第273話 約束

「もう、こいつは必要ねえな」

 スプリガンに変身した影人は、右手で認識阻害の力がある帽子に触れると、それを放り投げた。ここにいる全員は、既に影人がスプリガンだという事を知っている。その事実を知っている者に、認識阻害の力は意味を為さない。

「っ、影人!」

 背後からシェルディアの声が聞こえた。それは危機を知らせる言葉だった。影人の正面、そこから『終焉』の闇がこちらに襲い掛かって来たのだ。

「ああ、分かってるぜ嬢ちゃん。まずは・・・・・」

 影人は右手を『終焉』の闇に向かって伸ばし、こう言葉を唱えた。

「『世界端現』。我が右手よ、終わりを弾け」

 影人の右手に自身の『世界』の特性を反映させた闇が纏われる。それは死を弾く闇。影人が右手で触れた『終焉』の闇は見事に弾かれ、霧散した。

 だが、危機が去ったのは束の間の事。影人が『終焉』の闇を『世界端現』で弾いた直後、今度は先ほどよりも大規模な『終焉』の闇、いや『終焉』の波とでも呼ぶべきようなものが、影人たちを襲わんとした。

「っ、これは流石に・・・・・・・」

 大規模な『終焉』の波を見たシエラが、その顔を厳しいものにする。明らかに人間の部位だけではどうにかできるものではない。シエラやその他の者たちに死の恐怖と緊張が走る。

「大丈夫よ。あの子が大丈夫と言ったんだから」

「うん。スプリガンが、帰城くんがそう言ったなら!」

「絶対に大丈夫! そう絶対に!」

 しかし、シェルディア、陽華、明夜の影人という人物に全幅の信頼を抱いている者たちは、何の不安もない、むしろ笑みを浮かべ、あるいは明るい顔でそう言った。

(はっ、信頼されたもんだな。正直、気恥ずかしいがその信頼には応えないとな)

 内心でそう呟いた影人は強気に笑うと、レゼルニウスから受け継いだ力を解放するため、こう言葉を放った。

解放リリース――」

 影人が言葉を唱えると同時に、『終焉』の波は影人たちを覆わんとした。あとほんの数秒で、この場にいる全ての者たちは死滅する。だが、


「――『終焉ジ・エンド』!」


 結果的にそうはならなかった。影人がそう叫ぶと同時に、影人の体から凄まじい闇が噴き出したのだ。影人から噴き出した闇は『終焉』の闇とぶつかり、少しの間拮抗するかと思うと、2つの闇は弾け霧散した。

「っ!? 『終焉』の闇を無力化した!?」

 守護者の視界を共有しその光景を見ていたラルバが驚きの声を上げる。『終焉』の闇を弾くだけなら、影人は先ほどから出来ていた。いや、それも充分に驚くべき荒唐無稽な事実だが、今回はそれとは規模が違う。あの規模の『終焉』の闇を無力化できる。そんな事が可能だとすれば、それは――

「――こいつが1度死んだ俺が、あいつから受け継いだ力。かつてはレイゼロールを含む2柱の神のみが振るえた力。・・・・全てを安寧の闇へと導く、『終焉』の力だ」

 影人から噴き出していた闇が消え、影人の姿が露わになる。そこにいた影人の姿は、先ほどまでのスプリガンの姿とは大きく異なっていた。

 まず、1番大きな変化は髪の長さだろう。スプリガン時の影人の髪の長さは、前髪だけその長さが変わっており、素顔が明らかになっていた。それ以外は髪の長さは通常の影人から変化していなかった。少し長めの肩にかからないくらいの、まあ普通の長さだ。

 だが、『終焉』の力を解放した影人は、前髪の長さが変化し、素顔が露わになっている事は変わっていなかったが、全体的な髪の長さが変化していた。腰部分に掛かるほどまでに、髪が伸びていた。漆黒のどこか艶やかな髪が。

 次に変化している点は、服装だろう。スプリガン時の影人は黒い外套を羽織っているが、その右の半身を軽く包むように、肩口に黒と金のボロボロの布切れのようなものが掛かっていた。その布切れは、レゼルニウスが纏っていた、黒と金のローブにどこか似ていた。

