第235話 最後のカケラ

「っ、俺が過去に飛ばされてから10日・・・・・・・・・・そして、レイゼロールが9個目のカケラを吸収した、か・・・・・・・・」

 ソレイユの答えを聞いた影人は、深刻そうな顔を浮かべそう言葉を漏らした。

「まあマズイ情報だが、最悪ではないな。元々、俺たちの計画では最後の10番目のカケラの横取りを狙うって話だったし」

 続いて影人はそんな言葉を呟く。レイゼロールが9個目のカケラを吸収していたのは、一応9個目のカケラを奪取の予定としていた影人たちからすれば悪い情報ではある。だが、今影人が述べたように本命は最後のカケラだ。ならば、まだチャンスはある。

「それはそうですが・・・・・・・・・影人、まだその計画はやるつもりなんですね。私はさっきの話を聞いた限り、もうその計画をあなたが実行する意志はないと思っていましたが・・・・」

 影人の呟きを聞いたソレイユは意外そうな顔でそう言った。先ほど影人は正面からレイゼロールとぶつかって、その上でレイゼロールに自分の事を伝えると言った。だから影人はソレイユの、今すぐにでも影人の存在をレイゼロールに伝える、という案を却下した。それが過去で様々な経験をした影人の考えなのだろう。少なくとも、影人はレイゼロールの事を想ってそのような考えを持っている。ソレイユはその影人の考えが分かったからこそ、影人の一緒にレイゼロールを救おうという言葉に頷いたのだ。

 だから、ソレイユはてっきりカケラを途中で奪取するという計画を今の影人は許容しないと思っていた。ソレイユも残念ではあるが、影人の意志を尊重しようと思っていたのだが、影人の今の呟きを聞く限り、どうやら影人はまだカケラ奪取の計画を諦めてはいないようだ。ソレイユが意外感を示したのは、そのような理由からだった。

「ん? ああ、カケラ奪取は別にな。だって、カケラ奪われたらレイゼロールは絶対に奪い返しに来るだろ? だったら最終決戦は絶対に起きる。だから問題はねえと俺は思うが」

 ソレイユの疑問に影人はそう答えた。影人が先ほど言った正面からぶつかるというのは、レイゼロールと影人が本気の死闘をした上で、レイゼロールの想いを全て吐き出させるといったような意味合いだ。要はその舞台が整えば、影人からしてみればそれ以外はどうでもいいのだ。

 ちなみに、もしカケラをレイゼロールが吸収しても、最終決戦の場は「死者復活の儀」の時に整うだろうから、それでも問題はないと影人は考えていた。ただ、後者は出来れば実現してほしくないシチュエーションだが。

「え、ええー・・・・・・なんか、その考え色々と矛盾してませんか?」

「人間ってのは矛盾した生き物なんだよ。それに、お前がさっき言った事に危険があるのも事実だろ」

 少し引いたような顔でそう指摘してきたソレイユに、影人はそう言葉を返した。影人の中ではそれほど矛盾したように感じないのだが、ソレイユからすれば矛盾しているように感じるのだろう。だから、影人は面倒な議論に発展しないようにそう言ったのだった。基本的に帰城影人という少年は面倒くさがり屋なのだ。

「ま、まあ確かに冷静に考えるとそうですが・・・・うーん、何かスッキリしないですね・・・・」

 影人の言葉を受けたソレイユは一応は納得したようだが、完全には納得していないようだった。

「取り敢えずそういう事だ。これもさっき言った事だが、やる事は変わらない。俺はレイゼロールから最後のカケラを奪取する。今の目的はこれで決まりだ」

「分かりました。では、当面の目的は変わらないという事で」

 影人の宣言にソレイユが頷く。こうして、影人とソレイユの今後の方針が決まった。

「取り敢えず、堅苦しい話はこれくらいにするか。いやーにしても、マジでとんでもねえ体験したぜ。まさか、人生でタイムスリップするなんてよ。しかも、生きるためとはいえレイゼロールと一緒に生活したり、過去のお前と会ったり・・・・・・・・人生は何が起きるか分からないとはよく言うが、俺の人生色々ありえん事が起きすぎてる気がするぜ」

「こう言うのは少し失礼ですが、まあ、あなたですからね・・・・・・・・でも今回の話には本当に驚かされました。私としては、あなたがあの人間と同一人物であるというのは、少し変な気分ですよ」

