第246話 真祖対真祖、最強対最強再び

「なぜ、なぜあなたがここに・・・・・・こちら側の世界に・・・・意味が、意味が分からないわ・・・・・」

 シエラの姿を見たシェルディアは首を横にふるふると振りながら、再びそんな言葉を漏らした。シェルディアを襲った衝撃と驚きは、かなりのものだった。

「・・・・シェルディアのそんなに驚いた顔は初めて見たかも。あっちの世界・・・・私たちが元いた世界でも、シェルディアは基本的に楽しがってるか退屈してるかだったから」

 少し珍しいものを見るような目で、シエラはシェルディアを見た。シエラはシェルディアと同じ真祖と呼ばれる強力無比な吸血鬼。真祖と呼ばれる者は、シエラたちが元いた世界ではシエラ、シェルディアとあと1人しかいない。そのため、真祖たちは互いに面識があり、互いの事をよく知っている。しかし、シエラはシェルディアのこんな顔を見た記憶がなかった。

「・・・・私だって驚く事はあるわよ。いきなり、あちら側の世界にいるはずのあなたが現れたんだもの。驚くなという方が無理よ」

「そう? 別に私、昨日今日こっちの世界に来たわけじゃないけど」

「・・・・・・・・はあー、あなた相変わらずちょっとズレてるわね。あなたのそういうとこ、何だか懐かしいわ・・・・」

 軽く首を傾げたシエラを見たシェルディアは、少し呆れたように息を吐いた。そうだ。確かにシエラはこんな感じの吸血鬼だった。

「久しぶりに会ったから、色々と聞きたい事はあるけれど・・・・・・・・時間もあまりないだろうし、1つだけにするわ。シエラ、あなたがこのタイミングで私の前に現れた理由は何?」

 シェルディアは顔を真剣なものに変えると、シエラにそう質問した。シェルディアの中の、シエラに対する疑問は尽きない。だが、今1番重要なのは、なぜシェルディアと同じ真祖であるシエラが、この光と闇の最後の戦いの地へと現れたのか、という事だ。その答えによっては――

「・・・・・・頼まれたから、ラルバに。シェルディア、あなたを止めるように。あなたの相手は、私にしか出来ないからって」

 そして、シエラはシェルディアにそう答えを返した。

「っ、そう・・・・・・あなたとラルバに関係性があった事は意外だわ。・・・・・・つまりシエラ、あなたは私と戦うためにここに来た・・・・そういう事なのね?」

「ん、そういう事。レイゼロールが儀式を完遂して失敗に終われば、世界中の生命が死滅すると聞いた。それは非常に困る。おじいちゃんとの約束が果たせなくなるから。だから、渋々私はここに来た」

 視線を厳しくするシェルディアに、シエラはコクリと頷いた。シエラにも大事なものがある。いま自分が店主をしているあの小さな喫茶店も、それを自分に託してくれたシエラの大切な人間も、シエラにとって大事なもの。戦ってでも守りたいものだ。だから、シエラはラルバの頼みを聞きここに来たのだ。

「・・・・・なるほど。あなたにも大事なものがあるのね。今の私になら、あなたの気持ちも理解できるわ。大事なものが出来た、今の私になら」

 シエラの理由を聞いたシェルディアはポツリとそう言葉を漏らした。少し前のシェルディアなら分からなかったかもしれない。自分の享楽だけが第一だった少し前の自分になら。

 だが、影人と出会った今のシェルディアは違う。大事なもののためなら、自分が戦ってでも守りたい。その気持ちを理解できる。だから、シエラの言葉が本気なのだとシェルディアは思った。

「? なら、何でレイゼロールの味方をするの? 大事なものが出来たんでしょ。レイゼロールが儀式を失敗すれば、その大事なものがなくなっちゃうかもしれないのに。まあ、私にはシェルディアの大切なものが、人か物か分からないけど。純粋な疑問」

 シェルディアの呟きを聞いたシエラは、不思議そうな顔でそう質問した。

「人よ。だから、レイゼロールの儀式がもし失敗すれば、その子は死ぬわ。まあ、当然の疑問よね。私の行動は、あなたから見れば矛盾しているように見えるでしょうから」

「うん」

「ふふっ、素直ね。あなたのそういうところも懐かしい」

 子供のように頷いたシエラに思わず笑みが溢れる。シェルディアはシエラに自分がレイゼロールサイドにいる理由を話した。

「一言で言えばケジメよ。それ以上の理由はないわ。レイゼロールに対して我儘に振るって来た私なりのね。その最後の精算。・・・・・それに、私の大切な人は色々と了承してくれてるのよ。だから、あまり迷いなくレイゼロールサイドにいるの、私」

