第295話 前髪、◯◯する
「・・・・・・いい天気だな。こんな日はのんびり昼寝でもしたいもんだぜ」
4月13日土曜日、午前12時過ぎ。風洛高校の制服を着ながら、影人は歩いて風洛高校へと向かっていた。休日で、部活もしていない影人がこの日のこの時間に学校に向かうという事は極めて稀だったが、それには理由があった。
昨日、零無によってこの世に蘇った影人は、零無についてシトュウやソレイユを含む5人と会談した後家に戻った。そして、日奈美と穂乃影に自分は宇宙人に攫われていたという嘘をつき、何とか最低限の理解を得られる事に成功した(前髪本人は少なくともそう思っている)。その後、影人は日奈美と穂乃影と共に色々な場所を車で巡り家族の仲を深めた。ここまでは別に問題はなかった。
だが、昨日の夜に影人たちが家に帰ると家の固定電話に大量の留守電があった。留守電は全て風洛高校からのものだった。
影人が今朝学校に電話を掛け直すと、電話に出たのは影人の担任であった榊原紫織だった。紫織は日奈美や穂乃影たち同様に、急に影人の事を思い出して混乱していた。それで、とにかく影人の家に電話したという事らしい。紫織は取り敢えず事情が聞きたいと、影人に昼頃に学校に来てほしいと言った。
紫織にそう言われた影人は、特に予定もなかったので了承した。いずれにしても、影人にその体感はないが影人が消えてから世界は3か月もの時間が過ぎているのだ。どちらにせよ、影人はまだ学生。ならば、いずれ学校には行かなければならない。そのために、学校側との話し合いはしなければならない事だったのだ。
「・・・・・・よう、久しぶりって感じはしないが・・・・・・この世界の時間の流れ的には久しぶりだな、風洛高校」
十数分後。風洛高校の前に辿り着いた影人は、正門前から学校を見つめると、そう呟いた。自分が消える前から全く変わっていない、今の自分が通う普通の公立高校。
(まさか、またこの学校を見る事になるなんてな・・・・・・)
どこかしみじみとした気持ちが影人の中に溢れて来た。この学校を最後に出た時、影人は2度とこのこの学校の門を潜る事はないだろうと思っていた。なぜなら、影人はこの世界から完全に消える運命にあったのだから。
だが、様々な出来事が絡んで(主に零無のせいだが)、影人は再びこの学校の門を潜る事になる。スプリガンになった時から度々思って口にしていたが、本当に人生とは何が起こるか分からない。
「・・・・・・さて、んじゃまあ行くか」
影人はフッと相変わらずにトレードマークになっている気色の悪い笑みを浮かべると、風洛高校の正門を潜った。
――今この瞬間、風洛高校に「前髪野郎」、「前髪の長いヤバい奴」、「風洛高校7バカの内の1人」などの異名を持つ帰城影人が帰還した。
――まあ、異名は全て学校関係者やクラスメイトではなく、作者が勝手につけたものだが。
「すみませーん、帰城ですが榊原先生いらっしゃいますか?」
風洛高校に入った影人は、昇降口で自分の靴を上履きに履き替えると(当然といえば当然だが、影人の下駄箱はまだあった)、校舎2階にある職員室を目指した。風洛高校の教師である紫織はそこにいるはずだからだ。そして、職員室に着いた影人はノックをして職員室のドアを開けると、そう声を発した。
「っ、帰城・・・・・・」
影人がそう言うと、1人の女性教師が乱雑に物が置かれているデスクから立ち上がった。影人を学校に呼んだ紫織だ。紫織は黒色のジャージを着ており、影人を見ると驚いたような、呆然としたような顔を浮かべた。
「あ、久しぶりです榊原先生。職員室は今先生1人だけですか?」
影人は何でもないように紫織にそう言うと、キョロキョロと職員室の中を見渡した。職員室は外が明るいからか電気が消されており、無数にあるデスクにも誰も姿を確認する事は出来なかった。
「ああ、今日は休日で基本は休みだからな。部活動の顧問の先生方もグラウンドや部室に行っているし・・・・・・いや、そんな事よりもだ!」
