第311話 さあ、過去の因縁に決着を
「っ・・・・・・? 殺した・・・・・・? お前を止めようとしていた者たち全てを・・・・・・?」
「そう言ってるだろ」
何気ない様子で衝撃的な事を言った影人に、流石の零無も少し驚いたような顔を浮かべた。そんな零無に、影人は改めてそう言葉を返した。
「は、はははっ! 冗談ではなさそうだ。という事は、本当に殺したのかそれだけの数の者たちを。くくくっ、そうかそうか。ははははははははははははははははっ!」
零無は堪え切れないといった様子で哄笑を上げた。
「壊れてるなあ影人! やっぱりお前は普通じゃないぜ! ああ、そんなところも愛おしい! 安心しろよ影人! 悲しむ事はない! 吾がお前の新しい帰る場所になってやるからなあ!」
「・・・・・・別に帰る場所を無くしたわけじゃない。俺が帰る場所は永劫に変わらねえ。少なくとも、お前の所じゃない。余計なお世話だ」
興奮したような、嬉しそうな様子で零無が言葉を飛ばす。そんな零無とは対照的に、影人はどこまでも冷たい様子だった。
「それよりも、無駄なお喋りはここまでだ。そろそろ始めようぜ。俺とお前の・・・・・・最後の戦いを。
影人はそう呟き、力を解放する言葉を放った。すると、影人の体から凄まじい闇が噴き出した。それに伴って影人の姿が変化する。黒髪は長髪に変化し、前髪の長さが変化し影人の顔が露わになる。そこから覗く影人の両の目の色は、光すら通さぬ漆黒。右の肩口には右半身を覆うように、黒と金のボロボロの布切れのような物が纏われる。
「レゼルニウスから継承した『終焉』の力・・・・・・この力でお前を殺す。お前が創った奴の力で殺される。皮肉だろ?」
力を解放した影人が酷薄な笑みを浮かべる。その笑みには今の影人の姿も相まって、死の美しさ放つ人ならざるモノに見えた。
「ははっ、その力でお前を止めようとした者たちを全て殺したか。確かに、もしそうなれば皮肉だな。だがなあ影人・・・・・・」
零無は超然的な笑みを浮かべると、その身から透明のオーラを放ち始めた。
「果たして、お前は吾に勝てるかな? この絶対無窮たる存在である吾に。神をも殺す力を手に入れたといっても、人間の
「抜かせ。その人間に1度封印されたのはどこのどいつだ。今回もまたてめえに教えてやるよ零無。人間の底力って奴を」
透明の瞳と漆黒の瞳が互いに交わる。両者ともにその瞳に様々な想いを乗せながら。だが、両者に共通している感情が1つだけあった。それは狂気。零無は狂愛を。影人は狂えるほどの殺意を。互いに抱いていた。
「・・・・・・今日ここで、俺とお前の因縁に決着をつける」
「いいや、吾とお前の関係はこれかも未来永劫続くよ。さあ、最初で最後の夫婦喧嘩といこうじゃないか」
両者がその瞳を細める。狂気と狂気がぶつかり合う。始まるのは、1人の人間ととある神の全てを懸けた戦い。過去の因縁が紡ぐ、2人だけの最終決戦。
「ここが終わりだ」
「ここからが始まりだ」
影人と零無はそう呟くと地を蹴った。
影人と零無。その戦いが、遂に始まった。
「言うの忘れてたが、その姿も似合ってるぜ! 久しぶりに素顔を見れたのも嬉しい! だが、その闇に染まり切ったような瞳だけは気に入らないな! お前の目にはやはり輝きがないとな!」
地を蹴った零無はそんな言葉を叫びながら、影人に透明の鎖を幾条も放って来た。
「うるせえよ。日本人の瞳の色は大体黒だ。別に普段の俺と今の俺の瞳の色は対して変わらねえだろ」
影人は自分を捕らえようとする透明の鎖を『終焉』の闇で無効化しながらそう言葉を返した。一応、日本人の瞳の色は実はブラウンがほとんどで、黒色は実はかなり珍しいようなのだが、影人は「日本人は黒目黒髪」というイメージに基づいてそう言ったのだった。
「いいや、変わるね。吾がそう言うんだから間違いない。恋する乙女は敏感なのさ」
『終焉』の闇に鎖を無力化された零無は、影人と距離を保ちつつ、虚空から透明の腕を召喚した。その腕の数は優に数千。それらの数の腕が一斉に影人へと襲い掛かった。
「気色悪い。乙女って歳かよ」
だが、それらの全ての腕は影人から噴き出す『終焉』の闇に触れた瞬間、溶けるように虚空へと消える。『終焉』の闇は全てを終わらせる力。生命の有無関係なしに全てを終わりへと導く。
「分かってないな影人。乙女に歳は関係ないのさ」
「そうかい。だが、てめえだけはやっぱり例外だ」
影人は右手を離れた場所にいる零無に向けた。すると、影人の右手に連動するように『終焉』の闇が零無へと向かっていった。手掌で『終焉』の闇を操る事が出来る。これも、レゼルニウスから受け継いだ知識の中にあったものだった。
「おお、エコ贔屓かい? やっぱり、お前にとって吾は特別なんだな。嬉しいよ」
