第268話 スプリガン、死す

「っ、おい何だよあれは・・・・・!」

 祭壇とレイゼロールから噴き出した、暴走した『終焉』の闇。それに1番最初に気づいたのは、『軍師』という2つ名を持ち、視野が広い菲だった。菲は祭壇から立ち上がる闇の量の劇的な増量と、新たに増えた闇の柱(レイゼロール自身)に気がつき、その目を見開いた。

「っ!? まさか・・・・・!?」

 次に気づいたのはフェリートだった。不穏なその光景を見たフェリートは、儀式が失敗したのではと素直に考えた。

「な、なにあれ・・・・・」

「わ、分からないわ・・・・・でも・・・・・凄くマズい予感がする・・・・・」

 フェリートと戦っていたソニアと風音も戦いを一時的に中断して、フェリートと同じ光景を見つめる。むろん、2人と共にいたプロトも。そして、この戦場にいる全ての者も、その意識を凄まじい闇を撒き散らす、2つの闇の柱に引かれていた。戦っていた者たちは、戦いを一時的に中断し、戦場から少し離れた場所にいた戦闘不能者である闇人たちは、ただその光景を見つめる。

「っ!? あの闇の柱は・・・・・」

「・・・・・うん、かなりマズい事態になったみたいだね」

 主戦場から離れた場所でお茶をしていたシェルディアとシエラは、空に昇った新たな闇の柱を見てその顔に危機感を露わにした。2人はすぐに立ち上がり、自身の影に沈み主戦場の場所へと戻った。

「これは・・・・・やっぱり、儀式は失敗したみたいね」

「うん。このままだと間違いなく・・・・・ここにいる私たちも、世界中の生命も死滅する」

 主戦場に転移したシェルディアとシエラは、儀式が失敗した事を理解した。溢れ出ているあの闇は、『終焉』の闇だ。2人はその力の波動を感じ取っていた。

「だけど、何か変な気がするわね。私も『死者復活の儀』は今日初めて見たけど、何か違和感があるような気が・・・・・」

 違和感を上手く言語化する事は出来ない。ただ、シェルディアは長年の勘で何かがおかしいと感じ取っていた。

(そうだ、影人はまだ来ていないのかしら?)

 シェルディアは影人の姿を探した。もしいるならば、スプリガンに変身しているであろう影人を。

「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

 そして、シェルディアは離れた場所で倒れている影人の姿を見つけた。スプリガンではない。通常の影人の姿を。影人の周囲には、呆然としている陽華や明夜の姿があった。シェルディアは何よりも速く影人の元へと駆けた。

「っ、影人? なぜこの姿で・・・・陽華、明夜、何が・・・・いったい何があったの・・・・?」

 シェルディアは倒れている影人を大きな目で見つめながら、2人にそう問いかけた。その声は掠れ、無意識に震えていた。

「シェ、シェルディアちゃん・・・・? あ、あのね、その・・・・わ、分からないの。何でか、動かないの帰城くん。全然、本当に全然・・・・」

「傷なんて何もないはずなのに。でも、何でかとても冷たいのよ帰城くん。おかしいよね、おかしいのよ本当に・・・・」

 陽華と明夜は崩れ落ちたような姿勢で、一瞬シェルディアを見上げてそう言った。2人は壊れたような笑みを浮かべていた。

「そん、な・・・・・・・・」

 2人の言葉を聞いたシェルディアは呆然とした顔になり、跪いて影人の右手を自身の両手で握った。

「あ・・・・・・・・・・・・・・・・」

 影人の手は冷たかった。シェルディアの手よりも、とても冷たかった。その冷たさを知ったシェルディアは、否応にもなくある事を理解した。

 すなわち、影人が既に死んでいるという事を。

「・・・・・・・・帰城・・・・くんは、レイゼロールから僕たちを守りながら戦っていた。そして、多分それをレイゼロールに利用されて、触れれば死ぬ闇を受けたんだと思う。帰城くんは、その闇を弾けていたはずなのに・・・・それで、スプリガンの変身が解けた帰城くんを見たレイゼロールは、なぜか泣き叫んで・・・・」

 光司がどこか呟くようにシェルディアにそう説明した。光司も未だに呆然とした表情を浮かべている。

「っ、そう・・・・・・・・・・・・」

 光司の説明を聞いたシェルディアは、影人の手を握りながら言葉を漏らした。そして、シェルディアは理解した。儀式が失敗した理由を。おそらく、レイゼロールは気づいたのだ。自分が殺したのが、遥か昔に死んでいたと思っていた、約束の人間である事に。それを知ったレイゼロールは絶望した。結果、レイゼロールの『終焉』の力は暴走した。それが、この状況だろう。

