつけよっと」
基本的に面倒な事が嫌いで孤独好きな前髪はそう呟くと、2人が去った後のビュッフェコーナーで料理を物色し始めた。普通ならば、2人に声を掛けたりするところだろうが、残念ながら前髪野郎は普通ではない。何でこんなんが主人公なのか本当に分からないが、そういう奴である。ひでえもんだ。
「ふぅ、今更だが・・・・・・地雷原歩いてんじゃねえか俺?」
2回目の料理を皿に盛り付け終わった影人はそう呟いた。基本人と関わりたくない自分が、このパーティー内に何人かいるだろう知人と顔を合わせて話をする。端的に言って拷問である。そういう陽キャラみたいな事は本当にしたくない。先ほどのアイティレのようにシリアスな話ならまだしも、談笑なんかしようものなら終わりだ。捻くれ具合が天元突破している前髪はそんな事を思っていた。
「げっ、さっきの席埋まってるじゃねえか・・・・・・」
先ほどアイティレと話していた席に戻ろうとした影人は、その席に人が座っているのを見た。テーブルには空のグラスしか置いていなかったので、空席だと思って座ったのだろう。
「仕方ねえ。別の席を探すか」
影人はそう呟くと、他の空席を探す事にした。相席なんかは死んでもごめんなので、完全なる空席を。影人が適当にパーティー会場を歩きながら空席を探していると、
「――お兄さん!」
「っ・・・・・・」
背後からそんな声が聞こえてきた。その声と呼び方に聞き覚えがあった影人は、嫌な予感を抱きつつも恐る恐る後ろを振り返った。
「やっぱりお兄さんでした。一応、数日前に顔は合わせましたが・・・・・・こうして正面から話すのはお久しぶりですね。また会えて嬉しいです」
すると、そこには15歳くらいのまだ少し幼さが残る少女がいた。プラチナの長髪に赤みがかった茶色の瞳。顔はあどけなさが残り愛嬌がある。前に会った時と同じ華美過ぎない装飾の施された、白を基調としたドレスではなく、今日は薄い金色と白を基調としたドレスを纏っている。胸元にロザリオがあるところは変わっていなかったが。
「はあー、早速かよ・・・・・・ああ、そうだな。こうしてしっかりと、しかも互いに普段の姿で会うのは去年の夏以来だな。なあ・・・・・・聖女サマ」
そして、影人はその少女――元光導姫ランキング1位『聖女』、ファレルナ・マリア・ミュルセールにそう言葉を送った。
そしてそして、
「あれ帰城くん・・・・・・? え、何で君が髪を上げて・・・・・・」
「どうかしたのかい、香乃宮くん?」
そんなタイミングで影人の前に新たに2人の少年が現れた。1人は白のタキシードに身を包んだ日本人で、もう1人は黒のタキシード纏うイギリス人。2人とも凄まじいイケメンだった。
白のタキシードを着た少年――元守護者ランキング10位『騎士』、香乃宮光司は影人を見て驚いたようにそう呟き、光司の名を呼んだ黒のタキシードを着た少年――元守護者ランキング1位『守護者』プロト・ガード・アルセルトは不思議そうな顔を浮かべた。
「おい嘘だろ・・・・・・何でこのタイミングでお前まで現れるんだよ・・・・・・香乃宮・・・・・・」
光司に気がついた影人は絶望したようにそう言葉を漏らした。
――楽しいパーティーはまだまだ始まったばかりだ。
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