第250話 鉄血と凍士VS狂拳

「ん、行くよ?」

 時は少し巻き戻り、菲たちがフェリートたちと睨み合っている時。冥との局所戦を開始したエルミナは、軽く首を傾げると冥に向かって左の拳を放った。その拳は陽華のようにガントレットが装着されているようなものではなく、剥き出しの生身の拳だった。

「はっ、ならこっちもだ!」

 エルミナに対抗するように、冥も右手の拳を引く。そして、エルミナの拳に向かって右拳を放った。必然、起こる事象は、

 拳と拳の激突。ガンッと凄まじい音が響き、ビリビリと衝撃が空間を奔る。その衝撃がエルミナと冥の拳の威力がどれほどのものか物語っていた。

「むっ、中々やるね」

「それはこっちのセリフだ。光導姫とはいえ、よく生身の拳で俺の拳と打ち合えるもんだぜ・・・・・!」

 互いに拳を合わせながら、エルミナと冥が言葉を交わす。エルミナは冥に対してこう言葉を続けた。

「私の武器はこの拳だから。この拳以外に私に武器はない。だから、同じ拳で受け止められて私もビックリしてるよ」

「はあ? 光導姫の武器が生身の拳だけだ? おいおい、そんな光導姫聞いた事ねえぞ」

 互いに打ち合っていた拳を引き、一旦後方に飛んだエルミナと冥。エルミナの言葉を聞いた冥は不可解そうな顔を浮かべた。

「確かにソレイユ様も光導姫としての私を見た時は驚いていたよ。私には武器も、そして。簡単に言えばそうだな・・・・・・・・何て言うんだろうか?」

 首を傾げるエルミナ。そんなエルミナに隣にいたイヴァンがガクリと首を落とした。

「君、マジかよ。聞いてはいたけど、思っていた以上の天然さだな・・・・・・・『異端の光導姫』。君はそう呼ばれてるよ。守護者の間でも君は有名だからね」

「おお、それだ。確かに私はそう呼ばれている。まあ変わり者という事だね」

 イヴァンの言葉を聞いたエルミナはうんうんと頷いた。エルミナとイヴァンの会話を聞いていた冥は、意味が分からないといった顔になる。

「武器だけじゃなく、能力もないだと・・・・・・? 何だよそれ。それじゃあ、てめえは守護者と何ら変わりねえじゃねえか。いや武器もない分、守護者以下だ」

「うん、そうだね。私はただ浄化の力と身体能力が高いだけの光導姫に過ぎない。ご指摘の通りだよ」

 冥の言葉を受けたエルミナはどこかぼんやりとしたように笑った。そして、その拳を構える。ちなみにエルミナの格好は、白いフリルのブラウスにダークグリーンのスカート。それはドイツのディアンドルと呼ばれる衣装だった。

「でも、負ける気はないよ。死んでもね」

 次の瞬間、エルミナは地を蹴ると冥に凄まじいスピードで接近しその右手を、自慢の鉄拳をストレートで繰り出した。

「っ!」

 反射的に冥は腕を交差しエルミナの拳を受け止めようとした。冥の体は『硬化』の力で硬質化している。光導姫のパンチくらい問題なく受け止められる。そう考えていた。

「なっ!?」

「そぉーれ!」

 だが、エルミナの拳は凄まじく重く、それでいて硬質化している冥の両腕を砕かんとするほどの威力を有していた。冥はピシッと自分の腕の骨に亀裂が入るような音を聞いた。

(何だよこの膂力パワーと拳の威力は!? さっき打ち合った時とはまるで別物だぞ・・・・・!?)

 冥がエルミナの拳の威力に驚いていると、後方でその光景を見ていたイヴァンがボソリとこう呟いた。

「バカだな・・・・・『鉄血』はその身1つでランキング5位にまで上り詰めた光導姫だ。尋常じゃない程に・・・・・に決まってるだろ」

 「異端の光導姫」。その呼び名に込められているのは畏怖の念。たった身1つで最上位の光導姫になったという、その強さに対する畏怖。エルミナの実力は本物だ。

「まだまだ行くよ」

「ちっ!」

 エルミナは続けて左拳を放った。2撃目以降の拳を連続で受けるのはマズい。そう判断した冥は、ガードを解きエルミナの左拳を避け、左足で蹴りを放った。エルミナはその蹴りを右腕で受け止めた。

