第314話 真なる神を斃せし者

「ああ、言っておくが、お前のその姿はあまり好きにはなれないな。吾は基本的には、お前のどんな姿でも好きだし、好きになれる自信がある。だが、その影のような姿はいただけないよ」

 零無が自身の周囲に透明の輝きを放つ7つの剣を召喚しながら、影人にそう言葉を述べる。零無の言葉を受けた影人は、ニィと幽霊のように笑った。

『そいつは嬉しいね。お前に好かれたくなんてないからな。ちなみに俺はお前のどんな姿でも嫌いだぜ』

 影人はそう言うと、周囲から鎖を呼び出した。『世界端現』でかつて影人が呼び出した「影闇の鎖」だ。どこまでも対象を追跡し、絶対に拘束する鎖。純粋な力以外では壊せない特別な鎖。

「つまり、どんな吾でも好きという事だろう。ありがとう」

『痴呆がよ』

 零無が自身の周囲に召喚した7つの剣を影人に向かって放った。影人も同時に影闇の鎖を放った。

『けっ、今の俺にこんな攻撃なんざ――』

 無意味だ。影人がそう言い切る前に、7つの剣は

『あ・・・・・・?』

 自身の体に剣が刺さっている光景。それを見た影人は、意味が分からないといった顔――今の影人は表情が極めて分かりにくいので、他の者が見れば分からないだろうが――を浮かべた。普通ならば、この体には何の攻撃も通らないはず。今の影人は生も死もない不安定な存在で、一種の不死身だからだ。だというのに、この剣は影人の体を貫いた。同時に本当に剣に貫かれたような痛みまで襲って来た。

『っ・・・・・・』

 不可解な現象と今にも倒れてしまいそうな激痛に、影人が顔を顰めた。

「不思議かい影人? 攻撃を受けないはずの今の自分に攻撃が当たった事が。痛みを感じる事が。ふふっ、お前吾の本気を舐めすぎだぜ。慢心してるのはどちらかな」

 一方、影人が放った影闇の鎖を全て純粋な力だけで破壊していた零無が、笑いながら影人にそう言って来た。そして、零無はこう言葉を続けた。

「今のお前は陽炎のように不安定な存在。ゆえに攻撃は通らない。だが、その剣は不安定な存在すらも貫く剣だ。まあ、今放ったお前の鎖と同じだな。だから、お前にも攻撃は当たる。痛みもある。だけど、心配するなよ。不死を殺す力はないからさ。ただ痛いだけで死にはしないよ」

『ちっ・・・・化け物がよ・・・・・・』

 零無の説明を聞いた影人は、自分の体から剣を引き抜きながらそう言葉を漏らした。むろん、引き抜く時も痛みはあったが、それを我慢しながら。

「だから、吾はこう考えているわけだ。お前に痛みを与え続けて、精神をダウン、気絶させてやろうと。それならお前を殺さずにお前を手に入れられるしね。正直、方法はかなり惨いが、愛のためだ。我慢してくれよ影人」

『はっ、悪いが精神力だけは自信があるんだよ。そう簡単に痛みで気絶なんかしてやるもんかよ』

「お前が人である限り、悲しいかな限界は必ず来るよ」

『だったら・・・・・・その前にお前を殺すだけだ』

 影人はそう言うと、神速の速度で以て零無に接近した。『世界』を展開したからといって、他のスプリガンの力が使えないわけではない。まあその分、力の消費は早くなるが。

(『影闇の城』を顕現し続けるだけなら大体10分。それに伴ってスプリガンの力も使い続けたら、大体5分くらいが限界か。いいぜ、その間に勝負を決めてやる・・・・・・!)

