第297話 レイゼロールと前髪と

 多分きっと、まあラブコメ回である。


「じゃあな、朝宮、月下。俺こっちだから」

 ファミレスを出た影人が陽華と明夜にそう告げる。影人の言葉を聞いた陽華と明夜は、明るい顔で頷いた。

「うん! またね帰城くん!」

「バイバイ。また学校で会いましょ」

「あー・・・・・・そうだな。また、学校でだな・・・・」

 陽華と明夜に元気に手を振られた影人は、明夜の学校という言葉で留年の事を思い出した。そのため、気まずそうな顔でそう言うと、2人に背を向けてトボトボと歩き始めた。

 ちなみに、当たり前ではあるが影人は留年の事を2人に告げていなかった。いずれバレるのは分かっているが、とても留年と知らされた今日に、自分からはそんな事を同級生(いや元か)に言えなかったのである。なけなしの意地のようなものだ。

「? 帰城くんどうしたんだろ。何か最後元気なかったよね?」

「さあ? 気のせいじゃない?」

 陽華が不思議そうな顔で明夜にそう言うが、明夜はあまり気にしていない様子だった。

「それより、この後どうする陽華? まだお昼だし時間あるけど・・・・・・休みだから、どっか遊びに行っちゃう?」

「そうだね。帰城くんと話せて色々スッキリしたし・・・・・・遊びに行っちゃおっか!」

「オーケー。それでこそ遊びたい盛りの10代よ。よし、ならまずは駅前のショッピングモールにでも行きましょうか」

「うん! 分かった!」

 明夜と陽華は互いに頷き合うと、最寄りの駅の方に向かって歩き始めた。

「そう言えば、陽華ご飯食べてる時チラチラ帰城くんの方見てたわよね? 陽華いっつもご飯食べる時は、夢中でご飯以外見ないのに、今日は帰城くんの事気にしてる感じだったし・・・・あれ何だったの?」

 先ほどの影人との昼食の事を思い出しながら、明夜は陽華にそう聞いた。明夜にそう聞かれた陽華は「え!?」と声を漏らす。

「わ、私そんなに帰城くんの事見てた・・・・・・?」

「ええ。帰城くんはあんまり気づいてなかったみたいだけど。けっこう見てたわよ」

「わ、わっ・・・・・・嘘・・・・・・!」

 明夜の頷きを見た陽華はカァと恥ずかしそうに顔を赤らめた。そして、パタパタと両手で手を振り明夜にこう言葉を返す。

「い、いや深い意味はないよ多分! ほ、ほら帰城くんというかスプリガンには色々思い入れがあるから! と、とにかく深い意味はないから!」

「なーんか怪しいわね。幼馴染であり名探偵である私、月下明夜の勘が怪しいと告げてるわ。陽華、嘘ついてるでしょ」

 顔を赤らめ否定する幼馴染に明夜はジーっとした視線を向けた。

「ち、ち違うし! ていうかアホの明夜が名探偵なわけないでしょ!? バーカバーカ!」

 陽華は明夜の言葉を慌てて否定すると、どこか逆ギレ気味にそう言った。陽華にアホやバカと言われた明夜は軽くブチギレた。

「はあー!? バカって言う方がバカなんですー! この食いしん坊陽華! やっぱり何か嘘ついてるわね! 素直に吐きなさい!」

「絶対嫌! べーだ!」

「この! よーし、なら駅前まで競争よ! 私が先に着いたら教えてもらうから! 教えなかったらクレープ奢りね! はいスタート!」

 下を突き出して来た陽華に更に怒った明夜は、突然そう言うと、凄まじい速度で駆け始めた。ダッシュし始めた明夜を見た陽華は、「何それ!?」と驚きつつも、自身も明夜を追い始めた。