「回避してその体勢からの蹴り。しかも重い蹴り。やっぱり武術家なんだ。しかも超一流の」

「はっ、分かったような口利いてんじゃねえよ。素人のくせによ」

「あ、やっぱりそういう人には分かるんだ。うん、あなたが言うように、私は武術も何にも齧っていない素人。でも素人だって気合と根性があれば、達人にだって勝つ事はあるよ。きっと」

「アホが。能力があるならいざ知らず、ガチの肉弾戦で素人が俺に勝つ事なんざ・・・・不可能だぜ!」

 冥は左足を戻すと、右の昇拳を放った。エルミナはその拳を回避しカウンター気味に冥の顔面に右拳を放つ。

「読み易いんだよ」

 冥はギリギリでエルミナの拳を避けると、右足でエルミナに足払いを掛けた。足払いを掛けられたエルミナは「おわっ」と驚いたように声を漏らし、体勢を崩した。

黒拳ヘェイチュァン

 冥はガラ空きになったエルミナの胴体部分に、闇を纏わせた右拳を放った。冥のその拳は、エルミナの体を穿った。

「ッ・・・・・・・!?」

「手応えありだ」

 冥の強化された拳をまともに受けたエルミナが声にならない声を上げる。そのままエルミナの体に拳を押し込んだ冥は拳を振り抜いた。エルミナはそのまま後方へと殴り飛ばされた。

「ふん、これで終いかよ。つまらねえ」

 エルミナを殴り飛ばした冥はそう呟いた。まともに黒拳が入った。死んではいないだろうが、もう戦える状態ではないだろう。

「・・・・・おーい、大丈夫? 随分といい一撃もらってたけど」

 だが不可解な事にと言うべきか、守護者である燻んだ銀髪の男は少し呑気に過ぎるような声で、殴り飛ばされたエルミナにそう語りかけた。

「・・・・・・・・げほっ、げほっ。いてて・・・・・うーん、今のはかなり効いたなぁ・・・・骨は逝ってないと思うけど、いやー吐きそうだ」

 イヴァンにそう聞かれたエルミナは、ゆっくりと体を起こしそう言葉を漏らした。そして、手を膝に掛けながら、エルミナは何事もないように立ち上がった。

「・・・・・・・・・・は?」

 その光景を見た冥は理解出来なかった。エルミナが何でもないように立ち上がった事が。

(どういう事だよ・・・・・? 確かに最大威力の黒拳ではなかった。だが、そんな簡単に立ち上がれるようなダメージでは絶対ないはずだ・・・・!)

 冥がそんな事を思っている間に、エルミナを見たイヴァンは少し呆れたようにこう言葉を漏らした。

「しかし、聞いてはいたけど・・・・・・・尋常じゃない打たれ強さだね。今の攻撃、俺なら間違いなく血反吐吐きまくってのたうち回ってるよ」

「いや、何か勘違いしているみたいだけど、私も痛いよ。すごく痛い。でも、まあ立てるってだけだよ。気合いと根性だ」

「いやだから、それが凄いって言ってるんだけど・・・・・はあー、もういいや・・・・」

 両手の拳をグッと握り笑うエルミナ。そんなエルミナに、イヴァンは軽く頭を抱えた。ダメだ。会話が噛み合わない。

「それより、君はどう? あの闇人の動きを見たいって事だったけど、分かった?」

「まあ大体は。だけど、相手は格闘戦の達人だからな。動きの種類が圧倒的に多い。だから、完全にってわけにはいかないだろうけど」

 エルミナからそう聞かれたイヴァンは、左手で軽く頭を掻きながらそう答えた。イヴァンが今まで戦闘に参加しなかったのは、冥の動きを観察するためだ。これがイヴァンの戦闘スタイルだ。イヴァンは虚空からコンバットナイフを取り出すと、それを右手で持った。そして、こう言葉を続けた。

「とにかく大体は見れたから、こっからは俺も戦闘に参加する。観察させてくれてありがとう。お礼は言っとくよ。でも・・・・・はあー、面倒くさいなやっぱり」

「どういたしまして。だけど、面倒だったら下がっててもらって大丈夫だよ? 私1対1の戦い好きだし、頑張るから」

「冗談・・・・・じゃないんだよな、君の場合」

 エルミナの顔を見たイヴァンは、エルミナが親切心からそう言った事を理解した。全く調子が狂って仕方がない。天然とは恐ろしいものだ。

「・・・・・・・・・・いいよ。流石にここでその提案を受けるほど、俺クズじゃないし。嫌でやってても、今の俺は守護者だ。だから、君と一緒に戦うよ」

「そう? ならお願いするよ」

「・・・・ちっ、よく分からねえが、1発で倒れねえって言うなら、倒れるまで殴るだけだッ!」

 イヴァンとエルミナが言葉を交わしているのを見た冥は、少し苛立ったように2人に向かって距離を詰めた。

「うん、単純だ。私もそうするよ」

「脳筋怖っ・・・・・・!」

 メリーとイヴァンも向かって来る冥を迎撃すべく、冥に向かって駆けた。

「おらッ!」

 冥は左斜めの角度から昇拳を放った。エルミナはその拳を避けず右手で受け止める。その隙に、冥の左半身側面からイヴァンが斬りかかった。

 だが、イヴァンの斬撃はまるで鉄にでも当たったようにガキィンという音を響かせただけだった。

「っ、硬っ・・・・・!」

「そんな温い斬撃で俺の『硬化』した肉体を切れるかよ!」

 冥は左足を回転させ、その勢いでエルミナに受け止められていた左の拳を無理やり自由にした。そして、そのまま左手の裏拳をイヴァンに向かって放った。

「ちっ・・・・・」

 イヴァンはその裏拳を回避した。イヴァンが回避した次の瞬間、エルミナは冥に右のパンチを放つ。冥はそのパンチをギリギリで右手でいなした。

「わっ」

「ふっ!」

 驚いたような声を漏らすエルミナに、冥は一歩踏み込んだ。その際、地面が震える。震脚だ。冥は震脚から得たエネルギーを右手へと伝えた。

黒勁ヘェイヂィン!」

 更に冥はそこに自身の闇を纏わせた。再び放たれる必殺の威力を持つ一撃。冥の黒い掌底は、エルミナの顔面へと放たれた。

「むっ、これはマズい!」

 危機を感じたエルミナはそう呟くと、何を思ったか掌底に向けて頭を振りかぶった。そして、冥の黒いてのひらに頭突きをかました。

 次の瞬間、凄まじい衝撃波が奔りビリビリと大気を揺らした。

「ッ!? てめえ正気かよ!?」

 まさか黒勁に自ら向かって来るとは。しかも頭部で。冥は信じられないといった顔でそう叫んだ。

「正気だよ? ああでも、これはとっても痛いな。頭もぐわんぐわん揺れてる感じだ。次からはやらないようにしよう・・・・・」

 一方、冥の掌底を受け止めたエルミナは少し顔を顰めていた。エルミナの様子を見た冥は混乱していた。

(何だ。いったい何なんだこいつは!? 何で平然とこいつを受け止めてるんだよ! 普通なら頭をぶち抜いてるはずだぞ!? ああくそ、意味が分からねえ・・・・・・・・!)

「よし、なら次こそこっちの番だ」

 冥が戸惑っている間にもエルミナはギュッと右の拳を握る。そして冥の掌底を額で受け止めたまま、エルミナは冥の顔面に右拳を放った。

「ッ! ちっ・・・・・!」

 冥は右腕を引き、左腕でエルミナの拳をガードしようとした。だがその時、

「俺の事忘れてない? 確かに、君にダメージは与えられないから無視しても大丈夫なんだろうけど・・・・・傷つくなあ」

 イヴァンが冥の左腕を自身の左腕を使って止めた。

「なっ!? てめえ!」

 一瞬生じた決定的な隙。その隙に、エルミナの鉄拳がモロに冥の顔面を、左頬を打ち抜いた。

「がっ・・・・・!?」

 体を『硬化』しているにもかかわらず、エルミナの拳は冥の体に重く響いた。エルミナの拳は冥の頬に食い込み、冥は思い切り殴り飛ばされた。

「ふう、やっと1発入った。スッキリだ。ありがとう、守護者さん」

「うわぁ、痛そう・・・・別に礼を言われるような事はしてないよ」

 冥を殴り飛ばし晴れやかな顔を浮かべるエルミナ。エルミナからのお礼の言葉に、イヴァンは軽く顔を背けた。

「・・・・・・・・・・痛え」

 一方、エルミナに殴り飛ばされた冥は地面に大の字で寝て、エルミナの拳の味を噛み締めていた。純粋な拳の味。何だか久しぶりに味わった気がする。冥は5秒ほど地面に横たわっていると、よろりと立ち上がった。その際、口の中に違和感が広がった。冥はその違和感を排除すべく、口の中にあるを吐き出した。吐き出されたのは、冥の奥歯だった。その際、少量の黒い血も共に飛び出る。

「・・・・・・・・ははっ、ははははははははははははははははははははははははっ!」

 吐き出した自分の歯を見た冥は笑い声を上げた。急に笑い出した冥を見たエルミナは不思議そうな顔を、イヴァンは意味が分からないといった顔を浮かべた。

「いいぜ、いいぜお前! その拳の威力、その異常な打たれ強さ! たまらねえ! 殴り合うためだけの強さじゃねえか! 面白え! 面白えぞ!」

 口元の黒い血を袖で拭いながら、冥はその瞳を輝かせた。その目は戦いへの高揚と狂気が込もった目だった。

「女ァ! 名前は!?」

「私かい? 私の名前はエルミナ・シュクレッセン。光導名は『鉄血』だよ」

 冥はエルミナに名を尋ねた。冥にそう聞かれたエルミナは素直に自身の名前を告げた。

「『鉄血』か! お前にピッタリの名前だな! よし、『鉄血』。こっからは純粋な殴り合いと行こうぜ! そっちの方が簡単でいいだろうしな!」

 冥の体に闇が纏われる。それは冥の闇の性質である『闘争』の闇。そして、それが示すのは冥が『逆境状態』に入ったという事。相手が強ければ強いほど、自分がピンチになればなるほど強くなる状態に。

「それでよ、もう1つ提案だ『鉄血』! 殴り合いは全力じゃねえとつまらねえだろ!? だから、出せよあれを、『光臨』をよォ!」

 冥は吠えた。エルミナに向かって魂の底から。

「っ、急に何言ってるんだあいつ。殴られて頭でもおかしくなったのか・・・・・?」

 冥の叫びを聞いていたイヴァンは引いたような顔でそう呟いた。罠だとするなら、駆け引きが下手すぎる。イヴァンは隣のエルミナにこう言葉を紡ごうとした。

「『鉄血』。あんな闇人の言葉には乗らない――」

「いいよ。私もそっちの方が分かりやすくて好きだから」

 だが、エルミナはイヴァンの言葉を最後まで聞かない間にコクリと頷いた。

「・・・・・・・・え? じょ、冗談だよね?」

「? 冗談じゃないよ? 我は光を臨む。力の全てを解放し、闇を浄化する力を」

 キョトンとする顔を浮かべたイヴァンにエルミナはそう言葉を返すと、詠唱を始めた。すると、エルミナに鋼色のオーラが纏われた。

「ああ、そうだった。この人、天然なんだった・・・・・・・・」

「光臨」

 イヴァンが軽く頭を抱える。エルミナはそんなイヴァンを無視して、その言葉を放った。

 途端、光が世界を染め上げた。












「――衣装換装完了だ。この姿になるのは、かなり久しぶりだな」

 光が収まると、そこには光臨したエルミナの姿があった。

「どうだろう、似合っているかな?」

 光臨したエルミナはクルリと回ってその姿を見せた。光臨前のエルミナの衣装は可愛らしいものだったが、光臨後のエルミナの衣装はどちらかと言えば格好いい系であった。ダークグリーンを基調としたどこか軍服風の衣装である。下もスカートではなく長ズボンに変化していた。そして、エルミナはその身に鋼色のオーラを纏っていた。

「はっ、それが光臨したお前の姿かよ。ああ、似合ってるぜ」

「ありがとう。嬉しいよ。私も捨てたものじゃないらしい」

「・・・・・・ダメだ。俺にはついていけない」

 冥の言葉に嬉しそうな顔になるエルミナ。そんなエルミナを見たイヴァンはため息を吐いた。

「よし、なら始めるか。楽しい楽しい・・・・・・真っ正面からの殴り合いをよ!」

「よしきた。なら、ここからは拳で語ろう。肉体言語というやつだ」

 冥の言葉を聞き、パンッと右の拳を左の掌に打ちつけながら、エルミナは笑みを浮かべた。そして、冥とエルミナは互いに片足を引いた。

「すまない守護者くん。しばらくの間、手出しはなしでお願いしたい。光臨状態の私は、連携がとても苦手なんだ」

「ええ、俺がいる意味・・・・・・分かったよ。でも、ヤバくなったら助けるから」

「充分。ありがとうダンケ

 イヴァンとの短い会話を終えたエルミナはお礼の言葉を述べると、

「じゃ、ケンカしてくるよ」

「行くぜ『鉄血』!」

 冥に向かって駆け出した。冥も同時にエルミナに向かって駆け出す。

「ふっ・・・・・・!」

「オラァ!」

 そして、『鉄血』と『狂拳』は互いの自慢の拳を相手へと放った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る