第269話 生と死の狭間で

「俺のこれからの道だと・・・・・・・・・?」

 謎の男の言葉を聞いた影人は、訝しげな声を漏らした。そして、どこか自虐的な笑みを浮かべた。

「はっ、死人のこれからの道ね。つまりは、天国か地獄かそういう話かよ。わざわざご苦労さんだな」

「理解が早いね。まあ、ありていに言えばそういう事だよ」

 男は影人の言葉に軽く頷くと、パチンと右手を鳴らした。すると、影人から見て左方面の空間に、金と白の装飾が施された荘厳な巨大な扉が、右方面の空間に、銀と黒の装飾が施された恐ろしげな巨大な扉が現れた。

「君には2つの道がある。1つは、左の扉を潜る道。あの扉を潜れば、君は俗に言う天国に行く事が出来る。もう1つは、右の扉を潜る道。あの扉を潜れば、左とは逆、つまり俗に言う地獄に行く事が出来る。さて、君はどちらの道を選ぶ? 帰城影人くん」

 男は左と右の扉をそれぞれ指差しながら、影人にそう聞いて来た。その言葉を聞いた影人は「は?」と思わず声を漏らしてしまった。

「・・・・・それ、右の扉選ぶ奴いんのかよ?」

「多分だけど、ほぼいないと思うよ。普通、人間はみんな天国に行きたがる者だしね。地獄を選ぶ人間は、まあいないだろうね」

 どこか呆れたような影人の質問に、謎の男は苦笑した。それはそうだろう。影人は率直にそう思った。

「というか、俺は死んだばかりで知らないが、死後の世界の行き先を選べるのかよ。こういうのって、上位存在が決めたり裁いたりするもんだと思ってたんだが・・・・・・」

「いや、基本はそうだよ。ただ、君の場合は特別だというだけさ」

 生前の知識を頼りに話す影人に、男は首を横に振る。自分が特別だという言葉を聞いた影人は、次にこう質問した。

「俺が特別だっていうなら、何を以て俺は特別なんだ? 自慢じゃないが、死後の行き先を自由に決められるような徳の高い事はしてなかったぜ。生きていた時の俺は」

「・・・・・なるほど。君はそういう人間なんだね」

「?」

 影人の言葉を聞いた男は、どういうわけかそういう言葉を漏らした。影人は男の呟きの意味を理解出来なかった。

「いや、何でもないよ。そうだね、多分だけど・・・・・・生前の君の行いを冥府で位の高い誰かが見ていて、その誰かが君に褒美を与えたんじゃないかな」

「何だその煮え切らない答えは・・・・・」

「ごめんごめん。でも、僕にはそうとしか答えられないんだ」

 呆れたような影人の呟きに、男は軽く笑った。そして、影人に改めてこう聞いて来た。

「それで、君はどちらの道を選ぶ? とにかくとして、君には死後の道を選ぶ権利がある。だから、選んでほしい。どちらかの道を」

「・・・・・もう1つ聞かせろ。お前の言葉が嘘でも引っ掛けでもないっていう証拠は? 例えば、お前が嘘をついていて、扉の名称を逆に言っている可能性もあるわけだ。お前が悪意ある存在で、俺を地獄に導く奴であるかもしれないわけだ」

