第313話 神と影は己を信じ、ただ笑う
「・・・・・・この姿になるのも久しぶりだな」
スプリガンに変身した影人は自分の姿を見下ろすと、どこか懐かしそうにそう言葉を漏らした。もう2度と変身する事はないと思っていた黒衣の妖精。かつての自分のもう1つの姿。
『おいおい、浸ってる暇があんのかよ。久しぶりの戦いなんだ。楽しませろよ。じゃなきゃ殺す』
「分かってるよ。相変わらず口が悪い奴だ」
自分の中に響く声――スプリガンの力の化身たる存在、イヴに向かって影人はそう言葉を返した。
「よし、じゃあ・・・・・・やるか」
影人はニヤリと笑みを浮かべると、次の瞬間自身の周囲から闇色の鎖や怪物たちを呼び出した。そして、自身の体に全ての身体能力を強化する力(具体的には、身体能力の常態的強化や『加速』、眼の強化、『硬化』など)を施すと、地上を駆ける漆黒の流星となって駆けた。
「まずは零無の攻撃をどうにかするぜ・・・・・・!」
影人は縦横無尽に地上を駆けながら、スプリガンの力をフルに使い、零無の放った鎖や魑魅魍魎や武器などの攻撃を排除していった。時には肉体攻撃を行い、時には銃や剣を創造し、闇色の光線なども放ちながら。戦っている者たちを守るように。
「ねえ明夜!」
「なによ陽華!」
戦場で背中合わせになりながら、零無の攻撃に対処していた陽華と明夜が言葉を交わす。陽華は厳しい状況であるにもかかわらず、炎纏う拳を振りながら、自然と笑みを浮かべ幼馴染にこう言った。
「私たちの・・・・・・勝ちだね!」
「ええ、そうね。間違いはないわ!」
陽華の言葉に、明夜も杖を振り笑みを浮かべながらそう言葉を返した。顔は見えないが、互いに同じような顔になっていると2人は思った。漆黒の流星と化した影人の姿は2人には見えないが、2人は確かに影人の、スプリガンの存在を感じていた。
「・・・・・・戻ってきたね、彼が」
「そうですね。正直に言えば、彼のあの姿には苦い記憶を抱かざるを得ませんが・・・・・・彼の力は本物です。この戦い、勝ちがグッと近づきましたね」
一方、陽華と明夜と同じように零無の攻撃の迎撃に当たっていたゼノとフェリートもそんな言葉を交わしていた。その顔に笑みを滲ませながら。
「後輩なのに格好いい目立ち方しちゃって! だけど、今日だけは許してあげるわ!」
「帰城影人、この戦いが終わったら高いアイス奢らせてやるわ・・・・・・!」
「ふん・・・・・・かっこつけ」
「ふっ、僕も負けてられないな・・・・・・!」
真夏、キベリア、ダークレイ、プロト、その他諸々の者たちも、スプリガンとなった影人に対しそれぞれ反応を示す。そして、そんな自分に対する反応など知らず、影人はただ地上を駆けていた。目にも止まらぬ速度で。
(ちっ、流石に上位の神だな。スプリガンの力でも、迎撃が追いつかねえ。出力の差か)
零無の攻撃を迎撃していた影人はその事に気がついた。影人の力は確かに零無と同じ神力だが、零無の力とソレイユの力では、そのスペックがそもそも違う。圧倒的に零無の方が格が上なのだ。
「はっ、なら合わせ技で行くか・・・・・・!」
だが、その事実を受けてもなお影人は笑みを浮かべそう呟いた。そう。自分の力はスプリガンの力だけではない。先ほどまで使っていた力もあるのだ。
「
影人の体から闇が噴き出し、影人の姿が変化する。長髪に漆黒と金のオッドアイの姿に。『終焉』を解放した影人は、その闇をも零無の攻撃の迎撃に当たらせた。もちろん、味方には当たらないよう注意しながら。
「零無!」
そして、影人は零無の名を叫びながら、零無の方へと駆けた。
