第241話 来るべき最後の戦いのために(1)

「影人!」

 レイゼロールの『終焉』の闇から逃れるため、ソレイユの転移を使って逃げた影人。影人が神界に転移されると、ソレイユが心配そうな顔を浮かべていた。

「・・・・・・・・・・悪い、ソレイユ。しくじった。情けねえ・・・・」

 自分に近づいて来たソレイユを見た影人は、申し訳なさそうな顔になりそう言った。レイゼロールが『終焉』の力を取り戻したのは全て自分のせいだ。

「いいのです影人。あなたはよくやってくれました。レールが『終焉』の力を取り戻したのは確かに残念ではありますが、まだ全てが終わったわけではありません」

 影人の言葉を聞いたソレイユは、ふるふると首を横に振った。だが、影人は尚も申し訳なさそうな顔を浮かべ続け、こう言葉を述べる。

「確かに全てが終わったわけじゃない。だが、スプリガンの存在の意義が、お前の今までの苦労は無駄になっちまった。俺はそいつが腹立たしい・・・・!」

「影人・・・・・・・・」

 影人の想いを聞いたソレイユが何とも言えないような顔になる。そんなタイミングで、どこからかこんな声が聞こえて来た。

「――少しらしくないわね影人。まあ、そんなあなたも素敵だけど」

「っ!? この声・・・・・・・・」

 聞き覚えのある声を聞いた影人は、ハッとしたように声のした方に顔を向けた。するとそこには少女が、いや正確には少女の姿をしたモノがいた。ブロンドの髪を緩いツインテールに結び、豪奢なゴシック服を纏ったそのモノは、優雅にイスに座り紅茶を嗜んでいた。

「嬢ちゃん・・・・・・・・・」

「こんにちは影人。さっき電話で話したぶりね。でもやっぱり、直接あなたに会う方が私は好きだわ」

 影人は少し驚いたようにスプリガン時の金の瞳を見開いた。テーブルの前のイスに座り紅茶を嗜んでいたのはシェルディアだった。

「何でここにいるんだ・・・・・?」

「最後のカケラを巡る戦い、あなたがレイゼロールを裏切る大一番だもの。どうなるかここから観察させてもらおうと思って。ソレイユがあなたの視聴覚をテレビのように私にも見せてくれたのよ。だから、全部見聞きしていたわ」

 影人の問いかけにシェルディアはニコリと笑いながらそう答えた。どうやら、影人がロシアに降り立った後からシェルディアはここにいたらしい。いったいどのようにして、ソレイユと連絡を取りここにやって来たのかは知らないが、今はそんな事はどうでもよかった。

「戦いの結果は、あなた達からしてみれば残念だったわね。レイゼロールは『終焉』の力を取り戻した。全ての力を取り戻したレイゼロールは強いわよ。私でさえ、今のレイゼロールに勝てるかどうかは怪しいのだから」

 シェルディアはゆっくり紅茶の入ったカップをテーブルに置くと、体を影人の方に向けた。

「だけれども、あなたはレイゼロールを救いたいのでしょう? レイゼロールの約束の人として。ならば、後悔や無念を抱いている暇なんて、厳しいけれど全くないはずよ。ねえ、影人」

 そして、シェルディアは影人にそう語りかけてきた。どこまでも穏やかな顔を浮かべながら。シェルディアの言葉を受けた影人は、ハッとしたような顔になり、やがて小さく苦笑した。

「・・・・・・・はっ、そうだな。嬢ちゃんの言う通りだ。そんな暇はない。レイゼロールが全ての力を取り戻しちまったのは今や仕方ねえ。これからどうするか、それが大事なんだよな」

「ええ、そうよ。ふふっ、それでこそあなたよ、影人」

 互いに笑みを浮かべる影人とシェルディア。そんな2人を見たソレイユは少しムッとした顔を浮かべると、影人に向かってこう言葉をかけた。

「ではこれからの話をしましょうか影人。どうぞこちらへ」

 ソレイユはそう言うと、シェルディアの座っているテーブルの方に歩いて行くと、新たなイスを創造した。どうやら影人の席らしい。影人はスプリガンの変身を解除し、制服姿に戻るとイスについた。ソレイユも自分が座っていたイスに腰を下ろした。

「さて、これでレールは全ての力を取り戻し、『終焉』の力を再びその手にしました。それは、レゼルニウス様を復活させる『死者復活の儀』に必要な死者に関わりがある物を手に入れたという事。後必要なものは、儀式を行うためのエネルギーだけです」

 改めて現在の状況を整理したソレイユ。ソレイユの説明を聞き次に発言したのは影人だった。

「そのエネルギーはレイゼロールが人間を闇奴に変える事で回収されるんだよな。エネルギー回収に関しちゃ、完全にこっちが後手に回るしかない。だから、レイゼロールがエネルギーを回収する行為自体は止められない。エネルギーがいつ完全に貯まるのかは分からないが・・・・・エネルギーが溜まり次第、レイゼロールは『死者復活の儀』を実行する。これは決定事項だ」

