第274話 変身ヒロインを影から助けた者

「ふぁ〜あ・・・・・眠い・・・・・そして寒い・・・・・」

 最後の戦いから2日が経過した、1月10日木曜日、午前8時過ぎ。自分が通う風洛高校の制服に身を包んだ、前髪が異様に長い少年、前髪野郎こと帰城影人はあくびをしながら、そう言葉を漏らした。

(さて、今日はどうするか。もう俺にはスプリガンとしての仕事はないし、スプリガンの力はもうソレイユに返却した。俺は晴れて自由の身。ただの一般人に戻った。・・・・・ようやっと、非日常から解放されたわけだ)

 解放感を感じながら、影人は内心でそんな事を思った。そう。今の影人は何の力もないただの一般人。レイゼロールを救い、闇奴や闇人が発生する事のない今、もはやスプリガンの力は必要ない。影人は昨日にスプリガンの力の媒体であるペンデュラムをソレイユに返却し、ソレイユとの力の繋がりも絶った。ゆえに、影人はもうソレイユと念話する事は出来なかった。

「・・・・・まああいつ、イヴの存在は残すって言ってたしその辺りは大丈夫だろう。あれだけが正直不安点だったしな・・・・・」

 イヴの事を考えながら、影人はそう言葉を漏らした。イヴは元々スプリガンの力の化身で、イレギュラーとして生まれた存在だ。ソレイユに力を返還する際、イヴが消えてしまわないか、それだけが影人からすれば不安だったのだが、ソレイユは「元々、あなたに与えた力は私の力ですから、私に力が戻っても、既に力の化身として意志を得ているイヴさんは消滅する事はありませんよ。私が消さない限り。むろん、私はそんな事はしません。だから、安心してください」と言っていた。そのため、影人は安心してソレイユに力を返却する事が出来た。

「――帰城くん!」

「ん・・・・?」

 影人がそんな事を考えながら、歩いていると自分を呼ぶ声が後ろから聞こえてきた。影人がチラリと後方に首を向けると、光司が自分の方に向かって駆けてきた。

「・・・・朝から元気だな。俺に何か用か、香乃宮」

 影人は自分の横に来た光司にそう言った。その声音に以前までの嫌悪感のようなものはなかった。まあ、あれは演技していただけなので、演技の必要がない今、声音は普通だ。

「いや、特に用という用は・・・・ただ、君の姿が見えたから一緒に登校でもと思って」

「はっ、そうかよ。相変わらずだな、お前は。・・・・まあ、好きにしろよ」

「っ! ありがとう!」

 影人にそう言われた光司は嬉しそうな顔になった。全く、自分と一緒に登校してこれだけ喜ぶ人間はこの男くらいだろう。やはり変わっている。影人はそう思った。

「・・・・帰城くん、改めて君に感謝と、そして謝罪を。ありがとう、ずっと僕たちを影から助けてくれて。ずっと1人で正体を隠しながら。そして、ごめん。僕は君を・・・・スプリガンをずっと疑っていた。ううん、違うな。僕は・・・・力がある君にずっと醜く嫉妬していたんだ」

 影人と共に学校に向かって歩きながら、光司がそんな言葉を述べた。光司はスプリガンをずっと危険視、いや目の敵にしていた。戦いが終わり光司は、自分の本心にようやく気がついたのだ。

「・・・・どうでもいいぜそんな事は。俺はもうスプリガンじゃない。スプリガンとして戦ってたのも、まあ今となって思えば必然みたいなものだった。だから、気にするなよ」

 光司の言葉を聞いた影人は、光司にそう言葉を返した。最初は仕事として嫌々スプリガンとして戦っていた影人だったが、過去に行きレイゼロールと出会った事を考えると、影人がスプリガンになったのは決まった運命だった。

