第265話 絶望を切り裂く者

「スプリガン・・・・・・・・やはり、お前が来るか。ソレイユの切り札よ・・・・」

 絶望という闇を切り裂くように現れた黒衣の男に、レイゼロールは忌々しげにその男の名を呼んだ。

「ああ、ギリギリだったがな。何とか最後のパーティーには間に合ったぜ」

 左手で帽子の鍔を押さえながら、影人はニヤリと不敵な顔を浮かべた。

(いや、マジのマジで危なかった。後1秒でも遅れてたら取り返しがつかなかったぜ・・・・・)

 表向きは余裕さを演出していた影人だったが、内心では安堵のため息を吐いていた。本当ならば、この最終決戦に最初から参戦する予定だったのだが、影人が今の今まで『世界端現』を会得出来なかったため、ここまで参戦するのが遅れてしまった。何だかんだ、2ヶ月ほどの時間が掛かってしまった。『世界端現』を会得出来なければ、この戦いに参戦しても意味はない。そう考えた影人は、ギリギリまで修行していたのだった。

『けっ、だがまあ終わりよければ全て良しってやつだろ。間に合ったんだからよ。この2ヶ月修行ばっかで全く暴れられなかったんだ。せいぜい暴れさせてもらうぜ。なあ、影人!』

(ああ、こいつが最後の暴れ舞台だ。好きに暴れろよイヴ)

 気分が高揚しているイヴに、影人は内心でそう言葉を返した。

「さて、じゃあまずは・・・・・」

 影人は体を半身後ろに向け、未だに呆然としている陽華と明夜に向けて左手を向けた。すると、そこから暖かな闇が流れ2人の体を癒した。

「っ、傷が・・・・・・・・」

「治ってく・・・・」

 回復の闇を受け、ダメージが全快した陽華と明夜は驚いたように自分の体を見つめた。そして、戸惑ったように影人にこう言葉を掛ける。

「何で傷を治してくれたの・・・・?」

「それに助けに来たって・・・・」

「・・・・別にもう隠す必要はなくなったからな。俺がお前らの味方っていう事を」

 陽華と明夜の言葉に影人は正直にそう答えた。そう。もうスプリガンは謎の怪人ではなく、光導姫や守護者たちの味方なのだ。その事を2人に告げた影人は、少しスッキリとした気持ちになった。

「味方・・・・・・・・」

「スプリガンが、私たちの・・・・・・・・」

 変わらずに呆然とした表情でそう呟いた2人は、少しの間黙ったかと思うと、その目からスゥと涙を流した。

「よ、よかった・・・・やっぱり、味方だった・・・・! ずっと、ずっと信じ続けて本当に良かった・・・・!」

「うん、うん・・・・! 私たちは間違ってなかった・・・・!」

「お、おい。何で急に泣くんだよ・・・・!? 泣くなよ! これじゃ俺が悪いみたいじゃねえか!」

 急に泣き始めた陽華と明夜を見た影人は、こんな時だというのに戸惑ったようにそう言った。一応、クールを演じていたスプリガンだったが、この反応には流石に素の前髪野郎が出てくる影人であった。

『やーい泣ーかしたー、泣ーかしたー』

「うるせえぞイヴ! 言ってる場合か! ちったぁ空気考えやがれ!」

 挙句の果てには、イヴまで面白がって煽ってくる始末だ。影人はキレたようについ肉声でそう言ってしまった。ぱっと見、キャラ崩壊にしか見えない。

「っ、なんだ・・・・・・・・?」

 そんな光景を見ていたレイゼロールは、訝しげな顔を浮かべていた。それは至って自然な反応であった。

「ちくしょう、せっかく決めて登場したのに台無しじゃねえか・・・・・・・・」

 左手で帽子を押さえながら、影人はため息を吐いた。最後くらいは締まった感じで行きたかったのだが。だが、こうなってしまったものは仕方がない。影人は気を取り直すと、陽華と明夜にこう告げた。

