第320話 打ち上げパーティーだ(2)
「さて、パーティーが始まっちまったわけだが・・・・・・今更なんだが、嬢ちゃんとかキベリアさんはここにいても平気なのか? 一応、今は違うとはいえここにいる奴らとは敵同士だっただろ?」
パーティーが始まりを告げた。本格的に熱気を帯び始めた会場の空気を感じながら、影人はシェルディアとキベリアにそう聞いた。
「ああ、それなら大丈夫よ。ほとんどの元光導姫や元守護者は私たちの顔を知らないし、それにパーティーの招待状には和平が実現したから、レイゼロールや闇サイドも参加すると明記しておいたから。ここにいる者たちは、少なくともそれを了承して参加しているはずよ」
影人の言葉にシェルディアが答えた。なるほど。確かに最上位闇人の相手は基本的には最上位の光導姫や守護者たちだった。ならば、ほとんどの光導姫や守護者たちが最上位闇人の顔を知らないのは道理だ。納得した影人はこう言った。
「そうか。なら大丈夫そうだな。しかし、レイゼロールの奴もこのパーティーに参加してるのか。確かにあいつはパーティーを開く事自体には賛成だったが・・・・・・正直、参加するとはあんまり思ってなかったぜ。あいつも俺と似たような性格だしな」
「ふふっ、それは多分あなたがいるからよ。あなたがいなければ、レイゼロールは間違いなくこういった場には来ていないわ」
「はっ、そいつはどうだろうな」
シェルディアのその言葉に影人は小さく笑った。そして、気持ちを切り替えるように周囲を見渡した。
「さて、それじゃまあ・・・・・・パーティーを楽しむとするか。せっかくだから、高い料理を食いまくろう。ご馳走になるぜ、嬢ちゃん」
パーティー=高い飯食い放題という、庶民感覚丸出しの前髪野郎(今は前髪を上げているが、こいつの存在は前髪である)は、軽く笑みを浮かべそう言った。影人の言葉を聞いたシェルディアは軽く苦笑した。
「別にパーティーの楽しみは食事だけではないのだけれど・・・・・・ええ、あなたが思うように存分に楽しんでちょうだい」
「ああ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
「よーし、パーティーを楽しもうぜ影人!」
影人はそう言うと、早速食べ物が置かれているコーナーの方へと向かった。零無も当然のように影人へと着いていく。影人とシェルディアはパーティー会場までしか腕を組んでいなかったので、もう自由行動は可能なのだ。まあ、シェルディアは腕を外す際ごねたが。
「じゃあ、私たちもパーティーを楽しみましょうか。キベリア、その子を離してあげて」
「え、クマをですか?」
「そうよ。もう自由に動いても大丈夫だから」
「分かりました」
シェルディアの言葉にキベリアは頷くと、抱いていたぬいぐるみを地面に下ろした。
「?」
「ふふっ、あなたもパーティーを楽しんで。ここにいる者たちは、超常の力には慣れているからあなたを迫害なんかはしないわ。珍しがられはするでしょうけどね。だから、いっぱい可愛がられて来なさい」
「!」
最初不思議そうに首を傾げていたぬいぐるみは、シェルディアの言葉を受けると、「分かったよ!」といった感じに右手を上げた。そして、テクテクとどこかに歩いて行った。
「きゃー! ぬいぐるみが歩いてる! 可愛いー!」
「本当だ! 誰かの力かしら? でも、そんな事関係なく可愛いー!」
すると、早速ぬいぐるみは女子たちに捕まっていた。ぬいぐるみは女子たちに「よろしく!」と言うように手を振った。
「クマ本当に勝手にさせて大丈夫なんですか? 確かに、元光導姫や元守護者だけなら大丈夫かもですが・・・・・・ホテルのスタッフとかも出入りしますよね? そいつらに見られたら・・・・・・」
「心配はいらないわ。この会場、既に一般人用の認識阻害の結界が張られているから。ほとんどホテルのスタッフ専用みたいなね。だから、あの子を見たとしても違和感は感じないようになってるわ」
「え、そうなんですか? もしかして、シェルディア様が張ったんですか?」
キベリアが意外そうな顔を浮かべる。だが、キベリアの漏らした言葉にシェルディアは首を横に振って否定した。
「いいえ、違うわ。この保険用の結界を展開したのは、ここにいる者たちの多くを転移させた人物でもあり、招待状をその力を使って全世界に届けた人物でもあり、パーティー参加の意思確認を行ったりした人物。つまり、このパーティーの協力者よ」
「へへっ、さーて何から食うかな。どれもこれも美味そうだ」