 影人は前髪の下の目でジッと男を睨んだ。そもそも、この男は胡散臭い。いきなり死後の行き先を自由に決めさせてやるというような事を、捻くれ屋の前髪は信じられなかった。

「ははっ、疑り深いね。まあ、信じられないのも無理はない。あまりにも美味しい話だから」

 男は美しい白髪を揺らしながら、影人の言葉に頷いた。そして、どこか真剣な顔になると、そのアイスブルーの瞳で影人を見つめた。

「だけど、僕は嘘は言っていない。残念だけど、確かな証拠は示せない。だから、悪いけど僕を信じてくれ」

「・・・・・・・・ちっ、どっちにせよ選ばなきゃ永遠にここにいるだけか・・・・」

 男の言葉を聞いた影人は舌打ちをした。そして、ため息を吐く。

「はあー、分かったよ。どうせ、もう死んでるんだ。死んだ後にどうなろうが、興味はねえし」

 影人はそう呟くと、男に近づいた。そして、その右手を片方の扉へと向けた。

「俺が選ぶのは・・・・こっちの道だ」

 影人が手を向けたのは――銀と黒の装飾が施された恐ろしげな扉だった。

「っ、本当にそちらを選ぶのかい? 僕の言葉を疑っているのなら・・・・・・・・」

「勘違いするな。ただ、どっちかっていうと、俺はこっちだと思っただけだ。俺に天国は似合わない」

 驚く男に、影人はそう言葉を返す。そして、地獄へと続く門の方へと歩き始めた。そして、門の前で止まると、地獄へと続く門を見上げた。

「・・・・・・・・君がそちらの道を選ぶというのなら、僕に止める権利はない。だけど、1つだけ聞いてもいいかな。なぜ、そちらの道を?」

 男の声が背中越しに聞こえて来る。影人は男のその質問に、こう答えた。

「今言っただろ。俺に天国は似合わないって。後はまあ・・・・親よりも先に死んで、大切な約束を2つも果たせなかった俺は、地獄に落ちるのが相応しいってだけだ」

 影人は自嘲気味にそう言葉を述べる。昔からよく言うではないか。親よりも先に死んだ子は地獄に行くと。影人の母親は当然健在で、父親もきっと死んではいないはずだ。

 そして、影人は守らなければならない2つの約束を、レイゼロールとの約束と、あの人、自分の父親との約束を果たせずに死んだ。絶対に守らなければいけなかったのに。そんな自分が、どの面を下げて天国に行くというのだ。クズはクズらしく、永遠に地獄の業火で焼かれるのが相応しい。

「・・・・・・・・そこまで、そこまで自罰的にならなくてもいいんじゃないのかい。確かに、君は大切な約束を果たせなかったのかもしれない。でも、君はよくやったはずだ」

 男はなぜか影人に同情的な声音でそう言って来た。男の言葉を聞いた影人は、フッと笑った。

「よくやったはずだ? いいや、全然だな。約束は果たすか果たさないかだ。果たさなきゃ、よくやったなんて、俺は自分に言えねえよ」

 そう。自分は何もよくやっていない。何も果たせなかっただけのクズ野郎だ。自罰的でも何でもない。影人はただ、心の底からそう思った。

「・・・・・ほらよ、さっさとこの扉開けてくれ。それとも、俺が押せば開くのか?」

 影人は半身振り返りながら、男にそう聞いた。

「ああ、そうか・・・・あの子は君のその本当は真っ直ぐなところに、誰よりも誠実で優しいところに惹かれたんだな・・・・・・・・」

 だが、男は何か小さく言葉を呟いただけだった。その顔には納得と、どこか嬉しそうな感情が見て取れた。

「ありがとう。君のような人間とあの子が出会えた事に、何よりの感謝を」

「? お前、さっきから何を言ってるんだよ。いいからさっさと俺の質問に答えろ」

 何か違和感を抱きながら、影人は男にそう言った。影人にそう言われた男は「ああ、ごめん」と謝り、こう言葉を続けた。

「その扉は押せば開くよ。でも、その前にもう少しだけ話させてほしい。・・・・・帰城影人くん、実は君にはもう1つだけ道が、苦しくも辛い3があるとすれば・・・・・君は、その道を選ぶかい?」

