第310話 鏖殺者、帰城影人

「っ、帰城くん・・・・・・」

「何で・・・・・・」

 影人の戦闘宣言。それを聞いた陽華と明夜は呆然とした顔を浮かべた。影人と関わりがあった者は、2人と似たような表情を浮かべている者も多く、それ以外の者たちはレイゼロールやシェルディアなどと同じく真剣な顔を、一部の冥やゾルダートといった者たちは面白そうな顔を浮かべていた。

「・・・・・・やはり、今のお前には誰が何を言っても無駄か。ならば仕方ないな」

 影人の宣言を聞いたレイゼロールが残念そうな顔をになる。そして、大きくため息を吐くと、影人にこう言った。

「いいだろう、相手になってやる。但し、ここにいる全員がお前の相手だ。影人、ただの人間になった貴様が、我たちに勝つ事はどう足掻いても不可能だ。大バカ者が。お前はすぐに目を覚ます事になるだろう」

「はっ、不可能ね。そんなものはいつだってそうだった。それをどうにかして来たのが俺だ。舐めるなよ? たかが不可能程度、俺はぶち壊すだけだ」

 レイゼロールの言葉に影人は淡々とそう言葉を返した。今の影人の言葉はただの虚勢にしか聞こえないが、影人を知る者からしてみれば、それは事実のようにも聞こえた。

「待って! 影人あなた本当に本気なの!? 本当にここにいる全員と戦う気なの!? ダメよ! そんなのは絶対にダメよ! 目を覚まして影人! あなたはもっと優しい人間でしょう!?」

 無意識的に昔の口調に戻ったソレイユが、再びそう言葉を掛ける。恐らく、この言葉が最後になる。この言葉が影人に届かなければ、戦いが始まる。ソレイユはそう思った。

「くどいぞソレイユ。それに、目なら覚めてる。冷め過ぎてる程に覚めすぎてる。後、俺に勝手にお前のイメージを押し付けるなよ」

「っ・・・・・・」

 だが、ソレイユの言葉は影人には届かなかった。ソレイユは今にも泣きそうな顔を浮かべた。

「ああ、後お前らは1つ勘違いしてるぜ。確かに今の俺にスプリガンの力はない。俺自身もついこの間までは自分がただの力ない一般人だと思ってたよ。だけどな・・・・・・」

 影人はニヤリと普段の彼の気持ちの悪い笑みとは違う、ゾクリとするような笑みを浮かべるとこう言葉を続けた。

。なんて事はない。俺はこの世界から消える前に、あいつから力を継承してたんだからな。そして、それは永久的なものだ。今まで使う機会がなかったのと、復活のドタバタで忘れてたがな。力っていうのは、自覚しないと使えないもんだ」

「「「「「っ?」」」」」

「っ、まさか・・・・・・」

「そうか・・・・・・お前は・・・・・・」

「・・・・・・気づいていましたか」

 影人のその言葉を聞いた多くの者たちは、その顔色を疑問に染めた。だが一部の者たち、シェルディアとレイゼロールは影人の言葉の意味に気がつき、最初から影人の中にその力がある事を知っていたシトュウは、難しげな顔を浮かべた。

「そうだ。今の俺は・・・・・・」

 影人はそう呟くと、ボソリと何か言葉を呟いた。それは影人の中にある力を解放する言葉だった。

 すると次の瞬間、影人の全身から濃密な闇が噴き出した。闇が噴き出すと同時に、影人の姿に変化が訪れた。まずは髪。髪の長さが伸び長髪になる。前髪の長さだけは少し短く変化し、普段は隠されている髪人の両目が露わになる。ただ、その目の色は光すら通さぬ漆黒へと変化していた。

 そして、影人の右半身を包むように、右の肩口に黒と金のボロボロの布切れのような物が纏われていた。

 その姿は、瞳の色こそ片方金ではないが、レイゼロールとの最終決戦の時に影人がなっていた、とある姿と同じものだった。

だ。何者をも死へと導くこの力で、俺は零無を殺す。邪魔をするなら、お前らもこの力を味わう事になるぜ。要はまあ・・・・・・って事だ」

「「「「「っ!?」」」」」

 冷め切った影人のその言葉。それを聞いた多くの者たちは、驚いたような、ショックを受けた顔を浮かべていた。

「言っとくが、俺は本気だ。こういう場面で嘘は言わねえ性格でな。だから、もう1度だけ言うぜ。これが最後通牒だ。どけ。俺の前から退かないなら、そいつは殺す。もしも、全員退かないって言うなら鏖殺だ」

