第319話 打ち上げパーティーだ(1)
「へえ、凄えな。服屋みてえだ・・・・・・」
ドアを開けて着付け室の中に入った影人は、部屋の中に広がる光景を見て、思わずそう言葉を漏らした。部屋はかなりの広さで、移動式の服掛けには様々なジャケット、ネクタイ、ワイシャツ、ズボン、ベルト、着物などがかなりの数掛けられている。また一角のフロアには革靴や、美容台、試着室などが設けられている。まるでお店のようだと影人は思った。
(しかし、結構な数の奴らがいるな。ここにいるって事は今日のパーティーに参加する奴らなんだろうが・・・・・・人種がバラバラ、基本若い奴らしかいないって事はこいつら全員元守護者ってところだろうな)
着付け室の中には影人以外にも20人ほどの男性がいた。白人、黒人、黄色人種問わず様々に。後は着付け係のホテルのスタッフと思われる者が数人だけだ。パーティーに参加するという事は元守護者くらいしかいない。影人は適当にそう考えた。
「って事は香乃宮の野郎も高確率で来てやがるな・・・・・・あいつとだけは遭遇しないように祈っとくか」
どこか面倒くさそうにそう呟いた影人は、そこである可能性に気がついた。
(ん? 待てよ・・・・・・元守護者が参加するなら、元光導姫も参加してるって事か? だったら朝宮とか月下もいる可能性が・・・・・・いや、元光導姫ってくくりで見るなら、もしかしたら穂乃影の奴も・・・・・・? いや、それは流石にないか。ソレイユの奴は穂乃影が俺の妹って事はもう分かってるし、その辺りは調整してくれてるはずだ)
影人は首を横に振った。やはり、穂乃影が来ている事はないはずだ。まあ、自分が参加するという事は穂乃影にはパーティーの招待自体されていないという事だろうが、例え招待されていたとしても、穂乃影は恐らく参加していないだろう。穂乃影も影人と同じように、騒がしいのはあまり好きではない性格だ。
「・・・・・・なら、あいつの分まで多少は楽しまないとな」
影人がそう呟きながら服掛けの方に向かおうとすると、スーツ姿の中年男性が声を掛けてきた。
「お客様、よろしければですが、服装をコーディネート致しましょうか? もちろん、断ってくださっても結構です。その場合は、ご自分のお気に召された物を組み合わせて頂きたく願います」
「あー・・・・・・そうですね。正直、服装の組み合わせとかには疎いんで、お願いしてもいいですか?」
自分で服装を選ぶ事が面倒だと思った影人は、その男性にそう言葉を返した。
「かしこまりました。それでは、まずお客様の体のサイズなどを測らせていただきます」
そう言って、男性はメジャーを取り出して影人の体のサイズや身長、靴の大きさなどを測った。そして、男性は「少々お待ちください」と言って服掛けの方に向かって行った。
「こちらの黒のジャケットにこちらのシャツ、ネクタイは蝶ネクタイではなく、青の普通のネクタイ。サイズからするに、ズボンはこちら。ベルトは少しアクセントを加えて薄い赤。靴は後でお持ちしますが、如何でしょうか?」
「ありがとうございます。じゃあそれで」
服やズボンなどを抱えて戻って来た男性の言葉に影人は頷いた。正直、服装など何でもいいのだ。影人は自分の見てくれに興味などないのだから。
「では、試着室へどうぞ。その間に靴をお持ちしておきますので」
男性に誘われ影人は試着室へと向かった。そして、ジャケットやズボンなど一式を受け取り、試着室の中へと入った。
それから約10分後。
「こんなもんか・・・・・・?」
影人は試着室の中に備え付けられていた姿見を見ながらそう呟いた。取り敢えず、そこにはスーツを着たただの前髪野郎がいた。
「お客様、お着替えは終わりましたでしょうか?」
「ああ、はい。終わりました」
外にいる男性に声を掛けられた影人はそう返事をすると、カーテンを開けた。
「よくお似合いでございます。では、こちらが靴の方になります」
「ありがとうございます」
足元に置かれていた革靴を、試着室の中にあった靴ベラを使って履く。取り敢えず、これで最低限見てくれは整った。
「元々お召になっていた物はこちらで責任を持って預からせていただきます。お帰りの際に、お手数ではありますが、またこちらまで。後、こちらの番号カードを係の者にお渡しください。服や靴の方はそちらと交換という形を取らせていただいております」
