第242話 来るべき最後の戦いのために(2)

「ふふっ、これでこの話は終わりね。『世界端現』会得の修行は明日からにしましょう。ああ、それと影人。1つ言っておく事があるわ」

「言っておく事・・・・・・? いったい何の事だ、嬢ちゃん?」

 シェルディアからそう言われた影人は、軽く首を傾げそう聞き返した。

「ええ、一応大事な事よ。影人、分かっていると思うけど、あなたはレイゼロールを裏切った。次にレイゼロールと会う時は明確な敵同士。そして、レイゼロールから聞いているかは分からないけど、あなたが裏切った場合には私が始末をする事になっているわ。だから・・・・・最終決戦の日まで、あなたは姿で」

 影人の質問にシェルディアは少し真剣な顔でそう言葉を述べた。

「っ・・・・・・・・・そうか。今の俺が戦場に出れば、嬢ちゃんは俺を殺さなきゃならない。もしレイゼロールと戦場で会う事があっても、殺される可能性が高いからか」

 シェルディアの言わんとしている事の意味を察した影人は、納得したようにそう言葉を漏らした。

「そういう事よ。私はあなたを殺したくはない。さっきあなたと戦うと言った手前、こう言うのはおかしいかもだけど・・・・レイゼロールには悪いけど、この約束だけは元から破るつもりだったわ。あなたが戦場に姿を現さなければ、表向き姿をくらませば、私はあなたがどこにいるか分からずに殺せないと言う事が出来る。幸い、スプリガン時のあなたは本当に私でも気配は探れないから。レイゼロールもその理由ならば納得するはずよ」

 影人の呟きを聞いたシェルディアはコクリと頷いた。シェルディアは表向きにはレイゼロールを裏切っていない。いや、シェルディアからすれば裏切っているという意識も、もしかしたらなかったのかもしれない。単なる手助け、それくらいにしか考えていなかった。自由なシェルディアならば、そちらの方がしっくり来る。とにかく、シェルディアの言う事は現実的な問題であった。

「それは分かったって素直に言いたいところなんだが・・・・・・・・嬢ちゃん、元々スプリガンの仕事は、危機に陥った光導姫、特に朝宮と月下だが、そいつらを助ける事なんだ。だからもしだが、『終焉』の力を取り戻したレイゼロールがあいつらを目障りだから殺そうと考えて、あいつらを狙ったりしたら・・・・俺は戦場に出なきゃならない」

 シェルディアの補足を聞いた影人は、しかし難しげな顔を浮かべた。最終決戦の日がいつになるかは分からないが、すぐという事はないはずだ。その期間の間、スプリガンが1度も戦場に出なくて問題はないか。影人はその事が気になっていた。レイゼロールはフェリートやダークレイを使って、陽華と明夜を狙った事があるのだから。

「それなら心配しなくても、多分大丈夫だと思うわ。レイゼロールはこれから儀式のためのエネルギーを完全なものにするために忙しいでしょうから。陽華や明夜を殺すために、時間を掛けるとは思えない。そもそも、『終焉』の力を取り戻したレイゼロールにとって、もはや光導姫や守護者は有象無象に過ぎないのだから。消そうと思えばいつでも消せる。だから、そんな行動をわざわざ起こすとは思えないわ」

「確かにそう言われてみればそうだな・・・・・・」

 シェルディアの予想を聞いた影人は考え込むように顎に手で触れた。俗に言う賢そうなポーズである。だが、この前髪がバカなのはもはや周知の事実であり世界の真実なので、そんなポーズをしても滑稽にしか見えない。バーカがよ、前髪野郎、バーカがよ。五七五。

「なら、後残る問題は、レイゼロールがエネルギーを回収するための期間が大体どれくらいかと、実際にレイゼロールを浄化できるかって事くらいか。大体の期間は嬢ちゃんが聞けると仮定して・・・・ソレイユ、その辺りはどうなんだ? レイゼロールを浄化出来る光導姫はいるのか?」

 影人はソレイユに前髪の下の視線を向けた。影人がもしレイゼロールと対等に戦えたとしても、レイゼロールを浄化できる光導姫がいなければ話にならない。影人としては、その可能性が1番高いのはファレルナだと考えている。あの圧倒的な浄化の力を見たからこそだ。

「現状、1番可能性があるのはファレルナですね。あの子の浄化の力は桁外れですから。ですが、私はやはり陽華と明夜こそが、レイゼロールを浄化してくれるのではないかと思っています。光導姫になって約半年ほどでの『光臨』の取得。これは2人の可能性の萌芽だと私は信じています」

 影人からそう聞かれたソレイユは、影人と同じような見解を示しつつも、陽華と明夜の名を口にした。

「朝宮と月下か・・・・・・確かに、あいつらが覚醒した時は驚いたが、正直聖女サマほどじゃないだろ。お前は何であいつらをそんなに買ってるんだ?」

 ソレイユの言葉を聞いた影人は、前から抱いていた疑問をソレイユにぶつけた。ソレイユが言うには、陽華と明夜は光導姫として過去最高レベルの素質を秘めているとの事だが、影人には未だにピンと来ないのだ。頑張りは認めるし、センスも確かにあるのだろうが、レイゼロールには届かないように影人には思える。

