第245話 総力戦

「ははははっ! さあ行くぜ! 最後の派手な戦いだ! 昂るよなァ!」

 哄笑を上げながら先陣を切って突撃を仕掛けたのは冥だった。冥は闘気を迸らせ拳を握った。

「やっぱ1番に突っ切ったのは冥くんだったか。予想通りだなぁ」

「はっ、ガキみたいにはしゃぎやがってよ。だが気持ちが分かる俺もガキか。くくっ、負けてらんねえな!」

 そんな先行した冥を後ろから見ていた響斬とゾルダートはそれぞれそんな反応を示した。2人とも冥に当てられ気持ちが逸っているのか、それぞれの獲物に手を掛ける。響斬は左手で左腰に差した刀の鯉口を切り、ゾルダートは両手で腰のホルスターから2丁の拳銃を抜いた。

「うげっ、嬉々として突っ込んで来ちゃってまあ・・・・俺あいつ嫌いだわ」

「嫌いでも僕たちはやる事をやらないとだよ、剱原くん。僕たち守護者には、光導姫を守る使命があるのだから」

 こちらに向かって駆けてくる冥を見た守護者ランキング3位『侍』の剱原刀時が、言葉通り嫌そうな顔を浮かべた。そんな刀時に守護者ランキング1位『守護者』のプロト・ガード・アルセルトは小さく笑みを浮かべ軽く窘めた。

「分かってるよプロト。ただ言っただけ・・・・・・だって!」

 刀時はプロトにそう言うと、一際強く踏み込みを行い前へと出た。そして響斬と同じように左腰に差した鞘から右手で刀を抜き、冥へと斬り掛かった。冥はその斬撃を『硬化』させた右手で受け止めた。次の瞬間、ガキィンという金属同士がぶつかるような音が響いた。

「何だてめえが俺の相手か!? 刀を使う守護者! 前より強くなってんだろうなあ!?」

「別に俺だけがお前の相手ってわけじゃねえよ戦闘狂の闇人!」

 硬化した右手と刀で切り結んだ冥と刀時がそう声を上げる。刀時の言葉を聞いた冥は笑みを浮かべこう言葉を続けた。

「はははっ確かになあ! 全員が俺の相手だ! 嬉しいぜ! 全員俺がぶっ倒してやる!」

 冥は右足の蹴りを刀時に放った。刀時は刀を引き冥の蹴りを回避する。冥が続けて連撃すべく、刀時に一歩踏み込もうとした時だった。強烈な光が冥を照らした。

「ぐっ!? 何だよこの光は・・・・・・・・!?」

 その光を浴びた冥は、急に自分の体の動きが鈍くなった事を感じた。

「うわっ、何この光・・・・何かすっごいキツい・・・・」

「こいつは・・・・・」

 冥に続こうとしていた響斬とゾルダートも光を浴びた事で体に違和感を感じ、どこか苦しげな顔を浮かべた。苦しそうなのは2人だけではない。その他の闇人たちも全員似たような反応を示していた。

「光よ。闇を照らして」

 その光を発しているのは、ファレルナだった。ファレルナの背後の空間から漏れ出る光。それは闇を照らす浄化の光だ。その光は闇の力を扱う者全てを強制的に弱体化させる、いわば特攻兵器。その光は闇サイドに甚大な影響を与える。

「なるほど。ゼノ、これがあなたが言っていた光ね。確かに厄介な光。私でさえ弱体化の影響を受けるわ。人間が放つ光にしては破格に過ぎるわね」

 ファレルナの光を体験したシェルディアは表情を崩さずにそんな感想を漏らした。シェルディアも闇の力を扱う者。ファレルナの光による弱体化の影響は受けている。全く表情を崩していないのは、シェルディアの元々の力がそれだけ凄まじいからだ。しかし、ファレルナの光はシェルディアをしてもそう言わしめるだけの力であった。

「でしょ。でもあれが最大じゃないんだ。『光臨』したらもっと強くなるよ」

 シェルディアの言葉にファレルナの光を体験した事のあるゼノがそう答える。ゼノは以前イタリアでファレルナと戦った事がある。この光を浴びるのは2回目だったが、闇人であるゼノからすれば変わらずに不快だった。

「わ、凄い。相手がみんな苦しんだような顔になってる・・・・・・・・」

「これが最強の光導姫・・・・・存在するだけで敵を弱体化させる・・・・」

 ファレルナの光を初めて見た陽華と明夜は、驚いたような表情を浮かべていた。ファレルナの能力自体は研修の時に聞かされていた。何せ、現代最強の光導姫だ。ファレルナの存在はそれほどまでに大きいのだ。

