第239話 カケラ争奪戦 ロシア(4)

「ッ・・・・・・・!?」

 ゼロ距離から背中を2つの拳銃に撃ち抜かれたアイティレは、苦悶の声を漏らした。

「っ、『提督』!? クソッ・・・・・・!」

 その光景を見たイヴァンは反射的に体を動かそうとしたが、イヴァンの体は現在複数の鎖に縛られている。動く事は出来なかった。

「ふん・・・・」

 アイティレを撃ち抜いた影人は銃をアイティレの背中から外し、それらを虚空に消した。そしてアイティレの左前腕を自身の腕で掴むと力を込めた。次の瞬間、べキグシャと嫌な音が世界に響いた。

「〜っ!?」

 アイティレの左前腕に激痛が奔る。堪らず、アイティレは左手で握っていた拳銃を落とした。影人は骨を握り砕いたのだ。そして、影人は右手でアイティレの左肩を掴み回転させ、アイティレと向かい合うような形にさせると、右手を拳に変えアイティレの左頬(影人からすれば右頬)に少しだけ手加減したパンチを入れた。

「ぶっ・・・・!?」

 少し手加減はしたと言っても、それは身体能力を強化し『加速』の力を使ったスプリガンのパンチ。威力はかなりのもので、アイティレは今度は左頬に鋭い痛みを感じながら15メートルほど吹き飛ばされた。アイティレはそこから更に転がり伏臥の姿勢になった。

「ぐっ・・・・・・・・」

 吹き飛ばされ硬い雪原に倒れたアイティレは、全身に痛みを感じた。赤い血が雪原を赤く染める。先ほど撃たれた箇所からの出血だろう。次にアイティレは口に違和感を感じ何かを吐き出した。それは自分の歯だった。これは今殴られた衝撃からだろう。アイティレは震える左手を無視し、右腕だけで立ち上がろうとするが、中々立ち上がる事が出来ない。

「・・・・・無様なもんだな『提督』。地に這いつくばってよ」

 そんなアイティレに、離れた位置から影人はそう声を掛けた。少し嘲りの笑みを浮かべながら。影人はなおも立ち上がろうともがくアイティレに、言葉を続けた。

「これで分かったろ。お前よりも俺の方が強い。光臨してもな。分かったのなら、さっさと尻尾巻いて逃げろよ。お前の背に撃った弾丸には『破壊』の力を込めた。回復の力を使わない限り広がり続ける。そうだな・・・・対処しなきゃ後10分もしない内に、お前の全身は粉々に砕けて死ぬ。今引けばまだ助かるかもしれないぜ?」

「っ、なん・・・・だと・・・・・・・・?」

 影人の言葉を受けたアイティレが少し驚いたようにそう声を漏らした。アイティレからは見えないが、確かにアイティレの背中の傷からは黒いヒビのようなものが広がり始めていた。

(ふー、やっとこさ戦いの勘が戻って来たな。そのせいで『提督』はちょいボコり過ぎたかもだが・・・・まあ、殺してないし大丈夫だろ。というか、撤退させるためにけっこうボコったしな。今日に限って言えば、カケラを奪うのは俺1人いればいいからな)

 一方、ナチュラルクズな前髪は内心でそんな事を考えていた。基本的に戦場では女の子を撃とうが、骨を砕こうが、殴ろうが死ななきゃまあと考えている男である。いやまあ戦士としてならばそれは正しいのかもしれないが、普通は倫理的にどうかと思うものだ。まあ、この前髪はその辺がたぶん多少壊れているので、そんな事は思ってはいないのだろうが。本当に、こんな奴が主人公でいいのだろうか。いや、多分ダメである。

 そして、影人が『提督』を撤退させようと考えているのは、影人がレイゼロールを裏切ってカケラを奪取しようと考えているからだ。今までは、光導姫や守護者がカケラを奪取する可能性を考慮し、光導姫と守護者を基本的には動ける状態でいるように、調整して戦っていた。

 しかし、今回ばかりはその可能性は必要ない。何度も言っているが、影人が動くからだ。逆に、影人の行動を阻害するかもしれない光導姫と守護者、特に『提督』はここで撤退させた方が楽だと影人は考えていた。だから、影人は『提督』に死のリスクを認知させ撤退させようと思ったのだ。

(あー、そういう事だからソレイユ。『提督』の傷しっかり治してやれよ。ほっといたらマジで普通に死ぬから。俺殺人者にはなりたくねえんだよ。犯罪になるし)

『ええ・・・・・・分かりましたけど、あなたえげつない事言いますね。普通にドン引きですよ・・・・・・?』

(うるせえ。スプリガンになってからこっち、だいたい死ぬか生きるかのやり取りしてきてんだ。その辺りの感覚はもうバカになってんだよ。とにかく、『提督』は冷静な奴だから撤退する事は納得するはず――)

