第259話 決着する局所戦(4)
「ふっ・・・・・!」
一方、こちらはアイティレと刀時対響斬の局所戦。陽華や明夜、光司や壮司がフェリートを突破しレイゼロールの元に辿り着いた時とほとんど同時刻。光臨したアイティレは、響斬に両手の拳銃による銃撃を行った。
「銃撃くらいならさ・・・・!」
響斬は自身に向かってくる弾丸を全て斬り裂いた。
「ふん、ならばこれならどうだ」
アイティレはそう言うと、右手の銃を空へと向けた。
「
1発の銃弾が空に放たれ、その銃弾は空に魔法陣を展開させる。すると、その魔法陣が水色の輝きを放ちそこから氷の雨が降った。
「っ、こいつは痛そうな雨だな・・・・!」
範囲的に今から雨の範囲外に出る事は出来ない。つまり迎撃するしかない。響斬は意識を集中させ、剣が届く範囲でドーム状の円を意識の中で描いた。
「我流、剣術『
そして、目にも止まらぬ速さで響斬は刀を振るった。次の瞬間、現れるは斬撃の結界。全てを斬り裂く斬撃の結界に、氷の雨は弾かれ響斬を打つ事はなかった。
「っ・・・・・・」
その光景を見たアイティレの顔が歪む。その光景は否応にもなくロシアで戦ったスプリガンを想起させた。スプリガンも同じ方法で氷の雨を無力化した。
「どんな剣速だよ。ああ、疼くな・・・・!」
氷の雨が降り終わった事を確認した刀時は、響斬に接近すべく駆け出した。
「『侍』、興奮し過ぎだ・・・・! 全く・・・・!」
先行した刀時を追うようにアイティレも駆け出した。ただ刀時に近づきすぎない事を意識しながら。光臨したアイティレは自身の半径1メートルの全てのモノを問答無用で凍らせるからだ。
(遠距離からあの飛ぶ斬撃を撃たれ続けるのはこちらに不利だ。近接戦、『絶対凍域』で凍らせて畳み掛ける・・・・・・!)
アイティレはそう考えると、刀時に当たらないように両手の銃を発砲した。響斬はその銃撃を再び刀で斬り裂く。当然のように。
「あんたの剣、俺の糧にさせてもらうぜ!」
「いい心掛けだ。君はやっぱり剣士だな!」
上段の一撃を刀で受け止めながら、刀時と響斬はどこか楽しげに言葉を交わす。
「どけ『侍』、お前も凍りたくはないだろう」
「っ、あいよ!」
後ろからのアイティレの声を聞いた刀時は、右へと跳んだ。刀時はアイティレの「絶対凍域」を知っているので、アイティレが言わんとしている事を理解していた。
「っ、ぼかぁ確かに近接戦が好きだけど、君とは近接戦をしたくないな!」
「相手が嫌がる事をするのが戦いというものだ・・・・!」
刀時と入れ替わるように接近してきたアイティレ。アイティレの「凍域」の事を知っている(「絶対凍域」と「凍域」の違いを響斬は知らない)響斬は、バックステップでアイティレから距離を取ろうとした。アイティレはそんな響斬を追う。バックステップと走りでは、そのスピードが違う。必然、響斬はアイティレに追い付かれ、半径1メートル以内まで接近されてしまった。
その結果、響斬の全身は凍り始めた。
(っ、本当にえげつない能力だな・・・・!)