一方、シェルディアたちを放ってタダ飯を物色しに来たクズ前髪は、皿を持ちながらそんな事を呟いていた。目の前には和食や洋食や中華、様々な食べ物がズラリと置かれている。どれもこれも、それはそれは美味しそうに。晩飯をまだ食べていない影人は、腹が鳴るのを感じながら笑みを浮かべた。
ちなみに、日奈美には友達と晩御飯に行くと言ってあるので、アリバイは問題ない。日奈美には「あんたにそんな友達いたんだ」と驚かれたので少し腹立ったが、そんなものは目の前のご馳走に比べればどうでもいい事である。
「まずはこのステーキは外せないだろ。で、この生ハムとチーズのバジルサラダもいるし、そこの蟹の身入りトマトクリームパスタも・・・・・・ああ、後は向こうの寿司も・・・・・・」
影人が皿に次々と食べ物を盛り付けていると、後ろから突然こんな声が聞こえて来た。
「――帰城影人」
「ん・・・・・・?」
自分の名を呼ばれた影人は後ろを振り返った。影人と共にいた零無も影人同様に後方に振り返る。すると、そこには薄紫の髪に透明の瞳をした1人の女性がいた。その女性はその髪と同じ色の、紫色のドレスを纏っていた。
「シトュウさん・・・・・・」
その女性、現在の真界の神の最上位『空』である女神の名前を、影人は少し驚いたように呟いた。まさか、シトュウまでパーティーに参加しているとは、影人は思っていなかった。
「何だ。やっぱりお前もいたか。まあ、ここに張られている様々な結界の力の気配から、お前がいる事は予想していたが」
影人とは違い、零無は大して驚いた様子もなく、そんな言葉を述べた。どうやら、零無はシトュウがパーティーに参加している事を、確信を抱くとはいかないまでも分かっていたようだ。
「ええ。この場所に結界を張ったのは私です。それ以外にも色々とこのパーティーのために協力はしていますが。あなたは随分とマシな様子になりましたね、零無」
零無をしっかりと認識しながらシトュウはそう言った。真界の神であるシトュウにとって、幽霊である零無を認識する事は造作もない事だ。
「色々とパーティーに協力・・・・・・ああ、なるほど。ここにいる奴らを転移させたのはシトュウさんってわけか。確かに『空』なら地上でも力を行使できるもんな」
シトュウの言葉の一端から、先ほど抱いていた疑問の答えを予想した影人は、納得したようにそう呟いた。相変わらず、無駄に勘のいい奴である。
「はい。その事にも協力させていただきました。本来ならば、『空』である私が地上に降りて妄りに力を使う事は好ましいとは言えないのですが・・・・・・あなたには恩義がありますからね。ゆえに、というわけです」
「・・・・・・別に俺は自分の因縁にケリをつけただけだがな。だがまあ、ありがとう。礼は言っとくよ」
影人はチラリと隣の零無を見つめながら、軽く笑みを浮かべた。シトュウは小さく首を横に振った。
「礼には及びません。それよりも、今日は髪を上げているのですね」
シトュウはどこか珍しそうにそう聞いた。影人と会った回数や時間はそれほど多くはないが、影人は常にその目を前髪で隠していた。先日神力を伴って変身していた際にはその目が露出していたが、それは変身による影響だ。ゆえに、シトュウはそう聞いたのだった。
「ああ、その・・・・・・ちょっとした気まぐれですよ。本当にちょっとしたね」
シトュウにそう聞かれた影人はフッと小さく笑った。それはいつも通りの気色の悪い前髪スマイルだったが、今日は顔が露出している分、いつもより数段マシ(増しではない)に見えた。なんなら、どこかクールにも見えるので非常に腹立たしい。端的に言って許せない。前髪野郎の笑みは気色悪いのが普通であり当然なのである。よって抗議し裁判所に訴える所存である。その結果、被告前髪野郎。一審二審三審ともに全て死刑判決。やったぜ民意の大勝利である。ちなみに判決理由はすべて「被告が前髪野郎だから」という理由である。これ以上ない正当であり至当な理由だ。
「そうですか。ふむ、言うのが遅れましたが・・・・・・今日の姿は非常に似合っていますよ。こういった場合は、格好いいと言うのでしょうか」
「あ、ああ・・・・まさかシトュウさんにそんな事言われるとは思ってなかったけど、一応ありがとう。シトュウさんも今日の服装似合ってるぜ」
シトュウに褒められた影人は戸惑ったような顔になりながらも、そう言葉を返した。影人にドレス姿を褒められたシトュウは、自分の姿を見下ろした。
「そうですか。一応、場に合わせて服装を変化させただけなのですが・・・・・・ありがとうございます。恐らくですが・・・・・・嬉しいです」