 影人がソレイユに念話で言葉を返している時だった。倒れているアイティレが、右手の拳銃を握りしめブツブツと何か言葉を呟き始めた。

「ふざけるな・・・・貴様のような闇の力を扱う者に私が負けるだと・・・・・? あまつさえ、侮辱する・・・・・ッ、私は、私は・・・・!」

「あ? 何を言ってやがる」

 アイティレの呟きを聞いた影人が訝しげな顔になる。アイティレは影人に向かって、急にこんな質問をしてきた。

「・・・・スプリガン、貴様はなぜ私を殺さなかった? お前ならば、先ほど私を殺そうと思えば殺せたはずだ」

「・・・・・・・・別に。気まぐれだ。そうだな強いて言えば・・・・殺す価値もなかったってところか」

 正直に味方だから殺せないと言えない影人は、それらしい理由を適当にでっち上げた。まあ前髪からしてみれば、ちょっと言ってみたかったセリフでもあったが。

「っ・・・・そうか。貴様はどこまでも私を侮辱しているのだな・・・・・・・・ああ、怒りでどうにかなりそうだ・・・・!」

 だが、影人のその適当な答えはアイティレに怒りの気力を与えた。アイティレは全身の痛みに耐え、気力を振り絞り無理やりに立ち上がった。

「いい気味か・・・・? 強大な力をただ存分に振るって。人を傷つけるだけの力を振るって・・・・・負の感情を源にする力を使う、お前たちのような奴らが・・・・・!」

 アイティレはギリリッと力の限り歯に力を込める。アイティレの脳内に、今も病院のベッドで眠り続ける母親の姿が浮かぶ。アイティレの母親はもう6年も眠り続けている。それは6年前に、アイティレの母親が闇奴が暴れた余波で頭部にダメージを受けたからだ。その時の事をアイティレはよく、よく覚えている。

 6年前、アイティレが11歳の時だった。太陽が照っていた日、アイティレは母親と一緒に買い物に出かけていた。その日は何でもない休日だった。母親と買い物に行き、家では父親が料理を作っていた。何でもない、いつも通りの日常。アイティレが愛していた何気ない日々。だが、そんな日々は一瞬にして壊された。

 アイティレと母親が買い物から帰る途中、レイゼロールが現れ人間を闇奴へと変えた。闇奴は巨大な闇色の熊のような姿に変わり、本能のままに暴れた。光導姫が現場に現れ変身しない限り、人払いの結界は展開されない。通常、光導姫は3分以内に現場に到着する。それでもかなり迅速だが、闇奴発生直後にその場にいた人々などは、光導姫が到着するまでは逃げ惑うしかない。それはどうしようもない時間の空白だ。そして、アイティレの母親はその時間の空白の被害者だった。

(母は闇奴が暴れて破壊した建物の破片から私を庇い、頭を打った。その後、すぐに光導姫が現れ闇奴は浄化され、母は病院に搬送された。だが母は・・・・・・・・)

 その時のダメージが深刻だったからか、アイティレの母親は未だに目を覚まさない。アイティレが光導姫になったのは、自分のような経験をした人間を増やしたくないと思ったからだ。だから、アイティレは闇の力を扱う者を悪であると決めていた。それがアイティレの価値観なのだ。

「撤退などするものか。私は光導姫だ。絶対にお前のような者には屈しない・・・・あの時に誓ったのだ。私は私の正義を成してみせると・・・・・!」

 赤い瞳に不屈の闘志を燃やしながら、アイティレはスプリガンを睨みつけた。アイティレの変身媒体である、赤いオモチャのような偽物の宝石。あれは幼少期に母親から貰ったものだ。アイティレの瞳と同じ色のその宝石を、アイティレはずっと大切にしてきた。そして、アイティレは自身の誓いと想いをその宝石に込めた。

「スプリガン、レイゼロール・・・・・・・・貴様たちだけは・・・・!」

 アイティレは右手の拳銃を影人に向けた。既に全身にかなりのダメージを受けているというのに。

「・・・・バカが」

 戦いを継続しようとしているアイティレに、影人は静かに一言そう呟いた。影人からしてみれば、冷静なはずの『提督』が撤退を選択しないのは意外でしかなかった。

「いや、ヤバいって『提督』。今回ばっかりはマジで。君がそんな状態で、俺がこんなんだったら勝ち目ないよ。ここは素直に撤退した方が絶対いいよ」

 鎖に縛られたイヴァンがそう提言した。イヴァンは既にこの戦いは絶対に勝てない絶望的なものだと理解していた。

「黙れ『凍士』。まだ勝負は終わっていない。スプリガン、貴様に喰らわせてやる。私の最大の一撃を・・・・!」

 アイティレはそう言うと、こう言葉を唱え始めた。

「我が正義、我が銃撃、我が氷、我が光よ。く在れ、永久の氷よ、我が銃撃に我が正義の光を乗せろ・・・・!」

 アイティレがそう唱えると、銃口に水色と白色の光が集まり始めた。本来ならばこの技は2つの銃で放つものだが、もう1つの銃はスプリガンの近くに落としてしまっている。光導姫の武器は破壊されれば、一定の力を消費して再び召喚できるが、武器が破壊されていなければ召喚は出来ない。ゆえに、アイティレは不完全な片手でしか現在この技は使えない。