零無は自分に向かって来る『終焉』の闇を気にする様子もなく、ひらりひらりとその闇を避けた。ついでに心底嬉しそうな顔を浮かべながら。
「ちっ、さっさと死ねよ」
影人は少し苛立ったように手掌を零無に向け、『終焉』の闇を追い続けさせた。だが、当たらない。零無はどこまでも、時には空中に浮かびながらも闇を避け続けた。
「ははっ、当たらないよ。そんなスピードじゃ一生かかっても吾には当たらないぜ」
闇を避けながら零無がどこか挑発するようにそんな言葉を述べる。その言葉を受けた影人は、表情を変えずにこう言った。
「余裕ぶりやがって。だが、それを言うならお前も同じだ。お前は俺に何の攻撃も当てられない。しかも、お前の目的は俺を殺す事じゃなく俺を捕獲する事だ。さらに加えて、今のお前は『終焉』と同じような力である『無』の力を振るえない。お前が目的を果たすのは、勝つのは絶望的だぜ」
そう。今の零無が今の影人に勝つ事は、実はかなり難しい。不可能と言ってもいいくらいだ。影人の指摘を受けた零無は「まあ、そうだね」と言って、軽く頷いた。
「確かに、お前の言う通り吾がお前に勝つのは絶望的だ。客観的に見てもそう思うぜ。だがな、影人。絶望なんてものはな、諦めない限り、思考を止めない限りは何の意味も持たないものだよ」
「ああ、そうだな。てめえと意見が合うなんて最悪だが、そこだけは同意してやるよ・・・・・・!」
影人はそう言葉を述べると、左手も零無に向けた。すると、別方向から『終焉』の闇が零無に襲い掛かった。『終焉』の闇は2方向から零無に迫った。
「はははっ、それは嬉しいね! だが、やはり当たらんよ!」
零無の速度が爆発的に速くなり、零無は影人の前から消え去った。『終焉』の闇はただ虚空に触れるのみだった。
(ちっ、やっぱりこいつも『加速』は使えるか)
全方位を警戒しながら、影人は内心でそう呟いた。知覚できぬ程の速度。今の影人からしてみれば、これが1番キツい。弱点とまではいかないが、他よりも脆い点だと言えるだろう。
(当然の事だが、『終焉』は俺の意志で操らなきゃならない。ゆえに、『終焉』は俺の状態に依存する。俺が知覚出来ないものを、『終焉』は捕らえられない)
この状況で零無を『終焉』の闇で捕らえる事は相当に難しい。正直に言えば不可能に近い。零無が先ほど言った言葉はこの事を示してのものだ。
(だが、レイゼロールほど厄介じゃない。レイゼロールはそこに俺を倒す力を持っていたが、零無は俺にダメージを負わせる力は現在持っていない。つまり、互いに完全な膠着状態だ)
零無がどこから来るか警戒しながら、影人は思考を続けた。この状況は先程もあった。ここに来る前の戦闘で、今の自分が知覚出来ぬ速度を持った者たち、具体的にはフェリートやシェルディアなどといった者たちの事だ。
(あいつらは最終的には感情を利用した下劣な罠を使って殺せた。だが、零無はそうはいかない。あいつは多分俺と同じタイプだ)
確固たる自己を持ち続け、感情を排してただ目的や勝利のために死ぬまで思考と行動を続ける。必要ならば、心すらも殺し切ってどんな手だって使う。そのようなタイプには、感情を利用した罠は意味を持たない。影人も零無も、表向きは感情を露わにしているが、心の奥底は、精神面は無感情に等しい。今はただ、戦いにのみ没頭している。
「・・・・・・さて、どうやって殺すか」
影人がボソリとそう呟くと、右斜め後方から透明の鎖が伸びて来た。だが、鎖は影人の体に纏われている『終焉』の闇に触れ、溶けるように消えて行った。
「不意もつけないから厄介だよなその力は、本当に」
「・・・・・・そう思うんなら、さっさと死んでくれよ」
右斜め後方に現れた零無を見つめながら、影人はそう言った。
「それは聞けない話だ。お前こそ、さっさと吾とイチャイチャしようぜ」
「ふざけろ。死んだ方がマシだ」
影人が再び手掌を零無に向け、『終焉』の闇を放つ。零無はそれを避ける。両手で『終焉』の闇を操るも、やはり零無には全く当たらない。
「ところで、影人。この互いに膠着した状況。お前は永遠に続くと思うかい?」
闇を回避しながら零無が突然そんな事を聞いて来た。心理戦を仕掛けて来たか。そう思った影人は警戒を一段と強めながら、こう言葉を返した。
「続くわけがない。永遠に終わらない戦いなんてねえよ」
影人のその言葉は「心理戦に乗ってやる」という事を暗に示していた。その意味を理解したのかは分からないが、零無は笑みを浮かべた。
「その通り。物事は必ず終わりがあるものだ。お前の扱っているその力はそれを現した力だ。では、影人。この膠着状態は、どのようにすれば終わりを迎えると思う?」
「・・・・・・集中力は永遠には続かない。いくら互いに緊張感がある戦いだとしてもな。簡単だ。片方の集中力が切れた時、それがこの膠着状態の終わりだ」
