第318話 パーティーの準備

「・・・・・・はあー、ついに今日かよ。最悪の目覚めだぜ・・・・・・」

 4月26日金曜日、午前7時半過ぎ。目を覚ましベッドから起き上がった影人は、朝一番からため息を吐いた。眠気はあるが、それよりも気分が憂鬱だった。

 なぜ影人の気分が憂鬱かというと、それは今日の夜に打ち上げパーティーがあるからだ。水曜日に決まった(実質的には決められた)パーティーは、シェルディア全面主催の下、凄まじい速さで進められた。会場、お金、参加者への告知などは、シェルディアの持てる全ての力(主に財力)が使われた。そのためもあってか、打ち上げパーティーの用意は1日ばかりという異例の早さで整ったのだった。

 当然の事ながら、影人はシェルディアに申し訳なく思った。だが、シェルディアは「気にしないで。お金なんて使いたい時に使えないんじゃ、意味ないから。私は好きでやっているのよ」と言った。

 それでも影人が申し訳なさそうな顔を浮かべ続けていると、「あなたまだ分かっていないの? このパーティーをすること、楽しむ事があなたの贖罪なのよ。分かったら、素直に受け入れなさい」と少し怒られた。そう言われてしまった影人は、「ごめん。ありがとう」とシェルディアに謝罪と感謝の言葉を述べ、一応は受け入れたのだった。

「でもよ・・・・・・やっぱ面倒くせえよな。善意なのは分かるが・・・・俺には合ってないっていうか・・・・・・」

 頭を掻きながら影人がベッドから出ると、イスに座っていた零無がニコリと笑い、影人に朝の挨拶をしてきた。

「おはよう影人。今日もいい朝だね。お前の寝顔は可愛かったよ」

「気色の悪い事を朝イチから言ってくるな。ていうか、俺の寝顔なんざ顔の下半分しか見えないだろ。それの何が可愛いんだよ」

「それでも可愛いものさ。愛する者の寝顔ならね」

 影人にそう言われた零無はそう言葉を返した。零無の答えを聞いた影人は、よく分からんと思いそれ以上は言葉を返さなかった。

「・・・・・・行ってきます」

 朝の準備を整えた影人は、そう言って制服姿で家を出た。もちろん、今や影人に憑いている零無も一緒に。

「はあー・・・・・・ヤバい、本気で行きたくねえ・・・・・・どうする・・・・いっその事バックれちまうか・・・・?」

 マンションの構内を歩きながら、影人がそう言葉を漏らす。取り敢えず、シェルディアに昨日の夜に言われたのは今日の午後6時にシェルディア宅に来るようにとの事だ。パーティーの本番は午後7時からだが、何かやる事があるらしい。それも何だか怖いし、参加者が結局誰が来るのか知らされていない影人は、本気で逃げるべきかと考えた。思考が本当に終わっている奴である。

「おっ、そうするのかい? 別に吾は正直どっちでもいいぜ。そうだ、なら吾と2人でささやかなパーティーをしよう。うん、きっとその方がいい。別に、『終焉』に神力もあるお前なら、あんな吸血鬼がキレても殺せるだろ?」

「お前は本当にブレねえな・・・・・・やっぱ魂まで殺しとくべきだったかもな・・・・・・」

 零無全開の発言を聞いた影人は、引いたような顔を浮かべた。やはり、基本思考はそんなに簡単には変わらないようだ。

「・・・・・・いや、やっぱやめとく。逃げたら嬢ちゃん本気でキレるだろうしな。本気の嬢ちゃんと戦うのは、マジで2度とごめんだ」

 続けて、影人はそう言葉を述べた。本気で怒ったシェルディアは恐ろしく怖い。基本、人間は怒られたくはないものだ。ゆえに、影人は仕方なくそう決めた。

「じゃあな零無。今日も午後の3時半過ぎに学校が終わるから、それまで適当に街ふらついてろよ」

 マンションを出たタイミングで、影人は零無にそう言った。零無に憑かれて以来、影人が学校に行っている間は影人は零無と離れるようにしている。それは単純に影人が授業に集中出来ないからだ。留年生は当たり前だが、余計に授業に集中しなければならない。

