第260話 埒外の戦い 決着

「さあ、あなたのこの『世界』はどんな『世界』なのかしら? 教えてちょうだいな、シエラ」

 陽華や明夜、光司や壮司がフェリートを突破しレイゼロールの元に辿り着いた時とほとんど同時刻。シエラの『世界』に取り込まれたシェルディアは笑みを浮かべながらそう言った。

「うん、もちろん教えてあげる。でも多分・・・・・・?」

「っ・・・・? それはどういう――」

 意味深な言葉を呟いたシエラに、シェルディアがそう聞き返そうとした。だがその時、なぜかシェルディアの体からガクリと力が抜けた。シェルディアは膝から地面に崩れ落ちた。

「え・・・・・・・・?」

 気づけば地面に座り込んでいたシェルディアは、意味が分からないといった顔を浮かべた。

「・・・・力が抜けていくでしょ? これが私の『世界』の能力の1つ。この庭に足を踏み入れた私以外の者は、その生命力を吸われる。普通の人間なら、大体2秒くらいで生命力を全部吸われて死ぬと思う」

 シエラはそう説明し一呼吸置くと、こう言葉を続けた。

「でも、シェルディアは無限の生命力があるから死なない。だから、虚脱感に襲われたり身体能力が一時的に下がるくらいだと思う」

 シエラは生命力を吸われているシェルディアにゆっくりと近づくと、その右足でシェルディアを軽く蹴飛ばした。軽くとは言っても真祖化したシエラの蹴りである。その威力にシェルディアの肉体は四散した。赤い血がモノクロの世界に弾け散る。

「っ・・・・」

 しかし、シェルディアは不死の吸血鬼。四散した肉体はすぐに寄り集まり修復された。

「今蹴って体をバラバラにしたのは、一応ちゃんと理由がある。まあ、少しは憂さ晴らしの意味もあったけど。・・・・・・・・そろそろ効いてくるはず。私の『世界』の2つ目の力が」

「何を・・・・ッ、ゲホッゲホッ!」

 笑みを浮かべるシエラ。そんなシエラに問いかけようとしたシェルディアは、急に咳き込んだ。違和感を感じたシェルディアは、口を押さえていた自身の手を見つめた。するとそこには真っ赤な血がべちゃりと付着していた。

「っ、これは・・・・・・ぐっ!?」

 自分が吐血した事に疑問を抱いたシェルディアは、全身に悪寒が生じ気分が悪くなった。更に全身に尋常ならざる激痛が奔ったのを感じた。生まれてこの方、味わった事のない気分だった。

「効いて来たみたいだね。これが2つ目の力、この『世界』に足を踏み入れた私以外の者は、この世界の植物の毒に体を侵される。シェルディアをバラバラにしたのは、体内に毒素を入れるため。その方が早く効くから」

「わ、私に効く毒なんて・・・・・・」

 シエラの説明を聞き自分の体の不調の理由を理解したシェルディアは、苦しげな表情を浮かべながらそう言葉を呟いた。シェルディアが何を言わんとしているのか理解したシエラは、シェルディアを見下ろしながらこう答えを返した。

「この『世界』の毒は個人個人によって効力が違う。死の概念がある者なら、すぐに死ぬ致死性の毒になる。だけど、私やシェルディアみたいな死の概念がない者には、体を衰弱させる毒に変わったりする。苦しみの度合いは、その個人が持っている力に比例する。つまり、シェルディアはすっごく苦しいはず」

「な、なるほど・・・・・それは、厄介ね・・・・・」

 シエラの説明を聞いたシェルディアは、毒に苦しみながらそう言った。シエラのこの『世界』は、シェルディアにとっては珍しく相性が悪かった。

「ふふっ・・・・でも、ここからどうするつもり・・・・かしら・・・・・? 結局、私を殺す事は・・・・・出来ない。結局のところ・・・・・あなたの『世界』に、意味はない・・・・わ・・・・・」

 地面に座り込んでいるシェルディアは、無理やり小さく微笑みながらそう言葉を述べた。そう。普通ならば必殺となり得るシエラのこの『世界』でも、シェルディアが死ぬ事はない。どこまで行ってもそれが事実だ。

