第280話 闇の女神と吸血鬼との再会
「ふん・・・・・・なぜだと? 愚問だな」
「ええ、愚問ね。レイゼロールに同意するわ」
影人の呟きを聞いたレイゼロールとシェルディアは、影人の方を見ずにそう言葉を返した。
「お前がいるからだ」
「あなたがいるからよ」
そして、2人は同じ答えを影人に放った。
「影人、お前には色々と聞きたい事がある。なぜ、我が今の今までお前の存在を忘れていたのか、なぜお前はずっと消えていたのか・・・・・・本当に色々とな。だが、それらの話はまた後だ。まずは・・・・・・」
「この女をどうにかしないとね」
レイゼロールの言葉を引き継ぐように、シェルディアがそう言った。2人は影人を守るように立ち塞がり、零無を睨んでいた。
「ほう、お前らレゼルニウスの記憶で見たぜ。確か別世界の真祖の吸血鬼と、『終焉』の力を持つ闇の女神レイゼロールだろ? まあ前者はてんでどうでもいいが、後者はレゼルニウスと同じで多少は・・・・くくっ、何だかなあ。ちと不思議な気分だな」
零無は突然の乱入者に驚く事なく、ニヤニヤとした顔でそう言った。その笑みは、どこか意味深な笑みでもあった。
「っ? 貴様、どういう事だ。なぜ貴様から兄さんの名前が出てくる・・・・・・? 兄さんの記憶と言ったな。それはどういう意味だ?」
だが、レイゼロールはその笑みではなく、零無の言葉に反応した。レゼルニウス。その名前をレイゼロールが無視出来るはずがなかった。
「面倒だから答えんよ。さて、異世界の吸血鬼にレイゼロール。急に吾と影人の逢瀬を邪魔して何の用だ? 吾はこれから影人とデートと洒落込むんだ。お前らみたいな女はお呼びじゃないだが」
零無は傲然とした態度で、シェルディアとレイゼロールにそう言った。その声には少しの不愉快さと、そして、どこか勝ち誇ったような意味合いが含まれているように感じられた。
「くだらん妄言を吐く女だな。どうやら頭がやられているらしい。こいつが貴様のような女とデートなどするものか」
「悪いけど、ダメよ。どう見ても悪女のあなたに、私の大切な人間を任せられるものですか。覚えておきなさい、影人に手を出したら殺すわよ」
零無のその言葉。それを聞いたレイゼロールとシェルディアは「は?」といった感じの声で、そう言葉を返す。2人の零無を睨む目は、更に鋭く冷たくなった。そして、なぜだか影人は凄まじい居心地の悪さを覚えた。この場の圧が尋常ではない事は理由の1つだが、他の理由は影人には分からなかった。
「あ? 影人は吾のものだ。貴様らこそ何を勘違いしている。たかだが、血を吸わんと存在出来ん不完全な存在と、特異な力があるとはいえ下位の神如きが、調子に乗るな。不敬である。消すぞ?」
零無もシェルディアとレイゼロールに対して、不愉快さと、その透明の瞳の冷たさを隠さなくなった。場の空気は更に重く圧も高くなる。影人はこんな時だというのに、胃が痛くなってきた。
「ふん、驕り高ぶり偉そうに。お前のような奴が、我は1番気に食わん」
「明確な殺意を抱いたのは随分と久しぶりだわ。さあ、どう殺そうかしら」
レイゼロールとシェルディアがその身から闘気と殺気を放つ。ここで
「おいおい、本当に吾とやる気かよ。愚か者ここに極まれりだな。まあ見たところ、お前たちはそれなりの実力がある。吾に挑まんとする事は理解出来んでもないが、正直・・・・・・」
零無は少し呆れたような顔になると、次の瞬間、自身の抑えていた重圧を半分ほど解放した。
「面倒くせえんだよ。お前らと戦うのは。なぜ、吾がお前らのような矮小で下賤な存在と戦わなければならない? 驕り高ぶっているのはどちらだ。一部を除き、基本的に全ての存在は吾の下だ。そんな存在が、いったい何様のつもりだ?」
途端、零無からこの世を押し潰さんと錯覚するほどの重圧と恐怖が放たれた。その重圧と恐怖は、もし通常の人間が受ければ、地面にへばり付き発狂する程だろう。かつて、イヴは影人の心の奥底で零無の魂の一部と出会った。その時、イヴは凄まじい恐怖を覚えた。だが、いま零無本体が放った重圧と恐怖はそれとは比べ物にならなかった。
「「っ!?」」
零無の解放された重圧と、最上位存在である事から発生する恐怖。それを身に受けたレイゼロールとシェルディアは、反射的にその体を震わせた。本能に、魂で理解させられる。目の前の女が、いかに尋常ならざる存在か。関わってはいけない存在か。レイゼロールとシェルディアは、彼女たちには非常に珍しい事に恐怖していた。
(何だ、何だというのだこいつは・・・・・・! 我が恐怖しているだと・・・・・・!? 全ての力と『終焉』の力を取り戻した我が・・・・・・!)
