第261話 混戦(1)
「いい加減にしつこいのよ・・・・・!」
陽華や明夜、光司や壮司がフェリートを突破しレイゼロールの元に辿り着いた時とほとんど同時刻。ダークレイや殺花たちと共に光導姫と守護者たちと戦っていたキベリアは、腹立たしげにそう言葉を吐いた。
「あはは! 逃がさないぞ!」
箒に跨り空を駆けるキベリアに狙いを定めたメティが、その脅威の跳躍力を以てキベリアのいる場所まで跳んだ。そして、その右手に装着されている鋼の爪を振るった。
「もうそう簡単に当たらないわよッ! 1の炎!」
メティの攻撃を箒を操作して避けたキベリアは、炎の魔法を行使し小さな火の球を複数創造した。そして、その火の球をメティにぶつけようとした。
「おおっと! マズいぞ!」
火の球に驚いたメティは落下しながら出来る範囲で体を動かし、どうにか火の球を避けた。普通なら避けられるはずがないのだが、勘がいいというべきなのか、メティは先ほどからそれしか避けられる動きはないという感じで、キベリアの魔法による攻撃を回避していた。
「ちっ、本当にやりにくい奴・・・・!」
キベリアはそんなメティに苛ついていた。
「1の炎、焚べゆく番人へと変化する」
キベリアが炎の騎士を召喚する。炎の騎士はメティに向かってその炎の剣を振るおうとした。だが、
「――その使い魔の本質は既に見えているよ」
ロゼの声が響き、ロゼが凄まじい速度でキャンバスに赤色の絵の具で何かを描いた。絵に描かれたのは揺らめく炎だ。そして、次の瞬間炎が描かれたキャンパスが発光して消えたかと思うと、どういうわけかキベリアが召喚した炎の騎士の姿も光となり、この世界から姿を消した。
「っ、また・・・・・・・・!」
「ありがとうなロゼ! また助けてくれて!」
その現象を見たキベリアは忌々しそうにそう呟き、メティは後方にいたロゼに感謝の言葉を叫んだ。この光景は先ほどから何度か繰り返されていたものだった。
「お安い御用だよ、メティ」
メティからお礼の言葉を言われたロゼは笑みを浮かべる。炎の騎士を光へと還したのはロゼの能力だった。
「黒兵1、黒兵2! 攻撃対象をナイフの女に変更だ! おい、『芸術家』。闇人どもの絵はまだ描けねえのか?」
「すまないが、まだ掛かるね。あれくらいの使い魔なら秒で見えるんだけどね。進捗は、あの緑髪の闇人のものが半分。黒マントの闇人が3割。そして武器を切り換える闇人が2割といったところだね」
菲の言葉に、ロゼは自分の前にある3枚のキャンバスに目を向けながらそう言葉を返した。3枚のキャンバスにはそれぞれ絵が途中まで描かれていた。左横のキャンバスには白い剣が、真ん中のキャンバスには、本や少女と思われる人影が、右横のキャンバスには夜と三日月が。左横はダークレイ、真ん中はキベリア、右横は殺花の絵だった。
「頼むぜ。そう長くは守れねえからな」
「もちろん、分かっているよ」
少し焦るような菲の声を聞いたロゼはコクリと頷いた。ロゼの能力は特殊だ。その特殊さゆえに、ロゼはほとんど戦闘能力を持たない。ある意味、ロゼはエルミナと同じ「異端の光導姫」だった。
(全く、我ながら自分にピッタリな能力だよ)
闇人たちを見つめながら、キャンバスに筆を走らせるロゼは内心でそう呟いた。光導姫としてロゼに発現した能力は、一言で言えば絵を描き切ると勝利する能力だった。ここで言う勝利とは、闇奴や闇人を強制的に浄化、または無力化するという意味だ。
ただし、そんな破格の能力には当然厳しい条件がある。まず1つ目は、対象の本質を見抜く事。つまり非常にレベルの高い観察眼を要求される。その眼がなければ、そもそも条件をクリア出来ない。
2つ目はその見抜いた本質を正確にキャンバスに描く事。これは100パーセント完全に、正確に描かなければならない。
