第316話 ある感情の行方
「眠い・・・・・・しかも、昨日動き過ぎたせいで全身とんでもねえ筋肉痛だし・・・・・・」
4月24日水曜日、昼の12時過ぎ。昼休みを知らせるチャイムの音を聞きながら、影人は自分の机に突っ伏し、そう言葉を漏らした。
「だ、大丈夫ですか帰城さん・・・・・・? 何だか、凄く疲れていらっしゃるようですが・・・・・・」
そんな影人に、隣の席の海公が少し心配そうな顔でそう聞いて来た。
「あー・・・・・・大丈夫だ。いや、正直大丈夫じゃないんだが大丈夫だ・・・・・・」
海公の問いかけに、影人は死んだような声でそう答えを返した。昨日の零無との激闘のせいで、影人の体は尋常ではなく疲労していた。昨日帰ってすぐに爆睡したのに、疲れは全く取れていなかった。なんならば、今日は普通に遅刻しそうになったほどだ。
「そ、そうですか・・・・・・」
影人の答えを聞いた海公は、そう言ってそれ以上は深く聞いてこなかった。そして、海公は自分の鞄から弁当箱を取り出した。海公の気遣いに影人は心の中で感謝した。
『おいおい情けねえな。へばってんじゃねえよ。それでも若者か、ああん?』
あまりの疲れから、影人が意識の半分を暗闇に明け渡していると、影人の中にそんな声が響いて来た。その声の主――イヴにそう言われた影人は、残り半分の意識を使い、ボソリとこう呟いた。
「仕方ねえだろ・・・・・・普通に今日学校来てるだけでも奇跡みたいなんもんだっての・・・・・・」
「? 何か言いましたか帰城さん?」
影人の呟きに隣の海公が反応した。反応を見るに、正確な言葉までは聞き取れてはいないようだ。
「いや、別に・・・・・・じゃ、また後でな春野・・・・・・」
影人はムクリとダルそうに上半身を起こすと、鞄から弁当と水筒を取り出した。そして、それを持って無理やり立ち上がると、ヨロヨロとゾンビのように教室を出た。教室にいては昼飯を食わずに寝てしまうと確信したからだ。弁当を丸ごと残してしまっては、作ってくれた日奈美に申し訳がない。ゆえに、外で食べようと影人はなけなしの思考で考えた。
「あ、はい。また後で」
海公はゾンビのような影人の背中に、そう言葉を掛けた。
「よし、ここでいいだろ・・・・・・」
数分後。相変わらずゾンビのような足取りで、中庭にやって来た影人は、中庭の端のコンクリートの上に座ると、軽くため息を吐いた。ここまで来るだけでもかなり疲れた。
「はあー・・・・ったく、今日もいい天気だな・・・・・・」
弁当と水筒をコンクリートの上に置いた影人は、前髪の下の両目を軽く細めながら空を見上げた。今日も天気は快晴。春日和だ。
「ダメだ。春の陽気を直に感じたら、さっきよりも眠たくなって来た・・・・・・詰んでやがる・・・・・・」
再び強烈な眠気が襲って来る。だが、ここで寝てしまえば放課後までぐっすりコースだ。影人は荒療治ではあるが、自分の右頬を自身の右手でパンッと叩いた。結構な力で。
「痛え・・・・・・だが、目は軽く覚めたな。また眠気が襲ってくる前に、飯食っちまうか」
ヒリヒリと痛む頬を感じながら、影人は弁当を開け箸を取り出し昼食を摂り始めた。今日のおかずはきんぴらに卵にウインナー、そしてちくわの磯辺揚げだ。ご飯には海苔と卵のふりかけが掛けられている。影人はのんびりと、だがいつもより少し早めに孤独のグ◯メ(まあこいつの場合はただのぼっち飯だが)を終えた。
「ふう・・・・・・ご馳走様でした。ふぁ〜あ・・・・・・腹膨れて来たら、また眠くなってきたな・・・・・・」
手を合わせた影人は大きなあくびをすると、水筒のお茶を一口飲んだ。さて、ここで寝てしまう前に教室に戻るか。そう思い影人が立ちあがろうとすると、
『――影人。今少しいいですか?』
イヴとは違う女の声が影人の中に響いた。
「ああ・・・・・・? なんだよソレイユ」
影人はその声に全く驚いた様子なくそう呟いた。自分の中にソレイユの声が響くのは久しぶりだが、スプリガン暗躍時代の事もあって、影人に違和感は全くなかった。
「力の再返還についてか? だったら、悪いがまた後日にしてくれ。今日はちょっと疲れ過ぎて無理だ」
ソレイユの話の内容を予想した影人はそう言ったが、しかしソレイユの答えは違っていた。