「分かってる。別にシェルディアを殺そうと思って『世界』を顕現したわけじゃないから。これはただの仕返し。それ以上の意味はない」

 シエラはそう言うと、自身の『世界』を解除した。その結果、周囲の景色は元の開けた場所へと戻った。

「っ、なぜ『世界』を解除したのシエラ?」

 『世界』が解除された事により、シェルディアの身を蝕んでいた虚脱感と毒が消え去る。立ち上がったシェルディアは、シエラにそう聞いた。

「別に。アレ疲れるから、そんなに長くやりたくなかった。それに、もう仕返しも済んだから」

 シエラはそう言うと、真祖化も解除した。シエラの髪と瞳の色が黒へと戻る。そして、シエラは自身の影の中から丸机とイスを2つ取り出し、それを設置した。次いで、シエラは影の中から温かい紅茶の入ったポットとティーカップを2つ取り出し机の上に置いた。

「これは・・・・・何のつもり?」

「・・・・さっき言ったでしょ。お茶でもしないって。もうお互い色々出し尽くしたから、お茶をする。これは決定事項。だから、座ってシェルディア」

「・・・・・ふ、ふふっ! 全くあなたは・・・・・そうだったわね。あなたはけっこう強引だったわ」

「・・・・別に、私はそこまで強引じゃない」

「なら、そうしておきましょうか」

 ムッとした顔を浮かべたシエラを見たシェルディアはそう言うと、シエラが用意したイスに腰掛けた。

「でも、私はお茶には少し厳しいわよ? あなたに私が満足出来るお茶が入れられるかしら?」

「大丈夫。これでも喫茶店の店主だから」

「へえ! あなたが喫茶店の店主ね・・・・・ふふっ、真祖がマスターのお店なんて面白いわね。いいわ、もしこの戦いが終わって、まだ世界が終わっていなかったら、あなたのお店に行かせてもらうわ」

「・・・・・いいよ。私のお店は来る者拒まずだから。その時は、お客として歓迎する」

 シエラはそう言って小さく笑うと、カップに紅茶を注ぎ始めた。今もこの世界では光導姫や守護者、少年少女たちが戦っているはずだ。その事を了承しながら、シエラはこの選択をした。律儀ではないだろう。だが、シェルディアの足止めという役割は果たせているはずだ。

(・・・・真祖同士わたしたちの戦いは結局いつも、お茶に行き着くから。だから、これでいい)

 シエラは内心でそう呟くと、紅茶を注いだカップをシェルディアへと渡した。


 ――『真祖』シェルディアVS『真祖』シエラ戦。勝者、なし。引き分け。












「・・・・・・・・体の半分が消し飛んだのは初めてだな」

 一方、こちらはもう1つの規格外の戦い。陽華や明夜、光司や壮司がフェリートを突破しレイゼロールの元に辿り着いた時とほとんど同時刻。ファレルナの光の剣によって、顔や胴体の半分を消し炭にされたゼノは、ぼんやりとした顔でそう言葉を漏らした。

「はあ、はあ、はあ・・・・・」

 ゼノの言葉を受けたファレルナは、全身に『破壊』の傷跡を刻みながら激しく呼吸をしていた。ファレルナは光の剣に自身の全ての力を込めていたのか、光導姫としての変身は解除されていた。

「・・・・・でも、俺の役目は果たせたかな。これで、君は今日はもう光導姫に変身出来ない。俺に全ての力を使ったからね。・・・・君がいなきゃ、レールの儀式が邪魔される可能性はすごく低い」

 体の半分が消し炭になりながらも、ゼノの紡ぐ言葉はいつもとあまり変わらなかった。基本的に頭の半分が消し飛べばしゃべる事など出来ないはずだが、ゼノは人間ではない。だから、ゼノはそこはあまり気にしなかった。

「あなたは・・・・・なぜ、そこまでして・・・・・」

 ファレルナが疲れ切った顔でそう言葉を漏らした。ファレルナには理解出来なかった。ゼノは確かな信念を持って戦っていた。闇に堕ちた存在。人間を辞め、今まで幾度も罪を重ねてきた存在だろうというのに。なぜ、そこまでの信念を持っているのか。

