第304話 戦いへの備え、歌姫と影
「――では、いつか仕掛けてくる零無についての対策について話し合いましょうか」
4月18日木曜日、昼過ぎ。喫茶店「しえら」の裏庭にあるテーブル席の一角に腰掛けていたシトュウは、席に座る面々――ソレイユ、ラルバ、レイゼロール、シェルディアを見渡しながら、そう言った。
「はい、シトュウ様」
シトュウの言葉にソレイユが頷く。当然、ソレイユの隣のラルバも。ソレイユとラルバからすれば、シトュウは雲の上の存在。そのため、2人の顔にはどこかまだ緊張があった。
「ふん、さっさと始めろ」
「コラ、レール! 不敬でしょう!」
そんな2人とは対照的に、レイゼロールは急かすようにシトュウにそう言った。レイゼロールの言葉を聞いたソレイユは、諌めるようにそんな言葉を放つ。
「構いません。言葉遣いなど、別に気になりませんから。それよりも、帰城影人の姿が見えませんが。彼はいったいどうしたのです?」
「影人なら今頃学校よ。だから、今日はいないわ。別に、影人を抜きにしても話は進められるでしょう」
シトュウの疑問に、紅茶を飲んでいたシェルディアが答えた。一見すると、シェルディアの様子は普段と変わらない。だがしかし、その声音にはどこか素っ気なさのようなものが感じられた。その素っ気なさが、何を表しているのか。それは、影人を大切に思っている者ならば、きっと理解できるものだった。
「そうだ。今の影人はあくまで囮。今のあいつはスプリガンではない。力がないただの人間だ。対策云々には、どちらにせよ関われない」
シェルディアの言葉のニュアンスを理解したレイゼロールが、続くようにそう言った。そうだ。影人はこの話に関わらない。いや、関わらせない。今までずっと1人で戦って来た影人を、これ以上戦わせるわけにはいかない。シェルディアとレイゼロールは、心の奥底でそう考えていた。
「シェルディア、レール・・・・・・」
2人の真意に気づいたソレイユが、複雑な顔を浮かべる。そして、ソレイユは改まったように真剣な顔になると、シトュウにこう言った。
「シトュウ様。2人の言う通りです。影人の存在はこの対策会議になくても問題はありません。ですから、話し合いを続けましょう」
「・・・・・・分かりました。あなた達がそう言うのならば、そうしましょう」
シトュウはその言葉を受け頷いた。確かに、影人の存在の有無にかかわらず、話し合いを進める事は可能だからだ。
ちなみに、この会議が行われる事が決まったのはつい先ほどの事だった。真界の神という事で、時間やスケジュールの観念が希薄なシトュウが、力を使ってここにいる者たちと、影人の精神に呼びかけたのだ。基本的に時間に縛られない、ソレイユ、ラルバ、レイゼロール、シェルディアの4人はその精神的な呼びかけ(一方的な念話のようなもの)に応じ、ここに集った。そのため、シトュウはこの場に影人がいない事に疑問を抱いていたのだ。
そして、その肝心の影人はというと、シトュウの呼びかけには当然気づいていたのだが、先程シェルディアが言ったように、学校であったため、その呼びかけを無視せざるを得なかった。色々サボっていた事も原因で留年してしまったので、影人はサボタージュする事にハードルを感じていた。
「おい『空』。早速だが、貴様に要望がある。神界のジジイ・・・・・・長老に、我が結んだ制約の一部を緩和させろ。お前は奴よりも位階が上なのだろう。なら、お前の許しがあれば、奴も渋々納得するはずだ」
「長老・・・・・・神界の最古神であり、最高位の神であるガザルネメラズの事ですか。彼とあなたが結んだ制約の一部の緩和とは、具体的にどういう事ですか?」
レイゼロールが要求してきた事に対し、シトュウがそう聞き返す。今のシトュウに全知の力はない。ゆえに、知らない事は聞くしかないのだ。
「それは・・・・・・」
レイゼロールはシトュウに、制約の内容、その一部を教えた。レイゼロールは長い間地上で好き勝手に行動し、挙句の果てにはこの世界を滅亡させるまで後一歩というところまで陥れた。ゆえに、和解が成立したとき、レイゼロールはガザルネメラズと様々な制約を結ばされたのだ。
「・・・・・・なるほど。確かに、それを緩和すれば戦力の補強にはなりますね。戦力は1人でも多いに越した事はありませんから」
「そういう事だ。奴らの多くはまた世界中に散っているが、招集を掛ける。だから、お前はあの年寄りに我との制約を緩和させるように命令しろ」
「分かりました。そういう事でしたら、私からガザルネメラズに言っておきます」
レイゼロールの願いをシトュウは了承した。だが、シトュウは疑問があるといった感じで軽く首を傾げた。
「ですが、その者たちは戦ってくれるのですか? 相手は全盛期の半分とはいえ、力を取り戻した零無です。はっきり言って、死の可能性は高いですよ」