「はい、分かりました」
男性からカードを受け取った影人は、それをジャケットの内ポケットに入れた。
「それではパーティーをお楽しみ下さい」
「はい、何から何までありがとうございました」
恭しく頭を下げてきた男性に影人も軽く頭を下げると、部屋を出ようとした。だが、そのタイミングで今度は別の、先ほどよりも若いスタッフに声を掛けられた。
「お客様、よろしければ少し髪などを整えていかれませんか? 無論、結構でしたら断ってくださっても大丈夫です」
「あー・・・・・・いえ、髪は・・・・・・」
影人は反射的に断ろうとした。基本的に影人は7年前の一件以来、髪型を変えていない。影人にとってこの前髪は誓いであり戒めだからだ。ゆえに、この前髪は一種の不可侵。だから、生涯この前髪を影人が切る事はない。
だが、
(一応零無との因縁は決着したんだよな・・・・・・だから、過去は一応乗り越えた事になる。もちろん、まだ父さんとかの問題は残ってるし、すっかり慣れちまったこの前髪にも何か愛着はある・・・・・・だけど)
多少は自分も目に見える形で整理をつける時が来たのかもしれない。今日を始めとして。気まぐれとして。
なにせ、
「・・・・・・今日はパーティー。多少はハメを外す日だ。まあ、嫌々だがな」
「? 何か仰いましたか?」
ポツリと影人はそう呟いた。その呟きに男性は軽く首を傾げた。
「あ、いえ何でもないです。すみません。髪を整えるのはいいです。だけど、お願いが1つだけ。すみませんが――」
そして影人は、男性にこう言った。
「――ワックスを貸していただけませんか?」
「・・・・・・帰城影人の奴ちょっと遅くないですか? まさかバックれたんじゃ・・・・・・」
午後6時45分。着付けを終えて、着付け室の外の廊下でぬいぐるみを抱えながら、シェルディアと零無と共に影人を待っていたキベリアはそう言葉を漏らした。キベリアもパーティーに参加するために着付けを行い、その姿は薄い赤色のドレス姿だった。
「それはないわ。影人の気配はすぐ近くに感じるし。流石のあの子もここまで来て逃げないわよ」
キベリアの言葉にシェルディアはそう言葉を返した。シェルディアも当然着替えており、その服装はシェルディアにしては珍しい白を基調としたドレスで、髪型も緩いツインテールではなく、ストレートだった。普段のシェルディアとはガラリと印象が違う形だ。
「そうだぜ、レイゼロールの眷属。影人は覚悟した後はちゃんとする奴だ」
「ああ、そうですか・・・・・・」
シェルディアに続くように零無もうんうんと頷いた。その言葉を聞いたキベリアはどうでも良さそうにそう呟いた。
「・・・・・・」
零無を含めた3人と1匹が影人を待っていると、男子用の着付け室から1人の少年が出て来た。スーツ姿に軽めのオールバック。髪の色と瞳の色は黒。アジア人、とりわけ東洋人だ。全体的に気怠いような、陰のあるような雰囲気を纏っているが、顔はかなり整っている。暗めのイケメンという感じだった。恐らく元守護者か何かだろう。キベリアは適当にそう考えた。
「あら・・・・・・どうしたの影人? 普段のあなたが前髪を上げるなんて・・・・・・」
「おお! お前の素顔を見るのは随分と久しぶりだな! うんうん! やっぱりお前は綺麗な顔をしているな! 昔は可愛いといった感じだったが、今はカッコいいという感じだぜ!」
「え・・・・・・?」
だが、シェルディアは驚いたような顔で、零無ははしゃいだような顔で、そう言った。影人という言葉を聞いたキベリアはポカンとした顔でそう声を漏らした。
「うるせえよ零無。そういう感想マジでいらねえからやめろ」
そして、その少年が帰城影人である事を示すように、影人はそう言うと、キベリアたちの方へと近づいて来た。
「え!? う、嘘っ!? あんた、帰城影人なの!?」
「そうですよ。ていうか、そんなに驚かなくても、スプリガンの時と目の色以外は同じだから、別に分かるでしょ」
キベリアが信じられないといった顔でそう叫ぶと、影人はどこか面倒くさそうな顔でそう言葉を返して来た。言われてみれば、確かにその顔には見覚えがあった。
「いやでも分からないわよ! あの時のあんたと今のあんたじゃ全然雰囲気違うし! 普段の帰城影人といえばあの長すぎる前髪でしょ!?」