 最後に変化していたのは、両目の色だった。スプリガン時の影人の両目の色は金色。だが、影人の右目の色は変化していた。レイゼロールと同じ光すら塗り潰すような漆黒に。漆黒の右目と金色の瞳。オッドアイ、ヘテロクロミアと呼ばれるものになっていた。

「しかし、髪長すぎだろおい・・・・・・ったく、こんなに伸びるもんかよ」

 自身の変化した姿に多少驚いた影人は、右手で自分の伸びた髪を弄びながらそんな言葉を漏らした。レゼルニウスから力を継承した際、多少姿が変化する事は同時に受け継いだ力の知識で知っていたが、まさかこれ程とは。まあ、これはこれで格好いいかと、すぐに影人は考えたが。

『え、影人・・・・・その姿は・・・・・』

『っ、この力は・・・・・ははっ、マジかよ! お前マジで『終焉』の力持ってるじゃねえか! おいおい、死んだ間に何があったよ?』

 ソレイユの驚く声と、イヴの面白げな声が影人の中に響く。ソレイユは未だに影人の変化を飲み込めていないようだが、影人と同化しているイヴは影人が『終焉』の力を使用している事を理解していた。

「言っただろ。『終焉』の力を受け継いだって。今の俺は、レイゼロールと同じように『終焉』の力を振るえる。これは、まあそのための姿ってところだ」

 影人はチラリと後ろを見て、ソレイユと同じように驚いている全ての者に説明するようにそう言った。その言葉を聞いたソレイユが、更に驚いたような声を影人の中に響かせる。

『「終焉」の力を受け継いだ・・・・・!? そんな、レール以外にその力が振るえるのは、今は亡きレゼルニウス様だけ・・・・っ! え、影人・・・・まさか・・・・』

「はっ、まあそういう事だ。兄貴って生き物は、死んでも妹の事が心配で堪らないらしいぜ」

 ソレイユが辿り着いた可能性を影人は肯定した。死してなお、妹であるレイゼロールの事を心配していたレゼルニウスは、あの世の世界からこの現実世界をずっと観察し続けていたのだろう。影人の事もその過程で観察していたのだろう。

 ただ、恐らくは肉体的に死んでしまったため、現世に干渉する手段がなかった。影人に干渉する事が出来たのは、影人があの世に接近し、かつ自身と同じ力である『終焉』の力で影人が死んだからだ。そこに縁が生まれ、レゼルニウスは影人に干渉し、『終焉』の力を継承させる事が出来た。

「取り敢えず、話は全部後だ。俺はあいつの元に行かなきゃならないからな」

 影人は『終焉』の力を使用し、自分の後ろにいる者たちを守るように闇を展開させた。自動的に『終焉』の闇を弾くように設定しながら。これで、ここにいる者たちが『終焉』の闇に触れて死ぬ事はない。

「その闇に触るなよ。触ったら死ぬからな。よし、じゃあ・・・・行くか!」

 後ろにいる者たち全員にそう言うと、影人は地を蹴りレイゼロールの方へと駆け始めた。

「ああああああああッ!」

 泣き叫ぶレイゼロールから放たれる『終焉』の闇。当然、『終焉』の闇を発するレイゼロールに近づくには、より濃密で大規模な『終焉』の闇をどうにかしなければならない。通常ならば、この時点で詰んでいる。

「力を貸せよレゼルニウス! 全開だ『終焉』の闇!」

 だが、『終焉』の力を受け継いだ影人からすれば何の問題もない。『終焉』の闇には『終焉』の闇を。影人は自身の全身から『終焉』の闇を放ち、レイゼロールから放たれる『終焉』の闇を無効化した。

「おい朝宮、月下! 何ボーっとしてやがる! お前らがレイゼロールを浄化しなきゃ、誰があいつを止めるんだよ!?」

「え、ええ!?」

「わ、私たちが・・・・?」

 『終焉』の闇を弾きながら、影人は振り返らずにそう叫んだ。急に影人からそんな事を言われた陽華と明夜は、驚いた顔を浮かべた。

「そうだ! 暴走してるあいつを止めるためには、光の力であいつを浄化するしかない! 人の心の光であいつの絶望の闇を晴らすしか! だが、俺はあいつを浄化出来ない! だから、お前らがやるんだよッ!」

