第312話 黒衣の怪人、彼の名は
(どういう事だ、何が起きた!?)
突然地面が消え、影人は今の自身の瞳と同じ、漆黒の夜空をその目に映す。つまり、今にも倒れようとしている形だ。視界の端には今まで影人が立っていたであろう地面の断片、いや断層とでもいうべきものがあった。つまり、影人が立っていた地面だけが崩れたのだ。まるで、落とし穴かのように。影人がその事を悟った次の瞬間、どういうわけか頭に鈍い衝撃が奔った。
「っ〜!?」
何かとてつもなく硬い物で頭を打った。全く予期していなかった痛みと衝撃。そのせいで、影人の張り詰めていた精神がフッと緩んでしまった。瞬間、今までの疲労がどっと荒波のように押し寄せて来る。肉体は痛みと疲弊を訴え、精神は今にも意識が途切れそうになった。
(マ、マズい・・・・・・意識がと、途切れる・・・・・・だが、ここで意識を失う・・・・わけ・・・・には・・・・・・)
影人は必死に意識を失うまいと足掻いたが、しかし暗闇が影人の視界を閉ざして行く。やがて、暗闇が影人の視界全てを支配した。
「――吾の勝ちだ、影人」
意識が黒に塗り潰される前、影人は最後に自分を見下しながら笑みを浮かべる零無の姿を見た。
そして、
「・・・・・・」
影人はその意識を暗闇に引き摺り込まれた。
『――そろそろ、起きる時間だよ影人』
影人が暗闇の中で揺蕩っていると、どこからかそんな声が聞こえて来た。女の声だ。よく知っているはずの声。確か、ついさっきまで聞いていたはずの声。
『でなければ、最後の足掻きすらも出来なくなってしまうよ。これ以上眠り続けるのは悪手だ。吾の本体が、お前を連れ去ってしまう。それは、お前の望む事ではないだろう? 吾にとっては悲しい事にね』
声は優しく影人に語りかけてくる。
(なん・・・・で・・・・そんな・・・・事・・・・・・お前は・・・・敵のはず・・・・・・)
ぼんやりと暗い微睡みの中で、影人はそう思った。正確に名前までは今は思い出せないが、この声の主が敵だという事だけは分かる。すると、その影人の思念が届いたのか、女はこう言ってきた。
『ああ、そうだね。確かに吾はお前にとって敵だ。それも、お前が1番憎んでいるね。けどね、正確には今お前に語りかけている吾と、現実世界にいる吾・・・・・・つまりは本体と、吾は違う存在なのさ。吾は本体とは独立した魂。7年前、本体が飛ばした小さな魂のカケラ。ゆえに吾は吾であって、吾ではない』
女の言葉は難しくて、ぼんやりとしている今の影人にはよく分からなかった。そして、女は言葉を続ける。
『だからかな。吾の中には確かにお前に対する執着がある。感情のほとんどを占めるようなね。だけど・・・・・・残りの1割は違う感情だ。何と言えばいいだろうね。強いて言えば・・・・・・微笑ましさ、とでも言えばいいかな。それか、本体が既に失ってしまった優しさか』
暖かなその声は、影人のぼんやりとした意識に心地よく響いた。その声音は、彼女と過ごした楽しく暖かな記憶と同じように感じた。懐かしい、またこんな声を聞けるなんて。影人はそう思った。
『影人、吾はお前が蘇ってからずっとお前を見てきた。吾の本体と邂逅してから、禁域の封印は解かれっぱなしだったからな。お前の苦悩も感情も覚悟も戦う姿も見ていたよ。そうして・・・・・・吾はお前の中に人間の強さを見た。想いの力だけで、強大なものに抗う姿に、不屈のその姿に心を動かされた』