「・・・・・・とにかく、俺はお前らの味方だ。今までは事情があって怪人を演じてた。いきなりこんな事を言われれば戸惑うだろうが・・・・・・信じてくれ」

 スプリガン時で、真っ直ぐな言葉を吐く事がほとんどなかった影人は少し気恥ずかしさを覚えた。影人の言葉を聞いた陽華と明夜は、泣きながら何度も首を縦に振った。

「うん、信じる! ずっと信じて来たから! ありがとう、ありがとうスプリガン!」

「もう信じてるから! 何度も何度も、今も私たちを助けてくれたあなたの事を! ありがとう、本当にありがとう・・・・・・!」

「・・・・・・はっ、そうかよ」

 2人の言葉を聞いた影人は小さく口角を上げた。

(ったく、よくもまあこんな俺をずっと信じ続けて来たもんだぜ・・・・・・今まで、何回も何回も敵対するような言葉や行動をしてきて、最終的には光導姫と守護者の敵になったスプリガンをよ・・・・・・)

 ずっとずっと、スプリガンを信じ続けて来た2人の光導姫。何度も不安な気持ちになっただろう。気持ちが揺らいできただろう。だというのに、陽華と明夜はここまで影人を信じた。それは決して生半可なものではない。誰かを信じ続けるというのは、覚悟が必要なのだ。

(そこまで信じられたなら仕方ねえよな。俺も期待に応えてやるか。朝宮、月下・・・・・)

 影人は内心で2人の名を呟くと、小さな声でこう言葉を放った。

「・・・・・・ありがとよ」

 そして、影人はレイゼロールの漆黒の瞳をその金の瞳で真っ直ぐに見つめた。

「・・・・・待たせたな、レイゼロール。始めようぜ、俺とお前の最後の戦いを」

「・・・・・ああ、これで正真正銘最後だ。今日ここで、お前との因縁を断ち切る」

「悪いが・・・・・それだけは断ち切らせねえよ!」

「抜かせ・・・・・! 終わりにしてやるぞ!」

 影人とレイゼロールは互いにそう言葉を交わし合うと、その足を踏み出し互いに向かって駆け始めた。

 ――スプリガンVSレイゼロール。その最後の戦いが今始まりを告げた。










「スプリガン・・・・」

 ポツリとそう呟いたのは血塗れで倒れている光司だった。今や光導姫と守護者の敵となった、黒衣の怪人。光司がずっと危険視していた男。

「っ、スプリガン・・・・!? このタイミングでなぜ・・・・・・・・」

 光司の視聴覚を共有しウインドウに投影していたラルバは、驚愕したような顔を浮かべた。ラルバのその呟きを聞いたソレイユは、キッパリとした口調でラルバにこう言った。

『私が彼をそこに転移させたからよ、ラルバ。今の今まで彼はある力を得るために修行していた。そしてこの土壇場でその力を修得した。だから、来たの。私たちの味方として、レールを救うために』

「ソレイユ・・・・・・・・? 君はいったい何を言って・・・・・・・・」

 ソレイユの言葉を聞いたラルバは意味が分からないといった顔を浮かべ、ソレイユにそう聞き返した。

『あなたが守護者の彼にレールを殺させようとしていたように、私もスプリガンという切り札を用意していたって事よ。ラルバ、取り敢えずあなたに言いたい事はあるし、あなたも私に言いたい事はあるでしょう。だけど、それは全部後よ。今はただ、その目をよくかっぽじって見なさい!』

 ソレイユはウインドウ越しにラルバの顔を真っ直ぐに見つめると、力強く言葉を放った。

「スプリガンを、私が最も信頼する彼を! 誰よりも強く諦めないあの男を!」











「っ、スプリガン・・・・!? やはり、あなたが最後の邪魔をしますか・・・・!」

 スプリガンの登場に気づいたのは、レイゼロールと戦っていた一部の者たちだけではなかった。ソニアと風音、プロトと戦いながらも、常にレイゼロールの事を気に掛けていたフェリートは、スプリガンの姿を視界の端に収めると、忌々しげにそう呟いた。

「え? ほ、本当だ・・・・」

「スプリガン・・・・・・・・」

「っ、彼があの・・・・」

 フェリートの呟きを聞いたソニア、風音、プロトもその視線をチラリとレイゼロールのいる方向に向け、それぞれそんな言葉を呟く。3人ともこの土壇場でのスプリガンの登場に、驚いたような顔を浮かべていた。

