第300話 新たな生活(1)

「ふふっ、いい月だ。あの日に見上げた月を思い出すな。吾が零無となったあの日の月を」

 とある日の夜、地上世界のどこか。数日前に復活した零無は、無人の静かな海辺に座り夜空を見上げていた。叢雲1つない夜空のおかげで、月はその輝きを充分に発揮している。降り注ぐ月光を、どこか愛おしそうに浴びながら、零無は影人との記憶に浸っていた。

「ふふっ、今度は影人と一緒にこの月を見上げたいものだな。ロマンチックな雰囲気、そして月を見上げる男女。そして、2人は互いに惹かれ合い・・・・・・うん、いいな」

 そんなシチュエーションを妄想した零無が、ニヤニヤとした顔を浮かべる。その様子は恋する乙女にしか見えない。

「だがしかし、愛し合う2人の間に障害は付き物でもある。目下の所は、どうやって影人を奪い取るかだな。影人の周りにはシトュウやらレイゼロールやら、吸血鬼たちがいる事だし・・・・・・はてさて、どうするかね」

 シトュウ単体と今の零無は、ちょうど力が拮抗している状態だ。つまり、シトュウと零無が戦っても永遠に決着がつかない、という事だ。その状態で、レイゼロールやシェルディアなどといった者たちが、シトュウに加勢すれば、零無はかなりの確率で負けてしまうだろう。それが、現在の問題だ。

「出来ればシトュウを封じたい所だな。シトュウさえいなくなれば、後は有象無象。しかし、どうやってシトュウを戦いに介入させないようにするべきか・・・・・・」

 零無はどうすればシトュウを排除(ここでいう排除は、殺すという意味ではない)出来るかを考えた。だが、現在の自分と同等の存在を排除する方法は、いかな零無といえども、そう簡単には思い付かなかった。

「はあー、悩み考えるという行為は面倒だな。まあ、時間はまだまだあるし、焦らずに考えるか。それまでは・・・・・・影人と行くハネムーンの場所を色々探しに行くか」

 零無はそう呟くと、愛しい影人の姿を思い浮かべた。そして、笑みを浮かべこう呟いた。

「もう少しだけ待っていておくれ、影人。必ず吾が迎えに行くから」














「・・・・・・さて、行くか」

 4月17日水曜日、午前8時過ぎ。風洛高校の制服に身を包んだ影人は、自宅の玄関でどこか覚悟を決めるようにそう呟いた。今日から影人はまた2年生として学校に通わなければならないのだ。

「何をそんな重たい感じになってるのよ。留年しちゃったもんは仕方ないんだし、いっそ気楽に行ってきなさい。逆にラッキーじゃない。高校生活がもう後2年送れるんだから」

 そんな影人に、日奈美がそう言った。日奈美は出勤前なので、スーツに着替えていた。

「いや、そこまでポジティブには流石になれないって・・・・・・でも、そうだよな。留年した事実はもう変えられないし・・・・・・うん、まあ適当に行ってくるよ」

 日奈美にそう言われた影人は、やがて小さく笑うとそう言葉を返した。結局、あれから臨時の職員会議が開かれ、影人の留年は正式に決まった。紫織は色々頑張ってくれたようだが、現実はやはりそう甘くはなかったという事だ。

 しかし、多少の温情はあった。それは、影人の移動クラス先が、変わらず2年7組で、担任が紫織という事だった。実は紫織は、また同じクラスの担任になっていたのだ。影人の事を知っている紫織のクラス。それが、多少の温情であった。

「行ってらっしゃい。本当、あんまり留年なんて気にしちゃダメよ。人生なんて長いし、何が起きるか分からないんだから。留年くらい大した事ないわ」

「ははっ、やっぱ母さんは大したもんだよ・・・・・・じゃ、バイバイ」

 力強い母親の言葉を胸に刻みながら、影人は家を出た。本日も快晴。春の陽気が朝の空気に混じっている。影人は気持ちの良い空気を感じながらマンションを出た。

「・・・・・・」

 それから、しばらく風洛高校に向かう生徒たちに紛れて影人は歩いていた。こうしていれば、誰も自分が留年生などとは気づかないだろうな、と漠然とそんな事を考えていると、


「――影人ッ!」


 後方から影人の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声の主は急いで影人の元まで駆けてくると、影人の隣に立ち止まった。

