第248話 貴人と傭兵VS強欲

「そのニヤけづら、今に泣きっ面に変えてやりますわ!」

 時は少し巻き戻り、菲たちがフェリートたちと睨み合っている時。ゾルダートとの局所戦を開始したメリーは、左手の銃をゾルダートに向けて発砲した。

「大の大人がそう簡単に泣くかよ!」

 メリーに発砲されたゾルダートは闇人の身体能力で当然のように銃弾を回避すると、ジャケットの内側から投げナイフを2本取り出し、それをメリーの方に向かって投擲した。

「ふっ!」

 だが、そのナイフはハサンの双剣によって弾かれた。

「あら、ありがとうですわ」

「・・・・・・・・礼はいらん。俺が弾かなくても、お前ならどうにでも出来ただろうしな」 

 メリーがハサンに感謝の言葉を述べる。ハサンはどうでもいいといった感じで、メリーにそう言葉を返した。

「まあそれはそうですが、私が感謝したのは心意気の問題ですわ。ですがまあ、ゆっくり話している時間はありませんし・・・・・」

 メリーは右手のサーベルとフリントロック式の銃を構えた。淑女の舞いレディー・ザ・ブレイク。メリーがそう呼ぶ攻撃特化の構えだ。そしてメリーはチラリとその視線をハサンに向けた。

「『傭兵』さん。確かあなたのスタイルは攻撃型でしたわよね。なら、私に合わせられますこと?」

「なぜ俺が貴様に合わせなければならない・・・・お前と共に戦うのは初めてだが、合わせる事は可能だろう。俺は傭兵だ。個人での戦いも、集団での戦いも経験はある」

「そうですの。なら・・・・・・・・期待させていただきますわ!」

 メリーが淑女に似付かわしくない好戦的な笑みを浮かべ、ゾルダートへと突撃をかけた。メリーと同時にハサンも突撃を始めた。

「はっ、近接戦か! いいぜ、乗ってやるよ!」

 ゾルダートは右手の拳銃をホルスターに仕舞うと、右大腿部からナイフを引き抜き、両手にナイフを装備した。

「はぁッ!」

「ふっ!」

 メリーとハサンが互いの右手のサーベルを振るう。ゾルダートはその剣撃を両手のナイフで受け止めた。

「バカですわね! あなたの腕は2本だけですのよ!」

 メリーは左手の銃を発砲し、ハサンも合わせるように左手の剣をゾルダートに向かって振るった。

「知ってるよ。いくら人間やめたって言っても、体は基本人間だからな!」

 ゾルダートは両手の手首を回転させ、メリーとハサンの右手の剣を受け流すと、凄まじい反射神経で弾丸とハサンの左手の剣を回避した。

「はっ、近接ならこれも使っとくか!」

 ゾルダートは新たな闇の力を行使した。すると、ゾルダートの全身に闇色のオーラが纏われた。フェリートから拝借した、身体能力を常態的に強化する力だ。ゾルダートは強化された身体能力で、ハサンに向かって右足の蹴りを放った。

「ちっ!」

 ハサンはその蹴りを右腕で受け止めようとした。だが、横からメリーがハサンにこう助言した。

「お避けなさい『傭兵』! そいつの靴には隠しナイフがありますわ!」

「っ!?」

 メリーから助言をもらったハサンは、すんでのところで蹴りを回避した。急に回避したため、ハサンの体勢は崩れてしまったが、そこはメリーがカバーしゾルダートに銃を撃った。

「おおっと、残念!」

 体勢を崩したハサンに追撃をしようとしていたゾルダートは、銃弾を回避すべくその行動を中止した。メリーからダメージをもらうわけにはいかない。ダメージを受けた瞬間、ゾルダートの弱体化が決まるからだ。

「逃しませんわよ!」

 メリーは回避したゾルダートに向かって至近距離から剣撃と銃撃の嵐を浴びせた。ゾルダートは強化された身体能力と長年の戦いの経験からその攻撃を回避し、時にはナイフで弾いた。

(ちっ! ムカつきますけど、実力はやっぱり本物ですわね、こいつ・・・・・!)