「分かったよ。全く、この時間だけは苦痛で退屈だな」

 影人にそう言われた零無は仕方なさそうに頷いた。そして、零無はユラリとどこかへ姿を消して行った。それを見届けた影人は、学校へと向かい始めた。

『あの神様も随分と丸くなったな。ちょっと前までとは別人だぜ』

 すると、今度は影人の中にイヴの声が響いてきた。それは、ソレイユへの力の再返還がまだ済んでいない事を示していた。

 ちなみに、影人の半径1メートル以内にペンデュラムがある時のイヴは、影人と同化しているのと同義なので、零無の認識が可能だった。ゆえに、先程の影人と零無の会話をイヴはしっかりと聞いていた。

「今の話のどこを聞けばその結論に至るんだよ・・・・・・」

 イヴの言葉に影人は少し呆れたようにそう言った。

『でも、普通にそうだろ。確かにお前なんかが好きな変わり者でヤンデレだろうが、それでも前よりは随分マシに見えるぜ。憑き物が落ちたって感じだ』

「そりゃまあ・・・・・・あのタイミングで多少は改心しなきゃ嘘だろ」

 続けられたイヴの言葉に、影人は今度はそう言葉を返した。

 正直に言うと、零無があの戦い以後に変わったというのは――影人的には昔に多少戻った感じだが――事実だ。今イヴが言ったように、憑き物が落ちたという表現がかなりしっくり来る。

「まあ冗談は置いといて・・・・・・もしかしたら、『影闇の城』の効果かもな。『影闇の城』は対象の魂を1度まっさらに浄化するから」

 影人は考えられる具体的な理由を思いつくと、そう呟いた。

「もちろん、本来の意味はそういった情熱だとか感情を浄化するって意味じゃない。魂に刻まれた特性とか、その人物の特性なんかを無効化するって意味だ。だから、ちょっとオカルト的で空想的な推測だがな。だが・・・・・・そういう理由の方が面白くないか?」

『けっ、ロマンチストかよ』

「はっ、俺はロマンチストじゃねえよ。ただ、想像の翼を持つ1人の人間なだけだ」

 続けられた影人の説明を聞いたイヴは白けたといった感じでそう言った。イヴにそう言われた影人は、フッと気色の悪い笑みを浮かべた。

 そして、イヴとそんな話をしている内に、影人は学校に到着したのだった。














「嫌なイベントがある時に時間が過ぎるのはマジで早いよな・・・・・・」

 午後6時。すっかり学校を終え、自宅の自分の部屋でくつろいでいた影人は、部屋にある時計を見ながらそう呟いた。影人は取り敢えず黒のパーカーに灰色の長ズボンという格好で、ポケットにスマホと財布、後は一応ペンデュラムも入れて家を出た。

「ふふっ、ワクワクするな影人」

「俺は全くだ」

 自分の隣の空間に浮かぶ零無に言いながら、影人はシェルディア宅のインターホンを押した。すると、数秒後ガチャリとドアが開けられ、シェルディアが現れた。

「ご機嫌よう影人。ふふっ、ちゃんと逃げずに来たのね」

「こんばんは嬢ちゃん。ああ、正直逃げたかったが、ここで逃げたら多分殺されるからな。腹括って来たよ」

 挨拶をして笑みを浮かべるシェルディアは、影人の事など見透かしているようにそう言って来た。そんなシェルディアに影人は苦笑いを浮かべながら、自分の本心を述べたのだった。

「今度は賢い判断が出来たみたいね。取り敢えず、上がってちょうだい」

「じゃあ・・・・・・お邪魔します」

 シェルディアにそう言われた影人は、シェルディア宅に上がった。

「げっ、帰城影人・・・・・・」

「!」

 リビングに通されると、そこにはシェルディアの同居人であるキベリアとぬいぐるみがいた。キベリアはゆったりとしたリビング端にあるソファに腰掛け、その上にぬいぐるみが座っていた。