「シェルディア? 急にどうしたの?」

 シェルディアの隣に移動してきたシエラが、シェルディアにそう聞いた。そして、シエラは倒れている影人に気がついた。

「っ、この子・・・・・・」

「知っているの・・・・・・? シエラ・・・・・・」

「うん。たまに私の店に来てくれるお客さん。それが、どうして・・・・・・」

 シエラが少し驚いた顔になる。シェルディアは「そうだったの・・・・・・」と呟き、こう言葉を続けた。

「この子が、私の大切な人間よ。そして・・・・・・スプリガンだった子・・・・・・」

「っ、そんな・・・・・・」

 シェルディアの言葉を聞いたシエラは、驚愕し、ただそう言葉を漏らした。シエラはシェルディアにかける言葉が思い浮かばなかった。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 レイゼロールの慟哭が天を衝く。『終焉』の闇が更に噴き出す。『終焉』の闇は、レイゼロールと儀式の祭壇を中心に世界へと放たれる。

「っ、シェルディアこのままだと・・・・」

「・・・・ええ、分かっているわシエラ。この世界の滅亡の中心地にいる私たちは、間違いなく1番早くに死ぬ」

 シエラの言わんとしている事を察したシェルディアが、言葉を繋ぐように呟く。既にこの世界の滅亡は始まっている。シェルディアもシエラも、全ての者や動物は死ぬ事が確定している。

「・・・・だけれども、別れの時間くらいは貰うわ。シエラ、ここにいる者たちを全員集めて。すぐに」

「分かった」

 シェルディアにそう言われたシエラはコクリと頷くと、疾風の如く駆けた。同時にその影を幾条にも別れさせ操作する。

「っ、何だ!?」

「うわっ!?」

「おや、これは!」

「ああ!?」

 シエラの影に巻き取られた冥、響斬、クラウン、ゾルダート。

「は!? なに!?」

「な、なんですの!?」

「おおっと!?」

「はあ!?」

「っ!?」

「うえ!?」

「はっ?」

 次に巻き取られたのは、真夏、メリー、ロゼ、菲、エリア、ショット、ノエ。

「ッ!?」

「な、何よこれ?」

「へぶ!?」

「っ?」

「おわ!?」

 その次は、殺花、ダークレイ、キベリア、葬武、メティ。

「っ・・・・」

「これは!?」

「え!?」

「くっ!?」

 さらにその次は、フェリート、風音、ソニア、プロト。

「・・・・まだいる」

 シエラはそう呟くと、森に入った。すると、主戦場を目指し歩いていたゼノとファレルナの姿があった。シエラは2人も影で巻きつけた。

「っ?」

「わっ!?」

 ゼノとファレルナが、何が何だか分からないといった顔を浮かべる。シエラはその反応を無視し、再び主戦場に戻る。

「後は・・・・・・」

 シエラは意識を失い横たわっている、ハサン、エルミナ、イヴァン、アイティレ、刀時たちを影で回収した。そして、少し離れた場所に倒れて意識を失っていた壮司も回収した。これで全ての者は回収できた。

「終わったよ、シェルディア」

「ありがとう、シエラ。そして、あまり長くは持たないでしょうけど・・・・・・・・」

 シエラが回収してきた者たちを周囲に下ろす。そして、シェルディアは力を消費し『世界端現』の力を発動させた。範囲は半径10メートルほどの円形。使った能力は、『世界』を構築する際の位相をこの世界と断絶する力。

 構築されるのは、位相が世界とはズレた空間。周囲の風景が少しボヤけた空間だ。『終焉』の力がこの空間を蝕まない限り、ひとまずこの空間にいる者の安全は保障された。

「ちょ、いきなり何よ! これどういう状況!?」

 急に敵も味方もなく集められた事に、真夏が声を上げる。そして、真夏は倒れている影人の姿に気がついた。

「え? き、帰城くん? 何で、彼がここに? 本当にどういう状況、これ・・・・・・?」

「シャ、影くん・・・・・・?」

「この人・・・・・・」

「どういう事・・・・・・だろうか・・・・・・」

「お兄・・・・・・さん・・・・・・?」

「帰城影人・・・・・・?」

 真夏に続き、影人を知る人物、ソニア、風音、ロゼ、ファレルナ、キベリアらも影人がここにいる事に驚き違和感を抱いていた。影人を知らない者たちは、皆「?」と顔を疑問の色に染めていた。