 それは本気の殺人宣言だった。何1つ混じり気のない脅しの言葉。その通りにしなければ、何の躊躇もなく影人は宣言した通りの事をするだろう。ここにいる者たちはその事を本能で理解させられた。

(これで退いてくれるならそれまでだ。出来ればそうなってほしい。だけど・・・・・・)

 影人は内心でそう思いながらも、そうはならないという確信を抱いていた。

「退かない・・・・・・そんな事を言われても私は、私たちは絶対に退かないよ!」

「友達が間違いを犯そうとしてるなら、止めるのが本当の友達よ。はいそうですかって退けるなら、ここにはいないわ」

 初めにそう言って来たのは陽華と明夜だった。2人は影人の脅しに屈せずに、正面から言葉を述べた。

「2人の言う通りだよ。僕たちは退かない。君のためにも」

「ふん。力があるからと言って調子に乗るな。お前と同じ力は我にもある事を忘れるな」

「少しお仕置きしてあげるわ影人。大丈夫、殺しはしないから」

「影くん。今の君は、ダメだよ」

 光司、レイゼロール、シェルディア、ソニアもそんな言葉を言ってくる。そして、

「ははっ! いいねえ! お前とは本気の本気で戦いたかったんだ! よーし、てめえをまずはぶっ倒してやるよスプリガン!」

「先輩に殺すですって!? 舐めた口利いてんじゃないわよ帰城くん! 指導してやるわ!」

「お兄さん、その闇の中から今助けますからね」

「ふーむ、闇に堕ちた君を描くのもまた一興だ」

 冥、真夏、ファレルナ、ロゼなどもそんな言葉を述べる。他の者たちも退く様子はない。やはりこうなったかと、影人はため息を吐いた。

「はあー・・・・・・やっぱりこうなるかよ。仕方ねえ。忠告はしたからな」

 影人は全ての感情を排除したような無感情な目で全員を軽く見渡すと、その身から全てを終わらせる『終焉』の闇を爆発的に噴き出させた。

「かかって来い。神、吸血鬼、光導姫、守護者。全員まとめて殺してやる」

「「「「「っ!」」」」」

 影人のその言葉を開戦の合図と受け取った者たちが臨戦態勢を取る。ソレイユやラルバ、シトュウを除いた戦える者たちは、それぞれ戦う者としての目になった。

「何で・・・・・・どうして、こんな事に・・・・・・」

 未だに状況を受け入れきれないソレイユが、絶望しきったような声でそう呟く。ソレイユは今にも泣き出しそうな顔を浮かべていた。

「ソレイユ・・・・・・きっと大丈夫だよ。影人くんも分かってくれる。だから、今はもう少しだけ我慢してくれ。絶対に大丈夫だから」

 ラルバはソレイユにそう声を掛ける事しか出来なかった。ラルバもどうしてこんな状況になってしまったのか正直分からないが、もう戦わないという選択肢はないのだ。

「帰城影人・・・・あなたはいったい零無に何を・・・・」

 シトュウは終わりの闇纏う影人を見つめそう言葉を漏らす。この前に会った時と今の影人はまるで別人だ。豹変していると評してもいい。

 だが、今の影人の冷たさをシトュウは知っていた。以前に自分を殺すと脅した時。今の影人はあの時の影人と非常に酷似していた。

 あの時の影人は、自分以外の者の事を想ってシトュウに脅しをかけて来た。方法自体は決して褒められたものではないが、その根底にあったのは優しさだ。ゆえに、シトュウは今回も影人の行動の根底には優しさがあるのではないかと考えていた。