 影人の漏らした言葉にソレイユは苦笑を浮かべ、次に少し照れくさそうな顔になった。

「だろうな。俺はこっちのお前を先に知ってたから、ちょっとギャップを感じた程度だが。そうだ。久々に格闘ごっこでもするか? スプリガンに変身してボコボコにしてやるぜ」

「バカにしないで下さい! 私もあれから成長したんです! 後、普通にガチじゃないですかあなた! そういうところはやっぱり変わってませんね!」

「そりゃ変わってねえよ。俺は俺なんだからな。というかちょっとした質問なんだが、お前なんで話し方変えたんだよ? 昔はもっとガサツっぽかったじゃねえか」

「あの時の私は幼体、人間でいう子供みたいなものだったんです! 成長するにつれて色々考えやそれこそ話し方だって変わるものです! というか、わざわざそんな質問しないでくださいよ! あなた、本当にデリカシーないですね!」

「何で今の質問がデリカシーないって事になるんだよ!? 意味が分からん! 俺は普通に聞いただけだろ!?」

「それがデリカシーがないって事の証明なんですぅ! バーカバーカ!」

「てめえこのアホ女神! 誰がバカだ! ええい、やっぱり格闘ごっこという名の戦いするぞ! 今日こそ積年の恨み晴らしてる!」

「ええやってやりましょうとも! 昔はあなたに勝てませんでしたが、今は違います! 成長した私の力あなたに見せてやりますよ!」

 ギャーギャーと結局言い合いを始める前髪とポンコツ女神。そのままバカとアホは軽く取っ組み合った。いつの時代も変わらない奴らである。

「はあ、はあ・・・・か、髪を毟ろうとするなよ、クソ女神・・・・・・・・・・」

「あ、あなたこそ、女神の鼻の穴に指を突っ込もうとしないでくださいよ・・・・正気ですかバカ前髪・・・・」

 数分後、互いに疲れたように影人とソレイユはそう言葉を交わし合った。

「ったく、本当にいつの時代も変わらねえな俺たちは。普通ならこんなやり取りの後は、ムカつきながらも帰って来たなって思うもんなんだろうが、過去でもしょっちゅうやってたから、全く思いもしねえ・・・・・・・・」

「知りませんよ。ただ、それが私とあなたの関係性という事なのでしょう。過去も現代も。そしてこれからも」

 影人の呟きにソレイユがそんな言葉を紡ぐ。そして、影人とソレイユは互いに笑みを浮かべた。

「はっ、お前に同意するのは癪だが、きっとそうなんだろうな。全く嫌なもんだぜ」

「ふふっ、それは私のセリフです」

 2人とも表情と言葉が一致していない。だが、それでいいのだ。それが影人とソレイユの関係性なのだから。

「さーて、なら言いたい事も全部言えたし、適当にケンカもできたし、そろそろ帰るか。ソレイユ、俺を地上に帰して――」

 影人がソレイユにそう言おうとした時だった。影人は自分が現代に戻って来た事で起こる、もう1つの問題に気がついた。

「あ・・・・・・・・・・・・ヤバい。お前こっちで俺が消えてから10日経ったって言ったよな? ど、どうしよう。母さんや穂乃影に何て言おう・・・・あと、学校も無断欠席しちまってるし・・・・・マジでヤバい・・・・」

 その問題に気がついた影人は珍しく本気で狼狽したように頭を抱えた。普通に考えて、こちらの世界では影人は10日間、誰にも何も言わずに失踪していたのだ。普通に事件案件である。どうやら、人並みにそのような危機意識があるらしい前髪は、急にゲロを吐きそうな顔になった。ざまぁねえ。

「あー、確かにそのような問題もありますね・・・・・・一応、あなたが時空の歪みに呑み込まれたという事はシェルディアには伝えましたので、もしかしたらシェルディアがあなたの家族に方便を言ってくれているかもしれませんよ。シェルディアはあなたの隣人ですから」