「で、でも私たちなんかじゃ・・・・・・・・」

「レイゼロールに、私たちの光は届かなかった・・・・所詮、私たちなんて・・・・」

 影人の叫びを聞いた陽華と明夜は、その顔を不安げなものにさせた。影人が来る前、2人はレイゼロールに手も足も出なかった。光臨状態の最大浄化技も全く届かなかった。それが2人の自信を打ち砕いていた。

「はっ、そうだな! 確かにてめえらはまだ新人の部類で、正直俺もレイゼロールを浄化出来るなら『聖女』だと思ってた! だがなあ!」

 影人は無限に自身を襲ってくる『終焉』の闇を、自身の『終焉』の闇で弾きながら、言葉を叫び続ける。

「今ならソレイユが言ってた意味が何となく分かる! レイゼロールを浄化出来るのはお前らしかいない! 時には傷つきながら! 俺みたいな奴まで最後の最後まで信じ続けられて! 真っ直ぐな思いと優しさを持ったお前たちが! お前たちが人の善意の光をあいつに届ける資格がある! お前たちしかいないんだ!」

「「っ!?」」

 その言葉を受けた陽華と明夜の表情が変わる。影人に2人の表情は見えない。だが、影人は言葉を畳み掛けた。

「俺は影からずっとお前たちを見てきた! もし自分たちが信じられないなら俺の言葉を信じろ! お前らが信じ続けた俺がそう言ってんだ! だから・・・・・・!」

 影人は有らん限りの声でこう叫んだ。


「頼む! レイゼロールを救ってやってくれ! 俺と一緒に!!」


「「あ・・・・・・・・」」

 それは陽華と明夜がずっと聞きたかった言葉。スプリガンといつか肩を並べて戦いたい。スプリガンに追いつきたいと思っていた少女たちが、ずっと聞きたかった言葉だった。その瞬間、陽華と明夜に一切の迷いはなくなった。代わりに、爆発的なまでの嬉しさと自信が2人の中に満ちていく。


 そして、2人の胸部に暖かな輝かんばかりの光が生じた。


「っ・・・・・明夜、この光は・・・・・」

「うん、陽華・・・・・今なら・・・・・」

 自身の胸に灯った光。それを見た2人は互いに見つめ合った。そして、次の瞬間には、明るい自信に満ちた表情を浮かべた。

「明夜今なら行けるよ! スプリガンが私たちに立ち直る言葉をくれたから! 光臨の・・・・・その先に!」

「ええ、私たちの想いは限界を超えた! 今なら行ける陽華!」

 2人は互いに頷き合うと手を前方に突き出し、それを重ねた。陽華は右手を。明夜は左手を。2人の中には、唱えるべき言葉が浮かんでいた。

「「我らは光の臨みを越える。全てを照らし、全てを優しく包む光。その光に、我らはなる!!」」

 2人が言葉を唱えると同時に、2人の胸の光が輝きを増す。そして、2人はこう言葉を放った。


「「光輝天臨こうきてんりん!!」」


 2人がその言葉を放つと同時に、2人の胸の光が世界を白く照らした。その光に周囲にいた者たちや、光導姫や守護者の視界を通して観察していた、ソレイユやラルバも目を細める。全てを暖かく照らし、優しく包む光が世界に放たれる。そして数秒後、光が収まるとそこには変化した2人の姿があった。

「これが――」

「――光臨を超えた私たちの姿」

 どこか厳かな声で陽華と明夜がそう言葉を述べる。光臨を超えた力、『光輝天臨』した2人は、それぞれ赤と青を基調とした白い、どこか神々しい衣装を纏っていた。2人のそれぞれの武器、陽華の両手のガントレットは赤と白が混じったような輝きを放ち、明夜の杖は青と白が混じったような輝きを放っていた。

 そして、最も変化した点。それは2人に純白の大きな翼が背から生えている事だった。

「凄い・・・・これが、誰も到達出来なかった『光臨』を越える力・・・・」

「ああ、陽華ちゃん明夜ちゃん・・・・本当に到達したんだね・・・・やっぱり、あなた達は・・・・」

 その姿を見たファレルナは驚いたような顔を浮かべ、風音はどこか感極まったような顔を浮かべていた。他の者たちも、ファレルナと同じ驚いた表情、2人の事を知っている者は、風音と同じように感慨深そうな顔になっていた。