「・・・・・・まずは聞きなさい、あなた達。レイゼロールの儀式は失敗したわ。この世界の全ての生命は死滅する事が確定した。ここにいる彼、スプリガンであった人間、帰城影人の死をきっかけとして」

「「「「「っ!?」」」」」

 シエラに連れて来られた全ての者たち(意識を失っている者たちは省く)は、シェルディアの言葉を聞き驚愕した顔を浮かべた。それは儀式が失敗し破滅の運命が確定した事と、横たわっている少年がスプリガンの正体であった事の二重の衝撃から来る驚愕だった。

「嘘、嘘・・・・影くんがスプリガン? それに加えて、影くんが死んだ・・・・・・・・? え、なに? 何それ?」

「嘘でしょ・・・・」

「君がスプリガンだったのか・・・・・・・・? ああ、これは・・・・この事実とこの死は・・・・」

「そんな、お兄さん・・・・・・・・」

「帰城影人がスプリガン・・・・・・・・」

「っ・・・・」

 ソニア、真夏、ロゼ、ファレルナ、キベリア、風音たちはスプリガンの正体が影人であり、既に影人が死んでいるという事実の方に深いショックを受けていた。キベリアだけは、単純な驚きの感情しか抱いていなかったが。

「っ、やはり儀式は失敗しましたか・・・・」

「・・・・ですが己には分かりません。シェルディア殿、なぜスプリガンの死が儀式失敗の原因となったのですか?」

「あー、俺もスプリガンの正体よりかはそっちが気になるな」

「うん、俺も」

 一方、フェリート、殺花、ゾルダート、ゼノたちは儀式が失敗した方の事実に反応を示した。

「・・・・・・・・話せば、長くなるのよ。その話はしてあげたいけど、今は少しだけ待ってちょうだい」

 シェルディアは闇人たちにそう言うと、ずっと握っている影人の右手を、自身の左頬に触れさせた。

「お別れの時間を・・・・ちょうだい」

 シェルディアの目から涙が流れ、影人の冷たくなった手を濡らす。シェルディアは幾度も死を見届けてきた。だが、こんなに悲しくて、胸が張り裂けそうで、空っぽな気持ちになったのは初めてだ。

(ああ、影人・・・・・・・・覚悟はしていたけど、こんな別れはしたくなかったわ。せめて、最後にあなたと言葉を交わしたかった・・・・)

 シェルディアは涙を流しながら、無意識にこう呟いた。

「・・・・さようなら、影人。私の唯一大切だった人・・・・・・」












「あの人間は・・・・・・・・」

 スプリガンの正体を守護者の視界を通して知ったラルバは、その人間に見覚えがある事に気がついた。いつか、喫茶店「しえら」で会った少年だ。だが、やはりそれだけではない気がする。初めてあの少年に会った時も思ったが、ラルバはもっと昔からその少年に見覚えがあったような気がした。

「ソレイユ、彼がスプリガン・・・・君の協力者なのか・・・・?」

『・・・・・・・・・・・・ええ、そう。彼の名前は、帰城影人。私の神力を分け与えたスプリガンであり、そしてレールの約束の・・・・レールが唯一心を開いていた人間・・・・・・・』

 ウインドウ越しに俯きながらそう答えを返してきたソレイユ。その言葉を聞いたラルバは衝撃を受けた顔になった。

「あの人間がレイゼロールが唯一心を開いていた人間・・・・? っ、そうか・・・・どこかで見た事があると思った。そうだ、彼の見た目はあの時の人間と同じものだ・・・・」

 ラルバはようやく思い出した。過去にレイゼロールと一緒に暮らしていた人間。スプリガンであった少年とあの人間はそっくり同じ姿なのだ。ラルバも何度か言葉を交わした事がある。なぜ今まで忘れていたのだろうか。

「で、でもソレイユ! あの人間は遥か昔に死んだはずだろう!? その証拠に、レイゼロールは1番最初の『死者復活の儀』を行ったじゃないか! 彼がレイゼロールの大切な人間のはずが・・・・!」

『・・・・・・・・死んではいなかったの。影人は時空の歪みに呑まれ過去に行った。そこでレールや私たちと会い、悪意ある人物に死んだと偽装されこの時代に帰って来ていた。信じられないと思うけど、それが真実。そして・・・・レールはきっとそれに気づいてしまった。自分が殺したのが約束の人間だと』