『ああ、いえ。その事で話しかけたわけじゃないんです。無論、その事も重要ではありますが、その話はあなたが言ったように、また後日という事で』
「? じゃあ、何の用だよ?」
予想が外れた影人が、不思議そうな顔を浮かべながらソレイユにそう質問する。それ以外でソレイユが自分に念話してくる理由を影人は思い付かなかった。
『その、用という程の事ではないんですが・・・・・・ええと、実は――』
そしてソレイユは、影人に自分が念話をした理由を話した。
『――という事なんです。もちろん、今はまだ計画の段階なので、詳しい参加人数や場所の確保などは出来ていません。ですが、どうでしょうか? きっと素敵なものになると思いますよ』
ソレイユが明るい声で話をそう結ぶ。ソレイユの話を聞いた影人は、即座にこう言った。
「いや、いらねえ。というか、そういうのマジでやめてくれ。俺そういうの死ぬほど嫌いだから」
『え!?』
影人の答えを聞いたソレイユは、影人のその答えと答えのあまりの早さの2つに驚きの声を漏らした。
『え、な、何でですか!? そこはいいなって言うところでしょう!?」
「てめえの感性を俺に押し付けるなよ。俺、本当そういうの無理だから。ハッピーバースデーって言われるの死ぬほど嫌いなタイプだし」
軽い叫び声を上げたソレイユに、影人は心底嫌そうな顔を浮かべそう言葉を返す。その言葉を聞いたソレイユは、『ああもう、相変わらず捻くれてますねあなたは!』と少しキレたような言葉を放った。
『別にこれくらいは分かったって言ってくださいよ! お願いですから!』
「いーやーだ。マジで絶対に嫌だ。本人が嫌だって言ってんだから、そこは逆にお前が分かれ」
『ぐぬぬ・・・・・・この分からず屋! あなたのそういうところ、本当嫌いです!』
「おうおう嫌え嫌え。俺もお前のすぐキレるところ嫌いだし」
『このバカ前髪! 性格破綻者!』
何やかんやあって、完全にいつもの流れを象徴するように、ソレイユが怒りの蔑称を叫ぶ。それを聞いた影人は軽くブチギレた。
「は? んだとクソ女神! お前って奴は本当性格終わってやがるな! ふざけやがって! 今すぐ地上に降りて来い! 拳で決着つけようじゃねえか!」
『私はあなたみたいな野蛮人とは違うんですー! 悔しかったらあなたが神界まで来たらどうですかー?』
「ぷぷっ、何だビビってんのかよ? 情けねえー!」
『ああん!? 誰がビビってるですって! 上等じゃないですかこのバカ前髪! 首洗って待ってなさい!』
そんなこんなで、いつもの口喧嘩が5分ほど続いた。ソレイユと念話で口喧嘩をしているという都合上、前髪は1人でキレて叫んでいるという、110番直行コースみたいなムーブをしていたが、幸いな事に前髪の近くに人はあまりいなかった。まあ、遠くから影人の奇行を見てしまった生徒たちは、即座にその場から逃げ去ったが。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・と、とにかくそういう事だ。分かったら、もうそんな事言って来るなよ」
言い合いに疲れた様子で、最後に影人はそう言った。影人のその言葉に、ソレイユはこう言葉を返した。
『はあ、はあ、はあ・・・・・・あ、あなたがそう言うなら、こちらも方法を考えるだけです。取り敢えず、今日はこれくらいにしてあげます。では、また』
「方法を考える? おい待てソレイユ。それはいったいどういう意味だ?」
ソレイユの言葉の一部分に疑問を感じた影人はそう聞き返したが、ソレイユは答えなかった。このまま無視を決め込むつもりだと察した影人は、軽く舌打ちをした。
「ちっ、あの野郎・・・・・・はあー、仕方ねえ。今は考えるのすら面倒いからな。こっちも放っておくしかねえか」
ソレイユとの口喧嘩で更に疲れた影人はそう呟くと、教室へと向かった。
――ちなみに、腹も膨れ更に睡魔が強力になったために、前髪はこの後の午後の授業を全て爆睡した。
「最悪だ・・・・・・」
午後3時半過ぎ。放課後の廊下を歩きながら、影人は右手で顔を押さえ項垂れていた。理由は爆睡して午後の授業の記憶がないからだ。正直、よく寝たおかげで睡眠欲はかなり消え、体の疲れもマシにはなったが、それとこれとは話が別だ。留年生である影人は、せめて授業態度だけでも良くしないといけないのに、それがこの始末である。正直かなりヘコむ。