「っ、あいつ・・・・」

「ちっ、来やがった・・・・!」

「スプリガン・・・・!」

 フェリートに続き、菲やロゼやメティ、その他の守護者たちと戦っていたダークレイ、キベリア、殺花も、ここからは離れたスプリガンの登場に気がついた。

「おー? 何か黒い奴がレイゼロールの前にいるぞ!?」

「おいおい、まだ混沌を極めるっていうのかよ・・・・・・! ふざけやがって・・・・!」

「ほう、これは・・・・・・・・いいね、これが最後の盛り上がり所と見たよ。ああ、だが口惜しい! 追い求めた彼との再会がまさかこんな状況だとは! これじゃあ彼を観察出来ないし絵も描けないじゃないか! おお、神よ!」

 メティ、菲、ロゼもそれぞれそんな感想を漏らす。守護者の面々、葬武、エリア、ショット、ノエなども「・・・・奴か」、「っ・・・・」、「オー、ジーザス・・・・」、「何だ? あいつ・・・・」とスプリガンの登場に気づき、それぞれの反応を示した。

「ッ、スプリガンさん・・・・・・・」

「げっ、スプリガンじゃない。あいつ、またこんなカッコいい所で登場したっていうの・・・・腹立つわね!」

 ゾルダートやクラウンとの局所戦を終え、ロゼたちと合流していたメリーと真夏も、そう言葉を述べる。ちなみに、メリーに運ばれたハサンは光臨したロゼの能力によって一命を取り留めていた。まだ気を失っているため、後方の安全な場所に寝かされているが。

 その他の局所戦を演じていた重傷者、エルミナ、イヴァン、アイティレ、刀時なども、メリーや真夏が回収しロゼの能力によって傷を癒やされていた。ただ、彼・彼女たちも意識を失っているため、ハサンと同じ場所で横になっていた。

「あー、ここであいつかよ・・・・ちくしょう、もうちょっと前だったら戦えたのによ・・・・なあ、響斬」

「ははっ、確かにね・・・・・・でも、流石に今は戦えないよ。ぼかぁ、限界越えまくったし。まあ、それは君も同じはずなんだけど・・・・冥君、何で歩けてるのさ?」

 冥に肩を貸されて無理やり歩かされていた響斬は、冥にそう聞いた。気を失っていた響斬は、冥に叩き起こされたのだ。

「ちょっと寝転んで休んだら回復した。だがまあ、俺もお前に肩貸して歩くのが限界だ」

 響斬の言葉に、髪を下ろしたストレートの長髪姿の冥はそう言葉を返した。冥の言葉を聞いた響斬は「いやー、流石の戦闘民族っぷり・・・・・」と苦笑した。

「というか、こんな時にこんな事言うのあれだけどさ・・・・・・・・今の冥くん、ぱっと見、美女だよね。いや、すんごい別嬪さんだよ本当に」

 続けて、響斬は冥の顔を見ながらそう言った。元々、綺麗な顔をしていた冥だったが、髪を解いた今は凄まじく美人に見える。これは少し危ない。イケナイ感情を抱きそうだ。響斬は本気でそう思った。

「あ? 何だ殺されてえのか響斬てめえ!」

「いや、素直な感想・・・・・って痛い痛い! 拳をグリグリするのは止めてくれよ!」

 左の拳で自分のこめかみをグリグリと押してくる冥に、響斬は悲鳴を上げた。

「おやおや、あちらは賑やかですねー。ねえ、ゾルダートさん?」

 冥と響斬のやり取りを見て、そんな感想を漏らしたのは、真夏によって戦闘能力を奪われたクラウンだった。クラウンは少し離れた安全な場所から、戦場を観察していた。他にやる事もないからだ。

「あー、うるせえよピエロ野郎・・・・・俺は、お前と違って死ぬほど疲れてんだよ」

 一方、クラウンの隣に大の字で寝そべっていたゾルダートは、本性を曝け出した口調でクラウンにそう言葉を返した。メリーによって胸部を剣で貫かれ、銃で蜂の巣にされたゾルダートは、最後の回復の力を使って傷をある程度まで回復させていた。その代わり、全ての闇の力を使ってしまいクラウン同様に今日はもう戦えないが。

「おや、そのようですねー。いつもの取り繕うような薄っぺらい態度が剥がれていますから」

「はっ、言いやがるじゃねえかよ・・・・・・1番薄っぺらいお前が」

「ええ、ワタクシめは道化師ですからー。薄っぺらくない道化師なんて、道化師じゃありませんよ」

 ゾルダートにそう言われたクラウンはニコリと笑った。そして、未だに戦っている闇人たちやレイゼロールに視線を向けるとこう言葉を述べた。

「はてさて、この世界の運命はどうなるやら・・・・ワタクシめは出来ればハッピーエンドを望みますが、落伍者である私たちに出来るのは、ただこの戦いの行く末を見守るのみですねー」