「マジか。なら、悪いが嬢ちゃんに期待するしかねえか・・・・・・取り敢えず、ソレイユ服直せるか? あと血痕をどうにかしてくれると助かるんだが」

 影人はシェルディアに軽くそう願うと、ソレイユにそう言った。今の影人の恰好は過去から帰って来たままの格好だ。流石にこのまま家に帰るわけには行かない。

「ああ、それくらいならお安い御用です。少し待ってくださいね」

 ソレイユは虚空から桜色の装飾が施された杖を呼び出し、それを影人に向けた。すると、杖の先から淡い光が放たれ影人の体を包んだ。次の瞬間、影人の破れた衣服は元通りに、血痕も綺麗さっぱりに消えていた。

「おお、サンキュー。元来てた服とか靴は人間たちに剥ぎ取られてどっか行ったからな。助かるぜ」

「いえ、大した事はしてませんから。それにしても、確かにあなたはそんな恰好してましたね。うーん、大昔の記憶の中にいた人物がそっくりそのまま現実に出てきたような感覚です」

 自分の服を見た影人はソレイユに感謝の言葉を述べた。服が元通りになった影人を見たソレイユは、不思議そうな何とも言えないような顔を浮かべていた。

「取り敢えずこれで帰れるな。正直何言われるか分からんし、ちょっと帰りたくない気持ちもあるが・・・・まあ何とでもなるはずだ、ってやつだな。自分探しの旅に出てましたとか言ってゴリ通そう」

「それでゴリ通せるんですか・・・・・・? まあ、分かりました。ではあなたを地上に、あなたの家の近くに転移させます。それで大丈夫ですか?」

「ああ、頼む」

 ソレイユの言葉に影人が頷く。その頷きを見たソレイユは「では」と言って、影人に再び杖を向けた。すると、影人の体が光に包まれ始めた。光は徐々に影人の全身を包み始め、あと少しで転移が始まる。そんな時に、ソレイユは思い出したように影人にこう言った。

「ああ、色々と驚き過ぎてすっかり言うのを忘れていました。影人、おかえりなさい」

「おう、ただいまだ」

 暖かな笑みを浮かべたソレイユに、影人も笑みを浮かべそう言葉を返した。そして、影人は神界から姿を消した。

 こうして、影人は現代に帰還したのだった。













「エイト・・・・・・・・・・・・」

 この世界のどこか。辺りが暗闇に包まれた場所。自身の拠点、その広い居間のような場所にある石の玉座に座っていたレイゼロールは、ポツリと自分にとって特別な、それでいて懐かしい人間の名を呟いた。

(お前が死んで既に2000年ほどの時間が経った。だが、お前との出会いやお前と共に過ごした時間だけは、今もまだ色褪せない。それくらい、我にとっては暖かで大切な時間だった・・・・)

 エイト。前髪が異様に長く、どこか捻くれていて、それでいて優しかったレイゼロールにとっての特別な人間。出会いは衝撃的だった。レイゼロールが潜伏していた森に人間たちがやって来て、その人間たちの中にいたのがエイトだった。エイトは奴隷として連れて来られたと言っていた。

 エイトは人間たちに反逆してレイゼロールを身を挺して助けてくれた。あの時、人間たちはレイゼロールの兄レゼルニウスを殺した神殺しの剣を持っていた。エイトが助けてくれなければ、レイゼロールは死んでいた。そしてその後、エイトは再びレイゼロールを庇い重傷を負った。その光景が兄が殺された光景をフラッシュバックさせ、レイゼロールは『終焉』の力を暴走させ、人間たちを追い払う事に成功した。

(・・・・・・・・あの時、我がお前に生命力を分け与え助けたのは、気まぐれに近かった。人間に助けられたままでは不快。あの時の我はそんな風に考えていた)

 エイトを助けたレイゼロールは、そのままエイトが目を覚ますまで近くで待ち続けた。それは人間がレイゼロールを助けた理由を知りたいからだった。

(お前は本当に変わった人間だった。我を助けたのは自分の欲望からでそれ以外の理由はないと言った。そして、お前は我と一緒に森から逃げて、我と一緒に行動を共にしたいと言った・・・・・・・・)

 最初はレイゼロールはその言葉を拒絶した。だが、最終的にはその言葉を受け入れた。大きな借りだと言って。あの時の自分はなぜその言葉を受け入れたのか分からなかったが、今ならば分かる。あの時の自分は寂しかったのだ。1人でいたくはなかった。だから、エイトを受け入れた。