「陽華と明夜は心の力が強い。人のために強くなれる、全力で戦える子たちです。私はその強く眩しい心の力が奇跡になると思っています。だから、私は2人に思いを馳せているのです」

「・・・・・・・・お前の言おうとしている事は分かるが、光導姫なら基本的には誰しもがそうじゃないのか? それがあいつらが特別だって言う理由になるとは、俺には思えないんだが・・・・・」

 陽華と明夜の強さ。それを聞いた影人は、なおも納得できないようにそう呟く。心の強さ、それは戦う者ならば誰しもが持っているもの。でなければ、戦場では生き残れない。陽華と明夜はその強さが確かに強いと影人も思う。ダークレイ戦を見て影人はそう思った。しかし、特筆するほどのものであるのか。影人はそこに疑問を感じた。

「あなたのその考えは分かります。確かに、光導姫ならばあの2人以外にも、心の強さは持っているものです。・・・・・ですが、私には分かるんです。陽華と明夜の持つ心の強さと輝きが、誰よりも強いという事が。今までずっと光導姫になった少女たちを見てきましたから。あなたからしてみれば不確かな理由に聞こえるでしょうが」

「・・・・・・・・ああ、確かに不確かな理由に聞こえるぜ。だが、お前がそこまで言うなら、俺はもう何も言わない。どっちにしろ、浄化云々の話は俺にはどうもこうも出来ないしな」

 ソレイユの真っ直ぐな瞳を見た影人は、軽く息を吐いた。ソレイユには影人にはない感覚があるのだろう。

「ええ、陽華と明夜ならばきっと辿り着いてくれるはずです。へと」

「っ・・・・? 『光臨』のその先の段階だと・・・・?」

 ソレイユが漏らしたその言葉。それを聞いた影人は驚いたようにそう聞き返した。














「風音さん、話があるって事ですけど・・・・・いったいどんな話なんですか?」

「大事な事ってメールには書かれてましたけど・・・・・・」

 11月5日月曜日、午後5時過ぎ。喫茶店「しえら」店内。陽華はテーブルを挟んで対面に座る風音にそう質問した。陽華の隣に座る明夜も不思議そうな顔を浮かべている。何時間ほどか前、陽華と明夜に風音から会って話がしたいという旨のメールが来た。陽華は帰宅部なので問題なく、明夜も書道部の休みの日だったので大丈夫だった。だから、2人は時間と場所を指定してきた風音にOKの返事を返した。それが、陽華と明夜がここにいる経緯だ。

「うん、そうなの。大事な話。正直、この話を陽華ちゃんと明夜ちゃんにするとはまだ思わなかったけど・・・・・・・・2人の成長速度が私の予想を遥かに上回った結果ね。2人とも、本当に強くなったから」

 扇陣高校の制服姿の風音は、陽華と明夜に暖かな目を向けながらそう言った。風音は意識を失っていたため後から聞いた話だが、陽華と明夜は「光臨」を取得し、風音を倒したダークレイを後一歩のところまで追い詰めた。まだ光導姫になって半年ばかりの少女たちが、最上位闇人を追い詰めた。それは凄い事だ。風音は陽華と明夜の事を、今や一人前の光導姫として認めていた。

「そ、そうですかね? 正直、あんまり実感ないですけど・・・・・ありがとうございます。嬉しいです」

「師匠からの認めの言葉、かなり熱いわね・・・・私も破茶滅茶に嬉しいです風音さん」

 風音の言葉を聞いた陽華と明夜はそんな感想を漏らした。2人とも、目指すべき強さのステージはまだまだ先だが、ずっと自分たちの特訓に付き合ってくれた風音からそう言われるのは嬉しかった。

「そんなあなた達だからこそ、この話を伝えるわ。この話は基本的には『光臨』のステージに至った光導姫にしか伝えないの。・・・・・・・・陽華ちゃん、明夜ちゃん。こう言うと少し偉そうだけど、あなた達はの力の習得に挑戦できるステージに立ったの。私やアイティレといった、一部の光導姫だけが挑戦できるステージに」

「「『光臨』のその先・・・・・・・・・・?」」

 風音の放ったそのキーワードに、陽華と明夜は不思議そうな顔で鸚鵡返しにそう言葉を漏らす。風音は真剣な顔でコクリと頷くと、こう言葉を続けた。

「うん。と言っても、今まで誰もその『光臨』を超えた力を習得してはいないんだけど。もはや伝説みたいな話だけど、ソレイユ様が言うには確かにある力みたい。『光臨』に至った光導姫が、『光臨』の想いを超える正の感情を抱いた時、その光導姫は『光臨』を超える力を手に入れる。その力こそが、レイゼロールを浄化できる光を生み出す・・・・・・・そう言われているの」

「『光臨』を超えた力・・・・凄い。そんなものがあるんですね」

「それはさぞかし、銀河ぶっちぎり並みにヤバい力なんでしょうね・・・・・・・・超スーパーすげェどすばい」

 風音の話を聞いた陽華と明夜は、少し呆気に取られたような顔を浮かべた。2人は『光臨』が光導姫の最も強い力であり、形態であると思っていた。事実、夏の研修の座学ではそう教わった。『光臨』こそが、光導姫の最も強い形態であると。