「いきなりチャンス到来です事よ! 皆さん、一気に畳み掛けましょう! 最初からぶっちぎりですわ!」

 闇サイドの様子を見て高らかにそう言い放ったのはメリーだった。メリーは高いテンションで、闇サイドに左手のフリントロック式の銃をぶっ放した。メリーの言葉を聞いた遠距離武器を持つ者たちは、それぞれの獲物を闇サイドの面々へと向けた。

「そうだな。一流はチャンスは決して逃さないものだ」

 守護者ランキング7位『銃撃屋』のエリア・マリーノは右手の現代式の拳銃の引き金を引き、

「まあ、乱射は柄じゃないけど」

 守護者ランキング8位『狙撃手』のショット・アンバレルは狙撃銃のスコープに顔を寄せ、

「・・・・さっさと俺の国から出てけよ」

 守護者ランキング9位『弓者』、栗色のサラリとした髪に中性的な顔の一見すると女性のような少年、ノエ・メルクーリ(格好は水色のコートのような服装)は白色のコンパウンドボウに矢を装填し弦を引いた。

「ふん」

「第1式札から第5式札、光の矢と化す!」

「白兵2、矢を放てよ」

 アイティレ、風音、菲の光導姫たちもそれぞれの遠距離攻撃を行う。アイティレは両手の拳銃を乱射し、風音は5条のレーザーを放ち、菲は自分の人形に指示を与えた。銃弾が、レーザーが、矢が闇サイドに向かって放たれる。

「シェルディア、みんなまだ慣れてないからお願い」

「仕方ないわね。分かったわ」

 こちらに向かって放たれた遠距離攻撃。それらを見たゼノがシェルディアにそう言った。ゼノからそうお願いされたシェルディアは軽く息を吐くと、自身の影を操作した。影は幾条かに分かれると、神速の速度で全ての遠距離攻撃を迎撃した。それは一瞬の事だった。

「「「「「「「っ!?」」」」」」」

 その光景を見た、攻撃を行なった光導姫と守護者たちは驚愕した。ファレルナの光によって弱体化しているはずなのに、意図も容易く光導姫と守護者たちの攻撃を払った少女の姿をした怪物。光サイドの全ての面々の注意は、半ば強制的にシェルディアへと吸い寄せられる。

「だらしないわね、あなた達。頑張りなさいな」

 影を元に戻したシェルディアがゼノ以外の全ての闇人にそう言った。少し呆れたような顔を浮かべながら。

「む、無茶言わないでくださいよシェルディア様・・・・・・あの光尋常なくキツいんですから・・・・」

「・・・・今回ばかりはそいつに同意するわ」

 シェルディアの言葉に、キベリアとダークレイがそう言葉を返した。2人とも言葉通りかなりキツそうだ。まあそれは他の闇人も同じだが。

「シェルディア。あいつがいるとちょっとマズいから、俺とあいつだけどっかちょっと離れた所に飛ばしてくれない? シェルディアなら出来るでしょ」

「その信頼は喜ぶべきなのかしら? まあいいわ。確かにあの光導姫の相手は、私かあなたじゃなきゃ難しそうだし。聞いて上げる」

 ゼノの言葉にフッと笑いながら頷いたシェルディアは、パチンと右手の指を鳴らした。するとシェルディアの影が二手に伸びた。すなわちゼノとファレルナの方へと。片方の影はゼノの影に触れ、もう片方の影はファレルナの影に触れた。ファレルナは「っ!?」と驚いたような顔になる。すると次の瞬間、唐突に2人が影の中へと吸い込まれた。

「なっ!? ファレルナ!?」

「おい嘘だろ!? 『聖女』が・・・・・!」

 急に地面へと吸い込まれるように消えたファレルナ。それを見た真夏と菲が信じられないといった声を漏らす。他の光サイドの面々も、注意をシェルディアからファレルナの消失へと奪われる。

「安心しなさいな、光導姫と守護者たち。あの光導姫は厄介そうだから、少し遠くに飛ばしただけよ。死んではいないわ」

 驚愕し動揺する光サイドに、シェルディアは何でもないようにそう言葉を述べた。

「そういう事だから、あっちは気にしなくて大丈夫よ。勝負はあの2人がつけるでしょうし。あなた達は変わらず戦えばいいわ。でも・・・・・・・・」

 シェルディアはそこで少し冷たいような、つまらなさそうな顔を浮かべ、少しだけ自身の重圧を解放した。

「どうしようかしら? あなた達が束になって私に挑んで来ても、まあ勝てないでしょうし。やろうと思えば、本気を出さなくても2分あれば全員殺せるもの。かと言って、私だけ戦わないのはそれはそれで面白くない・・・・・・・・ねえ、どうすればいいと思う?」