「それでも、だよ。帰城くん、僕は――」

「はあー、ったく・・・・」

 未だに難しい顔を浮かべる光司に、影人は左手で軽くデコピンした。

「い、痛っ! き、帰城くん・・・・?」

「ごちゃごちゃ悩み過ぎるな。俺が気にしないって言ってるんだ。だから、お前は分かったって言えばいいんだよ。お前はお前で頑張ってた。それでいいだろ」

 急にデコピンをされた光司は立ち止まり、驚いた顔で影人を見てきた。そんな光司に、影人は少し呆れたような表情でそう言った。

「もう1度だけ言うぞ、分かったな?」

「う、うん。分かったよ・・・・」

「ならいい。この話はこれで終わりだ」

 少し詰めるような影人の言い方に、光司は頷いた。光司が頷いたのを見た影人は、再び歩き始めた。

「・・・・・・・・帰城くん、やっぱり君は優しいね」

 少しの間先を歩く影人の背中を見つめていた光司は、ボソリとそう言葉を漏らした。

「? 何か言ったか香乃宮?」

「いいや、何も。ただいい天気だと思っただけさ」

 振り向いてそう聞いてきた影人に、光司はふっと笑ってそう言った。きっと、今の言葉を聞けば、少し捻くれている影人は嫌な顔を浮かべるはずだ。だから、光司は小さな嘘をついた。

「気のせいか・・・・まあ、いい。いつまでそこにいるつもりだお前。学校遅れるぞ」

「ああ、今行くよ」

 影人にそう促された光司は笑顔を浮かべながら、再び影人の横に並び学校へと向かった。

 ――まるで、普通の友達かのように。










「よっこらせっと・・・・・」

 学校に到着し自分の座席についた影人は、鞄を机の上に置き一息吐いた。そして、鞄から教科書を出して机の中に入れる。影人はあまり真面目な生徒ではないので、基本的に教科書やノートは机の中に入れっぱなしだが、今日は置いている教科書だけでは足りないため、家から必要な教科書を持ってきたのだ。

「・・・・・そろそろか」

 5分ほどスマホを眺めていた影人は、スマホの画面の端に表示されている時間を見た。時刻は午前8時29分。つまり、

「――ぬわぁぁぁぁ! 今日もヤバい! ヤバい明夜! あとちょっとで遅刻しちゃう!」

「分かってるわよ! ああ、もう本当に私たちって!」

 影人が窓から正門の方に視線を移すと、ちょうどそんな声が窓の外から聞こえて来た。影人がそのまま校門の方を見続けていると、2人の少女が走っているのが見えた。この風洛高校では知らない者はいない有名人、朝宮陽華と月下明夜の名物コンビである。2人はいつも通り、遅刻と戦っていた。

「ったく、レイゼロールを浄化して世界を救ったって言うのに・・・・相変わらずだな・・・・」

 風洛高校の日常風景と化したその光景に、影人は呆れたようにそう言葉を漏らす。世界を救った英雄だというのに、あの2人は全く変わらなかった。

「ふはははッ! 今日こそは負けんぞ朝宮、月下!」

 校門に手を掛けている男。風洛高校の体育教師、上田勝雄34歳が高らかな笑い声を上げ、そう言った。相変わらず、大人げないなと影人は思った。

 ちなみに、お見合いなどは悉く失敗し、今まで独身で彼女もいなかった勝雄であるが、どうやらつい先日に念願の彼女が出来たらしい。風の噂によると、交際相手は10歳下の女性らしい。元々はフリーターらしかったが、何でも今は人生一発逆転を狙っているため、北の海で蟹漁に行ったりしているとの事だ。その噂を聞いた時、影人はどんな命知らずの女だと思った。端的に言って、度胸がイカれている。

「すみませんが、私たちは今日も負けませんよ! ね、明夜!?」

「あたぼうよ陽華! 私たちは止まれない! 若さ溢れる10代の暴走機関車、それが私たちよ!」

 2人は勝雄にそう言葉を返すと、ラストスパートと言わんばかり更にスピードを上げた。校門までの距離はあと数メートル。だが、そんなタイミングでキーンコーンカーンコーンとチャイムの音が鳴った。

「いいや、今日こそお前らの負けだ! 今こそジムでの筋トレの成果を見せる時! ふんッ!」

 勝雄は凄まじい力で開いていた門を閉め始めた。その門を閉めるスピードは今までよりも速かった。

「「間に合えぇぇぇぇッ!!」」

 2人があと少しで門に到着する。だが、しかし

「今日こそ俺の勝ち! お前たちは遅刻だ!」

 勝雄がその前に門を閉めた。

「いや!」

「まだよッ!」

 しかし、2人はそれでも諦めずに加速し続ける。そして、思い切り踏み込みを行うと大きくジャンプし、2人は右手で門の上部に手を着き、門を飛び越えた。

「なっ!?」

 勝雄は門の近くにいた自分すらも飛び越えて行く2人に驚いた。少し大事な事なので触れておくと、2人はスカートの下に体育用の半ズボンを履いていたため、パンツは見えなかった。健全と言えば健全である。