「・・・・別に、闇人にも譲れないものがあるってだけだよ。確かに、俺たちは闇に堕ちて人間を辞めた。光導姫や守護者だって殺して来た。敵・・・・だからね。君たちからしてみれば、俺たちは敵だ。敵だから、嫌いだろうし嫌な気持ちしかないでしょ。それが普通だ」

 ファレルナの呟きを聞いたゼノは地面に座りながらそう答えた。そして、なおも言葉を続ける。

「・・・・・・・・・ただ、俺たちにも闇に堕ちた理由があるし心はある。それだけの話だよ」

 ぼんやりと薄紫に染まった空を見上げながら、ゼノは自分の仲間の事を思い出す。フェリート、ダークレイ、ゾルダート、冥、響斬、キベリア、殺花、クラウン。彼・彼女たちが闇に堕ちたのにも当然理由がある。まあ、ゼノがその理由を詳しく知っているのはフェリートだけだが。

「・・・・・そう、ですか。・・・・・辛いですね、戦うという事は・・・・・」

「うん・・・・・そうだね」

 互いに譲れないものがある。信じるものが、大切な人や物がある。この戦い、ファレルナたち光サイドは世界の破滅のリスクがあるレイゼロールの儀式を止めるため、レイゼロールを浄化するために。ゼノたち闇サイドはレイゼロールの願いを成就させるために。それぞれの理由と信念があって戦っている。ゆえに、ファレルナは戦うという行為を辛いと言ったのだ。そして、その事を理解しているゼノはファレルナの言葉に頷いた。

「ですが・・・・・それでも、分かり合えるはず・・・・です。少なくとも、分かり合える・・・・努力は出来ます」

 ファレルナはそう呟くと、フラフラと体を揺らしながらゼノに近づいた。そして、黒いヒビに侵されている右手を差し出した。

「っ・・・・・? この手は、なに・・・・・?」 

 ファレルナの手を見たゼノはその琥珀色の片目をファレルナに向けた。

「これは・・・・・歩み寄るための手です。私たちの間には・・・・悲しいですが、確執や深い隔たりがあります・・・・・それを、呑み込んで、理解するために、超越するための・・・・・その手です」

「・・・・・・・・・・握れって言うのかい。今殺し合った敵の手を」

 ファレルナの言葉を聞いたゼノは、今にも砕け壊れそうなファレルナの手を見つめた。現代ではまだ子供と言われる、小さな華奢な手だ。既に『破壊』の傷跡は全身に及び、亀裂も細分化している。この調子だと、ファレルナが死ぬまであと3分ばかりだろう。つまり、その時間内に何もしない限り死は確定している。それは、ファレルナも分かっているはずだ。本来ならば、死の恐怖に震え助かるための手段を今すぐにでも探したいはずだ。

 だというのに、ファレルナはゼノに手を差し伸べる。震えすらない小さな手で。相互理解の精神を示しながら。

(ああ、眩しいな・・・・・背後の光はもうないはずなのに・・・・これが人間の強い精神の輝きか・・・・・・)

 ゼノは少し片目を細め、こう言葉を漏らした。

「やっぱり、強いな。人間は・・・・・・」

「っ・・・・・・・・?」

 ゼノの呟きの意味が分からなかったファレルナが不思議そうな顔を浮かべる。ゼノはそんなファレルナに「何でもないよ」と言ってぼんやりと微笑んだ。

「・・・・・その手はまだ握れない。悪いけどね。俺にも少しは意地があるし。だから・・・・・」

 ゼノはそう言って立ち上がると、ファレルナに向かって右手を向けた。すると、ファレルナの全身に回っていた『破壊』の傷跡がスッと全て消え去った。

「ヒビが・・・・・」

「・・・・・君の全身に回っていた『破壊』の力を解除した。元々は俺がつけた傷だ。俺には壊す事しか出来ないけど、まあこれくらいは出来る。俺に出来るのは、今はこれが精一杯だ」