「ふふっ、それなら多分心配しなくて大丈夫よ。何だかんだ、あの子たちは義理は返すと思うから」
シトュウの問いに答えたのは、シェルディアだった。シェルディアは笑みを浮かべながら、その者たちの顔を思い浮かべた。
「ふむ・・・・・・そうですか」
「あの、シトュウ様。私からもよろしいでしょうか?」
頷いたシトュウに今度はソレイユが声を掛けた。ソレイユにそう言われたシトュウは、「どうぞ、女神ソレイユ」と言って許可を与えた。
「私もレールと似たような内容なのですが・・・・・・」
ソレイユはそう前置きして、自分が今考えている事を述べた。シトュウは黙ってその話を聞いた。
「・・・・・・という事なのですが、その事に対する長老の許可を得られるように、シトュウ様からお口添えをお願い出来ないでしょうか」
「同様の事を私からもお願いします」
ソレイユがシトュウにそう頼み、ソレイユに追随するようにラルバもシトュウにそう言った。ソレイユの願いの内容と、ラルバの願いの内容は実質的には同じものだったからだ。
「もちろん、これは彼女たちの許可を取っての話です。彼女たちの内の何人が、また戦ってくれるのかは分かりません。ですが、聞いてみる価値はあると思うのです。そして、もし1人でも影人のために戦ってくれる者がいれば・・・・・・それは必ず力になります。シトュウ様には、その時のため許可をお願いしたく。先の戦いが終わった今、そして、影人に神力を譲渡していたという事もあって、私は無闇に眷属化を行える事が出来ませんので・・・・・・」
ソレイユが難しい顔を浮かべながら、そう言葉を付け加える。そう。ソレイユも人間に神力を譲渡したという禁忌を犯した身。あの最後の戦いが終わってから、その事を神界の神々に自ら告白したソレイユは、当然の事ながら罰とレイゼロール同様に、様々な制約を受けた。だが、情状酌量の余地はあるとして、それらは比較的軽いもので済んだが。
「・・・・・・ふむ。人の力が零無に対してどれほどの力になるかは分かりませんが、いいでしょう。女神ソレイユと、男神ラルバの眷属化の緩和についても、私からガザルネメラズに言っておきます」
シトュウはそう言いながらも、ソレイユとラルバの頼みに頷いた。シトュウにそう言われた2人は「「ありがとうございます」」と感謝の言葉を述べ、頭を下げた。
「ふふっ、ちょっと不謹慎だけど色々と面白くなってきたわね。光と闇が関係なく力を合わせる。今まででは考えられなかった事だわ。そして、その中心にいるのが、光と闇の間で暗躍し続けたあの子という構図も面白いわ」
「・・・・・・今こうしてこの世界が続いているのも、俺たちがこうして話せているのも、ほとんどは彼のおかげだからね。俺も、彼のおかげで本当に取り返しのつかない過ちは犯さずに済んだ」
影人の事を思い浮かべながら、シェルディアとラルバがそんな言葉を述べた。影人の孤独な暗闘の結果に、今のこの世界があるのだ。ならば今度は自分たちが力を貸す番だ。少なくとも、ラルバ自身はそう考えていた。
それから少しして、会議は終わった。零無がいつ仕掛けてくるのかは分からないが、それまでに出来る事はする。各々の思いのもと各自は解散した。
――この備えがどういった結果に繋がるのか。それが分かるのは、もう少し先の事だ。
「帰城さん、お疲れ様でした。では、また明日!」
「おう。気をつけて帰れよ」
同日午後4時過ぎ。笑顔で自分に手を振って来る海公に、影人も軽く手を振り返しそう言った。海公は影人と同じ帰宅部で、たまたま帰る方向も同じだったので、途中まで一緒に歩いていたのだ。
「さて、帰ったら嬢ちゃんに会議の結果聞かないとな」
海公と別れた影人がそう呟く。今日の昼過ぎ、突然シトュウから零無に関する対策会議を開くから、前回の場所、喫茶店「しえら」に集合するよう一方的な念話を掛けられたのだが、影人はまだ午後の授業があり、留年してサボる事が難しくなったため、その会議には行けなかったのだ。そのため、会議に出席したであろう隣人であるシェルディアから、色々聞こうと影人は考えていた。
(結局、霧園はやっぱり善人だったし、ハブられなかったんだよな。俺的にはハブられた方が色々と都合が良かったが。まあ、中々上手くはいかねえか)
帰り道をのんびりと歩きながら、影人は今日の事を思い出した。影人が零無の事で色々と不機嫌になりながら今日登校すると、魅恋が影人に昨日は悪かったと謝罪してきたのだ。良かれと思って、少し強引に誘い過ぎたと。影人は魅恋の意図は理解していたし、全く気にもしていなかったので、その謝罪を受け入れた。そこで嫌味を言ってしまえば、それはただのクズになってしまうからだ。そういうクズは影人の目指すところではなかった。
