第298話 ドキドキ!? レイゼロールとのデート
「――ってな感じだ。だから、俺も最初嬢ちゃんが吸血鬼だとか、お前サイドにいたとかは知らなかったんだよ。嬢ちゃんと会ったのは、本当にたまたまだったんだ」
土曜の昼下がり。レイゼロールと共に、特に行くあてもなくぶらぶらと歩きながら、影人はシェルディアが影人の家の隣に住み始めた経緯を、レイゼロールに説明していた。
「・・・・・・なんというか、お前は本当に奇妙なくらいに縁を持っているな。過去での我との出会いもそうだったが・・・・・・」
「いや、そこだけはマジでそう思うぜ。絶対、俺は呪われてる・・・・・・それで、嬢ちゃんは何か俺を気に入ったみたいで隣に住み始めたってわけだ。で、最初はそうとは知らなかったんだが、途中からキベリアも嬢ちゃんと一緒に住み始めた」
軽く同情するような顔を浮かべたレイゼロールに、影人は大きく頷いた。そして、そう補足した。
「そう言えば、お前はシェルディアと戦ったと言っていたが、あれは本当か? 今思えば、我の元に潜入するための嘘にしか思えんのだが・・・・」
「ああ、それはマジだぜ。あの時は俺がスプリガンとして嬢ちゃんに誘い出されてさ。そこで、初めて嬢ちゃんの正体を知ったんだ。それで、俺が勝手にブチギレて戦いになった。いやー、嬢ちゃんには悪い事した。あと、あの戦いは本当に地獄だったぜ・・・・・・」
「勝手にブチギレれた・・・・・・? それは、またなぜだ?」
「あー・・・・・・俺には零無との事があったからな。純粋な人外って事実とか、また騙されてたとか、そんな事でな。まあでも、今は嬢ちゃんと仲直りしたし何にも思ってねえよ」
「っ、そう・・・・か・・・・・・すまん」
その答えを聞いたレイゼロールが少し気まずそうに謝罪の言葉を述べた。昨日影人と零無の因縁を聞いたレイゼロールは、影人が零無の事にあまり触れたくない、という事を知っていたからだ。
「いや、大丈夫だ。お前がそういう意味で聞いたんじゃないって事くらいは分かってるし。・・・・・・それに、もう今までみたいにあいつの事を思い出さないって事は出来ないしな。あいつは復活しちまったし。・・・・・・俺も、ちゃんと向き合わなくちゃならないって事なんだろう」
「影人・・・・・・」
真面目な、それでいてどこか複雑な顔でそう呟いた影人。そんな影人を見たレイゼロールは一瞬悲しげな顔を浮かべたが、いつもの無表情に戻るとこう言った。
「ふん、安心しろ。この我がついているのだ。あいつは我が滅ぼしてやる」
「ははっ、ありがとうな。お前が味方ってのは、素直に心強いよ。悪いが、頼りにさせてもらうぜ」
影人は笑みを浮かべそう言った。それは影人の心からの言葉だった。
「さて、湿っぽい話はこれくらいにしようぜ。今日は遊ぶんだろ? なら、楽しくなくちゃだ」
「ふっ・・・・・・ああ、そうだな」
レイゼロールが小さな笑みを浮かべ、影人の言葉に同意する。その笑みを見た影人は「そうこなくっちゃな」と周囲を見渡した。
「さて、適当に歩いて来たが・・・・・・ここは駅前の近くか。取り敢えず、駅前の方に行ってみるか」
「任せる」
地元を自転車で回る事や散歩が趣味の影人は、この辺りの地理に詳しい。ゆえに、自分たちが今どこにいるのか分かった。土地勘がないレイゼロールはそう言葉を返す。
「んー、流石に休日。人が多いな」
数分後。駅前にやって来た影人は周囲を見渡すとそんな感想を呟いた。この駅前は、影人たちが住んでいる地域の中ではかなり賑わっている方だ。それは交通の便という事も関係しているが、駅前には大型のショッピングモールや、様々な店が立ち並んでいるからだ。老若男女問わず、多くの人たちが駅前には溢れていた。
「レイゼロール、どこに行ってみたいとかあるか? まあ、俺金ないから食べたり飲んだりは出来ないけど」
「特にない」
「そうか・・・・・・なら、ショッピングモールにでも行ってみるか。あそこは取り敢えず、色々な店が入ってるし」
