第238話 カケラ争奪戦 ロシア(3)

「ふっ・・・・・・!」

 光臨したアイティレは右の拳銃の引き金を1度引くと、オーラによって強化された身体能力で、固まった雪の地面を踏み抜いた。アイティレは先ほどまでとは比較にならない速度で、影人の方へと近づいて来る。

「・・・・・・ふん」

 影人はアイティレの撃った弾丸を回避すると、右手のナイフを消し両手に闇色の拳銃を創造した。そして、アイティレの方へと自身も駆け出す。だが、その間にはイヴァンがいる。イヴァンはナイフを構えながら影人を見つめた。

「任せるとは言ったけど、一応まだ俺もいる――」

「鎖よ、彼の者を強く縛れ――邪魔だ」

 イヴァンが言葉を発し切る前に、影人は詠唱し虚空から闇色の鎖を複数呼び出した。詠唱によって強化された鎖は、対象に取り付く速さが向上し、イヴァンの全身を縛りつけた。

「は・・・・? マジかよ、おい・・・・・・・・」

 一瞬の間に体の自由が奪われたイヴァンは驚いたように言葉を漏らす。鎖による攻撃はイヴァンからしてみれば初見だったので、イヴァンは回避する事が出来なかった。

「・・・・・・あの時と同じ1対1だ。勝ち負けを証明したいのなら、こっちの方がいいだろ」

「ふん、貴様なりの挑発のつもりか。だが、いいだろう。乗ってやる」

 互いに相手へと向かいながら、影人とアイティレは両手の拳銃を発砲する。その銃弾を互いに避けながら、2人の距離は遂に完全に縮まった。

 そしてその瞬間、光臨したアイティレの「絶対凍域」が発動した。アイティレの半径1メートル以内に入ったモノ全てを自動で凍らせる力が。影人の体は徐々に凍り始めた。

(っ、全身が・・・・・・ちっ、俺はゼノみたく『破壊』の力を全身には纏えない。だったよな、イヴ?)

『ああ、力のコントロールが俺をしても難しいからな。後、出来たとしてもバカみてえに力を喰う。あれはあの闇人が特別なだけだ』

 眼を闇によって強化し、擬似的に引き伸ばされた意識の中、影人はイヴにそう聞いた。影人の質問にイヴはそう答えを返す。

(やっぱそうだよな。ちょっと面倒だな。さっきまでは、体の一部だけが凍ってただけだからどうにかなったが・・・・・・・・さて、どうするか)

 光臨したアイティレの能力が拡張したためだろうが、影人は少しだけどうするべきか考えた。先ほど余裕ぶって、「お前は俺には勝てない」発言をしたくせに、何とも情けない奴である。まあ、前髪が情けないのはもはや通常運転だが。

(取り敢えずは、一旦離脱するか。この凍る対策は今思いついたしな)

 影人は幻影化を使用した。影人の体が陽炎のように揺れ、影人の実体がなくなる。そして、影人はアイティレから5メートルほど離れた場所に再び現界した。凍り始めていた体は既に元通りになっていた。幻影化で1度実体を無くした時に氷は霧へと還り、その霧は影人の体を再構成させる時に排除されたからだ。

「ふん、挑発した割には最初から逃げ腰か!」

 実体化した影人に向かって、アイティレは両手の銃を乱射した。影人はその銃撃を避けながら、再びアイティレへと近づく。そして、影人は全身に黒騎士の装甲を纏わせた。完全なる黒騎士形態。バカの前髪曰く、正式名称『黒騎士、闇の衣』。死ぬほどダセェ名前である。そして、影人は両手の拳銃を剣へと変化させ、その2振りの剣に『破壊』の力を付与させた。理由は単純。完全装甲状態では銃よりも剣の方が似合うからだ。バカの極みみてえな理由である。

「っ、装甲を纏った・・・・・?」

 アイティレが初めて見る影人の完全な黒騎士形態に少し驚いたような声を漏らす。そして、影人は2刀流でアイティレの半径1メートル以内に足を踏み入れた。

 当然その距離はアイティレの「絶対凍域」の範囲内。闇色の装甲は白く凍り始めた。『破壊』の力が付与された両手の剣だけは、凍り始めてもすぐに氷が砕けた。黒騎士のおかげで自分の本体が凍らない影人は、両手の剣を振るった。

「なるほど。『絶対凍域』の中でそう動くか・・・・・・・・・!」

 影人の剣撃を避けながら、アイティレはそう呟いた。確かに装甲を全身に纏っていれば、体が凍る事はない。無茶苦茶な荒技だが、スプリガンにならばそれが可能であった。

「だが、失念しているようだな。確かにそれならば体が凍る事はないが・・・・・・・・しかし、

 アイティレが小さく笑いながらそう言うと、

「っ!?」

 影人は急に動けなくなった。いや、正確には動きが信じられないくらいに固くなったという方が適切だった。

「全身装甲には当然ながら関節部分が存在する。でなければ動けないからな。そして、その関節部分が凍れば動く事は出来ない。隙ありだ」

 至近距離で急に動きを止めた影人に、アイティレは2丁の銃撃の嵐を浴びせた。ガッガッと浄化の力を宿した銃撃が黒騎士の装甲を穿った。

(ちきしょう確かにその通りだな! 俺のバカが! ちっ、マズイぜ。今はまだ黒騎士の装甲が銃撃を弾いてるが、このままだと黒騎士形態が砕かれる。光臨した『提督』の銃撃の威力は当然光臨前よりも上がってるはずだ・・・・・!)

