第234話 狂いし忌神、新たなる決意

「今は亡き、狂いし忌神・・・・・・・・・・?」

 ソレイユのフェルフィズに対する評価を聞いた影人は、簡潔に情報をまとめそう呟いた。

「ええ。遥か昔に葬られた忌むべき神。それがフェルフィズです。鍛治や鍛造などといった物造りの神と聞いています。そして、レールや亡くなったレールの兄の神と同じ闇の属性を司っていた神。闇の属性を司っていた神は過去にも現在にもその3柱の神だけです。まあ、今は闇の属性の神はレールしかいませんが」

「そうか・・・・・・ああ、後あんまり関係ないが、レイゼロールの兄の神の名前はレゼルニウスだったよな? お前こっちの俺には何でか知らんが言葉ぼかしてたが、一応俺はもう過去で名前知ってるし、ぼかさなくてもいいぜ」

「ああ、そう言えば過去の私はレゼルニウス様の名前を漏らしていましたね。今思い出しました。別に特別な理由があってぼかしていたわけではないですが、そうですね。あなたはもうその名を知っていますから、そうする意味もなくなりましたし」

 ソレイユは影人の言葉に頷くと、フェルフィズについての話を続けた。

「とにかく、フェルフィズというのはそのような神でした。ですが、属性が闇と言っても最初から悪であったというわけではありません。属性はあくまで属性ですから。フェルフィズというのは初めは心優しい神であったそうです。誰からも慕われる人格を有し、平和を愛する神であった。そして、彼が司る鍛治や鍛造の権能から作り出された物は、全て素晴らしい出来であり、その中でも一種の固有能力を有した物は、神器と呼ばれました」

「っ、神器・・・・って事は・・・・・・・・」

 影人は何かに気がついたような顔を浮かべた。影人の反応を見たソレイユはコクリと首を縦に振った。

「はい。おそらくあなたが考えた通りです。『フェルフィズの大鎌』とは、フェルフィズが造った神器。そのあまりの強力さから、製作者であるフェルフィズの名が冠された神器なのです」

 そして、ソレイユはフェルフィズと「フェルフィズの大鎌」との関係を影人に伝えたのだった。

「やっぱりそういう事か・・・・・・だが、フェルフィズは心優しい神だったんだろ? 何でそんな奴が全てを殺す大鎌なんて物騒極まりない物を造ったんだ? 偶然にでも出来たのか?」

「そこは私も知りません。ですが、その大鎌を造ってからフェルフィズは変わったそうです。鍛治・鍛造する物は武具や武器がほとんどになり、いつしかフェルフィズは狂気を宿すようになった。他の神々たちは彼を心配しましたが、フェルフィズはそれを全て無視した。そして・・・・とある事件が起きます」

「とある事件・・・・・・・・?」

 少し暗い顔でそう言ったソレイユに、影人は鸚鵡返しにそう言葉を漏らした。

「はい。その事件こそが『フェルフィズの大鎌』が神殺しの神器とも呼ばれる理由です。とある昔日、フェルフィズの元を訪れた1柱の神がいました。その神は彼の事を心配している神の1人で、その日も彼の様子を伺いに行ったそうです。フェルフィズとその神との間に何があったのかは分かりません。ですが結果的に・・・・・・・・フェルフィズはその神を殺してしまったのです。自身が造ったその大鎌で」

「っ・・・・それが神殺しの所以か・・・・」

「はい。その事件をきっかけに、神々はフェルフィズを恐れました。不老不死の神を殺す武器を造り出せる彼を、同族を殺した彼を。フェルフィズは狂った忌神の認定を受け、神々たちから殺されました。彼が造った『フェルフィズの大鎌』によって。以来、彼の事は一種の禁忌タブーとなり、彼の事を話す神は全くいなくなりました。私も、忌むべき事だが知るべき事として、長老から1度だけこの事を聞かされただけです」

 ソレイユはフェルフィズについての話をそう結んだ。そして影人を見つめた。

「以上が私が知るフェルフィズという神についての全てです。それで影人、フェルフィズがいったいどうかしたのですか? いったい、過去で何があったのです?」

「ああ・・・・・・・・さっき俺が過去の話をした時に、人外に刺されたって言っただろ? 実はそいつが名乗ったんだよ。自分の本当の名前はフェルフィズだってな。でもおかしいよな。だって、お前の話によればフェルフィズは・・・・・・・・」