「影人! 来たかよ!」
そんな影人に気づいた零無が笑みを浮かべる。影人は零無に『終焉』の闇を放った。
「ははっ、当たらないよ! 光の女神から神力を再度譲渡されたようだが、格は吾の方が圧倒的に上だ! さっきよりはマシにはなるだろうが、所詮は無駄な事だぜ!」
闇を回避しながら零無が影人にそう言葉を放つ。影人はその言葉に対し、こう答えを返した。
「はっ、確かにてめえの言う通りだ! それは認めてやるよ! だがなあ! それがどうした!? そんなもんは何の意味も持たない! 俺がスプリガンである限り! そんなもんは全部超えてやるッ! それが
影人が不敵な、それでいてどこか楽しげな笑みを浮かべながら、零無に闇色の鎖を放つ。それに対し、零無は透明の鎖を放った。
「支離滅裂な精神論かい!? そんなもので、吾に勝てるわけねえだろ!」
「論じゃねえよ! こいつは意志だ! 未来を切り開く、人の力だ!」
透明と漆黒。2つの流星が縦横無尽に地を、空を駆ける。それと共に、透明と漆黒の鎖が絡み合い、透明と漆黒の武器が金属音を響かせ、透明と漆黒の怪物たちが互いを貪り合う。尋常ならざる光景が展開される。
「屁理屈だなあ! なら吾は力を以てお前に示してやろう! 吾の勝利をな!」
「示せるもんなら示してみやがれ! 俺もただ示すだけだ! 人の強さを! 想いの力を! 俺という人間を!」
零無と影人が己が魂の言葉を叫び合う。そして、影人と零無は地面に立つと、少し距離を空けながら互いを見つめ合い対峙した。
「・・・・・・その強さを、想いを、俺という人間の一端を今からお前に見せてやるよ。俺の心、想いの頂点、その完成形を。もう1人のお前から、あいつから教えてもらった方法で・・・・・・!」
「っ・・・・・・?」
影人は自身の『終焉』の力を解除した。途端、影人の姿が通常のスプリガン形態へと戻る。その光景を見た零無は不思議そうな顔を浮かべた。零無は影人がなぜ『終焉』を解除したのか、意味が分からなかった。
(見てろよ、もう1人の零無。俺は今から全てを終わらせる)
影人の中にいる零無の魂のカケラ。禁域の中の影を意識しながら、影人は内心でそう呟いた。正直に言えば、あれも零無に変わりはない。だから、影人はあの影が心底嫌いだ。憎んでもいる。
だが、あの影は先ほど意識を失っていた影人に呼びかけてくれた。目を覚ますように。励ますように。かつての優しかった時の零無のように。あの時はぼんやりとして分からなかったが、今の影人はあの時語りかけて来た声が誰だったのか理解していた。夢のようであったが、あれは確かに夢ではなかった。
「・・・・・・ありがとな」
ポツリと小さな声で影人はそう呟いた。未だに気持ちの整理は全くつけきれていない。だが、影人は気がつけばそう言葉を漏らしていた。そして、影人はその金の瞳で真っ直ぐに零無を見つめ、こう宣言した。
「さあ・・・・・・終わりにするぜ零無。俺とお前の戦いを。全ての因縁を」
影人は自身の精神を研ぎ澄ませた。これを使うのは2度目だ。最初に使った時は半ば裏技的に使い、その間しばらく影人はこれを使えなかった。だが、シェルディアとの『世界端現』の修行を通して、また死の経験によって死を理解した事によって、影人はそれを再び修得していたのだった。
「――全ての者はこの城へと
言葉が世界に響く。それは始まりの言葉だった。
「っ!?」
その言葉を聞いた零無がその顔を驚いたものに変えた。レゼルニウスの記憶を見た零無には、影人が唱えた言葉が何を意味しているのか、いや影人が今から何をしようとしているのか分かったからだ。
