第272話 復活のスプリガン

「そんな・・・・・シャドウくんが、レイゼロールが唯一心を開いていた人間・・・・・・・・・・?」

 そんな言葉を漏らしたのはソニアだった。シェルディアからレイゼロールと影人の関係を聞かされたソニアは、呆然とした表情を浮かべていた。ソニアだけではない。シェルディアの話を聞いていた光サイド、闇サイドの面々もソニアと同じか似たような表情になっていた。

「・・・・・・ええ。過去から帰って来た影人は、過去でレイゼロールと過ごした事を私に教えてくれた。影人は自分はただレイゼロールと約束しただけだって言ってたけど、レイゼロールにとって影人は本当に大切な人間だったの」

 ソニアの呟きに、シェルディアが力なく頷く。その両手は未だに影人の右手を握ったままだ。シェルディアよりもすっかり冷たくなってしまった手を。

「・・・・・・それで、レールはスプリガンの変身が解けた時に、彼が自分の大切な人だって気がついたってわけ? レールは彼がスプリガンだと気づかなかったの?」

 ゼノが不思議そうにシェルディアにそう質問する。ゼノの質問にシェルディアはこう答えた。

「スプリガン時の影人は強力な認識阻害の力を纏っているの。だから、私もレイゼロールもスプリガンに変身していたのが影人だとは分からなかった。それは、ここにいる何人かは分かるはずよ」

「「「「「「「っ・・・・・・」」」」」」」

 シェルディアの言葉に、普段の影人を知っていた人物たちが顔を歪める。確かにその人物たちには、スプリガンが影人だとは分からなかったからだ。

「・・・・・・どちらにせよ、これは悲劇でございますねー。それも、特上の。それこそ、世界が滅びるような」

 クラウンがそんな感想を漏らした。これはあまりに救いが無さすぎる悲劇だ。誰も彼も、もはやレイゼロールを止められる者は、この世には存在しない。世界に生きる全ての生命は、むろんここにいる全ての者たちも滅亡の運命からは逃れられない。

「はっ、バッドエンド中のバッドエンドだな。まあ、世界が滅びるかもってのは分かってたんだ。いずれ死ぬにしても、俺はそれまで最後の時を楽しむぜ」

 ゾルダートは仕方ないといった感じにそう呟くと、懐からタバコを取り出した。そして、ライターをポケットから取り出すとタバコに火をつけた。そして、タバコを吸った。

「けほっ、けほっ・・・・・・ちょっとやめなさいよあんた。煙たいでしょうが!」

「死ぬ前の最後の1本なんだ。まあ、許してくれよキベリアさんよ」

 文句を言うキベリアにゾルダートはそう言葉を返した。他の者たちも煙に顔を歪めた者もいたが、文句を言う気力がある者はほとんどいなかった。

「・・・・・・この空間はしばらくは持つわ。だから、影人に最後のお別れがしたい人がいたら、各自してちょうだい」

「「「「「っ・・・・・・!」」」」」

 シェルディアが影人を知っている者たちに向けてそう言った。その言葉を聞いた者たちは、今更ながら影人が本当に死んだのだという事実を叩きつけられた。

「・・・・・・帰城くん。君がスプリガンだと分かったのが、こんなタイミングで本当に残念だよ。願わくば、君の本質を描きたかった。ありがとう、帰城影人くん。君の事は決して忘れない」

 最初に影人に別れの言葉を口にしたのはロゼだった。ロゼは影人を悼んだ。

「お兄さん・・・・・・どうか、安らかに。あなたの魂がどうか天の国に行きますように・・・・・・」

 両手を合わせ祈るファレルナは、涙を流しながら影人の魂の安寧を願った。

「・・・・・・まあ、正直あんたの、スプリガンの事は大嫌いだったけど、お別れくらいはしてあげるわ。さようなら」

「・・・・・・今まで私たちを助けてくれて、本当にありがとう。どうか安らかに。帰城影人さん」

 キベリア、風音も影人との関わりは薄かったが、そう別れの言葉を口にした。

「影くん・・・・・私、君に伝えたい事があったの・・・・・でも、もう伝えられなくなっちゃった・・・・・うっ、ひぐ・・・・・・」

 ソニアは涙が止まらなかった。ソニアは泣き崩れた。

「「「・・・・・・・・」」」

 後に残ったのは、陽華、明夜、光司の3人だった。3人にとってスプリガンという存在は、そして帰城影人という少年はある意味で特別だった。正確には、陽華と明夜はスプリガンが、光司にとってはスプリガンと影人両方の存在が、だが。

「帰城・・・・・くん・・・・・」

「私は・・・・・」

「っ・・・・・」

 光司、陽華、明夜は影人に別れの言葉を口にしようとした。だが、あまりに思いが溢れすぎて、3人は結局何を言っていいのか分からなかった。しかし、3人の目からは止めどなく涙が溢れ始めていた。