・・・・そうですね。おかしいです」

 影人の言葉を引き継ぐように、ソレイユが言葉を紡ぐ。そうおかしいのだ。ソレイユの話では、フェルフィズはソレイユが神として生を受ける前に殺された。古き神である忌神。だが、影人が過去で出会った時、ソレイユは既に存在していた。つまり、あのフェルフィズは、ソレイユが言うフェルフィズという神とは別の存在という事になるのだ。

「かつて葬られた忌神と同じ名を名乗る人ならざる者・・・・・・分からねえ。いったい奴は何者だったんだ?」

 自問するように考え込む影人。しかし、答えなど出るはずもない。やがて影人は首を横に振った。

「ダメだ。情報がなさすぎる。奴が正確に何者なのか分からねえ。分かってるのは、あいつが俺を刺してレイゼロールに俺が死んだと伝えた、最悪のクソ野郎って事だけだ」

「私はその人物を知りませんが・・・・あなたの話を聞く限り、その第2のフェルフィズとでも言うべき人物が、全ての元凶のようですね」

「ああ、今思い返してみれば、あいつが来たのはいつもお前とラルバがいなかった時だったな。どういった方法でかは知らないが、意図的にそのタイミングを狙ってた可能性はあるな。ちっ、どこまでも嫌らしい奴だぜ」

 脳裏に浮かべのは、本性を見せたフェルフィズの笑顔だ。どこまでも腹立たしい、人を人とも思っていない人外の嗤いを浮かべた顔。影人が1番嫌いな顔だ。

「ソレイユ。お前はレイゼロールが血の付着した衣服の一部を持っていたって言ってたよな。レイゼロールはそれを初めの『死者復活の儀』の媒体にしたって。それを届けたのも間違いなくあいつだ」

 影人は自分の体に視線を落とした。今の影人の格好は過去の世界で生活していた格好と同じだが、上半身の服の一部が破られ赤い血の跡がある。時空の歪みに飲み込まれる前に、フェルフィズに服の一部が破り取られたのだ。フェルフィズはそれを持って、レイゼロールに影人が人間に殺されたと伝えたはずだ。

「あなたの話からするにそのようですね。本当に何者なんでしょうね。そのフェルフィズを名乗る人物は・・・・・・・・いったい何が目的だったのでしょうか?」

「さあな。イカれた奴の目的なんて分からねえよ。俺もあいつに刺されて意識が朦朧としてたから、あいつの言葉はあんまり覚えてねえしな」

 2人の言葉は1度そこで途切れた。結局のところ、全ての元凶であるフェルフィズを名乗る者の目的はいったい何なのか。その謎が分からないのだ。

「だが、レイゼロールが『死者復活の儀』を失敗した理由は分かったな。レイゼロールが生き返らせようとしていた人間は、実は俺だった。そして俺は生きている。生きて現代へと戻って来た。・・・・蘇らないはずだぜ。なんせ、俺は死んでないんだからな。死んでない奴が蘇るはずがねえ。そして、あの時代、俺は元々生まれてすらいない。俺が生まれのは遥かに後の時代。生まれてない奴に蘇るもクソもない。元も子もない話だったわけだ」

「まさか、『死者復活の儀』が失敗した理由がそのような理由だなんて思いもしませんでしたよ・・・・・・ですが、この衝撃の事実は私たちにとって大きな希望になりましたね」

 神妙な顔で影人の言葉に頷いたソレイユはしかし、一転し明るい顔を浮かべた。

「レイゼロールが唯一心を開いていた人間であるあなたが生きていた。この事実をレールに伝えれば、レールはきっと絶望の闇から救われるはずです! 今すぐにでも、あなたの事をレールに――!」

「ちょっと落ち着けよ、ソレイユ」

 弾んだ声でそんな事を述べるソレイユに、影人は冷めたような声でそう言葉を割り込ませた。

「お前の気持ちは分かる。お前はレイゼロールを救うためにずっと頑張ってきたわけだからな。そんなお前にこう言うのは酷だが、それは出来ねえよ」

「なっ・・・・・・!? 何故ですか影人!」

 影人からそう言われたソレイユは、理解できないといった顔でそう言葉を返した。

「いきなり俺が実は生きてました。実はスプリガンでしたなんて言ったところで、レイゼロールが信じると思うか? 普通なら絶対に信じないし、信じられない。確かに俺にはレイゼロールと暮らした記憶があるし、あいつと俺しか知らない事を話せば、あいつは俺の事をあの時の人間だと認識するかもしれない。・・・・・・・・だけど、やっぱり信じない可能性の方が高えよ」