「お前たち全員に言う。気をつけろよ、今の影人は我と同じ一撃必死の力を持っている。あの闇に触れた瞬間、命はないぞ」

 レイゼロールも自身の『終焉』の力を解放し、ここにいる者たちにそう告げた。レイゼロールの全身から闇が立ち昇り、アイスブルーの瞳が漆黒へと変わる。

「帰城くん・・・・・・私たちが絶対に目を覚まさせてあげるから・・・・・・!」

「あなたに今まで数えきれないくらいにもらった恩・・・・・・その内の1つをここで返すわ・・・・・・!」

 陽華と明夜が決意を込めた声でそう呟く。そして、2人がそう呟いた次の瞬間、

「死ね」

 影人から噴き出ていた『終焉』の闇が、全員に向かって放たれた。それが開戦の始まりとなった。

 1人対35人。様々な意味で絶望的な戦いが始まった。












「ふっ・・・・・・!」

 影人が放った『終焉』の闇。それに対抗してレイゼロールも自身の体から噴き出させた『終焉』の闇をぶつけた。互いに終わりへと導く力を持った『終焉』の闇と『終焉』の闇は、一瞬ぶつかり合うと、次の瞬間には互いに消滅し、虚空に散った。

「我が先行する。遠距離攻撃が出来る者は遠距離から、近距離攻撃しか出来ない者は、我が合図するまでは観察に徹しろ!」

 レイゼロールは少し大きな声で皆にそう告げると、全身に『終焉』の闇を纏わせ影人に向かって駆けた。

「そうだよな。お前が、いやお前だけが突っ込んでこれるよな。『終焉』に対抗出来るのは、基本的には『終焉』だけだから」

 自身に向かって来るレイゼロールに、影人はそう言葉を漏らした。そう。『終焉』の力を持つ影人にとって基本的に数の力は意味を為さないし、どのような強者であれ、必死の力には抗う事は出来ない。ゆえに基本的に『終焉』の力は、戦いにおいては無敵に等しい力と言える。

 だが、何事にも例外はある。その1つが同じ『終焉』の力だ。『終焉』には『終焉』を。レイゼロールとの最終決戦の時、影人も同じ事をした。

(この戦いのキーはレイゼロールだ。レイゼロールをいち早く無効化・・・・・・殺す事が出来れば、後はドミノ倒し。その次はシェルディアだが・・・・・・いくら強者でもあいつは俺には触れられない。なら、殺す事は他よりちょっと手こずるくらいだ)

 逆に言えば、レイゼロールを殺さなければ影人は負ける。そして、同じ『終焉』の力を纏うレイゼロールを『終焉』の力で殺す事は極めて難しい。どうすればレイゼロールを殺す事が出来るのか、影人は氷のように冷め切った思考を巡らせた。

「シッ・・・・・・!」

 接近して来たレイゼロールが右足での蹴りを放って来る。影人はその蹴りを左腕の前腕で受け止めた。

「っ・・・・・・」

 レイゼロールの蹴りは重かった。影人はつい顔を顰めた。だが、何の強化もされていないただの蹴りだったので、なんとか受け止める事が出来た。しかし、問題はここからだ。

「ふん。貧弱なお前でもただの蹴りなら受け止められるか。だが・・・・・・次はこうはいかんぞ」

 影人が懸念した通り、レイゼロールは足を引きそう言うと、自身の肉体を闇で強化した。すなわち、身体能力の『強化』と『加速』の力の2つだ。『硬化』と眼の強化は使わなかった。レイゼロールはこの後に零無と戦う気でいる。ならば、無駄な力はあまり使えない。

 そして、そうでなくても、

「・・・・・・今のお前にはこれでも充分過ぎる」

 レイゼロールがそう呟く。次の瞬間、レイゼロールの姿が消えた。いや、消えたと錯覚するほどの速度でレイゼロールが動いたのだ。影人が知覚出来ないスピードで。

「ふん」

「ぐっ!?」

 更に次の瞬間、影人の背中に打撃が与えられた。骨が折れるような激痛ではないが、木製のバットで中々の強さで打たれたような痛みを影人は感じた。

「今のお前にはスプリガンとしての力はない。肉体はただの人間と変わらない。『終焉』が我に通じない以上、お前は生身で我に挑んでいるのと同じ。ゆえに・・・・・・お前は絶対に我には勝てない」

「がっ!?」

 次に衝撃と痛みが襲ったのは腹部。レイゼロールが右拳で影人の腹部を穿ったのだ。

「ふっ・・・・・・!」

「っ〜!?」

 レイゼロールは影人を殺さない程度に影人の全身を殴打した。影人は声にならぬ悲鳴を上げ、ただレイゼロールに殴られる。

(クソッ、痛え・・・・・・意識が飛びそうだ・・・・・・だけど、絶対に倒れねえ・・・・・・倒れる、もんかよ・・・・!)