徐々に、徐々にだが意識がハッキリとし始めて来た。
『なあ、影人。お前は凄いよ。本当に凄い。よくやったと言いたい。だが、残念ながらまだ言えないだろう。まだ、終われないだろう』
そうだ。まだ自分は終われない。負けられない。人が真に負ける時は、全てを諦めた時だ。
『だったら、目を開けてみせろ。足掻いて見せろ。やってみせろ。やり遂げてみせろ。頑張れよ影人。お前ならきっと出来る。吾はよく知っているぜ。意志の力で不可能を可能にしてきたのはお前だ。お前たち人間だ。だから、目を覚ませ!』
「っ!」
激励の言葉を受けた影人の意識が急速に覚醒へと向かう。ここまで言われて何もしない自分ではない。そうだ。見せてやる。人の想いの力を。
『ああ、そうだ。それでこそお前だ。吾は見守っているぜお前の中から。さあ行け、吾が愛したただ1人の人間よ。吾のただ1人の友人よ!』
「!」
意識が浮上する。暗闇に光が差す。そして、影人はその目を開けた。
「っ・・・・・・」
目を開いた影人の視界内に黒い何かが揺れる。よく見てみると、それは自分の前髪だった。どうやら自分は通常の状態に戻っているようだ。
影人は体を動かそうとしたが出来なかった。見てみると、影人の全身は透明の鎖に拘束されていた。
「おや、もう起きたのかい。早いな、まだ3分も経っていないというのに」
影人が体を動かそうとしたのを見て、影人が意識を取り戻した事を悟った零無が正面からそう言葉をかけて来た。
「零無・・・・・・お前、何をしやがった」
「起きてすぐの言葉がそれかい。まあ、確かに気にはなるだろうが。いいぜ、どうせお前は詰んでるし教えてやろう。と言っても、大した事じゃないがね」
零無はそう前置きすると、影人を気絶させた方法を説明し始めた。
「吾はお前の足元の地面を1メートルほど軽く崩しただけだ。落とし穴を瞬間的に作ったと形容してもいいな。そして、お前は土の中にあった石に頭をぶつけて気絶した。それだけだよ。意識が一瞬でも途切れれば、『終焉』の力は解除されると知ってたから、それを狙った。今お前が拘束されているのは、そういうわけだ」
「っ・・・・・・そういう事か。その口ぶりからするに、偶然じゃなく狙ってやったんだな・・・・・・?」
「当然。お前の疲弊が限界の限界に至るまでの瞬間は窺っていたし、お前が地面を崩し転けた場所に石がある事も、透視で確認済みだった。だから、吾はその石がある1メートルに、崩した地面の深さを設定したのさ」
零無が補足するようにそう言葉を述べる。なるほど。確かにその方法ならば影人にダメージを与える事は可能だ。地中には大小様々な石が埋まっているだろうし、穴の深さを調整出来るならば、充分に狙えるやり方だ。
「・・・・・・お前は『終焉』の力の事をよく知ってる。だからか、この方法を思いついたのは」
「ああ。全てを終わらせる力『終焉』。その闇は全てのモノを阻む絶対の剣であり盾。それに間違いはないよ。だけど、そこには1つだけ例外がある。それが、無意識下での選別だ。例えば、地面。『終焉』状態のお前は地面に接しているのに、自身が立つ地面に『終焉』の力は及んでいなかった。なぜなら、地面が終われば地面は崩れる。つまり、自分が困る。ゆえに、お前は『終焉』を無意識下では地面に発動させていなかった。むろん、意識的に使えば、地面も『終焉』の力は受けるがね」