その他、見抜いた敵の本質を頭の中で写真のように想像し続けられる力や、当然ながら必要最低限の画力も要求される。それらの条件を全てクリアして、ようやくロゼの能力は機能するのだ。そして、ロゼはそれらの条件を全てクリア出来るだけの能力を備えていた。ロゼが光導姫ランキング7位に位置するのは、それだけロゼがこの能力で実績を上げてきたからだった。
しかし、そんなロゼでも最上位闇人たちの本質を見抜き描くのは難しかった。基本的に、絵を描く対象が強ければ強いほど、対象の本質は見えにくくなり絵も複雑になる。それが光導姫としてのロゼの経験から来る法則のようなものであった。
ちなみに、今ロゼがキベリアの炎の騎士を瞬時に無力化したのはその力の応用だった。使い魔のような存在、例えばレイゼロールや影人の造兵なども、本質を見抜きキャンバスにその本質を描けば無力化は可能だ。ロゼはその方法で出来るだけ援護をしていた。
「・・・・・・やはり奇怪な能力だな」
菲の黒兵の攻撃を避けながら、ポツリとそう呟いたのは殺花だった。殺花はロゼの能力がどのようなものなのか、見極めようとしていた。
「よそ見とは余裕だな・・・・・・!」
そんな殺花に葬武が棍を振るった。前衛係である葬武は基本的にダークレイと殺花に遊撃手的に攻撃を行っていた。
「・・・・・・別にそういうわけではないのだがな」
棍を避けた殺花はカウンター気味に右手のナイフを振るった。だが、葬武はその一撃を回避し、右の蹴りを放ってきた。殺花は軽く体を動かしその攻撃を避ける。殺花に攻撃を避けられた葬武は、その場から離れると、今度はダークレイの元へと向かった。
「・・・・・・そこ」
葬武と殺花との軸がずれた瞬間に、菲やロゼと同じく後方にいたノエが弓を引いた。放たれた矢は真っ直ぐに殺花へと向かった。
「っ・・・・・」
殺花はギリギリで矢を避けた。するとその次の瞬間、
「はい、次俺ね」
ショットが狙撃銃の引き金を引いた。矢よりも速い弾丸が、殺花の頭部へと飛んだ。
「次から次に・・・・・・!」
殺花は伏臥の姿勢になり銃弾を回避した。銃弾は殺花の髪を掠めたが、殺花にダメージはなかった。続けて青龍刀と偃月刀を持った黒い人形たちの攻撃を回避する。
(人数差はもちろんの事ながら、ここまで攻め難いか・・・・・)
殺花は中々攻めきれない事、足止めされている事に苛立ちを感じていた。出来る事ならば、今すぐにでもフェリートの応援や、殺花の主であるレイゼロールの元に辿り着いた光導姫や守護者の元に駆けつけたい。だが、現状ではそれは極めて難しい。
(しかし、この状況がどうすれば崩れるのかは分かる。後方で指示を出しているあの光導姫。奴を殺せば光導姫と守護者の連携は瓦解する。だが、己の能力で奴に近づけても決定打は・・・・)
先ほどからたまに姿を消しては菲の暗殺を試みている殺花だったが、菲は殺花の姿が消えた瞬間に最大限に警戒し人形を使って守りを固めていた。いくら姿を消しても、警戒され防御手段を有している相手に殺花のナイフは届かない。
殺花の闇の性質は、『同化』。姿を周囲の風景に同化させたり、体を幻影へと同化させたりする、暗殺・回避向けの能力だ。影を操作する力は、影も自身の一部であり、同化しているものとして能力を拡張し獲得したものだった。
そんな殺花の能力の弱点は、攻撃の威力・決定打が欠けている事だった。基本的に、殺花の攻撃方法はナイフくらいしかない。普通ならばそれだけでも充分なのだが、この戦場においては殺花の攻撃能力は著しく低いと言わざるを得ない。
(・・・・・・・・アレを使うか? だが、アレを使えば己はしばらく戦う事が・・・・)
殺花は膠着した状況を変えられるかもしれない、自分の切り札を使用すべきか考えた。それを使えばあの軍師然とした光導姫を殺せるかもしれない。だが、切り札には大きなデメリットがある。ゆえに、殺花は使用を悩んだ。
『――悩んでいる暇なんて、俺たちにはない』
「っ・・・・・」
そんな時、殺花の中に懐かしい声と記憶が蘇った。それは殺花の人間時代の記憶だった。軍人であったその男は、殺花たちに向かってこう言ったのだ。