(純粋な生物としての恐怖・・・・・・私は今それを叩き付けられている。この私が・・・・・・こんな事は初めてだわ・・・・・・!)
零無の放った重圧と恐怖から、レイゼロールとシェルディアが放っていた闘気と殺気が削がれていく。重圧と恐怖を解放した零無を前にして喚かずにいられる。本来なら、それだけで尋常ではない事だ。だがしかし、2人は確実に零無という存在に呑まれ始めていた。
「・・・・・・あいつが怖いのはよく分かる。だけど、大丈夫だ。ゆっくり落ち着くんだ。レイゼロール、嬢ちゃん。落ち着けば、恐怖は和らいでいくから」
だが、恐怖に呑まれゆく2人にそう声を掛けてくる人物がいた。影人だ。影人はしっかりとした確かな声でそう言って、レイゼロールとシェルディア、それぞれ2人の手を握った。
「「あ・・・・・・」」
影人の手の温もり。それを感じたレイゼロールとシェルディアは、不思議な事に恐怖が消えていくのを感じた。そして、2人は小さな笑みを浮かべた。
「ふっ、そうだな。我が恐怖するなど柄ではない。もう我は孤独ではない。重圧や恐怖になど屈するものか」
「そうね。あなたがいてくれるのなら、私は何でも出来る。どこまでも、私のままでいられるわ。ふふっ、ありがとうね影人」
レイゼロールとシェルディアは影人の温もりを感じた事で、完全に零無の重圧と恐怖を克服した。2人の言葉を聞いた影人は少し口角を上げた。
「よし、もう大丈夫そうだな」
影人はそう言うと、握っていた2人の手を離した。その光景を見ていた零無は、つまらなさそうにこう言葉を述べる。
「おいおい影人。せっかく楽できそうだったのに、邪魔をするなよ。そのせいで、そいつら元通りじゃないか。後、吾以外の存在と手を繋ぐな。苛立って仕方ない」
「黙れよ。てめえの苛立ちなんか知るか。早く死ねよ」
既に零無の恐怖を克服している影人は、呪うが如くそう言葉を吐き捨てる。ここまで嫌悪に満ちた影人の声を聞いた事がなかったレイゼロールとシェルディアは、少し驚いていた。
「・・・・・・シェルディア、奴はただ者ではない。初めから全力で行くぞ」
レイゼロールがその身から闇を立ち昇らせる。次いで、レイゼロールのアイスブルーの瞳の色が漆黒へと変わった。『終焉』の闇を解放している証拠だ。レイゼロールは全ての存在を終わりに導く『終焉』の闇をその身に纏わせた。
「ええそうね。きっと、それが正解だわ」
シェルディアも自身の真なる力を解放した。途端、シェルディアのブロンドの髪が、美しい銀に変わり、その瞳の色も真紅に変わる。そして、その身に瞳と同じ真紅のオーラを纏った。真祖化。シェルディアの真祖としての力を解放した本気の姿だ。
(っ、『終焉』状態のレイゼロールに、『真祖化』状態の嬢ちゃんかよ・・・・・・ヤバすぎだぜ・・・・)
2人のその姿を見た影人は内心でそう言葉を漏らした。レイゼロールとシェルディアのその形態と戦った事のある影人は、その形態がどれだけ規格外なのかを知っている。片方は1度殺された形態であり、もう片方は『世界顕現』を使っても負けた形態だ。
かつての、スプリガンであった影人が、この形態の両者を相手にしなければならないと言われたならば、それは悪夢以外の何者でもない。影人は2人に頼もしさを覚えつつも、そんな事を考えていた。
「ちっ、結局こうなるのかよ。しかも、片方は『終焉』の力持ち。クソ面倒くせえ。はあー、仕方ない。吾も久しぶりに戦うか」
一方の零無は、2人の変化した姿に全く気圧された様子もなく、そう言葉を吐いた。そして、零無もゆらりとその身から透明のオーラを立ち昇らせる。
「「「・・・・・・」」」
レイゼロール、シェルディア、零無が互いを睨み合う。一触即発。いよいよ、戦いが始まるか。そう思われた時、突如零無と、レイゼロールやシェルディア、影人たちの間、その虚空に透明の門が生じ、
「――その戦い、待ってもらいます」
そんな声と共に、門の中から1人の女が現れた。薄紫の長い髪に、零無に力を奪われた事により透明と薄紫のオッドアイに変わった目。シトュウだ。真界にいた時は、シトュウの服装は白と透明のベールのような服装だったが、今のシトュウの服装は淡い紫色の着物のような服装だった。
「「「っ・・・・・・!?」」」
「ちっ、わざわざこんな場所に降臨してまで、吾を追って来るかよ、シトュウ」
シトュウの突然の登場に、影人、レイゼロール、シェルディアは驚いた顔を浮かべ、零無は予想外といった顔を浮かべた。
「あなたには、力を返してもらわなければなりませんからね。全ての世界平定のために」
「ふん、元々は吾の力なのに返せとは烏滸がましい奴だぜ」
シトュウの言葉に零無は面白くなさそうにそう言葉を返す。その言葉に対して、シトュウはコクリと頷いた。