紫織は半ば無意識的に影人の質問に答えると、ハッとしたような顔を浮かべ、影人の方に駆け寄って来た。
「お前今までどこで何してたんだ!? というか、お前に関する記憶を昨日までなぜかずっと忘れてたんだが!? しかも、私だけじゃない! 他の先生方もだ! お前にいったい何があった!?」
紫織は今まで影人が見たこともないような、混乱したような顔を浮かべながらそう言って来た。ほとんど昨日の日奈美と同じような感じだ。まあ、無理もないが。
「お、お気持ちは分かりますが、取り敢えず落ち着いてくださいよ先生。ていうか、先生もそんな顔されるんですね・・・・・・いつも、私省エネですみたいな感じなのに・・・・・・」
「しばくぞお前!? 私だって人間だ! 有り得ない事が起きれば驚く! 後、私はそんな澄ました人間じゃない! ただ面倒くさがりなだけだ!」
影人にそう言われた紫織は、今度はキレたようにそう言った。当たり前である。誰だってこんなに真面目に聞いているのに、今のようなふざけた答えを返されれば怒る。さすが前髪野郎。色々な意味で人ではない。
「いや、しばくのは体罰になるからやめてくださいよ・・・・・・分かりました。真面目に答えますよ。話が多分長くなるので、どこか座れる所ありますか?」
「分かった。じゃあ、2年7組で話そう。ちょっと待っててくれ。鍵取って来るから」
紫織はそう言うと、職員室の鍵置き場から自分が担任のクラスの「2年7組」とタグがついた鍵を取った。そして、影人と共に職員室を後にすると、2年7組へと向かった。
「それで、いったい何があったんだよ」
教室に着いた影人はクラス左隅の自分の席に座った。紫織はその前の男子生徒が座っていたイスに座り、机を挟んで対面し、改めて影人にそう聞いてきた。
「ええ、信じてもらえないかもしれませんが、実は・・・・・・」
真剣な顔を浮かべる紫織に、影人は自身も真剣な顔になると、昨日日奈美と穂乃影に話したものと同じ話をした。すなわち、宇宙人に攫われていたという荒唐無稽、もといバカみてえな話である。
「・・・・・・って事なんです。言っておきますが、俺の気は狂ってません。至って正気です。これが、俺がみんなの記憶から消えて、約3か月間失踪していた理由です」
「・・・・・・・・・・・・」
数分後。影人が紫織に嘘の話を終えた。影人の話を聞き終わった紫織はしばらくの間呆気に取られてたような、唖然としたような顔を浮かべていた。
「・・・・・・帰城。1度だけ聞く。あくまで確認だ。お前・・・・・・その話は本気なんだな? 嘘はついていないんだな?」
ようやく少しは反応出来るようになったのか、紫織は右手を顔に当てながら、そう聞いて来た。
「ええ、誓って嘘じゃありません。信じられないでしょうが、これは本当の話です。じゃなきゃ、こんな話を真面目に出来ませんよ」
影人は紫織のその問いに、即座に頷いた。その首肯の速度はあまりにも速かった。全く以て罪悪感も、嘘がバレるかもしれないという不安や心配すらないという感じでなければ、そのような速度で首を振れないだろう。さすが前髪野郎。やはり人ではない。クズ野郎である。
「だよな・・・・・・流石にこんな場面で嘘はつかないよな・・・・・・しかし、宇宙人に攫われてたね・・・・・・そうか、そうか・・・・・・」
真剣に頷く影人を見た紫織は、変わらずに頭に手を当てながらそう言った。そして、またしばらく無言になると、頭に当てていた手を離した。
「・・・・・・正直、普通なら信じないよ。大真面目にそんな事言ってる奴がいたら、私はそいつを精神科医に連れて行く。そう言う意味ではお前もと言いたいところだが・・・・・・お前の場合、現に有り得ない現象が起こってるからな・・・・・・みんながお前の事を忘れてて、一斉に昨日に思い出したっていう、フィクションみたいな事が」
紫織はどこか疲れたようにそう言うと、こう言葉を続けた。
