第264話 絶望

「絶望なんて絶対にしない・・・・・!」

「諦めない限り、希望を捨てない限り・・・・・道は必ずある・・・・・!」

 陽華と明夜はレイゼロールにそう言葉を返すと、互いに行動に移った。陽華は再びレイゼロールへと接近し、明夜は杖をレイゼロールに向ける。

「水氷のつぶてよ、敵を撃て! 水氷の茨よ、敵を縛れ!」

 明夜の魔法が発動し、数百もの水と氷の礫と数十もの水と氷の茨がレイゼロールを襲う。凄まじい物量攻撃だ。

「この程度で・・・・」

 レイゼロールは幾重もの闇の風刃を創造し、その風刃を以て明夜の水氷の礫と茨を全て切り裂いた。

「光炎よ! 渦巻く灼熱の奔流となって全てを焼き尽くせ!」

 レイゼロールに接近した陽華が、両手をレイゼロールへと向ける。すると、陽華の両手の先から光炎の奔流が放たれた。

「・・・・・・・・」

 レイゼロールは自身を襲わんとする光炎の奔流を一瞥すると、無造作に自身の左手を向けた。すると左手の先に闇色の渦が現れ、光炎の奔流は全てその渦に吸収されてしまった。

「ッ・・・・・・!」

 陽華が少し厳しい表情を浮かべる。すると、レイゼロールの両側面から光司と壮司が接近し、その武器を振るった。

「はぁぁッ!」

「シッ!」

 光司の剣撃と壮司の斬撃がレイゼロールを襲う。レイゼロールはその両者の一撃を、『硬化』した両手で受け止めた。続けて、右手で光司の剣の刀身を、左手で壮司の大鎌の刃を握る。そして力を込め、それらを握り砕いた。

「「っ!?」」

「ふん・・・・・」

 武器が壊された事に驚く光司と壮司。武器を握り砕いたレイゼロールは、そのまま光司と壮司の右手首を握りべキリと2人の骨を握り砕いた。

「「っ〜!?」」

 突如、右手首に走った激痛に光司と壮司が声にならぬ悲鳴をあげる。2人は反射的に持っていた剣と大鎌の持ち手を離した。

「・・・・・地が天に届く事はない」

 レイゼロールは虚空から無数の闇色のナイフを召喚すると、そのナイフに光司と壮司の体を突き刺させた。刃物が肉を貫く音が次々に聞こえる。赤い血が飛沫しぶきとなって周囲に飛び散る。レイゼロールはその血飛沫から自分を守るように、薄い闇色の膜を全身に纏わせた。光司と壮司は全身を赤く染めながら、膝から地面に崩れ落ちた。

「香乃宮くん!? 『死神』さん!? このぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 その光景を見た陽華がショックを受けた顔になる。そして、陽華はレイゼロールに突撃し、右拳を放った。レイゼロールはその拳をパシッと自身の左手で受け止めた。まるで、キャッチボールのボールを受け止めるような気軽さで。

「っ・・・・・!?」

「・・・・・こんな拳で何をするつもりだ?」

 レイゼロールは陽華の拳をつまらなさそうに見ると、右手に一撃を強化する闇を纏わせた。

「お前の最大の一撃を打ってこい。ダークレイ戦で見せたあの一撃を。・・・・・打たなければ、すぐにでも殺す」

 レイゼロールは陽華の右拳を離すと陽華にそう告げた。

「な、何のつもり・・・・・?」

「言っただろう。絶望を教えてやると。さっさとしろ」

 戸惑う陽華にレイゼロールは無感情に言葉を返す。陽華は後方にいた明夜の方に顔を向けた。レイゼロールの言葉を聞いていた明夜は、真剣な顔で頷いた。

「・・・・・やるしかないわ」

「・・・・・分かった」

 明夜にそう言われた陽華はレイゼロールから少し距離を取った。

「光炎よ! 我が右手に纏え! 全てを浄化し焼き尽くす程に、燃え狂え!」

 陽華が叫ぶと、陽華の右手に光り輝く炎が纏われた。篝火のようなその炎を纏わせた右手を掲げながら、陽華は言葉を続ける。

「光炎よ! 我が手に宿れ!」

 陽華の右手のガントレットの甲についていた装置のようなものがカシャリと開閉する。中には透明の宝玉のようなものがあった。陽華の手に纏われていた光炎は、その宝玉へと吸い込まれ始めた。そして、宝玉は全ての炎を吸い、その色を真紅へと変えた。