 『影闇の城』の唯一の弱点はその莫大な力の消費量。つまり燃費の悪さだ。こればかりはどうしようもない。

『沈みやがれ』

 揺らめく影となった影人が、零無の胸部に灯る魂に右手を伸ばす。この状態で零無の魂に触れれば、影人は魂の状態に決定を下せる。すなわち、死という決定を。

「遅いよ影人。あくびが出そうだ」

 だが、零無は余裕たっぷりにそう言うと、影人の手を回避した。そして、右の足を振りかぶると、影人の胴体を蹴り抜こうとした。

『そうかよ。俺もだ』

 影人がそう呟くと、影闇の鎖が虚空から零無の右足を縛った。結果、零無の蹴りは影人には届かなかった。

「おっと」

『どうせお前の事だ。その蹴りも今の俺に届くんだろ。だから、喰らうわけにはいかねえな』

 自分の右足が空中で縛られた事に零無は少し驚いた顔を浮かべた。そんな零無に、影人はそう言葉を述べると左手を零無の胸部に伸ばした。

「よく分かってるじゃないか。でも、吾もそれを喰らうわけにはいかないね」

 零無は一瞬にして右足を拘束していた鎖を引き千切ると、後方へと跳んだ。むろん、鎖を引き千切ったのは純粋な力だ。

『馬鹿力が。紙屑みたいに引き千切れるもんじゃねえぞ、それは』

「だろうな。この鎖を純粋な力だけで壊せるのは相当に限られた者だけだ。まあ、吾はその限られた者の1人だったというだけよ」

 後方に跳んだ零無が、先ほどと同じ透明な輝きを放つ剣を創造した。その数は先ほどよりも多い10本。10本の剣は、ほとんど不可知の速度で影人に向かった。

『っ・・・・・・』

 その10本の剣の速度は、眼を闇で強化している影人でも尋常ではない速度に映る。10本全ての剣を避け切る事は、今の影人にも出来ず、影人は2本の剣をその身に受けた。影人は激痛に再び顔を顰めながら、2本の剣を体から抜いた。

「ふふっ、また受けてしまったね。気が狂いそうなほどに痛いんじゃないか? さっさと倒れてしまった方が楽だと思うくらいに」

『お前を斃すまではもう2度と倒れねえよ・・・・!』

 ニヤリと笑う零無に影人はそう返事をすると、再度突撃をかけた。結局のところ、影人は零無に近づき触れなければ勝てない。だから、影人は常に攻めの姿勢で零無に向かう。

「気概は立派だが、それが出来ないのが人間だよ・・・・・・!」

 零無が虚空から透明の輝きを放つ鎖を呼び出し、それを影人へと放つ。あの鎖も、零無が全ての力を解放してからの例に漏れず、今の影人に干渉してくるものだろう。影人は自身も影闇の鎖を虚空から呼び出すと、その闇色の鎖を透明の輝き放つ鎖に向かわせた。

『フッ・・・・・・!』

 鎖を潜り抜けた影人が今までと同じように、零無の胸部に手を伸ばす。その影人の攻撃を、しかし零無は今までと同じように回避せずに、左手で掴んだ。

『っ・・・・・・』

「この手が触れて効果を発揮するのは、吾の胸部に灯る魂のみだろ? なら、それ以外は触れてもいいわけだ」

 零無はそう言うと、自身の周囲から透明の鎖や剣を呼び出した。いずれも輝きを放つそれらを超至近距離から影人に向かわせながら、零無は右の拳を影人に放った。

接近戦インファイトか。そうだな、てめえを殺す前に、1発くらいはぶん殴っておくか』

 影人も自身の周囲から影闇の鎖や闇色の剣を複数呼び出し、それで以て透明の鎖や剣の迎撃にあたらせながら、零無の右拳を左手で受け止めようとした。

『っ!?』

 だが、零無の拳の力は到底止められるようなものではなかった。その事に気づいた影人は咄嗟に拳を受け止めるでなく、逸らせる事を選択した。

「おお、やるね」

 零無はそう呟くと、左の前蹴りを影人の腹部に放った。その蹴りを、影人は反応しきれずにまともに受けてしまった。

『っ〜!?』

 まるで腹部が巨大な柱に貫かれたような、内臓が飛び散ったような痛みが影人を襲う。影人は後方へと吹き飛ばされる。

「帰城くん!?」

「っ・・・・・・!」

 その光景を見ていた陽華が思わず声を上げる。陽華の隣にいた明夜も心配するような顔を浮かべる。だが、2人は影人を助けには行かなかった。今自分たちが戦いに介入しても、逆に足手まといになるから。それに、