「取り敢えず、明日は春野にノート見せてもらおう・・・・・・ありがたい事に、さっき見せてくれるって言ってたしな」
昇降口で靴を履き替え、校門を出た影人はすっかり気分を切り替えた。やってしまったものは仕方がないからだ。
「さて、帰りになんかアイスでも・・・・・・」
影人がそう呟こうとすると、
「――影人!」
突然、近くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。その声音には、嬉しそうな感情が多分に込められていた。影人は声のした方向、自分の左斜め前方に目を向けた。
「ふふっ、お疲れ様だ」
すると、そこには1人の女性がいた。無色もしくら透明の長い髪に、同じく透明の瞳。完璧と言っていいほどに顔の整ったその女が纏うのは、白一色の着物。そこにいたのは、神々しいまでの美女だ。そんな女が、満面の笑みを浮かべながら影人にそう声を掛けてきた。
だが、その女性は明らかに普通ではなかった。まず、少しではあるがその体が透けている。次に、女性は裸足で宙に浮いていた。しかし、影人はそんな女性に全く驚いた様子なく、少し嫌そうな顔を浮かべこう言った。
「ふん、別に。それより、お前は何してたんだよ――零無」
「ふふっ、別に。ただお前の学校が終わるまで、この辺りの街を適当に観察していただけだよ」
影人の言葉にその女――零無は変わらず笑みを浮かべながらそう答えを返した。今の零無の言葉からも分かる通り、影人が学校に行っている間、再び幽霊となった零無は、しばらくの間この辺りをぶらついていた。
「そうかよ。で、お前の姿は誰にも見られてないんだよな? 世の中には幽霊が見える奴もいるんだろ」
「いるにはいるが、その辺りは全く大丈夫だよ。今の吾は、お前にしか見えないように設定しているし。まあ、チャンネルを変えれば、そういう者たちや、一般人も吾を見る事は可能だがね」
影人の問いかけに零無はそう答えた。今の零無はただの幽霊で力は全くない。だが、自身の存在調整の力だけは新たに獲得していた。恐らく、原因は肉体だけとはいえ、1度殺された事によるショックだろう。そのため、今の零無は自分の存在を認識出来る存在を増やすも減らすも自由自在だった。
ちなみに、無調整状態、チャンネルが合っていないのに零無を認識出来るのは、零無の魂のカケラを宿す影人と、零無と魂の格が同等レベルの真界の神々くらいだ。以前の幽霊状態とは零無の在り方は少しだけ異なっていた。その原因も、存在調整の力を得たように、恐らくは1度殺されたというショックに起因してのものだろう。零無はそう考えていた。
「・・・・・・分かった。なら、そのチャンネルは基本変えるなよ。俺がいいって言う時以外はな」
「おっと、嫉妬かい? ふふっ、安心してくれよ影人。もちろん、吾はお前のものだからさ」
「違えよバカ。普通にややこしくなるからだ」
「分かっているよ。ただの冗談さ」
「いや、お前の場合は冗談に聞こえねえんだよ・・・・・・」
歩きながら影人と零無(零無は浮きながらだが)は、そう言葉を交わした。
「はあー・・・・・・お前と話すとまた疲れて来たぜ」
「そうかい? ふふっ、吾は逆に楽しくてしょうがないがね」
「俺は楽しくねえよ。ったく、本当に何で昨日の俺はあんな事を・・・・・・」
昨日の自分の決断を珍しく後悔するように、影人はそう呟いた。昨日の自分は完全に、明らかにおかしかった。恐らく、この事は一生後悔するのだろうなと影人は思った。
「ていうか、お前俺の中にある魂のカケラどうするつもりだよ。普通に今もずっと俺の中にあるんだろ。そろそろ回収してくれよ」
影人は零無にそう話題を振った。有耶無耶のようになっているが、影人の中には零無の魂のカケラがある。そのカケラは零無の影の形をしている。つまり、零無との因縁が一応決着しても、影人の中にはあの影がまだいるのだ。別に影響という影響はないのだが、少しスッキリとしない。ゆえに、影人はそう言った。それに対して、零無はこう答えた。
