第267話 スプリガンVSレイゼロール、最後の戦い(2)

「先ほどから我を救うなどと・・・・・・急に訳の分からない事を言うな!」

 レイゼロールは態度に少し不愉快さを滲ませながらも、精神は氷のような冷たさを維持しながら『終焉』の闇を影人に放った。

「『世界端現』。我が両手よ、終わりを弾け」

 影人は自身の両手に『終焉』の力を弾く『世界端現』を発動させると、その両手で『終焉』の闇を弾いた。

「戸惑ってるのかよ? 俺にそう言われる事に。まあ、お前の気持ちは分かるけどよ」

 影人は周囲に闇色の銃の群れを創造し、レイゼロールに向けてそれらを発砲させた。一瞬にして100、1000を超える音速の弾丸がレイゼロールを襲う。

「確かに戸惑いもある。だが、お前はソレイユの神力を与えられた者だ。お前とソレイユの関係は知らんが、ソレイユと同じ、我を救うという目的を抱いてるのは、別にそこまでおかしな事ではあるまい」

 弾丸の群れを全て『終焉』の闇で無力化しながら、レイゼロールはそう返答した。

「だが、我が貴様の言葉に感じている最も大きな感情はそれではない。我が1番抱いてる感情は・・・・・不愉快さだ・・・・!」

「っ・・・・・?」

 ほんの少しだけ感情を揺るがせながら、レイゼロールはその漆黒のまなこで影人を睨んだ。レイゼロールの続くその言葉を聞いた影人は、どういう事だといった感じの顔を浮かべた。

「我を助ける。我を救う。・・・・・その言葉を我に吐ける者は、ただ1人の人間だけだ・・・・! 我が遥か昔に約束を交わした人間、エイトだけが我にそう言える! お前如きが、ソレイユさえも、我にそう言う資格はない! ゆえに、不愉快だ・・・・!」 

 出来るだけ感情を動かさないように努めながら、レイゼロールは自身の本心を吐露した。そう。自分を救えるのは、レイゼロールが約束を交わし唯一心を開いた人間であり、人間たちに殺された今は亡きエイトだけ。レイゼロールが今蘇らせようとしている、兄のレゼルニウスですら、それは違うのだ。

「っ!?」

 その言葉を聞いた影人は衝撃を受けた。レイゼロールは未だに影人との約束を覚えていた。金の瞳を大きく開けながら、影人はほんの少しの間、衝撃が体に行き渡るのを感じていた。

(ああ、そうか。お前はずっと、ずっと俺の事を、俺との約束を覚えてくれてたんだな・・・・・・)

 気がつけば、影人は少し口角を上げていた。影人は嬉しかった。ただ嬉しかった。レイゼロールがあの森での、あの美しい夜空の下での約束を覚えていてくれた事が。そう言ってくれた事が。

「はっ、そうかよ。・・・・だったら、問題はないぜ」

 そう問題はない。何もない。影人がレイゼロールを助け、救う事に。

「お前は、存外にバカな奴だよレイゼロール。寂しいなら寂しいって、素直に言えば言いのによ」

「なっ・・・・・・・・」

 急にそんな事を言われたレイゼロールは、呆気に取られたような顔になる。影人はニヤリとした顔になると、こう言葉を続けた。

「永劫に近い時を生きてきた神でも、人間のガキと何にも変わりはしない。お前はガキだよ、レイゼロール。自分の本心すら素直に吐けない、ただのガキだ」

「っ、貴様如きが・・・・・・知ったような口を利くなッ!」

 影人のどこか煽るような言葉に怒りを抱いたレイゼロールは、再び『終焉』の闇を放ち、複数の闇の雷を影人に放った。レイゼロールの感情を受け、儀式に使用されている『終焉』の闇は少し不安定になったが、すぐにレイゼロールが怒りを無理やり収めたため、何とか問題は起きなかった。