 影人は現実的な事をソレイユに告げた。影人が飛んだ時代が正確にいつなのか影人はまだ分からない。だが遥か昔、それこそ1000年単位ほど昔であろう事は何となく分かる。そんな昔の、しかもただの人間であった人物が今も昔と変わらない姿で生きていた、なんて荒唐無稽もいいところだ。少なくとも、影人ならば絶対に信じられない。

「っ、ですがやってみなければ・・・・・!」

「やってみて、レイゼロールが止まらなかったらどうする? 今までの俺たちの努力は全て水泡に消えるぜ。・・・・・・・・・・それに、そんなやり方であいつを止めるのは、綺麗事だが違うだろ」

 食い下がろうとするソレイユに、影人はそう言葉を放つ。過去でレイゼロールと共に暮らし、レイゼロールが抱えている孤独と絶望の一端を身近で知ってしまった影人はこう言葉を続けた。

「あいつは自分が叶えたい願いのために、ずっと1人で進んで来た。勘違いはするなよ。別に俺はあいつのしようとしている事や目的を肯定するつもりはない。あいつがしようとしている事は、大多数からすれば止められる事だ。・・・・・・・・だがな、あいつは孤独と絶望に耐え続けながらも、まだ足掻いてるんだ」

 影人の中に過去のレイゼロールと現在のレイゼロールの姿が交錯する。過去のレイゼロールは、悪夢にうなされ寂しがっていた。影人がいる前では全くそのような弱さを見せなかったが、あの子供と変わらない姿でレイゼロールはずっとそのようなものを抱えていたのだろう。

 そして、現代のレイゼロール。影人を復活させられず、兄のレゼルニウスを復活させる事を決意したレイゼロールは、幼馴染であるソレイユやラルバたちと戦いながら、その目的を果たそうとしている。影人には正確にレイゼロールとソレイユやラルバたちが何年戦って来たのか分からない。だが長い、長い時間である事だけは確かなはずだ。レイゼロールはその間も折れずにずっと目的に邁進して来た。それがどれだけの苦難な道であるのかは、影人には想像も出来ない。もしかしたら、生き地獄と呼ぶのが適当かもしれない。とにかく、それ程の苦難だ。

「・・・・今は最上位闇人や嬢ちゃんがいるから1人ってわけじゃない。でも、それでもあいつがまだ行動してるのは寂しいからなんだろう。・・・・・・・・俺はな、ソレイユ。そんな奴がずっと頑張り続けて来た事を、途中で全部台無しにするような事は出来ねえよ。それは、今までのあいつを全て否定する事と変わらないからな・・・・」

 珍しく影人はどこか悲しげな顔を浮かべた。過去に行く前はこんな事は思わなかった。影人にとってレイゼロールはただの敵。もしくは、ソレイユが救いたがっている者という認識でしかなかった。

 だが、過去から戻って来た今の影人の認識は違う。認めたくはないがそれは事実だ。傲慢な考えだが、今の影人は、レイゼロールを救ってやりたいと考えていた。

「それに、俺は約束したんだよ。あいつが困ってる時、あいつが助けを求めてる時、俺が絶対に助けてやるって。この約束は必ず履行する。俺はあいつにそう言った」

「影人・・・・・・」

 右の拳をグッと握りしめた影人を見たソレイユが、ポツリと影人の名前を呟く。ソレイユはレイゼロールと影人がそのような約束を交わしていたなどとは知らなかったが、影人の様子を見たソレイユは、影人がその約束を重く受け止めている事を感じた。

「だからソレイユ。ここからは俺も本気であいつを助ける。今までとやる事自体は変わらない。俺は光導姫じゃないから、あいつを浄化する事は出来ない。絶望と孤独の心の闇を、光の力で晴らしてやる事は。だから、これからも俺の仕事は裏方だ」