「そう・・・・・・使うのね影人。それを・・・・・・」
一方、影人と零無の会話を少し離れた所から耳を傾けていたシェルディアは、そう言葉を漏らしていた。シェルディアもその言葉の意味を理解している者だったからだ。影人は切り札を使用するつもりだ。
「現世絶界。
続く言葉は全てから断つ言葉。
「全ての者がいずれ辿り着く魂の終着点。
その次の言葉は、今から現すそれを定義し決定づける言葉。
「・・・・・・いいぜ影人。お前のそれを、最後の切り札を受け止めてやろうじゃないか。正面からな」
影人の唱える言葉を聞き続けていた零無は、自身も覚悟を固めたような顔を浮かべた。零無は言葉通り、影人を妨害するような事はしなかった。
「『世界』顕現、『影闇の城』」
そして、影人はその言葉を放った。次の瞬間、影人の背後から全てを塗り潰すような闇が放たれ、一瞬にして世界を侵食した。
一瞬、世界が完全なる闇に包まれる。そして数秒後、薄明かりと炎が灯り始めた。その明かりと炎が『世界』を照らす。
天井はぼんやりとした明かり、地上には規則的に並ぶ蒼炎の松明。それらが照らすのは、どこかの室内のような広大な空間。闇色の柱や装飾が所々に見て取れる大広間のような場所。そして、その場所を取り囲むように周囲には2階があった。その光景は西洋の城、その城内を想起させた。
「え!? う、うわ何これ!? ここどこ!?」
「お、落ち着きなさい陽華! 多分あれよメゾネットよ!」
いきなり2階の周縁部に移動させられていた陽華と明夜がそんな反応を示した。周縁部には2人だけでなく、シトュウやソレイユやラルバといった神々、光導姫や守護者、闇人たちなどあの戦場にいた全ての者たちがいた。大部分の者たちは、2人と同じように何が起きたか分からないといった顔を浮かべていた。
「全く違うわよ明夜。ここは影人の本質、それを以て顕現した『世界』よ。私もここに来るのは2度目だけど」
混乱している2人にそう言って来たのは、シェルディアだった。いつの間にか真祖化を解除したシェルディアは、コツコツと靴音を響かせながら、2人の方に歩いて来た。
「せ、『世界』・・・・・・?」
「帰城くんの本質を以て顕現・・・・・・?」
「ふふっ、難しいかしら? だったら、影人の必殺技とでも思えばいいわ。・・・・・・まあ、影人の場合は文字通りなのだけれどね」
シェルディアの説明を受けても陽華と明夜は、頭に疑問符を浮かべていた。そんな2人の反応にシェルディアは小さく笑うと、説明を噛み砕いた。
「これが帰城影人の『世界』・・・・・・」
「影人、お前はやはり・・・・・・」
陽華や明夜とは少し離れた場所で、シトュウやレイゼロールもそんな言葉を漏らした。2人とも、当然ではあるが影人の『世界』を見るのは初めてだった。
『ニョ! キシ、キシシ!』
陽華が未だにどこか呆然としていると、突然陽華の服の裾が何かに掴まれた。陽華が視線を下に向けると、そこには不思議な生物がいた。人間の5歳児くらいの大きさで、体型も子供と同じだ。だが、体の色は闇一色で、顔に当たる部分には、両目と口の位置に白い穴が空いていた。その不思議な生物は、口の部分にある白い穴を三日月状に歪ませ、笑みを浮かべていた。
「わっ!? な、何この生き物!?」
その生物を見た陽華は再び驚愕した。その生物を見たシェルディアは「ああ、大丈夫よ」と言って、言葉を続けた。
「その子たちは無害な生き物らしいから。前に影人が言ってたわ。だから、心配とかはいらないわ」
「そ、そうなんだ・・・・・・よく見ると、ちょっと可愛いかも」
「ええ、何だか悪戯っ子感があって可愛いわね・・・・・・」