「ふん! なら明夜が負けたらクレープ10個だから! 絶対奢ってもらうから!」

「何で10個もなのよ!? これだから食いしん坊は! ええい、いいわ! 勝つのは私よ!」

「いいや、私だね!」

 明夜がスピードを上げる。陽華も明夜に負けじとスピードを上げ、2人は駅までのレースを開始した。

 土曜の昼過ぎ、急に始まった女子高生たちのレース。陽華と明夜は全力で駅に向かって駆けた。それは、若さや青春を感じさせる、何とも微笑ましい光景だった。

 ――だが、昼ご飯を食べた直後に全力疾走したので、陽華と明夜は横腹が痛くなり、後半は2人ともかなり失速した。

 それもまあ――ある意味、微笑ましい光景だった。









「さて、取り敢えずは一旦家だな。それでまだ昼過ぎだし・・・・・・ちょっと現実逃避するために、後でまた出かけるか」

 一方、陽華と明夜と別れた影人は家へと向かっていた。まずは何とも言い難いが、日奈美に自分がほとんど留年が確定したという事を伝えねばならないからだ。流石にメッセージアプリやメール、電話では言えない。こればかりは、事が重大過ぎる。

「母さんは何だかんだ受け止めてくれそうだけど、問題は穂乃影だよなぁ・・・・・・」

 もちろん、日奈美に知らせるという事は穂乃影も知るという事だが、影人は出来る事なら穂乃影にだけはこの事を伝えたくなかった。そこはまあ、なけなしの兄の威厳に関わるからだ。

「はあー、穂乃影の冷たい顔が目に浮かぶぜ・・・・」

 影人は大きなため息を吐いた。3ヶ月消えていた兄が今度は留年。普通にえげつないコンボだ。穂乃影は間違いなく呆れ果てるだろう。なんなら、今回ばかりは、しばらく口を利いてもらえないかもしれない。

「兄と妹が同級生。戦い抜いた果ての結末の1つがこれかよ・・・・・・ああ、世は無常だな・・・・」

 珍しく、本当に引き摺りまくっている影人は自然と俯きながら歩いていた。人は気が滅入ると自然と俯いてしまうものだが、この前髪もそうしているという事は、前髪は人だったのだろうか。

 いや、やはりそれはない。前髪野郎はもはや一種の概念であり、色々な意味で化け物なのだから。こいつはただ人の形をしているだけである。おそらく、これはただの擬態行動だろう。そうに違いない。


「――俯いて歩いていては、何かにぶつかるぞ。ただでさえ、お前はその髪のせいで視界が狭いのだからな」


「っ・・・・・・?」

 影人が俯いて歩いていると、突然前方からそんな声が聞こえて来た。聞き覚えのあるその声に、影人が顔を上げると、そこには1人の女がいた。特徴的な白髪にアイスブルーの瞳、西洋風の喪服を纏った女性が。

「・・・・・・レイゼロール? お前こんな所で何してんだよ・・・・・・?」

 影人の前になんの前触れもなく現れたレイゼロールに、影人は不思議そうな顔を浮かべた。

「・・・・・・別に何をしているというわけではない。強いて言えば、お前に会いに来た」

「俺に?」

 歩道の真ん中に立って、ジッと自分を見つめてくるレイゼロールに、影人はそう言葉を漏らす。

 ちなみに、レイゼロールが影人の前に現れた事に対する疑問はない。なぜなら、最後の戦いが終わって以来、レイゼロールはシェルディアやソレイユ同様に、影人の気配を覚えているからだ。ゆえに、影人がいつ、どこにいても影人の元に転移する事が可能なのだ。

「そいつはまあ、嬉しいが・・・・・・悪いな。俺は1回家に帰らなきゃ行けねえんだ。ちょっとまあ、ショッキングな事を家族に言わなきゃならないし・・・・」

「? よく分からんが・・・・・・ダメだ。お前には今から今日1日、我に付き合ってもらう」

 影人の言葉を聞いたレイゼロールは一瞬不思議そうな顔を浮かべたが、すぐにいつもの表情に戻るとそう言ってきた。

「ええ・・・・・・なあ、レイゼロールよ。お前俺の話聞いてたか? だから、せめて1回家に帰らせて――」

「ダメなものはダメだ。別に言わなければ死ぬという事でもあるまい。ならば、我と共に行動する事を1番の優先事項にしろ。ずっとお前を待っていたのだ。これ以上我を待たせるな」

 レイゼロールは影人の言葉を遮り首を横に振った。そして、どこかジトっとした目を影人に向ける。レイゼロールにそう言われた影人は「うっ・・・・・・」と気まずそうな顔になる。そう言われてしまったら、影人は何も言う事が出来ない。