 影人は今の自分の心の内を正直にソレイユに晒す。そして真剣な顔でソレイユの目を、前髪の下の目で真っ直ぐに見つめた。

「だが、それでもやるぜ。俺はあいつとの約束を果たす。この約束だけは果たさなきゃ、俺は死んでも死にきれねえ」

 そして、力強く影人はソレイユにこう言った。

「ソレイユ、やってやろうぜ。この時代で全てに決着をつける。俺とお前であいつを助けるんだ。正面からぶつかって。それでその果てに、俺はあいつに俺の事を伝える」

「っ・・・・! あなたの想いはよく分かりました、影人。ええ、そうですね。私たちで必ずレールを救いましょう!」

 影人の言葉を聞いたソレイユは力強く首を縦に振った。頷いてくれたソレイユを見た影人は、フッと口元を緩めた。

「おうよ。・・・・・・・っと、そうだ。ソレイユ、ダメ元で聞くんだが、イヴをペンデュラムの事を知らねえか? いや実は過去に飛ばされた時には持ってなかったから、最悪過ぎる予想だが、時空の歪みの中に落としちまったかなーって・・・・」

 話が一区切りしたところで、影人はソレイユにそんな質問をした。過去の世界に飛ばされた時は、生きるのに必死なあまり、その事を考える暇もほとんどなかった。だが現代の世界に戻った今、この問題はこれからの影人に直結する問題だ。当然だが、影人はスプリガンの力がなければただのひ弱な一般人だ。今切った啖呵も果たせない。実は影人は今すごくヤバいと思っていた。やはり、どこまでも格好がつかない奴である。

(すまんイヴ。お前の事は忘れないぜ・・・・・・・・)

 そして、やはりソレイユがペンデュラムの事を知っているわけないか、とほとんど諦め気味に、影人は星となったイヴを想像しながら、内心で謝罪の言葉を述べた。

「ああ、その事でしたら――」

『けっ、俺を勝手に殺すんじゃねえよ』

 ソレイユが影人に何かを伝えようとする前に、影人の内に聞き覚えのある声が響いた。

「え・・・・・・? この声・・・・イヴか?」

 影人が驚いたようにそう言葉を漏らす。影人の言葉を聞いたソレイユは、「ああ、イヴさんが語りかけたのですね」と納得したような顔を浮かべ、どこからか黒い宝石のついたペンデュラムを取り出した。

「実は、あなたが時空の歪みに呑まれた後、私の手元に急にペンデュラムが出現しました。転移されて来たかのように。こんな言い方は少しおかしいかもしれませんが、時空の歪みはイヴさんを異物として弾いたのかもしれません。過去にスプリガンという強力な力を持ち込めば、歴史が変わってしまう。だから、イヴさんと縁のある私の元に来た・・・・・・・・私はそんな風に考えています」

「なるほど、一理あるな・・・・何にせよ、無事でよかったぜ」

 ソレイユからペンデュラムを受け取った影人は、ホッと安堵の息を吐いた。本当によかった。心の底から影人はそう思った。

『よう、久々だな。1メートル以内にいたからずっと話は聞いてたぜ。お前中々愉快な体験したみてえだな』

「はっ、愉快過ぎたぜ。話を聞いてたなら分かってると思うが、そういう事だ。これからは、本気でレイゼロールを助ける。お前にもこれまで以上に働いてもらうぜ、相棒。それで、改めてただいまだ。イヴ。これからもよろしくな」

 右手のペンデュラムから響いてくるイヴの声に、影人はそう言葉を返した。影人にしては珍しく感傷的な言葉だったが、今くらいはいいだろうと影人は考えていた。

『ちっ、拒否権は俺にはねえんだろ。最悪だが、これからも仕方なく付き合ってやるよ』

「フッ、ありがとよ」

 少し懐かしくもあるような、相変わらず素直ではないイヴに影人は小さく笑い感謝の言葉を述べた。

「よし、心配事はなくなった。ソレイユ、次は現在の状況を教えてくれ。俺が過去に飛ばされている間、こっちで何か動きはあったか?」

 影人はソレイユにそんな質問を投げかけた。影人が過去にいた時間は大体約30日過ぎ。1ヶ月と少しという長い時間だ。過去と現代の時間の流れがリンクしているのかは分からないが、こちらでもそれなりの時間は経過しているはず。なら、レイゼロールとの戦いに関する情勢も多少は変化しているのではないか。影人はそんな風に考えていた。

「っ、そうですね。あなたは現在のこちらの情勢を知らない。では、今からその事をあなたに教えましょう」

 ソレイユは影人の質問に軽く頷くと、影人に現在の状況を伝えた。


「まず、影人。あなたが過去に飛ばされてから、こちらでは10日の時間が過ぎました。そしてその間に・・・・・・・・・・レイゼロールは、9。レールが完全に力を取り戻すまで、残るカケラはあと1つです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る