(それからは賑やかだった。楽しかった。暖かった。最初は色々と苦労もあった。だが、それを抜きにしても、お前といたあの30日と少しの時間はそう思える。いつしか、我はお前に心を開いていた)

 エイト、ソレイユやラルバなどと南の小森にいた時の記憶が鮮やかに蘇る。レイゼロールが最後に楽しかったと思える時期だ。兄が死んで絶望していたレイゼロールは、気がつけばかなり立ち直っていた。また前を向き始めていた。エイトと一緒ならば大丈夫。そんな風にも思っていた。

(・・・・・・・・・・だが、そんな日常は唐突に終わった。お前が人間たちにたまたま見つかり殺されてしまって。その事を聞いた時、我は再び絶望の闇に沈んだ)

 あの日の事はよく覚えている。エイトと偶然的に知り合いになった人ならざる者、フィズフェールはパーティーをしようと言って、2人でフィズフェールの家へと向かった。レイゼロールはその間に火の準備などをしていた。そして、2人が戻って来るのを待っていた。

 だが、戻って来たのはフィズフェール1人で、フィズフェールは必死そうな悲しそうな顔を浮かべていた。その手に血に濡れた布のような物を持ちながら。

 そして、レイゼロールはフィズフェールから聞かされたのだ。自分たちがたまたま人間たちに見つかってしまい、エイトが不幸にも人間に斬り殺されてしまった事を。フィズフェールは何とか影人の衣服の一部を取る事に成功したが、人間たちはエイトの死体をどこかに運んだと言っていた。その際、人間たちは死体を燃やすと言っていたから、既にエイトの死体はないと思うというような事も。それを聞いたレイゼロールは、最初意味が分からなかった。

 それからの事はあまり覚えていない。フィズフェールからエイトの形見を渡され、フィズフェールはエイトを助けられなかった自分がレイゼロールに合わせる顔はないと言って、どこかへと消えていった。レイゼロールはしばらくの間、ただただ現実を受け入れられずに放心していた。

 そして、何日もエイトが帰って来ない事でレイゼロールはフィズフェールが言っていた事が本当に現実だったのだと悟った。そこからは涙が止まらなかった。そして、やがて涙も枯れ果てた。

(そこから我は決意したのだ。禁忌であっても、エイトを蘇らせると。100年間成長するために時間を要した。準備は完璧だった。だが・・・・・なぜかお前は蘇らなかった・・・・・)

 100年間、それだけを目的に生きてきたレイゼロールにとってそれはあまりにも酷な事だった。レイゼロールは何度か分からない絶望の闇に沈んだ。そして死ねない自分の身を呪った。

(これでもし兄さんも蘇らなかったら・・・・・・・・・・ふっ、いよいよ我は何のために生きているのか、分からなくなるな)

 現在のレイゼロールの目的は、兄であるレゼルニウスを復活させる事。そのために必要な準備は着々と進んでいる。「死者復活の儀」はあと少しの時間があれば行う事が出来る。

(だが・・・・・・・・お前の事を思い出すと、いつも我はあの約束も思い出してしまう。我が困っていたり助けを求めている時は、必ずお前が助けると誓ったあの約束を。それに、我はお前に我の名前も伝えられなかった。ああ、なぜ我はもっと早くお前に名前を伝えなかったのだろうな・・・・)

 胸中には様々な感情が渦巻いている。懐かしさ、後悔。それらがぐちゃぐちゃに混ざったような感情。たまらない気持ちだ。

(しかしそれでも・・・・・我は進まねばならない。過去を引きずって、過去に囚われても。過去のために、我は目的を果たしてみせる)

 自分が過去に囚われている事を自覚しながらも、レイゼロールは自分をそう奮い立たせた。最後のカケラの場所は、つい先ほど感知した。そのカケラを吸収すれば、レイゼロールの全ての力は、『終焉』の力は戻る。兄との繋がりが。その後は、エネルギーを貯めれば儀式の準備は全て整う。レイゼロールの目的が果たされるまで、本当にあと少しなのだ。

 だけれども、

「我は・・・・・・・・・・・・・寂しいよ。エイト、兄さん・・・・・・・・・・・・・・・」

 今この孤独が消えるわけではない。レイゼロールは誰にも聞かせられない自分の弱さを、ポツリと漏らした。

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