「・・・・・・そうだ。だから、俺は倒れた時に頭を打った石も『終焉』の力で無効化出来なかった。そもそも、無意識下での選別が及んでないからな。俺がダメージを受けたのはそのためだ・・・・・・」
受け継いだレゼルニウスの知識を意識しながら、影人は零無の言葉に頷いた。『終焉』の唯一の弱点。いや、本来ならば弱点ともいえないようなそれを零無は突いたのだ。
ちなみに言っておくと、あくまで『終焉』を選別出来るのは、無機物に限っての話だ。命ある者は選別出来ない。後は、無意識下で選別しているのならば、意識外からの攻撃は通用するのではないか、という疑問もあるだろう。その疑問は、だが否である。
戦闘中ならば必ず攻撃が来ると分かる。それが意識外からの攻撃でも。この時点で無意識下では、「攻撃は『終焉』の力を及ぼすもの」という選別が既になされている。ゆえに、例え意識外といえども攻撃が影人に届く事はない。
だが、先ほどの石は、そもそも影人は攻撃とすら認識していなかった(そこに存在しているとも知らなかったが)ので、影人は石の直撃を受けたのだった。
「・・・・・・タネは分かった。もう2度と同じ手は食わねえ。零無、第2ラウンドだ・・・・・・」
鎖に縛られた影人はまだ全く諦めていない様子でそう呟くと、『終焉』の力を解放しようとした。
「っ・・・・・・?」
しかし、どういうわけか『終焉』の力を解放する事が出来なかった。
「ははっ、さっき言っただろ。お前はもう詰んでるって。その鎖は力を封じる鎖でもあるのさ。シトュウや『終焉』状態のお前には通じなかったがな。だが、今のお前は通常形態。ならば通じるよな。元より、一瞬でもお前が気を失えば、吾は勝ちだったのさ」
「っ、クソが・・・・・・!」
零無からその事を聞かされた影人の顔色が変わった。明確に焦った顔へと。影人はもう1度『終焉』の力を解放しようとしたが、やはり解放する事は出来ない。影人は次に何とか鎖による拘束を解こうとしたが、やはり鎖はビクともしなかった。
「ははは、無駄だよ影人。お前は既に敗者。勝者たる吾のものだ。しばらくはこの鎖を解いてはやれないが、なにいずれお前も素直になってくれるだろう。さて、ではそろそろ行こうか影人。吾とお前の輝かしい未来へ。まずは、新婚旅行だな」
「クソッ、クソッ!」
零無が影人に手を伸ばして来る。影人は足掻こうと体を揺らすが、何も出来ない。
(終われねえんだこんなところじゃ! 決めたんだ、何があっても諦めないって! 俺は日常に帰らなくちゃならないんだ!)
想いを昂らせても、鎖が千切れる事はない。そんな間にも、零無の手は確実に影人に近づいて来る。
そして、零無の手が影人に触れんとしたその時、
「「――やらせない!」」
どこからか、そんな声が聞こえてきた。そして、声と共に様々な攻撃が放たれた。炎や水、光線などといった様々な攻撃が。
「っ!?」
「あ?」
突然自分たちの方に放たれて来たその攻撃に、影人は驚き、零無は不可解そうな顔を浮かべた。
「・・・・・・!」
それと同時に目にも止まらぬ黒い何かが、影人の方へと疾走して来て、影人を縛っている鎖を何か鋭いもので切り裂いた。そして、その黒い何かは影人を抱えるとその場から離脱した。
「っ、影――」
零無が影人の名前を呼ぼうとした時には、攻撃が零無に届いていた。零無は「チッ!」と舌打ちをすると、自身の周囲に透明の障壁を展開した。
(な、何だ・・・・・・? いったい何が起きた?)