「・・・・・・はあー、分かったよ。お前に付き合ってやる。でも、ちょっと待て。連絡だけ入れるから」

「ふん。最初からそう言えばいいものを」

 最終的に折れた影人はため息を吐きそう言うと、ブレザー右ポケットからスマホを取り出し日奈美に、「友達と会ったからそのまま遊ぶ」とメッセージを送る。影人の言葉を聞いたレイゼロールは、当然だとばかりにそう呟く。

「『あんたに友達いたんだ。まあ、分かったわ』だと・・・・・・? 母さんめ、それが息子に言うセリフかよ・・・・・・」

 日奈美から返ってきたメッセージを見た影人は、軽く自分の母親に怒りを覚えた。だがまあ、了承は取れたので良しとしよう。スマホをブレザーのポケットに仕舞った影人は、レイゼロールの方を見た。

「よし、いいぜ。で、俺はお前の何に付き合えばいいんだ?」

「別に何にという事は・・・・・・全く、お前は気が利かん奴だな」

「? どういう意味だよ?」

 少しムスッとしたような、不機嫌そうな顔を浮かべるレイゼロールに影人は首を傾げた。本当に、影人にはレイゼロールの言葉の意味が分からなかった。

「だから・・・・・・特に用という用はないのだ。人間風に言えば、その・・・・・・一緒に遊ぶぞ、という事だ。わ、わざわざ言わせるな・・・・・・!」

 カァと恥ずかしそうに少し頬を赤らめながら、レイゼロールは顔を背けそう述べる。レイゼロールにそう言われた影人は、思わずポカンとした顔になった。

「・・・・・・くっ、ははははははっ! お前が俺と遊びたいか! そうか、そうか! いや、悪い。お前が素直にそう言ったのが、あまりに意外だったからさ。しかし、そうか・・・・・・くくくくっ、お前が俺とね・・・・」

「な、何を笑っている! ええい、笑うな! 我とて恥ずかしいのだ!」

 急に笑い始めた影人に、レイゼロールは顔を真っ赤にさせそう叫んだ。現れた時の無表情はどこへやら。だが、レイゼロールがここまで表情を崩すのは、きっと影人の前だけだろう。

「あー、笑った笑った。しばらく笑えない気分だったんだがな。ありがとよレイゼロール」

「ふ、ふん・・・・・・! よく分からんが、一応感謝の言葉は受け取っておいてやる・・・・・・」

 一頻ひとしきり笑った影人はレイゼロールにそう言った。その言葉を聞いたレイゼロールは、再び顔を背けそう言葉を述べた。

「うし、じゃあ遊びに行くか。て言っても、俺いま金ほとんどねえけど」

「金銭など必要はない」

「そうか? でも、金がいらない場所で遊ぶとなると、けっこう行き先は限られるぜ。お前、行き先はどこにするとか決めてるのか?」

「それは・・・・・・」

 レイゼロールが言葉を詰まらせる。どうやら、どこに行くかは決めていないようだ。

「オーライ。なら、取り敢えずはぶらぶらと歩こうぜ。なーに、散歩も案外楽しいもんだ」

「ふむ・・・・・・まあ、いいだろう」

 影人は軽く笑いながらそう言うと、適当に歩き始めた。レイゼロールは取り敢えず影人のプランに頷くと、影人の隣に並んだ。

 昼下がりの午後。前髪に顔の上半分を支配された、見た目の暗い高校生の男と、氷の女神のように美しい、白髪の喪服姿の女が並んで歩いている光景は、中々に奇妙な組み合わせで、少しだけ人々の目を引いた。だが、当の影人とレイゼロールは全くその視線を気にしていなかった。

「そう言えば、闇人どもは今どうしてるんだ? あいつらも元気でやってるんだろ?」

「それぞれ自由に行動している。フェリートと殺花は我の側にいるが、それ以外はどこにいるか知らん。ああ、キベリアだけはシェルディアと一緒にいるという事は知っているがな。だが、お前もその事は知っているか。なにせ、シェルディアはお前の家の隣に住んでいるようだからな」