あまり深く考えずにそう決めた影人は、レイゼロールを伴ってショッピングモールへと入った。影人たちが入ったのは食品売り場のドアからで、入った瞬間色々な食材が視界に映った。
「・・・・・・昔では考えられん光景だな。これだけの食料が大量に並んでいるというのは」
「そうだな。俺も過去から帰って来た時には、現代の便利さに改めて驚愕させられたぜ」
レイゼロールが遠目に食品売り場を見つめながらそんな言葉を漏らす。レイゼロールの呟きに、過去での生活を思い出しながら、影人は頷いた。
「そう言えば、お前食事はどうしてるんだよ。ちゃんと食ってるのか?」
「ああ。別に食わなくても死にはしないが、体のパフォーマンスは落ちるからな。適当に食べている。最近では、フェリートが作ってくれているがな」
「へえ、フェリートが。あいつ料理上手いのか?」
「いわゆる人間のプロ並みの腕はあるだろうな。元々、奴は貴族に仕える執事だった。それから闇人になってからもずっと執事としての研鑽は続けていたからな。家事全般はもちろん、その他諸々何でも出来る」
「へえ、執事っぽいとは思ってたが、マジで執事だったんだな・・・・・・」
他愛のない会話をしながら、影人たちは食品売り場を抜けた。すると、周囲に色々な店が現れ始めた。服屋、雑貨屋、喫茶など様々な店が。
「ええと、1階はまあ日用品売ってる店だったり、服屋だったりが多いな。2階は本屋だったりゲームセンターだったり娯楽向き。3階は飯屋が多いって感じだ。どうだ? どの階見てみたいとかあるか?」
「いや・・・・・・だが、そうだな。取り敢えず1階から順繰りに上に登って行くという形でいいだろう。能動的に行きたい場所はないからな」
「了解だ。んじゃ、1階から適当に見て行くか」
レイゼロールの言葉に頷いた影人は、店の並ぶ沿いにのんびりと歩き始めた。レイゼロールも変わらずに影人の隣に並び歩を進める。
「・・・・・・色々な店があるな。それに、人も多い」
「まあ、ショッピングモールで休日だからな。そうだ。
影人がニヤリと悪戯を思いついたような顔で、レイゼロールに右手を出す。当然、冗談だ。レイゼロールもその事は分かっているため、表情を動かす事はなかった。
「からかうな。我は子供ではない。・・・・・・だが」
レイゼロールは一瞬、影人が浮かべたような悪戯っぽい顔を浮かべると、左手で影人の右手を握った。
「お前は我から見れば、まだまだ子供だからな。逸れないように手を握ってやろう」
「え・・・・・・? あ・・・・・・」
まさか本当に握られるとは思っていなかった影人は、驚いたような顔を浮かべた。そして、右手に感じるレイゼロールの温もりに、影人は急に恥ずかしさを覚えた。
「だ、誰が子供だよ・・・・・・! 俺はもう17歳で、今年は18だ。ガキじゃねえよ・・・・・・!」
「ふん。それが子供だというのだ。たった17年。我からしてみれば、赤子と変わらん」
自分から仕掛けたくせに、恥ずかしがる影人を見たレイゼロールは、気分が良さそうに小さく笑った。その笑みを見た影人は、変わらず羞恥の感情を抱きながら、こう言葉を返した。
「そ、そりゃ、お前ら神からしてみたらそうだろうがよ・・・・・・いやだから、俺が言いたいのはそういう事じゃ――」
「お前から仕掛けたのだ。なら、別にいいだろう。それとも、今更怖気付いたのか?」
どこか煽るようなレイゼロールの言葉。それを聞いた影人は「ぐっ・・・・・・」と声を漏らし、難しい顔になる。そして、観念したようにため息を吐いた。
「はあー・・・・・・分かったよ。俺の負けだ。好きな時まで握れよ」
「ふっ、そうか。ならば、そうさせてもらおう」
その影人の様子を見たレイゼロールは、満足げな顔になるとギュッと、影人の右手を握る左手の力を少しだけ強めた。
――まるで、もう大切な人を離さないとでもいうように。
「・・・・・・見た、陽華?」
「・・・・・・うん。バッチリと見たよ明夜」
一方、こちらもショッピングモール内。少し離れた場所から、たまたま影人とレイゼロールが手を繋いだ光景を見ていた月下明夜と朝宮陽華は、ポツリとそんな言葉を漏らした。
