第281話 封じていた過去

「・・・・・・どうやら、奴は完全に去ったようだな」

 ポツリとそう言葉を漏らしたのは、レイゼロールだった。レイゼロールは『終焉』の力を解除し、臨戦態勢を解いた。

「ええ。あの女の気配は何故だか覚えられなかったから確実とは言えないけれど、少なくともこの場所を基点に張られていた2つの結界は消えているわ。大丈夫と言っていいでしょう」

 レイゼロールの言葉にシェルディアが頷く。シェルディアも真祖化を解除し、戦いへの緊張を解いた。

「さて、ならば・・・・・・」

 取り敢えず、安全を確認したレイゼロールは、その顔を影人へと向けた。そして、レイゼロールは影人にこう言った。

「影人、色々と聞かせてもらおうか。お前が今までどうしていたのかを」

「全部ちゃんと教えてね。嘘をつこうとしたり、誤魔化そうとしたりしたら、本当に怒るから」

「うっ・・・・・・」

 レイゼロールとシェルディアにジッと見つめられた影人は、困ったような顔を浮かべた。

(や、やべえ・・・・・・正直に言ったら、すっげえ怒られる気がする・・・・・・でも、嘘ついたり誤魔化したりしても怒られるし・・・・・・ど、どうする俺・・・・・・)

 一難去ってまた一難。影人は軽く冷や汗を流しながら、どうするべきなのか迷った。レイゼロールとシェルディアは怒ればきっと恐い。そして怒られたくないのが人心というもの。ゆえに、影人は怒られない方法がないか必死で考えた。

「・・・・・・帰城影人。お話の途中で悪いですが、あなたに話があります。よろしいですか?」

 そんな時、シトュウが影人に話しかけて来た。影人からすれば渡りに船。そんなタイミングだ。影人はシトュウの方に顔を向けた。

「あ、ああ。実は俺もあんたに色々と聞きたい事があるんだ。って事で、俺の話は後って事で。本当、悪い!」

 影人はレイゼロールとシェルディアにそう言って軽く手を合わせると、シトュウの方に歩いて行った。

「・・・・・・逃げたな」

「ええ、逃げたわね」

 そんな影人の後ろ姿を見て、レイゼロールとシェルディアは2人揃ってそう言葉を呟いた。あれは明らかに、自分たちと話をしたくなかった態度だ。

「・・・・・・まあ、いい。影人からは後でじっくりと話を聞くとしよう。次は逃がさん」

「その時は当然私も同席するわ。でも、今はなにより・・・・・・」

 シェルディアは心の底から安堵したような、それでいて嬉しそうな顔で笑みを浮かべ、

「また影人に会えて、本当によかったわ・・・・・・」

 そう言葉を続けた。うっすらとその両目に涙を滲ませながら。自分がなぜ、最も大切な人間である影人を忘れていたのかは分からない。おそらく、先程の透明の瞳の女と関係はあるのだろうが、正確な事は、やはり今のシェルディアには分からない。

 それでも、約3ヶ月ぶりに影人と出会えたという事実。シェルディアはその事実に感謝し、また心の底から嬉しかった。

「・・・・・・ああ、そうだな」

 ふっと暖かな笑みを浮かべながら、レイゼロールはシェルディアの呟きに同意した。また影人と会えた。過去に2度と影人と会えないと思っていたレイゼロールからしてみれば、シェルディアの言葉は充分以上に共感できるものだった。

「それで話って言うのは・・・・・・さっきの奴、零無絡みの事でいいんだよな?」

「はい。彼女に関する話で間違いはないですが・・・・その零無というのは、彼女の事を言っているのですか?」

 シトュウは少し不思議そうな顔で影人にそう質問した。シトュウにとって、あの女はあくまで先代の『空』であり、それ以外に名前はなかった。シトュウは途中から『空』になったため、『空』になる前の名前があったが、彼女は最初から『空』だった。ゆえに、シトュウのように『空』になる前の名前はないのだ。だから、シトュウはあの女の事を基本的には二人称で呼ぶのだった。

 その事実はつまり、零無が初代の『空』であり、シトュウが2代目の『空』であるという事実を示していた。

「ああ、俺があいつにつけた名前だ。あいつには名前がなかったから、あくまで呼びやすいようにだが。それがどうかしたのか?」

「いえ・・・・・・少し驚いただけです。彼女が人間に名をつけられる事を良しとした事に。やはり、彼女にとって・・・・・・零無にとってあなたは特別なのですね」

 影人がつけた零無という名前を自身も使いながら、シトュウはそんな言葉を漏らした。名前をつけられ受け入れるという事は、その存在が縛られるという事。存在し始めた時から全ての存在の頂点に立ち、また当然のように全ての存在を見下す零無が、名付けを受ける事を受け入れた。その事実は、いかに零無が影人に心を許しているのかを物語っていた。