 陽華の右手のガントレットの色がクリスタルレッドに変化し、真紅の宝玉の周囲に太陽のような光輪が出現する。陽華は完成した自分の拳を握り締め、レイゼロールに向かった。

「この拳が! 私のッ! 最大の一撃だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 陽華の光臨状態最大の一撃がレイゼロールに放たれた。

「・・・・ならばその一撃、砕いてやろう」

 レイゼロールはその右拳に対して、闇を纏わせた右の拳を放った。結果、陽華の右拳とレイゼロールの右拳がぶつかった。

「ッ・・・・・・・・!」

「・・・・」

 光の力纏う拳と闇の力纏う拳が激突し合い、2人の拳を中心として力場が発生し、衝撃波が巻き起こる。陽華とレイゼロールは互いの拳を押し続けた。

「ぐっ・・・・!」

「ふん、この程度か」

 力を込め顔を歪ませる陽華に対し、レイゼロールは変わらず無表情だ。そして、レイゼロールは右腕に軽く力を込めた。

「貧弱な拳だ」

 その結果、レイゼロールの拳が陽華のガントレットを押し込み、ガントレットはヒビが入り砕け散った。

「あ・・・・・・・・」

 ガントレットが砕け散り、陽華は思わずそんな声を漏らす。大技の反動で隙を晒した陽華に、レイゼロールは一歩踏み込み、そのまま闇纏う右拳を陽華の腹部に穿った。

「がっ・・・・・!?」

 内臓か何かだろうか。陽華は自分の体の中で何かが潰れる音を聞いた。何かが破裂するような感覚もした。意識が半ば暗闇へと落ちる。レイゼロールは右手で倒れんとする陽華の首根っこを無造作に掴んだ。

「陽華!?」

「お前も最大の一撃を撃ってこい。こいつをすぐに殺されたくなければな」

 陽華の名前を叫ぶ明夜に、レイゼロールは冷たくそう告げた。それは脅しだった。

「っ・・・・・・・・・・」

「どうした? 早くしろ」

「分かったわよ・・・・・! お望みなら、痛いやつを喰らわしてやるわ!」

 レイゼロールにそう言われた明夜は杖をレイゼロールに向けた。

「浄化の力を宿し水よ! 月のように輝き、荒れ狂う奔流となれ!」

 明夜の杖の先からクリスタルブルーの水の奔流が放たれる。光臨した明夜の大技だ。

「ふん・・・・・・・」

 レイゼロールは自身に向かって来る、水の激流に左手を向けた。そして、その手の先から闇の奔流を放った。明夜の水の激流と、レイゼロールの闇の奔流が激突した。

「くっ・・・・・!?」

「・・・・・・・」

 奔流と奔流がぶつかり合う。必然、起こるは先ほどの陽華と同じような力の駆け引き。明夜は全力で自分の力を水の奔流に注ぐが、全く押し込む事が出来なかった。対して、レイゼロールは無表情だ。

「・・・・・・もういい」

 レイゼロールは闇の奔流に注ぐ力を少しだけ強めた。その結果、闇の奔流が徐々に水の奔流を押し込み始める。

「そ、そんな・・・・・!」

 明夜が必死に力を込め続けても、もはや闇の奔流は押し返せない。そして、やがて闇の奔流が明夜へと迫り、

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 明夜は闇の奔流に全身を飲み込まれ灼かれた。奔流が収束すると、そこには全身を灼かれた明夜の姿があった。無惨な事に、体の一部が黒く炭化していた。明夜は膝から地面に崩れ落ちた。