「確かに、吾の魂のカケラは未だにお前の中にあるよ。回収する事も、もちろん可能だ。だけど、今の方が素敵じゃないかい? だって、お前の中には常に吾がいるんだぜ。確か、今の言葉だとこう言うんだろ。エモいと」
「おいふざけんな。何がエモいだ零無てめえ。そんなクソみたいな理由で俺の中に魂を残すな。出来るならさっさと魂回収しやがれ」
そんな零無の言葉に前髪野郎は軽くキレた。本当にふざけた理由だったからだ。だが、零無はニコニコとしながらこう答えを返して来た。
「まあまあ、今はまだいいじゃないか。害はないわけだし。ああ、楽しい。楽しいなあ。やっぱり、お前と話している時が1番楽しいよ」
「ダメだ。話が通じねえ・・・・・・泣きそうだ・・・・・・」
ポワポワと幸せオーラを振り撒く零無を見た影人は、どこか絶望したように右手で顔を覆った。これが昨日マジの殺し合いをした相手である(まあ、零無は影人を殺そうとはしていなかったので、殺し合いとは言えないかもしれないが)。
「ああ、そうだ。影人、1つお前に言っておく事がある。この前はお前との会話の勢いで押されてしまったが、よくよく考えてみれば、吾の封印がなかった事になったのならば、お前が吾を封じるために支払った代償も戻っているはずだ。つまり――」
零無が何かを言い切る前に、しかし影人はこう言葉を割り込ませた。
「・・・・・・分かってるよ。『終焉』の力を自覚した時に、その可能性も理解したからな。だから、それ以上は言わなくていい」
「そうか・・・・・・分かったよ。お前がそう言うなら、吾はこれ以上言うまい」
影人の言葉を聞いた零無はそう言うと、少し意地が悪そうな顔でこう言葉を続けてきた。
「なら、お前はこれからどうするんだい? なんにせよ、選択肢は増えたわけだ。ふふっ、つまりまた吾にもチャンスがあるって事だ。しかも、お前と吾の距離は物理的にも近いと来ている。やったぜ」
「お前まだ俺の事諦めてなかったのかよ・・・・・・その執念だけはやっぱり凄まじいな。だが、悪いな。今の俺にはそんな気はねえよ。やり方も知らないし、それに・・・・・・」
影人はフッと気色の悪い笑みを浮かべると、こう言葉を述べた。
「一匹狼にそんなもんは似合わない。俺はただ孤高に己が牙を研ぎ続けるだけだ」
「おおう・・・・・・影人、お前吾が知らない間に随分と独特な奴になったなあ・・・・・・」
「うるせえよ。俺は俺だ」
若干引いたような顔になった零無に、影人はそう言葉を返した。その言葉には、前髪野郎が前髪野郎である理由の全てが詰まっていた。
「ああ、あと零無。あの人の呪いは・・・・」
「もちろん既に解いてあるよ。ただ、生死や詳しい場所までは分からないな。・・・・・・すまないがね」
影人がふと漏らしたその言葉に、零無はどこか申し訳なさそうにそう答えた。あの人というのが誰なのか、零無にはすぐに分かった。
「生死もか?」
「ああ。あの呪いは被呪者に関する情報とリンクさせていなかったからね。あの時の吾にそこまでの余裕もなかったし・・・・・・だから、吾には解呪したという事しか分からないんだ」
影人が端的にそう聞き返す。零無は影人にそう説明した。
「・・・・・・そうか。分かった。まあ、そう簡単にくたばるような人じゃないし、多分まだどこかで生きてるだろう。取り敢えず、その辺りの事を聞くアテはあるし・・・・・・今はもう少しだけ後に考えるか」
そんな話をしている内に、影人は自分の家があるマンションの前まで来ていた。だが、マンションの前には見知った3人の女性がいた。
「あ、おかえりなさい影人」
「ふん、愚か者が来たか」
「来ましたね、影人・・・・・・!」
1人はブロンドの髪に豪奢なゴシック服を纏った人形のように美しい少女。1人は長い白髪に西洋風の黒い喪服を纏った女。1人は桜色の長髪に髪と同じワンピースを着た女だ。3人はそれぞれ影人の姿を見ると、そう言ってきた。
「げっ、何でその組み合わせでマンションの前に居るんだよ・・・・・・嬢ちゃん、レイゼロール、ソレイユ・・・・・・」
そこにいたのはシェルディア、レイゼロール、ソレイユの3人だった。3人の姿を見た影人は、何か嫌な予感を抱きつつ、そう言葉を漏らした。
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