「ああ陽華、明夜・・・・・・・・やっぱり、やっぱりあなた達が・・・・」

 ソレイユも感慨深そうに、感極まったように神界でそう言葉を漏らしていた。

「はっ、やっぱりやるよな。お前らならここで・・・・」

 一瞬チラリと背後に視線を向けた影人は、自然と笑みを浮かべていた。この土壇場での覚醒。やはり、どこぞの主人公のようだなと影人は思った。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

「っ、流石にこの出力の『終焉』の闇を突破するのは難しいか・・・・・!」

 レイゼロールに近づいていくごとに、『終焉』の闇はその激しさを増す。影人は先ほどよりも、確実にレイゼロールに接近出来ていたが、まだ距離は離れている。

(俺の最大出力の『終焉』の闇をぶつければ、何とかレイゼロールまでの道を開く事は出来る。だが、最大出力を出せるのは1回だけ。加えて、世界はこの瞬間にもヤバい事になってる。なら、短期決戦しか道はねえ)

 影人の『終焉』の力に陽華と明夜の覚醒。全てのピースが揃った事を理解した影人は、レイゼロールを救うためのプランを即座に考えた。

「朝宮、月下! 超覚醒したところ悪いが、色々考えた結果、短期決戦で行く! 俺が最大出力の『終焉』の闇でレイゼロールまでの『終焉』の闇を全部無力化する! だから、お前らはそこに最大浄化技をぶつけてくれ! 合図のタイミングはお前らに任せる!」

「うん、分かったよ帰城くん!」

「私たちの全ての思いとみんなの思いをぶつけるわ!」

 影人の言葉を受けた陽華と明夜が頷く。そして、2人は周囲にいた光導姫や守護者たちの方に顔を向け、こう言った。

「光導姫、守護者の皆さん! お願いがあります! 私たちに皆さんの力を少しだけ分けてくれませんか!?」

「『光輝天臨』は全ての光の力を源とする者たちから、力を集める事が出来るんです! 変身出来なくなった人も、少しの、ほんの少しの光の力は変身媒体に宿っています。だから、私たちが合図をしたらその手を空に掲げてくれませんか!?」

「「「「「っ!?」」」」」

 その言葉を聞いた光導姫や守護者たちが驚いた顔を浮かべる。まさか、そんな力があるとは誰も思わなかったのだ。

「うん、分かったわ! 私の思いと力、陽華ちゃんと明夜ちゃんに託す!」

「私の力もどうか!」

「もちろんです」

 風音、ファレルナ、プロトが明るい顔で頷く。もちろん、ここにいるその他の光導姫や守護者たちも全員2人の言葉に頷いた。

「ありがとうみんな!」

「これなら!」

 陽華と明夜が嬉々とした顔になる。そして、2人はここにいる光導姫や守護者たちから力を集めるべく、力を行使しようとした。

「ちょっとだけ待て! お前ら1つだけ聞かせろ! その力を集めるのに、物理的な距離は障害になるのか!? もしないなら、私に策がある!」

 だが、菲が唐突にそんな言葉を2人にぶつけた。菲の言葉を聞いた2人は少し驚いた顔になりながらも、こう答えを返した。

「いえ、『光輝天臨』はその時に空に手を掲げてくれた光導姫や守護者全てから力を集める事が出来ますから、距離は関係ありません」

「今の私たちは全世界の光導姫や守護者たちから力を集める事が出来ます。ただ、それを知らせる合図や方法は・・・・」

 今の陽華と明夜には『光輝天臨』の力の使い方や能力についての知識がある。それは『光輝天臨』の口上と共に2人の中に唐突に知識として流れ込んで来たからだった。

「そうかい。なら、その合図を全世界の奴らに知らせてやりゃいいんだな。おい、『歌姫』! お前まだ『光臨』は使えるか!?」

「え、私? う、うん。一応アンコールは使ったけど、後3分くらいなら使えるよ。でも何でそんな事聞くの?」

 菲の問いかけにソニアが頷く。今のソニアは『光臨』を解除した通常形態だが、『光臨』の再使用はまだ時間が多少残っているため可能だった。

「すぐに分かるぜ。よーし、これで条件は全部クリアだ! まずは・・・・!」

 菲はニヤリと笑うと、こう言葉を唱え始めた。同時に、菲に鮮やかな赤いオーラが纏われた。

「我は光を臨む。力の全てを解放し、闇を浄化する力を。光臨」

 菲の全身から光が発せられ、世界を照らす。数秒後、光が収まるとそこには光臨した菲の姿があった。 

「はっ、最後の最後まで残しといてよかったぜ。私の光臨をよ」

 光臨した菲の姿は光臨前とあまり変わってはいなかった。光臨前の菲は、白いゆったりとした服に赤い羽織。下半身はそれとは少しアンパンラスな黄色の硬めのジーンズに草履というものだった。