「・・・・・・何を倒れている。こんなものは絶望とは言わんぞ」

 崩れ落ちた明夜と右手に掴んでいる陽華を見たレイゼロールは、どこまでも冷たくそう呟いた。

「あ、朝宮・・・・・・さん・・・・・・月下・・・・・・さん・・・・」

 全身をナイフに貫かれ血塗れで倒れている光司は、薄れ行く意識の中で陽華と明夜の名を呼んだ。立たなければ。立って自分が助けなければ。しかし、そう思っても、光司の体は動かなかった。

「・・・・・・お前たちにはまだやってもらう事がある。それをした後に殺してやろう」

 レイゼロールはまず右手で掴んでいる陽華を、少しだけ闇の力で回復させた。次に左手を倒れている明夜に向け、その先から暖かな闇を流す。その闇を受けた明夜も少しだけダメージが回復される。そして、レイゼロールは右手で掴んでいた陽華を無造作に明夜の方へと投げた。

「うっ・・・・・」

「よ、陽華・・・・・」

 レイゼロールに投げ飛ばされ地面に激突した陽華が声を漏らす。自分の近くに投げ飛ばされて来た幼馴染の名前を明夜が呟く。

「立て、光導姫ども。次は貴様らの最大浄化技を撃ってこい。お前たちが2人で放つ、あの光を。そのために、お前たちを最低限動ける状態にまで回復させてやったのだ」

 地に伏せる陽華と明夜を睥睨し、レイゼロールはそう言った。ダークレイを後一歩のところまで追い詰めたあの技。それを見ていたレイゼロールは、その使用を2人に促した。

「っ・・・・・好き勝手に・・・・・!」

「言ってくれる・・・・・わね・・・・・!」

 その言葉を聞いた陽華と明夜は、悔しさと怒りが混ざったような顔でヨロヨロと立ち上がった。全身に激しい痛みと倦怠感を感じるが、レイゼロールの言う通り最低限は動けそうだ。

「そこまで言うなら・・・・・明夜!」

「ええ。どっちにしても、もうこれしか手段はないわ・・・・・やるわよ陽華!」

 2人は互いの名を呼び合うと、レイゼロールの方に向かって手を突き出した。陽華は右手を、明夜は左手を。

「輝け、私のこの想い。全てを明るく照らす太陽のように――」

「輝け、私のこの想い。全てを優しく照らす月のように――」

 陽華と明夜がそれぞれ言葉を唱え始める。すると、陽華と明夜の全身にオーラが纏われた。陽華にはクリスタルレッドの。明夜にはクリスタルブルーの。

「この右手に宿れ、我が光よ。我を支えろ、光の片翼よ――」

 陽華の左手のガントレットが光となって陽華の右手に宿る。そして陽華の左半身、その背に光り輝く片翼が顕現した。

「この左手に宿れ、我が光よ。我を支えろ、光の片翼よ――」

 明夜が地面に突き刺していた杖が光となって明夜の左手に宿る。そして明夜の右半身、その背に光り輝く片翼が顕現した。そして、2人は光が宿った手をお互いに重ね合わせた。

「「届け! 私たちの浄化の光! いっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」

 陽華と明夜がそう叫ぶと、2人の重なった手から凄まじい光の奔流が放たれた。陽華と明夜が2人で放つ、光臨状態の最大浄化技。極限の光の奔流がレイゼロールを襲わんとする。

「そう、それだ」

 レイゼロールは向かって来る極光のように輝く奔流に対し表情を変えずにそう呟くと、その光に向けて右手を向けた。

「闇よ、光を喰らえ」

 一撃を強化する言葉を呟き、レイゼロールは右手の先から先ほどと同様に闇の奔流を放った。激流と化した闇が極光と衝突した。瞬間、激突点を中心として凄まじい風が巻き起こる。