「そうですね。もうそれは止められない。私たちが最後にレールを止められるチャンスがあるとすれば、それはレールが『死者復活の儀』を開始した時です。『死者復活の儀』は膨大なエネルギーを扱う儀式。例え力を遮断するような結界を張っても、その力は結界を貫通するはずです。つまり、儀式を行なっている場所は特定できます」

「そうなれば、必然起こるのは最終決戦ね。私たちレイゼロールサイドと、ソレイユ、あなたとラルバサイドとの。どちらも互いに全ての戦力を使う総力戦になるでしょうね」

 影人、ソレイユ、シェルディアが互いを補足し合うように言葉を紡いでいく。そして影人はシェルディアの方に視線を向けた。

「そう言えば、嬢ちゃんは結局最終決戦の時はどっちにつくんだ? 嬢ちゃんは俺たちに協力してくれてるが、元々はレイゼロールサイドだろ。そのままレイゼロールサイドなのか、こっちの俺たちサイドで戦ってくれるのか・・・・・正直、かなり重要な要素だから教えてほしい」

 真剣な顔で影人はシェルディアにそう質問した。シェルディアという強力無比な存在がどちらにつくか。それによって戦況は大きく変わる。これは知らなければならない事だった。

「そうね・・・・・・・・元々、私がレイゼロールの味方になってあげたのは、私が死ぬためだった。私は不老不死の吸血鬼。基本的には死に嫌われている存在よ。だから、生きる事に飽きていた私はレイゼロールの『終焉』の力で死なせてもらおうと考えていた。それが、私がレイゼロールに協力していた理由」

「っ、そうだったのか・・・・・」

「それは知りませんでしたね・・・・・」

 シェルディアの唐突な告白を聞いた影人とソレイユは、それぞれそんな言葉を漏らした。シェルディアが正確に何年生きているのかは知らないが、シェルディアがそう考えるに至ったほど、それはシェルディアの悩みだったのだろう。影人にはシェルディアの気持ちは分からないが、理解は出来た。

「でもね、今はそうは考えていないの。私はまだもう少し生きていたい。生きる楽しみが・・・・ふふっ、出来たから」

「っ?」

 シェルディアはチラリと影人を見ると小さく微笑んだ。その意味が分からなかった影人は不思議そうな顔を浮かべた。ソレイユはその意味がわかったのか、面白くなさそうな顔を浮かべていた。

「だから、正直レイゼロールが儀式をするのは困るわ。失敗したら、この世界の生命が全て死に絶えてしまうもの。それは嫌なの。・・・・・・・・・・でも」

 シェルディアはどこか覚悟をしたような顔になると、こう言葉を続けた。

「私はレイゼロールに味方しようと思うわ。矛盾したようにあなた達には聞こえるでしょう。けれど、これが私の偽らざる気持ちよ。1度あの子の味方になると言った以上、最後くらいは頑張ってあげないとだから。私なりのケジメというやつかしらね。色々と気ままに振る舞っていた私の。・・・・だから、ごめんなさい影人。私はまたあなたと戦う事になるわ」

「そうか・・・・・・・・・・分かった。それが嬢ちゃんの決めた事なら、俺は何も言えない。今までありがとう嬢ちゃん。だけど、その時になるまでは変わらずに仲良くしてくれよ? 最後には戦う事になるけど、嬢ちゃんはその辺り気にしないだろ?」

「ふふっ、もちろんよ影人。あなたのそういうサッパリとしたところ、好きよ」

 影人とシェルディアは互いに笑い合う。傍から見ればかなり歪な関係かもしれないが、2人はそれで納得していた。

「さて、嬢ちゃんが敵になるとかなり厳しいが、そこはまあ死ぬ気で頑張るしかねえ、としか言えねえな。残る最大の問題は、『終焉』の力を取り戻したレイゼロールをどう戦って救うかだな」

「ええ、正直『終焉』の力を取り戻したレールに勝てる者がこの世にいるかどうか怪しいですからね。レールを浄化するためには、レールに隙を作りそこにレールを浄化できるほどの浄化の力をぶつけなければならない・・・・・・人の想いの光をレールに伝えなければ。そのためには必然、レールとの戦闘は避けれません」

 影人の言葉にソレイユが頷く。影人とソレイユの目的はレイゼロールを絶望の闇の中から救う事。そのためには、レイゼロールを浄化、人の正の思いの力をレイゼロールにぶつけ、レイゼロールに改心してもらわなくてはならない。それが、レイゼロールを浄化するという事の意味なのだ。

「・・・・正直、嬢ちゃんでも勝てるか分からないって言う今のレイゼロールと、俺が対等に戦えるかは怪しいな。もし俺がまた『影闇の城』を顕現できたとしても、俺の『世界』じゃレイゼロールを救えない。殺しちまうだけだ。・・・・・・・・はー、どうするかな。正直、俺がレイゼロールを浄化できないって都合上、レイゼロールに隙を作る係りは俺しかいねえが、ボコられる可能性しか見えねえ・・・・」