内心で思わず響斬はそう呟いた。詳しい条件までは響斬には分からないが、特定の範囲に入ったモノを凍らせる限定領域型の能力。特に、ほとんど近接戦しか出来ない響斬のような者にとっては、対処が出来ない能力だ。
「ふっ・・・・!」
アイティレは銃撃を交えながらの格闘を響斬に浴びせた。響斬はそれらを何とか捌こうとするが、体が凍り始めているため全てに反応する事が出来ず、2発の蹴りと3発の銃撃をその身に受けてしまった。
「ぐっ・・・・!?」
「私とお前では相性が悪すぎる。勝つのは諦めるのだな」
更に黒い血を流し痛みに顔を顰める響斬。これでまた響斬は弱体化した。そんな響斬にアイティレは純然たる事実を示すかの如く、そんな言葉を述べた。
「アイティレちゃん! そろそろチェンジお願い!」
「もう少し待て。奴の動きが更に鈍ってからだ」
我慢が出来ないという感じの声を上げる刀時に、アイティレはそう言葉を返した。響斬の体は既に4割ほど凍り、刀もほとんど凍っている。当然体の動きも鈍くなっている。刀時に交代しても大丈夫だろうが、アイティレは慎重に考えた。
(こ、これは本当にマズイ・・・・・・・・! どうにかしてこの状況から抜け出さないと・・・・!)
徐々に動かなくなる体に傷の痛み。それらが引き起こす思考の鈍化。響斬は死の淵にどんどんと近づいて行っている事を自覚していた。
(だけどどうする? 体はどんどん動かなくなるし、刀ももう完全に凍ってる。刀を振るう事しか能がない僕がここから出来る事なんて・・・・・)
諦めの思考が響斬を侵食する。ダメだ。自分はここで終わりだ。冷たい。眠い。やはり、急に修行し出したくらいで実力者である彼・彼女たちに勝てるはずが――
『――諦めるのか?』
そんな時、響斬の中に懐かしい記憶が蘇った。自身の内に響いたのはとある男の声。響斬と同じ武士だった男の声だ。走馬灯か。人間時代、何度かそれを見た事がある響斬はぼんやりとそう思った。
(ああ、確かあれは平氏との大戦だったな。ぼかぁ敵に斬られて死にかけた。それで止めを刺される瞬間に、あいつに助けられたんだ・・・・)
従兄弟である彼に助けられて1番に言われた言葉がそれだった。武士にとって戦場で死ぬ事は誉れ。だが、彼は響斬にこう言った。
『諦めて死んで、それでどうなる? お前を大事に思っている残された人たちはどうなる? 甘えるなよ
「・・・・ったく、厳しいな・・・・お前は・・・・」
響斬は半ば無意識にそう呟いた。そうだ。響斬にそう言った彼は最後まで諦めずに生き抜いた。
(そうだよな。諦めちゃダメだよな。ぼかぁ何のために闇人になって、何のためにまた奮起したんだ。僕を助けてくれたあの人を、今度は僕が助けたいと思ったからだろ。だったら諦めるなんて出来ないはずだ。レイゼロール様の敵は、僕が排除しなくちゃならないはずだ!)
考えろ。考えろ。どうすればこの状況から抜け出せるか。諦めるな。自身の全てを使え。まだ自分は全てを出し切ってはいないはずだ。
(僕の闇の性質は『拡大』。だけど、ぼかぁこの性質を剣にしか使えない。僕らしいっちゃ僕らしいけど、欠陥品みたいな力だ。でも、だけれども)
それが自分の限界というのならば、それを越えればいいだけのはずだ。いったい誰が決めたのだ。自分の限界を。
(体が凍って動かせないなんて誰が決めた? 刀が凍って斬れないなんて誰が決めた? 拡大しろよ、そんな概念は。拡大しろよ、自分の限界を。ここで拡大しろ、僕の全てをッ!)