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」」

 全ての力を込めて、陽華と明夜は声を上げた。これが自分たちに出来る最大最強の技。この技が通らなければ終わりだ。だから、2人はこの技に全てを懸けた。

「絶対に負けない・・・・! この世界のためにもッ! みんなのためにもッ!」

「私たちはみんなの想いを背負ってここにいるんだから!」

 陽華と明夜が正の思いを燃やす。2人の思いが力となり、光の奔流を強める。

「・・・・流石に闇臨状態のダークレイを追い詰めただけはあるな」

 強くなった光の奔流に、少し闇の奔流が押され始める。レイゼロールも、2人の最大浄化技にそんな感想を漏らした。

「だが・・・・・・それでも我には届かない」

 レイゼロールは更に闇の力を闇の奔流に込めた。すると、闇の奔流がその形を変え始めた。闇の奔流は巨大な闇色の右手に変化すると、その掌で光の奔流を受け止めた。

「「ッ!?」」

 その変化に陽華と明夜が驚いたような顔になる。レイゼロールは自身の翳した右手をグッと握った。

「潰れろ」

 レイゼロールの右手に連動するように、奔流が変化した闇の手も光の奔流を握り締め始めた。そして、

「・・・・・・・・終わりだ」

 闇の手は光の奔流を握り潰した。陽華と明夜の最大浄化技は、レイゼロールに無効化されてしまった。

「あ・・・・・・・・」

「そ、そんな・・・・・・・・」

 陽華と明夜が信じられないといった顔を浮かべる。瞬間、力が抜け2人は膝から地面に崩れ落ちる。同時に、陽華と明夜に生えていた片翼が消失し、奔流となっていた2人の武器もそれぞれの元へと戻っていった。

「・・・・知ったか? 絶望の一端を」

 呆然とする2人にレイゼロールはそう言葉をかけた。光臨状態の最大浄化技をいとも簡単に無力化され、ボロボロの陽華と明夜に対し、レイゼロールは傷1つない。それは、2人とレイゼロールとのどうしようもない力の差を示していた。

「興も失せた。その絶望を刻んだまま死ぬがいい」

 全ての力を使い果たし、体もボロボロの2人にレイゼロールは止めを刺そうと右手を向けた。


「――死ぬのは・・・・・・てめえだッ!」


「っ・・・・・・」

 だがそんな時、突如としてレイゼロールは自分の後方からそんな声を聞いた。レイゼロールが後ろを振り返る。

「今日こそ死にやがれよッ!」

 そこにいたのは全身をナイフに刺され、血で変色した灰色のボロマントを纏った壮司だった。陽華と明夜が最大浄化技を放った瞬間、これが本当に最後のチャンスだと思った壮司は、力の限りを振り絞りレイゼロールへと接近していた。必死なあまり、フードは外れていた。『死神』の素顔が世界に晒された瞬間だった。壮司は、既にレイゼロールに至近距離まで接近し、その手に握っていたをレイゼロールに振るっていた。

「っ、その大鎌は・・・・!」

 その大鎌を見たレイゼロールは驚いた顔になる。それは、先ほどまで壮司が握っていた大鎌とは違っていた。いま壮司が握っていた大鎌は、「フェルフィズの大鎌」だった。

 壮司が「フェルフィズの大鎌」を握っている理由は、守護者の武器召喚システムを利用したからだった。通常、守護者の武器召喚システムは、武器が破損した場合などに守護者の一定の体力を消費して、再度召喚する事が可能だ。ただし、それは決まった1つの武器しか召喚する事は出来ない。剣なら剣、銃なら銃と言った、そっくり同じ武器しか。

 ならば、なぜ壮司は『死神』の武器としての普通の大鎌ではなく、「フェルフィズの大鎌」を召喚する事が出来たのか。それには、ラルバが一枚噛んでいた。ラルバは守護者の神だ。守護者の武器召喚システムを、弄ろうと思えば弄れる。当然、出来る範囲でだが。

