第263話 決戦、レイゼロール

「お前たちとの因縁も今日で終わりだ・・・・!」

 ついに始まったレイゼロールとの決戦。この世界の行く末を、未来を決める戦い。最初に仕掛けたのはレイゼロールだった。レイゼロールは、周囲から闇色の腕を複数召喚すると、その腕で陽華や明夜、光司や壮司を襲わせた。

「っ、明夜みや!」

「分かってるわ! 水氷の御手よ、来たれ!」

 陽華の言葉に反応した明夜が、杖を振るい魔法を行使する。すると、明夜の周囲の空間から水や氷で出来た腕が出現し、闇の腕を迎撃し始めた。

「はぁぁぁぁぁぁッ!」

 残っている闇の腕を掻い潜り、陽華がレイゼロールに接近する。だが、そのタイミングでレイゼロールが更に虚空から闇色の腕を呼び出し、その腕で陽華の行手を遮った。

「邪魔だぁぁッ!」

 だが、陽華は右手のガントレットに浄化の力を集中させ、その右手を開いた状態で闇色の腕へと向けた。すると次の瞬間、陽華の前方の空間が爆発した。結果、闇色の腕は灼かれ、再びレイゼロールへの道が開かれた。陽華は再びレイゼロールへと接近する。

「っ・・・・・・・・」

 その光景を見たレイゼロールが少し驚いたような顔を浮かべた。

「前までの私たちと思わないでッ!」

 レイゼロールに接近した陽華は、ガントレット纏う両の拳に炎を灯らせた。『光臨』を超えた力の取得こそ出来なかったが、ダークレイ戦以降も陽華と明夜は風音やアイティレたちとの修行を怠らなかった。その結果、2人は更に強くなった。その実力は通常形態時でも、上位の光導姫たちと遜色がないほどだった。

「はぁッ!」

 炎纏わせた右拳を陽華はレイゼロールへと放った。レイゼロールはその拳を回避する。しかし、そのタイミングで、

「はぁぁぁぁぁッ!」

「・・・・・!」

 光司と壮司がレイゼロールの両側面から、剣と大鎌を振るった。回避する事はかなり難しいタイミングだ。光司の剣と壮司の大鎌がレイゼロールの肌に触れんとする。

「ふん・・・・・」

 しかし、レイゼロールは肉体を闇で強化し、その攻撃を余裕そうに回避する。

「・・・・・確かに、貴様らは強くなったのだろう。ダークレイと戦ったあの時よりも。だが・・・・・」

 レイゼロールは自身の両手に闇色の剣を創造すると、自身の体に『加速』とついでに『硬化』の力を付与させた。

「我も遥かに強くなった。お前たちではもう絶対に届かないほどにな」

 そして、その双剣で以て光司と壮司を斬り裂いた。

「ぐっ・・・・!?」

「っ・・・・!?」

 胴体を斬り裂かれた光司と壮司が苦しげな顔になる。鮮血が周囲に飛び散る。

「2人とも!?」

「このッ! 氷の龍よ! 水の蔓よ!」

 その光景を見た陽華が驚愕したような声を漏らし、明夜はそれ以上レイゼロールが光司と壮司を追撃しないように魔法を放つ。氷の龍と水の蔓がレイゼロールへと襲い掛かった。

「・・・・・脆弱だな」

 レイゼロールはつまらなさそうにそう呟くと、両手に握っていた剣にある効果を付与させた。そして、両手の剣を氷の龍に向かって投擲する。投擲された2振りの剣は氷の龍の頭部へと突き刺さり、やがて爆発した。レイゼロールが付与したのは、爆発の効果だった。氷の龍は無惨にも砕け散る。

「この拳でッ!」

 陽華が炎纏う左拳を放つ。同時に水の蔓がレイゼロールへと到達した。狙っているならば、中々のコンビネーションだなと、レイゼロールは特に感慨もなく思った。

「無駄だ」

 レイゼロールは一瞬だけ自身を守るように、全方位型の闇の障壁を展開した。陽華の拳も水の蔓も全てその障壁に弾かれる。レイゼロールは障壁を解除し、闇色の氷の蔓を創造し、その蔓で水の蔓を迎撃させた。