「あ、相変わらず明夜ちゃんの語彙は独特ね・・・・さっきも言ったけど、普通はこの話はしないの。『光臨』を習得している光導姫はごく一部。だから、夏の研修でもこの事は教えられない。教える必要がほとんどないから」

 明夜の感想に少し苦笑いをしつつも、風音は再び真面目な顔になる。そんな風音に、陽華はこう質問した。

「風音さん、その『光臨』を超えた力はどうすれば習得できるんですか? 私たち、もっと強くなりたいんです。あの人に追いつくために」

「あの人・・・・・・・・スプリガンの事ね。陽華ちゃんと明夜ちゃんは、今はもう敵になったスプリガンの事を、まだ信じてるのね」

 陽華が言った「あの人」が誰なのか、風音にはすぐに分かった。今や光導姫と守護者の敵になった謎の怪人スプリガン。後から聞いた話だが、風音が気を失っていたダークレイ戦で、スプリガンは浄化寸前まで危機に陥っていたダークレイを助けたらしい。更には中国で風音と同じ「光導十姫」の1人である、ランキング9位『軍師』を攻撃した事によって、スプリガンは敵と認定された。これは光導会議と守護会議で決められた約定に基づく決定だった。

「はい。スプリガンは確かに私たち光導姫にとって、敵という位置付けになっています。ダークレイも、私たちの目の前で助けました」

「・・・・・でも、それでも私たちは彼を信じたいんです。今まで何度もスプリガンを信じるって決めて、揺らいできました。・・・・今回の事は決定的と言えば決定的です。まだスプリガンを信じてる私たちは、バカで愚かなのかもしれない。だけど、それでも・・・・」

 陽華と明夜はそれぞれ言葉を紡ぐと、笑顔を浮かべこう言葉を続けた。

「私たちがあの人に何回も助けられた事は変わらないから。最後の最後まで、彼を信じ抜きます!」

「それでもし、彼が本当に悪い人になっていたのなら、戦って私たちが目を覚まさせる。それくらいじゃなきゃ、やってられないですからね」

 陽華と明夜の決意の言葉。それを聞いた風音は、フッと小さな笑みを浮かべた。

「そう、あなた達らしいわね。うん、2人はそのままでいいと思う。誰かを信じ抜くっていうのは難しい事だけど、陽華ちゃんと明夜ちゃんならきっと出来る。2人の心の強さは私もよく知ってるから」

 風音はそう呟くと、少し申し訳なさそうな顔を浮かべ、先ほどの陽華の問いかけに対する答えを返した。

「それでさっきの質問の事だけど・・・・・ごめんなさい。習得の方法は誰にも分からないの。分かっているのは、『光臨』を超えるような正の感情を抱いた時、その力を手にする事が出来るっていう事だけ。ソレイユ様に1度私も聞いた事があるけど、ソレイユ様もその力を習得する明確な方法は分からないって仰ってたわ」

「そ、そうなんですか・・・・・・・・・・」

「さすが誰も習得した事がない伝説の力ね・・・・」

 答えを聞いた陽華と明夜は少し困惑したような顔を浮かべそう呟いたが、次の瞬間には表情を明るいものにさせた。

「でも、そんな力があるって分かっただけ嬉しいです! これからもっと頑張ってもっと特訓すれば、もしかしたらその力を習得できるかもしれないって事ですもんね!」

「スプリガンに追いつくためには、伝説くらいの力が必要ですもんね。やったりますよ。これでも、頑張るのは得意なんです、私たち」

 そう。そんな力があると知れただけでも、陽華と明夜からすれば僥倖だ。このまま光導姫としてもっと頑張り続ければ、その力を得られるかもしれない。未だに誰も手にした事がない、究極の光の力が。陽華と明夜は、その力を習得したいと心の底から思った。

「風音さん! これからも特訓お願いします! 私たち、きっとその力を習得してみせます!」

「お願いします風音さん。私たち、どんなに苦しくてもやり遂げてみせますから!」

「陽華ちゃん、明夜ちゃん・・・・・・・・・・分かったわ。これからは、私ももっと本気であなた達とぶつかる。でも負けないわよ。『光臨』を超えた力を目指しているのは、私や他の『光臨』を会得した光導姫も同じなんだから」

 陽華と明夜の言葉を聞いた風音は、頷きながらも自身もそんな言葉を口にした。

 こうして、陽華と明夜は『光臨』を超える力の習得を決意した。全ては信じると決めた人のために。


 奇しくもこの日、影人、陽華、明夜の3人は強くなるという決意を固めた。3人のこの決意が、来るべき最後の戦いにどのような影響を及ぼすのか。それが分かるのは、当然だが最後の戦いの時だけだ。


 ――そして時は流れ、3人が決意を固めたこの日から約2ヶ月の時間が経過した。新年を迎えた1月8日。最後の戦い、その狼煙は唐突に上がった。

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