 ラルバは壮司と契約を結んでから、守護者ランキング4位『死神』としての壮司の武器を、「フェルフィズの大鎌」に設定していた。壮司が持っていた普通の大鎌は、要は守護者専用の武器ではなく、一般の武器であった。そのため、壮司が先ほどまで持っていた大鎌は地面に落ちていた。

 結局、何が起こったのか。要は、壮司はのだ。壮司以外の光導姫や守護者たちは、この地に着いてから変身した。だが壮司は神界に光導姫や守護者が招集されていた時点で、既に変身していた。ラルバは儀式を察知した直後、まず壮司を1番に神界に呼び変身させると、普通の大鎌を手渡した。以上が、壮司が「フェルフィズの大鎌」を召喚出来た理由と、カラクリであった。

「くっ・・・・!」

 レイゼロールが対応しようとした時には、既に「フェルフィズの大鎌」の刃がレイゼロールの左の肩口に触れていた。

「ッ!? これは!?」

「行けッ、殺れ壮司!」 

 その光景を光導姫と守護者の視聴覚を同調させたウインドウで見ていた、神界のソレイユとラルバ。ソレイユは訳が分からないといった顔で悲鳴のような声を上げ、ラルバは叫ぶようにそう言った。

「終わりだぜ化け物ォッ!」

 壮司が全ての力を振り絞り、大鎌に力を込める。その結果、全てを殺す大鎌はレイゼロールの体を引き裂く――

「なっ・・・・!?」

 ――事はなかった。壮司がいくら力を込めても、刃がレイゼロールの体を滑る事はなかった。

「・・・・・・・・正直に言えば今回が1番危なかったぞ。『終焉』の力を取り戻す前の我ならば、間違いなく死んでいただろう」

 驚く壮司にレイゼロールはそう言った。レイゼロールの瞳の色はアイスブルーから、漆黒へと変化していた。「フェルフィズの大鎌」とレイゼロールの肩口の間には、『終焉』の闇がクッションのように存在していた。壮司が力を込めても、刃が滑らなかった理由はそれだった。

「な、何でだ・・・・『フェルフィズの大鎌』は、防御不能なはずじゃ・・・・」

「そうだ。だが、我の『終焉』の闇はこの大鎌と同じく生命を終わりに導く力。本質的には同じだ。ならば、受けられると思った。・・・・まあ、ぶっつけ本番の賭けではあったがな」

 レイゼロールは右手で大鎌の持ち手を握った。正直、『終焉』の力は使いたくなかったが仕方がない。今回ばかりは使わなければ死んでいた。幸いな事に、儀式に変化は見られない。レイゼロールはその事に内心で安堵した。

「ふん」

「がふ!?」

 レイゼロールは壮司から「フェルフィズの大鎌」を強奪すると、右足で壮司の腹部に蹴りを入れた。壮司は苦悶の声を漏らし蹴り飛ばされた。

「・・・・・・やはり、我を殺そうと画策していたのはお前だったかラルバ。どうせ貴様の事だ。我を殺して、ソレイユを解放してやりたいとでも思ったのだろうが・・・・無駄だったな」

 レイゼロールは守護者と視聴覚を同調しているであろうラルバに向けてそう言った。その言葉を倒れている光司の耳から聞いたラルバは、「っ・・・・」と悔しげな顔を浮かべた。

「ラルバ! レールの言った事は本当なの!? 本当にあなたがレールを!?」

『・・・・・・・ああ、そうだ』

 レイゼロールの言葉を聞いていたのは、陽華や明夜の視聴覚を同調させウインドウに投影させていたソレイユも同じだった。ソレイユは通話していたラルバに怒鳴るようにそう言った。ラルバはソレイユにただ一言、そう言葉を返した。