「これで終わりだッ・・・・!」
アイティレが弱り切った響斬に対して決定的な一撃を放とうとする。至近距離から心臓部と頭部に向けた銃撃だ。だが、それよりも速く、既に動けないはずの響斬は、
「・・・・・・・・」
その右腕と刀を閃かせた。次の瞬間、アイティレの胴体は左の逆袈裟から斬り裂かれた。
「なっ・・・・!?」
「ア、アイティレちゃん!?」
突然、体を斬り裂かれたアイティレは意味がわからないといった感じの顔を浮かべた。動けるはずがない。斬れるはずがないのに。離れていた刀時も、突然アイティレが斬られた事に驚愕した。
「ははっ、やれば出来るもんだなぁ・・・・・・・・」
アイティレを斬った響斬は今にも倒れそうな顔でそう呟くと、再び真一文字に刀を振るった。アイティレの腹部から再び真っ赤な血が大量に流れ出た。
「がっ・・・・」
「てめえ!」
多大なダメージで後方によろけるアイティレ。そんなアイティレを見た刀時は、響斬に向かって駆け出した。アイティレを斬り衰弱と疲労からか、顔を俯かせている響斬は、
「・・・・悪い。君との戦いは楽しかったけど、そろそろ終わりだ」
そう言って乱雑に刀を何度か振るった。
「ぐっ・・・・・・!?」
刀時と響斬との距離はまだ離れていたが、刀時の体はいくつもの斬撃に斬り裂かれた。響斬の飛ぶ斬撃だ。
「こ、こんな傷で止まる俺じゃねえぞ!」
だが、刀時は止まらずに響斬に自分の刀が届く範囲にまで近づくと、その刀を振るった。既にアイティレはよろけ、刀時の半径1メートル以内にはいない。ゆえに、刀時は凍らなかった。
「そうだよな・・・・・・止まらないよな。じゃあ・・・・」
響斬はその両目を完全に見開くと、凍り切った自身の体を動かし、凍り切った刀で受け止めた。
「僕を倒してみせろよ! 剱原刀時! 互いの譲れないもののために、刀を振るい合おうぜッ!」
響斬は力を振り絞り、刀ごと刀時を払うとこう言葉を続けた。
「やあやあ我こそは
「っ・・・・・・・」
大声で叫ぶように自身の真の名で名乗りをあげた響斬。簡略化しあくまで現代風にアレンジした名乗りだが、その名乗りを聞いた刀時は無意識に体が震えたのを感じた。
「・・・・応ともさッ!」
「いざやよしッ!」
2人は自然と修羅の笑みを浮かべると、既に限界の体で刀を振るった。次の瞬間に響くは打ち合う音。刀と凍った刀がぶつかり合う音。剣撃と剣撃がぶつかる音。
「おらぁぁぁぁッ!」
「シィッッッッッ!」
刀時と響斬は互いの猛りを声に乗せながら、剣を振るい合う。
「その歳でよくぞそこまで! 素晴らしい剣筋だ! だが、まだあと少し僕には届かない!」
「ぐぅ!?」
響斬に左腕を斬られた刀時が苦悶の声を上げる。そして畳み掛けように響斬は刀による突きを放とうとした。
「ッ・・・・・やらせるかッ!」
だが、そのタイミングで後方に下がっていたアイティレが左手で銃撃を放った。銃の振動で体が震え傷が痛んだが、そんな事は今はどうでもよかった。
「っ!」
その銃撃に気がついた響斬は突きをキャンセルして、銃弾を刀で弾いた。
「隙ありィ!」
「がっ・・・・・!?」
刀時がチャンスとばかりに平突きを響斬の腹部に放った。刀は響斬の体を貫通し、大量の黒い血が辺りに飛び散った。
「アイティレちゃん! まだ行けるか!?」
「当たり前・・・・・だ。私は、私が信じる正義のために戦う・・・・・! いかなる理由があろうとも・・・・世界滅亡の危機は見過ごせん・・・・そのためもッ!」
アイティレは更に後方に下がると、両手の銃を響斬に向かって構えた。
「どけ『侍』! 私の最大の技を、今からそいつに喰らわせてやるッ!」
「っ、分かったぜ!」
アイティレの言葉を聞いた刀時は、響斬から刀を引き抜き右足で響斬を蹴り飛ばすとその場から離脱した。
「ぐっ・・・・・!?」
