第244話 最後の地に集う者たち

「――それで雇い主様。いったい何が起きたんだ? この状況、明らかに普通じゃねえだろ」

 最初にそうソレイユに聞いたのは、光導姫ランキング9位『軍師』の胡・菲だった。菲は難しいような、それでいてどこか面倒くさそうな顔を浮かべていた。おそらく、自分たちが集められた理由が間違いなく面倒なものであると確信しているのだろう。そして、菲にとってこれから話す事は間違いなく面倒事だ。ソレイユはそう思った。

「ええ、菲。あなたが言うように普通ではありません。あなた達を――『光導十姫』と2人の光導姫をここに呼んだのは、最後の戦いが始まってしまったからです」

 ソレイユは菲の言葉に頷くと、この場に集まった少女たちに視線を向けた。

「っ、最後の戦いですか・・・・・・・・?」

「・・・・いったい、どういう事でしょうかソレイユ様?」

 ソレイユの言葉に、光導姫ランキング4位『巫女』の連華寺風音と、光導姫ランキング3位『提督』のアイティレ・フィルガラルガはそう反応を示した。

「何だ!? スッゴイ大きな戦いって事か!?」

「うん。きっとそうだ。つまりスッゴイ大きな戦いなんだな」

 驚いたような反応を示したのは、光導姫ランキング8位『閃獣』のメティ・レガールで、メティとほとんど同じことを言ったのは、光導姫ランキング5位『鉄血』のエルミナ・シュクレッセンだった。エルミナはいつものマイペースさというか天然さを崩さずに、のほほんとした顔を浮かべていた。

「ほう、最後の戦い。それは興味深い言葉だ。そして、その役者が私たちというのは・・・・・中々面白そうだ」

「言ってる場合ですのロゼさん? これは由々しき事態に他なりませんわ」

 笑みを浮かべた光導姫ランキング7位『芸術家』のロゼ・ピュルセに、光導姫ランキング6位『貴人』のメリー・クアトルブは窘めるように言葉をかけるた。

「はっ、いいわ何だか乗って来た! こちとら受験勉強ばっかりで最近気が滅入ってたのよ! ちょうどいい、暴れまくってやるわ!」

「あはは、真夏らしいねー♪ でも、それくらいの気概があった方がいいかもね♪ よーし、私も頑張ろっと♪」

 強気に言葉を発した光導姫ランキング10位『呪術師』の榊原真夏。そんな真夏を見て笑みを浮かべたのは、光導姫ランキング2位『歌姫』のソニア・テレフレアだった。ソニアは両手の拳をグッと握った。

「私もこの身の全てを懸けて戦う覚悟です。この世界に生きる全ての人々のために」

 両手を祈るように重ねて、光導姫ランキング1位『聖女』のファレルナ・マリア・ミュルセールは決意の言葉を口にした。その赤みがかった茶色の瞳も、強い意志を宿していた。

「あわわ・・・・わ、私たち何かすっごい場違い感あるね明夜・・・・?」

「そうね、陽華。これはオンラインゲームで、急にレベルが違いすぎるパーティーに放り込まれた感覚に似てるわ・・・・・」

 最後に緊張気味に言葉を発したのは、光導姫レッドシャインこと朝宮陽華と、光導姫ブルーシャインこと月下明夜だった。2人は現在まだランキング入りこそしていないものの、半年ばかりで『光臨』を取得し、最上位闇人を追い詰めた期待の光導姫たちであった。

「まずは今の状況を端的に伝えます。今ごろラルバも『守護十聖』を集め話をしている頃でしょう」

 そう前置きして、ソレイユは現在の状況を光導姫たちに伝えた。現在、ギリシャでレイゼロールが世界を危険に晒す儀式を行っている事、そしてそのタイミングで全世界で大量の闇奴が発生した事を。

「以上のような理由で、私は光導姫として最上位の実力を持つあなた達『光導十姫』を。そして、最上位闇人と対等に戦った、光導姫レッドシャインとブルーシャインを招集しました。レイゼロールがいる場所には、全ての最上位闇人がいるはずですから。それに対抗する現状最高戦力が、あなた達というわけです」

