第294話 襲い来る現実、家族との再会

「ヤバい、3ヶ月は普通にヤバすぎる・・・・・・! 前に過去から戻って来た時も、10日であんなに怒られたのに・・・・・・!」

 シェルディアの言葉によって、現実に引き戻された影人は頭を抱えた。そうだ。しばらくの間この世から消えていた(物理的に)自分が、このまま普通に帰れるはずがないのだ。今ごろ、ソレイユやレイゼロール達と同じく、影人の母親である日奈美や妹である穂乃影も影人の事を思い出している事だろう。

 しかも、今回は前回と違いシェルディアの予めのサポートの言葉はない。加えて、2人は急に自分の事を思い出し、今までなぜ自分たちが影人の事を忘れていたのかと混乱しているはずだ。その説明もどうしようと、影人は焦っていた。

「へ、へへっ・・・・あ、あのシトュウさん? その、真界の神の力でその辺どうにかなりませんかね? こう、ちゃんと整合性が取れたような現実になるとか・・・・・・」

 影人はへつらうように笑いながら、シトュウにそう言った。その姿はあまりにも情け無い。そこらのクズのようである。最近は何だかんだ格好をつけたり、主人公っぽかったが、もともと前髪野郎は小物で厨二病でクズの、不良在庫のオンパレードみたいな奴だ。その不良在庫が久しぶりに本来の顔を出した。

「残念ですが、それは難しいですね。零無に力を奪われる前の私なら可能だったでしょうが・・・・」

「あ、あー・・・・・・そうですか・・・・・・」

 ハッキリとシトュウにそう言われた影人は、ガクリと露骨に肩を落とした。

「ヤベェ・・・・・・本当にヤベェ・・・・・・マジでどう説明しようかな・・・・」

「・・・・・・よく分からんが、素直に説明すればいいのではないのか?」

 再び頭を抱えた影人に、隣のレイゼロールがそう助言した。だが、レイゼロールの言葉を聞いた影人は首を横に振った。

「いや、それだけは出来ない。今まで俺が色々ドンパチしてて、しかもこれからも戦いに巻き込まれるのは確実だし・・・・・・それに、心配は掛けたくないんだよ。ただでさえ、数年前に父さんが失踪してるし、そこに俺の話なんかしたら・・・・・・まあ出来ないよ」

 日奈美と穂乃影の事を考えながら、影人はそう答えた。こんな話をすれば、日奈美は悲しみ今すぐにでもそんな世界と関わるなと言うだろう。穂乃影は光導姫だったから、色々理解はしてくれそうだが、それでもやはり、日奈美と同じように関わるなと言うはずだ。

 しかし、影人はまだ非日常の世界と関わらなければならない。なぜなら、零無と影人には因縁があり、零無が影人を目的としているのだから。どちらにせよ、影人は今非日常から逃げる事は出来ない。

「そうか・・・・・・難しいな」

 影人の答えを聞いたレイゼロールがそう呟いた。おそらく、大切な人たちに迷惑や心配を掛けたくないという影人の気持ちを分かってくれたのだろう。

「ああ、マジで難しいんだよな・・・・・・うーん、本当にどうしよう。正直、帰りたくなくなって来たけど、生き返った以上は家には帰らないといけないし・・・・・・」

 流石に影仁と同じように、行方不明になるわけにはいかない。ゆえに、影人は絶対に家に帰らなければならないのだが、どう説明をするべきか、その問題が影人を億劫に似た気持ちにさせていた。

「・・・・・・取り敢えず、帰ってみたらどうですか? あなたの家族は混乱しているかもしれませんが、きっとあなたを受け入れてくれるはずです。というか、これは一種の罰ですよ。あなたが勝手に消えた事の」

 ソレイユは前半は真摯な言葉を、後半はチクリとする言葉を影人に言ってきた。その言葉を聞いた影人は、「うぐっ・・・・・・」と気まずそうな顔を浮かべた。

「・・・・それは分かってるよ。俺も最終はそうするしかないって思ってるし。ていうか・・・・・・お前まだ俺が消えた事根に持ってるのかよ」

「当たり前です! これだけは、そう簡単には許しませんから! ねえレール!? シェルディア!?」

「それはそうだ」

「間違いないわね」

 憤慨したようにそう言ったソレイユが、レイゼロールとシェルディアに同意を求める。ソレイユにそう聞かれたレイゼロールとシェルディアは、即座にその首を縦に振った。その様子を見た影人は、「はい、悪うございました・・・・・・」と項垂れた。

