第253話 埒外の戦い 1の位を冠する者たち

「光よ、闇を照らして」

 時は少し巻き戻り、菲たちがフェリートたちと睨み合っている時。ファレルナは、自身の背後から溢れ出る浄化の光でゼノを照らした。

「闇よ、光を喰らえ」

 その光をゼノは自身の体から噴き出す、すべてを喰らい破壊する闇で蝕んだ。光は闇に喰われ闇となり、ゼノの力となった。

「っ・・・・・・・やはり、今のあなたには通常形態の私の光は届かないようですね」

「まあね。全部俺の力になるだけかな。というか、この力じゃないと対応出来ない君の光は、やっぱり異質だけど」

 難しい顔を浮かべるファレルナに、ゼノはぼんやりと笑った。

「・・・・・あなたのその力は危険です。存在するだけで命を、全てを壊す」

 ファレルナは彼女にしては珍しい、厳しい声でそう言った。既にゼノの周囲の草は消え、地面が剥き出しになっている。ゼノの闇が命を喰っている証拠だ。

「知ってる。俺もこの力がどういったものなのか全く知らないけど、危険って事だけは分かる。本当なら、俺もあんまり使いたくはないんだけど・・・・・・・・君が相手だとそうも言ってられないんだよ」

「・・・・・ならば、私も使いましょう。通常形態で今のあなたと戦うのは難しいですから」

「なるほど、短期決戦か。いいよ、付き合う」

 ファレルナの言葉からファレルナの次の行動を察したゼノは、ふっと軽く笑った。

「・・・・随分と余裕そうですね」

「まさか。君の真の力を知ってるんだ。余裕なんか感じられない。でも、君がそう見えてるって言うんだったら、それは・・・・・・・」

 そして、ゼノはそこで今までとは少し違う、強気な、どこか自信があるような顔を浮かべた。

「俺が負けないって事を、俺が確信してるからかな」

「そうですか・・・・・私も傲慢ではありますが、同じ気持ちです。私は、絶対にあなたに負けません」

 ファレルナは毅然とした態度でそう言うと、こう言葉を続けた。

「私は光を臨みます。力の全てを解放し、闇を浄化する力を。――光臨」

 ファレルナの全身が光り輝き、世界を光が照らす。ゼノが軽く目を細めると数秒後光は収まる。すると、そこには光臨したファレルナの姿があった。3対6翼に光の輪、神々しい天使のようなその姿が。そして、その身からどこまでも澄んだ白い光が放たれる。全ての闇を浄化し全てを照らす光が。嵐のように。

「ッ、ああ相変わらずの光だ・・・・眩しい、内にまで浸透するような光・・・・・・・・」

 光臨したファレルナの光を見たゼノは、半ば無意識にそう呟いた。闇人であるゼノには、この光は本当に眩し過ぎる。

「やっぱり・・・・不愉快だな!」

 ゼノは自身の両腕に、全てを喰らい破壊する闇を纏わせた。そして、ファレルナに突撃をかける。前回戦った時に分かったが、ファレルナは近接戦がど素人だ。問題は、そのファレルナに近づく事が非常に困難であるという事だが、それさえクリアすれば殺す事は容易。ゼノはそう考えていた。

「光よ」

 ゼノを近づかせまいと、ファレルナは自身の光の出力を上げた。その光がゼノを包もうとする。

「邪魔だ・・・・・・!」

 ゼノもファレルナという敵を殺すための殺意を更に燃やし、闇の出力を上げた。ゼノの闇がファレルナの光とぶつかり合う。光と闇の斥力場が発生する。

「壊れろよ」

 その斥力場に阻まれたゼノは、闇を纏わせた右拳でその斥力場を叩いた。すると、空間に黒いヒビが奔る。ゼノは続けて左拳で、もう1度斥力場を叩いた。すると、空間に更に細かい黒いヒビが入り、やがてパリンと何かが割れるような音が響いた。斥力場が壊れたのだ。ゼノは踏み込んで、ファレルナに再び接近すべく駆け出した。ファレルナとの距離は、現在約50メートル。

「っ、それならば・・・・・・・・!」

 自分に向かって来るゼノを見たファレルナは、自身の右翼、その1番上の翼を赤く光らせた。すると、ファレルナの全身から溢れ出ていた光が炎へと変わり、その炎がゼノへと襲い掛かった。

「! へえ、そんな事も出来るのか」

 炎を喰らわんとゼノの闇が炎を蝕まんとした。だが、浄化の神気宿した炎は闇を逆に呑み込まんとする。当然ゼノ本体にも炎は襲い掛かって来る。ゼノはその炎を壊さんと、自身の両腕を炎へとかざした。

「流石に熱いな・・・・・・・・!」

 全てを喰らい破壊する闇を纏っているというのに、ゼノの両腕は炎に少し灼かれ始めた。ゼノが炎を破壊しようとしている間に、ファレルナは更に攻勢をかける。

「光よ、水へ、雷へと変わって!」

 ファレルナの左翼の1番上の翼が青色の光を発し、右翼真ん中の翼が黄色の光を放つ。すると、炎の一部が浄化の神気宿す水と、浄化の神気宿す雷へと変化し、ゼノを襲った。

「ぐっ・・・・!」

 水と雷がゼノの両腕に纏わりつく。水は猛毒のように浄化の力をゼノに伝播させ、雷は衝撃と共に両腕を打つ。闇が喰らう量を超えてきている。

「光よ、風へ、土へ、氷へと変わって!」

 畳み掛けるようにファレルナがそう呟くと、左翼真ん中の翼が緑色の光を、右翼1番下の翼が茶色の光を、左翼1番下の翼が水色の光を放った。ファレルナの放つ光は、炎、水、雷、風、土、氷へと変化しゼノを襲った。

(本当にどこまでも規格外だな、この光導姫は・・・・・)

 新たに風の鋭い切り傷と、土の礫の痛みと、氷の冷たさを両腕に感じながら、ゼノは内心でそう呟いた。はっきり言って、ゼノ以外の最上位闇人ならば、もう瀕死にまで追い込まれているかもしれない。ファレルナはゼノがそう感じるほどに、特異で特別な存在だった。

「でも・・・・・・特異なのは、異端ゼノなのは俺も同じだ・・・・・!」

 だが、それがどうしたと言わんばかりに、ゼノはその琥珀色の瞳を見開く。異端ゼノン。元々、人間時代にゼノはそう呼ばれていた。その余りの強さから。15というよわいでありながら、屈強な敵国の兵士を悉く殺戮した事から。今の自分の名はそこから取ったものだ。ゼノ本来の名前は、ゼノの記憶の奥底に眠っている。

「異端である俺を見つけて、必要としてくれたレールのために俺は・・・・俺はレールの敵を全て殺す。お前に殺されてなんかたまるか・・・・!」

 敵を排除する意志、殺意、怒り、それらの思いを更に燃やしながら、ゼノはどこか感情的にそう呟いた。レイゼロールはゼノにとって自分に意味を与えてくれた存在だ。そんなレイゼロールが、今自身の悲願を叶えんとしている。ならば、ゼノに出来る事は、それを阻止せんとする敵を排除する事だけ。結局、昔からゼノには何かを壊す事しか出来ないのだから。

「俺の闇、もっともっとだ。俺はどうなってもいい。だから・・・・・・・・もっと寄越せよ。力を、レールの敵を壊す力を・・・・!」

 ゼノの言葉と思いに呼応するかのように、ゼノの体から噴き出す闇の量が上がった。その出力は徐々に激しさを増す。しかし、出力が上がった結果からか、不思議な事にゼノの全身に黒い小さなヒビが入り始めた。それは、まるで『破壊』の力の傷跡のようだった。

「壊れろ・・・・!」

 ゼノがかざした両腕、それを襲う炎、水、雷、風、土、氷にそれぞれ黒いヒビが入っていく。そして、ヒビは広がっていき、6属性の光を破壊した。

「っ・・・・!?」

 ファレルナが驚いたような顔を浮かべる。ゼノは闇の嵐纏うままにファレルナへと接近する。変わらずに6属性の光がゼノを襲い続けるが、荒れ狂うゼノの闇がそれらを全て喰らう。そして、ゼノはファレルナに自身の拳が届く位置にまで接近する事に成功した。

「光よ!」

 ファレルナが6属性に変化させていた光を、元の白く輝く光に戻す。途端、ゼノの全身を出力が上がった闇でも瞬時に喰い切れない程の光が照らす。灼けるような、猛毒のような苦痛を感じながらも、ゼノはその右手を振るった。

「遅い」

「ぶっ・・・・・!?」

 ゼノの闇纏う右拳がファレルナの左頬を穿った。超至近距離のため、ゼノは弱体化の影響を少し受けている。だが、それでも強力な拳である事に変わりはない。ゼノに殴られたファレルナは頬に激しい痛みを覚え、地面に倒れかけた。

「まだだ」

 だが、ファレルナがそのまま地に伏せる事をゼノは許さなかった。ゼノはファレルナの左翼、その真ん中の翼を掴み、ファレルナの胴体部に左足で蹴りを叩き込んだ。

「がふっ・・・・!?」

「やっぱり、打たれ弱いみたいだな」

 ゼノに蹴られ、腹部に激痛を感じるファレルナ。そんなファレルナに、ゼノは無感情にそう言った。そして、ゼノはファレルナに連撃を叩き込む。その連撃の度に、ファレルナは凄まじい痛みを感じ、その身には黒いヒビが奔る。そして、『聖女』と呼ばれた少女はボロボロになった。

「死ね」

 ボロボロのファレルナに、ゼノが止めを刺そうとその心臓めがけて貫手を放つ。これが決まればファレルナの死は決定する。最強の光導姫は、最強の闇人に敗れてしまうのか。そう思われた時、

「わ、私は・・・・・私はまだ・・・・!」

 ファレルナが未だに光を失っていない目をゼノに向けた。愛嬌あるその顔には黒いヒビと打撲の跡があり、とても『聖女』のようには見えはしなかった。だが、その魂の気高さと不屈の意志は、

「闇には屈しないッ!」

 ――間違いなく『聖女』だった。そして、それらの正の思いがファレルナの力となる。ファレルナの赤茶色の瞳が白い輝きを放つと、ファレルナの全身から発せられる光は全てを救う救世の光のように輝いた。

「っ・・・・・・!?」

 その全てを超越するような光に阻まれたゼノは、咄嗟に腕を交叉させその光に耐えようとした。しかしファレルナの光は更にその輝きを増し、遂にはゼノの全てを喰らい破壊する闇を破り、直接ゼノに届いた。

「ぐっ・・・・・!?」

 光がゼノを照らし灼く。ゼノの両腕は光に蝕まれ始め、白く変色し始めた。これはマズいと感じたゼノは、せっかく詰めた距離を捨てる事を覚悟しながらも、後方に飛び距離を取った。

「はあ、はあ、げほっごほっ・・・・!」

 ゼノが飛び退いた事を確認したファレルナは、咳き込み吐血した。体も今にも倒れそうなほどに震えている。無理もない。ゼノの連撃を受けたのだから。全身の骨にヒビが入りあるいは折れ、体の内にまで届いた衝撃は内蔵系にもダメージを与え、打撲の跡と黒いヒビは全身に刻まれている。はっきり言って、ファレルナは既に限界だった。

「・・・・本当に中々壊れないな君は。腹が立つほどに」

 両腕に灼けつくような痛みを感じながら、ゼノは忌々しそうにそう呟いた。ここまでしても、まだ死なない。いい加減に苛立って来る。

「わ、私はまだ死にません。こんな私でも、誰かの力になれるから・・・・こんな私を受け入れてくださった、この世界を守るために・・・・皆さんの安らぎを守るために・・・・・・・・」

 ファレルナの心に浮かぶのは、人々の笑顔。ファレルナはそんな笑顔を、人々を、そんな人々が生きるこの世界を守りたい。傲慢かもしれないが、それがファレルナの偽らざる本心だ。

「私は愚かにも戦います・・・・! そのためにも、あなたを浄化し、私は仲間である皆さんの元に戻ります・・・・! だから、どこまでも・・・・果ての果てまで照らすほどにッ! 輝いて、私の光!」

 ファレルナが白い輝きを放つ目を見開く。翼をはためかせ、ファレルナは宙に浮く。3対6枚の翼を大きく広げ、ファレルナの全身からこれまでで最も強い光が放たれた。浄化の神気宿す極みの光は、触れれば全てを光へと還すもの。光の輪も光冠を展開させ、空からはファレルナを祝福するが如く光が差す。

 それはファレルナが至った1つの新たなるステージだった。『光臨』を超えた力。その力は間違いなく『光臨』を超えていた。だが、光導姫の間に伝説のように伝わる、『光臨』のその先の段階。それではなかった。その領域はあと少し、ほんの少し先にある領域だった。

「まだ強くなるのか・・・・・・・・! 本当にお前は・・・・・・・・!」

 しかし、その力が強力である事は疑いようもない事実。ファレルナの光は再びゼノの闇が喰らう許容を超える。ゼノの身を弱体化の影響と、光が襲った。ゼノの体はところどころ、白く変色し始める。それはゼノが浄化され始めたという事を示していた。

「お前はレールにとって危険な存在だ。お前はここで俺が殺す。俺の全てを使ってでも絶対に・・・・!」

 ゼノの瞳孔が開く。瞳に映すファレルナへの殺意がそこからは溢れ出していた。ゼノの負の感情が最高潮にまで高まる。すると、ゼノに変化が訪れた。ゼノの髪は半ばまで黒く染まっていたが、残りのゼノの黄色に近い金髪の地毛までも黒に染まり始めたのだ。

 それに伴い、ゼノの右の瞳も黒色に変わり始めた。やがて、ゼノの髪は全て完全に黒色へと変わり、両目も琥珀色から黒色に変化した。ゼノの体から噴き出す、全てを喰らい破壊する闇の出力も劇的に跳ね上がる。ゼノもここに来て、更に1歩上のステージへと至った。

 ただ、その力が危険である事を示すように、ゼノの全身に広がっていた黒いヒビは更に広がり始めた。細かく、速く。

「全てを壊せ、俺の闇。この手に宿れ・・・・・・!」

 ゼノがそう呟くと、ゼノの右手に闇が集中し始めた。もはや草原は不毛の大地へと変化している。しかし、それでもゼノの喰らう闇は周囲を壊し、喰らい続ける。自身の命をも。

「全てを守って、私の光。剣となって、この手に現れて・・・・!」

 ファレルナがそう呟くと、ファレルナの右手の先に光が集まり始めた。そして、光は剣に姿を変えファレルナはそれを握った。

「これで・・・・最後だッ!」

「終わりにしますッ!」

 互いの全ての力を込めた一撃を携え、ゼノとファレルナは互いに駆け、あるいは羽ばたいた。そして、

「壊れろッ!」

「浄化しますッ!」

 ゼノはその拳を、ファレルナはその剣を敵へと放った。

 次の瞬間、尋常ならざる凄まじい斥力場が形成され、『破壊』と『聖女』の全てを懸けた一撃がぶつかった。

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