「利くさ。この世でただ1人、俺だけがお前にそう言えるんだからな!」

 影人は闇の雷を回避し、『終焉』の闇のみを両手で弾きながらそう叫んだ。そして、闇色のスプリガンの姿を象らせた影を複数召喚し、レイゼロールに突撃させた。

「ほざけ! お前は資格者ではない!」

 『終焉』の闇で自身に向かって来る影を虚空に消しながら、レイゼロールは影人へと接近した。

「はっ、そうかよ! だがそういうところもガキだな! 誰かが誰かを助けるのに、救うのに資格がいるかよ!」

 近づいてきたレイゼロールは『終焉』の闇を纏う右の拳を放って来た。影人はその拳を左手で受け止める。

「ッ、そのうるさい口を閉じろ!」

 レイゼロールは四肢に『終焉』の力を纏い、凄まじい連撃を放った。影人はその連撃に対応するべく、一定の力を消費し自身の『世界端現』の効果を拡大させた。

「『世界端現』。終わりを弾け我が両足よ!」

 両足にぼやけた闇が纏われる。これで影人も四肢に『世界端現』を発動させた事となる。影人はレイゼロールの四肢を使った連撃を、自身の四肢を使って捌いた。

「いいや、閉じないね! 今までこっちの形態じゃあんま話してなかったんだ! 最後くらいは話させろよ!」

 素の自分を出しながら影人はそう言った。今まではスプリガンは謎の怪人という事で、クールな感じを演じていたが、もはやそれも必要はない。影人はこの最後の戦いが始まって以来、スプリガンとしてではなく帰城影人として言葉を述べていた。

「ならば、我が強制的にその口を閉じさせてやる! 貴様を殺してな!」

 レイゼロールの連撃が更にその激しさを増す。触れれば問答無用で死ぬ、死の連撃。それが神速の速度で、嵐のような速度で放たれているのだ。普通ならば即死で、影人も四肢以外に『終焉』が触れれば当然死ぬ。しかし、そんな緊張感の中でも、影人は激しさを増したレイゼロールの連撃に対応した。これも、シェルディアとの修行の成果といえば成果だった。

「はっ、その割には動きが・・・・・単調になってきてるぜ!」

 影人は右手でレイゼロールの左拳を逸らすと、レイゼロールの腹部に自身の左の拳を放った。レイゼロールはその一撃を避けようと、体を動かす。影人の拳は空を穿つが、すぐに影人は左手を開きそこに闇色のナイフを創造すると、そのナイフでレイゼロールの胴体部を切り付けた。

「っ・・・・・!」

「だからこんな攻撃にも当たる」

 互いにほぼ同条件での近接戦。その近接戦で影人がレイゼロールに傷を付けた。それは、確かな変化であった。

「ガタガタだな、レイゼロール。俺の言葉に揺さぶられて、動きが変わって来てるぜ。戦いやすい動きに」

「黙れ! 調子に乗るなッ!」

 苛立ったようにレイゼロールが声を上げる。レイゼロールは腹部の傷を即座に回復させ、変わらず凄まじい連撃を影人に放って来た。

「我の想いが貴様如きの言葉で揺らいでいるだと!? ふざけるな! ふざけるなよ! どれだけの想いで、どれだけの時をかけて我が今まで生きてきたか! 貴様如きに我の何が分かる!? 貴様ごときにッ!」

 レイゼロールが叫ぶ。レイゼロールの精神が、感情によって揺り動く。その揺らぎは『終焉』の力を通して、儀式に使用されている『終焉』の闇にも揺らぎを与える。『終焉』の闇は徐々にその揺らぎを大きくし始めた。

「ああ、分かるかよ! 俺にはお前の痛みも苦しみも悲しみも分からねえ! だがなあ! これだけは言えるぜ!」

 影人はレイゼロールの叫びにそう言うと、こう言葉を叫んだ。

自分てめえの苦しみを人に理解してもらいたいなら! まずはその奥にしまってるもんを全部吐き出せよ!」

 影人は一歩レイゼロールに踏み込み、右拳をレイゼロールの左頬に放った。レイゼロールは「ぶっ!?」と声を漏らすと、後方へと殴り飛ばされた。

「・・・・お前の決意は悲しいが、凄いよ。だけどな、俺の決意もお前と同等かそれ以上だ」

 レイゼロールを殴り飛ばした影人は、静かにそう言葉を述べた。約2000年も目的のために進んできたレイゼロールの決意は凄まじい。その無限に等しいような時の中で貫き続けた決意は、何よりも固いだろう。

 だが、影人のレイゼロールを救う、レイゼロールとの約束を果たすという決意も、固い。影人の決意に時の重みはない。しかし、それでもレイゼロールの想いに自分の想いが負けはしないと、影人は信じていた。

「お、お前は・・・・お前は本当に・・・・いったい何者なのだ・・・・」

 影人に殴り飛ばされたレイゼロールは、立ち上がり頬のダメージを回復すると、半ば無意識にそう言葉を漏らした。『終焉』を取り戻した全盛の今の自分と対等以上に戦い、『終焉』の力すらも無効にする。それだけではない。レイゼロールはこの戦いを通して、スプリガンの並々ならぬ決意を感じ取っていた。