 心の中で影人の姿を思い浮かべながら、シェルディアは穏やかにそう説明した。影人がシェルディアの気持ちを尊重してくれたから、シェルディアは今迷いを抱かずにここにいられるのだ。

「へえ・・・・・・シェルディアの大切な人はシェルディアの正体も、この状況を知った上で了承してくれたんだ。いい人だね。そして、よかったねシェルディア。そんな人と巡り会えて」

「ええ、本当にね」

 小さく笑うシエラにシェルディアは笑みを浮かべながら頷いた。一瞬、穏やかな時間が流れる。だが、シェルディアはその笑みを少し儚いものにすると、シエラにこう告げた。

「さて、少し話し込んでしまったけど・・・・・・そろそろ始めましょうか、シエラ。私たちの戦いを」

「ん、分かった。シェルディアと戦うのは、本当に久しぶり」

 シェルディアの宣言に、シエラは全く態度を変えずに頷いた。次の瞬間、シェルディアとシエラの纏う雰囲気が変わった。

「そうね、本当に久しぶりだわ。まさかこっちの世界で、真祖同士が戦う事になるなんてね」

「うん、そうだね」

 シェルディアとシエラは互いに自身の重圧を完全に解放した。瞬間、周囲一帯の空気が凄まじく重くなる。ビリビリと大気が震えているのではと錯覚するほどに。もしこの場に他の生物がいれば、その生物は間違いなく金縛りにあったように動けなくなり、陸に上がった魚のように喘ぐだろう。それほどの重圧が、この場を支配した。

 そして、シェルディアとシエラは普段は隠蔽している自身の気配をも解放した。途端、絶対的な闇の力の気配が世界に放たれる。真祖としての、2人の本来の気配が。真祖同士の戦いは、対等の戦い。普段力を使っている気配隠蔽の力すらも、今この場では惜しいのだ。

 最後に、シェルディアとシエラ、両者の姿が変化した。2人とも、髪の色が銀に変わり瞳の色が真紅へと変わったのだ。そして、その瞳と同じ真紅のオーラをその身に纏う。「真祖化」。2人の真祖としての本来の姿だ。

「・・・・行くわよ」

「・・・・うん。来い」

 シェルディアの言葉にシエラが応える。真紅の瞳と瞳が交差する。映るのは互いの同族であり、そして戦うべき敵の姿。

 次の瞬間、2人の真祖は互いに地を蹴り砕き、敵に向かってその手を振るった。

 今ここに、埒外の戦いが始まった。













「っ、ここは・・・・・・・・」

 一方、シェルディアによって主戦場とは違う場所に飛ばされたファレルナは、戸惑ったように周囲に視線を向けた。開けた場所だ。少し先には森が見える。だが、元いた場所がどの方向にあるのか、この場所とどれくらいの距離があるのか、ファレルナには分からなかった。

「安心しなよ。多分、それほど元いた場所から離れちゃいない。本当に多分だけど」

「ッ・・・・・・!?」

 背後から聞こえた声にファレルナは振り返った。すると、そこにいたのはファレルナと同年代くらいの見た目をした少年だった。そのボサボサの髪は、黄色に近い金髪だが前髪の一部分が黒色。琥珀色の瞳をしたその少年は、2ヶ月ほど前にローマでファレルナと戦った闇人だ。その身に全てを破壊する闇を秘めた危険な闇人。原初の闇人にして最強の闇人、ゼノ。そこには彼がいた。

「君はさ、厄介だから。シェルディアに頼んで俺と1対1の状況を作ってほしいってお願いしたんだ。まあ、俺もあんまり君とは戦いたくないんだけどね。君強いし」

 ゼノはファレルナの背後の光に嫌そうに顔を歪めながらそう言った。ゼノの言葉を聞いたファレルナは、状況を理解し少し難しい顔を浮かべた。

「そうですか・・・・・・・・ですが、私などがいなくてもあの方たちは大丈夫です。あの方たちも、そして今も世界で一緒に戦ってくれていらっしゃる光導姫と守護者の皆さまも、全員お強いですから。力もそうですが、1番はその心が」