「え、え!? 確かにレイゼロールにとって帰城くんは大切な人らしいけど・・・・・・2人って、そういう関係だったの!?」
「おお落ち着いて明夜! まだ、そうと決まったわけじゃないから! で、でも・・・・・・何であの2人がこんな場所に・・・・・・」
驚愕し動揺する明夜に、クレープを持っていた陽華が、自身も動揺したような様子でそう述べる。
そう。影人と別れた陽華と明夜は、影人とレイゼロールよりも少し先に、ショッピングモールに遊びに来ていた。2人は1階にあるクレープ屋でクレープを買って、仲良くそれを食べながら歓談していたのだが(ちなみに、レース勝負の結果は引き分けになったので、賭けた内容は無効になった)、そんな時に、たまたま影人とレイゼロールの姿を見かけたのだ。
2人は衝撃に襲われながらも、抑えきれぬ好奇心から2人から目を離せず、こっそりと2人の跡をつけていた。そして、2人が手を繋いだ光景を見てしまったというわけだ。
「で、でも陽華! 手を繋いだのよ!? 年頃の男女が! だったら、普通はそういう事でしょ!? あれは100パーセント出来てるわ! 少女マンガを読みまくってる私が言うんだから、間違いないわ!」
「何が間違いないのそれ!?」
迫真の表情でそう言ってきた明夜に、思わず陽華はそうツッコんだ。そうだ。自分の幼馴染はバカだった。
「と、とにかく今の情報だけじゃ分からないよ。もっと確かな情報がないと・・・・・・」
「もっと確かな情報・・・・・・? はっ!? も、もしかしてキスとか!? マウストゥマウスの!? い、いやもしかしたらそれ以上の・・・・・・!」
「あー、もうバカ明夜! ちょっと落ち着いて!」
妄想が暴走しかけていた幼馴染に、陽華は軽いチョップを明夜の頭にお見舞いした。陽華にチョップされた明夜は「痛っ!?」と声を漏らした。
「ちょっとは頭冷めた?」
「え、ええ・・・・・・ごめん。あまりにも衝撃的な光景だったから、色々興奮しちゃってたわ・・・・・・」
陽華にそう言われた明夜は片手で軽く頭を押さえながら、すっかりいつもの様子に戻った感じでそう言った。明夜の言葉を聞いた陽華は「ん」と頷いた。
「で、でも陽華は気にならないの? 2人のあの感じ。私は正直、すっごい気になるけど・・・・・・」
「う・・・・・・い、いや、それは正直私も気になるよ。でも、2人の邪魔をするわけには・・・・・・」
少しズキリとした痛みを心に感じながら、陽華が口ごもる。陽華のその様子を見た明夜は「だったら!」と言葉を放った。
「このまま変わらずにこっそり跡をつけましょうよ! 大丈夫。この人混みよ。離れて歩いてればバレる事はないわ」
「え、ええ・・・・・・で、でもやっぱり・・・・・・」
「絶対大丈夫よ! ほら、2人を見失っちゃうから、早く行くわよ!」
そう言って、明夜は影人とレイゼロールの跡を追い始めた。先行する明夜に陽華は、
「明夜!? ああ、もう!」
そう呟くと明夜を追い始めた。こうなったら仕方がない。
こうして、陽華と明夜は影人とレイゼロールを本格的に尾行する事になった。
「ふむ・・・・・・」
影人と共にモール内を巡っていたレイゼロールは、何かに気づいたように、チラリとその目を軽く後方に向けた。
「ん? どうかしたのか?」
「別に何でもない。ただ、2人の見知ったネズミがな」
「?」
影人がレイゼロールにそう聞くが、レイゼロールはよく分からない答えを返しただけだった。影人は頭の上に疑問符を浮かべたが、大した事ではないのだろうと、それ以上気にしなかった。
「おっ、雑貨屋か。このままブラついても暇だし、ちょっと見てみるか」
「好きにしろ」
影人は雑貨屋を見つけそう呟く。影人の呟きに、レイゼロールはそう答えを返す。レイゼロールから許可をもらった影人は、「そんじゃあ、まあ」と言ってレイゼロールの手を引き雑貨屋の中に入って行った。