零無のその問いかけに影人はそう答えを返した。影人の答えを聞いた零無は満足そうな顔を浮かべ、その首を縦に振った。
「うん。やはり、お前は賢いね影人。まさしくその通りだ。そう。この戦いが決着する時、それはどちらかの集中が切れた時。つまりは、先に精神が限界に至った方が負ける。勝負はもしかしたら、非常に長引くかもしれないし、一瞬で着くかもしれない」
零無は空を地を、縦横無尽に駆けながら言葉を続けた。
「なあ、影人。全ての存在の頂点である吾と、特異な力を手に入れたといってもただの人間であるお前。果たして、どちらの方が長く集中が続くかな。どちらの精神が先に限界に至るかな。答えは、非常に単純で明快だと思うがね」
「っ・・・・・・」
零無が邪悪な笑みを浮かべる。その笑みは影人がこの世で1番嫌いな笑みだ。影人の精神に怒りが込み上げて来る。だが、影人はその怒りを無理矢理抑えつけた。怒りは時には力になるが、現在の状況ではマイナス面の方が大きいからだ。
「・・・・・・はっ、どうだかな。何が起きるかなんて、誰にも分からない」
「ははっ、まあ確かにね」
零無が再び影人の正面に移動する。影人は両手を操り零無に『終焉』の闇を向かわせる。だが、零無にはやはり当たらない。まるで、絶対に掴めない煙のように。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・」
それから、どれくらい時間が経っただろうか。永遠にも一瞬にも感じるような時間。影人はひたすらに零無に闇を向かわせ続けた。しかし、結果は変わらない。零無に闇は掠りもしなかった。肉体的にも精神的にも――主に後者の比重の方が大きい――影人は疲労の色を隠せなくなってきた。
「おやおや影人、どうしたんだい? 息が上がってきてるぜ。もしかして、もう限界が近いのかな?」
そんな影人に、零無はニヤニヤとした笑みを向けて来る。影人は、ギロリとその目を零無に向けた。
「黙れよ・・・・・・まだまだ余裕だ」
「明らかに虚勢だよなあ。つまり、お前は虚勢を張らなければならないほどに疲弊している。自身でその事を証明しちまってるぜ」
零無が幾度目となる透明の鎖を影人に放つ。影人はその鎖を『終焉』の闇で無効化した。
「だが無理もない。影人、お前隠してるつもりだろうが、既に限界を超えてるだろ。肉体的にも精神的にも。ここに来る前の、お前を止めようとする者たちの戦いで」
「っ・・・・・・」
続けて零無は影人にそう言った。零無からそう言われた影人は、ほんの少しだけ眉を動かしてしまった。まるで、零無の指摘が真実であるかのように。その反応を零無は見逃さなかった。
「やはりな。正直、立っているのが意識を手放さないでいるのがやっとの状態だろう。それでも、お前はその尋常ならざる、鋼すらも超える精神力で吾と戦っている。普通ならあり得ない事だよ」
零無が打って変わって真面目な顔になる。零無はこの戦いが始まってからずっと影人を観察してきた。ゆえに、零無は影人がどのような状態になっているか分かったのだ。
「もういいだろう。楽になれ影人。吾のものになれ。それで全てが終わる」
「はっ、泣き落としかよ・・・・・・確かに、お前の言う通りだ零無。今の俺は既に限界だ。体はあちこち痛えし意識も朦朧として来やがった」
「だったら・・・・・・」
零無の指摘を今度は素直に認めた影人。この戦いで初めて、影人は弱さを露呈した。その事をチャンスと捉えた零無が言葉を挟もうとする。
だが、
「だけどな・・・・・・俺は倒れるわけには、諦めるわけにはいかねえんだよ。お前を斃す最後のその瞬間まで・・・・・・俺は絶対に屈しねえ」
影人はその漆黒の瞳に不屈の精神を燃やしていた。そう。影人は絶対に負けられない。自分だけがまたいなくなるわけにはいかない。影人は帰らなければならないのだ。日常に。自分なんかを大切に思ってくれている人たちのために。何がなんでも。
「さあ・・・・・・行こうぜ零無。俺とお前が、行き着く最後の場所まで。言ったはずだ。・・・・・・決着をつけるってな・・・・・・!」
既に限界のはずの肉体と精神を奮い立たせ、影人は強気な笑みを浮かべた。その笑みを見た零無は、自身も強気な笑みを浮かべた。
「そうか・・・・・・そうだな。いいぜ、行こう影人。吾とお前の戦いは、やはり死力を尽くさなければな」
零無は同時にどこか嬉しそうで、楽しそうだった。
そして、
「だがな・・・・・・吾はもう既にチェックはかけてるんだぜ、影人」
零無はそう言ってパチリと右手を鳴らした。
「っ!?」
すると次の瞬間、影人の視界が揺れた。同時に、
影人が今まで感じていた地面の感覚が消えた。
影人は何が起きたのか分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます