第252話 埒外の戦い 真祖たち
「ああ、本当にあなたと戦うのは久しぶりだわ・・・・・・・・!」
時は少し巻き戻り、菲たちがフェリートたちと睨み合っている時。真祖化したシェルディアは、その真紅の瞳で自分と同じ真祖化しているシエラを見つめ、薙ぐように右手を振るった。その顔は、どこか嬉しそうであった。
「・・・・・嬉しそうだね、シェルディア。私にはなぜあなたが嬉しそうなのか分からないけど」
シェルディアの一撃をシエラは左手で受け止めた。瞬間、凄まじい衝突音が響く。まるでトラックとトラックがぶつかり合ったような、そんな強烈な音が。だが、2人はそんな音は気にしなかった。
「ふふっ、そうかしら! まあ久方ぶりの同レベルの相手だもの。私、面倒な戦いは嫌いだけど、魂を削り合うような戦いは・・・・・嫌いじゃないの!」
シェルディアは手と足をフルに使い神速の連撃を放った。その一撃一撃が必殺の一撃でありながら、全てを置き去りにする神速の一撃だ。圧倒的な、いやそんな言葉すら生温いほどの暴力だ。
「ああ、確かにシェルディアは一時戦いに心奪われてたね。古の竜王2体と戦ったり、幻惑の獣と戦ったり・・・・・・血の気が多いって感じかな?」
そんな暴力に、シエラは言葉を返しながら対応していた。シェルディアの神速にして必殺の連撃を、顔色一つ変えずにガードしいなす。むろん、その際にも凄まじい衝突音は響いている。だが、そんな音の中でも、シェルディアとシエラは互いの言葉を聞き合い会話していた。
「感情的と言ってほしいわね。確かに戦いに心奪われていた時期もあったけど。そう言うあなたは、昔から感情の起伏が乏しいわよね」
「それは自覚してるつもり。でも、私はこれはこれでちゃんと感じてるよ。心がないわけじゃないから」
シェルディアの連撃を受け止めいなしていたシエラは、シェルディアに反撃し始めた。シェルディアはシエラの反撃を防御しいなす。化け物と化け物の格闘戦。それを彩る音色は強烈な衝突音。真祖と真祖が奏でる肉と骨の音。
「だから私は、今こうしてあなたと戦っている」
シエラはシェルディアの左の貫手をわざと喰らった。シェルディアの貫手がシエラの胸部中央を穿つ。貫手は心臓を貫通し、シエラの体を貫通した。だが、シエラは不老不死の吸血鬼。この程度で死にはしない。
「大切な人や物を守りたいという心に従って」
シエラは大量に飛び出た自身の血液を操り凝固させ、血の杭を創った。血の操作。吸血鬼の権能の1つだ。シエラは右手でその杭を持ち、左手でシェルディアの自身の体を貫いている左腕を掴み。そして、シェルディアの頭部に杭を突き刺した。シエラによって固定されていたシェルディアはその一撃を避けられなかった。シェルディアの頭に血の花が咲く。シエラは更にぐりぐりと杭でシェルディアの脳を抉った。
「ふふっ、別にあなたに心がないなんて一言も言っていないのだけれどね」
だが、シエラ同様にシェルディアも不老不死の吸血鬼。たかが脳を抉られた程度で死にはしない。痛み自体はあるにはあるが、こんな痛みは既に慣れきっている。そして、それはシエラも同じだ。だから2人とも、心臓を貫かれても、脳を抉られても、いつもと変わらずに言葉を発する。気でも狂いそうな光景がそこにはあった。
「む、確かに・・・・ちょっと早とちり」
軽く唸ったシエラは自身の影を操作して、剣のように鋭く尖らせた影でシェルディアの首を斬り落とそうとした。自身の影の操作。これも吸血鬼の権能の1つだ。
「そうよ? あなたの早とちり」
だが、シェルディアの首は斬り落とされなかった。シェルディアも自身の影を操作し、その影でシエラの影を防いだからだ。
「恥ずかしい・・・・・・・・」
「ふふっ、いい顔よ」
2人がそんな言葉を交わしている間にも影たちは踊るように互いに攻防を繰り広げる。そして、2つの影は交錯し、
――シェルディアとシエラの首を斬り落とした。
ザシュッという音が響き、2人の首が宙を舞う。空中を舞いながらも、シェルディアとシエラは表情を変えずに見つめ合う。そして、2人の首が落下し始め、
互いの胴体と首を繋ぐように血液が伸び、2人の首は元通りに繋がった。
「うーん、やっぱり・・・・・」
「分かってはいたけど・・・・・」
元通りになったシェルディアはシエラの体を貫いていた左腕を抜いた。シエラもシェルディアの頭を刺していた杭を抜く。瞬間、2人の傷は一瞬にして回復し元通りになった。そして、2人は同じ言葉を呟いた。
「「無駄極まりない戦い」」
ため息を吐きながら出る言葉。シェルディアとシエラは互いに不老不死。戦いの行きつく先は、基本的には敵の死だ。しかし、2人は絶対にそこに辿り着く事はない。シェルディアもシエラもそれは戦う前から分かっていたが、久しぶりに戦って2人はその事を実感した。
「真祖の敵を必ず殺す禁呪も、真祖には効かないしね。昔私とあなたとシスで試したものね。3者が3者互いの禁呪を心臓に穿って」
「封印術も真祖同士だと意味ない。真祖の封印術は強力だけど、真祖なら無理やり破れるし。本当、厄介な存在。私たちは」
血塗れになりながら、シェルディアとシエラは首を横に振った。真祖という個体は強力無比な生物だ。弱点は全くといっていいほどない。
「まあ、この戦いの意味は互いが互いに足止めする事だから、だらだらと戦ってもいいのだけれどね」
「真祖と真祖が戦っても何も起こらないけど、それ以外の敵と戦ったら負けないし蹂躙出来るからね、私たちは。・・・・・・・・どう、シェルディア。こうなったらお茶でもする? 私がラルバに頼まれたのは足止めであって、戦う事じゃないから」
「あら、素敵な提案ね。ふふっ、確かに久しぶりにあなたとお茶をするのもいいかもしれないわね」
シエラの提案にシェルディアは微笑んだ。今の今まで人外の戦いを繰り広げていたというのに、このやり取りである。普通ならば考えられないが、シェルディアもシエラも残念というべきか、その存在は普通とは遠くかけ離れている。2人にとって殺し合いは正直に言えば、どうでもいい事であった。これが真祖。怪物たる2人の人間とはかけ離れた感覚だ。
「でも、遠慮するわ。世界が終わるか終わらないかを肴にお茶をするというのも魅力的だけどね。だって、あまりにも締まらないでしょ? だから、変わらずに意味のない殺し合いを続けましょう。その代わり、ここからは本気で暴れるの。お互いに」
「本気でって・・・・・私たちが本気で暴れたら、向こうで戦ってる子たちも普通に巻き込むよ?」
シェルディアの言葉を聞いたシエラが難しそうな顔を浮かべる。シエラは自分たちの戦いに光導姫や守護者を巻き込まないために、シェルディアを誘導してここに誘き寄せた。だが、本気で戦うとなると間違いなく光導姫や守護者たちを巻き込む。真祖と真祖の本気の戦いは国が滅びる。シェルディアとシエラがいた世界で言われていた事だ。
「分かっているわよ。だから・・・・・こうするの」
シェルディアは軽く微笑むと、こう言葉を放った。
「『世界』顕現、『星舞う真紅の夜』」
シェルディアがそう呟くと、周囲の光景が突如として変わった。空は夜空に変わり、無限数とも思える星が夜空を埋め尽くす。そして、その空の中央に輝くは真紅の満月。地上も森はいずこへと消え去り、無限に続くのではと思えるような荒野が広がっている。シェルディアの本質で創られた異空間、究極の
「シェルディアの『世界』・・・・・・これも久しぶりに見た」
突如として広がった『世界』の光景を見たシエラは、どこか懐かしそうにそう呟く。普通ならば、シェルディアの『世界』を知っているものは、この空間に取り込まれた時点で恐怖する。なぜならば、それは死の宣告に等しいからだ。だが、シエラは恐怖など欠片も抱いていない。そこにはいっその事、真祖としての威厳すら感じられた。
「ここならいくら暴れても大丈夫よ。確か、あなたは『世界』を顕現出来なかったわよね。興味がなかったから『世界』を顕現させる修行を積んでいない。だから、私の『世界』で我慢してちょうだいね? まあ、その分――」
シェルディアはそこでゾクリとした顔を浮かべると、
「私が圧倒的に優位になっちゃうけど。星よ、無限に降り注ぎなさい」
そう言ってパチンと右手を鳴らした。
その瞬間、夜空に輝く星々が神速の速度でシエラに向かって降り始めた。
「うわ・・・・セコ――」
シエラが空を見上げそう呟こうとするが、その言葉の間にシエラの顔面に星が降った。そして次々に星はシエラの体に降って行く。100、1000、1万、10万、100万、1000万、1億と無限に。当然の事ながら、それだけの数の星が降るとシエラの原型は無くなっていた。もはや、シエラの肉片は一片たりともない。しかし、星は未だにシエラがいた場所に降り続けている。そして、遂に星が止む。
「・・・・・・・・はあー、本当に厄介な存在よね私たちは。だって・・・・」
シェルディアがため息を吐く。すると、それと同時に空間の中央に肉片が発生し、それは瞬時に人の形へと変わった。
「ここまでしても死なないんですもの」
「・・・・うん。つくづく化け物だよ、私たちは」
再生したシエラがシェルディアの言葉に頷く。そして、シエラはジトッとした目をシェルディアに向けた。
「というかシェルディアセコい。フィールドを提供するなら、『世界』の能力使わないで。ちょっと理不尽」
「セコくはないわよ。別にいいでしょこれくらい。どうせ、あなた死なないんだし」
「それとこれとは別。気分の問題」
「うるさいわね。面倒だから、この子たちとちょっと遊んでなさいな。出てきなさい、私に敗れ殺された全ての強者たち」
シェルディアが少し苛立ったようにそう呟くと、荒野の至る所から墓石が出現した。墓石には何か文字が刻まれている。それはシェルディアが殺した者たちの名だ。墓石はどんどん出現し、やがて無限に思える荒野を埋め尽くさんばかりの数となった。
「「「「「・・・・!」」」」」
そして地面が隆起し、シェルディアの背後の地から続々と怪物たちが飛び出してくる。竜、岩の巨人、煙のような体の獣、巨大な鳥、角や翼が生えた人間のような者たち、その他、異形、怪物のオンパレード。数は軽く10万は超えているだろう。正確な数は分からない。シェルディアが呼び出した者たち、その1体1体がシェルディアのいた世界の強者。一騎当千の実力を持つ実力者たちだ。
『おお、見ろ白竜の。今度は夜の主が相手のようだぞ。ワハハ、最近は楽しいな!』
『言っている場合か貴様。相手は夜の主だぞ。しかも、真の力を解放している。つまり、死戦だ』
『なんだビビっているのか白竜の? 闘争は竜族の誇り。しかも相手はとびきりの強者だ。死戦は我らにとって喜ぶ事だろうに。前回の黒衣の男、スプリガンとの戦いを忘れたか?』
『忘れるものか。どちらもな。ふん、お前に諭されるとは、私の恥だな』
その中にはかつてシェルディアとの戦いで影人が下したゼルザディルムとロドルレイニの姿もあった。2人はシエラの姿を見ると、そんな言葉を交わした。
「・・・・・・・おお、壮観。でも、悲しさと罪の光景でもあるね。これらの強者たちは全て、あなたに殺され魂を縛られているって事だから」
「罪は全てこの呪われた身に染みているわ。さて、行きなさいあなた達。シエラを攻撃するのよ」
シェルディアは1、2歩ほど軽く下がると自身が蘇らせた者たちにそう指示を与えた。シェルディアの指示に逆らえぬ蘇った強者たちは、一斉にシエラへと襲い掛かった。
「・・・・・流石にこの数を一々相手するのは面倒。仕方ない、ちょっと疲れるけど・・・・」
シエラは右腕を平行に伸ばし、右手の爪を伸ばした。そして、その爪に自身の影を纏わせる。
「我は三なる真祖が一柱・・・・ええと、後の言葉何だっけ? まあ、いいや。以下略して、私の手に宿れ禁呪」
そして、シエラは更に伸びた爪に全ての命を奪う禁呪を纏わせた。黒い文字のようなものが纏わりつく。そして、シエラは無造作に右手の爪を振るった。
「むん」
途端、放たれるは全てを切り裂き、必ず相手を殺す5条の死の爪撃。その爪撃は空を、地を切り裂き、そこにいた全ての者たちを両断した。疑似的な不死を持つ者も、禁呪の効果で死へと誘われる。結果、シェルディアが召喚した全ての強者たちは、シエラの一撃で再び死へと還った。荒野は再び無限に思えるような光景を見せる。それは、悪い冗談のような光景だった。
「・・・・・・・全く、風情も何もないんだから」
シエラの爪撃に切り裂かれたシェルディアは、バラバラになった体を修復すると、つまらなさそうな顔を浮かべた。バランスも何もあったものではない。まあ、当然だ。真祖化した吸血鬼に、勝てる生物などいないのだから。
「仕方ない。私からすれば邪魔だった」
「言い方ね。うーん、次どうしましょ。やっぱり、血みどろの格闘戦くらいしかないかしらね」
自身の『世界』の能力が悉く通用しない事を見たシェルディアは、軽く唸りながらそう呟いた。
「私たちの戦いは最終的にはそうなるけど・・・・・・シェルディアだけ『世界』を顕現させて、何か色々したのはやっぱり不公平だと思う」
「不公平って、だからあなたは『世界』を顕現できないじゃ――」
「だから、次は私の『世界』を見せる番」
突然、シェルディアの言葉に割って入るように、シエラはそう言った。
「・・・・・・・・・・え? あなた、『世界』を顕現出来るの?」
「こっちの世界に来る前、あまりにも暇だったから暇潰しに修行してみた。それで、大体200年くらいで習得できた。まあ、顕現させるのは本当に久しぶりだけど」
驚くシェルディアに、シエラは何でもないようにそう言葉を放った。『世界』を顕現出来るようになるには、最低100年の時が必要だ。シェルディアですら400年の時間が掛かった。それをシエラは200年。シェルディアの半分の時間だ。それは、凄まじい速さの習得速度だった。
「詠唱は・・・・・すぐには思い出せないしいいか。取り敢えず、『世界』顕現――」
そして、シエラは自身の『世界』の名を宣言した。
「『
唐突に『世界』が書き変わった。白い闇が全てを覆う。次の瞬間、シェルディアとシエラは灰色の空に覆われ、全てが白い庭園にいた。庭園には、白い植物や小さな建造物があった。そこは、白と灰色しかないモノクロの世界だった。
「ここが・・・・・・・・」
「うん、私の『世界』。シェルディアも見るのは初めてでしょ。まあ、能力は今から見せるけど・・・・」
驚くシェルディアにシエラは軽く微笑むと、こう言った。
「存分に楽しんでね」
「っ・・・・・・・・ふふふふっ! ええ、そうね。あなたの『世界』ですもの。新たなる未知、まずは存分に楽しませてもらうわ、シエラ。あなたのそういうところ、大好きよ」
シエラの言葉を聞いたシェルディアは楽しげに笑った。やはり、シエラはシェルディアの同族だ。その辺りの心の機微がよくわかっている。
「踊りましょうか、シエラ。私たちの第2幕を」
「いいよ、シェルディア」
真祖と真祖による埒外の戦い。その戦いはまだまだ続きそうだ。
怪物たちは、笑い合う。
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