 ファレルナが黒いヒビが消えた事に驚いていると、ゼノがそう説明した。そして、ゼノはファレルナに背を向けヨロヨロとどこかに向かって歩き始めた。

「ど、どこへ行く気ですか・・・・? そんな体で・・・・・・」

「・・・・決まってる。レールの所に戻るんだ。今の俺は死にかけで、全部の力はもう使って戦えないけど・・・・戦いを見る事は出来る。俺は・・・・見届けなくちゃならないんだ。この戦いの行く末を」

 それが原初の闇人たるゼノの使命だ。ゼノはレイゼロールの願いが叶うかどうかを見届ける。自分を拾ってくれた恩人の願いが叶う事。それがゼノの願いだ。力は全て使ってしまったがゼノは闇人。儀式の場所がどこなのかは感覚的に分かる。ゼノは主戦場に戻ろうとしていた。

「っ・・・・・・・・・」

 だが、ゼノは数歩歩いただけでバランスを崩し倒れた。無理もない。両足こそあるものの、ゼノの体は半分消し炭になっている。そもそも体のバランスが取れていないのだ。無論、そこに限界を超えた疲労や、衰弱も重なっている。ギリギリ浄化こそされなかったものの、今生きている事が奇跡のようなものだ。闇人の自然回復の力も、ファレルナの光によって一時的に機能不全に陥っており、その力も期待出来なかった。

「そ、そんな体で無茶です!」

「無茶でも何でも・・・・・俺は行かなきゃならないんだよ。絶対に・・・・・!」

 ファレルナが倒れたゼノにそう声を掛ける。ファレルナの言葉を聞いたゼノは、残っている右腕を使って何とか立ち上がろうとした。しかし、疲弊し衰弱しているゼノは中々立ち上がる事が出来なかった。

「・・・・情けないな」

「・・・・えいっ!」

 そんな自分にゼノは自虐するように言葉を呟く。すると、ファレルナがゼノに近づきしゃがんだ。ファレルナはゼノの右腕を自身の首に回させ、ゼノに自身の肩を貸すように立ち上がった。結果、ゼノは立ち上がる事に成功した。

「わ、私の体では流石に少しキツいですね・・・・ですが、頑張ります!」

「・・・・・・・・・・・・何してるの君? 何で俺を・・・・」

 ファレルナに肩を貸してもらい立ち上がったゼノは、意味が分からないといった顔で至近距離からファレルナの顔を見つめた。本当にゼノにはファレルナの行動の意味が理解出来なかった。

「見届けなければならないんですよね。だから、そのお手伝いです。私も無力な存在にはなってしまいましたが、仲間である皆さんの戦いを見届けたいですから」

「・・・・ついでにって事? 俺は・・・・敵だよ?」

「あなたも既に私同様に戦う力はありません。それに、私は先ほど言いました。歩み寄りたいと。これは、私の姿勢を示すその行動です」

 ゼノの言葉に、ファレルナは全ての葛藤を呑み込んでキッパリとそう言った。その答えを聞いたゼノは一瞬その片目を見開くと、やがて笑みを浮かべた。

「本気で分かり合おうって言うんだね、俺たちと・・・・・・・・不思議な奴だな、君は。なら悪いけど連れて行ってくれ。レールの場所まで。ええと、君の名前は・・・・」

「ファレルナです。気軽にルーナと呼んでくださいゼノさん」

「分かったよ。・・・・ありがとう、ルーナ」

「いいえ、どういたしましてです」

 ゼノからお礼の言葉を言われたファレルナは明るい笑みを浮かべた。その笑みには、初めて愛称で自分を呼んでくれた人物が現れた事に対する、純粋な喜びが、確かにあった。

「それで、ええと場所はこっちでいいんですか? 私には元いた場所が分からなくて・・・・」

「うん。こっちで大丈夫。俺が案内するから」

「分かりました」

 2人は最後にそんな言葉を交わし合うと、ゆっくりと歩き始めた。戦う力がなくなってしまっても、この戦いを自分の目で見届けるために。

 2人が歩むその姿は――敵も味方もないように見えた。


 ――『聖女』ファレルナ・マリア・ミュルセールVS『破壊』ゼノ戦。勝者、互いに戦闘続行不可能によりなし。引き分け。

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