 ゾルダートに攻撃を捌かれたメリーは内心で舌打ちした。前回戦った時から分かっていたが、そもそもこの闇人は戦いが巧い。能力に頼りっきりではない。戦闘をする者としての実力が、純粋に高いのだ。

「どけ『貴人』。次は俺が斬り込む!」

「っ、ならお任せしますわ!」

 ハサンの声を聞いたメリーがサイドステップをする。すると、ハサンが双剣をゾルダートに向かって振るった。

「へえ、中々上手い剣捌きじゃねえか! 普段は銃使ってるくせによ!」

「刃物の扱いが出来ない傭兵がいるか? それだけの事だ・・・・!」

 ハサンの双剣とゾルダートの両手のナイフが激しくぶつかり剣撃と剣撃の火花を散らす。激しい剣撃の応酬。その合間を縫って、メリーも右手のサーベルでゾルダートに再び斬りかかった。

「っ、こいつは流石にキツいな!」

 ゾルダートは加わったメリーの攻撃にも対応しなければならなくなり、そう言葉を漏らした。だが、その顔は言葉とは裏腹に、どこか余裕そうだった。

「だがまあ、今の俺ならどうにかなっちまうかもなァ!?」

 ゾルダートは両手のナイフに『破壊』の力を纏わせた。そしてそのナイフで以て、メリーのサーベルとハサンの左手の剣を受け止めた。

 すると次の瞬間、サーベルと剣に黒い亀裂が入り、サーベルと剣の刀身が粉々に砕け散ってしまった。

「なっ!?」

「ッ!?」

「隙ありだ!」

 メリーとハサンが驚いたような顔を浮かべた瞬間、ゾルダートは両手のナイフを閃かせ、メリーとハサンに斬りかかった。ハサンは左手の剣でゾルダートのナイフを受け止めたが、その剣も同じように刀身が砕けた。だが、そのおかげでハサンがダメージを負う事はなかった。

「くっ・・・・・!?」

 しかし、メリーはその一撃を回避しきれずに右腕に受けてしまった。といっても、掠る程度だが。メリーの右腕に小さな切り傷が出来る。そして、『破壊』の力を受けた証である、黒いヒビもその傷を基点に奔り始めた。

「ははっ、喰らっちまったなお嬢さん!」

 それを見たゾルダートが笑みを浮かべた。そして、メリーに向かって左足で蹴りを放つ。その蹴りを避けようとしたメリーだが、その前にハサンが両腕を交差させてゾルダートの蹴りをガードした。

「健気だねえ! だがてめえはバカだ!」

 ゾルダートは靴の中のスイッチを押した。すると靴の踵から隠しナイフが飛び出し、ハサンの右腕を穿った。ハサンは少し痛みから顔を歪めたが、ハサンは腕を引きナイフを引き抜くと、使い物にならなくなった両手の剣の持ち手をゾルダートに向かって投擲した。

「おっと」

 ゾルダートは2つの持ち手を回避すると、バックステップで距離を取りつつ、ナイフを構えながらハサンとメリーを見つめた。

「『破壊』の力のお味はどうだいお嬢さん? そいつは色々対処を早くしないと、やがて全身に広がって自分が完全に壊れるっていう恐ろしい力だ。その黒いヒビが全身に広がった時があんたの最後だ。そうさなあ、大体あと15分もすりゃヒビが全身に回るかな?」

 ゾルダートはメリーの右腕に出来た傷を見ながらそう説明した。この説明はメリーにプレッシャーを与えるための説明だ。でなければ、わざわざこんな説明をする必要はない。

「『傭兵』さん、傷は大丈夫ですの? 私を庇ったために傷付いてしまって申し訳ありませんわ」

「・・・・・・こんなものは擦り傷だ。俺なんかよりもお前の方が重傷だろう。奴の説明を聞いただろ」

 ゾルダートの説明を無視してハサンの心配をするメリー。そんなメリーにハサンは少し訝しげな顔を向けた。どう考えても、ハサンの傷よりメリーの傷の方がマズいのだ。

「そいつの言う通りだぜ。頭どうにかしちまったのかい?」

「はっ、確かにあなたの話が真実ならば、私はピンチですわね。この傷をどうにかする方法はまあ、短絡的に考えれば回復の力でしょうが、私はその力を使えない。力が使える光導姫の元に行くにはあなたを15分以内に倒さなければならない。中々にヤバい状況ですわ」

 ゾルダートの言葉を聞いたメリーは今度は反応を示し、ゾルダートに向かって自分が状況を理解している事を伝えた。そしてその上で、メリーはどこまでも強気に笑ってみせた。

「ですがこの程度の逆境慣れっこですわ。第52回世界淑女ファイトに出た時も、裏社会のギャングとタイマンを張った時も、私は勝った。真に気品ある者は、逆境の中でこそ笑う者ですわ」