「第3の道・・・・・だと?」

 真剣な顔でそんな事を言って来た男に、影人は完全に男の方を振り返りながら、そう聞いた。

「おい、道は2つだけじゃなかったのかよ。急に実は3つ目の選択肢がありましただと? 普通にキレるぞ」

「ごめん。別に悪意から隠していたわけじゃないんだ。君を試していたのでもない。ただ・・・・君が魂の安寧を求めるなら、それが1番いいと、救われると思った」

 少し苛立った影人の言葉に、男はどこか悲しげな顔を浮かべた。男の顔を見て、男の言葉を聞いた影人は不機嫌な声でこう言った。

「勝手に俺の価値観を決めるなよ。傲慢な野郎だな。よく知らねえ奴が何様のつもりだ。不愉快だ」

「うん、君の言う通りだ。すまなかった、心から謝罪するよ」

 影人の言い分がもっともだと思った男は、影人に謝罪した。

「・・・・分かった、許す。俺も強い言葉を使って悪かった。それで、結局どんな道なんだよ。その第3の道ってやつは」

 男から謝罪の言葉を聞いた影人は、頭が冷えたのか自身も謝罪の言葉を述べると、改めて男にそう聞いた。

「第3の道は・・・・だよ」

「っ・・・・!? 生き返れるっていうのか・・・・? 俺が・・・・・・・・」

 その答えを聞いた影人の顔が驚愕へと変わる。そんな影人に、男はこう言葉を付け加える。

「ただし、さっきも言ったように、これは苦しくも辛い道だ。もしかしたら、地獄に行くよりも」

「・・・・・・なるほど。つまり、条件があるんだな。俺が生き返るためには。そして、代償も」

 どこか厳しい男の顔を見た影人は、男が言わんとしている事を理解した。

「やっぱり、勘がいいね君は。うん、その通りだよ」

 男は影人の勘の良さを昔から知っているような口調でそう言うと、右の掌を上向にした。すると、その掌の上にぼんやりと光を放つ、黒いぼやけた球体のようなものが出現した。

「君が生き返るためには、この球体の形をした『力』に触れて、この力を僕が君に継承しなければならない。そうすれば、君は死を超克して生者へと戻る事が出来る」

「力の継承・・・・・」

 男の右手の先に浮かぶ黒い球体を見つめながら、影人は鸚鵡返しにそう言葉を漏らす。

「・・・・・それは、いったいどんな力なんだ?」

「触れて君が継承すれば分かるよ。そして、僕の正体も」

 真剣な顔で男は影人にそう答えた。影人は続けてこう質問した。

「じゃあ・・・・・俺が生き返るのに必要な代償は、どんなものだ?」

「・・・・・君が生き返るのに必要な代償は、2つだ。1つ目は魂の安寧、その永遠の放棄。普通、死した人間は冥府に行き、天の国か地の国に送られる。天の国に行く者は、永遠の魂の安寧が約束され、地の国に行く者も、長い苦しみの末にはなるけど、最終的には魂の安寧がある。・・・・・だけど、君が生き返り次に死した時は、君の魂はそのどちらにも行けない。君の魂は永遠に虚無を彷徨い続ける事になるんだ」

「そうかい。で、2つ目は?」

 1つ目の代償を聞いた影人は大した興味もない様子で、2つ目の代償について聞いた。

「2つ目の代償は・・・・・」

 そして、男は影人にその説明を行なった。男は説明をしている最中、ずっと悲しそうな顔を浮かべていた。

「・・・・・・・・・なるほどな。確かに、そいつは生き返ったとしても、苦しく辛い道だな」

 男から2つの代償の説明を聞いた影人は、フッと笑みを浮かべた。

「うん、そうだ・・・・・だから、君は――」

「だったら、俺はその第3の道を選ぶ」

 男が影人に何かを言う前に、影人は自身が第3の道を選ぶ事を男に伝えた。

「っ、本当にいいのかい・・・・? この道を選べば、君は・・・・・・・・」

「そんなもんはどうでもいい。確かに、この道じゃ俺は大切な約束の内、1果たせない。加えて、その代償が2つだ。正直、自分本位に考えりゃ、この道は割に合わない。・・・・・だがな」

 影人はどこまでも強気な笑みを浮かべると、こう言った。

「1つでも果たせるなら、俺は喜んで生き返る。後の事は知った事じゃねえ。あいつとの約束を果たす。これは俺の欲望だ。知ってるか? 人間の欲望ってやつは、本当にどうしようもないんだぜ。だから、寄越せよ。俺にその力を。後悔なんざしねえからよ」

 影人は地獄へと続く門に背を向け、男の方へと歩いた。そして、男の前に来ると黙って男を見つめた。

「本当に君という人間は・・・・・・・・・ありがとう。正直に、本当に正直に言えば、僕は君にこの道を選んでほしかった。君がどうなるかを知っていたのに。耐えられなかったんだ。あの子が、あんなに泣き叫んでいるのが・・・・・」