「こんばんはキベリアさん、お前もな。・・・・・・後、お気持ちは分かりますが、俺の顔見るたびに一々げって言わないでくださいよ」

 影人はキベリアとぬいぐるみに挨拶した。そして、キベリアにそう言ったが、キベリアはぬいぐるみを抱き抱えながら、キッと影人を睨みつけて来た。

「無理よ! あんたが私に何したか分かってるの!? ボコボコよ! そりゃ酷いくらいにボコボコにされたわ! そんな奴が普通に接してきても無理でしょ!」

「いや、あれはイヴが・・・・・・ていうか、あの時は戦いだったんですから仕方ないじゃないですか」

「それでもよ! 限度ってものがあるでしょ! ふん!」

 キベリアがそっぽを向く。すると、そのタイミングで今まで黙っていたシェルディアが、キベリアの頭にチョップをお見舞いした。

「痛っ!? え!? な、何で私を叩くんですかシェルディア様!?」

「うるさいからよ」

 頭を押さえながら意味が分からないといった顔を浮かべるキベリア。そんなキベリアにシェルディアはただ一言そう言った。

「そんな理不尽な・・・・・・! やっぱり、シェルディア様は行動原理も力もゴリ・・・・・・」

「ん? 何かしら?」

 キベリアが何かを言う前に、シェルディアはニコリと笑みを浮かべそう聞いた。その笑みには尋常ならざる凄みがあった。それを見たキベリアは、恐怖を抱くと慌ててこう言った。

「あ、い、いえ・・・・・・何でもないです・・・・・・」

「よろしい。さて、なら色々と準備もあるし、一息ついたら会場に行きましょう。影人、適当に掛けてちょうだい」

「分かったよ。でも、会場って結局どこになったんだ? 俺何にも知らないんだけど」

 シェルディアにそう促された影人はリビングのイスに腰掛けると、そう質問した。

「ふふっ、行けば分かるわ。まあ、お楽しみという事ね」

「はっ、分かったよ」

 シェルディアは悪戯っぽい笑みを浮かべそう言った。これは答えてくれないなと悟った影人は、軽く笑みを浮かべた。

 そして、15分ほどお茶などをしていると、

「さて、ではそろそろ行きましょうか」

 シェルディアが空になったカップを置きそう言葉を放った。

「ん。会場には何で行くんだ? 徒歩か?」

 影人がシェルディアにそう質問を飛ばす。その質問にシェルディアは首を横に振った。

「まさか。時間がかかり過ぎるわ。転移で行くから、みんな靴を履いて」

「ああ、転移か。やっぱり、クソ便利な力だよな・・・・・・」

 その答えを聞いた影人は納得しそう言葉を漏らすと、玄関に向かい靴を履いた。シェルディアとキベリアも影人と同じように靴を履いた。唯一、幽霊である零無だけは靴を履かなかった。

「あれ、そいつも連れてくんですかキベリアさん?」

 キベリアはぬいぐるみを抱えたままだったので、影人は不思議そうな顔でそう聞いた。このままだと、ぬいぐるみも転移する事になるが、それでいいのだろうか。

「仕方ないでしょ。シェルディア様が連れてくって言うんだから」

「1人でお留守番は寂しいでしょ。大丈夫よ。今日パーティーに来るのは、超常の力に慣れた者たちだけだし。後はもし何か不都合な事があったら、私がカバーするし」

 影人の言葉にキベリアとシェルディアがそう答えた。その答えを聞いた影人は「そっか。じゃあ、大丈夫だな」と納得した。シェルディアがカバーすると言うのなら、基本全ては大丈夫だろう。

「良かったな。せっかくだし、目一杯パーティー楽しめよ」

「!」

 影人がぬいぐるみにそう語りかける。ぬいぐるみは「うん!」と言うかのように、右手を上げた。

「じゃあ行くわよ」

「おう。あ、そうだ嬢ちゃん。零無も転移って出来るのか? こいつ今幽霊だけど」

「私が認識出来れば問題ないわ」

「分かった。おい零無。認識の度合いを引き下げてくれ」

「分かったよ」

 影人にそう言われた零無はシェルディアやキベリアにも認識出来るように、自身の存在のチャンネルを弄った。その結果、シェルディアが零無の存在を認識する。

「じゃあ、今度こそ行くわよ」

 シェルディアがそう言うと、シェルディア本人、影人、キベリアとぬいぐるみ、零無がシェルディアの影に沈み始めた。そして次の瞬間、3人と1匹のぬいぐるみと幽霊は玄関から姿を消した。













「さあ、着いたわ。ここが今回のパーティー会場よ」

 転移によってシェルディア宅から移動すると、シェルディアが正面に見える巨大な建物を指差しながらそう言った。

「デカいなおい・・・・嬢ちゃん、ここはホテルか?」

 その建物を見た影人がシェルディアにそう聞いた。見た感じだが、かなりゴージャスというか美しい建物だ。

「ええ。一応都内のホテルよ。今日はここの宴会ホールを貸切にしてあるの。さあ、行きましょう。会場は2階よ。あなたはしばらくは普通のぬいぐるみのフリをしていてね」

「!」

 シェルディアが影人の言葉に頷く。そして、キベリアに抱き抱えられているぬいぐるみは、コクリと頷いた。シェルディアがホテルの出入り口へと歩き始める。影人とキベリアと零無はその後に続いた。