「俺か? 俺はスプリガンだ。それ以外、今の俺は語る名を持たない。・・・・だがまあ、この戦いが終わったらそれ以外の、俺の本当の名前と姿を明かしてやるよ」

 影人はフッと笑みを浮かべ、レイゼロールにそう答えた。

「貴様の本当の名前と姿だと・・・・・・? ふん、そんなもの・・・・今は何の興味もない」

 レイゼロールはそう呟くと、1度スゥと自分の精神を落ち着けようとした。このままではマズイ。戦闘の動き的にも。儀式の経過的にも。

(落ち着け。儀式が完了するまで、あと10分かそこらだ。我は究極的には儀式を完遂出来ればそれでいい。出来ればスプリガンは殺したいが。落ち着かなければ、奴は殺せん)

 レイゼロールは自分の勝利条件を確認した。そして、その勝利条件を果たすために、最も効果的な方法が何であるのかを模索する。

(スプリガンはソレイユの手先。光導姫や守護者の味方。奴は今まで光導姫や守護者たちを助けてきた。ならば・・・・・・・・)

 レイゼロールはチラリとその視線を陽華、明夜、光司たちに向けた。3人は先ほどからスプリガンと自分の戦いを観察している。正確には、光司は陽華と明夜を守るため。陽華と明夜はスプリガンの合図を待っているのだが。

(仕方ない、奴らを使うか・・・・・・)

 今から自分がやろうとしている事は卑怯と言えば卑怯だ。だが、何をしてでもレイゼロールは儀式を成し遂げなければならない。ゆえに、レイゼロールはそう決意すると、3人の方に向かって『終焉』の闇を放った。

「え?」

「っ!?」

「2人とも下がって! 僕の後ろに!」

 陽華、明夜の2人は驚いたような顔を浮かべ、光司は剣を召喚し2人にそう言った。

「なっ!? ちっ!」

 3人に向かって『終焉』の闇が放たれた事に一瞬驚いた影人だったが、すぐに3人の方に向かって駆けた。確かに、今までなぜ3人を狙わなかったのか不思議なレベルだったが。しかし、なぜこのタイミングで、と影人は駆けながら考えた。

「お前ら、この闇には触れるな! 触れれば一瞬で死ぬぞ!」

 光司の前に立ち両手で『終焉』の闇を弾きながら、影人は3人にそう警告した。

「っ、そんな・・・・」

「そんなもの、いったいどうすれば・・・・」

 影人の警告を聞いた陽華と明夜がそう言葉を漏らす。光司は焦ったように、影人にこう聞いてきた。

「なら僕たちはどうすればいいんだ!? スプリガン!」

「俺が守る! 『世界端現』は俺の身にしか纏えないからな! 悪いが許容しろ!」

 影人は光司にそう言うと、『終焉』の闇を払いレイゼロールに向かって駆けた。レイゼロールの意識を再び自分に向けさせるために。

「らしくねえなレイゼロール! そのやり方は確かに効果的だが、三下がやるやり方だぜ!」

 レイゼロールに闇の光線を幾条か放ちながら、影人はそう言葉を放つ。

「ふん、腹立たしいがお前の言う通りだな。だが、我の格が下がろうとも、我に迷いはない。何をしてでも、何を使ってでも我は儀式を完遂させる。その障害となるお前も、どんな手を使ってでも排除してみせよう」

 レイゼロールは『終焉』の闇で光線を消しながら、先ほどまでとは違い落ち着いた声でそう言った。

「ふん」

「ちっ、性格の悪い・・・・!」

 レイゼロールは再び『終焉』の闇を影人ではなく、3人に向かって放った。影人は仕方なく、再び陽華、明夜、光司たちの方へと戻り、『終焉』の闇を自身の体で弾いた。

「その調子だスプリガン。そして、貴様はこれも避けまい」

 レイゼロールは両手を影人へと向けた。すると、その先に『終焉』の闇が集まり始めた。そして、レイゼロールは両手の先から『終焉』の闇の奔流を放った。

「っ!?」

 まさか『終焉』の闇を奔流のように放てると思っていなかった影人は、少し驚いたような顔になる。反射的に回避しようと思った影人だったが、しかし自分の後ろには陽華や明夜、光司がいるのを思い出した。

「ああくそ、確かに避けれねえな・・・・!」

 レイゼロールとの戦いで疲れている3人に、この奔流を避けるのは難しいだろう。確実に3人の安全を確保するためには、影人がこの奔流をガードするしかない。レイゼロールはこのことを見越して、そう言ったのだ。

「お前ら! 絶対に俺の後ろから出るなよ!」

 影人は両足の『世界端現』の力を全て両手に回し、両手で『終焉』の闇の奔流を受け止めた。『世界端現』の力を強化しなければ、この奔流は受け止められないと思ったからだ。

「ぐっ・・・・・・・・」

 影人が予想した通り、『終焉』の闇の奔流は気を抜けば押し込められそうな威力だった。

「スプリガン!? だ、大丈夫!?」

「っ、私たちを守るために・・・・」

 陽華と明夜が影人の背を見つめながら、そんな言葉を漏らす。光司もスプリガンに守られているため、複雑そうな顔を浮かべている。

「はっ、元々俺の仕事はお前らを守る事だ。気にするなよ。お前らは、絶対に俺が守ってやる。だから、お前らもまだ諦めるな・・・・!」

 影人はどこか強気な笑みを浮かべながら、2人の言葉にそう答えた。そして、両手に力を込め『終焉』の闇の奔流を引き裂くように弾いた。

「はっ、残念だった――」

 影人がニヤリと笑いながらそう言葉を紡ごうとした時、影人は後方からこんな声を聞いた。


「――隙ありだ」


「なっ!?」

 影人は反射的に後ろを振り返った。すると、陽華と明夜の後方にレイゼロールがいた。なぜ、どうして。一瞬そんな思考に支配されかけた影人だったが、すぐにレイゼロールは瞬間移動したのだと、影人は思った。

「え・・・・・?」

「あ・・・・・」

「なっ・・・・・」

 陽華、明夜、光司の3人もレイゼロールに気がつき呆然とした声を漏らす。そして、瞬間移動したレイゼロールは、無防備な3人に向かってその身から噴き出す闇を放とうとした。

(マズイ、このままじゃ間に合わない!)

 既に闇は放たれた。3人を守れる位置に今から移動しても間に合わない。数秒後には陽華や明夜、光司たちは死んでしまう。

(どうする、どうする。こいつらだけは死なせるわけにはいかない。だが、このままだと間違いなくこいつらは死ぬ)

 眼の強化により、スローモーションに映る世界の中で影人は己の思考をフルに回した。どうすれば、この状況でも3人を救う事が出来るか。

(『終焉』の闇から身を守れるのは俺の『世界端現』だけ。俺の『世界』は全ての存在を殺す事に特化した『影闇の城』。その城内にいる存在は、生も死もない不安定な状態。だから、俺はその特性を自身の体に纏わせて『終焉』の闇を弾ける)

 影人は自分の『世界』の特性を再確認した。この情報が全て。ここに何かヒントはないか。

(城内にいる存在は生も死もない不安定な状態にする。それは相手を殺すためだ。嬢ちゃんとの戦いでは、嬢ちゃんもその状態になっていた。なら、理論的にはこいつらにも俺の『世界端現』を纏わせる事は可能か? 俺は自分に纏わせるだけで精一杯で、他人に纏わせる事は出来ないと思っていた)

 影人が『世界端現』を習得したのはついさっきだ。ゆえに、影人は自分の身にしか『世界端現』を纏わす事が出来ない。先ほど影人が『世界端現』は自分の身にしか纏わせられないと言ったのは、そういう理由からだ。

 だが、理論的には陽華や明夜、光司に『世界端現』を纏わせる事が出来るのではないか。『世界端現』とは文字通り、『世界』をこの世界に現す業なのだから。

(解釈を広げろ。力はこの際惜しみなく使っていい。出来るはずだ。当然の如く。やれるはずだ。息を吸うように。そうして、俺の『世界』を思いのままに操れ)

 影人はその理論に懸ける事にした。影人は右手を3人の方に向かって伸ばした。そして、極限の集中を伴い、『世界端現』の力を使用する。次の瞬間、影人は凄まじい力を消費する感覚を味わった。

 しかし、その結果、影人は3人の全身に『世界端現』の闇を纏わせる事に成功した。

「わっ、何これ!?」

「真っ黒な闇・・・・・?」

「っ、これは・・・・・?」

 自身の体に突如として闇が纏われた事に陽華、明夜、光司は驚いた。3人の全身に『世界端現』が纏われた事によって、レイゼロールから放たれた闇は全て弾かれた。

「はっ、土壇場での1発だったが何とか出来るもんだな・・・・・!」

 その光景を見た影人はホッとしながらそう呟いた。危なかった。本当に。だが、どうにか3人を守る事は出来た。影人は心の底から安堵した。


「・・・・・ああ、貴様ならば必ずどうにかすると思っていた」


 そしてその瞬間、なぜか

「え・・・・・・・・・・・・?」

 影人が無意識にそう声を漏らし、後ろに振り向く。振り向くと、影人から10メートルほど離れた場所に、なぜかもう1人レイゼロールがいた。次の瞬間、レイゼロールは影人に向けていた右手の先から『終焉』の闇を放ち、


 影人の無防備な胸部に『終焉』の闇が触れた。


「影人!?」

『おい嘘だろ!?』

 その瞬間、その光景を神界で見ていたソレイユは悲鳴のような声を漏らし、影人の内にいるイヴも叫ぶようにそう言った。

「な、何で・・・・・・・・」

 『終焉』の闇をその身に受けてしまった影人が疑問の言葉を漏らす。なぜ。レイゼロールは後ろにいたはずなのに。瞬間移動では決してなかった。影人はその視線を後ろに向ける。そこには、やはりまだレイゼロールがもう1人いた。いったいどういう事だ。影人がそう思っていると、影人に『終焉』の闇を放ったレイゼロールがこう言葉を口にした。

「・・・・後ろにいるアレは我の分身だ。お前が闇の奔流を弾いた瞬間、我は透明化を使いそこにいる分身を発生させた。分身ゆえ、『終焉』の闇は使えんので放たせたのはただの闇だがな。しかし、効果はそれで充分だった」

「ああ・・・・そういう事か・・・・」

 レイゼロールの言葉を聞いた影人は、命が徐々に消えていくような感覚を味わいながら、そう呟いた。要は、影人は罠にかかったのだ。レイゼロールは最初から3人ではなく、影人を殺そうとしていた。

 つまり、レイゼロールはいつかの影人がゼルザディルムとロドルレイニに行ったような事をしたのだ。分身に言葉を話させ、分身の目の色は漆黒のままという細かな仕込みに、ただの闇と『終焉』の闇との見分けがつき難いという事すらも利用して。そして、レイゼロールは静かに影人に近づいて、決定的な攻撃を行った。

『影人! 影人! しっかり、しっかりして! あなたが死んだら誰が! いったい誰がレールを救うっていうの!?』

『レイゼロールとの約束を果たすんだろ!? なら死ぬな! 死ぬんじゃねえよ! こんなもんで死ぬお前じゃねえだろ影人!?』

 ソレイユとイヴの必死な声が影人の中に響く。それは励ます声だった。

「え、スプリガン・・・・・・・・?」

「いったい、何が・・・・・・・・」

「レイゼロールが2人・・・・?」

 一方、未だに事態が飲み込めていない陽華、明夜、光司は戸惑ったような顔を浮かべていた。3人には影人が『終焉』の闇を受けた瞬間が見えなかったのだ。

「・・・・貴様を殺すのには本当に手間取った。お前は本当の強者だった。だが・・・・我の勝ちだ」

 レイゼロールは分身を消しながら、影人にそう言った。その言葉を聞いた影人は、力ない笑みを浮かべる。

「は、ははっ・・・・ちくしょう、マジかよ・・・・あと、本当に、あとちょっとだったのになぁ・・・・」

 命の火が消えゆく。冷たさが全身に広がっていく。ああ、本当にあと少しで自分は死ぬのだなと影人は思った。

「ごめんな、本当にごめんなレイゼロール・・・・約束、守れなくて・・・・お前を助けられなくて・・・・こんな弱い俺をどうか・・・・どうか、永遠に許さないでくれ・・・・本当・・・・に・・・・ごめん・・・・」

「っ?」

 影人の懺悔の言葉を聞いたレイゼロールは、意味が分からないといった感じに顔を歪めた。

「どうか・・・・前を向いて・・・・救われてくれ・・・・レイゼ、ロール・・・・」

 そして、最後にそう言葉を吐き影人は意識を失った。永遠に。その瞬間、黒い粒子が影人の全身から発せられ、影人の変身は解けた。現れるのは、制服を着た、ただの帰城影人の姿だった。