「っ、あんたは・・・・・・・・・」

 男は悲しそうで嬉しそうな顔で、震えた声でそう言葉を絞り出した。その言葉と今までの男の言動を思い出した影人は、この男の正体が誰だか分かったような気がした。

「・・・・・気にするなよ。言っただろ、これは俺の欲望だって」

「それでも、だよ。僕は君に、心から感謝する。君は、にとって恩人だ」

 男は泣きそうな顔で笑うと、影人にこう言葉を告げた。

「では、触れてくれ。触れれば、この力と力についての知識が君の中に流れ込む」

「ああ、分かった」

 影人は右手を上げて、黒い球体に触れた。すると、黒い球体は一瞬闇色の輝きを放ち、影人の右手へと吸い込まれていった。

「っ・・・・・!」

 影人の中に力とその知識が流れ込んでくる。影人は、自分がソレイユと契約を結んだ時の事を思い出した。

「そうか・・・・・やっぱり、あんたは・・・・・」

 力と力についての知識を受け継いだ影人は、男の正体が分かった。やはり、男は先程自分が予想していた者と同じ人物であった。

「そう言うって事は、僕の正体をあらかた予想していたんだね。やっぱり、君は勘がいい」

 男はただ笑っていた。自分の妹と同じ色の髪を揺らしながら。

「さて、なら後は現実世界へと続く道を開くだけだね。少しだけ待って――」

「ちょっとだけ待ってくれ。この力は――って言う使い方は出来ないのか?」

 男の言葉を遮って、影人はそう言葉を割り込ませた。男から受け継いだ知識の中に、影人が今質問したような力の使い方はなかったからだ。

「え・・・・・? どうして、そんな質問を・・・・・?」

「いいから答えろ」

 影人の質問に面食らった男は、逆に影人にそう聞き返して来る。影人は男の質問を無視し、再びそう聞き迫った。

「・・・・・流石に出来ないかな。そのレベルの話となると、神界の神々・・・・・いや、そのもう1つ上のレベルに存在する、の神々・・・・・その最上位神レベルの力がないと・・・・・」

「真界の神々・・・・・? 何だよそれ。神界の、ソレイユとかとは違うのか?」

「神界の神々の役割は、地上世界、現実世界の安定だよ。対して、真界の神々の役割は宇宙や平行する世界、もしくは別次元の世界の安定。神界の神々が下位の神々とするなら、真界の神々は上位の神々という感じかな」

 男が影人の疑問に答えた。まさかそんな世界があったとは知らなかった影人は、軽く驚いた。

「へえ・・・・・なら、そいつらなら出来るんだな。俺が言った事が。よし、ならその真界ってとこに俺を連れてけ。どうせ、ここもその真界ってとこも、現実世界との時間の流れは違うんだろ。だから、まあ大丈夫だろ。ほら、早くしろよ」

「え!? いや、そんな無茶な事言わないでほしいな!? そもそも、僕があの世界の扉を開けたとしても、君には真界に入れる資格がないんだ。僕だって、の許可がないとあそこには入れない。あの世界に入れるのは、一部の上位の神々しか・・・・・・・・・」

「やってみなきゃ分からねえだろ。早くしろ。じゃなきゃ、お前から受け継いだ力を使って、お前をもう1回殺す」

「ええ、そんな無茶苦茶な・・・・・・・・はあー、分かったよ。開くだけだからね」

 影人からそう脅された男は、引いたような顔になると、ため息を吐き両手を暗闇に向けた。

「冥府の神である我が開き望み給う。開け、からたる存在へと続く真界の門よ」

 男がそう言葉を紡ぐと、男の両手の先に透明な門が出現した。その門は無色の輝きを放っていた。

「サンキュー。じゃ、ちょっと待ってろ。すぐに用を済ませて戻って来るからよ」

 影人は透明の門の前まで移動すると、男にそう言った。

「いや、だから人間の君がその門を潜れるわけ・・・・・」

「よっと」

 男が呆れたような顔を浮かべる中、影人は門を押して開くと、光指す世界の中へと足を踏み入れ、そして消えて行った。

「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

 影人が何でもないように門を潜り、向こうの世界に消えた事に、男はポカンと口を開き呆然とした。













「何だよ、普通に入れるじゃねえか。嘘ばっかりだな、あいつ・・・・・」

 門を潜った影人は、そう呟きながら周囲を見渡した。透明な光が降り注ぎ、煌めく星々が黄昏の空を照らす不思議な空間だ。影人は空中に浮かぶ台の上にいた。目の前には階段がある。階段の上には、影人が立っている場所と同じ、空中に浮かぶ台がある。とりあえず、影人はその階段を登った。


「――何者ですか」


 影人が階段を登り終えると、前方からそんな声が聞こえて来た。女の声だ。影人は顔を上げた。

 台の真ん中には、荘厳な透明の座椅子のようなものがあり、そこに1人の女が座っていた。

 女は凄絶なまでに美しかった。薄い紫の長い髪に、人形のような面。その顔に感情はなく、透明の色をした瞳で影人を見つめていた。服装は、白と透明のベールのような服装だ。しかし、透けている感じはなかった。

「別に、ただの人間だよ。土足で何の挨拶もなく入って来て悪かった。そこは謝罪する」

「人間・・・・・・・? 人間がこの真界に入る事は不可能のはずです。しかも、『空』たる存在である、私の空間に入ってくるなど・・・・・・・」

 影人の言葉を聞いた女は、理解できないといった顔を浮かべた。どうやら、女の言葉からするに、あの男が言っていた事は本当だったようだ。嘘つき呼ばわりして悪かったなと、影人は心の中で男に謝罪した。