「うーん、楽観的とは言わないけど、君はもう少し自分の特異性を、存在を意識した方がいいと思うけどね。まあ、シェルディアがいたからどうとでもなっただろうけど、少なくともあの場に君がいるかいないかじゃ、戦いはだいぶ変わっていただろうからさ」

 ファレルナの言葉を聞いたゼノは、軽く首を横に向けながらそう呟いた。確かにあの場にいた光導姫も守護者も強いのだろうが、ファレルナがいるかいないかで状況がかなり変わるという事を、ファレルナ自身は理解していない。ゼノはそう思った。

「私は仲間を、人を信じています。だから、私は今私に出来る事をします。あなたを浄化するという事を。そして、私は仲間たちの場所へと戻ります」

「・・・・・・なるほどね、自身の過小評価じゃなくて信頼からか。面白いな、歪んでいるようで歪んでない。その心が君の強さの一因なのかもね」

 ゼノは小さく笑った。どうやら、ゼノの見立ては間違っていたようだ。現代ではまだ子供と呼ばれる年齢であるだろうに、よくもまあここまで堂々と出来るものだ。敵であるが、ゼノはファレルナに感心してしまった。

「君相手に全力を渋っても意味がないのはもう分かってるからね。今回は最初から全力で行くよ」

 ゼノは彼特有のぼんやりとした笑みを浮かべると、その体から全てを喰らい全てを破壊する闇を解放した。ゼノの全身から闇が噴き出す。それに伴って、ゼノの髪の半分が黒く染まった。

「今日こそあなたを浄化します!」

「ゼノだよ。俺の名前は。俺も今日で君を壊す」

 光と闇が相対する。最強の光導姫と最強の闇人。最後の戦いの地にて、その戦いの幕は再び開かれた。











「ははははっ! 楽しいなァ! 楽しいなァッ!」

 一方、こちらは主戦場。ファレルナとゼノ、シェルディアが戦いを始めようとしている時、戦場にゾルダートの哄笑が響いた。ゾルダートは心底楽しそうな顔を浮かべながら、両手の拳銃の引き金を引いた。

「戦いはいい! 血が! 肉が! 魂が騒ぐ! やっぱこれがなきゃ人生はつまらねえ!」

 心の底からの本音でゾルダートが吠える。今ゾルダートの頭には、儀式が失敗すれば実質的に世界が滅び、自分も死ぬという考えはない。今ゾルダートの頭の中を支配しているのは、この戦いの享楽だけ。ゾルダートは戦いに狂っていた。

「各自回避しろ!」

 ゾルダートが放った弾丸を見たアイティレが、光サイドの面々に指示を飛ばす。銃弾が撃たれた範囲内にいた者たちは、その指示に従い銃弾を避けた。

「はははははっ!」

 止まらぬ哄笑を上げながら、ゾルダートは左手の銃を腰のホルスターに戻し、同じく腰にあるポーチから手榴弾を取り出そうとした。だが、そのタイミングで、

「――その鬱陶しい笑い声を止めろ・・・・・!」

 一陣の風のように、カーキ色のジャケットを纏った少年がゾルダートの元へと駆けてきた。そして少年は、両手に握っていた剣の内、右手の方の剣でゾルダートへと斬り掛かって来た。ゾルダートは反射的に左大腿部に装備していたケースからナイフを引き抜き、その剣を受け止めた。途端、金属と金属がぶつかり合う音が響いた。

「いつも貴様はそうだ。戦場で自らの欲望のままに振る舞い、命を消し去る・・・・! 貴様のような奴はこの世界から消えろ。ゾルダート・ゼビレスト!」

「ああん? 何で俺の今のフルネーム知ってるんだお前? ・・・・・・・待てよ、お前の顔見た事があるな。1度じゃない、何回もだ。・・・・っ、そうか思い出したぜ」

 ゾルダートは自分に怒りの目を向けてくる少年をどこで見た事があるのか思い出した。

「中東の戦場だ。いや、北ヨーロッパ辺りの方でも見たな。ははっ、お前傭兵か! お仲間じゃねえかよ!」

「黙れ! お前のような外道と一緒にするな! 俺が傭兵として戦っている理由を、お前と同一に考えるな!」

 ゾルダートの言葉を聞いた少年、ハサンは内に渦巻く怒りと嫌悪を抑えきれずにそう言葉を吐いた。ハサンの言葉を聞いたゾルダートは、なおも楽しげな顔を浮かべながら言葉を返す。