「っ、ぅ・・・・・」

「ううっ・・・・・」

「すん・・・・・」

 光司、陽華、明夜が涙を袖で拭う。失ってから初めて気づく。自分たちはかけがえの無いない人を失ってしまったのだと。もう、スプリガンは、帰城影人は戻っては来ない――


「・・・・・・・・ん? 戻って来たか・・・・」


 ――はずだった。死んだはずの影人は、突如としてそう言葉を呟くと、むくりとその上体を起こした。

「「「「「え・・・・・・・・?」」」」」

「「「「「っ!?」」」」」

 その有り得ない光景にある者は呆然とし、ある者は驚愕した。どういうわけか、死者が生き返ったのだ。

「え、影人・・・・・・・・・・?」

「よう、嬢ちゃん。ただいま。気持ちは分かるが、なんて顔してんだよ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるぜ?」

 信じられないといった顔を浮かべているシェルディアに、影人は笑みを浮かべそう言った。そして、ゆっくりと立ち上がった。

「よし、まだ世界は滅びてねえな。これで間に合ってなかったら、流石に笑えねからな」

 影人は周りの空気を無視しながら、そんな事を呟いた。すると、影人の中に2つの声が響いた。

『え、影人!? いったい、何が起きたっていうの・・・・!?』

『おいおい、マジかよお前・・・・!?』

「っ!? ま、まさか・・・・・・・・」

 ソレイユとイヴの声。そして影人には聞こえていなかったが、呆然とするラルバの声が神界に響く。影人は、自分の制服のズボンの右ポケットに入っていた、黒い宝石のついたペンデュラムを取り出し、それに視線を落とした。

「おう、マジだ。俺は生き返ったぜイヴ。このままじゃ終われねえだろ。死んでも死にきれねえってやつだ。後、ソレイユ。詳しい事情はまた後で話す。取り敢えず、俺は生き返った。そんだけだ」

 前半部分はイヴにそう言って、後半部分はソレイユとの念話のチャンネルを意識しながら、影人はざっくりとそう説明した。そして、次に未だに呆然としているシェルディアにこう言葉を述べる。

「悪い嬢ちゃん。この『世界端現』の空間解除してくれるか? 俺は泣いてるあいつのところに行かなきゃならない。つーか、やっぱ嬢ちゃんすげえよ。俺はまだこのレベルの『世界端現』は出来ねえし。さすが俺の師匠だな」

「・・・・・・・・・・・・ああ、あなたなのね。本当に、あなたなのね。生き返ったのね・・・・・・・・」

「お、おう。じょ、嬢ちゃん泣くなよ。らしくねえぜ?」

 影人の言葉を受けたシェルディアは、ただそう呟き両目から涙を流した。シェルディアの涙を見た影人は、少し焦ったようにそう言葉を返す。

「き、帰城くん・・・・本当に・・・・本当に、生き返ったのかい・・・・・・・・? 君は・・・・」

「だからそう言ってるだろうが香乃宮。なんやかんや色々あって生き返ったんだよ、俺は」

 呆然としながら、何とか言葉を絞り出した光司に影人は少し呆れたような態度になった。気持ちは分かるが、影人からすれば自分が生き返った事を、そろそろ受け止めてほしかった。

「シャ、影くん・・・・・・・・う、うぇーん! よかったあ! 本当によかったよー!」

「あー、泣くな泣くな金髪。そういうのは全部後だ」

 嬉し泣きをするソニアに、影人は軽くため息を吐く。生き返っても前髪野郎は前髪野郎。相変わらずである。

「スプリガン・・・・本当に・・・・ううっ、ありがとう。ありがとう、帰城くん。ずっと、ずっと私たちを守ってくれて・・・・! よかった、またこう言えて・・・・本当によかった・・・・!」

「ありがとう、ありがとう・・・・! あなたは、ずっと影から私たちを守ってくれてたのね、帰城くん・・・・! ううっ・・・・!」

「おい朝宮、月下。だから、そういうのは全部後にしろ! 頼むからよ・・・・」

 次は陽華と明夜が泣き出した。影人はソニアと同じように2人を宥めようとするが、それは無茶というものだ。2人は泣き止まなかった。

「は、ははっ! 何とまあ、ここで奇跡が起きるとは! ああ、神よ! 最高だよ!」

「これぞ、本当の奇跡のショーでございますね・・・・いやはや、これは最高の喜劇になる予感がいたします」

「お兄さん・・・・本当に、本当によかったです・・・・・・・!」

「はははははっ! 流石スプリガンの元本だ! 面白え奴だなお前!」

「いやー、人が生き返るところ初めて見た・・・・すっげえもん見たな、僕・・・・」

「こいつはおったまげたなぁ・・・・・・・・」

「げえ・・・・何で生き返るのよ・・・・引くわ・・・・」

「うわ・・・・君、本当に何者?」

「これは・・・・・・・・」

「ワーオ、クレイジーだぜ・・・・」

「あはは! やるわねえ帰城くん! 流石私が見込んだ男よ!」

「ったく、何だよこのイカれた状況は・・・・」

「生き返ったー!?」

「淑女の嗜み国際条約第100条。真に淑女たる者は、死すら超越し蘇る・・・・あなたも真の淑女でしたか。スプリガンさん・・・・」

「うわ、キモっ・・・・」

「こんな事が・・・・」

「ほう・・・・」

「・・・・おー、凄い。私でも、完全な生き返りは多分無理」

 ロゼ、クラウン、ファレルナ、冥、響斬、ゾルダート、キベリア、ゼノ、プロト、ショット、真夏、菲、メティ、メリー、ノエ、風音、葬武、シエラなど、光サイドも闇サイドも関係なく、それらの人物たちがそれぞれ反応を示した。