「「「「「っ・・・・!?」」」」」

 シェルディアのその言葉、その全身から放たれる圧倒的強者の重圧プレッシャー。まるで魔王のような傲岸さ。シェルディアという存在の一端を感じさせられた光サイドは、皆その顔に緊張を奔らせる。

(おいおい、マジでヤバいぜこれ・・・・・・! ラルバ様助っ人はいつ来るんだよ・・・・! これ下手したら一瞬で全滅だぞ!?)

 本来の『死神』としての格好、灰色のボロマントに顔を覆う灰色のフードに身を包んだ壮司は、大鎌を持つ右手が震えた。本能が訴えている。これは生物としての格が違うと。この言葉は比喩でも何でもない。シェルディアには、その言葉を実行するだけの力がある。光サイドの全員はそれを本能で理解させられた。

(うーん、張り切ったはいいけど、これ僕たちいらないな、うん)

 シェルディアに気圧されている光サイドを見た響斬は内心で苦笑した。まあ無理もない。相手はシェルディア。響斬たちとて強さの底を知らない、真なる怪物たる存在だ。ここにいる全ての闇人、ゼノを入れてもシェルディアに勝てるかどうかも分からない。究極の個。響斬はシェルディアが味方で良かったと心の底から思った。

「はあー、本当にどうしましょうか。何かいい考えは――」

 シェルディアが悩んだように言葉を紡いでいる時だった。ふと、シェルディアはある気配を感じた。そんな気配を。

「ッ・・・・・・・」

 シェルディアがその気配がする方向へ体を向ける。

「・・・・・・・・・・」

 シェルディアがいる戦場から100メートルほど離れた木の下。そこに白いフードを被った人影が見えた。顔は見えない。その人影にシェルディアは目を奪われた。

(なぜなの? 目を離せない・・・・・いったいあれは誰。何者なの? 不思議だわ。私はあれが誰か分からないのに、。この感覚は・・・・・・・・)

 シェルディアがその目を見開いていると、その人影は身を翻し森の中へと消えて行った。それを見たシェルディアは、

「待ちなさい! あなたはいったい・・・・!」

 反射的に地を蹴りその人影を追った。そして、シェルディアも森の中へと消え、ゼノと同じようにこの場から姿を消した。

「っ!? シェルディア殿・・・・・・!?」

「おやおやこれは・・・・・・・・」

 急に森の方へと駆け抜けて行くシェルディアを見た殺花とクラウンがそんな言葉を呟く。2人とも驚いた顔になっているが、それは他の「十闇」も同じだ。今この場面で、いったいなぜシェルディアはどこかへと行ったのか。いつものシェルディアの気まぐれか。「十闇」の面々はそう考えた。

「ッ・・・・・・・・よく分からないが、あの化け物少女はどこかへと消えた。諸君、戦いは何が起きるか分からないものだ。ファレルナくんの事は当然気になるが、彼女は最強の光導姫。私たちは彼女を信じようじゃないか。そして、私たちが今やるべき事はこの場の戦いを制する事だ。あの少女が消えた今が好機だよ!」

 シェルディアが突然消えて戸惑ったのは光サイドも同じだ。いったいどういう事なのか。何かの策略か。そんな考えが光サイドの面々の頭によぎっていた。しかし、そこでロゼが力強く味方にそんな言葉を与える。ロゼの言葉を聞いた光導姫と守護者たちはその顔から戸惑いを消していった。

「・・・・・ふん。まあ、その通りだな」

「ええ、ピュルセさんの言う通りです!」

 守護者ランキング2位『傭兵』のハサン・アブエインと、守護者ランキング10位『騎士』の香乃宮光司がそう声を上げた。

「そうだよね♪ 戦いはまだ始まったばかりなんだから」

 ソニアはそう呟くと、ギュッとマイクを握り締めた。シェルディアの急な離脱によって戸惑っていた光サイドと闇サイドは、再びその顔に緊張感や笑みを奔らせた。












「どうやら間に合ったみたいだね。はあー、良かった・・・・・・・・・・」

 神界。青い光が満ちる自身のプライベートスペースで、世界中に現れた闇奴の対応をしながらも、ギリシャにいる守護者たちの視界を共有していたラルバは、安心したように軽く息を吐いた。