「見て陽華。2人とも雑貨屋に入って行ったわ。これはきっと、2人で愛の巣を飾る何かを見に来たに違いないわ。私には分かるわ」
「い、いくらなんでもそれは飛躍し過ぎだよ。何か気になったからとか、多分そんな理由だと思うよ」
「それは確認してみないと分からないわ。とにかく、私たちも気づかれないように雑貨屋に入るわよ」
その光景を見ていた明夜と陽華はそんな言葉を交わし合うと、少ししてから雑貨屋の中に自分たちも入った。
「あ、いたわ」
影人とレイゼロールに気づかれないように注意しながら店内に入った明夜が、2人の姿を見つけた。明夜は隣にいる陽華に2人のいる場所を指差した。
「あれは・・・・・・髪飾りを見てるのかな?」
「装飾品の場所だから、そうみたいね」
陽華と明夜が物陰に隠れながらそう呟く。2人は眼鏡やサングラス、イヤリングやピン留めなどがあるコーナーの前にいた。
「レイゼロール、お前ちょっと何か着けてみろよ。金がないから買えはしねえけど、付けるだけならタダだし」
「ふん、貧乏人が」
「しゃーねえだろ。学生は基本貧乏なんだよ。ほれ、安っぽいがこのピンクのピン留めなんかどうだ?」
影人が小さなピン留めを取ってレイゼロールに渡す。前髪などを留めるような小さなピン留めだ。
「なぜ我が・・・・・・というか、ピン留めが必要なのはどう見てもお前の方だろう」
影人からピン留めを渡されたレイゼロールは、少し不満そうな顔でそう言った。
「ははっ、まあな。でも、俺はもうこの髪の長さで慣れてるし、ピン留めはいらねえよ。というか、あんまり素顔出したくないんだ。逆に落ち着かないからな」
「スプリガンの時は出ていたのにか?」
「あれは別だ。一種、俺であって俺じゃないからな。それより、ほら着けてみろよ。俺もサングラスつけてやるからさ」
影人はそう言うとサングラスを手に取って、それを前髪の上から装着した。結果、サングラスを掛けたただの前髪が爆誕した。あまりにも無意味である。
「それに何の意味があるのだ・・・・・・はあー、まあいい。仕方がないから着けてやろう」
レイゼロールは至極真っ当なツッコミをすると、ため息を吐きながらピン留めを自分の前髪に装着した。その結果、レイゼロールの無造作な前髪が分かれ、レイゼロールの額が露わになった。
「・・・・・・どうだ?」
「へえ・・・・・・うん。いいと思うぜ。似合ってる」
少し恥ずかしげな目でレイゼロールは影人を見つめた。レイゼロールに感想を求められた影人は、頷き、そう言葉を述べた。
「っ・・・・・・! そ、そうか・・・・ふっ、ふふふ・・・・」
影人の感想を聞いたレイゼロールは、最初こそ澄ました顔だったが、笑みが堪えきれなかったのか、ニヤけた顔を浮かべた。
「ねえ見て陽華! あのレイゼロールがあんな顔してるわよ!? あれは間違いなく恋する乙女の顔よ。私の乙女センサーがビンビンにそう言ってるわ!」
「うっ、た、確かにあのレイゼロールがあんな顔するなんて・・・・・・で、でもやっぱりまだ分からないから!」
その光景を見ていた明夜が女子全開で小さくそう叫ぶ。一方の陽華は、ハラハラとした気持ちと、少し嫌な気持ちを抱きながら、首をブンブンと横に振った。
「すみませーん、お客様後ろ失礼しますね!」
すると、そんなタイミングで雑貨屋の店員が陽華と明夜にそう声を掛けた。店員はすぐに2人の背後を抜けたが、突然の声に驚いた陽華は「わっ!?」と声を漏らし、体勢を崩してしまった。陽華は明夜の肩に右手を置いていたため、必然明夜も陽華に巻き込まれる。「え!?」と声を漏らした明夜は、陽華共々コケてしまった。
その結果、
「ん?」
「・・・・・・」
陽華と明夜は影人とレイゼロールの視界内に、その姿を晒してしまった。サングラスを掛けた前髪と可愛らしいピン留めをしたレイゼロールは、陽華と明夜にその目を向けたのだった。
――次回、「バチバチ!? 恋の三つ巴か四つ巴!? 炸裂! 乙女たちの拳!」お楽しみに!
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