 光臨後の菲は、赤い羽織が豪奢なものに変化しており、下半身は赤い帯に長い白のスカート。足元は黒い靴になっていた。そして、眼鏡が外されていた。

「っ? あなた、なぜここで『光臨』を使用したのですの?」

「はっ、それは今に分かるぜイギリスのお貴族サマ。それは光臨後の私の能力を使うためだ」

 不思議そうな顔を浮かべるメリーに、菲はそう答えた。そして、ソニアにこう促す。

「『歌姫』、『光臨』を頼む」

「わ、分かったよ菲」

 菲に促されたソニアは口上を述べ、再び光臨をした。ソニアから光が発せられ、ソニアが光臨後の姿になり、虚空からマイクを取り出した。

「光臨したよ菲。それで、私は何をすればいいの?」

「ああ、全世界の光導姫と守護者にこいつらの声を届けてくれ。お前の言葉を事象化する力なら出来るだろ?」

 そう聞いてきたソニアに、菲はそう言った。その言葉を聞いたソニアは「ええ!?」と驚いた顔になる。

「た、確かに私の能力なら出来るかもだけど、それを事象化するには私の力が足りないよ。余りにも力を使う規模が大き過ぎるから・・・・・・」

「まあ、普通はそうだよな。だが、それが出来ちまうのが私の能力だ」

 菲は不敵な笑みを浮かべそう言うと、右手に持っていた黒い短い鞭をソニアへと向けた。

「我が力よ、この者の力を全て解放せよ」

 菲がそう呟くと、鞭から光が伸び、ソニアの胸部に触れた。するとその瞬間、ソニアの全身に光が漲った。

「え、凄い・・・・力が、力が溢れて来るよ菲!」

「だろうな。今のお前の全ての力はさっきまでの5倍に増加してるからな。これが光臨した私の能力。1人だけに限るが、その者に超上昇的な能力を与える。まあ、平たく言えば超凄いバフだな。どうだ『歌姫』サマ。これなら出来るんじゃないのか?」

「うん! これなら大丈夫! 『全世界の光導姫と守護者たちに届け。レッドシャインとブルーシャイン、2人の声』!」

 ソニアがマイクに向かって言葉を唱える。すると、全世界の光導姫と守護者の耳元にインカムのようなものが出現し、陽華と明夜の前の空間に、マイクのようなものが出現した。

「2人とも、そのマイクに話しかければ君たちの声が届くよ♪」

「「っ、ありがとうございます!」」

 ソニアがパチリとウインクをしながら陽華と明夜にそう言葉を告げる。2人はソニアと菲に感謝の言葉を述べると、マイクにこう言葉を放った。

「全世界の光導姫・守護者の皆さん! 私は光導姫レッドシャインです!」

「同じくブルーシャインです! 私たちは光導姫『軍師』と『歌姫』の力で皆さんに語りかけています!」

 陽華と明夜が全世界の光導姫と守護者に向けて挨拶した。

「っ!? よ、陽華に明夜!? 何やこれ、どないなっとんねん!?」

「ふ、2人とも・・・・・・・・?」

「っ、朝宮さんと月下さん・・・・?」

「え?」

「っ、この声・・・・」

 その言葉を聞いた火凛、暗葉、典子、暁理、穂乃影など2人を知っている者たちが、それぞれの反応を示す。その他の2人を知らない者たちは不思議そうな顔で、陽華と明夜の声を聞いていた。

「突然ですが、皆さんの力を貸してください! 私たちは今レイゼロールと対峙しています! このままだと世界は滅びてしまいます!」

「それを回避するためには、レイゼロールを浄化するしかありません! そのために皆さんの力がいるんです! 私たちが合図したら、どうかその手を空に掲げてください! 光導姫も守護者も! 既に変身が解けてしまっている皆さん全員の力がないと、レイゼロールは浄化出来ません!」

