第258話 決着する局所戦(3)

「むん」

 一方、こちらはエルミナとイヴァン対冥の局所戦。陽華や明夜、光司や壮司がフェリートを突破しレイゼロールの元に辿り着いた時とほとんど同時刻。光臨したエルミナは冥に向かってその右の鉄拳を振るった。冥の右の拳が自身の左頬を穿とうとしている事を無視して。そして、冥もエルミナの拳を避けようとはしなかった。

 その結果、両者の拳は互いの頬にめり込んだ。

「ぶっ!?」

「ぐっ」 

 光臨したエルミナの強化された拳をモロに受けた冥は、踏み止まろうとしたがあまりの拳の威力からそれが出来ず再び殴り飛ばされた。一方のエルミナは単によろけただけだった。

「ああ、くそ・・・・・本当に響きやがるな・・・・!」

 エルミナに再び殴り飛ばされた冥は、少し震えている足で無理矢理に立ち上がった。視界が揺れている。明らかに『光臨』前のパンチよりも重い。そして、パンチに込められている浄化の力も上がっている。強い。率直に冥はそう思った。

「だが、いい痛みだぜ!」

 冥が笑みを浮かべる。楽しそうに。そして、冥に闇が纏われた。それは逆境の闇。自身が逆境になった際、もしくは逆境になればなるほど強くなる力だ。この状態を冥はそのまま『逆境状態』と呼んでいる。『逆境状態』に入った冥は、先ほどよりも強化された身体能力で地を蹴り、エルミナに右足の蹴りを放った。エルミナはその蹴りを左腕で受け止めた。

「っ・・・・・・」

 蹴りを受け止めたエルミナの顔が少し歪んだ。光臨したエルミナは肉体の耐久力、いわゆる打たれ強さも更に向上しているのだが、冥の蹴りはエルミナに鋭い痛みと衝撃を与えた。

「オラオラッ!」

 冥はそのまま全身を使った連撃に入った。両の拳の打撃、肘打ち、蹴り。その一撃一撃が、普通の人間を殺す一撃だ。エルミナはそれらの連撃を受け止め、或いはモロに受けた。

「これは効くな・・・・だけど、やられっぱなしは性に合わないんだ」

「ッ!? そうかい・・・・! 俺もだよォ!」

 エルミナは冥の連撃の隙を見計らい、左の蹴りを冥の右脇腹に放った。『硬化』し『逆境状態』になっている冥にも、その蹴りは重く響く。だが、冥は全ての力を使って今度は踏ん張る事に成功すると、エルミナの顔面に右のストレートを放った。冥の拳はエルミナの顔面中央、鼻を直撃し、グシャリという嫌な音が響いた。瞬間、冥の拳に大量の赤い血が付着した。

「『鉄血』!? クソッ!」

 その光景を見ていたイヴァンは焦ったような声を漏らすと、冥に突撃を掛けようとした。先ほど自分の攻撃は冥に通じない事は分かっていたし、エルミナから手を出さないでほしいと言われたにもかかわらずに。だが、そんなイヴァンを制止する声が響いた。

「――言ったはず、だよ『凍士』。手出しはしないでほしいって」

「ッ!?」

「はっ、だよなあ。こんなもんで終わりなわけねえよな!?」

 それはエルミナの声だった。その言葉を聞いたイヴァンは反射的に立ち止まり、冥は嬉々とした声でそう言った。

「いい一撃をどうもありがとう。鼻が潰れたのは初めてだけど、痛いし血が止まらないものなんだね」

 冥の右腕を自身の左手で握りながら、エルミナは淡く微笑みながらそう言った。潰れた鼻からは壊れた蛇口のように血が噴き出しているが、構う様子はない。

「あ・・・・?」

 冥はどういう事だという感じの声を漏らした。エルミナが鼻を潰されたのに笑っているとか、そういう理由からではない。冥が疑問を抱いたのは、ある現象だ。

 エルミナの流した多量の血が、空気に溶けるようにどこかへと消えて行くのだ。そして血が消えて行くたびに、エルミナに纏われている鋼色のオーラの色が変わっていく。鋼と赤色が混じり合ったような、赤茶色、もしくは錆色へと。

「ああ、これかい? 言わないのは殴り合いの場では公平じゃないから言っておこうか。実は光臨した私は1つだけ能力があるんだ。血を流すたびに、私自身の肉体の強さが上昇する。血が力になる。ゆえに私は・・・・」

 エルミナは右の拳を握ると、お返しとばかりにそれを冥の顔面に放った。

「『鉄血』と呼ばれているのさ」

 多量の血を流した事で、エルミナの身体能力は更に、劇的に向上していた。そこから繰り出される拳の拳速は、音の如く速かった。その拳は冥の顔面中央に炸裂した。

「ぶへッ!?」

 グシャリと先ほどエルミナの鼻から聞こえた音が冥の鼻から聞こえた。途端、エルミナと同じように大量の黒い血が噴き出す。意識が飛びそうな一撃だ。

「もう1発」

「ッ〜!?」

 続けて、エルミナは冥の右腕を握っていた左手を放し、それを拳にすると冥の顎に目掛けて昇拳を放った。冥は声にならない声を上げ、上空へと打ち飛ばされた。そして、冥はエルミナから少し離れた地面に落下した。

「あ、一応そろそろ治しとかないと。ええっと、確かこんな感じで・・・・」

 エルミナは右手で潰れた鼻を矯正した。さすがの激痛にエルミナも「痛いなこれ・・・・」と呻く。だが、流れ出る血の量は間違いなく少し減り始めた。

「・・・・とんでもねえ女」

 一連の様子を見ていたイヴァンが引いたように言葉を漏らした。そして畏怖の念を抱いた。これが「異端の光導姫」、光導姫ランキング5位『鉄血』か。

「くあ・・・・あ、はははっ、脳に来るなぁ・・・・うはは、やべえ・・・・」

 エルミナに殴られ天を仰ぐ冥は、ふらふらと立ち上がり左手の袖で邪魔な血を拭った。だが、血は全く止まらない。仕方ないので、冥もエルミナと同じように潰れた鼻を無理やり矯正した。打撃による鈍い痛みではなく、鋭い醒めるような痛みだ。その痛みで、冥は意識がはっきりした。

「あー、スッキリだ。よーし、行ける・・・・!」

 黒い血を流しながら、冥は笑みを浮かべ拳を構えた。そんな冥を見たエルミナは少し驚いたような顔を浮かべた。

「私も大概だけど・・・・・・・・君、凄いね。いい一撃を2発も入れたのに、まだ立って戦えるんだ」

「はっ、舐めんなよ。確かにてめえの拳は効いたぜ。今もまだ衝撃と痛みが残ってるくらいだ。だが、これくらいで倒れるほどヤワじゃないんだよ俺は」

 エルミナの言葉に、冥はそう言葉を返した。人間時代の武術の修行の日々。あの日々で、冥は師に限界までその心身を鍛えられた。そして、闇人になってからも修行は欠かしていない。冥の打たれ強さは『硬化』の力も関係しているが、本質はそれだった。

「さあ殴り合いの続きだ! どっちかがぶっ倒れるまで戦い続けようぜ!」

 エルミナの攻撃を受け、更に『逆境状態』が強化された冥は地面を蹴り砕き、エルミナに右の掌底を放った。エルミナはその掌底を回避する。だが、そのタイミングで冥はエルミナの足に自分の足を引っ掛けていた。

「あっ・・・・・」

「本当に体術は素人だなお前!」

 冥は体勢を崩したエルミナの襟を左手で掴み、左足でエルミナの腹部を蹴り抜いた。これにはさすがのエルミナも「がっ・・・・」と声を漏らした。

「まだまだァ!」

 そのまま左足を蹴り上げ、エルミナの体を浮かせた冥は連撃の嵐を浴びせた。その連撃は先ほどの連撃よりも鋭く重かった。エルミナが血を流せば流すほど強くなるように、冥もまた逆境になればなるほど強くなる。

「ふ、ふふ・・・・こっちもまだまだだよ・・・・!」

 冥に殴り蹴られているエルミナは、しかし笑みを浮かべ自身も徐々に反撃を開始した。顔面を殴られ口から血を流したエルミナは、自分の能力によって肉体の能力が更に上昇した。オーラも濃い赤茶もしくは錆色に変化してきている。それはエルミナが更に強くなった事を示していた。

「はははははは!」

「ふっ・・・・あはははは!」

 黒い逆境の闇纏う修羅と赤茶の光纏う修羅は、互いに笑い声を上げる。互いを殴り合いながら。まるで気でも狂っているのかと思うようなその光景。事実、それを見ていたイヴァンは絶句していた。

「ああ、ああ、お前本当に最高だな! ここまで楽しい戦いは初めてかもしれねえ! 純粋にどこまでもッ! 楽しいなァァッ!」

「君こそね! まともに殴り合いに付き合ってくれる。貴重だよ、君のような相手は! 戦いとはやはりこうでなくっちゃ!」

 気分が昂っている冥とエルミナは互いにそんな言葉を交わし合う。骨まで響く打撃を感じながら。当然、両者ともに痛みはある。だが、それ以上に2人は昂っていた。この戦いを心の底から味わい楽しんでいた。

「だがなあ! 勝つのはやっぱり俺だ!」

「違うな! 勝つのは私だ!」

 しかしそこだけは、勝利だけは譲れない。この勝負だけは絶対に負けたくない。冥とエルミナは互いにその気持ちも抱く。そのためには、

「もっと打ち合って自分てめえを追い込む!」

「もっと打ち合って血を流す!」

 冥とエルミナは右の拳を同時に放つ。その2つの拳は互いに激突し合い、衝撃が空間を揺らす。その衝撃の震動が両者の拳の重さを物語る。必殺の域にまで昇華されたその拳で、冥とエルミナは互いに殴り合っているのだ。

「らあッ!」

「ぐっ・・・・!?」

 冥の放った左拳がエルミナの腹部を穿つ。鋭く重い痛みにエルミナの顔が歪む。

「なんのッ!」

「がっ・・・・!?」

 今度はエルミナが冥の左こめかみを右拳で殴打した。脳に直接響いているのかと錯覚するような衝撃が冥を襲う。その結果、冥はよろけた。

「もう一撃ッ!」

「っ〜!?」

 よろけた冥の頭頂部に、エルミナは左の拳骨を落とした。鉄拳が与えるその衝撃はまさしく稲妻の如し。冥は顔面から地面に倒れようとした。

「倒れるかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

「なっ・・・・・・・」

 だが、冥は気力を振り絞り踏ん張った。地面を蹴り砕くほどに踏ん張って。そして、奇しくもそれは震脚となり、冥にエネルギーを与える。冥はそのエネルギーを自身の左拳に送り、伏臥に近い超低姿勢からの昇拳を放った。まさか冥が反撃してくるとは思わなかったエルミナは、その攻撃に反応する事が出来ず、顎にその昇拳を受けてしまった。

「っ、ぁ・・・・・・・・」

 今まで受けた事がない尋常ならざる衝撃が脳を駆け上がる。エルミナは空中に浮かび、一瞬意識を混濁させていた。その隙を冥は最大のチャンスと捉えた。

「これで決めるッ!」

 冥は大きく右腕を引き、その右手に闇を集中させた。これが今の冥が放てる最大最強の一撃。冥は自身の『闘争』の闇を最大まで燃え上がらせ高めた。

「全力だッ! 黒拳ヘェイチュァン!」

 冥の黒い拳が浮かび上がったエルミナの腹部を穿たんとする。これが決まれば、流石のエルミナといえども再起不能だ。勝った。冥がそう考えた瞬間、

「やらせるかよ・・・・・!」

「っ!?」

 冥の拳とエルミナの間にイヴァンが滑り込んできた。エルミナとの戦いに気を取られ過ぎて、冥はイヴァンの動きを全く気にしていなかった。

「約束通りからな! ああ、ちくしょう! 絶対に勝てよ『鉄血』!」

「と、『凍士』・・・・・?」

 イヴァンの叫びを聞いたエルミナは混濁した意識をハッキリとさせた。だが、その時にはもう遅かった。冥の最大威力の拳がイヴァンの腹部を穿った。

「がっ・・・・・!?」

 今まで感じた事のない痛みと衝撃がイヴァンを襲う。イヴァンは自分の体内から何かが潰れたような音と砕かれたような音を聞いた。内蔵が破裂し骨が砕けた音だ。意識のほとんどが一瞬で暗闇へと連れて行かれる。凄まじい風に煽られるかの如く、体が吹き飛ばされそうになる。しかし、イヴァンは最後の力を振り絞って大樹のように踏ん張った。

(た、倒れるわけにはいかない・・・・・俺が吹き飛ばされれば、後ろの『鉄血』も一緒に飛ばされる・・・・・ははっ、俺死んだかな・・・・誰かを庇って死ぬなんて、柄じゃないはずなんだけど・・・・・)

 引き絞られた意識の中、イヴァンはそんな事を思った。元々、イヴァンは戦いの才覚こそあったが戦いが好きではなかった。だが、元守護者の父親の影響で、イヴァンは半ば無理やり守護者にさせられてしまった。だから、イヴァンは守護者という仕事が好きではない。むしろ嫌いだった。

(父さんは融通が効かないし、俺とは違って熱血漢。正直言って、面倒くさがり屋の俺は父さんが苦手だ。でも・・・・・嫌いじゃない。俺を無理やり守護者にしたのだって、俺に才能があると信じてくれたからだ。そして、戦うという事がどういう事なのか教えたかったからだ・・・・・)

 人生とは戦いの連続。戦いとは、何かを守ろうとする行為だ。その意味を、イヴァンの父親は知ってほしかったのだろう。今ならばそう思える。イヴァンの父親は、確かにイヴァンを愛してくれている。

 だから、イヴァンはエルミナを命を懸けて庇ったのだろうか。多分それもある。だがきっと、エルミナと冥の戦いを見て、柄にもなく熱くなった。それもあった。互いの肉体のみを使って、限界の限界まで殴り合うその姿に感化されたのだ。

「は・・・・・本当、めんどくさいな・・・・・心ってやつ・・・・・は・・・・・」

 イヴァンは最後にそう呟くと気を失い後方に倒れ始めた。気を失った事でイヴァンの守護者としての変身が解かれる。イヴァンが地面に倒れんとするところを、後方にいたエルミナがそっと支えた。

「・・・・・ありがとう『凍士』。格好良かったよ」

 イヴァンを抱えたまま、一瞬で後方に跳んだエルミナはイヴァンをそっと横たわらせると感謝の言葉を述べた。イヴァンが庇ってくれなかったら、エルミナは負けていただろう。

「君の想いを、私の拳に乗せるから・・・・・!」

 エルミナは立ち上がり右手を握った。そして、その拳を天へと掲げる。すると、エルミナの拳が光を放ち始めた。錆色の強い輝きだ。更に、エルミナの全身に纏われていたオーラが右手に全て集中した。エルミナの右拳は更に強い輝きを放った。

鉄血の拳アイゼン・ウント・ブルート――これが私の最大浄化技。最大威力の一撃だ。これで決めるよ」

 エルミナは冥を見てそう宣言した。最大威力の黒拳を放ち、その反動で疲れ切っていた冥はニヤリと力なく笑った。

「はっ、来いよ・・・・! お前を庇ったそいつに免じて、避けはしねえ。まあ、迎撃はするがな・・・・!」

 既に自身もボロボロである冥は、しかしエルミナにそう宣言してみせた。冥のその言葉を聞いたエルミナは、拳を下ろしコクリと頷いた。

「その心に敬服を。ありがとう。これで君のような武人に純粋な想いを乗せた拳を届けられる」

 エルミナは小さく笑うと、自慢の拳を携え冥に接近した。

(もう最大威力の黒拳は打てねえ。あれ以外じゃあの拳は迎撃出来ねえな。喰らえば負けは確実。はっ、上等だ。それでも最後まで足掻いてやる。勝つのは俺だ!)

 冥も再び右手の拳を握り締めた。逆境の闇がこれまでにない猛りをみせる。やってみせる。

「はあああああああああッ!」

「おらああああああああッ!」

 エルミナがその鉄血の拳を振るう。冥も自身の右拳を振るう。そしてその瞬間、

(ああ、これはダメだ。負けたな俺は)

 冥は自身の敗北を悟った。気持ちが負けたとかそんな理由からではない。ただ、武術の達人である冥にはハッキリと、事実としてその事が分かってしまった。

(負けるのか、俺は。誰よりも強くなりたいと願って、自分の弱さに絶望して、それで闇人になったのに。それでも俺は・・・・やっぱり負けちまうのか)

 引き絞られた意識の中で、過去の記憶を思い出しながら冥はそんな事を思った。弱く虐げられてきた人間だった子供時代。そこから師に出会い修行した日々。その中で出来た大切な人。そして、そんな人を守れなかった自分。思えば、自分は負け続けて来た。自分に、力に。

(はっ、どこまでいっても俺は敗者なんだな。情けねえ。ごめんな・・・・あの時に誓ったはずなのに。俺はやっぱり、何も守れないだけの男だったんだ・・・・)

 冥が大切にしていた女性の事を思い出し心の内で独白していた時、冥はどこからかこんな声を聞いた。

『――ううん、それは違うよ』

(え・・・・・・・・・・・・?)

『あなたは本当は誰よりも強い人。私を守れなかったという事をずっと許していないだけ。だから、ずっと肩に力が入ってるの。あなたはもう既に師匠と同じ域に辿り着いている。「達人ゆえの精神を身につけろ」。師匠はあなたの事を、達人と認めていたのよ』

 冥の中に響く声は懐かしい女性の声だった。女性の声はなおも冥の中に響く。

『そろそろ、あなたを許してあげて。少しだけ肩の力を抜いて。そうすれば、あなたはきっと大丈夫。だからお願い冥静ミィンジン。私が大好きだったあなた』

「ッ!」

 その声に人間時代の自身の名前を呼ばれた冥は、自身の中で何かが変わったのを感じた。ふっと、肩の力が抜けた。

 そしてその瞬間、不思議な事に風が冥を揺らした。その風にそれほどまでの力はなかったはずなのに、三つ編みに纏められていた冥の髪を解いた。まるで、何かから解放されたように。

「ああ・・・・・・分かったぜ紅蘭ホォラン。お前がそう言うんだったら・・・・・・!」

 引き絞られた意識の中から戻って来た冥は、右手の拳を開けた。そして脱力し、その手でエルミナの拳を受け止めた。なぜ遥か昔に死したはずの紅蘭の声が聞こえたのかは分からない。おそらくは、冥の心が生み出した幻聴。そんなところだろう。だが、そんな事はどうでもいい。自分の為すべき事は決まっている。

「っ!?」

 まさか冥が掌で受け止めると思っていなかったエルミナは少し驚いたような顔を浮かべた。だが問題はない。自分の拳は全てを打ち砕く。エルミナはそう確信していた。

「流れに身を任せ力を受け流す。そして、その受け流した力を地面に逃し、己の力へと変える」

 だが、冥はエルミナの拳の莫大な力を自身の全身を使って受け流し地面へと逃した。その結果、冥にダメージはほとんどない。そして、冥は震脚しエルミナの力を逃すと同時に自身の力へと変えた。

「え、嘘・・・・・・・・・・」

「そして、その力を以って相手を倒す。――悪いな、俺の勝ちだ。強かったぜお前は。謝謝」

 自分の拳が全く効いていない事に愕然としたエルミナに、冥は穏やかな気持ちでそう言った。そして左の掌でそっとエルミナの腹部に触れた。

黒勁ヘェイヂィン

 冥の左手に闇が纏われ、冥は最後の一撃を放った。

「がっ・・・・・・」

 その一撃を受けたエルミナは倒れた。そして気を失い、エルミナの変身が解かれた。

「はあ、はあ、はあ・・・・・・ダメだ。俺ももう一歩も動けねえ・・・・・・」

 冥はそう呟くとドサリと地面に大の字になって倒れた。

「はっ、だが・・・・・・俺は勝ったぜ紅蘭・・・・・・」

 そして穏やかな笑みを浮かべ、冥は自分の大切だった人に勝利を報告した。


 ――『鉄血』エルミナ・シュクレッセンと『凍士』イヴァン・ビュルヴァジエンVS『狂拳』冥戦。勝者、『狂拳』冥。

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