 影人は意識だけは手放さないように、倒れないように踏ん張った。倒れた瞬間、意識を失った瞬間に影人は終わりだ。

(許せよ、影人。傷は後で治してやるから・・・・・・)

 一方、影人を殴っていたレイゼロールは内心でそう呟いた。正直に言えば、自分にとって大切な人間である影人を殴っているという事実は、レイゼロールからしてみれば耐え難い事だ。だが、今はこうするしかない。レイゼロールは心を殺して影人を殴っていた。

「遠距離攻撃組、やれ」

 レイゼロールが1度影人から距離を取りそう言った。

「死なない程度にお仕置きよ!」

「1の炎。火傷くらいはしてもらうわよ。いつかの恨み!」

「氷の蔓よ!」

 レイゼロールの言葉を合図とするように、遠距離攻撃の手段を有する者たちが攻撃を開始した。真夏は呪符を放ち、キベリアは炎の魔法を、明夜は氷の蔓を影人へと放った。それ以外の遠距離攻撃者たちも銃弾や弓矢などで影人へ攻撃を行なった。

「っ・・・・・・舐めるな・・・・・・!」

 自分に向かって来るその攻撃に、朦朧としながらも、影人は『終焉』の闇を使ってそれらの攻撃を全て無効化した。レイゼロール以外ならば、この力は最強の剣にも盾にもなる。

「ふん、まだ抗うだけの気力はあるか。ならば・・・・・・」

 レイゼロールが再び影人に接近してきた。すると、今度は影人の左頬に痛みが奔った。

「ぶっ・・・・・・!?」

「気力が尽きるまで削ってやる。安心しろ、殺しはしない」

 レイゼロールが再び殴打の嵐を浴びせる。影人は意識を何とか手放さないようにまた必死に堪えた。

(っ、耐えろ・・・・・・耐えろ帰城影人・・・・・・レイゼロールを殺す方法は何とか思い付いた・・・・・・実行するのは次のタイミング・・・・・・だから、ここを耐えさえすれば・・・・・・)

 影人が思いついたその方法は正直に言えば汚い、下衆な方法だ。だが、それでもやるしかない。別の事なのだから。

「・・・・・・」

「まだ倒れないか・・・・・・」

 ふらふらとしながらも、未だに地に倒れない影人。そんな影人を見たレイゼロールは、また少し距離を取るとポツリとそう呟いた。

「影人・・・・・・」

 ふらふらの影人を見つめる事しか出来ないシェルディアが、今にも泣いてしまいそうな顔を浮かべる。シェルディア以外にも、影人と関わりがある者たち、例えばファレルナやソニアや陽華や明夜、光司などは同じような表情を浮かべていた。だが、今は見守るしかない。見守る者たちは必死に動こうとする体を無理やり押さえつけていた。

「・・・・・・これで最後だ。今、楽にしてやる」

(ここだ・・・・・・)

 レイゼロールが最後の攻撃を影人に仕掛けようとそう言った。その言葉を聞いた影人は、『終焉』の闇を一際強く噴き出させると、自身の周囲にドーム状に『終焉』の闇を展開させた。その結果、影人の姿は『終焉』の闇の中に消えた。

「「「「「っ?」」」」」

 影人が展開した『終焉』のドーム。それを見た者たちがその顔色を疑問に染める。

「ふん、そんなもので」

 だが、レイゼロールだけは全く気にしていない様子でそう呟いた。確かに普通ならば、誰もあの触れた瞬間に死ぬ、死のドームには触れられない。いかなる攻撃も通さないドーム状に展開した『終焉』の闇は、絶対無敵の防御手段。だが、レイゼロールには関係がない。レイゼロールは影人の行動を、最後の悪あがきと見た。

「シッ!」

 レイゼロールが一瞬にしてドームを貫通する。『終焉』を纏うレイゼロールにこの闇は意味を持たない。

「これで終わりだ、影人・・・・・・!」

 レイゼロールがドーム中心にいる影人に向かって、右拳を繰り出そうとした。影人はこの攻撃に反応出来ない。終わった。レイゼロールがそう思った瞬間、

「・・・・・・」

 影人は唐突に後ろに倒れ始めた。同時に、影人の体から噴き出していた『終焉』の闇が収まり、影人の姿も元に戻る。展開されていた『終焉』の闇のドームも霧散し始めた。

「っ!?」

 その光景を見たレイゼロールは一瞬驚いた顔を浮かべたが、すぐに得心した。影人は気を失ったのだ。とっくに影人は限界だったのだ。当然だ。普通の人間ならば、最初のレイゼロールの攻撃だけでも倒れていてもおかしくはなかったのだから。