『この戦場の攻略の先に、我らの国家としての道がある。諸君、悩んでいる間に自分が、仲間が死んでもいいのか? 生き残り勝利するためにも、迷っている暇なぞ俺たちにはないのだ。お前たちの命、すまないが俺に預けてくれ。その代わり、生きて帰ったら美味い物と酒をしこたま奢ってやる! 行くぞ、お前たち!』
その鬨の声に、殺花や他の兵士たちは応えた。そして、その戦いで見事に勝利をあげたのだ。
「ふっ・・・・・そうでしたね、隊長殿。戦場での迷いは悪手も悪手。覚悟を決めたのならば、やり遂げるのみ」
黒兵たちの攻撃を避けながら、襟の下で殺花は小さな笑みを浮かべた。今は亡き、殺花の戦友たち。時代遅れの忍者として育てられた殺花を受け入れてくれた、かけがえのない友たち。彼らの笑顔が殺花の中に浮かんで来る。
(だから・・・・・力を貸してくれ、隊長殿。お前たち)
恐らく、唐突にこの記憶が蘇ったのは殺花の生存本能的なものだろう。戦場で迷いを抱けば死に繋がる。ゆえに、それを断ち切らせる記憶を体が思い出させた。そんな理由だろう。だが、確かに殺花の迷いは晴れた。後の事は後で考えればいい。
「影よ、己の身と刃に溶けろ」
殺花がマントを脱ぎ去りそう呟く。現れるのは忍者装束に似た軽装姿。殺花の影が足から殺花の体に登り始める。そして、影はやがて殺花の全身とナイフに溶けた。影と同化し薄い闇色の肌に変化した殺花は、右手に握っていた刃が黒く染まったナイフを構えた。
「禁術、
「っ、何だ? 姿が変わった? ・・・・何だか分からねえが、黒兵ども、攻撃の手を緩めるなよ!」
姿が変化した殺花に疑問を抱きながらも、菲は人形たちにそう指示を与えた。黒兵たちは、殺花にそれぞれ自身の獲物を振るった。
「・・・・無駄だ。今の己にそのような攻撃は無意味だ」
殺花はその攻撃を避けなかった。その結果、青龍刀と偃月刀が殺花の体を斬り裂いた。
しかし、殺花の体はまるで実体のない霧や雲を斬り裂いたかのように揺らいだだけだった。そして、殺花は黒いナイフで黒兵2体を斬った。殺花に斬られた人形たちはどちらも両断され、地面へと崩れた。
「なっ・・・・!?」
その光景を見た菲が驚いたような声を漏らす。体が霧や陽炎のように揺らめくあの技は、先ほど1度見た。だが、あの技を発動している時は攻撃が出来ないはずだ。菲は殺花が「幻影化」を使用した状況や反撃をしてこなかった事を踏まえ、「幻影化」を緊急回避用の技だと見抜いていた。ゆえに、殺花が反撃した事に菲は驚いた。
もう1つ、菲が驚いたのは殺花の攻撃力が格段に上昇していた事だった。今までの殺花は、ナイフで黒兵を一撃で両断する事など出来なかった。せいぜいが、黒兵の体に傷をつけたり穿ち刺し傷をつけれたくらいだった。
「・・・・・・・・闇影化の力、これだけだと思うな」
殺花はそう呟くと、自身の体を闇に変え空中を奔った。その速度は凄まじく、一瞬で後方に控えていた菲やロゼたちの元に到達した。そして、殺花は人型に姿を戻すと菲に向かってナイフを振るった。
「ッ!? 白兵1、私を守れ!」
急襲してきた殺花に変わらず驚いた表情を浮かべながらも、菲は人形に指示を与えた。近くにいた盾を持った人形は、盾を構え菲を守った。
「
だが、殺花はそんな盾などは無視して黒いナイフを振るった。先ほどまでの殺花ならば、ナイフで盾を斬り裂く事など出来なかった。しかし、影をその身とナイフに取り込んだ殺花は、盾をいとも容易く両断した。そして、殺花は凄まじい速さでナイフを翻し、人形も両断した。
「嘘だろオイ・・・・・!」
「菲くん!?」
守りを失った菲が冷や汗を流す。ロゼが菲の名を呼ぶ。菲の周囲にいたエリアやノエ、ショットなどが殺花に銃や弓で攻撃を仕掛けるが、弾や矢は煙のように殺花の体をすり抜けるだけだった。
「ふん」
その結果、殺花の一撃によって菲の体が斬り裂かれた。
「がっ・・・・・!?」
