第266話 スプリガンVSレイゼロール、最後の戦い(1)
「まだまだ行くぜッ!」
レイゼロールの頬に拳を穿った影人は、1度『世界端現』を現象化した拳を引き、そのままレイゼロールの腹部に拳を放とうとした。
「っ、調子に乗るな・・・・!」
2撃目は受けまいと、レイゼロールは周囲の空間から闇色の腕を複数呼び出した。
「乗らなきゃお前には勝てないだろうがよ・・・・!」
それに対応するように、影人も周囲の空間から闇色の鋲付きの鎖を呼び出す。鎖は闇色の腕を縛り付け動きを奪う。
「俺は誓ってるんだよ。遠い遠い昔に。お前を助けるって、お前を救うってな! そのために、まずはお前に勝つんだよ!」
「訳の分からぬ事をほざくな!」
影人の言葉に、レイゼロールは苛立ったようにそう言葉を返す。そして、瞬間移動で影人の背後へと移動した。
(どうやって『終焉』の闇を弾いたのかは知らんが、鍵はその闇を纏わせた右手だろう。ならば、それ以外の場所ならば・・・・・・!)
レイゼロールは『終焉』の闇を纏わせた右手を貫手の形にして、影人の背中に放った。スプリガンはまだ瞬間移動には対応出来ていないはず。ロシアでの事を思い出しながら、レイゼロールはそう考えた。
「はっ、悪いがそいつはもう対応済みだ」
だが、影人はニヤリと笑い背後のレイゼロールにそう言うと、体を瞬時に横に移動させその攻撃を回避した。
「っ・・・・!?」
「瞬時に消えて姿が見えねえなら、後ろか上しか移動場所はないだろ・・・・!」
レイゼロールの方に振り向いた影人は、周囲の空間に約1000本ほどのナイフを創造し、それをレイゼロールに向けて放った。
「くっ・・・・・・・・」
レイゼロールは仕方なくそのナイフの群れを回避し、あるいは迎撃しながら一旦後方へと下がった。そして、『終焉』の力も1度解除する。これ以上の連続使用は流石に危険だからだ。レイゼロールの全身から立ち昇っていた闇が消え、瞳の色もアイスブルーへと戻った。
(よし、ちゃんと反応出来た。嬢ちゃんとの地獄の特訓の成果だな・・・・・・・・)
1度レイゼロールに距離を取らせた影人は、内心でホッとしたようにそう呟いた。影人はこの2ヶ月間ほど、シェルディアと『世界端現』を会得するための修行をしていた。まあ、最近はシェルディアから教わった事を1人で反復しているだけだったが。シェルディアがこの戦場に最初からいて、影人だけが途中から参戦したのはそういう理由からだった。
そして、影人はその修行と同時にシェルディアから戦闘の修行も受けていた。その修行内容は、真祖化したシェルディアとの手合わせ。もちろん制限はなしだ。影人はシェルディアを殺す気で攻撃し、シェルディアは影人を殺さない程度に攻撃する。ルールというルールはそれだけ。影人が傷を負えば、シェルディアが無限の生命力を与え回復させる。その繰り返し。はっきり言って地獄だった。影人は何度も死の淵を見た。
しかし、その修行の結果、影人の戦闘におけるセンスや勘、反応速度は修行前と比べ飛躍的に上昇した。レイゼロールの瞬間移動に反応出来るようになったのは、そういった理由からだった。
「貴様・・・・強くなっているな、あの時よりも・・・・」
「ああ、柄にもなく修行したからな。2ヶ月前の俺だとは思わない方がいいぜ」
自分を睨んでくるレイゼロールに、影人はそう言葉を返した。強くなりたいと修行し努力するなど、帰城影人という人物の柄ではない。しかし、影人は修行し努力した。全ては過去でのレイゼロールとの約束を果たすために。
「・・・・・・・・『終焉』の力を取り戻した我と現在対等に戦っている貴様の強さは認めてやろう。だが、それでも・・・・お前では我には勝てない!」
レイゼロールはその身に全ての身体能力を高める力を使用した。今まで使っていた常態的な身体能力強化や『加速』『硬化』に加えて、目の強化に四肢への『破壊』の付与。そして、影人に向かって駆けながら、周囲から複数の闇の光線をスプリガンへと放った。
「いいや、勝つんだよ。勝たなきゃ死んでも死にきれねえからな!」
レイゼロールと同じく全ての身体能力を高める力をその身に施した影人も、レイゼロールへと向かって再び駆ける。同時に、右手の『世界端現』の力は解除した。
「『世界端現』。影闇の鎖よ、出でて我が意に従え!」
影人は一定の力を消費して、会得した『世界端現』の力を使用した。影人の言葉に反応し、影人の周囲の空間から闇色の鎖が数本出現した。一見すると、いつも影人が呼び出している鎖に見えるが、これはただの鎖ではない。影人の『世界』、『影闇の城』に存在する強力な鎖だ。『影闇の城』の城主たる影人の命令に従う、この世には存在しない鎖。『世界』の欠片。
「行けよッ!」
影人は鎖に自身のイメージを伝えるようにそう叫ぶ。すると、鎖は1人でに動き始めた。
「フッ・・・・・!」
「シッ・・・・・!」
その間に、レイゼロールと影人は交錯し近接戦に入った。互いに神速の速度から繰り出される打撃を、目を闇で強化した2人は当然のように反応し、迎撃し回避する。結果、1周回ってレイゼロールと影人の近接戦は、2人にとって普通の近接戦へと化していた。
「はっ、相変わらずだな俺たちの近接戦は・・・・!」
「ふん、やけに饒舌だな今日の貴様は・・・・・!」
拳と拳を交えながら、影人とレイゼロールはそんな言葉を交わし合う。そして、影人は右の蹴りを放ちながら更にこう言った。
「饒舌にもなるぜ。今日で終いなんだからよ・・・・! 来いよ影闇の鎖!」
影人がそう言うと、闇色の光線を弾いていた鎖たちがレイゼロールへと襲い掛かった。同時に、影人は畳み掛けるように拳や蹴りによる連撃を放った。
「ふん、この程度で・・・・・・」
レイゼロールがその場から瞬時に消える。瞬間移動だ。単純に回避の択としても強力極まりない。
(背後に気配はない。となると・・・・)
影人は上空を見上げた。すると、上空20メートル辺りの場所にレイゼロールがいた。
「・・・・・・やっぱり上だよな。だが・・・・」
影人はニヤリとした笑みを浮かべると、上空のレイゼロールには聞こえない声でこう呟いた。
「影闇の鎖は既にお前を囲んでるぜ」
影人が呟いた通り、影闇の鎖は瞬間移動したレイゼロールに対応するように、いつの間にかレイゼロールを捉えようと移動していた。
「なっ・・・・」
瞬間移動した自分をもう捉えようとしている鎖に、レイゼロールが驚いたような顔になる。そして、鎖はレイゼロールの体に触れ――
「ちっ」
――る前に、レイゼロールは幻影化の力を使用した。レイゼロールの肉体が、陽炎のように揺らめき霧のように変化しその実体を失う。全ての力を取り戻した今のレイゼロールからしてみても、幻影化は相変わらず力を多量に消費する奥の手だが、ここは使用すべきだと考えた。
幻影化は力を多量に消費する分、一種の無敵状態へと肉体を変化させる技だ。鎖に実体がない物は捕らえられない。レイゼロールはそのまま幻影化した体で鎖の範囲外に逃れようとした。
「・・・・無駄だ。影闇の鎖は、どんなモノだろうが確実に捕らえる」
しかし、その光景を見ていた影人は、ただ事実を述べるかのような淡々とした口調でそう呟く。すると、影人が述べたように、影闇の鎖は幻影化したレイゼロールに巻き付き始めた。鎖が幻影化したレイゼロールに触れた瞬間、レイゼロールの幻影化は解除され、レイゼロールは実体を取り戻す。
「っ!? 幻影化を無効化しただと・・・・!?」
鎖に捕らえられ、空中で動きを奪われたレイゼロールはいっその事、ショックを受けたような顔でそう言った。おそらく、レイゼロールは幻影化にある種の絶対の信頼を置いていたのだろう。その幻影化が無効化された事が信じられない。その気持ちはよく分かると、同じくソニアに幻影化を無効化された影人は思った。
「・・・・・・影闇の鎖は、生と死の境界が不安定な『影闇の城』の場内に存在する捕縛の鎖。元々、不安定なモノを捕らえる鎖なんだよ」
レイゼロールには相変わらず聞こえないだろうが、影人はそう呟きながら右手を捕縛されているレイゼロールに向けた。そして、影速の鎖は純粋な力以外では壊す事は出来ない。例え、『破壊』の力であっても。
(・・・・悪いな、レイゼロール。今から俺はお前を傷つける・・・・・・・・)
影人は右手の先に闇色の剣を創造しながら、内心でそう宣言した。正直に言えば、過去でレイゼロールと過ごした影人からすれば、出来ればレイゼロールは傷つけたくはない。過去での思い出が影人の中に蘇る。
だが、これは戦いだ。やらなければ勝つ事は出来ない。影人にとっての勝利は、不老不死のレイゼロールをどうにか殺す事ではない。レイゼロールを救う事だ。そのためには、ある程度までレイゼロールを弱らせなければならない。
レイゼロールを救うために、レイゼロールを傷つける。この矛盾を飲み込まなくてはならない。そして、帰城影人という少年は、その矛盾を飲み込める少年だった。
「剣よ、闇の女神を貫け。併せて、現れろ『影速の門』」
剣に一撃を強化する言葉を乗せ、剣の先に黒いゲートのようなものを出現させる。未だに身動きが取れないレイゼロールに向けて、影人はその剣を発射した。
「行け」
その言葉と同時に、闇の剣がレイゼロールに向けて放たれる。剣は「影速の門」を潜り、爆発的に加速し、レイゼロールの胸部へと穿たれた。
「がっ・・・・・!?」
『硬化』の力のおかげで貫通こそしなかったが、一撃を強化され「影速の門」で爆発的な速さを持った剣は、レイゼロールの胸に深々と刺さった。赤い血が上空から雨のように地上へと降り注ぐ。
「・・・・・もう一丁だ」
影人は氷のように冷めた声でそう言うと、また右手の先に剣と「影速の門」を創造した。そして、また一撃を強化する言葉を述べると、少し狙いを下にして剣を発射させた。
「がふっ・・・・!?」
今度は腹部に剣が着弾し、レイゼロールはまた苦悶の声を漏らした。また多量の赤い血が噴き出し、赤い雨が降った。
「シッ・・・・!」
影人は思い切り地を蹴り、空へと駆け上がった。浮遊の力を使いレイゼロールへと接近する。
「我が拳よ、敵を砕け」
右の拳に闇を纏わせ一撃を強化した影人は、レイゼロールの顎目がけて昇拳を放った。
「っ〜!?」
『硬化』の力を使っているのに、凄まじい衝撃がレイゼロールの脳天へと駆け上がった。
「影闇の鎖、解除」
昇拳を放つと同時に影人はレイゼロールの拘束を解いた。昇拳の衝撃はそのままレイゼロールを更に上空へと飛ばす。影人もレイゼロールを追うように上空に昇る。
「我が蹴撃よ、敵を落とせ」
そのまま影人は自分の右足の一撃を強化し、レイゼロールより上に昇ると、その右足を大きく上げた。
(痛いだろうが、悪く思うなよ・・・・!)
影人は内心でレイゼロールにそう断ると、上向きに飛んでいるレイゼロールの腹部、剣が突き刺さっている場所目がけて、踵を振り下ろした。
「がっ・・・・・・!?」
剣の柄に影人の踵が直撃し、腹部の剣がレイゼロールの体を貫通する。そして、レイゼロールは稲妻のように地面へと落下した。レイゼロールが落下した地面はクレーターのように凹み、周囲の地面には凄まじい亀裂が生じた。
「す・・・・凄い・・・・」
「あのレイゼロールを・・・・・・」
その光景を見ていた陽華と明夜は呆気に取られた顔でそんな言葉を漏らした。自分たちが光臨しても手も足も出なかったレイゼロール。そんなレイゼロールを、スプリガンは圧倒している。やはり、スプリガンは凄い。まだまだ自分たちとは強さのレベルが違う。陽華と明夜はそう思った。
「・・・・『世界端現』。影闇の鎖よ、再びレイゼロールを捕らえろ」
影人は地上に落ちたレイゼロールを見下ろしながら、再び影闇の鎖を召喚した。召喚された影闇の鎖は、地に横たわるレイゼロールに向かって一瞬で伸びると、再びレイゼロールを拘束した。
(よし、これで少しは時間が出来た。この間に・・・・)
影人は視線をレイゼロールから外し、地上に横たわるある人物の姿を確認すると、そこに降下した。
「っ・・・・・・・・」
「・・・・よう、守護者。虫の息だな」
影人は血塗れで倒れている光司にそう言葉を掛けた。
「ス、スプリガン・・・・お前・・・・は・・・・・・・・」
「・・・・今にも死にそうなのに、よく言葉を発せられるもんだな。お前のその打たれ強さには感心するぜ」
影人は光司にそう言うと、右手を光司に向けそこから回復の闇を流した。暖かな闇は光司の全身を包み、光司の傷を全て綺麗に癒した。
「っ、傷が・・・・・・・・」
ダメージが全て癒えた光司は、驚いたような顔を浮かべ自分の全身を見つめた。そして、立ち上がり影人を睨んだ。
「・・・・いったいどういうつもりだ」