「なるほど・・・・そいつは一大事だな」

 ソレイユの説明を聞いた菲が珍しく真剣な顔でそう言葉を漏らした。他の光導姫たちも菲と同じような顔を浮かべていた。

「・・・・・・・・私はこの日に備え、光導姫を転移させる力を貯蓄していました。そのため、あなた達全員をギリシャに転移させる事が可能です。むろん、闇奴の対応もあなた達を送り次第すぐに行います。・・・・急にあなた達をここに集めた私がこう言うのは、ひどくおかしい事ですが、お願いします。どうか、レイゼロールを止めてください。彼女の儀式が失敗すれば、世界中の全ての生命は死滅してしまう」

 そして、ソレイユは真剣な顔で言葉を続けた。

「そしてどうか、どうかレイゼロールを浄化してください。レイゼロールにとっての浄化は、他の闇奴や闇人とは意味が異なります。彼女が抱えている絶望の闇を、人の正の、光の想いを以て晴らす事。彼女を・・・・私の友達をどうか助けてあげて」

 ソレイユはそう言って、光導姫たちに深く頭を下げた。ソレイユの言葉を聞いた光導姫たちは、皆驚いたような顔を浮かべていた。当然だ。光導姫たちは、レイゼロールの浄化の意味を、ソレイユとレイゼロールが友である事をいま初めて聞いたのだから。

「この戦いが終わったら、全てを話します。レイゼロールと私の事。そして私の罪を。むろん、全ての光導姫たちに。・・・・・・・・自分勝手で理屈が通らない事は百も承知です。ですが、どうかお願いします。私には、あなた達にお願いをする事しか出来ない・・・・・・!」

 ソレイユは自身の感情を言葉に滲ませながら、頭を下げながらここにいる光導姫たちにそう言った。ソレイユの言葉に、光導姫たちは変わらずに驚いたような顔を浮かべていたが、やがてそれぞれの反応を示し始めた。

「けっ、別に私はどうでもいいよそんな事は。私は金のために光導姫やってんだ。雇い主様の事情は、言い方は悪いが興味ねえ。ただ、今回の仕事もやってやるよ。世界がヤバいってのはマジなんだろ? レイゼロールを止めなきゃ、金もロクに使えなさそうだしな。あと、報酬は弾むように政府のお偉いさんによろしく頼むぜ」

「・・・・私も変わらずに戦います。ソレイユ様のその話が気にならないといったら嘘になりますけど、それでも私は光導姫です。ここで戦わなければ、みんなを守れない。学校のみんな、家族、それに他の私の大切な人たちを」

「・・・・・・・・私はそうすぐには割り切れません。あなたが私たちに重要な隠し事をしていたというのは、正直ショックだ。私はあなたに少し不審感を抱いた。・・・・・・だが、それを言うなら私も、私たち人間も同じ事。隠し事がない人間なんていない。みんな、知られたくないから隠すのです。だが、あなたはそれを自ら開示した。その想いを私は信じたい。私も戦います。全てを懸けて。私の正義のために」

 菲、風音、アイティレがまずソレイユにそう言ってくれた。

「おお、ソレイユ様とレイゼロール様は友達だったのか!? そっか、それは辛いな! うん、任せてくれ! 私がソレイユ様とレイゼロールを仲直りさせてみせるぞ!」

「大丈夫。私も頑張って戦うよソレイユ様。私の拳で、レイゼロールを正気に戻してみせよう」

「友思いのいい言葉だね2人とも。ああ、もちろん私も戦うよ。まあ、光導姫の割に戦闘力自体は、私はからきしだがね。それでも、今は戦うべき時だ」

 メティ、エルミナ、ロゼも笑顔を浮かべ、

「淑女の嗜み国際条約第6条、淑女は友情に篤くあれ。私も色々気にはなりますが、難しいゴチャゴチャした事はこの際どーでもいいですわ。私は、ソレイユ様とレイゼロールの友情のために戦いましょう。それが淑女というものですわ」

「メリーってそういう所あるわよね。漢気あるっていうか何というか。でも、そういうのいいわよね! 事情も何も関係ない。私は私のために戦うわ! 呪術師たる私の力をレイゼロールに見せつけるのよ!」

「私も頑張るよ♪ まだ、私の大事な気持ちを伝えたい人に伝えられてないし。そのためにも、死んでも死にきれない!」

 メリー、真夏、ソニアもそれぞれ言葉を述べ、

「私はこの世界に生きる全ての人々のために戦います。例えそれが罪であろうとも。ソレイユ様、どうか顔をお上げになってください。ソレイユ様の思いも背負って戦わせていただきます」