右袈裟にバッサリと斬られた菲が苦悶の声を上げる。体こそ奇跡的に両断されていないが、かなり深い傷だ。菲は後ろによろけ倒れた。
「っ・・・・・!」
「菲!? 待ってろ今行くぞ!」
菲が殺花に斬られた事に気がついた葬武とメティ。特にメティは相手をしていたキベリアを無視して、すぐに菲を助けに行こうと、キベリアに背を向け菲たちの方向に駆け始めた。
「6の鋼、全てを圧する御手と化す! 逃すわけないでしょ!」
キベリアは巨大な鋼鉄の腕を呼び出し、メティを逃すまいとその腕で攻撃させた。
「邪魔だぞ! 今構っている暇はないんだ!」
「1の炎、3の雷、合一し炎雷となる! 今の今まで構ってた奴が、調子のいい事言ってんじゃないわよ!」
鋼の腕を避けたメティが吠える。そんなメティに苛立ったような言葉をぶつけながら、キベリアは炎と雷を合わせた魔法を放つ。炎雷の球体が複数メティへと襲い掛かった。
「もうしつこいぞ!」
メティは苛立ったようにそう叫び、何とかキベリアの攻撃を避け続けた。これだけの攻撃は、流石のメティも無視出来なかった。
「・・・・・」
「もちろん、あんたも逃がさないわよ。まあ、分かってるから私に背を向けないんでしょうけど」
自分を睨みつけてくる葬武に、ダークレイは拳を構えながらそう言った。
「・・・・・『軍師』が傷を受けたのは奴の落ち度だ。俺が奴を助けに行く理由はない。俺はただ強者と戦うのみ」
「・・・・・ああ、あんたそういうタイプ。いるわよね、あんたみたいな守護者」
葬武の言葉を聞いたダークレイは少し呆れたようにそう呟いた。自分がまだ光導姫だったころ、確かに葬武のような守護者は何人か存在していた。
「知ったような口を利く」
「これでも元光導姫だから。まあ今の私は『闇導姫』だけど」
「ほう・・・・確かに言われてみれば光導姫のような格好と能力をしているな」
「それはそうでしょうね。私のこの姿は、かつての光導姫としての私の姿だから」
葬武の言葉にダークレイがそう答える。ダークレイの闇の性質は『再現』。文字通り、何かを再現する力だ。ダークレイはその力を使って、かつての光導姫としての自分の力を闇の力で再現していた。陽華と明夜戦で使用した『闇臨』も、かつて取得していた『光臨』の再現だった。
「そうか。しかし、どうでもいい事だ」
葬武が棍を構えその目を細める。再び仕掛けてくる。それを悟ったダークレイが意識をもう1段階集中しようとした時、
「――私は光を臨もう。力の全てを解放し、闇を浄化する力を。光臨」
葬武の後方から力の宣言が聞こえて来た。次の瞬間、圧倒的な光が世界を照らした。その光に葬武やメティはそちらを気にし、キベリアやダークレイは目を細めた。
「・・・・・・・・まだ使う気はなかったのだが、仕方ないね。流石に、仲間に死が迫っているのは見逃せないからね」
「っ・・・・」
光臨の光を放ったのはロゼだった。殺花はそのあまりの光に数メートルほど距離を取り、光臨したロゼを見つめた。
光臨したロゼの姿は、中々に奇妙というか不思議であった。服装自体はほとんど変わっていない。だが、その左目とロゼの周囲に物が展開している点が変化していた。
まずその左目、ロゼの瞳の色は薄い青だったが、光臨後はその瞳の色が透明へと、
次にロゼの周囲の空間に展開している物。ロゼの周囲には様々な絵の具やパレット、更に何十本もの筆や白紙のキャンバスが複数個浮いていた。
「っ・・・・・・あ・・・・・」
「安心したまえ、菲くん。君は私が必ず助けてみせるよ。ロゼ・ピュルセの名に懸けて」
多量の出血で意識を朦朧とさせ倒れている菲に、ロゼは優しくそう言うと殺花を見つめ、こう言った。
「柄ではないが、こう言わせていただくよ。ここからは本気以上で行かせてもらう」
ロゼはそう言うと、右手を側面へと向けた。
――混戦はその激しさを増し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます