第262話 混戦(2)

「だが、その前にまずは菲くんを救うとしよう。『クルール』、ヴェール

 光臨したロゼは右手を虚空で動かした。すると、それに連動するように周囲に浮いていた筆の1つと、パレット、緑色の絵の具、キャンバスが動いた。緑色の絵の具はパレットにその中身をぶちまけ、筆がその絵の具を掬う。

「同調、見るべき本質のテーマは『生命』」 

 ロゼがそう呟くと、ロゼの無色の瞳に色が宿った。筆が掬った色と同じ緑色だ。

「さあ、描こうか。『生命』の本質を」

「っ・・・・・・・・」

 瞳の色が変わったロゼに殺花は警戒したように目を細めた。光臨したロゼの能力がいったい如何なるものなのか。殺花はまずは見の姿勢に回る事にした。

 ロゼが右手をまるでタクトを握っているかのように、縦横無尽に動かす。それに連動し、緑色の筆が同じく浮いているキャンバスに何かを描きつける。筆の速度は凄まじく、数秒ほど経った頃だろうか。

「こんなものかな」

 ロゼは動かしていた手を止めた。ロゼの右手に連動していた緑色の筆もその動きを止める。そして、何かを描きつけられたキャンバスが、ロゼの右手に落ちてきた。描かれていたのは、緑色の太陽と樹だった。

「うん、いい出来だ。これなら大丈夫だね」

 ロゼは自分が描いた絵の出来に満足すると、その絵を倒れている菲の体に触れさせた。

「さあ、溶け合いたまえ」

 ロゼがそう呟くと、絵が緑色の光を放ち菲の体に吸収された。すると次の瞬間、菲の体に刻まれていた深い傷が、まるで最初から存在しなかったように、綺麗さっぱり消え去った。

「なっ・・・・・」

 その光景を見た殺花が驚いたような声を漏らす。そして、傷が消えた菲は朦朧としていた意識をハッキリとさせた。

「っ・・・・・てめえの・・・・・仕業か『芸術家』・・・・・・」

「ああ。感謝して、なんて事は言わないから安心してくれ。助けられたのなら何よりだよ」

 ヨロリと立ち上がりそう言ってきた菲に、ロゼは軽く微笑んだ。

「・・・・・なるほど、回復の力か」

「それだけではないけどね。そうだね、一応光臨した私の能力がどんなものなのか開示しよう。様式美というやつさ」

 殺花の呟きを聞いたロゼは、こう言葉を続けた。

「私の今の能力は、まあ一言でいうなら『様々なモノの本質を見通す目の取得』と、『描いたモノの本質を事象として引き起こす』能力だよ。もちろん、今みたいな応用や能力の欠陥もあるが、そこはまあ君自身が見抜いてくれたまえ。能力の開示は、まあここまでだ」

 ロゼが少し芝居掛かった仕草で、パチリとその変化した目でウインクをした。そんなロゼに、すっかり元通りになった菲が呆れたような視線を向けた。

「何で敵にバカ正直に能力教えてんだよ。自分から情報与えてどうすんだ」

「安心を知らせる軽口をどうもありがとう。言っただろ、様式美だと。それ以外に理由はないさ」

「けっ、イカレてんな。・・・・・・・・・・だが、てめえのおかげで助かった。感謝はするぜ。まあ、借りを作っちまったのは癪だがな」

 菲は呆れながらもロゼに感謝の言葉を述べると、その視線を殺花に向けた。

「さっきはよくもやってくれたな。てめえのせいで危うく逝きかけた。仕返しはさせてもらうぜ・・・・!」

「・・・・ふん、ならばもう今度こそ貴様を殺して見せよう。次は即死させてやる」

 菲の恨み節に黒いナイフを構え殺花はそう呟いた。









「っ、菲が元気になったぞ! よかったー! ありがとうロゼ!」

 一方、キベリアから逃げ回りながら菲の心配をしていたメティはホッとしたような顔を浮かべた。そして、笑顔を浮かべる。

「だったら、もう逃げ回る必要はないぞ! ロゼが光臨したんだったら、私もする!」

 メティは水の弓矢から逃げ回りながら、言葉を紡ぎ始めた。

「私は光を臨むぞ! 力の全部を使って、闇を浄化する力を! 光臨!」

「なっ・・・・」

 その言葉を聞いたキベリアが驚いたような声を漏らす。まさか、攻撃を避けながら光臨するとは思っていなかったのだ。

 次の瞬間、メティの全身が輝きその光が世界を照らした。光が収まると、そこには光臨したメティの姿があった。

「よーし、ここからはもっともーっとバチバチだぞ!」

 光臨したメティはまず両手に装備されているクローの刃が青白い輝きを放っており、次に、メティの全身に激しい雷のようなオーラが纏われ、全身に青白いラインのようなものが刻まれていた。そして、最後にメティの両目の色が黄色へと変化していた。