 陽華と明夜は全世界の光導姫と守護者にそう説明すると、声を合わせてこう言った。

「「だから、どうか皆さんの力を! この世界に生きる全ての命のために! 皆さんの力を私たちに貸してください!」」

「「「「「ッ!?」」」」」

 2人の魂の叫びが全世界の光導姫と守護者の耳を打つ。2人は全て言いたい事を言い終えると、光導姫や守護者たちから力を集めるべく、自分たちの右手を空に向けた。すると、上空に光り輝く巨大な魔法陣が展開した。そして、2人は翼をはためかせ空へと舞い上がった。

「全ての光導姫と守護者が必要なら、寝ているこの子たちも起こさないとね」

 シェルディアは唐突にそう呟くと、意識を失っているハサン、エルミナ、イヴァン、アイティレ、刀時、壮司に自身の右手を向け、自身の生命力を流し込んだ。シェルディアの生命力を流し込まれた6人はその意識を取り戻した。

「っ、俺は・・・・・」

「うん・・・・・?」

「・・・・・ん?」

「っ・・・・・」

「んあ?」

「あ・・・・・?」

 6人の光導姫と守護者たちが目を覚まし上体を起こす。すると、ちょうどそのタイミングで、

「「みんな! 手を空に!」」

 陽華と明夜が全ての光導姫と守護者に向かって合図の言葉を送った。目を覚ました6人以外の、この場にいた全ての光導姫と守護者は、手を空へと掲げた。すると、変身している者はその全身から薄い光が立ち上り、手の先から光が放たれ、変身していない者は変身媒体から光が放たれた。それらの光は陽華と明夜へと吸収されていく。

「寝坊助ども、状況はさっぱり分からねえだろうが、取り敢えず手を空に掲げろ」

「「「「「「っ?」」」」」」

 菲にそう言われた6人は、取り敢えず反射的に手を空に掲げた。6人の変身媒体から発せられた光も、陽華と明夜に吸収された。

「分かったで陽華、明夜! ウチの力持っていき!」

「わ、私でも2人の力になれるなら・・・・!」

「ふっ、託しますわ。私の力」

「りょーかい!」

「ん・・・・」

 火凛、暗葉、典子、暁理、穂乃影、その他全ての全世界の光導姫や守護者たちも空に手を掲げた。闇奴と未だに戦っている者は隙を作り、戦い終えた者も他の闇奴討伐に向かいながら。とにかく、全員が。陽華と明夜の言葉はみんなに届いた。

「ああ、感じる。みんなの想いを・・・・」

「みんなの力を・・・・」

 空の魔法陣から全ての光導姫と守護者の力が届き、光りとなって陽華と明夜に降り注ぎ吸収されていく。陽華と明夜は全身に光を漲らせた。

「明夜」

「陽華」

 2人が互いの顔を見つめ名を呼び合う。これで全ての準備は整った。

「「汝の闇を我らが光へ導く」」

 陽華が右手を、明夜が左手を闇に呑まれたレイゼロールへと突き出した。

「みんなの想いを光に乗せて――」

 陽華がそう言葉を唱えると、陽華の両手のガントレットが光となって陽華の右手に宿った。

「みんなの力を光に変えて――」

 明夜がそう言葉を唱えると、明夜の右手に持っていた杖が光となって明夜の左手に宿った。

「「帰城くん!」」

「っ! おう、任せろ!」

 2人が合図のために影人の名を呼ぶ。名を呼ばれた影人はニヤリと笑うと、1度バックステップをして右の拳を空に上げた。

「『終焉』の闇よ! 我が右の拳に宿れ! 一切合切! この拳に全てを懸ける!」

 影人が持てる全ての『終焉』の闇を自身の右手に集約させた。影人の全身から噴き出した『終焉』の闇が影人の右手を黒く染め上げる。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 全ての『終焉』の闇を右手に集約させたため、影人の姿が通常時のスプリガンに戻る。影人は両の金の目でレイゼロールを見つめた。

「行くぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 影人は拳を引き、レイゼロールに向かって駆けた。そして、向かって来る『終焉』の闇にその右拳を突き出した。