「そんな・・・・そんなのって・・・・そんなのって・・・・!」

 ソレイユがぐちゃぐちゃになった感情をどう処理していいか分からずに、そんな言葉を漏らす。唐突に明かされた衝撃の真実。ソレイユは怒りよりもまず、悲しみを感じていた。幼馴染が幼馴染を殺そうとする。そこに悲しさ以外の何があろうか。もう2度と昔には、あの頃には戻れない。ソレイユはそう思った。

 だがそんな時、

「え・・・・・・・・」

 ソレイユの内にある声が響いた。











「全てを殺す大鎌か・・・・・・・・ふん、今の我には不要な代物だな」

 壮司を蹴り飛ばし「フェルフィズの大鎌」を奪ったレイゼロールは、興味なさげにそれを見つめると力を込めて大鎌を遥か彼方に投げ飛ばした。大鎌は空に消え、やがてどこかに落ちて行った。

「さて、せっかくだ。お前たちは我の『終焉』の闇で殺してやろう。苦しみはない。安らかに眠るように死ねる。慈悲のつもりはないが、幸運だと思うのだな」

「「っ・・・・・・・・!」」

 鎌を投げ飛ばしたレイゼロールはその視線を陽華と明夜に向け直した。レイゼロールにそう宣言された2人は、何とか立ち上がろうとしたが、体を動かす事が出来なかった。当然といえば当然だった。2人の体は既に限界を超えているのだから。

(終わり・・・・なのかな。今度こそ、本当に。私たちの最大浄化技も全然届かなかった・・・・)

(結局、私たちがレイゼロールに勝てるはずなんて・・・・)

 そして、限界を超えていたのは肉体だけではなく心もだった。2人の胸中は諦めの感情に占められつつあった。戦う意志すらも、消えて行く。

「・・・・・終わりだ、死ね」

 レイゼロールが終焉の闇を陽華と明夜へと向かわせる。これで終わりか。全ては終わってしまうのか。そう思われた時、


「――『世界端現』。我が右手よ、終わりを弾け」


 空からそんなそんな声が降って来た。黒い影は陽華と明夜の前に着地すると、黒いぼんやりとした闇に染まった右手を終焉の闇に向かって突き出した。その結果、終焉の闇はその右手に弾かれ霧散した。

「なっ・・・・・」

「「え・・・・・・・・・・」」

 その光景を見たレイゼロールが口を開ける。防御不能の終焉の闇を弾いたその荒唐無稽な光景に。そして、死を待つばかりであった陽華と明夜は、自分たちがまだ生きている事に驚きながらも、顔を上げた。すると、そこには1人の男の背中があった。

「・・・・・はっ、らしくねえな。勝手に諦めてるんじゃねえよ」

 その男は背を向けたまま、2人にそう言った。その声、その背中を見た陽華と明夜は徐々にその目を見開いた。

「あ、あなたは・・・・・・・・・」

「なん・・・・・で・・・・・・・・・」

 陽華と明夜が声を漏らす。2人は自分たちを助けてくれたこの男を知っていた。鍔の長い帽子に、黒の外套。胸元には深紅のネクタイ。紺のズボンに黒の編み上げブーツを履いたその男は、首を少し動かし、特徴的な金の瞳でチラリと2人を見つめた。

「「スプリガン・・・・・・・・・・」」

「よう、助けに来たぜ」

 その男の名を呟いた陽華と明夜に、その男、スプリガンこと帰城影人はそう言葉を返した。そして、正面を向きレイゼロールに視線を向けると、

「お前もな、レイゼロール」

 フッと笑みを浮かべそう言った。


 ――その男の名前はスプリガン。長らくの間、怪人を演じ光導姫や守護者を助け続けて来た男。もし、スプリガンという名前以外で彼を示す言葉があるとしたら、きっとこんな言葉だろうか。


 ――変身ヒロインを影から助ける者。


 その男、変身ヒロインを影から助ける一匹狼。

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