「ふん、光臨しても――」

「雷速、バッチバチッ!」

 キベリアが言葉を紡ごうとすると、キベリアの前からメティの姿が消えた。そして、次の瞬間にはキベリアの体に5条の切り傷が刻まれていた。

「え・・・・・・・・?」

 意味が分からないといった顔を浮かべながら、キベリアはその身から黒い血を多量に流す。当然、痛みはある。だが、それよりも今は理解できないという感情の方が勝っていた。

 見えなかった。反応出来なかった。気がつけば切り裂かれていた。光臨前も、メティは凄まじいスピードだったが、一撃を貰った後からは、キベリアも警戒しダメージを受けていなかった。それは、キベリアがギリギリメティのスピードに対応し始めていたからだ。

 しかし、この事象はそんなものは軽く凌駕していた。全てを置き去りにするような圧倒的な速度。それは、シェルディアやレイゼロール、スプリガンなど、一部の者たちしか到達出来ていないような世界だった。キベリアは箒から落ち地面に激突した。

「よーし、いい感じに決まったぞ! んん? 何だ、何で姿が変わっているんだ? ?」

 キベリアを切り裂いたメティは、倒れているキベリアを見て訝しげな顔を浮かべた。それは今自分が切り裂いたキベリアの姿が変わっているからだった。光臨したメティの爪撃そうげきは全てを切り裂く破邪の爪撃。特殊な効果すらも切り裂く。そのために、メティの爪撃はキベリアの変身の魔法を切り裂いたのだった。

「っ・・・・・? なっ・・・・!」

 メティの言葉に違和感を覚えたキベリアは、視界内に映る自身の髪の色を見て驚いたような顔を浮かべた。キベリアの髪の色は赤髪ではなく、深緑の色に戻っていた。それはつまり、キベリアの変身が解けたという事だった。

「み、見たわね・・・・・私の本当の姿を・・・・!」

 光導姫に自身の本当の姿を見られたキベリアは、羞恥と怒りがない混ぜになったような顔を浮かべフラリと立ち上がった。そして、自身の傷を魔法で癒すとメティを睨みつけた。

「ん、怒ってるのか? 私はどっちのお前も綺麗だと思うけど」

「うるさいのよ。不愉快なのよ、敵に本当の姿を見られるのは・・・・!」

 首を傾げるメティに、キベリアは苛立ったような顔でそう言った。そして、空中に浮いていた箒を右手に取り、メティにこう宣言した。

「あんたは必ず殺してやるわ・・・・!」

「私は死なないぞ。まだやりたい事がいっぱいあるからな!」

 キベリアの宣言にメティはどこか不敵な笑みを浮かべた。










「・・・・・・・・変化したわね、この戦場が。戦いの空気が」

 ロゼとメティの光臨。それを見たダークレイは、ポツリとそんな言葉を漏らした。

「・・・・そこは同意する。光導姫の『光臨』は戦況を変える力を持つ。それが2人同時となれば、なおさらだ」

 ダークレイの言葉を聞いた葬武は、ダークレイと格闘戦を演じながらそう言葉を返した。武術の達人である葬武と、近接形態のダークレイの格闘戦は凄まじいものだったが、2人とも決定的な一撃は今のところなかった。