まあ、ハブられた方が良かったと思っている時点で、この前髪は別の意味でクズなのだが。だが、その事は色々変に捻くれまくっている前髪は気にしていなかった。
「何だかんだ、ウチの高校は不快な奴とかはいねえんだよな・・・・・・」
イジメをするような人物も、周囲に暴力を振るような不良も、影人が知る限り風洛高校には存在しない。まあ、その代わり変人は多い気はするが(当然の事ながら、前髪野郎は自分の事は勘定には入れていない。どう考えても、ぶっちぎりで自分が変人筆頭であるはずなのに)。今のご時世、そんな高校は逆に珍しいかもしれないし、いい高校なのかもしれない。影人はぼんやりとそんな事を思った。
「センチュリー◯ラー、ミリオ◯カラー」
影人がそんな歌詞を呟きながら歩いていると、突然後方からこんな声が聞こえて来た。
「――
「ん・・・・・・?」
特徴的なその呼び名。それは、とある人物しか呼ばない影人の愛称だ。影人が反射的に振り返ると、そこには帽子と眼鏡を着けた1人の少女の姿があった。特徴的なオレンジ色に近い金髪を風に揺らし、春らしい衣装に身を包んだその少女は、影人の顔を確認するや否や、影人に向かって駆けてきた。
そして、少女は影人に抱き着き――
「よっと」
「え!?」
――は出来なかった。なぜならば、影人が間一髪で少女の抱擁を躱したからだ。まさか避けられると思っていなかった少女は、そんな声を漏らし空を掴んだ。そして、勢いがあったために、転けてしまった。だが、幸い怪我はしていなかった。
「な、な・・・・・・何で避けるの!? 普通絶対避けない場面だよねここ!? 頭どうかしてるの!?」
「してねえよ。ただ、昨日の朝似たような感じで抱きつかれちまったから、2回もそうなるのはなんか癪だなって思っただけだ。俺に2度同じ事は通用しないんだよ」
立ち上がった少女が意味が分からないといった感じでそう叫ぶ。その叫びに対し、前髪野郎は全く以て理解できない理由を述べた。どう考えても頭がどうかしている奴のセリフである。
「いや意味が分からないよ!? 本当どうかと思う! いや、本当に!」
「ぎゃあぎゃあうるせえよ。もうちょっと落ち着けよ。なあ・・・・・・金髪」
影人が憤慨しているその少女――変装しているソニア・テレフレアのあだ名を呟く。影人にそう言われたソニアは、更に興奮したようにこう言葉を放った。
「落ち着けるわけないよ! 何日か前に急に君の事思い出して! 何で忘れてたかも分からなかったし、君にメールしても一向に返事なかったし! でも家分からなかったから直接行けもしなかったし! それで数日掛けて君の住んでる場所何とか調べ上げて、この道は絶対通るって事分かったからずっと待って、ようやく会えたのに! それでこれだよ!? 後、この場面で金髪呼びは流石にない!」
ソニアの魂の叫び。それを聞いた影人は、少し呆れた顔を浮かべた。
「おい、何サラッと怖い事言ってんだよお前・・・・・・はあー、悪かったって。俺も色々あったんだよ。というか、俺お前にもメール送ってなかったっけか?」
影人が一応謝罪の言葉を述べる。てっきり、影人は暁理と同じタイミングでソニアにもメールを送ったと思っていたのだが、ソニアの様子からするに影人の思い違いだったかもしれない。
「来てないよ! あと色々ってなに!? ちゃんと話してくれなきゃ納得しないから! 嘘なんかついたら、今度こそ本当に許さないからね!」
「わ、悪かったって。分かった。分かったからそう吠えるな。さっきから耳がキンキンしてんだよ・・・・・・」
伊達メガネの下の目で影人を睨みつけて来るソニアに、影人は耳を押さえた。至近距離から怒鳴られている、且つ女性の高い声もあって、耳が中々過酷な状態だ。
「・・・・・・ん。なら、信じるからね」
「ああ、信じろよ。お前は俺がスプリガンだった事を知ってる奴だ。そういう奴には、本当の理由を教えるよ」
ようやく落ち着いたのか、普段に近い声のトーンになったソニア。そんなソニアに、影人はそう言葉を返した。
「さて、ならどこで話すか。ちょっとだけ話長くなるからな。ああ、そうだ。金髪、そこらの適当な公園で――」
影人がそう言葉を紡ごうとすると、突然ソニアが一転、ニコニコとした顔を浮かべながらこんな言葉を割り込ませてきた。
「公園よりも近い所あるよね? ここから徒歩10分くらいのマンションが」
「・・・・・・・・・・・・え?」
ソニアの言葉を聞いた影人は、ポカンと驚いたような顔になった。それはそうだ。なぜなら、ソニアが言っているその場所は――
「ま、まさかお前・・・・・・俺の家に来る気か・・・・?」
影人が呆然としたようにそう言葉を述べる。影人の言葉を聞いたソニアは、変わらずにただニコニコと笑っているだけだった。
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