『ラルバ、これはいったいどういう・・・・・』

 非常事態のため、常にオンにしてる通話用ディスプレイからソレイユの声が聞こえてきた。ソレイユは急に消えたシェルディアと、今のラルバの呟きに関連性があると思ったのだろう。その顔を疑問の色に染めていた。

「ああ、ソレイユ。向こう側にシェルディアがいるのは分かってたからね。シェルディアをどうにかしないと、絶対にレイゼロールは止められないだろう? だから、助っ人を頼んでおいたんだ。最終決戦の時、シェルディアを止めてくれないかってさ。頼まれた本人は無茶苦茶嫌な顔してたけど、最終的には了承してくれたよ。仕方ないってね」

『助っ人・・・・? それはいったい誰なのですか? その方は、シェルディアに対抗できるのですか・・・・・?』

 ラルバの説明を聞いたソレイユは驚いたような顔でラルバにそう聞いた。まさかラルバがそんな人物を用意してくれていたとは。しかし、ソレイユはそんな人物に心当たりはなかった。

「ああ。それは問題ないよ。むしろ、。・・・・・・・・そう彼女しか」

 そして、ラルバはボソリとこう呟いた。

「シェルディアと同じ・・・・・・・・・・・・真祖に対抗できるのは真祖だけだ」













「待ちなさい! 待てと・・・・言っているのよ!」

「・・・・・・・・」

 一方、ギリシャ。謎の人影を追い森の中を駆けていたシェルディアは、自分の前を駆ける白いフードを被った人物にそう呼び掛けていた。だが、人影はシェルディアの言葉を無視し、変わらずに駆け続ける。

(っ、本当に何者なの? この私が本気で駆けても追いつけないなんて・・・・!)

 シェルディアは珍しく内心でそんな事を考えていた。シェルディアの全速力は神速だ。全てをフルに強化し、「影速の門」を潜った影人と同様のスピード。この速度の領域に達しているのは、シェルディアが知る限りレイゼロールと影人くらいだ。しかし、この謎の人影もその領域に達しているらしく、全速力のシェルディアから逃げ続けている。シェルディアはその事にも疑問を抱いていた。

「止まらないのなら、止まらせてあげるわ!」

 距離が詰まらない事に苛立ったシェルディアは、右手の爪を伸ばしそれに自身の影を纏わせ、それを振るった。5条の全てを切り裂く黒撃が、人影に向かって放たれる。防御不能の必殺の一撃だ。

「・・・・・・・・」

 しかし、人影に焦りはなかった。人影はシェルディアのその攻撃を何でもないように回避しながら、変わらずにシェルディアから逃げ続ける。5条の黒撃は森の木々を切り裂きどこまでも進んでいった。

「っ、いけ好かないわね・・・・!」

 何でもないように攻撃を避け、逃げ続ける人影を見たシェルディアは苛立ったようにそう呟きながらも、追跡を続行した。










「・・・・・・・・」

「あら? 鬼ごっこは終わりかしら。なら、そろそろあなたの素顔を見せてほしいわね」

 数分後。開けた場所に出た謎の人影はその中央部で足を止めた。シェルディアも人影から20メートルほど離れた場所で足を止めた。

「・・・・別に逃げてたわけじゃない。私たちの戦いはどうしても規模が大きくなる。・・・・だから、離れた場所に移動してただけ」

 すると、そこで初めて白いフードを被った人影が言葉を発した。女の声だ。その女はシェルディアの方に振り向いた。

「っ、その声・・・・・・聞いた事がある。やはり、私はあなたを知っている・・・・・・・・誰、あなたはいったい誰なの?」

「・・・・・・・・忘れたの、私の声を? ん、でも無理はないか。大体、3000年ぶりくらいだから」

 シェルディアの言葉を聞いた人影は少し首を傾げながらも、そう言葉を述べた。

「でも多分・・・・・・顔を見たら思い出す」

 女はそう言って自身のフードを下ろした。現れるのは長い濡れるような黒髪。そして日に当たっていないのではないかと思えるような真っ白な肌。その顔は端正で美しく、全体的な印象として「薄幸の美人」という印象を抱かせる。

「ッ!? あ、あなたは・・・・・・何で、どうしてあなたがここに・・・・・・・・・・」

 その顔を見たシェルディアが驚愕したような顔を浮かべた。シェルディアはこの女を知っている。ああ、それはそれはよく知っている。何せ、彼女は同族なのだから。

・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・久しぶり、シェルディア。私はあなたにあんまり会いたくはなかったけど」

 自分の名を呟くシェルディアに、その女――喫茶店「しえら」店主、しえらこと「真祖」シエラはそう言葉を返したのだった。

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