 影人はため息を吐きながら、ガリガリと自分の頭を右手で掻いた。スプリガンの力はイヴとの契約で完成しているし、『世界』の力は例え使えたと仮定しても、レイゼロールには使えない。今の影人ではレイゼロールに隙を作れるか。かなり不安だった。

「そうね。あなたでも今のレイゼロールには敵わないと思うわ。あなたの『世界』なら、レイゼロールには勝てるかもしれないけど、レイゼロールに勝つ事があなたの目的ではないしね。でもね、影人。『世界』を顕現できたあなたには、可能性があるわ。『世界』を応用した業――『世界端現せかいたんげん』を身に付けられる可能性が」 

「世界・・・・端現・・・・・・?」

 シェルディアが言ったその言葉に、影人は不思議そうな顔を浮かべた。影人は自身の精神の奥底にいる影から『世界』に関する知識はほとんど全て伝授されたが、その言葉は影から受け取った知識の中にはなかった。

「ええ。まあ『世界端現』という呼び名は私が付けた名称だから、他の呼び名もあるかもしれないけど、要は今言ったように『世界』を応用させる業よ。例えば、ごく小規模の『世界』を顕現させて自身の気配を断絶したり、私の存在をいないものとしてこの世界に認識させたりといったようなものね。これが『世界』の力の応用、『世界端現』よ」

「なるほど。それなら嬢ちゃんに見せてもらった事があるし、知識としては知ってる。・・・・・だけど、それは『世界』を完全に会得して初めて出来る業だろ? なんせ応用だからな。だから、『世界』を顕現できない今の俺には出来ないはずだ。それに、気配の断絶とか認識を阻害したりとかの、そんな力を得たところでレイゼロールには・・・・・・・・」

 シェルディアの説明を聞いた影人は納得したように頷いたが、難しそうな顔を浮かべそう言った。残念ながら、影人には『世界端現』を会得できる事は出来ないと感じた。それにその力を得たところで、レイゼロールに対抗できるとも思えなかった。

「確かにあなたの認識は間違っていないわ。でも、1度『世界』を顕現させたあなたになら『世界端現』を会得できると私は思っているわ。なにせ、『世界』自体より規模も力の消費も少ないから。そして、影人。あなたは少し勘違いをしているようだけど、『世界端現』の力は私が例に挙げたものだけではないわ。『世界端現』とは、文字通り『世界』の一部を現実のこの世界に端現させる事。すなわち――という事なのだから」

「っ!?」

 続くシェルディアの言葉に、影人は驚いたような顔を浮かべた。自身の『世界』の特性をこの世界に反映させる事が出来る。それならば、もしかすると今のレイゼロールにも対抗する事が出来るかもしれない。

「どう影人? あなたの『世界』は、敵を殺し滅ぼす事に特化した『世界』だけど、レイゼロールと対等に戦う事だけを考えれば、必ず力にはなるはずよ。あなたに『世界端現』を会得する気はある? もしあるならば・・・・・・来るべき最後の戦いの時までに、私が教えてあげるわ。『世界端現』の方法を」

 シェルディアは少女ならざる、どこか超然的な笑みを浮かべ影人にそう提案してきた。その提案を受けた影人は少しの間呆然としていたが、やがて強気な笑みを浮かべるとこう言葉を放った。

「はっ、是非もないってやつかな。どっちにしろ、今の俺じゃレイゼロールに届かない事は確定してるんだ。なら、やれる事は何でもやらねえと、だからな。・・・・・・・・・・・・頼む、嬢ちゃん。いや、お願いします。俺に『世界端現』を教えてください」

 影人は真剣な顔になると、立ち上がりシェルディアに向かって頭を下げた。その影人の姿を見たソレイユは「影人、そこまでレールの事を・・・・・」と呟いていた。

(ああ、何だってやってやるさ。あいつとの約束を果たさなきゃ、俺は死んでも死にきれねえ。だから、俺は強くなる。レイゼロールを助けるために・・・・!)

 シェルディアに頭を下げながら、影人は覚悟を決めた。現代の世界に戻ってから、忘れた事のないレイゼロールとの約束。影人は絶対にそれを果たさなければならない。それが、影人がやらなければならない事だ。

「・・・・・・あなたの覚悟、しかと受け止めたわ。いいでしょう、これから私があなたの一時的な師になる。これから頑張ってね、影人」

「分かってる。ありがとう、嬢ちゃん。正直、頑張るのは嫌いだし柄じゃないが・・・・・・やってみせるぜ」

 顔を上げた影人は小さく笑うと、シェルディアにそう言った。

 こうして、影人はシェルディアを師に強くなる事を決めた。全てはレイゼロールとの約束を果たすために。

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