 どうしようもない前髪野郎はどうするべきか悩んだ。この前髪は真面目な時でもたまに普段のバカさが表れ、こういう事態に陥る事がある。うっかり屋さんめ。永眠しろ。

『おいバカのアホの前髪! てめえはどうしてそうたまに信じられないくらいアホになるんだよ!? ちっ、仕方ねえなおい! 要は関節が動けばいいんだろッ!』

 そんな影人にイヴはキレたようにそう言うと、影人にある力を施した。イヴがその力を現象化させると、影人の両腕と両足の関節部分に青白い炎が灯った。その炎のおかげだろうか。影人は関節を再び動かす事が出来た。

(っ、こいつは・・・・・・・・動く、動くぜ体が!)

 体の自由を取り戻した影人は、アイティレに向かって両手の剣を振るった。急に影人から反撃されたアイティレは驚いた顔を浮かべながらも、その一撃を回避した。影人も状況を今1度リセットするために、大きくサイドステップを踏みアイティレから距離を取る。

(イヴ、この力は何だ? お前何をした?)

『別に大した事はしてねえ。ただ闇の炎に情報を追加しただけだ。お前と鎧を燃やさないようにってな。もちろん熱も感じないようにしてやった。この炎の色はその情報を追加した証拠みたいなもんだ。結果、関節を凍らせてた氷だけが融解したってわけだ。『破壊』の力を付与しなかったのは、装甲まで壊れるからだ』

 影人の質問にイヴが答えを返す。今まで闇の炎を攻撃にしか使用してこなかった影人は、なるほどそんな事も出来るのかと思った。

(そうか。そんな使い方が出来たのか。なら、わざわざ黒騎士形態にならなくても、全身にこの炎を纏わせれば良かったってわけか。・・・・・でもまあ、いいか。この方がカッコいいし。あと、ついでだし指の関節も燃やしてっと・・・・)

 影人は両手の指の関節にも青白い炎を灯した。一応剣を握りっぱなしで凍っていたので、剣を振るう分には問題なかったが、やはり指は自由に動かせる方がいい。結果、影人は両腕の関節、両手の指の関節、両足の関節に青白い炎を灯らせていた。

 ちなみに、呼吸の問題に関しては問題はなかった。外から空気を取り込む隙間のある顔面部分も凍っているのだから、呼吸する事は出来ないはずという疑問が提起されるだろうが、元々黒騎士形態は外から空気を取り込まなくてもいいように、鎧内部に空気と緩やかな風を発生させ、酸素を十分に循環させられるように出来ている。ゆえに影人が息苦しさを感じたり、窒息するような事はなかった。

(しかし、図らずも今の俺ありえん格好よくなってないか? 黒騎士形態に・・・・いや今は凍ってるから白騎士の方が合ってるか。更に青白く燃えるナイ◯ロシステムみてえな炎、身体能力強化の闇色のオーラ、更に更に2刀流・・・・ふっ、これが役満ってやつか。よし、今の俺の形態を『白騎士、幽鬼の衣』と名付けよう)

 天啓を得たと言わんばかりに、この世で最も愚かな前髪は内心でそんな事を考えた。シリアスとギャグをペラペラな紙みてえに行き来する野郎である。多分、久しぶりの戦いではしゃいでいるのだろう。分かってはいたがもうダメみたいである。

「うーん、やっぱ動けないよな・・・・・・・・なら仕方ない。ジッとしてよ。後、えらくカッコよくなったな。あのスプリガンって奴。日本のアニメに出てきそう・・・・」

 一方、影人の鎖に縛られたままのイヴァンは特にどうする事も出来ないので、アイティレと影人の戦いを観察していた。呑気なものと感じられるかもしれないが、イヴァンは一応レイゼロールを警戒している。だが、レイゼロールはイヴァンには目もくれず、何か集中しているようなので、イヴァンはそんな言葉を漏らしたのだった。何だかんだ、イヴァンも男の子のようだ。

「――降れよ、氷の雨リオート・ドーシチ。ふん、何かをしたところで・・・・!」

 アイティレが右手の銃をオーロラが輝く夜空へと掲げた。そして引き金を引く。1発の銃弾が夜空へと駆け上がり、やがて複雑な魔法陣へと姿を変える。その魔法陣が水色の輝きを放つと、そこから氷の雨が影人へと降り注いだ。

(はっ、氷の雨か。そんなもので、この白騎士形態を止められるものかよ・・・・・・!)