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 影人が魂の咆哮を上げる。『終焉』の闇に触れた影人の全てを込めた拳は、レイゼロールまでの全ての闇を吹き飛ばし無力化した。

「朝宮、月下! やれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 レイゼロールに向かって一直線に駆けながら、影人が2人に向かってそう叫ぶ。その叫びに応えるように、陽華と明夜は手を重ねた。

「「みんなの浄化の光よ! 行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」」

 重なった2人の手の先から、全てを浄化する尋常ならざる光の奔流が放たれた。その光は影人が無力化した『終焉』の闇に阻まれる事なく、真っ直ぐにレイゼロールを包んだ。それと同時に、影人はその光の奔流に飛び込み、レイゼロールを抱きしめた。

「あ・・・・・・・・」

 暖かな光に包まれ、人々の正の想いを感じたレイゼロールは正気を取り戻した。消えなかった絶望の闇が、暖かく包まれ消えていく。レイゼロールの『終焉』の力は解除され、瞳の色がアイスブルーに戻る。

「エイ・・・・ト・・・・?」

 そして、レイゼロールは自分に抱き付いている影人に気がついた。影人は浄化の光に包まれた瞬間、スプリガンとしての変身が解除されていた。それはスプリガンの力が闇の力だったからだ。強力に過ぎる光の浄化の力は、影人の変身を強制的に解除した。

「・・・・悪かった。長い事、本当に長い事待たせちまって。本当にごめんな。でも、約束は果たしたぜ」

「ああ、エイト。エイト・・・・ずっと、ずっと待ってた。お前が死んだと思った時も、我はずっと・・・・お前との約束を忘れられなかった・・・・! ううっ、ううっ・・・・!」

 抱き締めながらそう言った影人に、レイゼロールは泣きながらずっと心の奥に仕舞っていた言葉を吐き出した。先ほど死んだはずの影人がどうして生きているのか、レイゼロールには何も分からない。だが、こうして影人は生きている。レイゼロールにとってはそれが全てだった。

「ありがとうな。ずっと俺の事を覚えてくれてて。素直に嬉しかった。なあ・・・・・・・・あの時は聞けなかったお前の名前・・・・今度こそ教えてくれるか?」

「っ!」

 その言葉を聞いたレイゼロールは驚いたように目を見開いた。影人は既にレイゼロールの名前を知っている。だが、影人はわざわざそう聞いてきた。それは影人がレイゼロールと別れる前の最後の言葉を覚えているからだった。

「・・・・ああ、いいだろう。我の名前は、レイゼロール。遥か昔にお前と約束を交わし、お前を待ち続けた者だ」

「知ってる。いい名前だよ。俺の名前はエイト。帰城影人だ」

「帰城影人・・・・・それがお前の本当の名前か・・・・ふっ、いい名前だな」

「だろ?」

 人々の正の想いの光の中で、2人は抱き合いながらそんな言葉を交わし合う。やがて、光の奔流は収まり、2人は地上にいた。レイゼロールが正気を取り戻した事で、儀式の暴走した闇は全て晴れ、『終焉』の闇の暴走で中断されていた闇の祭壇は、儀式の失敗を示すかのように1人でに崩壊した。その結果、空が青空へと戻る。

「・・・・・・・・・ソレイユ。どうやら、俺は間違っていたみたいだ」

 その光景を見ていたラルバが、ポツリとそんな言葉を漏らす。その言葉を聞いたソレイユは、

「うん、そうだね。あなたは昔から1人で全部背負うとする所がある。これからはやめてね、それ。だから・・・・・あなたの罪は私も半分背負うよ」

 幼馴染であるラルバにそう言った。その言葉を聞いたラルバは、「っ・・・・・うん・・・・うん・・・・!」と言って涙を流した。それは後悔と安堵の涙だった。

「よし、じゃあ行こうぜ、レイゼロール。あいつらの所に」

「ああ、分かった」

 しばらく抱き合った影人はレイゼロールの手を握ると、光導姫や守護者、闇人たちが集まっている方に手を向けた。影人にそう言われたレイゼロールは笑顔を浮かべ頷くと、影人と共に歩き始めた。


 ――こうして、光と闇の戦いは終結し、影人とレイゼロールの約束は果たされた。

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