「え・・・・・・・・?」

「あ・・・・・・・・?」

「へ・・・・・・・・?」

 その後ろ姿に見覚えがあった陽華、明夜、光司はいっそ間抜けな声を漏らした。そんなはずはない。だってこの後ろ姿は。

「・・・・・・・・・・・・」

 かつて帰城影人だったものは、仰向けに倒れた。ドサリという音が響く。その顔を見た3人はその顔を徐々に驚愕へと変えた。

「き、帰城くん・・・・・・? 嘘、そんな・・・・・・どうして・・・・・・」

「スプリガンは帰城くんだった・・・・・・? え、あ? じゃあ、ずっと私たちを助けてくれていたのは・・・・・・」

「嘘だ、スプリガンの正体が君だったなんて・・・・・・僕は、僕は今まで君に・・・・・・」

 陽華、明夜、光司は影人の死体を見つめながらそんな言葉を漏らした。3人は、未だに事実を受け止めきれないでいた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なん、で・・・・・・」

 そして、影人の顔を見て驚いていたのは3人だけではなかった。レイゼロールは掠れた声で、その瞳を最大限にまで開きながら、影人の死体を見つめていた。穴が開くほどに。

「なん、で・・・・・・同じ、同じ顔だ・・・・・・エイトと・・・・・・一緒だ・・・・・・」

 未だにレイゼロールの大事な記憶の中にいるエイトの顔と、スプリガンの正体である人物の顔は一緒だった。いや、正確に顔が同じなのかは分からない。しかし、その特徴的な長すぎる前髪は、エイトと同じだった。

「嘘だ、そんなはずはない・・・・・・エイトは、エイトは死んだんだ・・・・・・2000年も前に・・・・・・こいつが、エイトのはずが・・・・・・」

 フルフルと子供のように首を横に振りながら、レイゼロールはそう呟いた。同じであるはずがない。他人の空似だ。そうでなければおかしい。

(だ、だが我はエイトの死体を直接見てはいない・・・・・・フィズフェールから教えられただけだ・・・・・・血のついた布を証拠として・・・・・・)

 だが、疑念は中々消えなかった。レイゼロールはフィズフェールから言われた事を思い出した。しかし、もしあの言葉が嘘だったとしたら。今までレイゼロールは当たり前のように信じていたが、フィズフェールの言葉が嘘でないという証拠は、今思えばどこにもなかった。証拠も、今思えばいくらでも偽造できる。

 そして、これも今思えば、エイトはどこかおかしかった。あの時代、人間は誰しも自力で生き抜く力があった。でなければ、死ぬからだ。それに言語も。普通、言語が通じない地域に何の準備もせずに来るだろうか。

(スプリガンはゼノと『聖女』の戦いで、時空の歪みに引きずり込まれた。時空の歪みに・・・・・・)

 まさか。まさか。最悪な予想がレイゼロールの中に出現する。時空の歪みに引きずり込まれたスプリガンは、過去に行ったのではないか。そして、どういうわけか変身能力を一時的に失っていたのではないか。

 普通に考えればあり得ない話だ。出来過ぎにもほどがある。しかし、可能性はゼロではない。

「ああ・・・・・・そんな、そんなまさか・・・・・・」

 そして、レイゼロールはこの戦いでのスプリガンの言動を思い出す。死の間際の言葉も。あの言葉もおかしかった。だが、あれがもしスプリガンではなく、エイトの言葉だったとしたならば。

 最初の「死者復活の儀」が失敗した理由も、そもそもエイトが死んでいなかったとしたら。ほとんど成功するはずだった、あの儀式が失敗したのは。

「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ・・・・・・」

 全てのピースが噛み合っていく。レイゼロールにとって最悪な方へと。どういう理由かは分からない。どうやって過去から戻って来たのか。戻って来たのならば、なぜ自分に何も言わなかったのか。

「お前は本当に・・・・・・エイトなのか・・・・・・?」

「・・・・・・」

 レイゼロールは泣きそうなぐちゃぐちゃの顔で、そう問いかけた。だが、返事はない。ただの屍に何を言っても答えは返っては来ない。

「そんな、そんな・・・・・・我は・・・・・・我が、お前を・・・・・・」

 レイゼロールは自身の震える手を見つめた。そして、

「我が、お前を殺したのか・・・・? エイト・・・・・・」


 レイゼロールは自分が約束の人間を、エイトを殺してしまった事を理解した。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・・・ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 そして、その事を理解したレイゼロールはその事実に耐えられずに泣き叫んだ。その慟哭は『終焉』の力のコントロールの放棄を意味し、


 レイゼロールの『終焉』の力は暴走した。


 スプリガンの、帰城影人の死がきっかけで。


 次の瞬間、レイゼロールと祭壇から凄まじい『終焉』の闇が噴き出した。

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