「とう! 明夜!」

「ええ、陽華!」

「「イェーイ!」」

 華麗に着地した2人は互いの顔を見つめ合うと、ハイタッチをした。その光景を教室から見ていた影人以外の風洛高校の生徒たちはパチパチと拍手をし、「さっすが名物コンビ!」「いいぞー!」などと囃し立てていた。アホばかりだと影人は思った。

「あっ・・・・」

「あら・・・・」

 影人が2階の窓から陽華と明夜を見続けていると、2人が顔を上げて影人に気がついた。2人は影人の方を見ると、笑顔でVサインをしてきた。

「けっ、呑気な奴ら・・・・」

 自分にそんなサインを送って来た2人を見た影人は、呆れたようにそう言葉を漏らす。だが、影人の唇の端は僅かに上がっていた。

「おー、今日もクソ寒いな。お前らホームルームだ。席につけよー」

 教室前方のドアが開き、影人のクラスの担任である榊原紫織が入って来た。生徒たちはバタバタと急いで自分の席に戻り始める。

「さて、今日も今日とて・・・・・・・・」

 今日が始まる。影人がそう呟こうとして顔を正面に戻そうとした時、


 突如として、ぼうっとした黒い小さな光が、影人の右手からふわりと出た。


「・・・・・・・・・・・・ああ、

 自分の右手から出た黒い粒子を見た影人は、ボソリとそう呟いた。












「久しぶりにスプリガンの仕事以外でサボタージュしたが・・・・・やっぱりいいもんだな」

 午後2時過ぎ。影人は自分たちが住んでいる町を見下ろせる、高台にある小さな公園の柵にもたれ掛かりながらそう呟いた。影人は昼休みから学校をサボっていた。1時間ほど街をぶらついて買い食いしたりして、密かに気に入っているこの公園に来たのだった。

「にしても・・・・・ああ、いい天気だ。よく言うよな、死ぬにはいい日だって・・・・・今日がそんな日なのかね」

 晴れ渡る冬の青空を見上げながら、どこか黄昏れたように影人は言葉を漏らす。すると同時に、朝学校で影人の右手から出たのと同じ、黒い粒子が1つ、2つと、影人の体から出て空に浮かび上がっていった。

「・・・・・・・・・・」

 自分の体から出て行く黒い粒子を、影人は何の感慨もなく見つめた。影人はその粒子がどのような意味を持っているか知っている。だが、それでも影人の表情が変わる事はない。既に自分は覚悟が出来ている。影人がそんな事を思っている間にも、体から出て行く粒子の量は少しづつ増えていく。

「・・・・・あばよ。何だかんだ、楽しかったぜ。この世界・・・・・」

 影人がどこか悟ったような声でそう呟いた時だった。突然、


「――影人」


 後方から自分を呼ぶ女の声が聞こえて来た。

「・・・・・・・・・いきなり何の用だよ、ソレイユ」

 自分を呼ぶその人物に、影人は振り返らずにそう言葉を返した。何度も自分の中に響いていた声だ。振り返らずとも誰だか分かる。

「いえ、実はお伝えしたい事があったので、あなたの気配を探って地上に降りて来たのですが・・・・・こんな所でいったい何をしているんですか?」

「ちょっと学校サボタージュして、のんびりしてたところだ。で、伝えたい事って何だよ?」

 影人はそう答えを返しながら、ソレイユの方に振り向いた。今や闇奴や闇人が発生する事はない。だから、ソレイユも気軽に地上に降りてくる事が出来る。ソレイユは、自分の髪の色と同じ桜色のワンピースを着ていた。一瞬、この時期に寒くないのかと思ったが、まあどうでもいいかと影人はそれ以上深くは考えなかった。

「サボタージュって不良ですね・・・・・」

「たまにくらいならいいだろ別に。で、用は?」

 少し呆れたような表情のソレイユに、影人はそう言葉を返し促した。

「用というよりかは提案なのですが・・・・・影人、明日の夜は空いていますか? もし空いていれば、私とラルバとレールで食事会でもしようと思いまして。ほら、あの時のように。ラルバは詰めてボコボコ・・・・・いえ、しっかり反省させましたから。きっと楽しい――」