「私たち頑張ります! 出来る事をやってみせます! みんなのために! ソレイユ様や世界のためにも!」

「ここでやらなきゃ、女が廃るってもんですよ。いっちょやってやりますよ。みんなの日常を守るためにも!」

 ファレルナ、陽華、明夜の3人は決意の言葉を放った。ソレイユの言葉を聞いてなお、ここに集った光導姫たちは戦うという選択を変えなかった。

「皆さん・・・・・・・・ありがとう。本当にありがとうございます・・・・!」

 ソレイユは顔を上げどこか感極まったように目に涙を滲ませると、袖で目元を拭いラルバに連絡を取った。

「ラルバ、こちらは準備は整いました。今から光導姫たちをギリシャへと転移させます」

『ソレイユ、分かった。こっちも準備は大丈夫だ。守護者たちもギリシャに転移させる』

 ディスプレイを出現させそう言ったソレイユに、ラルバは頷いた。

「では皆さん、今からあなた達を決戦の地へと送ります。どうかご武運を」

 ソレイユは再びこの場にいる少女たちにそう言うと、転移の力を使用した。すると、少女たちの体が光に包まれ始める。そして約10秒後、少女たちは完全に光に包まれ、ソレイユの前から姿を消した。

「・・・・・ありがとう。・・・・さて、次は全世界の闇奴の対応ですね。これ以上、私に感傷に浸っている時間はありません・・・・・!」

 少女たちをギリシャへと転移させたソレイユは、気合を入れなおすようにそう呟くと、状況に対応するべく周囲に無数のディスプレイを出現させた。












「・・・・・・・・来たか」

 祭壇をずっと注視していたレイゼロールは、チラリと背後を振り返った。すると、レイゼロールや他の「十闇」のメンバーたちから50メートルほど離れた場所に2つの大きな光が出現した。そして光が収まると、そこには少年少女たちがいた。10人の少年と12人の少女たち。合計22人の少年少女たちが。

「おっ、来たな!」

「大体20人前後か。女主人サマミストレスの言った通りの数だな」

 現れた光導姫と守護者たちにいち早く反応したのは、冥とゾルダートだった。2人はどこか楽しそうな表情になった。

 今ゾルダートが言ったように、20人前後という数はレイゼロールが予想していた人数だった。レイゼロールは全てのカケラを取り戻して以降、いずれ起こるこの最後の戦いに、光導姫と守護者の全ての戦力を集中させないように策を考えていた。そんな時に思いついたのが、このタイミングでの全世界での闇奴の大量発生だった。

 レイゼロールは全ての力を取り戻したし、「十闇」もそこらの光導姫や守護者が何十人、何百人いたところでどうにかなる者たちではない。だが、人数というのは個の力を超える武器になり得るし、何より面倒だ。ゆえに、レイゼロールは光導姫と守護者側の戦力を出来るだけ分散させるべきだと思っていた。そちらの方がより確実だからだ。

 闇奴を同時に大量発生させる事が出来たのは、レイゼロールが全ての力を取り戻したからだ。より正確に言えば、人間を闇奴に変えるタイミングを同時にする事が出来るようになったという方が正しいが。無論、人間を闇奴に変えるための仕込みは事前にやらなければならない。レイゼロールは取り戻した全ての力をフルに使ってその準備も進めていた。それが、全世界に闇奴を1000体以上同時に発生させた事のカラクリだった。

「あら・・・・来たのね陽華、明夜。ふふっ、まあ期待していたものね。なら、来るのが自然かしら」

 少年少女たちの中に、自分が見知った少女たちの姿を見たシェルディアはそう呟いた。期待していたの主語は「ソレイユが」だが、そこはわざと言葉をぼかした。シェルディアの隣にいた赤髪姿のキベリアは、「?」と疑問を抱いているような顔を浮かべていた。