「いや確かに特徴にはなってるでしょうが、まるで俺が前髪の付属品みたいな言い方はやめてくださいよ・・・・・・」
だがしかしといった感じで叫ぶキベリアに、影人はどこか傷ついたような顔を浮かべた。普段は前髪に隠されている素顔が露わになっているので、表情の変化がいつもよりも格段に分かりやすい。
「・・・・・・どういう心境の変化なの影人? 私も、普段のあなたの素顔を見たのはこれが初めてだわ・・・・・・」
「ああ、そうだろうな。スプリガンじゃない俺の素顔を見た事があるのはこの場じゃ零無しかいないし、他もかなり数が限られるからな」
未だに驚いてるシェルディアに、影人は軽く頷いた。そして、こう言葉を続けた。
「・・・・・・別に大した理由じゃないんだ。ただ、色々区切りがついたからな。ちょっとした気まぐれだよ。だから、これからも普段は前髪を下ろした状態がほとんどだ。それでも・・・・・・今日くらいはまあいいかって思ったんだ。理由はそれだけだよ」
「影人・・・・・・」
影人の言葉を聞いたシェルディアは、一瞬その目を見開いたが、すぐに暖かな笑みを浮かべた。
「・・・・・・そう。それは素晴らしい理由ね。ふふっ、今のあなたの格好似合っているわよ。格好いいわ」
「そう言われると、どうしようもなく変な気持ちになっちまうが・・・・・・ありがとう。嬢ちゃんも似合ってるぜ」
シェルディアにそう言われた影人は気まずそうな顔を浮かべながらもそう言葉を述べた。
「あら、それだけ? もう少し他の感想も出てきてもいいと思うのだけれど」
「そうよ。別にあんたなんかに褒められても全く嬉しくないけど、女が着飾ってるなら褒めるのがマナーでしょ。そんな事も分からないの?」
シェルディアとキベリアが影人にそう言って来る。2人にそう言われた影人は困った顔になりこう言った。
「そこは勘弁してくれませんかね・・・・・・そういうの、本当キャラじゃないんで・・・・・・」
「ふふっ、冗談よ。ありがとう。さあ、じゃあそろそろ会場に行きましょうか」
シェルディアは笑みを浮かべるとスッと左手を伸ばして来た。その仕草の意味を悟った影人は更に困った顔になった。
「えーと・・・・・・取らなきゃダメですか?」
「言わせないでくれるかしら?」
「・・・・・・・・・・・・はあー、分かったよ。俺の負けだ。お手を拝借します、お嬢様」
影人はため息を吐くと、困ったように笑いシェルディアの手を取った。そして、シェルディアはそのまま影人と軽く上品に腕を組んだ。
「おい、何を影人と腕を組んでるんだ吸血鬼。今すぐ影人から離れろ。殺すぞ」
その光景を見た零無が殺意のこもった目をシェルディアに向ける。だが、シェルディアは涼しい顔で、
「やれるものならどうぞ。ふふっ、こういうのを負け犬の遠吠えというのかしらね」
と言葉を返した。その言葉を受けた零無は「チッ、クソが」と不機嫌な顔でそう言葉を吐き捨てた。
「・・・・・・早速胃が痛くなってきたぜ・・・・」
そのやり取りを聞いていた影人はポツリとそう言葉を漏らした。
そして、影人たちはパーティー会場へと向かった。
「・・・・オーマイガー。こいつはたまげたな・・・・・・」
午後6時55分過ぎ。入口で招待状を手渡し(影人とキベリアの分はシェルディアが所持していた)、パーティー会場に入場した影人は今日何度目かとなる驚きの言葉を漏らした。
パーティー会場はかなり広く人も多かった。若い男女が着飾り、至る所にテーブルやイスが置かれ、豪華な食べ物や飲み物もビュッフェ形式で設置されている。もちろん、それに伴う箸やスプーンやフォーク、お皿などの小物も用意されている。バルコニーなども解放されており、そこにもテーブルやイスが見えた。ザ・パーティーといった光景が、影人の前には広がっていた。まさか現実でこんな光景を見る事になるとは。影人はそう思った。
「というか、人の数凄えな・・・・・・こいつら全員元光導姫と元守護者か・・・・・・」
「まあ、ほとんどはそうね。一応、今回のパーティーの名目は、和平実現と元光導姫や元守護者に対しての慰労会というものだから。本当はあなたを主役にしたかったのだけど・・・・・・それをしたら、流石にあなた本気で来ないか逃げると思ったから、それはやめたわ」
「まあ、確かにそれだったら悪いけど逃げてるな」
シェルディアの言葉を聞いた影人は頷いた。影人の様子を見たシェルディアは「でしょ?」と笑った。