「だー、うるせえぞお前ら! 何で敵味方関係なくいるのかは知らねえが、ちったあ静かにしろ!」

 そんな人物たちの反応に、影人は軽くキレたように言葉を放つ。全く、今はこんな事で時間を消費している場合ではないというのに。

「俺はレイゼロールを救わなきゃならねえんだよ! だから全部後だ後! てめえらもこのままじゃ終われねえだろ!」

 影人は少し発散するように素の自分全開でそう言うと、シェルディアを見た。

「嬢ちゃん。悪い、さっきも言ったがこの『世界端現』解除してくれえねか? このままじゃ、あいつの、レイゼロールの所まで行けねえんだ」

「で、でも影人。これを解除すれば、私たちは『終焉』の力で・・・・・・・・」

「ああ、それは大丈夫だ。俺が何とかするから。だから、俺を信じてくれ嬢ちゃん」

「っ・・・・! ふ、ふふっ! ・・・・分かったわ影人・・・・あなたがそう言うなら・・・・」

 影人の笑みを見たシェルディアは、その一瞬で影人を信じた。そこには全幅の信頼があった。帰城影人という人間に対する、シェルディアの全幅の信頼が。シェルディアは『世界端現』を解除した。

 途端、全ての生命を死へと導く『終焉』の闇が影人たちの視界内に映る。レイゼロールと祭壇を中心として発せられる『終焉』の闇は、無作為に世界へと広がっていき、いつ影人たちを襲ってもおかしくはなかった。

「・・・・おい、スプリガン。このままだと俺たちはただ死ぬのではないか? お前には何か一流としての策があるのか?」

 『世界端現』が解除された事に対する疑問から、エリアが影人にそう問いかける。その問いに、影人は笑ってこう答えた。

「安心しろよ。てめえら全員ひっくるめて俺が守ってやる。そして、策ならあるぜ。レイゼロールの奴を救って、ハッピーエンドっていう完璧な策がな」

 影人はそう言うと、自我を絶望で失い暴走しているレイゼロールに視線を向けた。レイゼロールは今も泣き叫んでいる。これは全て自分のせいだ。ならば、自分がケリをつけねばならない。影人はレイゼロールの方に向かって歩き始めた。

「っ、スプリガン・・・・・・・・」

「何だ、フェリート」

 周囲にいた光サイド闇サイドの面々の先頭に移動した影人に、フェリートが言葉をかけて来る。影人はフェリートの方を見ずにそう言葉を返す。

「・・・・あなたに、私がこんな事を言う資格がないのは重々承知です。ですが、どうか恥を忍んでお願いします。私の主人を・・・・レイゼロール様を、どうか救ってください・・・・!」

「・・・・己からもお願いする。どのような事も償いもしよう。だがどうか、我が主人だけは・・・・!」

 フェリートと殺花。レイゼロールへの忠誠心が高い2人が影人に頭を下げてくる。自分に怒りを抱いていた2人が、敵であったはずの影人に頭を下げる。そこにいったいどれほどの屈辱があるだろうか。しかし、2人はそんな思いに耐えてでも、レイゼロールの事を思いやったのだ。

「・・・・・・・・別にお前らに頼まれなくてもそのつもりだ。俺はあいつと約束したからな。あいつが困ってたり苦しんでたりしたら、俺が助けてやるって。だから、俺は行くだけだ。だがまあ・・・・お前らの思いも背負ってやるよ」

 影人はそう言うと、右手にイヴの本体であるペンデュラムを持ちながら、レイゼロールを見つめこう叫んだ。

「さあ行くぜ! こいつが正真正銘、本当に最後の変身だ! レイゼロール! 今こそ約束を果たす! 準備はいいな!? 相棒イヴ!」

『応よ!』

 イヴの返事を聞いた影人は強気に笑うと、ペンデュラムを正面に向け、伸ばした右腕を左手で掴んだ。瞬間、正面から風が吹いた。その風は影人の前髪を煽り、影人の素顔を露わにする。しかし、その素顔を見た者は誰もいなかった。露出した黒い両目で泣き叫ぶレイゼロールを見つめながら、影人は変身の言葉を放った。

「助けて救うぜ、今お前を! 変身チェンジ――守り助ける者スプリガン!」

 影人がそう叫ぶと、ペンデュラムの黒い宝石が黒い光を放った。そして、影人の姿が変化した。鍔の広いハット状の帽子に、黒い外套。胸元には深紅のネクタイ。紺のズボンに黒の編み上げブーツ。そして、長い前髪が長さを変え露わになった端正なその顔。その瞳は金色へと変わっていた。守り助ける者、スプリガンへと。

「・・・・・今度こそ、お前の名前を教えてもらうぜ」

 スプリガンへと変身した影人は、そう呟くとニヤリと笑った。

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