「はあー・・・・・・しゃあねえ。いい説明も思いつかねえし、ここはもう当たって砕けろの精神で帰るか。まあ、最悪タコ殴りで済むだろうし」

 大きなため息を吐いた影人は、覚悟を決めるとそう呟いた。なに、これでも自分は色々と修羅場を越えて来たのだ。今回も越えられるはずだ。影人は半ばヤケクソ気味にそう考えると、イスから立ち上がった。

「じゃ、取り敢えず俺は今日はこれで失礼するぜ。またな、ソレイユ、ラルバ、レイゼロール。それとシトュウさん。嬢ちゃんもご馳走様」

「ええ、また会いましょう影人」

「バイバイ」

「・・・・・・またな」

「また次の機会にですね。さようなら、帰城影人」

 影人の言葉に、ソレイユ、ラルバ、レイゼロール、シトュウもそう言葉を返した。

「どういたしまして。ああ、影人。私も一緒に帰るから待ってちょうだいね」

 シェルディアは影人の言葉に頷くと、自身も机の上に置かれていた伝票を持って、イスから立ち上がった。シェルディアの家は影人の家の隣だ。ゆえに、一緒に帰る事は自然といえば自然であった。

「・・・・・・む? 待て、シェルディア。なぜお前が影人と一緒に帰るのだ? お前は影人の家を知っているのか?」

 だが、その事を知らないレイゼロールは、不思議そうな顔でシェルディアにそう言った。レイゼロールとの最後の戦いが終わり、影人が消えるまでの数日の間に、レイゼロールは影人とシェルディアがどのような関係なのかは聞かされていたが、住まいについての情報は何も聞かされていなかった。

「知っているも何も、私影人の家の隣に住んでいるから。あれ、言ってなかったかしら?」

「なっ・・・・・・」

 軽く首を傾げたシェルディアに、レイゼロールは驚いたような顔を浮かべた。そして、そのアイスブルーの瞳を厳しくさせると、ギロリと影人の方に視線を向けた。

「・・・・・・いいや、初耳だ。おい、影人。座り直せ。お前に少し話がある」

「え、えーと・・・・・・すまん! 何か嫌な予感するし無理! じゃあな! 俺はもう帰る!」

 レイゼロールにそう言われた影人は、面倒な予感を抱き、脱兎の如く逃げ出した。

「っ!? おい待て影人!」

 突然逃げ出した影人に、レイゼロールはそう声を掛けたが、時は既に遅く、影人はドアを開け店の中へと消えていた。

「っ、あいつ・・・・・・」

「ふふっ、影人は戦いの時はほとんど逃げないけど、こういう場面の時は困ったら逃げる癖があるのよね。私も1度は逃げられたわ。まあ、すぐに追いついたけどね」

 呆れたような怒ったような顔を浮かべるレイゼロールに、シェルディアは笑いながらそう言った。

「じゃ、またね。私はお金を払って影人を追いかけなくちゃならないから。また会いましょう」  

 そして、シェルディアは続けてそう言うと、気分が良さそうに店の中へと戻っていった。

「シェルディアの奴め、知ったような口を・・・・・・しかも何だあの様子は。勝ち誇ったつもりか。ちっ、次会った時には逃がさんぞ、影人・・・・・・」

「本当ですよね。シェルディアのあの感じは何だか腹が立ちます」

 残っていたレイゼロールとソレイユが、それぞれ不満そうな顔を浮かべる。2人の、特にソレイユのその様子を見たラルバは、

「あ、あれ・・・・・・? もしかして・・・・・・え、ええ・・・・・・嘘だろ、おい・・・・・・」

 何かを察したのか、かなりマズそうな顔になり頭を抱えた。












「・・・・・・着いちまったな」

 喫茶店「しえら」を出て約20分後。影人はあるマンションの前に立ち、マンションを見上げていた。6階建のどこにでもあるようなマンションだ。このマンションの一室が、影人や日奈美、穂乃影が暮らしている家なのである。