「うおっ、凄えなこりゃ・・・・・・」

 ホテルの中に入った影人は思わずそう呟いた。ロビーは豪奢なシャンデリアが光を照らす、凄まじく広い場所だった。これは間違いなく超高級ホテルだ。行ったことはないがそうに違いないと影人は思った。

「貧乏臭い感想ね。程度が知れるわ」

「別にいいでしょう。凄いと思ったんだから」

 チクリと少し嫌味ったらしい言葉を言ってきたキベリアに、影人はそう言葉を返した。影人がスプリガンだとバレてから、キベリアは露骨に影人を嫌っている様子だった。

「ふふっ、仲がいいわね。さて、パーティー会場に行く前に、みんな準備をしなくちゃね」

 シェルディアは軽く笑みを浮かべると、ホテルのカウンターへと向かった。そして、そこにいる老齢のスーツを着た男性に声を掛けた。

「少し訊ねたいのだけれど、いいかしら?」

「はい、何でしょうかお客様?」

 老齢の男性はニコリと笑みを浮かべシェルディアにそう聞き返した。明らかに見た目が歳下のシェルディアを見下すような、侮るような態度は当然ながら全く見えない。それは1つの一流の証明であった。

「私、今日ここでパーティーを主催した者で、パーティーに参加するのだけれど、ドレスコードを整える場所はどこにあるのかしら? 一応、用意するように頼んだのだけど」

「っ、これはこれはシェルディア様でしたか。本日は当ホテルのご利用まことにありがとうございます。はい、もちろん服装は揃えさせていただきました。僭越ながら、私がご案内させていただきますね。私、当ホテルの総支配人を務めさせて頂いております、灰崎と申します」

 シェルディアの言葉を聞いた灰崎と名乗った総支配人は、シェルディアの名前を述べると恭しく頭を下げた。

「あらそう。ならお願い出来るかしら」

「ええ、よろこんで」

 灰崎が頷き、カウンターから出てくる。そして、灰崎はシェルディア一行を案内し始めた。

「嬢ちゃん、さっきドレスコードがどうのって聞こえたんだが・・・・・・もしかして、準備ってそれか?」

「ええ、パーティーですもの。一応ちゃんとした格好をしないとね」

「やっぱりそうか・・・・・・用意してもらってるのはありがたいんだが・・・・・・やっぱり着なきゃダメか?」

「ダメよ。全員そうしてもらうんだから」

 影人はダメ元でシェルディアにそう言った。そして案の定、シェルディアは首を横に振った。

「そうか、やっぱダメか・・・・・・はあー、しゃあねえ。覚悟決めるか・・・・・・」

「正装するくらいで大袈裟ね。ふふっ、あなたの晴れ着楽しみにしてるわよ影人」

「もちろん吾もな」

 影人がため息を吐くと、シェルディアと零無がそんなことを言ってきた。こんな自分の正装に期待なんかしないでほしい。影人は心の中でそう思った。

「着きました。こちらの右手の部屋が男性用の、左手の部屋が女性用の部屋になります。中にはそれぞれ着付けを担当する者がおりますので、衣装が決まり次第そちらの者にお申し付けください」

 それから少しして、1階奥の部屋の前に到着した灰崎が2つの扉をそれぞれ指し示しそう言った。

「では、私はこれで。皆さまがパーティーを楽しまれる事を願っております」

「ええ、ありがとう」

 灰崎はそう言って腰を折ると、ロビーの方へと戻って行った。シェルディアは灰崎に感謝の言葉を述べた。

「じゃあ影人。私たちはこっちだから。また後で会いましょう。ああ、零無も私たちの方に着いてきなさいよ。影人の気が散るでしょうし」

「吾に命令するなよ吸血鬼。・・・・・・だがまあ分かった。今日だけは貴様の言う事を聞いてやろう。じゃあね影人。また後で。お前の正装を楽しみにしているよ」

 シェルディアの言葉に渋々といった感じで頷いた零無はそう言うと、スッとドアを通り抜けて女性用の着付け室へと入って行った。それに続くように、シェルディアがドアを開けキベリアと共に中へと入って行った。

「・・・・・・さて、んじゃ・・・・・・しゃーなし行くか」

 影人はそう呟くと、男性用の着付け室のドアを開けた。

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