「そうね。あんたの言葉の通りだわ。時間の限定があるとは言え、『光臨』は凄まじい力を持つ。それこそ、奇跡を起こせるほどの力を」

 数ヶ月前に戦った2人の光導姫。陽華と明夜の事を思い出しながら、ダークレイはそう呟いた。あの時、自分はスプリガンに助けられなければ、間違いなく浄化され死んでいた。

「・・・・・・・・だから、流れを変えるわ。奇跡を起こせる力を持つのは、何も光導姫だけじゃないもの」

「っ・・・・!?」

 ダークレイが蹴りを葬武に叩き込もうとする。葬武はその蹴りを左腕で受け止めた。ダークレイは受け止めた葬武の腕を足場にし、後方に跳ぶ。

「我は闇を臨む。力の全てを解放し、光を闇に塗り潰す力を」

 そして、ダークレイは自身の力の全てを解放する言葉を呟いた。

「闇臨」

 次の瞬間、ダークレイの全身から闇色の光が発せられ、世界を黒く染めた。葬武がその光に目を細める。そして、黒い光が収まるとそこには姿を変えたダークレイがいた。すなわち、黒と紫を基調とした衣装に、左半身の後ろに機械のような片翼を背負った、堕天使のような姿のダークレイが。

「その姿は・・・・・・・・」

「闇技発動、ダークアンチェイン・セカンド。気にする必要はないわ。なぜなら・・・・」

 少し驚いたような顔を浮かべる葬武。ダークレイはその身に身体強化の闇を身に纏い、そして、

「守護者程度が、もう私の敵にはなり得ないから」

「がっ・・・・」

 凄まじいスピードで葬武に近づき、その右の拳を葬武の腹部に叩き込んだ。











「第11式札から第15式札、寄りて光の奔流と化す!」

「『攻撃の歌ストライクソング全演奏オーケストラ』♪」

 一方、こちらはソニアと風音とプロト対フェリートの戦い。風音は式札を合わせて光の奔流を、ソニアは白い人影たちの楽団と共に、歌を歌った。結果、幾重もの衝撃がフェリートに襲いかかった。

「くっ・・・・・・」

 フェリートは光の奔流を回避し、衝撃が届かない範囲へと後退した。音の衝撃が来る範囲を、フェリートは既にある程度見切りをつけていた。

「ふっ!」

「ちっ・・・・」

 フェリートがソニアの音の範囲まで後退する事を読んでいたのか、プロトがすぐにフェリートに接近し剣を振るってきた。フェリートはその一撃を回避した。

「『風の刃がフェリートを切り裂く』♪」

 その瞬間にソニアがマイクに言葉を紡ぐ。すると、フェリートの体を目に見えぬ風の刃が複数箇所切り裂いた。

「っ・・・・・」

 少量ではあるが、フェリートの全身から黒い血が飛び散る。そして、その次には風音が式札を使用した。

「第11式札から第20式札、光の矢と化す!」

 10条の光線がフェリートに向かって放たれる。フェリートはその攻撃を『加速』した肉体を以て回避する。

(流石に力の使用がキツくなってきましたね・・・・・回復の力も使えても残り2回ほど。もうこの程度の傷で、回復の力は使用出来ない)

 力の総量が少なくなっていくのを感じながら、フェリートは内心でそう呟いた。現在フェリートは、肉体の常態的な『強化』、『加速』、『破壊』の力をずっと使用している。力の消費はかなりのものだ。

(『三重奏』はこのまま使い続ければ、もって後10分くらいといったところですかね。光導姫の光臨も残りまだ6分ほどはあるので、時間的余裕はあるにはありますが・・・・・回復の力を使える者に『破壊』の力を使っても効果は薄いですからね。仕方ない、『破壊』を解除して、『強化』と『加速』の『二重奏デュオ』にしますか)

 フェリートは『破壊』の力を解除した。これで、後15から20分は持つはずだ。『破壊』の力がなければ、ソニアの金縛りは解除されないが、その時は一瞬だけ『破壊』の力を使用すればいい。これは、どちらがリスクがあるかを考えた上での決断だった。

「『フェリートは私に引かれる』♪」

「ッ・・・・・」

 フェリートが『破壊』の力を解除した瞬間、ソニアが事象を引き起こす言葉を紡ぐ。すると、フェリートは急にソニアに向かって体を引かれた。まるでソニアが引力を持っているかのように。

「風音!」

「ええ、ソニア! 第11式札から第20式札、寄りて浄化のゆらぎを発する場へと変化する!」

 ソニアに名を呼ばれた風音は頷くと、自身の前方に式札を10枚使用した浄化の力満ちるフィールドを設置した。

「あまり舐めないで頂きたいですね・・・・・!」

 ソニアに引かれ、あと少しで風音が設置したフィールドに入場させられるフェリートは、両手にナイフを創造し、それをソニアと風音に投げようとした。だが、その前に、

「がっ・・・・・!?」

 後ろからフェリートの体に剣が突き刺さった。フェリートの腹部から大量の黒い血が溢れ出す。何だこの剣は。いったいどこから。フェリートがそんな事を反射的に思っていると、フェリートの後方からこんな声が聞こえてきた。