「あー、その辺りの事はよく分からん。なんか入れただけだしな。で、いきなりなんだがお願いがある。実は・・・・・・・・」

 影人は未だに難しい顔を浮かべている女に、自身の願いを口にした。

「――っていう願いだ。初対面で急にお願い事なんて厚顔無恥もいいところだが・・・・・頼む。あんたになら出来るって、あいつから聞いたんだ」

「・・・・・不思議な願いですね。確かに私にかかれば、そのような事は児戯に等しいです。あなたの願いを、私は叶える事が出来る」

 影人の説明を聞いた女は、影人を真っ直ぐに見つめながらそう答えた。

「っ、だったら・・・・・」

「ですが、私が人間如きの願いを叶える理由はありません」

 だが、女は影人の願いを叶える事を拒否した。

「立ち去りなさい、人間。ここは、本来あなたのような存在が足を踏み入れていい場所ではありません。でなければ、あなたを排除します」

 そして、女はその目を細めた。その身から、超常の存在たる気配を放ちながら。

「・・・・・・・・・・そうか。まあ、普通はそうだよな。あんたは正しい。この場合、非は間違いなく俺にある。だがな・・・・・」

 影人は女に正しさがある事を認めつつも、こう言葉を続けた。

「どうしても、呑んでもらうぜこの願いは。じゃなきゃ・・・・・

 影人の体に闇が纏われる。影人は男から受け継いだ「力」の片鱗をその身から立ち上らせながら、冷たい声で女にそう言った。

「っ、その力は・・・・・・・・・」

 影人が見せた力の片鱗。それを見た女の顔色が変わる。同時に、女の瞳に無色の光が宿る。女はその眼を以て、影人の力と、力を得るに至った背景を見通した。

「・・・・・なるほど。あの神から、あなたはその力を受け継いだのですね。私をも滅ぼす事が出来るその力を」

「何だ? よく分からんが、事情を理解したのか? そういう事なら話が早い。殺されたくなきゃ、俺の願いを叶えろ」

 女の言葉を聞いた影人は、少し不思議に思いつつも再び女に脅迫した。

「・・・・・・・・いいでしょう。私は死ぬわけにはいきません。あなたのその脅迫に従いましょう」

 女は今度は影人の言葉に頷くと、スッと右手の人差し指を影人に向けた。すると、そこから一筋の透明な光が流れ、影人の胸の内へと溶けていった。

「・・・・これで、あなたの願いは叶えられました。あなたが再び――時、その力は自動的に発動します」

「そうか、ありがとう。脅迫して悪かったな。じゃ、俺は出てくよ」

 願いが果たされた影人は、背を向けて門の場所まで戻ろうとした。

「・・・・1つだけ聞かせてください。あなたは、いったい何者なのですか?」

 女は再び影人にそう問うた。ただの人間であるはずの人物が、この世界に足を踏み入れ、真界の神をも殺す力を受け継いだ。女には、影人の事が理解出来なかった。

「別に、ただの人間だ。約束を果たしに行くだけのな。名前って話なら、一応名乗っとくと・・・・帰城影人。それが俺の名前だ」

「っ!? 帰城影人・・・・・・・・そうですか、あなたが・・・・」

 影人の名前を聞いた女は、初めて驚愕の表情を浮かべた。

「んん? あんた、俺の事知ってるのかよ?」

 女の意外にすぎる反応に、影人は顔を疑問の色に染めた。

「ええ・・・・・本来、私たち真界にいる者は人間の名前など覚えはしません。あなたには不快に聞こえるかもしれませんが、私たちにとって人間は森の木に生えている葉のような存在だからです・・・・・」

 女は先ほどとは打って変わり、なぜか畏怖したような目で影人を見つめながら、こう言葉を続けた。

「そんな私たちが、ただ1人知っている人間の名前があなたの名前です、帰城影人・・・・・・・・・納得しました。あなたならば、人間といえどもこの真界に入って来れる可能性がある。と縁があるあなたならば・・・・・」

「・・・・・・・・・・? よく分からんが、そうか。もうちょっと色々聞きたいが、そろそろ戻らなくちゃならない。じゃあな、神さまよ」

 影人は不思議そうな顔をしながらも、女にそう言って階段を降り始めた。影人の目的は既に果たされた。もうここにいる用はないからだ。

「・・・・・さようなら、帰城影人。人の身でありながら・・・・・よ・・・・・」

 女はポツリと、影人には聞こえない声でそう別れの言葉を口にした。

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