刀時に蹴られた響斬は地面に倒れた。だが、死ぬ気で力を振り絞り何とか立ち上がる。しかし、その時には既に遅かった。
「我が正義、我が銃撃、我が氷、我が光よ。
アイティレの2つの銃口に水色と白色の光が集まり始める。そして、アイティレは自身の最大浄化技の名を叫んだ。
「
アイティレの2つの銃から、全てを永久に凍らせる光の奔流が放たれる。今の響斬のダメージでは、この光の奔流の範囲外に逃れる術はない。響斬の体は既に限界を超えている。
「いいぜ・・・・・限界なんて・・・・やつは・・・・超えてなんぼだ・・・・・!」
響斬は自身の限界を更に拡大し、無理やり体を動かすと、刀を鞘に入れた。普通ならば凍り面積が増大した刀が鞘に入るはずがないのだが、響斬はそんな事で鞘に刀が収まらないと誰が決めたと、その解釈を拡大した。
「斬れぬもの無し。我流、居合術。『無斬』」
極限の集中。倒れそうになるほどの前傾姿勢。そこから繰り出される全てを斬り裂く居合。そして、その斬撃がアイティレの光の奔流に触れ――
「・・・・我が剣に迷いも偽りもなし」
その光の奔流を一刀両断した。レイゼロールのために敵を排除するという殺意に似た負の意志。極限まで集中し振り抜かれた剣撃。そんな響斬の刀に斬り裂けぬものなど、今は何もなかった。その気になれば、仏でも神でも斬り殺してみせよう。
「なっ・・・・・・・・!?」
「嘘だろオイ・・・・・・・・」
その光景を見たアイティレと刀時が呆然とした顔を浮かべた。
「ああ・・・・今ならアレも出来そうだ・・・・僕の剣術の到達点・・・・その秘奥・・・・」
幾度も限界を超えているからか、ぼんやりとした顔で響斬はそう呟くと、その技の名を呟いた。
「響けば斬る・・・・我流、奥義。――『
次の瞬間、チンと鈴の音のような音が響いた。
「え・・・・?」
そして、いつの間にか響斬の姿が消えアイティレは右袈裟にザックリと斬られていた。アイティレは訳も分からないまま決定的な一撃を受け、地面に倒れた。結果、気を失ったアイティレはその変身が解かれた。
「は・・・・・・・・? な、何が・・・・!?」
刀時は何が起きたのかも分からずに姿が消えた響斬を探した。響斬はすぐに見つかった。アイティレから少し離れた所に、鞘に刀を戻し残心している。それを見た刀時はなぜだろうか。訳も分からずに震えた。
「てめえは・・・・てめえはいったい・・・・・・」
「ただの・・・・剣士さ。闇に堕ちて人間を辞めた、ただの剣士・・・・」
刀時の呟きに響斬は半ば無意識にそう答えると、フッと再びその姿を消した。
「『響斬』、二の太刀」
「あ・・・・・・・・」
チンと、また鈴の音のような音が響く。それは実は刀の鍔と鞘が触れ合う音だったが、刀時はそれに気づく事なく、響斬にただ斬られただけだった。響斬に左袈裟に斬られた刀時は、アイティレと同じように決定的な一撃を受け、地面に倒れた。気を失い、刀時の守護者としての変身が解かれた。
「はは・・・・本当に何年ぶりだろ・・・・・・奥義を打てたのは・・・・」
我流、奥義『響斬』。今の響斬の名前はこの奥義から取っている。響斬が闇人になって習得したこの奥義は、響斬の剣の極地だった。縮地から放つ認識不可能の斬撃。響斬の集中力、闇の力の状態、その他全てのコンディションが完璧な状態の時にだけ打てる技。
「でも・・・・本当に・・・・今度こそ、限界だ・・・・」
響斬は最後にそう言葉を漏らすと前から地面に倒れた。もうピクリとも体を動かせない。
「だけど・・・・・・今の僕にしちゃ・・・・上出来だよ・・・・な・・・・・・」
そして、響斬はその目を閉じ意識を暗闇に明け渡した。
――『提督』アイティレ・フィルガラルガと『侍』剱原刀時VS『剣鬼』響斬戦。勝者、『剣鬼』響斬。
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