「よう、久しぶりだな・・・・・・暁理」

 影人は自分の隣に現れたその人物――影人の数少ない友人である、早川暁理にそう言った。

「はあ、はあ・・・・・・久しぶりじゃないよ! 君、本当、本当に何があったんだよ!?」

 息を整えた暁理は、影人にそう言った。暁理の顔色には久しぶりに影人にあった嬉しさと、多少の怒り、そして多大なる疑問の色があった。

「メールで言っただろ。宇宙人に攫われてたんだよ。あと、そのせいでついでに留年した」

「いや、それが意味分からないから聞いてるんだけど!? というか、後半部分は今初めて聞いたぞおい!?」

 影人はいつも通りの感じで暁理にそう言ったが、暁理は悲鳴に近い叫び声を上げた。

「まあ、流石に恥ずかしかったからな。ギリギリまで言わなかった。というか、朝っぱらからそんなに大声上げるなよ。みんな見てるぞ」

 影人は一種のパニック状態に陥っている暁理に、冷静にそう指摘した。影人の言葉通り、周囲にいた風洛高校へ向かう生徒たちは何事だ、といった感じで暁理の方を見つめていた。

「っ・・・・・・そ、それはそうだけど・・・・・・」

 影人に指摘された暁理はハッとした顔になり、バツが悪そうな顔を浮かべた。だが、やはりまだまだ影人には言いたい事があるのだろう。暁理は真面目な顔を浮かべると、こう言葉を続けてきた。

「でも、僕にとってはそんな冷静でいられる事じゃないんだよ・・・・・・! 君の事をなぜか忘れていて、君を思い出したあの時から、僕は、僕は・・・・・・!」

 そして、暁理はたまらずにその目に涙を浮かべると、バッと影人に抱きついてきた。

「良かった・・・・・・! また君に会えて、本当に良かった・・・・・・!」

「お、おい暁理・・・・・・!?」

 暁理に抱きつかれた影人は、焦ったような顔を浮かべた。暁理はギュッと影人を強く抱きしめたまま、影人の暖かさを感じていた。

「・・・・・・はあー。おい、暁理。悪友としてのお前の気持ちは嬉しいが、そろそろ離れろ。暑苦しいから」

 やがて、暁理に抱きつかれている状況が面倒くさくなった影人は、暁理の首根っこを掴むとそこを引っ張って自分から無理やりに引き剥がした。流石前髪留年野郎である。やる事が人ではない。影人に無理やり引き剥がされた暁理は、「ぐえッ!」と軽い呻き声を上げた。

「な、なな何するんだよこのバカ前髪! 普通今の状況で首根っこ掴んで引き離すかい!? 君には情緒はないのか!?」

「うるせえ。往来でいきなり抱きつかれる俺の身にもなってみろ。というか、マジで遅刻するぞ。留年して登校初日から遅刻とかシャレにならんから、さっさと歩かなきゃならないんだよ」

 信じられないといった顔でそう言って来た暁理に、影人はそう言葉を返した。そして、そそくさと再び学校に向けて歩き始める。

「おい人外! 僕を置いて行くな!」

「誰が人外だおい。ナチュラルに人の領域から俺を外してるんじゃねえよ」

 怒った様子で影人の隣を歩き始めた暁理。暁理の怒りはもっともなのだが、暁理が今呼んだようにこの前髪は一種の人外である。人外は心外だと言わんばかりにそう言葉を述べた。

「ねえ影人。君、本当の本当に宇宙人に攫われてたの? 正直、僕未だに全く信じられないんだけど」

「ああ、マジだ。嘘にしか聞こえない気持ちは分かるがな。俺もこういった場面で嘘はつけねえよ」

 ジトーとした目を向けてくる暁理に、影人は努めて冷静に嘘をついた。この嘘を言うのも、もはや慣れたものだ。

「そう・・・・・・だよね。流石の君もこういった場面では嘘をつかない・・・・・・うん、分かった。なら、僕は君の言葉を信じるよ。例えそれが、どれだけ荒唐無稽な話でも」

「・・・・・・そうか。ありがとよ」

 最終的に暁理も影人の嘘を信じてくれた。自分を信じる目を向けてくる暁理に、流石の前髪も多少罪悪感を覚えたが、本当の事など暁理に言えるはずがない。影人は表情を変えずにそう言った。

「ね、ねえ影人。今日はせっかく久しぶりに会ったんだし、お昼ご飯でも一緒に――」

 暁理が少し頬を赤らめて影人にそう言おうとした時だった。突然、暁理の言葉を遮るように、後方からこんな声が聞こえて来た。


「帰城くん!」


 その声の主は、彼にしては珍しく、焦ったような、嬉しそうな、感動したような顔を浮かべながら影人たちの方に全力疾走してきた。

「っ、君は・・・・・・」

「何もそんなに全力疾走して来なくてもいいだろ・・・・・・香乃宮」

 暁理と影人がそれぞれそんな言葉を漏らす。影人に名前を呼ばれたその男、風洛高校が誇るスーパーイケメンにして元守護者の香乃宮光司は、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべこう言った。

「ご、ごめん。帰城くんの姿を見たら、気がついたら・・・・・・」

「気がついたらって・・・・・・犬かよお前は」

 光司の言葉を聞いた影人が思わず呆れた顔になる。全く、本当にこの男の事は未だによく分からない。

「それよりも・・・・・・本当に大変だったね、帰城くん。大体の事情は朝宮さんと月下さんから聞いてるよ。その、本当に・・・・・・」

「・・・・・・」

 光司が気まずそうな、悲しそうな顔を浮かべる。光司の言葉を聞いた影人はただ黙っていただけだったが、同じく光司の言葉を聞いていた暁理は、「え!?」と驚いたような声を上げる。

「香乃宮くんも影人が宇宙人に攫われてたって事聞いたの!? しかも、朝宮さんと月下さんから・・・・・・? ど、どういう事だよ影人! 君、あの2人とは全く接点なかったはずだろ!?」

「宇宙人に攫われていた・・・・・・?」

「あー・・・・・・」

 暁理が影人にそう聞いて来た。暁理の言葉を聞いた光司は不思議そうな顔を浮かべ、影人は面倒くさそうに声を漏らした。

「土曜日に学校に来た時にたまたま会ってな。その時に話した。朝宮と月下とは、文化祭期間の時にたまたま話す機会があっただけだ。香乃宮を介してな」

 影人は暁理に適当な説明をしながら、チラリと前髪の下の目を光司に向けた。

 先ほど光司の漏らした言葉と、陽華と明夜から話を聞いたという言葉。それらから、光司は影人が消えていた真実の一端(陽華と明夜にも一部の事はまだ伏せている)を知っていると理解した影人は、宇宙人云々が表向きの説明だという事を光司に伝えたかった。

 影人の視線の意味は(まあ前髪のせいでその視線は見えないのだが)、光司にその事を伝えたいというものだった。伝わるはずはないが、奇跡的にこれで事情を理解してくれないかなという、影人の淡すぎる期待だ。

「っ・・・・・・うん、実はそうなんだ。僕も帰城くんが宇宙人に攫われてたって聞いて心配してて」

「っ!?」

 だが、なぜか光司は見えないはずの影人の視線に気がつき、剰え影人の意図を察した。影人は逆に、一瞬驚いた顔を浮かべてしまった。香乃宮光司、恐るべしである。

「ふーん・・・・・・まあいいや。それよりも影人、さっきの事だけど――」

「あ、そうだ。帰城くん、今日は一緒にお昼ご飯をどうかな? なにせ、君が風洛高校に帰ってきた記念すべき日だ。よければ、何かをご馳走するよ。いや、是非ともご馳走させてほしいな」

 暁理は取り敢えずは納得したような顔を浮かべ、光司の登場によって遮られてしまった言葉の続きを述べようとした。だが、またしても運が悪いというべきか、暁理の前に光司が影人にそう聞いた。

「なっ・・・・・・!?」

 まさかの光司に先を越されてしまった暁理は、その顔を驚愕に染めた。

「ああん? 別にいいよ。今日は弁当あるし」

 光司にそう言われた影人は光司の提案を蹴った。確かに、もはやわざわざ前のように演技をして光司を遠ざける必要はないが、無駄に光司と馴れ合う気は厨二病の前髪にはなかった。相変わらず、何とも哀れで罪深い生物である。

「ならデザートだけでも。学食のケーキをご馳走させてほしい。話もしたいし。どうかな?」

(っ、香乃宮こいつ・・・・・・!)

 しかし、光司は尚も食い下がってくる。光司にそう言われた影人は前髪の下の目で光司を睨んだ。光司は暗に影人に脅しを掛けたのだ。承諾しなければ暁理に色々と話してしまうかもしれないと。

(まさか、あの香乃宮が脅しを掛けてくるとはな。どうする。正直、香乃宮の事だから絶対に暁理に何も言わないっていう確信はあるが、匂わせくらいはするかもしれない。そうなったら、暁理にまた色々突っ込まれる。それは面倒だ)

 影人はどうするべきか考えた。正直、別に断る理由はないし光司の言葉を了承すればいいだけなのだが、そう言うのは少し癪だ。というかこの男、前に比べて更にグイグイ来てる気がする。光司を避けていた事が演技だとバレたからだろうか。元々、光司は影人なんかと友人になりたがっていた奇人だったので、その辺りの思考は理解出来ないが。

「・・・・・・はあー、分かったよ。仕方ないからご馳走になってやる。ただし、ここにいる暁理も一緒だ。それでいいな?」

 少しの間考えた影人は、暁理を指差しながらそう答えを返した。結局、影人が出来る事と言えばこれくらいしかなかった。

「え、ええ!? ぼ、僕も!? おい、影人! 何を勝手に言ってるんだよ!?」

「? お前さっき俺と昼飯食わないかって言おうとしてただろ? だからそう言ったんだが・・・・・・嫌だったか?」

「う・・・・・・い、いや別に嫌ってわけじゃ・・・・・・でも、出来れば2人が良かったっていうか・・・・・・」

 そう聞き返して来た影人に、暁理はゴニョゴニョと口籠った。その暁理の反応を是と受け取った影人は、光司に促しを掛ける。

「どうだ、呑むか?」

「うん。もちろんだよ。じゃあ、早川さんも一緒という事で。集合場所は学食フロアにしよう」

 光司は笑みを浮かべ頷いた。一見すると、いつもの爽やかスマイルだが、影人はほんの少し、ほんの少しだけその笑みがいつもより輝いていないように感じた。まあ、気のせいだろうが。

「ったく、本当お前は物好きだよな。俺なんかと昼飯食いたいなんてよ」

「それはもちろん君だからね。尊敬する君と共に食を囲めるというのは、僕からすれば喜びでしかないよ」

「え、誰を尊敬してるって? 香乃宮くん、これは悪口とかじゃなくて、本当に君の事を案じて言うけど、本気でそう思ってるなら病院に行った方がいいと思うよ」

「おい、それはどういう意味だ暁理てめえ」

「いや、言葉通りの意味だけど・・・・・・だって、君は反面教師にする部分はあれど、尊敬出来る部分なんてないじゃないか」

「ははっ、早川さんはまだ帰城くんの素晴らしさが分かっていないだけだよ。彼がどういう人か知れば、きっと早川さんも――」

「やめろ香乃宮。俺は貶されるのも好きじゃないが、褒められるのはもっと嫌なんだよ。はあー、何で朝っぱらからこんなに話さなきゃならねえんだ・・・・・・」

 影人、暁理、光司の3者はそんな会話を交わしながら風洛高校へ向かった。その光景は何とも平和な朝の一幕を映していた。














「はあー、留年初日から面倒くさい朝だぜ・・・・・・」

 学校に辿り着き、暁理と光司と別れた影人は、2年7組を目指しながら2階の廊下を歩いていた。光司は影人が3年生のクラスがある3階に行かなかった事を不思議そうに思っていたが、理由は昼に話すと言ってそのまま別れさせた。今言えば、絶対に長くなると思ったからだ。

「・・・・・・席は確か変わってないって言ってたな」

 2年7組の前に辿り着いた影人はガラリと教室後方のドアを開けた。教室内には影人が全く知らない生徒たち、つまり現2年生がいたが、影人は特に彼・彼女らに反応するでもなく、自分の座席を目指した。

「え、誰あの人?」

「さあ・・・・・・? ていうか、前髪長すぎだろ」

「あれじゃない? 昨日先生が言ってた、休学してて復学してきた人。それにしても、見た目ヤバいけど・・・・・・」

 だが、教室にいた生徒たちは当然このクラスで初めて見る影人に反応し、ヒソヒソと言葉を交わし合っていた。影人に奇異や好奇心が伴った視線が向けられる。だが、影人はそれらの視線を全て無視して自分の席に着いた。

「ふぅ・・・・・・」

 席に着いた影人は鞄を机に置き、一息吐いた。そして、ボケーっと窓の外の空を眺めていた。

 すると、

「あ、あの・・・・・・」

 少し高めの男の声が影人の耳を打った。

「ん?」

 隣から聞こえて来たその声に、影人がそちらに顔を向ける。すると、そこには1人の少年がいた。サラリと長い髪に中性的な顔、さらに小柄な体型は一見すると女性にしか見えないが、声から影人はその人物が少年だと分かった。後、一応男子制服を着ている事も分かった理由だ。まあ、暁理という例がいるせいで、服装で確信する事は出来なかったが。

「俺に何か?」

「あ、いや特に用とかは・・・・・・その、隣の席の春野はるの海公みくです。ええと、その・・・・・・よろしくお願いします」

 影人に自己紹介をして来たその少年、海公は、はにかむように笑いながら影人にそう言って来た。挨拶をされた影人は、自身も海公にこう答えを返した。

「・・・・・・帰城影人です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 初対面の人間には基本丁寧な言葉を使う前髪である。影人に軽く頭を下げられた海公は、「あ、ご丁寧にどうも」と自身も軽く頭を下げる。