謎の人物に抱えられ地面に下ろされた影人が、自分を抱えていた人物に顔を向けた。
「――全く、前と同じ状況だったじゃない。1人で気負うから同じ状況に追い込まれたのよ?」
影人を助けた人物は少し呆れたように影人にそう言って来た。普段はブロンドの髪が銀髪になっており、その目は真紅の色へと変わっているが、影人はその人物の事をよく知っていた。
「っ・・・・嬢ちゃん・・・・・・」
「ええ、私よ。本当に、あなたは仕方がないんだから」
それは真祖化したシェルディアだった。シェルディアは影人を見ると、フッと小さな笑みを浮かべた。
「そう・・・・か・・・・もうそんなに時間が経ってたか・・・・・・」
先ほど自分が殺したはずのシェルディアの姿を見た影人は、しかし驚いてはいなかった。なぜなら影人は――
「ええ。あなたが私たちに施した『終焉』の力は、対象を仮死状態にさせるものだった。そして、あなたはその仮死状態がいずれ解けるように、時間制限を行っていた。私たちがここに来たのは、その制限時間が過ぎたからですよ」
「シトュウさん・・・・・・」
影人はその言葉を述べた人物の方を向き、その人物の名を呼んだ。そこにいたのは、オッドアイの女神だった。
「・・・・・・ああ、その通りだよ。俺は2時間の制限時間を設けてた。それまでには流石に戦いが終わると思ってたからな。だけど、考えが甘かったみたいだ」
シトュウの言葉に影人はどこか自虐的にそう答えを返した。レゼルニウスの知識で、『終焉』にはそんな使い方もあると知った影人は、先ほど全員にその力を掛けたのだ。その間に、1人で零無と決着をつけようとしていた。
だが、結局戦いは2時間でも終わらなかったし、挙句の果てには影人は零無に負けた。シェルディアや他の者たちが助けてくれなければ、影人は零無に連れ去られていただろう。
「帰城くん!」
「大丈夫!?」
「朝宮、月下・・・・・・」
影人の元に陽華と明夜が駆け寄って来る。影人は2人の姿を見ると、申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「・・・・・・すまない。謝って許される事じゃないのは分かってる。俺は・・・・・・」
影人が謝罪の言葉を口にしようとする。だが、そんな影人の肩を掴む人物がいた。
「お前が救い難い愚か者なのは今更だ。謝罪と感謝の言葉は全てが終わってからにしろ。今のお前はそれよりも、やる事がある」
「レイゼロール・・・・・・」
影人の肩を掴みそう言って来たのはレイゼロールだった。レイゼロールにそう言われた影人は、だがその顔を疑問に染めた。
「やる事ってなんだ? そのニュアンスじゃ、零無を斃す事を指してるんじゃないだろ?」
「最終的にはそれに繋がる事だがな。確かに、お前の言う通り直接的ではない。あくまで、我が言ったのは間接的なものだ。影人、ソレイユの所に行け。行けば後は分かる」
「っ?」
ソレイユの元に行け。そう言われた影人は更に疑問が深くなった。だが、ここは行くしかないだろう。影人は光導姫や守護者、闇人たちの間を潜り抜け、ソレイユの元へと向かった。
「こら帰城くん! さっきはよくもやってくれたわね!? 終わったら説教だから!」
「すいません会長! 分かってます!」
その途中、声を掛けて来た真夏にそう言葉を返し、
「いやいい体験をさせてもらったよ。仮死体験なんて中々出来る事じゃない。感謝するよ帰城くん」
「ああ、そうかい! やっぱ変わってるよあんた!」
ロゼにそう言葉を返し、
「お兄さん! ここは私たちに任せてください!」
「ありがとよ聖女サマ!」
ファレルナにそう言葉を返し、
「帰城くん! 今度こそ一緒に戦うよ!」
「そうだな! サンキューだぜ香乃宮!」
光司にそう言葉を返し、