 ソレイユはそこで、影人の体から無数の黒い粒子が出ている事に気がついた。そして、なぜだろうか。徐々に影人の姿が透明に、薄くなってきているようにソレイユには見えた。

「え、影人・・・・・・・・? そ、その光はいったい何なのですか・・・・?」

 その光景を見たソレイユが意味が分からないといった顔を浮かべた。

「ああ、これか? まあ、一言で言えば、俺という存在が消えて行く、過程だな。あとちょいで俺はまた死ぬわけだ。2度目の死ってやつだな。だから悪い。食事会は行けねえ」

 ソレイユのその問いかけに、影人は何でもないようにそう言った。そして、少し悪びれた様子でソレイユの誘いを断った。

「え、あ、え・・・・・・・・・・・・・・? し、死ぬ・・・・? あなたが、また・・・・? え、え・・・・・・・・・・・・・・?」

 いきなりそんな事を聞かされたソレイユは、ただ呆然とした。

「はっ、まあそういう反応になるわな普通。本来なら、誰にも言わずにひっそりと逝く予定だったんだが・・・・お前、タイミング悪すぎだぜ」

「な、何・・・・いったい、いったいどういう事なの!? 影人!?」

 自分が死ぬというのに普段と様子の変わらない影人。そんな影人に強烈な恐怖感を抱きながらも、ソレイユは影人にそう問いただした。

「落ち着けよ、口調が昔に戻ってるぜ。まあ、どっちにしてもだろうし・・・・・・・・最後にお前くらいには教えてもいいか」

 影人はそう呟くと、ソレイユに説明を始めた。

「俺が生き返るのには条件があったんだよ。それはレイゼロールの兄であるレゼルニウスから、『終焉』の力を継承する事。『死』に最も近い力を継承する事で、一時的に自分の死を克服、あるいは誤魔化した。俺が生き返ったのはそういう理由だ。だが、当然これは無茶苦茶な方法。負うべき代償が存在する。その代償は2つ。1つは魂の安寧、その永遠の放棄。俺の魂は、再度俺が死した時に、永遠に虚無を、無辺の闇を彷徨う事になる。そして、もう1つが・・・・・・・・生き返っても、2日か3日しか生きる事が出来ないっていう代償だ」

「っ・・・・・・・・・・!?」

 影人から生き返る2つの代償を聞いたソレイユは、驚愕したようにその目を見開いた。

「そんな、そんなの・・・・・あまりに酷すぎる代償じゃない! あなたはその短期間生き返るためだけに、永遠に魂が虚無の闇を彷徨うのよ!? おかしいわ! 理不尽だわ! そんな代償!」

「分かってるよ。だからあいつも、レゼルニウスも俺が生き返る道を苦しくも辛い道だって言ったんだ」

 いつの間にか、その両目から涙を流しながらソレイユが吠える。そんなソレイユに、影人はただ穏やかにそう言葉を返す。

「でも、俺はこの道を選んだ。俺が選んだ。この決断に悔いはねえよ。おかげで、俺はレイゼロールとの約束を果たせたからな。・・・・・まあ、普通は生き返る事なんて有り得ねえんだ。ちょっとの間生き返れただけでも奇跡で、儲けもんだろ」

 サッパリとした表情を浮かべながら、影人はそう言葉を続けた。あの最後の戦い以来、影人はレイゼロールとは会っていない。それは、レイゼロールが色々と用事があったからだ。主に、神界の神々との話し合いなどの。今ごろレイゼロールがどうしているかは知らないが、まあ闇人たちと一緒にいることだろう。おそらく元気に。影人からすれば、その事実だけで充分だった。

「レイゼロールは救われた。最後の戦いで奇跡的に光導姫や守護者、それに闇人どもも誰1人死ななかった。そんな結果で、消えるのは俺だけだぜ? 充分にハッピーエンド。これ以上何も望めない最高の結果だろ」

「よくない! 何にもよくない! 何が充分にハッピーエンドよ!? 何が最高の結果よ!? あなたがまた死んだらレールも私も! 大勢の人々が悲しむのよ!? おかしいよ! 何で、何であなただけが死ななくちゃならないの!? 1番誰よりも頑張ってくれていたあなたが! 独りで頑張ってくれていたあなたが! こんな、こんな理不尽・・・・・絶対におかしいよ!」