「なら、これでッ!」

 陽華は今度は左手のガントレットに浄化の力を集中させた。そして、その左手をレイゼロールへと向ける。次の瞬間、指向性の爆発がレイゼロールを襲う。

「1度見せた技が、我に通用すると思うか?」

 しかし、レイゼロールはそう呟くと、次の瞬間その姿を消した。

「え?」

「・・・・こっちだ」

 その事象に驚く陽華。陽華の背後に瞬間移動したレイゼロールは、陽華の首根っこを掴むと思い切り明夜の方に向かって投げ飛ばした。

「うわっ!?」

「よ、陽華!?」

 レイゼロールに投げ飛ばされた事に驚く陽華。そんな陽華が自分の方に向かってきて、別の意味で驚く明夜。しかし、そんな驚きは次の瞬間には凍りつく事になる。

「2人纏めてあの世に送ってやろう」

 レイゼロールはそう呟くと、右手を飛んでいる陽華へと向けた。すると、レイゼロールの右手の先に闇色の炎で構成された巨大な槍が現れた。それを見た陽華はゾッした。

(ま、まさか・・・・・・・・)

 今、陽華と明夜は直線上だ。しかも、明夜は陽華が邪魔で炎の槍に気づいていない。もし、あの槍がこのまま飛んで来ればと、最悪な予想が陽華の思考を占めた。

「行け」

 そして、陽華のその予想は的中した。レイゼロールは闇色の炎の槍を、陽華とその後ろにいる明夜に向かって放った。解き放たれた炎の槍は、真っ直ぐ陽華たちへと接近する。

「明夜ヤバい! 見えないかもだけど炎の槍が来てる! このままだと2人とも死んじゃう! ごめんだけど何とかして!」

「はあ!? ああもう分かったわよ! 水の双龍よ! 絡み合い私たちを守って! 後、水の御手よ陽華を包んで!」

 陽華からそうお願いされた明夜は、少しヤケクソ気味に答えを返すと水の双龍を呼び出した。水の双龍は陽華を超え、守るようにとぐろを巻いて絡み合うと強力な水の障壁と化し、炎の槍を受け止めた。

「ありがと明夜!」

「慣れたもんよ相棒」

 水の手で陽華を受け止めた明夜は、陽華の言葉に笑みを浮かべそう言葉を返した。

「・・・・・・ふむ、今のを凌ぐか」

 やはり強くなっている。数ヶ月前に闇奴に殺されそうになっていた時とは別人のように。その事を実感したレイゼロールは半ば無意識にそう呟いていた。

「ふ、2人とも大丈夫かい・・・・・?」

 レイゼロールに斬られた光司が少し苦しげな顔を浮かべながらそう聞いて来た。むろん、レイゼロールを警戒しながら。光司の横には当然壮司もおり、壮司も斬られた傷が痛むのか、フードの下で少し苦しげな顔を浮かべていた。

「私たちは大丈夫。だけど、香乃宮くん達は今すぐに下がって回復してもらった方がいいよ!」

「ええ。けっこう深い傷だもの。早く治療しないと・・・・・」

 陽華と明夜が2人を心配するようにそう言った。そんな2人の言葉に光司と壮司は首を横に振る。

「いや、大丈夫だよ・・・・これくらいの傷で、下がってなんかいられない。みんな、必死に戦っているんだ。傷だらけになりながらも、世界を救うために。だから、僕は退かない」

「・・・・俺もだ」

 光司は覚悟の表情を浮かべ、壮司も少し声音を変えそう言った。2人の覚悟が固いと理解した陽華と明夜は、仕方なくといった感じで頷いた。

「分かった。でも、本当に無理だと思ったら下がってね」

「綺麗事だけど、誰も死なせたくはないから」

 陽華と明夜は最後に2人にそう言うと、厳しい目をレイゼロールへと向けた。今のところ、4人がかりでも遊ばれている。そんな感じがしてならない。先を見通せないほど高くにいる強者。初めて戦うレイゼロールに、陽華と明夜はそんな印象を抱いた。