「帰城影人! 仮死とは言えレイゼロール様を殺した事は後で償ってもらいますよ!」
「分かってる!」
フェリートにそう言葉を返した。それ以外にも影人に声を掛けて来る者はたくさんいたが、正確に誰が何を言っているのかまでは今の影人には分からなかった。
「影人!」
「ソレイユ! レイゼロールにお前の所に行けって言われたんだが・・・・・・」
ソレイユが影人の名を呼ぶ。ソレイユの元に辿り着いた影人は自身もソレイユの名を呼ぶと、そう言葉を述べた。
「ええ、分かっています。特例中の特例として、許可はシトュウ様が出してくれました。神界の神々たちも仕方なく納得するでしょう。だから、1度戻りますよ」
「ちょ、ちょっと待て! 話が全く見えてこねえ。戻るってどこにだよ?」
訳が分からないといった感じで影人がソレイユにそう聞き返す。影人の問いかけにソレイユはこう答えた。
「神界にです。でなければ、アレは出来ませんからね」
そう言うと、ソレイユは影人の手を握った。
次の瞬間、影人とソレイユが光に包まれた。
「はあー・・・・・・ったく、何でこうも邪魔が入るかね」
新たにこの場へとやって来た数十人の者たちを見た零無は面倒くさそうにそう言葉を漏らした。そして、不機嫌を隠さない様子でその者たちに向けてこう言った。
「お前らか? 影人を止めようとしてた奴らは。何で生きてるんだよ。影人は全員殺したって言ってたぜ」
「ふん。いくら愚か者のあいつでも、そんな事はするわけがないだろう。あくまで我たちを少しの間無力化していたに過ぎん」
零無の言葉に答えたのはレイゼロールだった。レイゼロールは不愉快極まりないといった目で、零無を睨みつけていた。
「ちっ、そうかよ。というか、口の利き方がなってないなレイゼロール。影人が知ってたって事は、お前も知ってるんだろ? お前を創ったのは吾だぜ。創造物が創造主に逆らってんじゃねえよ」
「だから何だ? 貴様のような奴が例え我の創造主だとしても、貴様を殺す事に躊躇いはない。醜い怪物め、貴様と話していると反吐が出る」
「言うじゃないか。たかだか吾の暇潰しに創られただけの存在が」
零無とレイゼロールがそんな言葉を交わしている時だった。突然天から光の柱がある場所に降り注いだ。その光景を見た零無は「っ?」とその顔を疑問から歪めた。
「あの光は転移の光? いや、神送還の光か?」
「行ったか・・・・・・」
その光の柱を見た零無はそう呟き、レイゼロールはそう言葉を漏らした。零無の言う通り、それは地上に降りていた神が神界に帰る送還の光だった。
「さて、気張るぞお前たち。あいつが戻って来るまでの間、我たちがこいつの相手をする」
レイゼロールの言葉に各々がそれぞれの反応を示す。その反応は人によって違っていたが、総じて了解の意を示すものだった。
「ああ? 何だ、お前ら雑魚が吾の相手をするだと? いらねえよ、早く影人を出せ」
「悪いけど、彼は今はいないんだよ。ソレイユと共に1度神界に行ったからね」
苛つく零無にラルバがそう答える。ラルバの言葉を聞いた零無は「は?」と声を漏らした。
「ちっ、さっきの送還の光に影人もいたのか。ふざけやがって」
零無は不機嫌で仕方ないといった様子でそう吐き捨てると、ゴミを見るような目をレイゼロールたちに向けた。
「だが、あの子が吾との戦いから逃げ出す事はあり得ない。何を企んでいるかは知らないが、いずれ戻って来るだろう。それまでの間にお前ら全員殺しておくか。ゴミ掃除だ」
零無が全身から透明のオーラを放つ。同時に圧倒的なプレッシャーも放たれる。臓腑が握り潰されるような、そのプレッシャーをぶつけられた者たちの顔が歪む。多くの者たちの戦意が挫かれそうになる。
だが、
「・・・・・・負けない。帰城くんはずっと1人で戦って来たんだ! 今度は私たちが帰城くんを助ける!」