「でも、丁寧なお言葉はいいですよ。同じクラスメイトですから」

「・・・・・・そうか。分かった。変に気を遣わせるのも悪いしそうするよ。でも、それを言うならあんたもだぜ。普通にタメ語で頼む」

 海公にそう言われた影人は口調を崩した。相手がそう望むのならそれでいいと思ったからだ。

「あ、いえ、それはその・・・・・・」

「?」

 海公が言葉を濁す。影人はなぜ海公が言葉を濁したのか分からず、不思議そうな顔になった。

「――おっはよー☆ みんな朝からアガッてるー?」

 そんな時、教室前方のドアが開けられ、1人の少女が入ってきた。長い髪は茶と金髪の間のような色に染められており、制服は着崩されている。スカートもかなり短く、快活なテンションも相まって、影人はその少女が俗に言う「ギャル」だという人種だとすぐに分かった。

「おはよー魅恋みこ。ねえ、教室の後ろの隅の人、多分昨日先生が言ってた人だよ。ほら、あそこ」

「え? うわっ、マジじゃん!」

 そのギャル――どうやら名前はミコというらしいが――その少女は友達である女子生徒にそう言われて、影人に気がついた。影人に気がついた魅恋はなぜか影人の方に向かって来ると、影人に話しかけて来た。

「こんちはー! 私、霧園きりぞの魅恋! 魅了の魅に恋の恋で魅恋ね! 君が今日から学校に復帰してきた人だよね! 名前は何て言うの? ていうか、前髪長!」

(うわー、面倒くせえ・・・・・・)

 ハイテンションで影人に語りかけて来た魅恋に、影人は内心でそう呟いた。基本的にこういう明るい人種は苦手なのだ。

「・・・・・・帰城影人です。よろしくお願いします」

「へえー影人って言うんだ! うんうん、これからよろしくね! このクラス、一緒に楽しんで行こー!」

 先ほど海公に述べたもの同じ、簡素な挨拶を影人は述べた。魅恋は影人の名前を聞くと、笑顔で、なおかつ元気にそう言ってきた。

「ええ、そうですね」

「ねえねえ、1つ聞いていい? 何で影人はそんなに前髪長いの? 伸ばしてるって事だよね? 前髪の下の顔ってどうなってるの?」

 ぼんやりとした笑みを浮かべる影人に、魅恋はそんな事を聞いて来た。影人は非常に面倒だと思いつつも、こう言葉を返した。

「すみませんが、それはあまり言いたくないんです。だから、お答えする事は出来ません」

「あ、重い系? ごめんね、軽率に聞いちゃって・・・・・・」

 影人の答えを聞いた魅恋が申し訳なさそうな顔を浮かべる。意外と聞き分けがいいな、と影人は魅恋の見た目とのギャップを感じつつも、首を横に振った。

「いえ、お気になさらず。お気持ちは分かりますし」

「本当? ありがとうー! じゃ、また何か聞きたい事とかあったら聞いてね!」

 魅恋はそう言って笑顔で手を振ると、自分の席の方に行った。すると、魅恋の周囲に人だかりが出来る。どうやら人気がある少女らしい。まあ、華やかな見た目で、魅恋自身も美少女と呼ばれるような類の人物だ。そこにあのコミニケーション能力が加われば人気にもなるか。影人は適当にそう考えた。

「おらー、席につけー。ホームルーム始めるぞー」

 それから、恒例の陽華と明夜のチキチキ遅刻レースが繰り広げられ(ちなみに、2年生たちも窓から観戦していた。後輩たちも、盛り上がっていた)、やる気のない声と共にこのクラスの担任である、榊原紫織が教室に入ってきた。教壇に立った紫織は、「だがその前にだ」と呟き、影人の方を見つめてきた。

「昨日言った奴が、今日からこのクラスに編入する事になった。帰城、自己紹介しろ」

「はい。帰城影人です。諸事情により休学していましたが、今日から復学する事になりました。至らぬ所も多々あるかもしれませんが、よろしくお願いします」

 紫織に促された影人は立ち上がり、自己紹介を行った。ちなみに、休学云々は建前だ。留年しましただと格好がつかないので、紫織にそう言えと影人は昨日言われていた。

 パチパチパチパチと拍手が起こり、影人が着席する。そして、紫織はホームルームを始めた。

 帰城影人の新たな学校生活はこうして幕を開けた。

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