「なに? 今更怖気付いたの?」

「いや、別にそういうわけじゃ・・・・・・ていうか、嬢ちゃん。そろそろ、組んでる腕を外してくれないか? も、もういいだろ・・・・・・?」

 少し意地の悪い顔でそう言って来たシェルディアに、影人は困ったような、恥ずかしいような顔でそう言った。喫茶店を出てからここまで、なぜかずっとシェルディアと腕を組まされているのだ。影人は嫌がったが、シェルディアはニコリとした顔のまま、「ダメよ。絶対に」と言って譲らなかった。おかげで、影人はずっとシェルディアと腕を組んだまま歩き続ける事になった。まるで、恋人のように。影人は正直、かなり恥ずかしかった。手を繋ぐと組むのでは、色々と違うのだなと影人は思った。

「むぅ・・・・・・仕方ないわね。本当はもっと組んでいたいし、全く満足も納得もしていないけど。あなたがいなかった分の埋め合わせは、また別の機会にしてもらいましょう」

 シェルディアは子供のようにぷくっと頬を膨らませそう言うと、名残惜しそうに組んでいた自身の腕を影人の腕から外した。影人は埋め合わせは別の機会にという言葉に、正直面倒な予感がしたが、敢えてその言葉に反応しなかった。

「よし・・・・・・行くか」

 影人は真剣な顔を浮かべると、マンションの中に足を踏み入れた。シェルディアも影人の横に並び、マンションの中へと入る。

 階段を上り、マンション構内の廊下を歩く。そして、あっという間に、

「・・・・・・」

 影人は自分の家であるマンションの一室の前に辿り着いた。影人はマンションの紺色のドアを、難しげな顔で見つめた。

「・・・・・・じゃあ、影人。私はこのまま戻るわね。あなたと、あなたの家族の感動の再会に水を差したくはないし。だから、また後で」

「ああ、ありがとうな。本当にありがとう、嬢ちゃん。うん。また後で」

 シェルディアの気遣いに、影人は心からの感謝の言葉を述べた。

「・・・・・・どうしても、いい説明が思いつかなかったら呼んでちょうだい。力になるから」

 シェルディアは最後にそう言うと、隣の自分の家の中に消えて行った。バタンというドアを閉める音が、マンション構内に空虚に響く。

「ふぅー・・・・・・」

 影人は1度大きく息を吐き、自分の心を落ち着けた。正直、まだかなり緊張している。前に過去から戻って来た時も随分と緊張したが、今回はあの時以上だ。

「・・・・・・よし」

 影人は再び覚悟を決めると、少し震える指でインターホンを押した。ピンポーンと音が鳴り響く。

「・・・・・・」

 しばらく反応はなかった。もしかしたら、家には今誰もいないのかもしれない。まあ、当然といえば当然か。先ほど、喫茶店を出る際に喫茶店の時計をチラリと見た時、時刻はまだ午前11時過ぎだった。喫茶店からここまで歩いた時間もカウントとすれば、現在の時刻は午前11時半くらいだろう。今日が平日か休日かは影人は知らないが、前者なら日奈美は仕事で、穂乃影は学校である。家にいるはずがない。

「・・・・・・やっぱり、今はいないか」

 影人がそう思い、さてならどうするかと考え始めた時だった。ドタドタと家の中から誰かが走って来るような音が響き、

「影人!」

「影兄!」

 勢いよく玄関のドアが開かれた。そのドアの中からは、影人の母親である日奈美と、影人の妹である穂乃影が現れた。2人とも影人を見つめると、何かを噛み締めるような、そんな表情を浮かべた。

「あ・・・・・・た、ただいま。母さん、穂乃影」

 2人の顔を見た影人は、誤魔化すような笑みを浮かべながらそう言った。

「「・・・・・・」」

「ひ、久しぶり。いやー、実はさ――」

 ジッと影人を見つめてくる2人に、影人は取り敢えず何か言葉を紡ごうとした。しかし、影人が言葉を述べる前に、


 日奈美と穂乃影は影人に抱きついて来た。


「っ・・・・・・!?」

 突然の抱擁に、影人は驚いたような顔になる。2人が抱きついて来て分かったが、日奈美と穂乃影はかすかに震えていた。

「本当に・・・・・・本当に全く意味が分からないけど、私はさっきまであんたの事を忘れてた・・・・・・でも、急にあんたの事を思い出して、それで急に、急に気持ちがパンクして・・・・・・!」