 泣きじゃくりながら、怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになった感情のままに、ソレイユはただ叫んだ。そんなソレイユの言葉を聞いた影人は、全てを受け入れるように穏やかな顔を浮かべていた。

「・・・・・ああ、分かってるよ。こんな俺でも死ねば悲しんでくれる人はいる。それくらいの事は俺にも予想できる。俺、そこまでは捻くれてねえし」

「だったら、そんな簡単に死ぬだなんて言わないで! 最後まで生きようとしてよ! そうだ、今からでもレールやシェルディア、他のみんなにも連絡して、あなたが生きれる方法を探そう! 大丈夫、きっとみんなでなら――!」

 ソレイユが名案だと言わんばかりにそう言う。だが、影人は首を横に振りこう言葉を割り込ませた。

「悪いが、どう足掻いてもそれは無理だ。俺はあと数分でこの世界から完全に消える。それと同時に・・・・・・・・俺がこの世界に存在していた事実も、。俺と関わった全ての者の記憶から、俺に関係していた物質すら、全てな。俺は初めから、この世界に存在していなかった事になる。お前やレイゼロール、ラルバといった神々。嬢ちゃんすらも例外じゃない。言葉通り、俺と関わった全ての者から」

「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

 唐突にそんな事を聞かされたソレイユは、再び呆然とした顔を浮かべた。何だ。いったい影人は何を言っている。ソレイユには影人の言葉の意味が分からなかった。

「お願いしたんだよ。お前らの上にいる上位の神に。真界の最上位の神にな。『俺が再び死ぬ時に、俺という存在がいたという事実を消してくれ』ってよ」

 呆然とするソレイユに、今やかなり体が透明に、その存在が薄くなった影人はそう説明した。そう。それこそが、影人があの『から』と名乗っていた女神を脅して、叶えてもらった願い。生き返っても、再び短期間で死ぬと分かった影人は、自分が死んで生じる悲しみを消すためにそんな願望を抱いたのだ。

「し、真界の最上位の神に・・・・・・・・・? え、影人・・・・・・あなたは・・・・・・・・いったい・・・・・・」

 真界の神々。ソレイユも神の端くれだ。その存在は知っている。神界の神々よりも更に強力な力を持った一部の神々。上位神とでも言うべきような存在。だが、知っているだけでソレイユも会った事はない。ましてや、その最上位にいる神の事など。

「まあ、深くは気にするな。すぐに忘れる事だ。さて・・・・・」

 影人はすっかり薄くなった自分の体を見下ろした。影人の体から出る黒い粒子も、どんどんとその量を増やしていっている。まるで、出し切るかのように。

「・・・・・そろそろ、お別れだ。あばよ、ソレイユ。お前らは元気で、楽しく生きろよ」

「嫌よ! あなたが消えるなんて、あなたの存在すら忘れるなんて絶対に嫌! あなたは勝手よ影人! 私たちからあなたの記憶を勝手に奪うなんて! 私たちは悲しむ事も、あなたを思い出す事も出来ないじゃない! 卑怯者、この卑怯者!」

 文字通り、儚い笑みを浮かべる影人に、ソレイユは泣き叫びながら影人を糾弾した。その糾弾は影人を思った上での糾弾だった。その事が分かっていた影人はふっと笑った。

「ああ、そうだな。俺はどうしようもない卑怯者だ。だから卑怯者は卑怯者らしく逃げるよ」


 ――幸福か不幸か何ていうのはその人の精神状態によるものだろう。


「言わないから! 絶対にさよならなんて! お別れの言葉なんか言わないからッ!」


 ある人は、ご飯をいっぱい食べるのが幸せだと思うし、またある人は体を大きくするために無理矢理いっぱい食べるのは苦痛であり不幸だと思うこともあるだろう。


「そうか。でも、俺は言わせてもらうぜ。まあ、さっきも言ったがよ。さようならだ、ソレイユ。永遠に」


 それと同じで日常に飽き飽きとして、非日常に巻き込まれたことが幸福と捉える人もいれば、非日常に巻き込まれるのが不幸と思う人もいる。いや、というか不幸と思う人の数の方が圧倒的多数だろうと思う。誰しもがきっと面倒で危険な非日常というやつには巻き込まれたくはない。非日常を求めるのは少数派だ。そして、俺こと帰城影人は少数派ではなく、多数派だ。