「え・・・・・・・・? あ、あれってシェルディアちゃん!? 何で、シェルディアちゃんがどうして闇人たちといるの!?」

「ど、どどどういう事なの・・・・・・・・」

 一方、シェルディアの姿を見た陽華と明夜は、信じられないといった感じの反応を示した。陽華と明夜は、まだシェルディアがどのような存在であるのか全く知らなかったのだ。

「ッ、陽華ちゃん明夜ちゃん。あの子を・・・・いえ、アレを知ってるの?」

「は、はい。前に道案内をした子です。後は・・・・」

「ウチの高校にお弁当を届けに来たり、文化祭に来たりしてました・・・・一応、知り合いではありますけど・・・・・・」

 風音からそう聞かれた陽華と明夜がどこか放心したようにそう答える。2人の答えを聞いていた真夏は「え!? マジ!?」と驚愕したような声を上げた。

「アレ私たちのとこの文化祭に来てたの!? 怖すぎでしょそれ! いい、名物コンビよく聞きなさい。あいつは少女の姿をした化け物よ! 私と風音はあいつに手も足も出ずに負けたんだから・・・・!」

「・・・・その通りよ。アレは人ならざるモノ。こちらの世界では、吸血鬼と呼ばれる人外の怪物。それがアレの正体」

 真夏と風音が陽華と明夜にシェルディアの正体を告げる。2人からそう聞かされた陽華と明夜は、衝撃を受けたような顔になった。

「陽華ちゃんと明夜ちゃんが、あの吸血鬼と知り合いなら心苦しいかもしれないけど、今は戦うしかないわ。それが、私たちのやる事だから。厳しいけど迷いも疑問も、戦いの後でよ」

「「っ、はい・・・・!」」

 風音の言葉を聞いた陽華と明夜は、真面目な表情で頷いた。風音の言う通りだ。今は気持ちを揺るがせる時間はない。ただ戦うのみ。でなければ、この戦いで勝つ事も、生き残る事も出来ないのだから。

(ふーん、アレがラルバ様が言ってたレイゼロールサイド一ヤバい奴、【あちら側の者】の吸血鬼、その真祖の1人シェルディアか。どうやら、光導姫側は何人か面識があるみたいだが・・・・・・・・)

 シェルディアと、陽華や明夜たちを見て内心でそう思っていたのは、守護者ランキング4位『死神』の案山子野壮司だった。今まで謎に包まれていた守護者ランキング4位。今日壮司は、ラルバとの契約のために『フェルフィズの大鎌』を振るう者ではなく、最上位守護者として戦場に来ていた。まあ、がないわけではないが。

 ただし、壮司は現在守護者ランキング50位スケアクロウとしての顔も持っている。万が一、スケアクロウを知っている者が壮司の顔を見れば疑問を抱くのは必至。ゆえに、壮司は灰色のフードを目深に被り顔を分からないようにしていた。

(だけど、あのシェルディアって吸血鬼1人で俺ら全滅させられるくらい強いって話だしな・・・・・・ラルバ様はその点に関しては、を寄越すから心配しなくていいって言ってたけど、本当に来るのか? そんな助っ人・・・・・・・・)

 壮司が聞いた情報は守護者全員が知っているものではない。ラルバの契約者として教えられた情報だ。だが、それはそれとして、その助っ人が現れる気配は今のところない。壮司はそこに少しだけ焦りを感じていた。

「・・・・・・・・皆さん、これが最後の戦いのようです。皆さんに主の加護があらんことを。それでは・・・・戦いましょう皆さん」

 ファレルナが最強の光導姫としての自覚を持ちながら、この場に集った戦士たちにそう言った。敢えて率先するようにそう言ったのだろう。ファレルナの心を理解した光導姫と守護者たちは、それぞれの変身媒体に手を掛けた。

 そして、それぞれの変身へのキーワードを述べて、

 ――光導姫と守護者たる少年少女たちは光を放ち変身した。

 光が収まると、そこには光導姫と守護者のそれぞれの装束に身を包んだ少年少女たちがいた。彼、彼女らは全員決意の顔を浮かべていた。

「うん。やる気だね。全員、ちゃんと戦う者の目をしてる。じゃあ・・・・・・・・ろうか」

 変身した敵を見たゼノが、どこかゾッとするような笑みを浮かべる。ゼノの呟きは、シェルディアや他の闇人たちに指示を与えるものでなかったが、奇しくもゼノの呟きを聞いた「十闇」たちは、全員臨戦態勢になった。

 そして、

 光サイドの最高戦力と闇サイドの最高戦力たちは、互いを倒すためにその足で地を蹴った。


 ――決戦の地ギリシャで、全てを懸けた最後の戦いはこうして始まった。


 しかしスプリガンの、帰城影人の姿はまだそこにはなかった。

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