シェルディアの説明を受けた陽華と明夜がそんな感想を漏らした。どうやら、この謎の生き物は他の場所にも現れているらしく、「な、何よこの生き物」、「うわっ、真っ黒な変なやつが」といった声が聞こえて来た。声の主はキベリアとイヴァンだった。
『キシシ!』
陽華と明夜たちの近くにいたその生物は笑い声のようなものを上げると、ひょこりと壁の縁に手を掛け階下を覗き始めた。他の場所にいた生物も同じ行動を取っていた。
「・・・・・・どうだ零無。これが俺の『世界』、何者をも必ず殺し滅する『影闇の城』だ」
階下中央には黒衣に身を包んだ金眼の男、この『世界』の顕現者にして『影闇の城』の城主でもある影人が立っていた。その背後には、影人が着くべき空の玉座があった。
「知ってるよ。レゼルニウスの記憶で見たからな」
影人のその言葉に、同じく階下におり影人と対峙していた零無はそう言葉を返した。
「確かにお前の『世界』は強力だ。神だろうが何だろうが全てを滅する力がある。だが、それでも勝つのは吾だという確信がある。だからこそ、吾はお前を妨害しなかったのさ」
「・・・・・・そうかよ」
続けてそう言った零無に影人はそう言葉を返事をすると、こう言葉を述べた。
「その慢心がお前の敗因だ。零無、今からお前に俺が決定を下す。死という決定をな」
次の瞬間、影人に変化が訪れる。徐々に影人の体がぼんやりとした闇に覆われ始めた。闇は足元から影人の体を上り、やがて胴体に、そして顔に至り、影人の全身を覆った。影人は影のような姿になった。唯一、両目と口の部分に白い穴が開き、そこが顔であるという事を認識させた。
『お前の魂に死の安寧をくれてやる』
影と化した影人はスッと右の人差し指を零無に、いや正確には零無の胸部に向け、笑みを浮かべる。零無の胸元には白い炎のようなものが灯っていた。それは、まっさらに浄化された零無の魂だった。
「悪いがいらないよ。吾は死を望んでいないからね。吾が望むのは、お前と過ごす未来だけだよ」
零無がフッと笑みを浮かべると、次の瞬間零無の全身から凄まじい透明のオーラが噴き上がった。そのオーラはこの世のものとも思えぬ輝きを放ち、零無自身も淡く発光していた。
「っ、何て力・・・・・・」
零無の力が爆発的に上昇した事を感じたシェルディアが、驚いたようにそう言葉を漏らす。シェルディア同様、零無の爆発的な力の上昇を感じとった者たちは驚いた(まあ中には興奮している者たちもいたが)顔を浮かべていた。
「今の吾の全ての力を解放した。その代わり、長くは持たないがね。言っただろ。正面から受け止めてやるってな。今のお前は不死なんだろ。なら、多少は無茶が出来るってもんだぜ」
『はっ、てめえの無茶が俺に届くかどうか見ものだな』
透明の輝きを放つ零無と影と化した影人。その両者が対峙している姿は、まさしく光と影。神と悪魔。対照的なものだった。
「・・・・・・陽華、明夜。よく見ておきなさい。これから始まる最後の攻防は、恐らく至上の戦いの1つとなるわ」
「っ、うん・・・・・・!」
「しっかり見届けるわ・・・・・・!」
シェルディアの言葉に陽華と明夜が頷く。場を最高潮の緊張が満たす。
『・・・・・・』
「・・・・・・」
影人と零無が無言で互いを見つめ合う。そして数秒後、
『シッ・・・・・・!』
「フッ・・・・・・!」
両者は地を蹴った。影人と零無、両者の因縁が真正面からぶつかり合い、最後の火花を散らせた。
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