「わ、私も・・・・・・何でか、影兄の事を忘れてた・・・・・・今も正直何が起きてるのかは分からないけど・・・・・・!」

「・・・・・・」

 日奈美と穂乃影の涙ぐむような声が、影人の耳を打つ。その言葉を、影人は黙って聞いているしかなかった。

「でも、またあんたに会えた・・・・・・まだ頭は混乱したままだけど、あんたに会えた・・・・・・だから、だからね影人・・・・・・」

「うん。今は、今はそれが全部。だからね、影兄・・・・・・」

 日奈美と穂乃影は影人に抱きついたまま、こう言った。


「「おかえり」」


「あ・・・・・・」

 その言葉を聞いた、いや2人からそう言われた影人は無意識にそう声を漏らした。瞬間、影人の中に暖かな感情が湧き上がってきた。影人は、その感情の感じるままに自然と笑みを浮かべると、

「うん・・・・・・ただいま」

 自身の帰還を告げる言葉を呟いた。












「それで・・・・・・あんた、今までどこで何してたのよ? というか、まあ問題はそれだけじゃないけど・・・・・・とにかく、ちゃんと教えなさい」

 感動の再会から約10分後。リビングのイスに座っていた日奈美は、テーブルを挟んで対面に座っている影人にそう聞いて来た。その顔は、取り敢えずはいつもの日奈美と同じように、影人には見えた。日奈美は仕事着であるスーツ姿で、日奈美の隣にいる穂乃影も制服姿だった。さっき聞いた話だと、2人とも普通に会社や学校に行く準備をしていたのだが、突然影人の事を思い出し混乱したため、今日は休みを取ったと言っていた。

「あー、ちょっと信じてはもらえないかもだけど、実は・・・・・・」

 遂に日奈美の口から出たその質問。その質問に対する答えを、影人はつい先ほどまで全く思い付かなかった。だが、ほんの2分ほど前にビビッとある答えが閃いたのだ。正直、その答えを閃いた影人は、「俺は天才だ。やはり持っている!」と本気で思った。ゲボ吐くほど滑稽な奴である。

「俺、・・・・・・」

 そして、前髪野郎は自分が天才だと思った答えを日奈美と穂乃影に述べた。

「「・・・・・・・・・・・・は?」」

 影人の答えを聞いた日奈美と穂乃影は、こいつ頭がイカれてるのか、的な顔を浮かべた。まあ、当然である。

「いや、気持ちは分かる。俺も逆なら絶対嘘だって思うし。でも、本当なんだよ。俺は宇宙人に捕まってた。たまたま奴らが地球にまた着陸した時に、必死の思いで逃げて来たんだ。それで、何とか帰って来れた・・・・・・そんな感じなんだ」

 影人は真剣な顔でそう言葉を続けた。スプリガンを演じていた事などもあって、演技力は無駄に高い前髪である。普通ならば、こんなふざけた嘘の答えは言っている最中に笑ってしまいそうなものだが、前髪野郎は笑わなかった。多分、神経のどっかが普通におかしいのである。

「いや、ちょ・・・・・・は? 影人、あんたそれ本気で言ってるの? だとしたら、今すぐ病院に行きましょう」

「・・・・・・うん。前からおかしいとは思ってたけど、本当におかしくなったみたい」

 影人の答えを聞いた日奈美と穂乃影がそんな言葉を漏らす。2人の反応は至って普通であった。

「いや、だから本当なんだって! 母さんとか穂乃影、俺の事忘れてたって言ってただろ? 後、俺に関する物なんかも消えて、俺の部屋も物置きになってたって。それは全部、宇宙人のせいなんだよ!」

 しかし、影人は変わらず真剣な顔を浮かべながら、その首を横に振った。

「っ・・・・・・? ど、どういう事よ・・・・・・?」

 影人のその言葉を聞いた日奈美が、驚きと困惑が入り混じったような顔を浮かべた。日奈美の言葉を聞いた影人は、掛かったと思った。

「いや、捕まった際に言われたんだよ。テレパシーみたいな頭の中に直接響くような声で。『もうお前に助けは来ない。この瞬間、お前に関する記憶やお前に関わる物は全て消した』って。じゃないと、おかしいじゃないか。俺の事を今まで忘れてて、急に思い出したなんて話。きっと、俺が逃げる事に成功したから、その宇宙人の不思議な力が解けたんだよ」