シトュウは少しぎこちないが小さな笑みを浮かべた。真界の神は基本は感情が希薄なので、笑顔を浮かべる事もほとんどないし、自分がどういう感情を抱いてるのか感覚としてあまり分からない時がある。シトュウの少しぎこちない笑みと言葉の理由にはそのような背景が存在していた。
「っ・・・・・・」
一方、シトュウの笑みを見た事がなかったためか、初めて見たシトュウの笑顔に、影人は思わず小さく息を呑んだ。それは純粋に美しいと、綺麗と思ってしまったからだった。なるほど。これがギャップというやつか。何だかんだ冷静な前髪野郎はそう思った。
「おい、シトュウ。影人に色目を使うな。普通に殺したくなる」
「そんなものは全く使っていませんよ。変に勘違いしないでください」
すると、今まで黙っていた零無がギロリとシトュウを睨み付けた。零無にそう言われたシトュウは、少し呆れたように顔を浮かべた。
「ああ、そうだ。シトュウさん。後日、また1回どこかで会えないか? 話したい事というか、聞きたい事があるんだ」
気を取り直すといった感じではないが、影人は少し話題を変えるようにシトュウにそう言った。
「それは別に構いませんが・・・・・・今話せる内容ではないのですか?」
「いや、一応話せる事は話せるんだが・・・・・・ほら、今日はパーティー。まあめでたい日だろ。だから、真剣な話とかはそういうのはあんまりしない方がいいだろ? 理由はそれだけさ」
軽く笑みを浮かべながら、影人はその理由を述べた。本当に大した理由ではないし、理由としてはかなり気取ったものに聞こえるが、前髪野郎に羞恥心はないので、本気でそう思い言っているのだった。終わりである。
「なるほど、それが人の理屈ですか・・・・・・分かりました。では後日にしましょう」
「助かるよ。シトュウさんもパーティー楽しんでくれ。あ、そうだ・・・・・・」
影人はそこで何かに気づいたような顔になると、ズボンの右ポケットに入れていた、黒い宝石のついたペンデュラムを取り出した。
「なあイヴ。せっかくだから、お前もパーティーを楽しんだらどうだ?」
『ああ? どういう事だよ?』
突然、影人にそんな事を言われたイヴが影人にそう聞き返す。影人はイヴに答えを返した。
「お前に肉体を与えてやるって意味だよ。それならパーティーを楽しめるだろ」
『っ・・・・・・いいのかよ?』
「ああ、いいぜ。せっかくのどんちゃん騒ぎ。楽しまなきゃ損するってもんだ」
確認を取るようにそう言ってきたイヴに影人は頷いた。イヴは普段肉体がないため、肉体ならではの感覚に飢えている。影人はその事をよく知っていた。
「別にスプリガンに変身してもいいが・・・・・・一瞬でも目立つのは嫌だしな。という事で、シトュウさん。悪いが、こいつに肉体与えてやれないか? ほら、シトュウさんは地上でも力を使えるだろ」
影人はシトュウにそうお願いをした。影人がイヴに肉体を与えるならば、スプリガンに変身しなければならない。スプリガンの力を使えば、幻覚などを体に重ねて今と同じ見た目になる事も出来るが、力を使うまでに少しだけだがタイムラグがある。その間に周囲の人物たちに気づかれたくはない。そのため、変身する事は望ましくない。
だが、イヴに肉体は与えてやりたい。ゆえに、影人はシトュウにそう願った。『空』として全ての力を取り戻したシトュウならば、それくらいは造作もない事だと思ったからだ。
「ふむ、それは女神ソレイユの神力の結晶体のようなものですね。その結晶体に宿っているモノ・・・・・・それに肉体を与えればいいという理解で合っていますか?」
「ああ、その理解で合ってる」
確認を取ってきたシトュウに影人が頷く。その頷きを見たシトュウは「分かりました。いいでしょう」と言って、ペンデュラムに触れた。すると、次の瞬間、ペンデュラムの黒い宝石が黒く輝き、
「おおっ・・・・・・」
数秒後にはペンデュラムが消え、イヴが肉体を得て顕現していた。イヴは久しぶりに得た自分の肉体を見下ろすと、嬉しそうに興奮したように声を漏らした。ちなみに、周りの者たちはあまりにも一瞬の事だからか、パーティーの熱気からか全く気づいていない様子だった。
「って、おい! この服装は何だよ!?」
だが、イヴはすぐに恥ずかしそうな顔を浮かべるとシトュウにそう抗議した。イヴの服装はいつも黒いボロ切れのようなものなのだが、今日のイヴの格好は漆黒の美しいドレス姿だった。しかも、胸元には黒い宝石のついたペンダントも飾られていた。