「・・・・・・大丈夫よ、陽華。帰城くんは絶対に勝つ。だから、私たちは最後まで信じ抜くのよ。帰城くんの勝利を・・・・・・!」

「・・・・・・うん、分かってる明夜。帰城くんなら絶対に勝つ。私たちも、みんなもそれを信じてるから・・・・・・!」

 2人は影人の勝利を信じていた。信じ切っていた。今自分たちが出来る事は、影人の勝利を信じただ見守る事だけ。それだけだ。

「ええ、影人は絶対に勝つわ。さっきまでとは違う。暗い感情に支配されずに、普段の自分に戻った影人なら。なにせ、影人は私が知る最も精神が強い人間なのだから」

 2人に続くように、シェルディアもそう言葉を述べる。

「・・・・・・何も心配はいらない。僕が心の底から尊敬し、憧れる君だから。君は絶対に勝つ。僕は確信しているよ」

「ふん・・・・・・さっさと勝てよ、影人」

 他の場所では光司やレイゼロールもそんな言葉を漏らしていた。そして、

「・・・・・・勝って、影人。他の誰でもない、あなた自身のために」

 ソレイユも。ソレイユはギュッと胸の前で両手を握り締めた。祈るように。













『クソが・・・・・・!』

 零無に蹴り飛ばされた影人は城の壁には激突する事なく(基本的に今の影人に物質は干渉出来ないので)、そう毒づいた。

(『世界』を顕現してる状態の俺をほとんど一方的にボコすかよ・・・・! どんだけ化け物なんだ・・・・・・!)

 ごく普通に圧倒されている。これが本気の零無。今まで戦った全ての者たちと比べても、その力は隔絶している。そう思えるレベルだ。

(これで全盛期の半分で、力の一部を使えないんだから終わってんな。それに加えて、『影闇の城』を顕現出来る時間もあと3分くらいか。今のままだと、ジリ貧だな・・・・・・)

 決定打を打たなければ。そうでなければ、この戦いには勝てない。

(・・・・・・仕方ねえ。この方法は最後の最後にと考えてが、やるしかねえか。幸い、零無の奴もあの状態は長くは続かないって言ってたからな。あいつも乗ってくるだろう)

 もちろん、零無の言葉がブラフという可能性もあるにはある。だが、零無は基本影人相手に嘘はつかない。少し奇妙な話だが、影人にはその確信があった。

(外せば最後。負けは確定。一世一代の博打か。ったく、俺の人生は一世一代の博打が何回あるんだかな・・・・・・)

 つい笑ってしまう。本当にどうしてこんな星の下に生まれてしまったのだろうか。

 だけれども、それも含めて自分なのだ。ならば、自分はただやり切るだけ、自分を生き抜くだけだ。影人はそう思った。

『お前をぶん殴れなかった事だけは残念だが・・・・・・まあいい。零無、悪いが次で最後の攻防にさせてもらうぜ』

 玉座の上に立った影人が零無に向かってそう宣言した。影人の言葉を聞いた零無は「おや」と声を漏らした。

「勝負を焦っているのかな? だとしたら、吾がわざわざそれに付き合う義理はないな」

『誤魔化すなよ。お前もそろそろ限界だろ。そんなチート状態そう長く続くはずがねえ。俺の限界時間とどっこいどっこいのはずだ』

「ふふっ、流石に目敏い。だが、何よりも嬉しいのは、お前が最初に言った吾の言葉を信じてくれる点だね。ああ、嬉しい。嬉しいなあ」

 零無は心の底から嬉しそうな笑みを浮かべると、こう言葉を続けた。

「いいよ。ならば、吾もお前に応えよう。どのみち、お前の言う通り吾の残り時間も少ないのは事実だからね。よし、では次が最後の攻防だ」

 零無は頷くとスッと自身の右腕を水平に伸ばした。すると次の瞬間、零無の右手が眩い透明の輝きを放った。

『っ・・・・・・』

「今、吾の右手にはこの世の全てを凌駕する痛みを与える力と、精神力を喰らい尽くす力が宿っている。吾の右手に触れられれば、それらがお前を襲うというわけだ。いくらお前でも、これを受ければ気を失う。つまり、吾の勝ちというわけだ」