 影人はしっかりと日奈美と穂乃影にその説明が伝わるように、ハッキリした口調を心掛けながらそう言った。そう。影人は普通ならば合理的に説明できないこの問題を、全て宇宙人と宇宙人の不思議パワーのせいにしたのだ。

「え、ええ・・・・・・? そんな話・・・・・・いや、でも実際有り得ないような事が起こってたのは事実だし・・・・・・うーん・・・・・・」

「有り得る・・・・・・のかな・・・・・・?」

 普通ならば、そんな荒唐無稽な説明をされても、日奈美も穂乃影も信じはしない。だが、実際に影人の存在を忘れていたという、常識では考えられない事が起こっていたのだ。ゆえに、日奈美と穂乃影は難しげな顔を浮かべながらも、影人の説明に納得しかけていた。

(くくっ、よしいい感じだぜ。目には目を。歯には歯を。荒唐無稽には荒唐無稽をだ・・・・・・!)

 信じられない話ならば、下手に理屈を捏ねるよりも、信じられないような理由をでっち上げた方がいい。その方が人は逆に信じやすくなる。昔、何かの本で読んだような気がするその理論を、影人は利用したのだ。

「・・・・・・・・・・・・はあー。分かったわ。正直、まだ全然あんたの話は信じられないけど、あんたが正気なのは確かみたいだし、取り敢えずは理解はしてあげる。いや、本当まだ全然納得してないけど・・・・・・」

 その理論が上手く通ったのかは分からないが、日奈美は大きなため息を吐きながら、そんな言葉を言ってくれた。内心でガッツポーズをした影人は、頷くと更にこう言葉を続けた。

「ありがとう、母さん。今はそれで充分だ。いや、それにしても本当危なかったよ。宇宙人って、本当にタコみたいな奴らでさ。そんな奴らがウニョウニョと何体も――」

「ああ、もうそれは今は別にいいから! 全く、頭がおかしくなりそうだわ・・・・・・」

 影人の言葉を日奈美は途中で遮った。その顔には明らかに疲れの色が浮かんでいた。無理もない。実の息子が大真面目にそんな事を言ってくれば、誰でも疲れて来るだろう。

「・・・・・・結果として、あんたが戻って来た。正直に言えば、それが全てよ。というか、そう思わないとやってられないし・・・・・・本当、よかったわ。記憶を無くしてたとはいえ、あんたまで影仁みたいにずっと消えたままだったら・・・・・・流石の私も、無意識にいつか精神が壊れてたかもしれないし」

「っ、母さん・・・・・・」

 日奈美の漏らしたその言葉に、影人は複雑な顔を浮かべた。日奈美のその言葉は、影人の心に深く突き刺さった。今更ながら、影人は自分がよかれと思ってした事が、どれだけ自分勝手な事だったのか痛感した。

「でも、あんたは帰って来たのよ。私たちの元に。だから、私はまだ今のままの私でいられるわ。・・・・・・よし、湿っぽい話は取り敢えずこれで終わりよ! せっかく休んだんだし、今日はみんなでどこか行きましょ。これ、決定事項ね。影人も穂乃影も、取り敢えず着替えてらっしゃい。影人はさっき部屋を見たら物置きから元のあんたの部屋に戻ってたし、服はいつものクローゼットの中にあるわ」

「それは分かったけど・・・・・・えらい急に決めたね。まあ、母さんらしいけど」

 急に雰囲気を切り替えてそう言った日奈美に、影人は苦笑した。日奈美の隣に座っている穂乃影も、影人と似たような顔を浮かべていた。

「人生何でも急なのよ。夫が何の前触れもなく蒸発したり、息子が宇宙人に攫われたり。だったら、思い立ったが吉日の精神で生きていかないと。じゃなきゃ、とても人生なんてやってられないわ」

 日奈美はフッと格好のいい笑みを浮かべた。さっきの今でこう言える精神力は、間違いなく前髪の母親であった。

「ほら! 2人ともさっさと準備する! 早くしないと1日は短いのよ!」

「わ、分かったって!」

「さっき着替えたばっかりなのに・・・・・・」

 日奈美に急かされた影人と穂乃影は慌ててイスから立ち上がった。そして、2人はそれぞれ自分の部屋に戻ると私服に着替え始めた。


 ――それから十数分後。3人は日奈美の運転する車で外に出かけた。家族水入らずで。その日、3人は色々な場所を車で回り、久しぶりに家族の仲を深めたのだった。

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