「お前の話は現在の世界の技術じゃ説明がつかない。それこそ、無理やり説明しようと思ったら、お前が言った宇宙人がどうたらこうたらの、SFみたいな話になる。じゃなきゃ、私ら全員が急に狂った、みたいな話になるからな。それはないし、私はそうだったなんて信じたくはない。今回の話に限れば、お前の話はある意味合理的だ」
「では、先生・・・・・・」
影人が何かを促すように言葉を挟む。影人の言葉の意味を理解した紫織は、仕方がないという感じで頷いた。
「どうやら、信じるしかないらしい。認めたくはないがな・・・・・・」
「ありがとうございます」
紫織が呟いた言葉を聞いた影人は、真摯な顔で軽く頭を下げた。その感謝の言葉は、自分の話を信じてくれた事に対する感謝の言葉だった。
(くくくっ、よし流石は俺だぜ。先生にもこの話を信じさせた。我ながら持ってるし、演技力も高い。ふっ、脚光は浴びたかねえが将来は俳優かもな)
顔を上げた影人は、内心ほくそ笑んだ。自惚れも甚だしい。お前なんかが俳優になれるわけがないだろこのバカ前髪。俳優を志望している方や俳優に全速力で詫びろ。
「いやしかし、まさか生徒からそんな話をされて、そんな話を信じなきゃならない日が来るとはな・・・・・・間違いなく、私の教師人生最大の驚きになるだろうな。ははっ、笑えるな。今夜は酒飲も」
不審者役にしかなれない前髪が内心でそんな事を考えているなど露知らず、紫織はどこか遠い目を浮かべ疲れ切ったように笑った。どうやら、紫織はこの話を呑んで忘れようとしているらしい。大人の処世術としては、ある意味正しいのかもしれない。
「それで先生。俺は月曜からまた普通にここに通ったらいいんですよね?」
影人が紫織にそう質問する。まあ、これは質問というよりかは確認の意味合いの方が強いが。影人はすぐに紫織が頷くと思ったが、紫織は「あー、その事なんだが・・・・・・」と気まずそうな、難しげな顔を浮かべた。紫織のその様子に影人は疑問を抱いた。
「? どうしたんですか先生? 何か不都合な事でも?」
「取り敢えず、私の話を聞いてくれ。・・・・・・帰城、今は4月だ。つまり、新学期。新入生が入って来たり、在学生は学年が繰り上がる季節だ。お前は消える前は2年生だったから、今は3年生って事になる。・・・・・・ここまではいいな?」
「あ、そうか・・・・・・」
紫織の説明を聞いた影人は思わずそう呟いた。そうだ。確かに今の季節ならば、影人は3年生になっていなければおかしい。気がつけば、影人は最高学年になっていた。だとするならば、今自分がいるこの2年7組も、もはや自分が所属しているクラスではないという事か。
「じゃあ、もしかして俺のクラスがまだ決まってないとか、そんな感じの問題で難しい顔をされてたんですかね? 別に俺はどこでも大丈夫ですよ」
影人は紫織が顔色を変えた理由をそう推測すると、小さな笑みを浮かべそう言った。
「いや、その問題というよりかはだな・・・・・・」
だが、影人の推測は外れたらしい。紫織は変わらずに気まずそうな、難しげな顔を浮かべていた。
「っ・・・・? ならどういう問題なんですか・・・・?」
影人が戸惑うように紫織にそう聞く。すると、紫織は何かを覚悟するように大きく息を吐いた。
「ふぅー・・・・・・本当に、本当に言い難い事なんだがな・・・・・・あのな、帰城。落ち着いて聞いてくれよ」
紫織はそう前置きすると、影人にこう告げた。
「お前は・・・・・・留年だ。だから、お前はまだ2年生のままだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
紫織が告げた衝撃の言葉。それを聞いた影人は、そう声を漏らし固まった。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
何が起きたのか分からない前髪はしばらくフリーズしていた。そんな前髪から紫織は気まずそうに目を逸らす。
「・・・・・・あ、あははは。も、もちろん冗談ですよね先生・・・・・・? や、やめてくださいよ。そんな顔で言われたら嘘って分かりにくいじゃないですか」