「何言ってんだお前! 傭兵として戦ってる時点で同じ穴の狢なんだよ俺たちは! 敵を殺して人を殺して破壊すんのが俺たちの仕事だろうが!? バカ言ってんじゃねえよガキ!」

 ゾルダートはナイフを引き、バックステップで一歩後ろに下がると、右手の銃をハサンに向け引き金を引いた。ハサンは自身もバックステップでゾルダートから距離を取ると、両手の剣を使い銃弾を全て弾いた。

「ッ、違う! 少なくとも俺はお前のように戦いを楽しんでいない! 命を奪う事を、破壊を楽しむ事を!」

「仕事を楽しもうが楽しまないがそれは個人の自由だぜ!? 甘ったれんなよ!」

 ゾルダートはナイフに黒い闇を『破壊』の闇を纏わせた。これはこの戦いが始まる前に、ゼノから拝借した力だ。全てを壊す絶対的な攻撃の力。その力を使って、ゾルダートはハサンに近接戦を仕掛けようとした。

「甘ったれてるのは、人間以下の品性しかないあなたですわ! 人としての葛藤すら放棄したクズ野郎!」

「っ!?」

 しかし、今度はそのタイミングでメリーがゾルダートに向けて左手の銃を乱射した。ゾルダートはその銃弾を受けてはマズい事を知っているので、その銃弾をアクロバティックに回避した。

「はっ、あんたかいイギリスのお嬢さん! 何だ、俺が忘れられなかったか?」

「気色の悪い言い回しをしないでほしいですわね。単純にあなたの事が嫌いで気に食わないから、私の手で今度こそぶち殺して差し上げようと思っただけですわ。私、こう見えてやられた恨みは忘れないタイプですのよ」

「くくっ、どう見てもそうだろうがよ」

 ハサンの前に移動しながら、相変わらず貴族とは思えない口調でメリーがそう言葉を放った。ゾルダートはそんなメリーに対し笑みを浮かべた。

「なっ!? ふざけるんじゃないですわ! どこからどう見てもサッパリ美しい淑女でしょう私は! 許しませんわ。その侮辱、てめえの命で支払いなさい!」

 メリーはキレたようにそう言った。そんなメリーを見ていたハサンは、メリーに対しこう言葉を掛けた。

「『貴人』。あいつは俺の獲物だ。守護者の俺にあいつは殺せないが、半殺しには出来る。お前にはそれをやるから手を出すな」

「それは無理ですわね。私もあの闇人を殺したいですもの。だから、同時に行きましょう。それがフェアというものですわ」

「・・・・・ちっ、邪魔だけはするなよ」

「ふっ、こっちのセリフですわ」

 ハサンとメリーは互いにそんな言葉を交わし合うと、ゾルダートに視線を向けた。2人から視線を向けられたゾルダートはゾクリと体が震えた。

「いいねえ、これだよこれ。この感覚が堪んねえんだ。来いよてめえら。物言わねえ死人にしてやるよ!」

 光導姫ランキング6位『貴人』と守護者ランキング2位『傭兵』対「十闇」第5の闇『強欲』。その戦いが始まった。

 そして同じタイミングで、

「さあ行くわよピエロ! この私に呪われなさい!」

「道化師が呪われる。それもまた面白いかもですねー。ですが、その前にあなたにはワタクシのショーを見ていただきたいです」

 光導姫ランキング10位『呪術師』対「十闇」第10の闇『道化師』、

「はははっ! いいなお前! かなり骨太だ!」

「? 私の骨は多分そんなに太くないよ? 見た事はないけど」

「いや、それそういう意味じゃないから・・・・・」

 「十闇」第6の闇『狂拳』対光導姫ランキング5位『鉄血』と守護者ランキング5位『凍士』、

「あん時のリベンジをさせてもらうぜ。糸目の闇人!」

「熱くなりすぎるなよ『侍』。これは重要な戦いだ。ミスは許されない」

「釜臥山の時の剱原流の君か。いいよ、僕もあの時より大分マシになったからさ。闇人としての封印も解いたし。戦ろうか」

 守護者ランキング3位『侍』と光導姫ランキング3位『提督』対「十闇」第7の闇『剣鬼』、

 それぞれの戦いも始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る