「うっ・・・・・・そ、それはだな・・・・・・」

 レイゼロールがジロリとした目を影人に向ける。どうやら昨日の話を覚えているらしい。後、影人が逃げ出した事も。影人は思わず顔を逸らした。

「・・・・・・話すと色々と長いんだよ。でも、お前が知りたいなら話す」

「なら、また後でゆっくりと話してもらおう。ふん、昨日も素直にそう言えば良かったものを。軟弱者のように逃げ出して・・・・・・」

「いや、だってあの時のお前、明らかに面倒くさそうな感じだったし・・・・・・」

「誰が面倒だと?」

「あ、いや・・・・・・なんでもないです」

 その瞳の色と同じように冷たい視線を向けてきたレイゼロール。そんな視線を向けられた影人は、そう言う他なかった。

「ああ、そうだ。これずっと気になってたんだが、お前いつも同じ服着てるよな? 過去の時みたいに。それ以外に服ないのか? だとしたら、その服ちゃんと洗ってるのか?」

「急に失礼極まりない事を聞いてくるな、殺すぞ。お前のそういう所は本当にどうかと思うぞ・・・・」

 新たな影人の質問を受けたレイゼロールは、怒ったような、それでいて引いたような顔を浮かべた。そう言われた影人は、「いや、流石に3回目はまだしばらく死にたくない」と少しズレた言葉を返した。影人の答えを聞いたレイゼロールは、今度は呆れ果てたような顔になった。

「はあー、お前という奴は・・・・・・服は今はこれ1着しか持っていない。だが、不潔というわけではない。力を使って常に清潔な状態に保っているからな。破損しても力を使って修復も出来る。だから、1着で充分なのだ」

「へえ、そういうカラクリか。やっぱ神力ってのは便利だな。でも、そうか。1着だけか。嬢ちゃんも大体いつもあのゴシック服だが、違う衣装も持ってるから、お前もそんな感じだと思ったんだが、そこは違うんだな」

 レイゼロールの答えを聞いた影人はそんな感想を漏らすと、続けてこんな言葉を述べた。

「レイゼロール、お前オシャレとかに興味はないのか?」

「興味ないな。それこそ、シェルディアは案外に好きだろうが」

 なんの感慨もなさそうに、レイゼロールはそう即答した。

「そうか。だが、勿体ないな。お前なんか抜群に素材がいいから、オシャレすればするほど輝くだろうに」

「っ!? な、ななななっ・・・・・・!」

 だが、次の瞬間にはレイゼロールは再び紅潮した。影人のその言葉がきっかけで。レイゼロールは口をパクパクとさせると、軽く俯きながらこう言葉を発した。

「な、ならお前は、我の違う姿が、み、見たいのか・・・・・・?」

 かなり恥ずかしそうな様子で、レイゼロールは影人をチラリと見つめた。レイゼロールにそう聞かれた影人は、「うん? まあな」と答えた。

「そ、そうか・・・・・・な、ならばいつか見せてやる事もやぶさかでは・・・・・・」

 ゴニョゴニョと嬉し恥ずかしそうな表情で口籠るレイゼロール。だが、

「ああ、後レゼルニウスの奴も絶対喜ぶぜ。うん、これは間違いねえな」

 そんなレイゼロールの様子など全く気にせずに、影人はそう呟いた。

「なっ・・・・・・」

 その言葉に、レイゼロールはショックを受けたような顔になる。そして一転、不機嫌な顔を浮かべる。

「なぜそこで兄さんが出てくる・・・・・・ふん。アホめ。この大アホめ」

「何で急にアホ呼ばわりされてんだよ俺・・・・・・? なあ、何でいきなり不機嫌になってんだよ。昔からお前のそういうところ、本当に分かんねえぜ」

「そういうところも含めて、大アホだと言っている。はあ、お前は本当に・・・・・・」

「いや、だからどういうところだよ・・・・・・」

 レイゼロールと影人が互いにそんな言葉を交わし合う。互いに少し呆れているような状況だが、不思議とそこに重たい空気はない。むしろ、互いの素を曝け出しあえる自然な関係が、そこにはあった。

 ――影人とレイゼロールの遊びという名のデートは、まだ始まったばかりだ。

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