「確かに、私の『空』としての力は元々はあなたのものです。ですが、現在の『空』は私。あなたから継承した力を振るう資格は、私にあります」
「簒奪したの間違いだろうが。盗人猛々しい」
「私たちがあなたから力を簒奪したのは、当時のあなたにその資格がなかったからです。あのままあなたが『空』でいれば、全ての世界の平定は為されていなかった」
零無とシトュウが互いを見つめながらそんな言葉を交わす。シトュウの事を覚えていた影人は、シトュウに言葉をかけた。
「あんた、真界の神だよな・・・・・・? 何でここに来たんだ・・・・・・? しかも、そいつの事を知っているみたいだし・・・・・・あんたとそいつは知り合いなのか?」
「・・・・・・ええ、あなたの指摘は正しいです帰城影人。私と彼女はよく知った仲です。しかし・・・・・・本当に蘇ったのですね・・・・・・」
影人にそう聞かれたシトュウは、チラリと影人の方を見ながら答えを述べた。そして、シトュウは影人が蘇っている事に少し驚いていた。まさか、あの無限に広がる「虚無の闇辺」から帰城影人の残骸を見つけ出すとは。シトュウは、零無が本当に影人を蘇らせられるとは思っていなかった。
「貴様・・・・・・いったい何者だ? どうやら、影人とは顔見知りのようだが・・・・・・」
「率直に聞くけれど・・・・・・敵か味方どちらなのかしら?」
シトュウの事を知らないレイゼロールとシェルディアが訝しげな顔でシトュウにそう言葉を放った。
「私が誰なのか。それは後ほど話しましょう。そしてもう1つの問い、私が敵か味方かという問いですが・・・・・・少なくとも、私は彼女とは対立しています。そういう意味では、あなた達の味方と言えるでしょう」
2人の問いかけにシトュウはそう答える。そして、シトュウはそのオッドアイを再び零無に向けた。
「今答えた通りです。もし、あなたがここで戦うというのならば、私も彼女たちに加勢します。あなたと対等の力を持つ私に、彼女たち2人。いくらあなたでも、勝つ事は難しいはずです」
シトュウが零無に脅すようにそう宣言する。零無がシトュウから奪った力は、ちょうど半分。つまり、今の零無とシトュウは完全に力が均衡している存在だ。そこにレイゼロールやシェルディアが加われば、形勢がどうなるかは分かりやすい。
ちなみに、神界の神々は最初から地上にいたレイゼロールを除き、地上に降臨した際には様々な制約を受け、神力を振るう事が出来ない。それは、基本的には真界の神々も同じだ。
だが、『空』だけは唯一その例外だ。つまり、『空』の力を持つシトュウと零無はこの地上世界でその最上位の神としての力を振るう事が出来る。それが全ての存在の頂点に立つ存在としての力だからだ。『空』を縛るモノは、何処にも存在しない。
「・・・・・・ちっ、奪った力を半分だけにした情けを無下にしやがって。やっぱり情けなんかかけるものじゃないな。・・・・・・分かったよ。非常に癪だが、ここは1度退いてやる。ああ、本当に癪だがな」
零無は苛立ったように舌打ちをすると、最後に影人を見て笑みを浮かべた。
「すまないな、影人。しばしの別れだ。だが、必ず吾がお前を迎えに行くからな。吾は常にお前と共にある。その時まで、デートスポットやらを探しておくぜ。じゃあ、さらばだ」
零無はそう言うと、透明の粒子となって一瞬でこの場から消え去った。それはどこかに転移したという事なのだろうが、影人には蘇ってからの一連の光景が悪夢であったように感じられた。
「・・・・・・退きましたか。まあ、今はこれでよしとしましょう」
零無がこの場から去った事を確認したシトュウは、軽く息を吐きながらそう呟いた。本当ならば、一刻も早く零無から『空』としての力を取り戻さなければならないが、ここで焦って零無を追うのは危険だ。シトュウは零無と長い付き合いだからこそ、力を持った零無の危険性を知っているし、また警戒していた。
(それに、あの方は必ず現れる。彼の前に・・・・・・)
シトュウがチラリとその視線を背後にいた影人に向ける。零無の狙いは明らかだ。零無は先ほどの言葉通り、再び影人の前に現れる。零無から力を取り戻すのはその時だ。
「・・・・・・ちくしょうが。まだ悪い夢を見てる気分だぜ。まさか、あいつが復活したなんてよ・・・・・・」
一方、シトュウに見られている影人は、右手で頭を押さえながら、そんな言葉を漏らした。影人の言葉には、疲れと絶望が滲んでいた。
――こうして、最悪の人物の手によって、帰城影人は再び蘇った。だが、その前途は暗く多難。過去に封じた亡霊を、影人は再び乗り越える事が出来るのか。
――帰城影人の新たな戦いが、ここに幕を開けた。
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