「それに、そちらの趣旨の方があなたに合っているとも思ったの。なぜなら、あなたはずっと影から彼・彼女たちを助けながら暗躍を続けていた者。だから、パーティーの本当の主役は影に隠したのよ。このパーティーを主催した私の気持ちと一緒にね」
「っ・・・・・・ははっ、そうだな。確かに俺にはそっちの方が性に合ってる。やっぱり粋だよな嬢ちゃんは」
「ふふっ、そうでしょう?」
苦笑した影人にシェルディアはどこか妖艶に微笑んだ。2人のやり取りを見聞きしていたキベリアは呆れたように、零無は呪うような顔で、
「はあー・・・・・・お熱い事で」
「おい何をイチャついてるんだクソ吸血鬼。死ね死ね死ね死ね死ね」
そんな感想を漏らした。
「そういえば、こいつら全員ここまで何で来たんだ? 明らかに外国人もいるし、それでここは都内なんだろ。ならやっぱり飛行機とかか?」
「いえ、飛行機は日程がどうしても関わってくるから、都内以外の人間は転移の力を使って招待した形よ。もちろん帰りもね。だから、急なパーティーだったけどこれだけの参加者が集まったのよ」
疑問を抱いた影人がそう呟くとシェルディアはそう答えた。
「ああ、転移か。確かに、転移なら場所も時間も関係ねえもんな。それに加えてタダ飯食えるなら、そりゃ参加する奴も多いか・・・・・・あれ、でも確か長距離転移は――」
新たな疑問を抱いた影人がそう呟こうとした時だった。突然、会場の照明が落とされ、正面にある壇上にパッと光が集まった。
『――皆さん、こんばんは。本日はパーティーに参加いただき誠にありがとうございます。パーティーを始めさせていただく前に、まずは開会のご挨拶を僭越ながら、私が代表して述べさせていただきます。私はソレイユ。光の女神ソレイユと申します』
壇上に設置されているマイクを通して名乗りを上げた女性――ソレイユの声が流れる。ソレイユも普段とは衣装が違い、ストレートの桜色の長髪は結わえられアップスタイルに、衣装も淡いピンクと白を基調としたドレスを纏っていた。
「はっ・・・・・・馬子にも衣装ってやつだな」
そんなソレイユを見た影人はポツリとそう言葉を漏らした。
『今日のパーティーは、3ヶ月前の全世界を巻き込んだ光と闇の最終決戦。それを区切りとした、長年に渡る光と闇の戦いの決着、ひいてはそれに伴って実現した和平を尊ぶ事と、その和平実現に尽力してくださった過去・現在全ての光導姫と守護者に感謝、慰労するものです。改めて、皆さんと過去に戦ってくださった全ての人々に感謝を申し上げます。本当にありがとうございました』
ソレイユが頭を下げる。そして、顔を上げたソレイユは言葉を続けた。
『・・・・・・さて、皆さんは既に私やラルバの罪を知っていると思います。私たちは、実は幼馴染であった闇の女神レイゼロールを助けるために、光導姫や守護者を利用していたという事を。・・・・・・私やラルバの罪は到底許されるものではありません。皆さまには、もちろん過去の光導姫や守護者にも謝して許される事ではないでしょう。そんな私が挨拶を述べる事は適当ではないかもしれません』
ソレイユが申し訳なさそうな顔を浮かべる。誰もがソレイユの言葉をただジッと聞いている。そして、ソレイユは真剣な顔を浮かべこう言った。
『ですが、そんな私たちがいると知ってもこのパーティーに来てくださった皆さまのために、私は私の思いを述べる義務があると考えました。私の挨拶はこれまでとさせていただきます。ご清聴ありがとうございました』
ソレイユが挨拶を述べ終え頭を下げる。しばらくは静寂のままだったが、やがてパチパチと拍手が起こった。
『っ・・・・・・ありがとうございます。では、これよりパーティーを始めさせていただきます。パーティー会場には光導姫・守護者の時と同じような言語システムが結界として展開されていますので、国や言語に関係なくご歓談をお楽しみください。では、失礼いたします』
その後、ソレイユがパーティーの開会を宣言すると、次にラルバが登場し手短な挨拶を済ませた。
そして――打ち上げパーティーが始まった。
――さあ、はしゃげやはしゃげ。神も人もその他のモノたちも関係なく。祭りだ、宴だ、パーティーだ。久しぶりのお祭り回の開幕である。
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