「そうよ! 私たちの大切な人のためにも、私たちはあなたに立ち向かう! それが私たちの為すべき事だから!」
「恐怖に立ち向かえる勇気があるのが人間の強さだ! 友達のために僕は戦ってみせる!」
ここにいる者たちは、そのプレッシャーに挫かれなかった。陽華、明夜、光司は力強い声でそう言った。
「ははっ! いい化け物具合じゃねえか! 興奮して来たぜ!」
「尋常ならざる強者か。面白い」
冥や葬武などの戦闘狂が続いてそんな声を上げた。それ以外の者たちも、プレッシャーに抗う意志をその顔に宿していた。
「クソッタレの命知らず共が。お前らに真の恐怖を教えてやる」
「ふん、ほざけ」
レイゼロールが『終焉』を解放し、場の緊張は最大まで高まった。
そして、
「死ねよ」
「お前がな」
零無とレイゼロールが最後にそう言葉を交わし合うと、戦いの幕は開かれた。
「それで、ソレイユ。何でわざわざ神界なんかに来たんだよ? 今の俺には『終焉』がある。あいつらと一緒に戦えば・・・・・・」
神界のソレイユのプライベートスペース。久しぶりにそこにやって来た影人はソレイユにそう聞いた。
「確かに、今のあなたには強力な力があります。零無と渡り合う事も可能な程の力が・・・・・・ですが、彼女相手にはそれだけでは足りないと私は思います。だから影人・・・・・・私はあなたに、力を与えたいと思います。かつてのあなたが振るった力を」
「っ・・・・・・!?」
ソレイユが真剣な顔で影人にそう言った。ソレイユからそう言われた影人は、前髪の下の目を見開いた。ソレイユがどうして影人をここに連れて来たのかの理由が分かったからだ。
「そうか・・・・・・さっきの地上での言葉はそういう事か・・・・・・」
納得がいったと感じで影人はそう呟いた。今全てを理解した。普段の影人ならば、地上での言葉だけでソレイユが何をしようとしているか気づけたかもしれなかったが、零無との戦いの事もあって、影人は普段よりも疲弊し鈍感になっていた。だから気づけなかったのだろう。
「・・・・・・ソレイユ、許可はシトュウさんに貰ったって言ってたが、その・・・・・・お前はいいのか? 今度はお前の目的は何にも絡んでない。それでも、お前は俺に自分の大切な力を託してくれるのか?」
影人は今度はそんな質問をした。ソレイユが今から何をするか分かった上で、影人はソレイユの意志を確認したのだった。
「何を言っているんですか。他の者ならいざ知らず、あなたになら何の心配もなく託せますよ。あなただから託せるんです。レイゼロールを、そして私すらも、みんなの為に戦ってくれたあなただから。あなたは絶対にこの力を間違った事には使わない。私にはその確信があります」
影人の問いかけに、ソレイユは何の迷いもなく笑みを浮かべそう言った。ソレイユの答えを聞いた影人は、自然と笑みを浮かべていた。
「っ・・・・・・はっ、そうかよ。ったく、仕方ねえな。そこまで言われたなら、受け取ってやるか」
「相変わらず捻くれた言い方ですね。ですが、ふふっ、やっと調子が戻って来ましたね」
影人の言葉を聞いたソレイユが笑みを大きくした。そして、ソレイユは自身の両手を胸に当て、ギュッと手に力を込めた。
「ふっ・・・・・・!」
すると、ソレイユの胸の内から無色透明の光が出てきた。ソレイユはその光を両手で持つと、影人の方に差し出してきた。
「さあ、影人。触れてください。触れたならば、あなたは力を得ます。特別な力を」
「ああ、あの時は望んじゃなかったが、今回は違う。俺はこの力を望むぜ。零無の奴に勝つために」
ソレイユの言葉に頷いた影人が確かな意志を宿した手で光に触れる。
次の瞬間、光は透明の輝きを放った。
「さあ、死ねよ!」
零無が触れた者の力を封じる透明の鎖を、何百も召喚し敵対者たちに放つ。同時に透明の魑魅魍魎や、剣や槍といった武器、それらも何百何千と零無は放った。