「・・・・・・俺にとっては本当に、反吐が出るほど最悪だがな。あいつと出会った事が間違いなく俺の人生の中で最低最悪の不幸だった」

 影人は苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、こう言葉を続けた。

「『空』の神様、あいつは間違いなくまた俺の前に現れるぜ。こんなところで確信は抱きたくないが、絶対に間違いなくだ」

「シトュウで構いませんよ。今の私は正確に『空』と名乗れるような状態ではありませんから。そうですね、あなたの言う通りです。彼女は必ずあなたの前に現れる。しかも、そう遠くない内に。あなたと話したい事はその事です」

 シトュウはコクリと頷くと、話の本題を影人に告げた。

「情けない事ですが、私は彼女に半分力を奪われてしまいました。彼女があなたを蘇らせる事が出来たのはそのためです。私は彼女から力を取り戻さなければなりません。そのためには、あなたの協力が必要です。帰城影人」

「・・・・・・分かった。今の俺は何の力もないただの一般人だが、俺に出来る事ならあんたに協力する」

 影人はシトュウの頼みを承諾すると、続けてこう言葉を続けた。

「改めてよろしく、シトュウさん。後、前回会った時は色々悪かった。いきなり押し掛けて脅した事の非礼を詫びる。本当にすみませんでした」

 謝罪の言葉を述べながら、影人はシトュウに軽く頭を下げた。影人に突然謝られたシトュウは、また少し驚いたような顔になった。

「・・・・・・意外です。まさか、謝罪を受けるとは。どういう心境の変化ですか?」

「いや、心境の変化とかじゃない。ずっと申し訳ないとは思ってた。だけど、あの時は簡素な言葉でしか言えなかったからな。だから、改めてだ。これから協力関係になるあんたとの関係は、出来るだけ友好なものにしたい」

「・・・・・・そうですか。ならば、あなたの謝罪を受け入れましょう。私はあなたを許します」

 謝罪の理由を聞いたシトュウは、影人に許しの言葉を与えた。正直、シトュウは影人に脅された事はあまり気にしてはいなかった。確かに、真界の神が人間に脅されるという事は前代未聞だった。だが、シトュウはあの時の影人に悪意は感じなかった。

 だから、シトュウはあの時の事をあまり気にしていなかったし、謝罪を受ける程でもないと思ったのだが、これは体面の問題だ。シトュウが許しの言葉を影人に与える事で、両者の関係はリセットされる。そうする事で、互いに引け目を覚えずに関係を築く事が出来る。ゆえに、シトュウはわざわざそう言ったのだ。

「そうか、ありがとう。じゃあ、次は俺の質問を――」

 影人がシトュウにそう言おうとした時、


「――影人!」


 突然、影人は自分の名を呼ぶ声を聞いた。

「っ・・・・・・」

 その声に聞き覚えがあった影人は、その声が聞こえて来た方に顔を向けた。声がして来た方は、鳥居の方だった。すると、そこには1人の女性がいた。桜色の長い髪が特徴の美しい女性が。

「ソレイユ・・・・・・」

 影人がポツリとその女性の名前を呟く。そこにいたのは、光の女神ソレイユ。影人にスプリガンとしての力を与えた者であり、また影人が消える前に最後に会った人物だった。

「・・・・・・」

 影人が消える前と同じ、桜色のワンピースを着ていたソレイユは、影人を睨みつけるかのように見つめると、スタスタとこちらに向かって歩いて来た。

「・・・・・・」

 影人もそんなソレイユを前髪の下の両目で見つめながら、ソレイユの方に向かって歩いて行く。ある覚悟を固めながら。

「「・・・・・・」」

 そして、両者は向かい合うように立ち止まる。両者の対面距離は約1メートルほどだった。そんな両者の様子を、レイゼロール、シェルディア、シトュウは静かに見守った。

「・・・・・・私、言いましたよね。さよならは言わないって」

「・・・・・・ああ、言ったな。それに対して、俺はお前にさよならの言葉を言った」

 どこか震えたような声で、ソレイユはそんな言葉を述べた。その言葉に対し、影人は静かにそう言葉を返す。

「・・・・・・私はさっきのさっきまで、あなたの事を忘れてた。でも、さっき突然あなたの事を思い出した。私は悲しくて、悔しくて、怒ったような気持ちになって・・・・・・気持ちがぐちゃぐちゃになった」