ようやく動き始めた影人は、どこか震えたような声でそんな言葉を発した。そうだ。そんなもの、冗談に決まっている。だって、これは夢ではない。現実なのだから。現実に留年なんてそんな事、起こるはずがないのだ。
「・・・・・・いや、冗談じゃない。これは本当の事だ。正確に言えば、まだ他の先生方と会議をしてないから、正式に決まってはいないが、もう確定してるみたいなものだ・・・・・・」
だが、現実は無情である。紫織は首を横に振った。
「そ、そんな・・・・・・」
無情な現実を叩きつけられた影人は愕然と、呆然とした。全身から力が抜ける。そして、影人は無意識に口を半開きにしていた。まるで魂が抜け出たような、まさに
「・・・・・・1番痛いのは、2月末の期末テストを全部無断で欠席した事だ。後は、お前は2年になって結構な頻度で授業サボってだろ。それも加味すると、単位は絶対に足りない。そもそも先生方の印象も悪いんだよ、お前は。まあ、ここに関しては自業自得だがな」
「うっ・・・・・・」
紫織の説明を聞いた影人が気まずそうな声を漏らす。確かに、2年になってスプリガンになった影人は、暗躍やら戦いのために度々授業を抜け出しサボタージュしていた。なので、一応理由はあるのだが、紫織や風洛高校の教師陣は当然の事ながら、影人の事情は知らない。なので、教師たちからすれば、影人は度々授業をサボる印象の悪い生徒にしか見えないのだ。
「見込み点をつけてもらえたとしても、単位取得は絶望的だ。後はまあ・・・・・・お前には悪いが、宇宙人に攫われてたからテストに出席出来ませんでした、なんて理由で追試が通るはずもないんだよ」
困ったような、申し訳なさそうな顔を浮かべながら、紫織はそう説明を続けた。紫織の説明はどこまでもその通りだった。
「・・・・・・そ、そう・・・・・・ですか・・・・・・」
紫織の説明を聞き終えた影人はガクリと肩を落とした。影人はまだ現実を受け止めきれてはいないが、現実を叩きつけられた。
(は、ははっ・・・・・・スプリガンの活動の後半は、レイゼロールとの約束を果たすっていう俺の欲望のためだったが・・・・・・マジかよ。その結果がこれかよ・・・・内定確定ならぬ、留年確定ってか・・・・・・)
顔を俯かせた影人はどこか壊れたような笑みを浮かべた。確かに、レイゼロールは救えたし、自分も死から2度も蘇った。その代償として、留年くらいなら安いものかもしれない。何かを得るためには何かを失う。それが人生というものだ。
「いやでも、やっぱり留年はキツイぜ・・・・・・」
しかし、やはりショックは尋常ではない。影人は小さな声で情けなくそう呟いた。
「・・・・・・取り敢えずはそういう事だ帰城。お前の正式な決定については、また後日連絡する。それまでは学校に来なくていい。だから、今日はもう帰れ」
「あ、分かりました・・・・・・」
どこか影人に同情したような顔でそう言った紫織に、影人は空虚な声でそう返事をした。
「・・・・・・じゃあ、そういう事だ。その、なんだ・・・・・・悪いな、帰城。だが、規則は規則なんだ。分かってくれよ。一応、出来るだけ善処するつもりだが・・・・・・」
教室を出て鍵を閉めた紫織は、影人があまりに気の毒そうだからか、そう言ってくれた。元はと言えば、前髪の身から出た錆がほとんどの原因であるにもかかわらずだ。紫織もその事は分かっており、普段ならばこんな言葉は言わないが、今回はあまりにも影人があれであったので、ついそう言っていた。
「ありがとうございます・・・・・・じゃあ、俺はこれで・・・・・・」
「あ、ああ・・・・・・気をつけてな」
影人は未だに上の空といった感じでそう言葉を返すと、紫織に背を向けトボトボと歩き始めた。その寂しい背中を見た紫織は、そう言って影人を見送ってくれた。
――元スプリガンこと帰城影人、留年。影人のある意味新しい生活はこの知らせと共に始まった。
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