 そしてメリーは刀身を失ったサーベルを捨て、ゾルダートにピシリと指を向けた。

「要は制限時間内にてめえをぶっ倒せばいいだけ。なら、ここからは全力で行きましょう。後の事は後で考えればいいですわ!」

 メリーがそう言うと、メリーに濃い青、紺色のオーラが纏われた。気品ある青。それは『貴人』の名を持つメリーに相応しい色だった。

「っ、こいつは・・・・・・・・!」

「・・・・やるつもりか」

 そのオーラを見たゾルダートとハサンはメリーが何をするつもりか理解した。まさかこんなに早く使うとは。ゾルダートもハサンもそう思った。

「私は光を臨みますわ。力の全てを解放し、闇を浄化する力を!」

 メリーはそう詠唱すると、続けてその言葉を放った。

「光臨」

 メリーがその言葉を放つと、メリーの全身が輝き光が世界を照らした。









「ちっ・・・・!」

「っ・・・・!」

 メリーが放った輝きにゾルダートとハサンが目を細める。やがて光が収まると、そこには姿が変化したメリーの姿があった。

「――ごめんあそばせ。お待たせいたしましたわね、これが高貴なる光導姫としての私の真の姿ですわ」

 自信に満ち溢れた顔で、メリーは両手を組みながらそう言った。

 光臨したメリーは、まず纏っていた服装が変わっていた。光臨前のメリーは、美しい刺繍の入った白いワンピースを着て腰にはベルトが巻かれていた。だが、光臨後のメリーは紺色の豪奢なワンピースを纏っていた。刺繍もより細かい芸術作品のような刺繍に変化している。ベルトにはここは変わらずに、サーベルとフリントロック式の銃が装備されていた。

 だが1番変わったのは、メリーの周囲に武器が浮遊している事だろう。メリーの右の肩付近の空間には、メリーの腰に装備されているフリントロック式の銃が5丁規則的に浮遊していた。左の肩付近の空間には、これまたメリーの腰に装備されているサーベルが5本規則的に浮遊していた。

「・・・・・へえ、それがあんたの光臨した姿か。中々物騒だな」

「美しいと言ってほしいですわね。全く、配慮が足りない男ですわ」

 ゾルダートの感想に、メリーはやれやれといった感じの表情を浮かべた。そして、メリーは腰のサーベルと銃を抜き右手でサーベルを、左手で銃を握った。

「お喋りはこれくらいにしますわよ。私も時間が惜しいですから。さあ、私の美しくも激しい舞いに・・・・・酔いしれなさいな!」

 メリーはそう言うと、地を蹴りゾルダートへと接近した。メリーの周囲に浮いていたサーベルと銃もメリーに追従する。

「ちっ、どっちが勝手だ・・・・!」

 突撃したメリーにそう愚痴を漏らしながらも、ハサンは新たな双剣を呼び出しメリーを追った。光導姫と守護者の武器は、壊れてしまったのならば再召喚する事が可能だ。ただし、光導姫は一定の力を、守護者は力の代わりに一定の体力を消費するが。

「さあさあさあ! 踊りなさい私の剣と銃たち! 剣と銃の舞踏曲ソード・アンド・ガン・ワルツ!」

 メリーがそう叫ぶと、メリーに追従していた5本の剣と5丁の銃が、まるで意志を持ち始めたのかのように動き始めた。5本のサーベルはゾルダートにその刀身を閃かせ斬りかかり、5丁の銃は1人でに銃撃を始めた。

「っ!? マジかよ・・・・!」

 それを見たゾルダートの顔色が変わる。攻撃手段が増えた事は単純に脅威だ。そしてそれらの武器による攻撃と同時にメリー本体も攻撃を行って来た。

「この攻撃、あなたは全てを避け切れますかしら!?」

 メリーは左手の銃をゾルダートに発砲しながら、右手のサーベルをゾルダートに放った。

「ちぃ!」

 ゾルダートは驚異的な勘の良さと身体能力でメリーの攻撃を回避した。だが、このままではジリ貧だ。ゾルダートはストックしている新たな力を解放した。

「来いよ炎!」

 ゾルダートがそう叫ぶと、ゾルダートの周囲から炎が出現した。炎は巨大な蛇の形を取ると、メリーにその炎の顎門を向けた。

「っ、炎!? あっついですわね!」

 ゾルダートが使った新たな力に驚いたメリーは、仕方なく回避行動に移った。炎の大蛇はメリーに追い縋るが、浄化の力を宿した銃撃を浴び、やがて溶けるように虚空へと消えた。