「・・・・明夜、正直もう使った方がいいと思う。あれは切り札だけど、少なくとも通常形態の私たちじゃ絶対に勝てない」

「・・・・そうね。温存したい気持ちはあるけど、使わないと死ぬかもだし。よし、やるわよ陽華」

 2人は互いに頷き合う。すると、陽華と明夜にオーラが纏われた。陽華には赤い、明夜には青いオーラが。

「ふん・・・・・・・・」

 それを見たレイゼロールは無表情を浮かべ続ける。そして、陽華と明夜は自身の力の全てを解放させる言葉を放った。

「「我は光を臨む。力の全てを解放し、闇を浄化する力を! ――光臨!」」

 陽華と明夜の全身が光り輝き世界を照らす。そして、その光が収まるとそこには光臨した陽華と明夜の姿があった。

「――よしッ! 全開の全開で!」

「――行くわよッ!」

「ああ・・・・・!」

「・・・・・!」

 光臨した陽華と明夜が気合いを入れ直すように声を上げる。それに応えるように、光司と壮司もそれぞれの武器を構え直す。

「光り輝く炎よ! 我が体に宿れ!」

「水のベールよ! この場にいる全ての者に水の加護を! そして、現れろ! 水と氷の流星よ!」

 陽華の体に身体を常態的に強化する赤いオーラが纏われる。明夜は魔法を使い、陽華、光司、壮司にダメージを軽減させる水のベールを纏わせる。そして、明夜は水と氷の球体のようなものを自身の両の肩口付近に出現させた。

「ふっ!」

「行け!」

 身体能力が上昇した陽華が先ほどとは違う、凄まじいスピードでレイゼロールへと駆け始める。明夜も水と氷の流星に号令を下し、レイゼロールへと放った。

「・・・・『騎士』、お前はこいつを守れ。俺はあいつと一緒に近接戦を仕掛ける」

 出来るだけ喋りたくはない壮司だが、この状況では喋らざるを得ない。壮司は一方的に光司にそう言うと、陽華を追うように駆けた。

「し、『死神』・・・・!? っ、分かりました!」

 壮司から一方的にそう告げられた光司は、一瞬戸惑ったような顔を浮かべたが、すぐに壮司の言葉に頷いた。

「はぁッ!」

「シッ・・・・!」

 陽華が右の蹴りを放ち、壮司が刈り上げるように大鎌を振るう。レイゼロールは何でもないようにその攻撃を回避する。すると、そのタイミングで明夜の水と氷の流星がレイゼロールを襲った。

「・・・・闇の波動よ」

 レイゼロールが力ある言葉を呟く。能力を強化するための詠唱だ。すると次の瞬間、レイゼロールの全身から強烈な闇色の衝撃波が放たれた。

「がっ!?」

「っ!?」

 その衝撃波をまともに浴びた陽華と壮司は、全身が軋むような、ハンマーに殴られたような激しい衝撃に襲われた。だが、明夜の水のベールのおかげで、骨が砕かれるようなダメージまで負う事はなかった。水と氷の流星も、その衝撃波に弾かれてしまった。

「ふん」

「「っ〜!?」」

 レイゼロールは衝撃波を浴び隙を晒した陽華と壮司に、左の裏拳と右の蹴りを叩き込んだ。その打撃を受けた2人は自分の骨が砕けた音を聞いた。

「次は貴様らだ」

「「っ!?」」

 レイゼロールは視線を後方にいた明夜と光司に向け、神速の速度で2人に接近した。一瞬で自分たちの前に移動してきたレイゼロールに、明夜と壮司は驚いたような顔になる。

「月下さん、下がっ――!」

「遅い」

 光司が明夜を守るように剣を振るおうとする。だがそれよりも速く、レイゼロールが光司の腹部に右の拳を穿った。

「ごふっ・・・・・・!?」

 水のベールで拳の威力は軽減されているはずなのに、内臓が飛び出そうなまでの衝撃だ。光司に拳を穿ったレイゼロールは左足で光司を側面に蹴飛ばした。

「ッ! 水氷の――!」

 明夜が左手をレイゼロールに向け迎撃しようとする。しかし、レイゼロールからしてみればその動きはひどく緩慢に見えた。眼の強化は使っていないのにだ。それは、光臨したといっても、そもそもレイゼロールと光導姫たちのスペックが違いすぎるという事の一種の証明だった。

「・・・・ふん」

「ぶっ!?」

 レイゼロールは左手で明夜の顔面を鷲掴みにした。急に凄まじい力で顔面を掴まれた明夜は、痛みと驚きに思考を強制的に奪われた。そして、レイゼロールは右手に闇色の風の球のようなものを創造した。それは衝撃波を球体状に圧縮させたものだった。