「ちっ」
「流石に上位の神。尋常じゃない力の出力ね」
その攻撃を『終焉』の闇で無効化したり、造血武器や影などで撃退していたレイゼロールとシェルディアがそんな反応を示す。2人の力を以てしても、零無の攻撃の全ては迎撃しきれない。迎撃しきれない攻撃は、その他の者たちへと向かった。
「っ、これはかなりキツイですね・・・・・・!」
「くっ・・・・・・!」
フェリートやアイティレが攻撃を迎撃しながら苦しげな顔を浮かべる。基本的に、大多数の者たちは2人と同じような顔を浮かべていた。
「影人の時は殺さないようにやっていたがお前たちは別だ! さっさと死に晒せ!」
力の出力を高め続けながら零無が叫ぶ。影人が消えてからまだ数分も経っていないというのに、既に戦場は地獄のような光景になっていた。
だがそんな時、再び天から光の柱が降り注いだ。すると、その中から2人の人物が現れた。1人はソレイユ、そしてもう1人は影人だった。
「っ! 戻ったか!」
「っ! 影人!」
2人が現れた事にレイゼロールが気付く。同時に零無も気がついた。零無は嬉しそうな顔を浮かべていた。迎撃に必死になっている他の者たちも、一部は気づかなかったが、大多数の者たちは影人とソレイユの出現に気がついた。
「少しだが待たせたな。さあ、第2ラウンドだぜ零無」
影人はそう呟くとニヤリと笑みを浮かべ、右手に持っていた黒い宝石のついたペンデュラムを正面に掲げた。
『――くくっ、よう随分と久しぶりだな。一応、女神サマの中からずっと見てはいたが・・・・・・もう2度とてめえと言葉を交わす日なんざ来ないと思ってたのによ』
「ああ、久しぶりだな。そうだな、俺もまたお前の声を聞けるなんて思ってなかったよ」
突然頭の中に響いた女の声に、影人はそう言葉を返した。よく知った、懐かしい声だ。
「悪いが、また付き合ってもらうぜ相棒」
『俺に拒否権はねえんだろ。ったく、仕方ねえ。最悪だが付き合ってやるよ』
影人の声に女の声はそう答えた。やれやれといった感じで。相変わらずだ。影人は自然と笑みを浮かべるとこう言った。
「よし、じゃあ久しぶりにやるか」
そして、影人はその言葉を、力ある言葉を唱えた。
「
影人がそう唱えると、ペンデュラムの黒い宝石が黒い光を放った。すると次の瞬間、影人の姿が変化した。
「! おやおや、これは・・・・・・どうやら、盛大な紹介が必要のようですねー!」
その影人の変化に気づいたクラウンはニヤリと笑みを浮かべると、零無の放った攻撃を避けながら、戦場全体に届くような大声でこう喧伝し始めた。
「さあさあさあ! 皆さまご注目! 今この瞬間、かつての伝説が蘇る!」
「「「「「っ!?」」」」」
クラウンの喧伝に思わずその場にいた全員が耳を傾ける。もちろん、自分が死なないように注意を払いながら。
「その者はかつて光と闇の間を揺蕩っていた謎の怪人! 圧倒的な力を持つただ1人の軍隊! 暗躍を続けた漆黒の妖精! 誰よりも強い意志を宿し、その果てに約束を果たし世界を救った者!」
クラウンの声が世界に響く。自分を紹介するその喧伝を聞きながら、その男は一歩を刻んだ。
「しかして、その者は
鍔の長いハット状の帽子に黒い外套。胸元には深紅のネクタイを飾り、紺のズボンに黒の編み上げブーツ。その端正な顔は露わになり、その瞳の色は月の如き金。その男は右手で帽子の鍔を摘みながら、その瞳を真っ直ぐ正面に向けた。
「――スプリガン!」
そして、クラウンはその男の名を叫んだ。帰城影人のもう1つの姿の名を。
――今この瞬間、スプリガンも2度目の帰還を果たしたのだった。
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