「嫌だ嫌だ嫌だ! そんな事、そんな事言わないでよ!」

「はっ、ガキかよお前は。そんなに顔をぐちゃぐちゃにして泣くんじゃねえよ。せっかく綺麗な顔してるのに台無しだぜ」


 だが、何の因果か俺は非日常というやつに巻き込まれてしまった。これも全てあのクソ女神のせいだ・・・・・


 ――しかし、


(心残りがないって言えば嘘になる。俺は結局、父さんとの約束は果たせなかった。母さんと穂乃影よりも先に逝っちまうから。ごめんよ、父さん。約束果たせなくて。でも、俺けっこう頑張ったぜ。頑張って生きたぜ・・・・・)


 俺は非日常に巻き込まれて、色々な出会いをした。色々な経験もした。嫌な事も苦しい事も、時には死にかけもした。実際に死んだりもした。


 だけど、


「ああ・・・・・・・・悪くない日々だった」


 もうほとんど透明になった影人は、最後に満足したような顔でそう言った。


「影人!? 影人ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 ソレイユが消え行く影人に触れようと走る。黒い粒子が天へと昇っていく。ソレイユは右手を伸ばして影人に触れようとした。だが、


「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ソレイユが触れる前に、影人は黒い粒子となって、完全にこの世から消え去った。ソレイユの手は虚空を掴んだだけだった。そして、天に昇っていく黒い粒子も、やがて虚空へと溶けるように消えていった。


「ああ・・・・・ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 ソレイユは膝から地面に崩れ落ち慟哭した。もうあの少年は、帰城影人はこの世にはいない。その事実がソレイユに耐え難い悲しみを与えた。自分のせいだ。自分が影人をあの戦いに巻き込んだから、影人は死ななければならなかった。ソレイユは、そう自分を責めた。

「・・・・・・・・・・あれ? 私、何で泣いているんだっけ・・・・・・・・・・?」

 だが、次の瞬間には、ソレイユは自分がなぜ泣いているのか、その理由が分からなくなっていた。

「分からない・・・・・何で地上にいるのかも・・・・・ああ、そうだ地上にいるのはレールに会いに行くためだった。でも、何でこんな場所にいるんだろう・・・・・あれ? というか口調が昔に戻っている? いけませんね、矯正したと思ったんですが」

 ソレイユは訳も分からずに出ていた涙を手で拭きながら、言葉遣いを変えた。いけない。ボロが出るような矯正では、いざという時に昔の乱雑な口調になってしまうかもしれない。それはよくない。ソレイユはそう思うと立ち上がった。

「結局、私がこの場にいて泣いていた理由は思い出せませんが・・・・・まあ、思い出せないものは仕方がありません。それよりも、早くレールの所に行かなければ。1度神界に戻ってレールの気配を探りますか」

 ソレイユはそう呟くと、踵を返してこの場を去ろうとした。すると、ふわりと一陣の風が吹いた。地上はまだ冬だというのに、なぜか、どこか暖かな風が。

「? 不思議な風ですね・・・・・ですが、どこか知っているような・・・・・うん、いい風です」

 ソレイユは笑みを浮かべると、自分の幼馴染の元に向かうべく、1度神界へと戻った。



 ――変身ヒロインを影から助けた少年は、誰の記憶からも消え去り、その名の通り影のように静かに皆の元から去った。




 

               ――第1部完――


 




―――――――――――――――――――――――


 まずは、ここまで読んでくださった全ての読者の方々に多大なる感謝を申し上げます。本当に、本当にありがとうございました。稚拙な愚作であるこの物語をここまで書き切れたのは、間違いなく皆さまのおかげです。今一度、心からの感謝を。

 さて、色々と書きたい事はありますが、それを全て書いてしまってはかなり長くなってしまいますので、これ以上はあまり私の言葉は述べません。ですが、あと少しだけ。

 まず、第1部完と書かせていただきました通り、本作はまだ終わりません。次からは第2部が幕を開けます。第2部ではまだ残っている謎が明かされたり、また話が大きく動いていきます。正直、第1部だけでも、かなりボリューミーになってしまいましたが、第2部の方も読んでいただけると嬉しいです。第2部の内容は今は言えませんが、一言だけ言うとすれば・・・・このままじゃ終われませんよね?

 よろしければ、ここまでの本作の感想、好きな話や登場人物、もちろんご批判や、様々な意見をコメントしてくださると嬉しいです。私からは以上とさせていただきます。ありがとうございました。

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