 アイティレの上着がはためく。風が渦巻く。そしてアイティレは自身の最大浄化技を放つべく、銃の引き金を引いた。

「――永久凍撃、全開発射ヴィエーチヌイリオート・ヴェーシビィストレル!」

 アイティレがそう叫ぶと、全てを永久に凍らせる光の奔流が放たれた。だが、本来ならば両手で放つ技を放ったアイティレは、片手だけではその反動に耐えきれずに右腕に激しい痛みを覚え、体勢を崩し後方へと下がった。

「はっ、いいぜ。ならてめえに完全な敗北をプレゼントしてやる!」

 自分に向かって来るアイティレの最大浄化技を見た影人はそう言葉を放つと、右手に闇色の拳銃を創造した。

「闇よ、黒き流星と化せ! 穿てよッ!」

 一撃を強化するために詠唱を行った影人は、光の奔流に向かって銃の引き金を引いた。すると、影人の銃の先から闇の奔流が放たれた。

 アイティレの全てを凍らせる光の奔流と、影人の闇の奔流が激突する。その激突は突風を巻き起こし、夜の世界を揺らした。

「消え去れッ! スプリガン!」

「消えるかよ。俺にはまだやらなきゃならない事がある・・・・!」

 アイティレの叫びに影人もそう言葉を放った。アイティレにもアイティレの信念と想いがあるのだろう。それは戦いを通して分かった。基本的に光導姫や守護者は信念や想いを抱き戦っているが、アイティレは特にそれが強い。それは心の強さ。目には見えない強さだ。影人はアイティレのその心の強さには敬意を抱いていた。

 だが、

(そうさ。消えられねえんだ。レイゼロールを助けるまでは・・・・・・! 約束したんだあいつと。俺はその約束を絶対に果たす。だから今はまだ・・・・俺はお前たちの敵のままだ!)

 影人はアイティレに黒い感情を、殺意に似た打倒の意志を燃やした。その黒い感情は影人の闇の力を増幅し、闇の奔流の威力を上げた。その結果、

「なっ・・・・・・!?」

 闇の奔流はアイティレの光を全て呑み込んだ。アイティレの光臨状態の最大浄化技が不完全であったというのも理由の1つだが、それ以上に影人の力と意志が強かった。

「・・・・あばよ『提督』」

「ぐっ、クソッ・・・・!」

 闇の奔流が迫って来る。アイティレは何とか回避しようと身を動かす。負傷していても光臨状態の光導姫だ。アイティレは本当にギリギリで左に倒れるように奔流を避けた。しかし完全には避けきれず、アイティレの右肘から先は闇の奔流に呑まれ、灰のように消え去った。

「〜っ!?」

「『提督』!?」

 アイティレの右肘から先は失くなっていた。アイティレが声にならない悲鳴を上げる。その光景を見たイヴァンが叫び声を上げる。そして、そのタイミングでアイティレとイヴァンの周囲に光が集まり始めた。それはソレイユとラルバの転移の光だった。

(ギリギリ避けれる速度で撃ったつもりだったが・・・・・・まあ許せよ。ソレイユに全部治してもらえ)

 影人は光に包まれ始めたアイティレに心の内でそう呟くと、アイティレに背を向けた。

「待てスプリガン! 私はまだ――!」

 アイティレが声を上げるが、光はアイティレを完全に包み、アイティレはこの場から姿を消した。同時にイヴァンも姿を消し、イヴァンを拘束していた鎖は対象をなくし虚空へと消えていった。

「・・・・・・終わったぜレイゼロール。光導姫と守護者は転移で退却した。お前の方はどうだ?」

 アイティレとイヴァンを撃退した影人は、レイゼロールの方を向き、そちらに向かいながらそう話しかけた。

「・・・・そうか。流石だな、助かった」

 影人に話しかけられたレイゼロールは目を少し見開きそう言葉を述べた。

「完全に探知出来るまで、もうあと少しといったところだ。そうだな後1分もすれば――」

 レイゼロールがそう言葉を紡ごうとした時だった。突然、本当に突然に、


「・・・・・・・・・・!」


 闇に紛れるように、レイゼロールの背後に黒フード――壮司が出現し、その手に持つ全てを殺す大鎌を振るった。

「ッ!? レイゼロール!」

 その光景を見た影人は、たまらず叫び声を上げた。

 今まさに、

 死がレイゼロールを掴まんとしていた。

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