「そ、そんな・・・・そんな話があるわけ・・・・」

 ソレイユの説明を聞いたラルバは、唖然とした顔になり首をふるふると横に振った。何だそれは。何だその荒唐無稽に過ぎる悲劇は。だが、ラルバはソレイユの落ち込み様と、実際にレイゼロールが影人を殺した直後に暴走した事実を知っている。

「本当なのか・・・・・・・・? だとしたら、だとしたら・・・・・・・・」

 ラルバは震える声でこう言った。

「あまりにも悲し過ぎる・・・・・・・・」

 そして救いもなさ過ぎる。ラルバは項垂れるソレイユが映るウインドウを見つめながら呆然としていた。








「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 そして、地上の現実世界。レイゼロールの暴走した『終焉』の力は世界各地へと広がり始める。『終焉』の闇は空を黒く夜のように覆い始める。

「な、なんやこれ・・・・・・・・」

「い、いったい何が・・・・・・・・」

「っ、これは・・・・・・・・」

 それは日本にも既に届き始めていた。大量発生した闇奴と戦っていた、火凛、暗葉、典子といった陽華や明夜の友である光導姫たち、

「空が暗くなっていく・・・・」

 同じく闇奴と戦っていた、影人の友である光導姫アカツキこと暁理も、

「何が・・・・起きてるの・・・・?」

 闇奴と戦っていた、影人の妹である光導姫影法師こと穂乃影も、

「これって・・・・」

「何なんだよ・・・・」

 世界中で戦っていた光導姫や守護者たち、それに一般人である全世界の人々も、暗くなる空に不吉な予感を抱いた。

 ――世界が滅亡するまでの時間は、もうあまり残されてはいなかった。












「・・・・・・・・・・・・どこだ、ここ?」

 周囲が真っ暗な空間。そこにいた影人は、どこかぼんやりとした気持ちでそう呟いた。そして自分の体に視線を落とす。今の影人は風洛の制服姿だ。周囲は暗いが、影人がぼんやりと発光しているため、自分の姿は見る事が出来た。

(俺の精神の奥底にあった空間に似てる・・・・あれ、俺何でこんな所にいるんだ? 俺は確か・・・・何か大切な事を忘れてる気が・・・・)

 だが思い出せない。ぼんやりとした靄が頭の中に掛かっているような感じだ。


「――ああ、よかった。何とか繋がりを辿れたみたいだ。君が『終焉』の力を受けて死んだ事が、不幸中の幸いだった」


「っ・・・・・・・・?」

 影人が考え事をしていると、突如として前方の闇からそんな声が聞こえて来た。影人は、反射的にその声のした方に顔を向けた。

「初めまして、帰城影人くん」

 そこにいたのは、肩口くらいまでの白髪にアイスブルーの瞳をした男だった。顔が中性的で凄まじく整っているため、一見すると女性に見えるが、声は間違いなく男だった。黒と金の美しいローブを纏ったその男は、影人と同じく全身が淡く発光していた。男は柔和な笑みを浮かべながら、影人の名を呼び挨拶をしてきた。

「誰だ、あんた・・・・・・・・? 何で俺の名前を・・・・それに俺が死んだって・・・・・・・・」

 間違いなく初対面の男にそう聞き返した影人は、男の先ほどの言葉の意味がどういう事なのか分からなかった。だが、突然

「っ・・・・!?」

 影人は自分がレイゼロールに殺され、敗北した記憶を思い出した。

「そうか・・・・・俺は・・・・・死んだのか・・・・・」

「そう。残念ながら、君は既に死んでいる。ここは現世とあの世の狭間の空間。人間によっては、煉獄と呼ばれるような場所だよ。もしくは夢と表現するのが感覚的には1番近いかもしれないね」

 影人の呟きに男は頷き、ここがどこであるのかを説明した。

「・・・・・・・・そうかよ。で、既に死人の俺にあんたはいったい何の用なんだ? そもそも、あんたは誰だ? 天使か悪魔か? あの世への水先案内人か?」

「僕はそのいずれでもないよ。まあ、僕の事は一旦置いておこう。それよりも、もう1つの問い。僕が君に何の用があるのか、それについて話そうか」

 男は影人の問いに首を横に振ると、こう言葉を続けた。

「一言で言うと僕は、君にを示しに来たんだよ。帰城影人くん」

 謎の男は意味深な笑みを浮かべた。

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