「・・・・・・そうか」

 影人はただ頷く。ソレイユは唯一、影人が消えた理由を知っている人物だ。自分が消える前に、泣き叫んでいたソレイユの事を思い出すと、影人は何も言えなかった。

「・・・・・・それで、突然あなたの事を思い出した私は、おかしいって思ってあなたの気配を探ってみた。私はあなたの気配ならすぐに分かるから」

「・・・・・・だろうな」

 ソレイユは影人に自身の神力を分け与え、スプリガンにした張本人だ。2人の間には繋がりができ、念話をする事も可能だった。そんなソレイユが、影人の気配を知らないはずがない。

「・・・・・・調べてみたら、ここからあなたの気配を感じた。でも、あなたはあの時に消えたはずだから、私信じられなくて・・・・・・でも、もしかしたらって思って、ここに来てみたら・・・・・・あなたが、あなたがいた」

「・・・・・・ああ」

「っ・・・・・・! ああですって・・・・・・? 私が、私がどんな気持ちで・・・・・・!」

 影人がそう相槌を打つと、ソレイユは怒ったような顔を浮かべた。そして、ギュウと両手の拳を握り締める。

「影人ッ! 歯ァ食い縛りなさいッ!」

 そして、ソレイユは感情を爆発させた。右手の拳を大きく引き力を込める。影人はただ直立不動で立つだけで、回避の動作は取らなかった。これは避けてはいけないものだからだ。

「はあッ!」

 ソレイユは振りかぶった右の鉄拳を、影人の左頬へと放った。思い切り。力の限り。

「っ・・・・・・」

 ソレイユの鉄拳を影人は甘んじて受けた。途端、影人の左頬に痛みと衝撃が訪れる。影人は踏ん張って、ソレイユの拳の痛みをしかと味わった。

「・・・・・・効いたぜ。お前の拳」

 ソレイユの拳を受けた影人は、ただ一言そう言った。その言葉を聞いたソレイユは、遂にその目から涙を溢れさせこう叫んだ。

「当たり前よッ! バカ! このバカッ! 本当に、本当に・・・・・・! また・・・・・・会えてよかった・・・・・・!」

「・・・・・・本当、悪かった。俺も、またお前と会えてよかったよ」

 ソレイユは影人の影人の胸にしがみついた。そんなソレイユを見つめながら、影人はそう言った。

「ううっ・・・・・・! ううっ・・・・・・!」

「・・・・・・」

 それからソレイユが泣き止む間、影人はただ無言でソレイユに自分の胸を貸した。











「へえ、ここには何回か来た事はあったが・・・・・・まさか、こんな場所があったなんてな」

 午前7時過ぎ。喫茶店「しえら」。その裏庭にある美しい庭園。その中に初めて足を踏み入れた影人は、そんな言葉を漏らした。

「まあ、ここは普通の人は入れないからね。ここに入れるのは、常連中の常連だけだよ」

 影人の言葉に答えたのはラルバだった。ソレイユと出会った後、色々とこれからの事について話し合いをしようという事になり、ならば一応ラルバも呼んだ方がいいとソレイユが言ったのだ。

 既に、ソレイユやレイゼロール、シェルディア同様に影人の事を思い出していたラルバは、初め影人の事を見た時驚いたような顔を浮かべていた。影人もこの喫茶店で会った青年が、まさか成長したラルバだとは思っていなかったので驚いた。

 だが、驚きから立ち直ったラルバはまず最初に、「・・・・・・ありがとう。そして・・・・・・ごめん」と影人にそう言って来た。それは、レイゼロールを影人が救った事に対する感謝と、スプリガンであった影人をずっと陰から殺そうとしていた事に対する謝罪だった。消える前に、ソレイユからずっとレイゼロールと影人を殺そうとしていた黒幕はラルバだという事を聞かされていた影人は、「・・・・・・ああ」とだけ言葉を返した。

 ラルバが合流した事によって、次に起きた問題は話し合いをする場所だった。1番手っ取り早いのは、ソレイユかラルバの神界のプライベートスペースだが、先の戦いがあるため、レイゼロールはまだ神界に足を踏み入れられなかった。そこで、ラルバがこの喫茶店の裏庭を提案したのだ。そう言った理由で、影人、シトュウ、レイゼロール、シェルディア、ソレイユ、ラルバの6人はこの場所へとやって来ていた。