「影人!」

 後ろ向きに地面に倒れようとしている影人を助けるべく、レイゼロールは影人を抱き止めようと動いた。その際、『終焉』の力は解除する。普通の状態に戻った影人に『終焉』状態のレイゼロールが触れれば死んでしまうからだ。

 『加速』したレイゼロールが危なげなく影人を抱き止める。ホッとレイゼロールが安堵したその瞬間、


「・・・・・・悪いな、レイゼロール。俺の勝ちだ・・・・・・お前ならそうしてくれると思っていた・・・・・・」


 気を失っているはずの影人がそう呟いた。

「え・・・・・・」

 レイゼロールが呆気に取られたようにそう声を漏らした時には、既に遅かった。影人は再び『終焉』の力を解放した。影人の姿が変わり、『終焉』の闇が影人の体から噴き出す。影人の体に触れていたレイゼロールはその闇に触れてしまい、

「あ・・・・・・」

 そう声を漏らすと、眠るように気を失い、いや。死んだレイゼロールが今度は逆に地面に倒れようとする。そんなレイゼロールを、今度は影人が抱き止めた。

(・・・・よし、ちゃんと。ぶっつけ本番だったが、レゼルニウスの知識のおかげだな。・・・・・・悪い、レイゼロール。お前の心理を利用した卑怯な手を使って。だけど、今の俺にはこうする事しか出来なかった・・・・・・)

 レイゼロールを抱き止めた影人は内心でそう呟いた。影人は気絶するふりをして、レイゼロールを罠に掛けたのだ。そして、通常形態に戻ったレイゼロールに『終焉』の闇を浴びせた。それならば、レイゼロールにも『終焉』の闇は効果を発揮する。

 ただ、これはレイゼロールが影人を助けるという心理を前提にした罠だ。心を利用した罠。ゆえに、下劣で最低な方法だ。影人はその事をよく理解していた。影人はレイゼロールをそっと地面に横たわらせた。

「影人あなた・・・・・・」

「何を・・・・・・何をしたんですか・・・・・・」

 その光景を見ていたシェルディアがソレイユが、信じられないといった顔を浮かべる。他の者たちも多くは絶句していた。

「何を? 見ての通りだ。レイゼロールを殺したんだよ。さて、これで形勢は逆転だ」

 影人は淡々とした様子でそう言うと、その漆黒に染まった瞳で残りの者たちを見つめた。

「次はお前らだ。なに、すぐに全員レイゼロールと同じ所へ送ってやるよ」

 そして次の瞬間、影人の全身から凄まじい『終焉』の闇が噴き出した。その闇が、残りの34人を襲った。














「・・・・・・ようやくか」

 影人に語りかけてから数十分後。周囲が開けた土地の真ん中にいた零無は、そう呟くとその目を見開いた。零無の透明の瞳が、この場に現れた人物、影人の姿を捉えた。

「やあ、影人。随分と遅かったね。少し待ちくたびれてしまったよ」

「・・・・・・そうかよ。本当なら、一生待たせてやりたいところだが、お前を殺すためだ。だから、来てやったぜ」

 零無にそう言われた影人(姿はいつも通りのものに戻っていた)は、冷め切った声でそう返答した。影人の答えを聞いた零無は、「やはりそう来るか」と頷いた。

「うん。まあ予想通りだよ。お前は1人で来る方を選ぶと思っていたからね。他の者たちには何も言っていないのだろう?」

「言ってないが、勘付かれてな。さっきまで、俺と一緒にここに来るって言ってた奴らと戦ってたところだ」

「ほう・・・・・・それは予想外だ。それで、そいつらはどうしたんだい。ここにいないという事は、説得でもしたかい?」

 零無が意外そうな顔で影人にそう聞いて来た。その問いかけに、影人は何でもないようにこう言った。


「いいや。言っても聞くような奴らじゃなかったからな。だから・・・・・・。35人全員な」

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