 影人は鎧の内でニヤリと笑うと、両手の剣を構えた。そして、自分に向かって降ってくる氷の雨を両手の剣で弾き始めた。鎧を纏っていても、今の影人は身体強化に、眼の強化と『加速』の力を全身に施している。氷の雨を弾き壊すくらい何ともない。

「化け物め、ならば・・・・!」

 アイティレは両手の拳銃を影人に向け、銃弾を乱射した。影人に向かって横方向から無数の弾丸が放たれる。2方向からの攻撃。これならば、弾く事など出来ないはず。アイティレはそう考えた。

(ふん、温いぜ『提督』。この程度の物量、嬢ちゃんの時と比べれば・・・・)

 影人は剣を振るう速度を上げ、両手の剣を振るう方向を全方位へと変えた。影人が振るう2本の『破壊』の力を宿した剣撃が、斬撃の結界となる。アイティレが放った銃弾も、氷の雨も、白騎士の鎧に触れる事はなかった。

(そろそろ飽きたぜ。今度こそ全ての準備は万全。さあ、やるか!)

 タイミングを見計らい、影人は固まった雪を踏み抜き、アイティレへと何度目かになる接近を試みた。むろん、アイティレの銃撃を剣で弾きながら。

「っ、また来るか・・・・・・・・!」

 銃弾を弾きながら接近してきた影人に、アイティレは更に激しく銃弾の嵐を浴びせた。だが影人はその悉くを弾き、再びアイティレの半径1メートル内に足を踏み入れた。白騎士となった装甲がまた凍り始める。だが、そんなものはお構いなしに影人は両手の剣を振るう。

「ちっ!」

 神速の斬撃にアイティレは何とか反応する。今のアイティレは身体能力が強化されている。当然それだけでは避ける事は出来ないが、アイティレの戦闘センスは光導姫の中でも最上位レベル。更に最上位の光導姫としての戦いの経験。それらを全て総動員して、アイティレは影人の神速の剣撃を回避した。光導姫ランキング3位『提督』の名は伊達ではない。

(反応するか。やっぱりこいつも普通にヤバいな。じゃあ、そろそろ俺の力の真骨頂を見せてやるか・・・・!)

 影人は剣を振るいながら、アイティレと自分を囲むように闇色の銃を大量に創造した。銃口は全てアイティレと影人の方を向き、更にアイティレに凍らされないように半径1メートルよりも先、1メートル半に設置されていた。一言で言うならば銃の牢獄のようなものだ。

「っ!? これは・・・・」

一斉発射ファイア

 アイティレが驚いた顔を浮かべた瞬間、影人はそう呟いた。すると、アイティレと影人を囲んでいた全ての銃が自動的にその引き金を引き、闇色の銃弾が放たれた。銃弾は影人とアイティレを穿とうとするが、影人は白騎士形態のため銃弾を全て弾き、アイティレは「絶対凍域」が発動し、自分を傷つけようとした銃弾は範囲内に入ると瞬時に凍り、地面へと落ちた。結果、その銃撃で2人がダメージを負うことはなかった。

「ふん、無駄だ。その程度で今の私にダメージを与える事など――」

「知ってるぜ。だから、こうするんだよ」

 影人がそう呟くと、2人を囲んでいた闇色の銃が全て爆発した。1つ1つの爆発の規模は小規模も小規模だ。だが、銃は大量に、軽く見積もっても100はあった。ゆえに、それらが合わさった爆発はかなり大規模なものになった。

「ぐっ・・・・!?」

 急に起こった超至近距離での爆発。爆風がアイティレを襲う。熱はアイティレの「絶対凍域」によって無力化されたが、猛烈な風だけはアイティレの体を煽った。アイティレはその強風に思わず目を細める。影人はその瞬間を見逃さなかった。

「強制解除」

 影人がそう言葉を漏らす。すると、白騎士の装甲が全方位に弾け飛んだ。これで、アイティレの前方の視界は飛来してくる装甲で大方封じられた。影人は鎧を解除した瞬間に、青白い炎を全身に纏いアイティレの背後へと移動した。その際、青白い炎に影人は更に情報を追加した。燃やすのは氷だけという。そして、影人は両手の剣を再び銃に変化させる。銃も影人が握っている事、更に今追加した情報により凍る事も燃える事もない。つまり、普通の銃と変わらない。影人は両手の銃をアイティレの背中にピタリと当て、

「・・・・俺の勝ちだ」

 その引き金を引いた。


 直後、少しくぐもった2つの銃声が夜に響いた。

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