 あまりの輝きに目を細める影人に、零無はそう説明した。そして零無はその光り輝く右手を影人へと向ける。

「さあ、影人。吾はこの手を、お前はその手が触れれば勝負は決まる。覚悟は出来たかい? 吾は出来てるぜ」

『愚問だな。そんなもんはとっくに出来てる』

 影人も零無にその影闇と化した右手を向ける。そして、影人は同時に右手の先に闇色のゲートを創造した。潜った対象を爆発的に加速させる「影速の門」。影人が設定できる限界の限界まで速度を上げれるように設定したため、力の消費はかなりのものだった。影人が『世界』顕現を持続出来るまで、残りは1分ほどとなった。

『けっ、しっかり決めやがれよ。じゃなきゃ殺すぜ』

『ああ、分かってるよ。しっかり決めるさ』

 そう語りかけてきたイヴに影人は最後に言葉を返す。この発破を聞くのも懐かしい。

「・・・・・・」

『・・・・・・』

 零無と影人が最後の視線を交わす。泣いても笑っても、この後の攻防の後に全てが決まる。勝者と敗者が。

 そして、両者は有らん限りの力で地を蹴った。零無は超神速の速度で、影人も影速の門を潜り神速を超えた速度で。一瞬もしない内に、刹那すらも超えて2人は互いに肉薄し、自身の勝負を決める右手を振り抜き放った。

 その瞬間、

(っ、ダメだ。零無の方が俺よりもほんの少し速い。先に触れるのは零無が先だ)

 影人はその事を悟った。ただ事実として。間違いなく、影人よりも先に零無の手が影人に触れる。これはもう変えられない。

 ならば、

(受け切るしかない。人間が耐えられない痛みと精神を喰らい尽くす力を。それしか、もう勝つ道はない。改めて、覚悟を決めろ帰城影人!)

 影人は零無の攻撃を耐え抜く覚悟をした。そして、影人の右手が零無に届く前に、零無の輝く右手が影人の胸部に触れた。

 途端、

『なさm80らわやさたT@mt06ゃあはまをふゆつわmg50わなまはやわ!?』

 影人は意味不明な発狂した声を上げた。影人は明確に発狂していた。ダイレクトに精神に人が受け止めきれぬ痛みを受けて。影人が漏らしたのは断末魔の悲鳴だった。

(06なまはた'pjpm9さまあら・・・・・・わjg6やなま・・・・・・57まwgえjpdがpg@tみ・・・・・・)

 痛いなどという感覚すら超えて精神がイカれてしまった影人に、次は尋常ならざる疲弊感と喪失感のようなものが襲った。一瞬にして視界の9割が真っ黒な闇に染まる。精神が耐えられずにブラックアウトする道を選んだのだ。影人は発狂しながら今にも気を失いそうだった。その証拠に、影人に纏っていた影闇は霧散し始め、『世界』も不安定になり、崩壊を始めた。零無の胸に灯る魂も薄れ始める。

「吾の勝ちだ影人ッ!」

 零無が勝利の宣言を行う。影人はその声をぼんやりと聞き、そのまま暗闇に――

「っ、ぁぁ・・・・・・!」

 引き摺りこまれはしなかった。影人は発狂しながも、精神のほとんど全てを暗闇に侵食されながらも、その金の瞳を零無に向け続け、

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 有らん限りの声を叫び、無理やりも無理やりに全てを超克し、正気のほんの一端を取り戻すと、自分の胸に触れている零無の右手、その手首を自身の左手でしっかりと掴んだ。まるで、もう逃がさないというように。

「なっ・・・・・・!?」

 その光景に零無が心の底から驚愕する。影人は零無の右手首をギュッと握り締めながら、こう言葉を叫んだ。

「お膳立ては・・・・・・! もう・・・・済んでる・・・・・・んだ・・・・・・! だったら、だから・・・・・・! 後はァッ!!」

 影人は残り全ての影闇を自分の右手に集約させた。今の影人はもう通常のスプリガン状態とほとんど同じだった。

「俺がッ・・・・・・! 勝つだけなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 そして、影人は魂を乗せた叫びを上げると、驚愕している零無の、薄れた魂に向かって、

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 叫びながら、その右手を伸ばした。

「ぁ・・・・・・」

 そして、影人の右手が零無の魂に触れた。零無は最後に、小さくそう声を漏らした。


 ――その瞬間、影人と零無の戦いは実質的に決着を迎えた。


 かつて、真なる神を封ぜし者は、真なる神を斃せし者へと昇華した。

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