 レイゼロールは左手で明夜の顔面を掴んだまま、乱暴に左手を回す。そして右手の勢いをつけて右手に創造した圧縮球体を明夜の体に押し付けた。

「弾けろ」

「っ〜!?」

 レイゼロールが解放の言葉を述べると、圧縮されていた衝撃波が解放された。その衝撃波をゼロ距離から受けた明夜は、肉体の悲鳴を聞き、声にならぬ声を上げ遥か後方に吹き飛ばされた。

「・・・・光臨した光導姫といってもこんなものか」

 陽華、明夜、光司、壮司の4人をまるで児戯の如くあしらったレイゼロールは、ポツリとそんな言葉を漏らした。正直に言えば、全ての力を取り戻した今のレイゼロールからすれば、光導姫たちは敵にはなり得なかった。

(これならば『終焉』の力は使わないで済みそうだな。今はまだ儀式の途中。出来るだけ、あの力は使いたくはない)

 続いて、レイゼロールは内心でそう呟いた。レイゼロールが「死者復活の儀」に、死者と関わりがあるものとして供えたのは『終焉』の力だ。本来ならば物質を供えるのが普通であるのだが、レイゼロールは兄であるレゼルニウスに関係する物質は持っていなかった。兄が殺され、すぐに逃げ出したからだ。

 結果、レイゼロールは兄と自分しか持たなかった『終焉』の力を供えたわけだが、そこには1つだけ危険な、不安定な点があった。それは、供えた『終焉』の力とレイゼロールの『終焉』の力が繋がっているという点だ。

 「死者復活の儀」は禁術。その儀式は非常に緻密な力のコントロールが要求される。既に儀式も半ばに差し掛かっているので、そのコントロールのプロセス自体はもう終わっているのだが、レイゼロールにはまだ力をコントロールするものがあった。それが供物である『終焉』の力だ。

 つまり、レイゼロールが『終焉』の力を使えば、儀式に捧げた『終焉』の力と繋がってしまう。普通に使えば問題はないのだが、例えば『終焉』の力の使用中に感情が少しでも昂ってしまう事などがあれば、『終焉』の力のコントロールが乱れる可能性がある。そうなれば、儀式はその瞬間にでも失敗してしまう可能性が大いにあるのだ。そのため、レイゼロールは出来るだけ『終焉』の力を使用したくはなかった。

「ぐっ・・・・げほっげほっ! だ、大丈夫・・・・み、明夜・・・・」

「がほっげほっ! な、なん・・・・とか・・・・生きては・・・・いる・・・・わ・・・・」

 一方、レイゼロールにあしらわれた陽華と明夜は倒れながらそう言葉を交わし合った。明夜が吹き飛ばされた方向は奇しくも陽華の近くで、2人は少し離れた位置から互いの姿を確認した。

「た、立てる・・・・陽華・・・・?」

「しょ、正直痛すぎて立ちたくない・・・・けど・・・・た、立つよ・・・・私は・・・・」

「そ、そう・・・・よね・・・・私たちは・・・・立たなきゃ・・・・いけないわ」

「う、うん・・・・私たちを・・・・ここまで・・・・導いてくれた・・・・みんなの・・・・ためにも・・・・」

 明夜と陽華は激しく痛む体に力を入れて、無理やり立ち上がった。痛い。苦しい。だが、それでも2人は立ち上がらなければならない。レイゼロールの元まで辿り着いた光導姫である自分たちには、世界の未来を切り開く責任があるのだから。

「っ、俺はまだ・・・・・・・・!」

「ぼ、僕は守護者だ・・・・2人よりも先に・・・・倒れる事は・・・・!」

 壮司と光司も互いの思惑や信念のために、痛む体に鞭打ち立ち上がる。壮司にも光司にも、まだやる事があるのだ。

「こなくそッ! よし・・・・! まだまだァ!」

「ラスボス戦はまだ始まったばかりよ・・・・! もう終わりなんて・・・・認めないんだからッ!」

 立ち上がった陽華と明夜はそれぞれ拳と杖を構えた。その顔、その目。未だ諦めを知らず。ただ希望と勝利を信じ見据えるのみ。

「・・・・・・・・まだ来るというのなら、来い。絶望というものを骨の髄まで叩き込んでやる」

 陽華と明夜のその目を見たレイゼロールは少し苛立ったような顔になり、2人の光導姫と2人の守護者にそう宣言した。

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