 ちなみに、なぜソレイユやレイゼロールたちが影人の事を思い出したのかというと、それは当然ながら、消されたはずの影人が蘇ったからだった。その瞬間に、影人が最初からこの世界に存在していなかったという世界改変の力が解除されたから。影人の抱いていたこの疑問に、シトュウはそう答えた。

「・・・・・・別に、常連だからって入れているわけじゃない。これからは、普通の人にも解放するつもりだし。後、あなたは常連じゃないから。ずっとツケにする人は客じゃない」

「え、ええ・・・・・・わ、分かったよ。今度今までのツケは払うからさ」

 ラルバの言葉に、この裏庭を貸してくれたこの店の店主であるシエラは、ジトっとした目でラルバにそう言った。シエラにそう言われてしまったラルバは、少し恥ずかしくなったような様子で、そう言葉を返した。ラルバのその様子を見ていた、ソレイユとシェルディアはくすりと笑い、レイゼロールは「相変わらず格好のつかん奴だ・・・・・・」と少し呆れたような言葉を漏らした。

「それにしても、本当に素敵な場所ですねここは・・・・・・シエラさん、これからは私も時々このお店に通わせてもらいますね」

「ん、新しいお客様は大歓迎。それじゃあ、もし注文があったら呼んで」

 ソレイユの言葉に小さく笑みを浮かべたシエラは、そう言うと店内へと戻っていった。

「さて・・・・・・では始めましょうか、話し合いを」

 シエラが戻ったタイミングで、シトュウがそう宣言する。シトュウは木の下にテーブルを囲むように置かれているイスの1つに腰を下ろした。影人たちも、それぞれのイスに座る。シトュウの右横にはソレイユが、ソレイユの右横にはレイゼロールが、レイゼロールの右横には影人が、影人の右横にはシェルディアが、シェルディアの右横にはラルバが、といった形で。

「まずは、自己紹介をしましょう。この場にいる者で、私の事を知っているのは帰城影人しかいないでしょうから。私は真界の最上位の神『空』です。ですが、現在はシトュウと呼んでください。私が『空』になる前の名前です。よしなに」

「え・・・・・・!?」

「っ・・・・・・!?」

 シトュウの自己紹介を聞いたソレイユとラルバは驚愕した。神界の神であるソレイユとラルバは、一応『空』という存在の事を知ってはいたので、目の前に最上位の神がいるという事実に震え上がった。

「か、『空』様だとは露知らず、申し訳ありませんでした! 私は神界の神、ソレイユと申します! 何かご無礼があったならば、心より謝罪いたします!」

「お、同じくラルバです! 低級の神の私が『空』様の姿を拝見できた事は身に余る光栄です!」

 イスから立ち上がったソレイユとラルバは、シトュウに頭を下げた。真界の神の事を知らなかったレイゼロールとシェルディアは不思議そうな顔を浮かべていた。ただ1人、シトュウの正体を知っていた影人は、「へえ、やっぱり『空』ってすごい偉いんだなー」的な事を思っていた。

「気にしないでください。あなた達の緊張は分かりますが、そう畏まられてはこれからの話し合いに支障をきたす恐れがあります。なので、基本的には普通の態度でいてください。一応、命令という事にしておきます」

 シトュウはソレイユとラルバにそう言った。シトュウにそう言われた2人は「「は、はい!」」と頷いて、再び着席した。

「・・・・・・どうやら、相当に上位の神らしいな」

「そうね」

 レイゼロールとシェルディアは、シトュウの正体を完全には理解していなかったが、ソレイユとラルバの様子からそう結論づけた。

「・・・・・・その自己紹介って、俺らもした方がいいのかシトュウさん?」

「いえ、それは構いません。この2人が神だという事は既に気づいていましたし、そこの2人も何者かは分かります。『終焉』の力を司る女神レイゼロールと、あなたは異世界の吸血鬼ですね?」

「ふん・・・・・・」

「ええ、大正解よ」 

 影人の質問に首を横に振ったシトュウは、その目をレイゼロールとシェルディアに向けた。シトュウに正体を言い当てられたレイゼロールとシェルディアは、それぞれそんな反応を示した。