「けっ、ハッピーエンドなんざ訪れるとは思えねえがな。だがまあ・・・・敗者に口なしだ。これ以上、何も言わねえよ俺は」

「おや、存外に殊勝な事で。ですが、それでもワタクシはハッピーエンドを望みますよ。そうでなければ・・・・・・・・」

 クラウンはふっと少し悲しげな笑みを浮かべると、こう言った。

「あまりにも悲しいじゃないですか」











「お前ら! 残り時間がどれだけあるから知らねえが、1回光臨は解いとけ! 俺がレイゼロールに隙を作る! お前らの出番はそこだ! だから、今は俺に任せろよッ!」

 レイゼロールに向かって駆け始めながら、影人は陽華と明夜にそう叫んだ。影人の言葉を聞いた陽華と明夜はまだ少し涙を流していたが、「う、うん!」、「わ、分かったわ!」と言って頷いた。そして、2人は一旦『光臨』を解除した。陽華と明夜は通常形態へと戻る。

(よし、取り敢えず今はこれでいい)

 駆けながら影人はそう思った。正直、光臨状態の陽華と明夜がボロボロであったという事は、光臨状態の2人の力がレイゼロールに届かなかったという事で、2人がレイゼロールを浄化する事は難しいという事実を示している。そんな2人が光臨状態よりも力が劣る通常形態に戻った事は、レイゼロールを浄化する事が極めて不可能に近いという事であるが、影人はまだその事を最悪とは考えていなかった。

 最悪なのは、2人が光臨のリミットを迎え、2人の変身が解除される事だ。流石に、2人が一般人に戻ってしまえば、奇跡すら望めずに詰みだ。実際、あと数十秒ほどで2人の変身は解けていた。間一髪であった。

(ここまで来たら俺も朝宮と月下を信じてやる。あいつが俺をずっと信じ続けて来たように。可能性はまだゼロじゃねえんだ。ならよ、起こしてやろうぜ。奇跡ってやつをな!)

 奇跡に頼るのではなく奇跡を起こす。不可能を可能にする。実際にそうしようと思うならば、そこには並々ならぬ思いと気迫が必要だ。例えるならば、世界さえも変えてしまいそうなほどの。

「どうやって、我が『終焉』の闇を弾いたのかは知らんが・・・・・奇跡は2度も起きん・・・・!」

 影人に接近しながら、レイゼロールが再び全身から『終焉』の闇を影人へと放った。出来るだけ感情を動かさずに、努めて冷静に。陽華と明夜たちだけならば、『終焉』の闇を使わずに済んだが、相手がスプリガンとなると話は別だ。レイゼロールは儀式失敗のリスクを抱えながらも、再び『終焉』の力を行使する事を選択した。

「はっ、奇跡だと? そいつは違うな。この力は今のお前と対等に戦うためのもんだ。奇跡は・・・・」

 影人は黒いぼんやりとした闇に覆われた右手で、再び『終焉』の闇に触れた。影人の右手には現在『世界端現』の力が現象化している。その右手に発現しているのは影人の『世界』、『影闇の城』の特性の1つ、「『影闇の城』に存在する者は、生も死もない」というものだ。その特性を右手に発現させ、影人は全ての命を奪う『終焉』の闇に触れても死なずに済んでいるのだった。

「これから起こすんだよ・・・・・・・・!」

「っ・・・・!?」

 右手で再び『終焉』の闇を弾いた影人。その光景を見たレイゼロールは驚愕したような表情を浮かべた。レイゼロールは、どういうわけかスプリガンに『終焉』の闇が効かない事を理解した。

「だからまずは、お前に勝つぜ。レイゼロール!」

「ぶっ!?」

 遂に接近した2人。驚いているレイゼロールに、影人は右のパンチを放った。驚いていたレイゼロールはすぐにそのパンチに反応する事が出来ずに、影人のパンチを左頬に受けた。

 

 ――さあ、戦え。完膚なきまでのハッピーエンドを勝ち取るために。レイゼロールとの約束を果たすために。戦え、スプリガン。戦え、帰城影人。その果てに向け、全てを懸けて。

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