(危ねえ危ねえ。キベリアから炎の魔法もらっといて良かったぜ。ゼノから『破壊』の力はもらったが、俺は全身にあの力を纏えないからな。ナイフで迎撃行動取った瞬間、全身が切り刻まれるか穴だらけになってたぜ)

 その間にメリーから再び距離を取ったゾルダートは、軽く息を吐いた。今のは実はかなり危なかった。

 ゾルダートの闇の性質は『模倣』。要はコピー能力だ。ゾルダートが自身の闇を纏わせた手で触れた能力か、能力を媒体する物体に触れればその能力をコピー出来る。もちろん無制限にとは行かない。ゾルダートがコピーした能力をストック出来る数は5個と決まっているし、1ヶ月間という期限もある。期限を過ぎればコピーした能力は消え去る。そしてその能力を使うには、闇人としてのゾルダートの力を使用するため無限に使えるというわけではなかった。

 この最終決戦に向けて、ゾルダートがストックした能力は当然上限限界の5個。レイゼロールからは、回復の力。フェリートからは常態的な身体能力強化の能力。ゼノからは『破壊』の力。キベリアからは炎の魔法の力。ここまで計4つ。残り1つも、まあ役立つ能力だ。

「炎まで吹けますの。あなた、傭兵よりも奇術師の方が向いているのではありませんこと?」

「悪いがウチにはもう道化師ピエロがいてな。そういうのは間に合ってるんだよ」

 苛ついたような顔を浮かべるメリーにゾルダートは少し戯けたようにそう返事した。だがその間にも、ゾルダートは冷静に光臨したメリーへの対策を考えていた。

(光臨した光導姫の対処法は時間稼ぎだ。光臨は強力だが10分しか持たない。のらりくらりとやるのが1番の対処法だ)

 ゾルダートは時間を稼ごうと決めた。10分くらいならゾルダートが本気でやれば稼げるはずだ。

(問題は光臨したこいつの能力だな。光導姫の光臨後の能力は、元の力が強化・拡張されたものと、全く新しい能力になるものがある。パッと見たところ、こいつは前者。元の能力が自分の武器で傷つけた相手を弱体化させるってものだったから、あの浮いてる武器に傷つけられても弱体化するってところかね。まあ、普通に厄介だわな)

 もちろん、これはあくまでゾルダートの予想だが、あながち間違ってないはいないだろう。

「別にもう1人ピエロが増えてもいいでしょう!」

「ゴメン被るねえ!」

 時間が惜しいのか、メリーが再びゾルダートに距離を詰めてくる。メリーの両肩付近に浮いている剣と銃がまたゾルダートを襲う。ゾルダートは強化された身体能力をフルに活かし、その攻撃を回避する。メリーも同時に銃を撃って近づいて来るが、ゾルダートは回避し続けた。

(よし、何とか大丈夫そうだな。気を抜いたら一瞬で終わりだが、このままの状況なら――)

 ヤバくなったらまた炎の魔法を使えばいい。ゾルダートがそう考えている時、

『――1ワンミニッツ経過。本体の身体能力と、能力を強化します』

「っ!?」

 突然、どこからかそんなアナウンスが聞こえて来た。無機質な女性の声だ。そのアナウンスにゾルダートが疑問を抱いていると、

「やっとですの。さあ、盛り上がって参りましたわ!」

 メリーに淡い紺色のオーラが纏われ、メリーの身体能力が向上した。そしてそれと同時に、

 メリーの周囲に浮いている剣と銃が1つ増えた。

「なっ・・・・・・!?」

「淑女は常に逆境の中で進化し続ける。今の私は、1分前の私とは違いますことよ」

 驚くゾルダートにメリーは微笑みながらそう言うと、ゾルダートの腹部に右薙のサーベルの一撃を放った。それと同時に、増えたサーベルがゾルダートの左肩を斬り裂き、銃がゾルダートの右大腿部を穿った。

「がっ・・・・!?」

 ダメージを受けたゾルダートが声を漏らす。そんなゾルダートを無視しながら、メリーは自分の近くで様子を窺っていた守護者にこう言った。

「『傭兵』さん」

「・・・・分かっている」

 メリーに自分の守護者としての名を呼ばれたハサンは、ゾルダートの背中へと移動し、

「ふっ・・・・!」

「ぐっ・・・・!?」

 双剣でゾルダートの背中を斬り裂いた。

「私たちとあなたの舞踏はまだ始まったばかりですわよ。ですが、あなたが疲れてしまったというのなら、終わりにして差し上げますわ」

 メリーはどこまでも優雅に笑みを浮かべると、ゾルダートに向かってそう言った。

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