「この場に合わせた服装を選んだだけです。肉体や服装の自在は与えた私に決定権がありますからね。今回は服装と装飾品だけ決定させていただきました」
「へえ・・・・・・くくっ、似合ってるぜイヴ。いやマジで」
「っ・・・・・・! え、影人てめえ・・・・・・!」
シトュウがイヴにそう説明し、着飾ったイヴを見た影人はニヤニヤと笑みを浮かべた。影人にそう言われたイヴは、いつもの人を食ったような様子はどこへやら。赤面し影人を睨みつけた。
「まあ、今日楽しむ料金だと思って諦めろよ。俺も似合わねえ格好してんだからさ」
「ちっ・・・・・・! 分かったよ! 影人! てめえ後で覚えてろよ!」
イヴはそう言葉を吐き捨てると、影人と同じような食べ物を取るためかお皿を取りに行った。
「おお、珍しい。ゴネずに行きやがった。そんだけワクワクしてるって事だな」
イヴの背中を見つめながら影人がそんな感想を漏らす。いつものイヴなら間違いなく嫌だと喚いていたはずだ。
「なあシトュウ。吾にも肉体くれよ。別に何もしないからさ」
「ふざけんな零無。てめえはまだダメだ。しばらくはずっと反省してろ」
その様子を見ていた零無がシトュウにそう催促したが、影人が待ったの言葉をかけた。影人にそう言われた零無は「むぅ・・・・・・」と不満そうな顔を浮かべた。
「じゃ、俺は飯食うからこの辺で。色々とありがとうなシトュウさん」
「いえ、礼には及びません。それではまた」
影人はシトュウに軽く手を振って、その場を後にしようとした。そろそろ料理が冷めてしまうし、何よりも空腹が限界だったからだ。シトュウも影人に軽く手を振りながらそう言った。
「ああ、零無。あなたは少し待ってください。あなたには聞きたい事があるのです」
「おいおい、何だっていうんだよ? 吾と影人の一緒にいる時間を邪魔するなよ。というか、聞きたい事があるなら全知の力を使え。お前はもう使えるだろ」
影人に着いていこうとする零無をシトュウが呼び止める。シトュウに呼び止められた零無は不機嫌そうな様子でそんな言葉を放った。
「直接あなたから聞きたいのですよ。だから、少し付き合ってください」
「いいじゃねえか。シトュウさんに付き合ってやれよ零無。シトュウさんにも散々迷惑かけたんだ。それくらい聞け」
「・・・・・・ちっ、分かったよ。ただし、本当に少しだけだからな」
影人にそう催促された零無は渋々といった感じで頷いた。
「さて、どこか空いてる席はっと・・・・・・」
それを見た影人はそう呟くと、ゆっくりご飯を食べられる席を探し、零無たちから離れて行ったのだった。
「美味え・・・・・・いやマジで全部美味え・・・・・・」
数分後。パーティー会場端の空いているテーブルを見つけた影人は、そこで先ほど皿に盛り付けた食事に舌鼓を打っていた。本当にどれもこれも信じられないくらいに美味しい。影人は舌が肥えているわけではないが、これは凄腕のシェフが作った料理だという事が理解できた。
「次は何食うかな・・・・・・ていうか、イヴの奴結局どこ行ったんだ? まあそこらで適当にパーティー楽しんでるとは思うが・・・・・・まあ、干渉し過ぎない方がいいよな。うん、それも子育てだし」
ブツブツと癖である独り言を呟きつつ、影人は皿を綺麗に空にした。せっかくだから、出来るだけ色々な種類の料理を食べよう。そうと決まれば、早速第2陣だ。影人は再び料理が並ぶビュッフェコーナーに向かうべく、イスから立ちあがろうとした。
するとそんな時、
「――失礼する。少しお話いいだろうか?」
突然影人はそう声をかけられた。
「ん・・・・・・?」
影人が声を掛けて来た人物の方に顔を向ける。すると、そこには1人の女性がいた。美しい長い銀髪にルビーのような赤い瞳。他の参加者同様に、その女性もドレスを纏っていた。可愛らしいというよりは、美しいスマートな白いドレスを。
「っ、お前は・・・・・・」
その女性を見た影人は軽く驚いたような顔を浮かべた。影人はその女性の事をよく知っている。一応、1番直近で会ったのは数日前の零無との戦いの時だ。その時はほとんど言葉を交わさなかったが、それでもこの目の前にいる彼女に、影人は強烈な印象がある。なぜならば、彼女とは何度か戦ったからだ。スプリガンとして暗躍していた時代に。
「・・・・・・いったい俺に何の用だ『提督』」
そして、影人は彼女の光導姫名を呟いた。そう。影人の目の前にいるこの少女は、元光導姫ランキング3位『提督』。その名をアイティレ・フィルガラルガといった。
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