「・・・・・・じゃあ、まずは俺から質問だ。シトュウさん、いったい何があったんだ。消えたはずの俺はなぜ蘇って、零無の奴も・・・・・・一応、あいつが色々と言っていたが、あんたの口から正確な事を聞きたい」

「・・・・・・いいでしょう。では、何が起きたのかをまずは説明しましょう」

 今までの状況の整理のためにも、そう質問した影人。影人の言葉に頷いたシトュウは、零無が蘇り影人を蘇らせるまでの一連の事を皆に説明した。

「つ、追放された先代の『空』・・・・・・? 彼女が唯一執着していた影人を、彼女が蘇らせた・・・・・・?」

「しかも、その先代の『空』を子供の頃の影人くんが封じていた・・・・・・? しょ、正直訳が分からないというか、理解が追いつかないというか・・・・・・」

 シトュウの説明を聞いたソレイユとラルバは、呆気に取られたようにそんな感想を漏らした。

「・・・・・・影人、さっきソレイユがお前を殴った理由がようやく分かった。後で話がある」

「私もよ。正直ちょっと・・・・・・いや、かなり怒ってるわ」

「うっ・・・・・・」

 一方、レイゼロールとシェルディアは自分たちが影人を忘れていた理由を知り、厳しい視線を影人へと向けた。2人からそう言われた影人は、気まずそうな顔を浮かべた。

「・・・・・・分かってるよ。ちゃんと後でレイゼロールと嬢ちゃんには怒られる。・・・・・・でも、今はそれよりもあいつの、零無の事だ。あいつは悪意だ。他者をただ自分のために蹂躙しているとも知らずに蹂躙するような奴だ。この世に・・・・・・いちゃいけないような奴だ。あいつをどうにかしないと・・・・・・」

 影人は厳しい顔を浮かべながら、そう言葉を漏らした。その影人の言葉を聞いたソレイユは、影人にこう聞いた。

「影人、失礼かもしれませんが・・・・・・過去に彼女と、零無さんと何があったのですか? 正直、私には未だによく分からないのです。なぜ、先代の『空』ともあろう存在が、あなたに執着しているのか。なぜ、あなたは彼女をそんなに嫌っているのか。そして、なぜあなたは彼女を封印したのか・・・・・・私には何も分かりません」

 ソレイユの質問は、ここにいる全ての者を代弁するものだった。過去に影人と零無の間に何があったのか。今回の一連の事は、そもそもの原因がそこにある。全ての因縁がそこにあるのだ。

「っ・・・・・・正直、この事は話したくないんだ。本当に。あいつとの記憶は俺にとって忌むべき記憶。俺はずっとその事を記憶の底の底に封じて来た。だから、シトュウさん。あんたが俺の代わりに話してくれないか? あんたなら、俺の過去を知ってんだろ?」

「確かに、私はあなたが零無を封じたという事実は知っています。しかし、その過程は知りません。なぜ彼女があなたに執着し、あなたが彼女を封じるに至った経緯を、私は知りません。なので、酷ですが・・・・・・あなたの口から、過去の事を話してほしいです」

 どこか震えたような声でそう言った影人に、シトュウは少しだけ申し訳なさそうな顔を浮かべ、そう言葉を返した。全知の力があれば、その過去を詳細に知る事が出来たが、今のシトュウにその力はない。シトュウが知っているのは今言ったように、影人が零無を封じたという事実だけ。その背景までは、当時のシトュウは知ろうとは思わなかった。そこには、一種の恐れがあったからだ。

「そう、なのか・・・・・・ああ、だったら仕方がないよな。あいつとの話は、墓場まで持っていくつもりだったんだが・・・・・・こうなったら、話すしかねえよな・・・・・・」

 影人は大きなため息を吐いた。ここで意地を張って話さないという選択肢はない。零無の事は共有する必要があるからだ。影人は覚悟を固め、自分が封じていた過去の事を話し始めた。

「・・・・・・忘れもしない。あいつと会ったのは今から7年前。俺が小学5年生の、ある夏の日の事だった・・・・・・」

 影人は自分の心の奥底に封じていた零無との記憶を、自身の心の禁域の鎖を完全に解きながら、あの日の事を思い出した。

 零無と出会ったあの日の事を。自分が、この長い前髪で視界を縛ろうと決意したあの日の事を。


 ――語られるは、とある少年の物語。帰城影人がずっと自分の中に封じ続けてきた、ある悲劇の記憶。今の帰城影人を帰城影人たらしめ、そして決定づけたその根源たる出来事。


 帰城影人の過去が――いま明かされる。

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