「だったら、守護者もあまり舐めないでほしいな」

 その声の主はプロトだった。プロトが自分の剣をフェリートに向かって投擲したのだ。

 そして、プロトの予想外の攻撃により、フェリートは自身の行動がキャンセルされ、風音が設置したフィールドに足を踏み入れてしまった。

「『フェリートは止まる』♪」

 フェリートがそのフィールドに入ったタイミングで、ソニアはフェリートをそこで止めた。

「ぐっ・・・・・こ、これは・・・・・」

 風音のフィールドに入ってしまったフェリートは、著しく自分の力が弱まるのを感じた。血を流し過ぎた事が原因ではない。いや、もちろんその事も確かに関係はしているだろうが、これはこの空間の浄化の力が凄まじく高いからだ。要は、ファレルナの光による弱体化、フェリートを襲った現象に1番近いのはそれだった。

「よーし、決めるよ! 『攻撃の歌ストライクソング全演奏オーケストラ』♪」

 チャンスとばかりにソニアが歌を紡ぐ。ソニアの歌に合わせて白い人影の楽団たちも演奏を再開する。ソニアの歌と楽団の演奏は、幾重もの不可視の衝撃を発生させた。

「ぶっ!? がはっ・・・・!?」

 その浄化の力が宿った衝撃をまともに受けたフェリートは全身の骨が砕ける音を聞いた。凄まじい痛みがフェリートを襲う。不可視の衝撃は、止むことなくフェリートの体を叩き続ける。

(こ、これは流石にマズい・・・・は、早く何とか・・・・しなけれ・・・・ば・・・・)

 ダメだ。そう考えても意識が朦朧としてくる。もはや、体の感覚すらない。流石にもう終わりか。フェリートが半ば諦めかけた時、

『あり・・・・がとう・・・・エルフェンリート・・・・こんな私・・・・に・・・・仕えてくれ・・・・て・・・・あなたと・・・・過ごした毎日・・・・は・・・・本当に・・・・楽しかった・・・・よ』

「ッ!?」

 フェリートの中にある記憶が蘇った。それはフェリートが闇人になる前の最後の記憶。まだ12歳になったばかりの、自身の最初の主人を看取った時の記憶。死にゆく血まみれの少女をフェリートが抱き抱えた時の記憶だ。

『あなたは・・・・私たちの分・・・・まで・・・・しっかり・・・・生きてね・・・・大好き・・・・だった・・・・よ・・・・エルフェン・・・・リート・・・・』

(ああ、そうだ・・・・もう2度とあんな思いはごめんだ。メルヴィ様を失い、レイゼロール様を最後の主人にすると決めた日に私は誓ったはずだ。何があっても、今度こそ主人を守ってみせると・・・・なのに、諦めるなど以てのほかだ・・・・!)

 絶望の記憶に奮起したフェリートが、負の感情を伴った決意をする。フェリートは一瞬『破壊』の力を使って、自身の身に掛かっている足止めの力を解除し、持てる全ての力を使って跳躍した。

「っ!? まだ動けるなんて・・・・!」

 風音が驚いたような顔を浮かべる。ソニアやプロトも風音と似たような顔を浮かべていた。

「ぐっ・・・・執事の技能スキルオブバトラー、『回復リカバリー』・・・・!」

 ぐちゃぐちゃになった右手で無理やり腹部に刺さっている剣を引き抜き、放り投げたフェリートは回復の力を使用した。ぐちゃぐちゃになった全身と、腹部の傷など全ての傷が回復する。これで、回復の力は使えて後1回だけだ。だが、知った事か。

「私は負けない。負けてなどなるものか! 私は執事として最後まで主人のための剣となる!」

 フェリートは自身の思いを叫ぶと、虚空を蹴り風音とソニアへと襲いかかった。

「負けられないのは・・・・」

「私たちもだよ!」

「僕たちもだ!」

 フェリートの言葉を聞いた風音、ソニア、プロトはそう言葉を返すと、フェリートを迎撃すべくそれぞれ行動を取った。

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