「・・・・別に。ただ死にそうだったから回復してやっただけだ。もう、理由をつけてお前らを助ける必要はないしな」
睨んでくる光司に、影人は淡々とした口調でそう言った。そして、こう言葉を続ける。
「・・・・・・お前は素直には信じないだろうが、俺はお前たちの味方だ。今までは理由があって敵のフリをしてたがな。だからまあ、安心しろよ」
「お前が僕たちの味方だと・・・・・・・・? っ、確かにお前はいま僕を癒し、あの2人の傷も癒してくれた。だが・・・・俄には信じられない」
「分かってるよ。だから、お前はお前の為すべき事を為せ。あいつらを守ってやれ」
困惑と疑念が混じったような顔の光司に、影人は陽華と明夜を指差しながらそう言った。そして、影人は光司に背を向ける。
「っ、お前に言われずとも分かってる。朝宮さんと月下さんは、僕が必ず守る。例え力が足りなくても、僕は守護者。守る者だ!」
「はっ、それでいい。やっぱりお前はそうでなくちゃな・・・・・」
光司の決意の言葉を背中越しに聞いた影人は、小さく笑みを浮かべた。そうだ。圧倒的な力の前でも折れずに、真っ直ぐに守るべき者のために立ち向かう。それこそが守護者。それこそが、影人が敬意の念を払っている香乃宮光司の強さだ。そんな男だからこそ、陽華と明夜の2人を任せられる。
「じゃあ、頼んだぜ・・・・・香乃宮」
「え・・・・・?」
影人はそう言い残すと、レイゼロールの方へと向かった。影人の呟きを聞いた光司は、ポカンと口を開けこう呟いた。
「何で、僕の名前を・・・・・・・・・・」
光司はなぜスプリガンが自分の苗字を知っているのか理解出来なかった。
「・・・・・気分はどうだ、レイゼロール」
レイゼロールの近くにまで移動した影人は、鎖に捕われているレイゼロールに向かってそう言葉を投げかけた。
「ふ・・・・・ん・・・・・最低に・・・・決まって・・・・いる」
胸と腹部を剣に貫かれ地面に横たわっているレイゼロールは、掠れた声でそう言葉を返した。
「・・・・・だろうな。さて、お前はこの最低の状況からどうする。その鎖は、純粋な力以外では壊せない。その純粋な力も、真祖化したシェルディアレベルの力が要求される。お前にそのレベルの力がなきゃ詰みってやつだ」
影人はレイゼロールに事実を伝えた。影人の言葉を聞いたレイゼロールは、少しだけ口角を上げるとこう言葉を放つ。
「詰み・・・・か・・・・確かに・・・・我にシェルディア・・・・並みの・・・・力を出す・・・・事は無理・・・・だ。だが・・・・我・・・・には・・・・シェルディアには・・・・ない力が・・・・ある・・・・」
レイゼロールが言葉を放つと同時に、レイゼロールの全身から闇が噴き出した。同時にレイゼロールの瞳の色が漆黒へと変わる。その闇は、レイゼロールを拘束している鎖や、胸部や腹部に刺さっている剣に触れる。そして次の瞬間、鎖や剣は闇色の粒子となって虚空へと消えた。
「なっ・・・・・!?」
その光景を見た影人は驚いた声を漏らした。レイゼロールの体から立ち上がった闇は『終焉』の闇だろう。全てを終わりへと導く力。剣が消えたのはまだ分かる。だが、概念の力では壊れない影闇の鎖まで消えたのは意味が分からなかった。
「・・・・・『終焉』の力は触れるモノ全てを終わらせる力だ。その対象は全ての万物。不老不死ですら殺す事の出来るこの力に、壊せぬ鎖など意味を成さない。この力は、概念の先を行く当然の力だ」
拘束から解き放たれたレイゼロールは自身のダメージを全て回復し、立ち上がりその漆黒の瞳で影人を睨みつけた。
「認めよう、スプリガン。お前はリスクを負って『終焉』の力を使わなければ、勝てない存在となった。ここからは、お前を殺すまでこの力を使い続けよう」
「・・・・そうかよ。なら賭けようじゃねえか。俺がお前に勝ってお前を救うのが先か、お前が俺を殺すのが先か。シンプルにな」
レイゼロールの言葉に、影人は真剣な顔を浮かべそう返答した。スプリガンとレイゼロール、2人の最後の戦いはまだ始まったばかり。
妖精の名を冠する男と闇の女神たる女は、互いを睨み合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます